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九波異能学園の異端者共!  作者: みさたん
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まあ、余興みたいなもので。

「えっと、ありがとうございました」

 結局刑事さんの車で送ってもらった雪也は彼に向かい軽く頭を下げた。

「ああ、いいんだ。それよりも、こんなところでよかったのかい?

 確か住宅街があるのはもっと先だったと思うが」

 親切心あふれる刑事さんに軽く笑いかけ、

「いいんです、住んでた街に七年ぶりに帰ってきたんですから、ちょっと回ろうと思ってて」

 そう言うと彼は理解してくれたようで、

「ああ、そうだったね。確か君、この街に七年前住んでたんだっけ。だったら回った方がいいかもしれないね」

 取り調べの時とは変わり、優しい笑みを浮かべてくる刑事さん。車の中で色々話し、ずいぶんと仲良くなったのだ。

「で、妹さんがここで待ってるんだよね?」

 言われてあたりを見回すも、七年前とあまり変わらない噴水公園は人がにぎわっていて、妹の身長では見つけにくい。

 なのでここは魔法の言葉を一つ。

「いやー、あいつ小さいからなぁ」

「だ・れ・が・小さいってバカ兄貴?」

 まさかこの騒音の中で聞こえるとは思ってもみなかった。軽く冗談のつもりだったのに。

「……せ、星花せいかサン……」

「だ、れ、が、ち、い、さ、い、だ」

 そう言うのは、背が若干低めで、長袖のカーディガンとシャツ、フリフリの赤いスカートにボーダーのニーソックスをはいたサイドテールの女の子。雪也の妹、神原星花だ。

 何故小さいと言われて怒るかは、彼女の胸元あたりを見てほしい。そこを見れば理由がよく分かるはずだ。だがしかし、絶対にそういう意味を持つ言葉を口に出してはだめだ。捻り潰される。何とまでは言わない。

