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カクリミ・リリジョン  作者: ナガトケイタ
丸呑みにされるような日常の中で
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丸呑みにされるような日常の中で


 第一章 丸呑みにされるような日常の中で



 俺は、窓から見える外の景色をただ見下ろしていた。

 4階建ての校舎から視えるその眼前の景色は、とくに面白いものでもない。見慣れているのだから、それは当たり前なことなのだろうが。

 ただなんとなくぼーっとしながら教卓に立つ教師の授業を、こころ半分で聞き流していた。

 ノートと教科書は机の上で開くだけ。すっかり使い古しているシャーペンは握ってすらいない。授業を受ける生徒としてはお世辞にも褒められたものではないが、学校での俺の態度はおおかたこんな感じだった。

 みんな、前で小難しい定理やら公式やらをのべつまくなしにつらつらと説明していく数学兼担任教師の話を、少しも聞き逃すまいと必死でノートの上でペンを走らせていた。

 ―――――〝つまらない″。


 俺はこのとんでもなくつまらない景色が大嫌いだった。


 必死で教科書と顔を突き合わせている彼らも、チョークの粉塵で粉まみれになりながら絶えず口を動かしている教師も、ただループして繰り返すだけの毎日を送っていくだけ。

 当然、外に視線を投げているこの俺さえも。

 どこが楽しいのか分からないこの日常に、知らず知らず埋もれていってしまうような感覚。

 ―――正直、気持ちがわるかった。

 黒板に夢中で目を傾けている彼らは、本当に自分と同じ人間なんだろうか? そんなぶっ飛んだ考えが、すでに本日だけで何回も頭をよぎっていた。

 こんな風に『日常』になんの不満も抱かないまま、ただこの四角い空間で過ごすことなんて、俺には到底出来そうにないと思えた。


 そんな『日常』に今日も真っ向から勇敢に立ち向っていく、クラスメイトたちの姿から、俺は目を逸らすように外を眺め続けていた。

 とうの昔に見慣れた外の景色は、なんの変哲も無いただの町並みが続いていくだけの簡素なものであり、俺はそのままおもむろに視線を上へと伸ばす。『日常』どおりの町並みのうえには、ぬけるような青空が広がっていた。

 そんなどこまでも蒼一面の世界の中心には、眼球の裏が痛くなるほどに凄まじく光輝く太陽が、その存在を誇示しているかのように昇っている。

 そうして俺はいつものように、退屈な時間が過ぎ去っていくのをただ待つ。それこそがこの俺、『鴻上(こうがみ) (あさひ)』の学生生活におけるもっぱらな過ごし方だと言えた。


 現実なんて、こんなものだ。


 ・・・・・・・いや、それのどこがいけないんだ。平凡、平和、結構じゃないか。

 俺というヤツは現実に一体なにを期待してるんだか。小説やアニメの見すぎだな。 まったく・・・・・。

 誰に聞かせるでもない愚痴を考えて、『日常』に耐えていた。


 


「あーさーひっ」

 そんなこんな時間を過ごして、ふと気がつけば、時計は昼休みの時間を指し示していた。後ろの席からそんな声がかかる。

 女性らしいソプラノな声。ガキのころから聞き飽きた、いつもの声だ。

「・・・・・・・あー?」

 そう俺が気だるい声で返事しながら振り返ると、そこにはやや甘栗色がかった髪を襟元までぐらい伸ばした、良い意味でこうるさそうな印象を受ける、そんな明るい表情を浮かべた少女がこちらを興味深そうに見ていた。

「うっわー・・・・・、幼馴染みに向ける態度じゃないねー・・・・それ」

 俺の憮然な態度が気に食わないのか、露骨に眉をひそめることを隠そうともしないでそんな文句を言ってきたのは、同じクラスの『神ヶ(かみがや) 輝夜(かぐや)』である。

 彼女が俺のことをそう代名したように、俺とこの神ヶ谷はおよそ世間一般で呼ばれるところの幼馴染み、という間柄に位置する。

 幼馴染みというか腐れ縁というか、それこそ物語のテンプレートみたいな存在のクラスメイトの女の子である。

 そういうととてつもなく聞こえはいい、まるでラブコメ的なものを想像されてしまうのも仕方ないだろう彼女、だがしかし、目の前のコイツにはまったくといっていいほど女の子らしさと呼べるようなものは無い。

