遭遇約二時間前くらいの報告。
「どういう事ですか美織さん⁉」
だん、と雪也は高級そうな机を叩く。理事長室にて、雪也は美織を問い詰めていた。
「は? 何を言っておるんじゃ雪也」
「こ・れ・は! どういう事かって聞いてるんです!」
あくまですっとぼける美織に雪也は書類を突き付けた。自分の役職、生徒会での立ち位置。何でそれが、
「何で俺が生徒会長なんですか⁉」
生徒の長、生徒会長なのか。そう問い詰めると、
「ふっふっふ……それは、決まっておるじゃろうに」
「は……⁉」
美織がにまにまといやらしく笑って腕を組み、
「お主への嫌がらせのためじゃー!」
「な、なにぃー⁉」
最悪の理由だった。
「お主、昔からめんどくさがりな気があったからの? こうしてやれば嫌がらせ出来ると見た!」
「なんつー理由で生徒会長決めてんだ! 職権乱用か⁉」
そう雪也が怒鳴ると美織は急に真顔になって、
「お主が最高点を出したのは紛れもない事実じゃぞ?」
そう言った。途端に意味が分からなくなる。
「…………え? だって俺、ずっと強風吹きすさぶ時計塔の上で途方に暮れてたり、
何か床踏んだら底が抜けたっつぅだけ……え?」
何だか言ってて凄い事のような気がしてきた。時計塔全壊とかさせたらしいじゃん俺。
というか最高点の入った理由すらよく考えたら分かっていなかったことに気付く。
「…………どゆこと?」
恐る恐る美織に聞くと、
「いやな、生徒会総戦挙が行われた仮想都市倫敦に、いくつか綻びがあったらしくてのぉ」
「……綻び?」
美織はどこからか取り出したジェンガを組み立て始めた。
「……あの、遊ばないでくれます?」
「うるさい。……あの空間は特殊な異能で作り出されておる。もちろんあのような巨大仮想都市を作れるほどの強力な異能なのじゃがな、
それゆえに弱点も多い」
組みあがったジェンガを美織が一本ずつ抜いていく。参加しようとしたら牙をむかれた。
「例えば、術者本人への攻撃や核の破壊。それだけで仮想都市は崩れ去る。
更にはの、元々影響力の弱いところを突かれると、こう」
ぐらぐらと不安定に揺れていた一角を美織が小突いた。がしゃーん、と音を立ててジェンガが散らばり、机の上から弾けるように落ちる。
「…………あんたまさか、今のシーンがやりたいからジェンガ持ち出したなんてことは」
「……それでの、普段は術者が優秀なこともあってそういう綻びは綻びとも呼べないほど小さく、崩れないようになっておるのじゃがな、」
無視された。
「今回は別の術者に干渉されたようでな、穴が広がっておった。
そこを偶然雪也が突いて、更にはそれが最高得点に設定されている時計塔だったこともあり、
お主は一気にポイントを得てのし上がったのじゃ。そういう事じゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ⁉」
雪也は美織の頬を引っ張った。むにーん、むにーんと良く伸びる。外見が小学生の様だからか、肌もハリとツヤがあった。マダム様方がうらやましがる感じの、子供ならではの感触だ。
「な、何ほひゅるのひゃひゅきや⁉」
何をするのじゃ雪也とでも言いたかったのだろう。
というか、
「何一番目立つ役職に就かせてんだコラァ⁉
そう言うときこそあんたの得意技職権乱用を使うときでしょーよ!」
「な、何かごかいひゃひゃひゃひゃひゃひゃ⁉」
「せめて庶務とか会計とかそこらへんにしてください!」
「そ、そんにゃこといひゃれてももう断れる期間とか過ぎにゃにゃにゃ!」
「期間過ぎんのはえーよ⁉ まだ二日くらいしか経ってないぞ!」
「それは仕方にゃひっ、それが代々の生徒会役員を逃がさにゃい術にゅやぁああああああああ⁉」
最後にひときわ強くほっぺたを引っ張ってから離す。
美織は赤くなって若干腫れた頬を両手で押さえ、涙を浮かべている。時折ちらちらとこちらを見るのが大変あざとかった。
「流石に雪也と星花の時で無理をしたからの? これ以上無茶すると職がなくなるんじゃよー……」
しょぼんとして理事長の椅子に深々と座り込む美織。最早親に叱られた小学生の如く、しょぼーん、としたオーラを全身に漂わせていた。
しばらく理事長室が無音に満たされ、そろそろ諦めて美織の言うとおりにしてやろうかな、などと折れかけた時。
「………あ」
美織が、ふと呟く。そしてそれは徐々に連なる音となり、
「…………ぁぁああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁあああぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
「なっげぇそしてうっせー!」
思わず雪也が怒鳴りつつ耳を塞ぐ程度には美織の声は大きかった。
「あったぞ、雪也! 期限が過ぎても別の役職になれる方法!」
しかし雪也の怒りはその美織の言葉により封殺された。
「…………あるの?」
「ある!」
自信満々に言い放った。
「この学園には異能者同士の決闘システムという者があっての。まあ要するに校内でのケンカ許可とれるっつー代物じゃ。
かなりよく行われているぞ?」
「物騒だなおい」
そんなシステムがあり、なおかつ利用されているということは、この学校の連中はどれだけ血気盛んなのだろう。
「異能格闘何でもあり、更には特別な空間内で戦うため怪我はしないししても終われば治る。そんな都合良しルールの決闘なのじゃがな?