 と、眉を吊り上げていた星花が雪也の後ろで困ったような顔をしている刑事さんを見、

「……あれ? 兄貴、そいつ誰よ」

 ようやく刑事さんの存在に気付いたらしい。

「お前なあ、そいつとか言うなよ。この人は親切にも俺を交番から駅前まで送ってくれた刑事さんだぞ?」

「⁉ あ、兄貴なんかしたの⁉ 交番、ていうか刑事⁉ え、え、え、」

「おい星花? おーい?」

 何だか錯乱状態になった星花がダラダラと冷や汗をたらし始め、かと思うと

「う、うちの兄がお世話になりましたあっ!」

 と刑事さんに頭を下げだす。そして

「ほら兄貴も!」

「ぅえっ⁉」

 雪也の頭も無理やり下げさせた。

「……えっと……。き、君のお兄さんはちょっと事件の捜査に協力してもらっていただけだから。

 心配しなくても、彼が犯人ということはないよ?」

「え……」

 呆然とした星花がほ、と息をつき、雪也の頭から手を離す。

「あのなあ、仮にも俺お前の兄なんだけど」

「うっさい黙ってろ」

 頭を押さえられたことを抗議しても、この妹様は聞く耳を持たない。……兄の威厳とはどこに……。

 若干泣きたくなった。さすがにこう、敬えとは言わないまでも、もう少し兄の心を気遣ってくれてもいいじゃないか。

「……何やってんの兄貴。何で地面に座り込んで指でのの字書いてんの」

 星花が雪也の襟首を掴む。そして強引に立たせると、

「兄がお世話になりました。今度ちゃんとお礼をさせてもらいますね!」

 そう言って無理やり雪也を引きずっていく。

 仕方ない、ちゃんと挨拶を、

「また会いましょー、刑事さーん」

 そういうと刑事さんはこちらに向かって手を振ってくれた。というか、

「お前いい加減離せよ、首締まんだけど」

 未だに襟首を掴んだままの星花は、何故だか軽くため息をついた。


 数分後。何故か雪也と星花は住宅街を疾走していた。

「ぅおおおおおおっ! あ、兄としてっ、負けるわけにはいかないんだよぺったんロリ娘ぇえええええっ‼」

「誰がロリ娘だぁあバカ兄貴ぃっ! 私は中学生だ馬鹿もんっ! あとぺったんっつったな⁉ ぺったん!」

「きゃあああああナマハゲぇええええええ!」

 禁句を口にされた星花が鬼の形相で追いかけてくる。ちなみに中学二年生のころ「お前その年にもなってまるでまな板みたいな」と言ったら

「アハハハハ、兄貴、じょーだんうまーい」

 そう抑揚のない声とともに繰り出してきたアイアンクローが雪也の顔面をがっちりホールド。それ以降のことは覚えていない。つまり、

「やっべえ禁句言っちゃったー⁉」

 次捕まったら何されるか分からない、ということである。

「つうかおま、何でそこまでただの競争にムキになってんだ⁉」

「あんたに言えたことじゃないでしょうがっ!」

 そう、最初はただの「どっちが先に着けるでしょう」みたいな、ほんのちょっとの遊びだったのだが。気が付けばムキになってお互い追い越したり追い越されたり。

「いいからここは兄としてこの麗しき妹様に勝ちを譲りなさーい‼」

「こんな時だけ兄としてとか言うなー! つうかお前が麗しいとか自分の胸を見てから言えーっ!」

 ……あ。

「───殺す」

「きゃーっ⁉」

 二度目の禁句により、星花の理性というリミッターが外れたらしい。最早人間とは思えない動きをして、雪也に迫ってくる。

「私は人間をやめたぞぉ……兄貴ぃ!」

「何でそんな嬉しそうなのっ⁉」

 まあそんな感じで逃げ回って数分が経ち。

「ぜぇ……ぜぇ……勝ったぁ……ぜぇ……」

「ぅ……兄貴のばかぁ……」

 ギリギリで雪也が勝った。まあ、二人ともへばって、丁度いいところにあったベンチに座っているのだが。

「……で、……結局、……新しい家、……はどこなんだよ……」

「……ここ」

 星花が訳の分からないことを言った。ここ?

「どこだよ」

「だから、……ここだってば」

 そう言って星花が後ろを指さした。今まで風景など目に入ってなかったが、星花のおかげで分かるようになる。

『ベーカリー (みなと)

 そう書いてあった。何だか嫌な予感がする。

「おい……、まさか?」

 そう訊くと星花は満面の笑みを浮かべ、


「うん、お父さんとお母さん、またパン屋始めるみたい!」

「いぃぃぃいいいいやぁあああああああああ!」


 地獄への片道切符が決まった。

「わ⁉」

 驚く星花に目もくれず、

「またあの試食地獄が始まるの⁉ 朝昼夜パンというどんなにパン好きな人でも確実に嫌いになるあの苦行が再び⁉」

 思わず頭を抱えてのけぞる。と、

「雪也、もう着いたの? 早かったわねぇ」

 店のガラス扉が開き、そこから微笑みを絶やさない母───神原美奈子がお盆片手に現れた。お盆の上には麦茶が乗っている。

 ゆきやはにげだした!

 しかしまわりこまれてしまった!