 どれぐらいかというと、好きな食べ物は濃いしょう油味をしたおかきと、渋い煎茶。

 どこの高齢者だといわんばかりのラインナップを好むくせに、そのくせ某オンラインゲームではかなり名の知れた廃人プレイヤーという顔を持つトンデモ女子高生だったりするのだ。

 一度コイツがパソコンをいじっているのを横から盗み見たことがあるが、有名動画サイトにアップされた動画ののコメントに【ふひwww至高www】と真顔で書き込むほどの残念っぷりを持ち合わせている。

 もうそんなところを見てしまえば、コイツを女子として認識することなんて、できるわけがない。

 まるでコイツには『女子力』というパラメータが最初っから付いてないんじゃないかと思うほどの振舞いようだ。

「うん、いま絶対失礼なこと考えているよね?」

「いいえ、まったく」

 ち、鋭いヤツよのう・・・。

「で、なんだよ?」

 昼休みという安息のためか勝手にゆるんでいく気を取り持ちつつ、俺は彼女の用を促してやる。

「いやぁ、さっきの授業中、ずっと外見てたじゃん。いい加減、まともに先生の話聞かないとまた呼び出しされるよー? ただでさえ旭は目つけられてるんだから・・・・・・」

「・・・・・・あぁ、わかってるよ」

 口を尖らせながら上から注意してくるような口調で話してくる彼女に、おもわず苦笑が漏れそうになった。

 そういえば、このまえ担任に呼び出されたばっかりだったな。あの時はあの時でそんなんで社会に出てやっていけんのかとか、悩みでもあんのかとか色々と言われもしたっけ。

「む、全然わかってないじゃん!」

 そんな俺の終始を見て、彼女はさらに機嫌を悪くしたようだった。


 ―――別に不良ってつもりじゃないさ。

 まったくといっていいほど授業は聞いていないわりに成績は中の下をキープしているし、ちゃんと学校にだって素直に来ている。生活態度以外はなんら問題はないだろう。

唯一問題といえるのは、俺はどうしてもこの〝日常(丶丶)″に馴染むことができないことだけだ。

 どこの主人公気取りの勘違いヤローだって話なのだが、それが俺にとっての事実なのだから仕方ない。

 学校に行って、将来働くための勉強をするだけ。そこにドラマなんてものはない。

 ただ生きるために働いて、ただ死ぬまでの人生をどれだけ豊かにしていけるか、ただそれだけを気にする毎日。

 代わり映えもしなければ、目指すものもない日常。

 俺にはそんな生活に、燃えるような熱意も、滾るような目標も、それを乗り越えるだけの気力だって、とても持てそうにない。

 なんとか一日を乗り越えれば、乗り越えた一日となんら変わらない一日が待っている。それをただ繰り返した挙句、気がつけば死んでいるなんて生き方が、どうしても俺には納得がいかないのだ。

 夢見すぎだってことぐらい、俺にだってわかる。しかし、そんな俺の気持ちはどうしても俺の中から消えてはくれなかった。

 別に波乱万丈が良いとか、そんなことを言うつもりは毛頭ないが、俺にはこの『日常』を過ごすことが、それだけで顔も知らない誰かと同じ生き方をしているんじゃないかという気がしてならないのだ。