生徒会役員と戦う場合には特別ルールが課されるのじゃ」
「特別、ルール?」
「うむ。これは風紀委員やほかのクラブの部長など、偉い奴なら何でもそうなんじゃがな。
役職者が一般生徒に負けた場合、地位を交換されるのじゃ」
流石にそれだけでは意味が分からない。
「どういう事ですか?」
「例えば生徒会書記に一般生徒が決闘で勝った場合、その一般生徒が生徒会書記となり、元生徒会書記は一般生徒に戻る。
同じ役職者同士ならば、勝てばお互いの地位を交換できる、というわけじゃ」
「つまり………」
「同じ生徒会役員に勝つか負けるかすれば、生徒会にギリ留まりつつ、生徒会長を誰かに譲れる、というわけじゃ」
美織が無い胸をえっへんと張った。思わず雪也はぱちぱちと拍手する。
「………でも、美織さんはいいのか? 俺が生徒会長じゃなくても」
「うむ。元々異能を持たない平凡な人間でも生徒会役員になれるということを証明して、一般人を見下す風潮を止めようとしただけじゃからの」
そう美織は言って、ふと壁に掛かった高そうな時計を見て、
「ところで雪也」
「何ですか? 美織さん」
「もう昼休みが終わるぞ」
「え」
慌てて時計を見た。確かにそんな時刻だった。
顔が青ざめていく。ここ、総合棟という名前の建物、その三十八階からエレベーターエスカレーターなしで階段を駆け下りて二十二階にある空中回廊を通って魔術棟を通り抜けて錬金棟の階段をさらに駆け下りて2のAである教室について椅子に座るまで。
果たして、五分で出来るでしょうか?
「………………、」
雪也は慌てて理事長室を飛び出した。
入学式の時、道を教えてあげた彼がすれ違った。
やたらと慌てた顔で、猛スピードで走り去ってしまっていたのだ。きっと私には気付かなかったんでしょう。そう小さくつぶやいて、『私』は理事長室の前に立った。
「あの、失礼しますです」
また緊張して言葉がおかしなことになってしまった。声が、入っていいよと返ってきたときには、びっくりして身を震わせてしまった。どうにも自分は臆病でいけない、と『私』は
頭を振り、頬を軽く叩いて、深呼吸。
おじぎの練習。
「あいたっ」
扉に頭をぶつけ、その拍子に扉が開いた。
「よく来たのー」
「ひっ…………⁉」
喉奥から勝手に悲鳴が漏れる。最早見慣れた体型の理事長が苦笑して、
「お主が復学して本当によかったのじゃ」
「い、いえ……寮に住まわせてもらっているだけでもありがたいですから。は、早く元気になろうって」
これは自分だと上手く話せた方に感じる。
「しかもお主が生徒会役員かのー」
「は、はい。皆さんの役に立ちたくって」
「うむ。…………しかしの、今年の生徒会はちと荒れるぞ?」
荒れる、とはどういう事だろうか。分からないがまあいい。
「それでも、頑張らせていただきたく思いましゅ!」
大事なところで噛んだ。やはり自分はどんくさいですね、と『私』は少し落ち込んで、
「まあ、頑張るのじゃぞ? 生徒会書記、美海晴佳」
「…………! は、はいっ!」
まだ見ぬほかの生徒会役員に憧れつつ、『私』……九波異能学園高等部一年、美海晴佳は理事長室を後にしたのでした。