「何で逃げるの、雪也?」

「ま、またあの地獄を再開させる気なんだろ! 流石にあれは嫌だ!」

 思わず雪也が怒鳴ると美奈子はにこにこと笑い、

「もうそんなことしないわよぉ。新メニューはあきらめないけど、試食三昧も疲れるでしょうし」

 思わず一安心。そしてお盆に乗った紙コップを一つとって、中の麦茶を飲み干す。

「「……ふぅ」」

 星花にも麦茶を渡し、再びベンチに座ってほっこり。そして、

「……あ、ばーちゃんからもらってきたよ、思い出のヘアピン」

「きゃー、雪也、ありがとう!」

 ジャケットのポケットから取り出した、蝶の飾りが付いたヘアピンを渡すと、美奈子は少女のように喜んで、

「これ、初めてお父さんとデートしたときにサプライズでもらった愛のぎゅ~っと詰まったものなのー!」

「いや、駅でさんざん聞かされたから。惚気を」

 あの時は両親の初キスやら初逃避行やらの話を何回も聞いてうんざりした。もう聞きたくない。

「うふふーあの時お父さんったらねー顔真っ赤にしちゃってぇ───」

「母さん、先入ってるからねー」

 こういうときの対処法は一つ。ガン無視である。店の外で頬に両手を当ててくねくねしだした母親を置いて、雪也たちは店内に入る。

「……いらっしゃい。……雪也に星花か。母さんが実家に忘れてきたヘアピンは見つかったか?」

 パンが並び、壁際にベンチのある店内では、カウンターにいた父、神原奏斗が雑誌を読んでいた。

「うん、母さんに渡してきた。で、もう店を開いてるの?」

「いや、……イメージトレーニング、というやつだ」

 取り敢えず、ここで何かを勘ぐってはいけない。流してやるのが正解だ。

「そう。じゃ、次は家の中を見て回ってみるよ」

 そう言って外に出る。未だにきゃあきゃあ言いながらくねんくねんしている母を無視して、ガラス扉の隣にある現代的なデザインの扉を見、

「……、星花、……鍵」

「はいはい」

 鍵を開けて、様々なところを見て回る。特に台所回り。

「ん、設備良し」

「広いでしょー、ここが家なんだよ!」

 星花もいろんなところを見て回る。そのたびに目を輝かせていた。そして、

「二階に私たちの部屋があるんだよーっ!」

 テンションが高まりすぎだった。まだダンボールだらけの新しい家で、これから新生活が始まっていくのだ。


 とんとんとん、と包丁をまな板に打ち付ける音。味噌汁の匂い。台所は早速使われていた。

「あ、雪也ー、冷蔵庫に筍の煮物あるわよー」

「ん、分かったー」

 ただし、母にではなく、雪也にだが。

「油揚げの味噌汁でいいかー? 後おやつに駅で買ってきたケーキあるけど」

「「食べまーす」」

 スイーツに目がない母と星花が手を挙げ、声を揃えた。

「父さんには醤油煎餅あるからね、後海苔煎餅も」

「……」

 無言だが、それがいつもだ。大体聞いているはずなのでいいが。

 で、雪也が台所に立っている理由。それは、母が全く料理ができないからである。じゃあ何でこの人主婦やってるのといった感じだが、まあ仕方ない。

 切っ掛けは幼少期に見た健康番組。規則正しくちゃんとした栄養を。当たり前のことを告げている番組だったが、当時インスタントや外食ばかりだった神原家にとっては相当の衝撃だった。だからこそ、とにかく料理を覚えようと思って料理番組を録画したり、図書館へ行って料理の本を読んだりしたわけだが。

「……母さん、料理してみる気、ない?」

「えー、なーにー?」

 この調子だ。最早養われ根性が身についてしまっているのだろうか。

「はい完成。星花と母さんは今日スイーツ食べるから若干減らしとく」

 炊飯器から炊き立てのご飯を盛り、順に並べていく。おかずや味噌汁も並べ、いただきます。

「ん、ところでさ」

 雪也は向かいに座る母に言った。

「俺たち、学校はどうなるわけ?」

 まだそのことを聞かされていなかったのだ。聞いてものらりくらりと躱されてしまうし。

「? 何言ってるの」

 逆に質問で返された。と、母の隣に座る父が、先ほど読んでいた雑誌を差し出してくる。それは、

「九波異能学園、入学案内……?」

 いやな予感がしてきた。

「ねえ、まさか……?」

 問いかけると、母はにっこりと笑い、


「あなたたちの転入先は、九波異能学園よ?」

「いぃいいいいいいやぁああああああああああああああ⁉」


 地獄をやり過ごしたところで、また新たな地獄に巡り合った。雪也が思わず絶叫するその隣で、星花だけが幸せそうにもむもむとふりかけのかかったご飯を食べていた。

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