滅びの魔法
ある時、光を攻撃魔法に転用する技術が開発された。光線魔法である。
レーザーは攻撃魔法の勢力図を完璧に塗り替えた。発動した瞬間に着弾。収束させればエネルギー効率も抜群。弱点は煙や雨だが、それさえなければ射程はどこまでも伸びる。弱めれば着火魔法の代わりになるし、射程に注意すれば切断魔法、ナイフの代わりにもなる。鍋の水を温めることもできるし、もちろんライトの代わりにもなる。
それでいて習得は難しくなかった。基本魔法であるライトの発展に過ぎなかったからだ。魔法使いたちはこぞってレーザーを習得した。
発端はわからない。気がついた時はもう魔法使いたちは互いに殺しあっていた。レーザーは強力すぎた。先手を打てばどんなへっぽこ魔法使いでも相手を殺せる。疑心暗鬼となった魔法使いは些細なことで敵を殺した。そして魔法使い同士は互いをまったく信用できなくなり泥沼の戦いが始まった。それどころか一般人も信用できない。光魔法の習得は極めて初歩的なものだからだ。
一人のパラノイアに陥った魔法使いが人々を虐殺しはじめた。先手必勝。生き残るためにはそうするしかない。誰にも魔法使いは止められない。レーザーには鎧も壁も役に立たなかった。
煙や雨に紛れて接近しても魔法使いは見つからない。高レベルの光魔法は光の屈折を利用した姿の隠蔽も可能とする。
たくさんの人間が魔法使いを殺しに来た。魔法使いは確信を深めた。すべての人間を殺さねば安息はない。
国が一つ、また一つと滅んでいった。万の軍もレーザーにかかれば一瞬で壊滅した。唯一対抗できる他の魔法使いはパラノイアの魔法使いに殺されるか、魔法使いを恐れた一般人に虐殺されるか、争いを避けて完全に姿をくらませた。
もはや世界に魔法使いはパラノイアの魔法使い唯一人。他の魔法使いも、軍も、勇者も英雄も剣豪も殺し屋も、すべてが返り討ちにあった。もはや魔法使いが誰にも止めることは出来ないのは明白。世界は滅びを待つばかりとなった。
魔法使いは赤子でも容赦しなかった。将来自分の敵になるかもしれない。戻ってきて再起されても困ると、建物や農地もすべて破壊し、燃やし尽くした。魔法使いが通った後には草木一本たりとも残らなかった。
魔法使いは遠方の国を先に滅ぼすことにした。近隣の国々は魔法使いに対抗するためにあるゆる手を打って来ている。負けるとは思わないが無用な危険を冒すこともない。
魔法使いの絵姿は世界中に出回っていたが、ちょっとした変装で案外バレないものだ。なんなく移動して目当ての国の国境付近に到達した。
そこでふらふらと歩く子供を目にした。習慣で即座に殺そうとしたが考えなおす。この国の情報がほとんどない。浮浪児のような子供だ。高度な魔法は使えそうにもないし、そもそもこの辺りに魔法使いが来るとは想定していないだろうし、罠とは考え難い。情報収集をしてから殺そうと子供に近寄った。
魔法使いが来るのに気がついた子供は道に跪いた。
「そこの道行く旦那様。どうかこの盲目の子供が哀れとお思いでしたら、何がしかの食べ物をお恵みください……」
念入りに子供の目が見えないことを確認した魔法使いは、これは都合がいいと子供に食事を提供することにした。
食べながらでは話が出来ない。話は子供が食事を終えてからとなった。
「ありがとうございます、旦那様。お陰でもう一日命が永らえました」
子供は問われるままに自分の暮らした国のことを話す。そして端々に漏れ聞こえる怨嗟の声。目が見えず、ついには家族にも捨てられたのだ。さぞかし不幸な生い立ちなのだろう。生きていても希望はあるまいと魔法使いは子供を始末することにした。
「ところで旦那様は滅びの魔法使いをご存知でしょうか?」
魔法使いの噂は当然このような遠方の国にも届いているのだろう。魔法使いは子供を殺すのをやめて話を続けることにした。
「私は滅びの魔法使いに会い、殺して貰おうと旅をしているのです」
世界はこんなにも不幸に満ちている。
そんな時に聞いた世界を滅ぼす魔法使いの話。
「私はこんなにも不幸なのです。魔法使いが世界を滅ぼそうとしてるのを聞いてとても嬉しい!私の世界を滅ぼしたいという願いを神は叶えてくれました。もしかしたら会うことも叶うかもしれません。滅びの魔法使いはどこへ行けば会えるのでしょうか?」
目の見えぬ子供に長旅が出来るとは思われないのは子供にもよくわかっていた。
「いいのです。道半ばで私は倒れるでしょうが、少しでも近づければ」
魔法使いは滅ぼした街や国の様子を事細かに語ってやった。旅人で情勢に詳しい程度では説明の付かないほどの情報であったが、どの道この子供は殺すのだ。
盲目の子供は魔法使いの話に手を叩いて喜び、そこはこうやって殺すべきでは? もっと効率よく殺すためにはどうすべきか、などと持論を述べ始めた。
目が見えないにも関わらずここまで生き延びたのだ。恐らく頭がとてもいいのだろう。子供の話には魔法使いも驚くほどの良い案がいくつかあった。
しかし聞いてるうちに胸糞も悪くなってきた。魔法使いは自分を脅かす敵を殺して回っているだけで、別に残虐に殺したいわけではないのだ。
「私が気持ち悪いですか? 殺したいですか? 私は死にたいのです。ですが自らの手では死にたくない。それでは世界に負けたことになる。ですから私を殺してくれる人を探しているのです。これまで会った人は私を殺してくれませんでした。滅びの魔法使いなら私を確実に殺してくれるでしょう。それが旦那様でも別にいいのです。世界を滅ぼす魔法使いの手で殺されるのが一番素晴らしいのですが」
きっと滅びの魔法使いは非道で邪悪で極悪で、私のように恐ろしく世界を憎んでいるのでしょうね、そう夢を見るように語る子供を見て魔法使いはドン引きしていた。
熱に浮かされるようにここまで戦ってきたが、自分はこれまで何をしてきたのか?
単に自分の敵を殺して回ってきただけで、世界を憎んでいるわけではない。かつては自分にも親や友がいた。皆殺しにしてしまったが。
彼らは殺されるような罪を冒したのだろうか? 決してそうではない。単に魔法使いに敵対したというだけのことだ。
「私はお前を殺さない」
もはや魔法使いは無敵だ。魔法使いを殺せる者は存在はしない。敵はいないのだ。だが油断ということもある。これ以上危険を冒して人を殺し回って何になるのだろうか。
「そうですか……では私は旅を続けることにしましょう。旦那様のお陰で滅びの魔法使いのことがよくわかりました」
この子供はこれからも魔法使いを探して旅を続けるのか? 邪悪で非道な魔法使いの想像をまき散らしながら?
魔法使いは子供を捕まえると有無を言わさず連れ去り、人が誰もこない辺境へ行くとそこで暮らし始めた。
こうして世界から滅びの魔法使いは消え、盲目の少女は死ぬこともなく、殺されることもなく、数十年後、魔法使いにその最期を看取られ天寿を全うした。