それが、どうしても俺には気持ち悪く思えて仕方がなかった。


「―――だけど、どうする?」

「・・・・あぁ」

「・・・いや、あぁじゃなくって・・・、おーい」

「・・・うん」

「・・・・・・ねぇ、ちゃんと私の話聞いてもらえるかな? あ・さ・ひ・くーん?」

「へ? うぉ!? え、なにその怒気、ちょ、怖いんすけど。わ、わるい、ちょっとボーっとしてて・・・・・・」

 そんなことをつらつら考えていたせいで、前で神ヶ谷が俺になにか言っていることにまるで気付かなかった。ヤバイ、めっちゃいい笑顔していらっしゃる・・・・・・。

「もぉー・・・、だーかーらっ、お昼休憩なんだから、食堂行こうよって言ってるの!」

「あぁ・・・、なるほどな。そんなことか、ん、行きますか」

 そう誘われたので俺は机の上に出しっぱなしにしていた筆箱やらを、適当に机の中に押し込んで席を立った。

「ほいほーい」

「ほいは一回」

「HOY!」

 出所不明のナゾなテンションでわけがわからん会話をしながら、俺は神ヶ谷と一緒に一階にある食堂目指して、がやがやと騒がしい校舎を歩いていくのだった。

 なんてことない、日常の一ページである。


        *        *


 私立真ヶ原高等学校。

 地元では由緒ある歴史を誇る中堅私立として通っている。

 それが俺たちの通う高校だった。

 インテリ大量生産の進学校というわけではないが、その真似事のようなことはしていて、勉強に精を出す生徒にはとことん合宿という名の地獄を見せる。

 ただクラブなどにも力を入れているため、スポーツクラスと呼ばれるアスリート志望の生徒を集めたクラスなんかも存在しており、学校が掲げる特色として『生徒の向上心を育む』、というコトらしい。

 俺と神ヶ谷は通常コースであるクラスに所属しており、成績優秀を誇る神ヶ谷は地獄から招待状が届くこともしょっちゅうだ。

 一階の食堂にたどり着いた俺たちは、まず食券の券売機でそれぞれ並べられたボタンから食べたいものを注文する。

 俺はきつねうどん、神ヶ谷はカレーライスを頼むことにした。

 この学食は美味しい上にメニューが豊富で飽きがこなくて助かる。まぁ、たまに作った経緯が不明なトンデモメニューが混じっているが。

 今日も『今週のイチバン!』とデカデカと書かれていた看板が出ている。みると、『カツ丼は爆発だ! きみも卵の海へ飛び込もう!』というかなりアレなキャッチフレーズとともに明らかにパーティサイズだろそれ、と言わんばかりの巨大なカツ丼の写真が大きく貼られているのが目に入ってきた。写真の下に『ボンバーカツ丼』という名前が書き込まれている。

 いや、どのタイミングで頼むんだよそれ、絶対一人じゃ太刀打ちできない量してるじゃないか・・・。

 お昼時とあってかこの学食を使う生徒はたくさん見受けられるのだが、この食堂、なぜかやたらと広いので混み合う心配はいらない。

慌しく動いている厨房に食券をだして、腹ペコ高校生たち共通のオカン、もとい調理師のおばちゃんからトレーに乗せられた料理を受け取った。

そしてそのまま俺たちは適当に空いている椅子に向き合う形で席を取った。

机に備え付きにされている薬味から神ヶ谷は福神漬けを、俺は一味唐辛子を、それぞれ自分の皿に投入していく。

 ホカホカと鰹節の効いた良い匂いを孕んだ湯気を上げていたきつねうどんが、一味によってみるみる真っ赤に染まっていく。そんな一部始終を見て神ヶ谷が、

「・・・毎度のことながら、よくそんな辛いもの食べれるよねぇ・・・」

 と、若干引きつった表情をうかべながら感想を言ってきた。その声にはあきらかにあきれを宿している。

「うっせぇな、この赤く染まったダシをすするのが美味いんだよ」

 辛さという味覚がこの飽和した世の中をいかに激変させるか、またイチから力説してやろうかとも思ったが、どうせ華麗に聞き流されることがオチなので、俺は気にせずうどんを口に運ぶことにする。

そんな俺を見た神ヶ谷もひとつため息をはいてからスプーンを動かしていった。

「? なんだ? 今日はやたらとにぎやかだな」

 キツネを汁とともにひとかじりしてから、そこで食堂の様子がいつもとやや違うことに気がついた。

 よく見れば、俺たちの席から少し離れたところで弁当を広げながら話す女子集団が、食堂に設置されているテレビの前でなにやら騒いでいるのが目にとまる。

「ん? ・・・あぁ、このまえの『日食』で、ニュースやら報道番組やらが騒いでるのよ。『日本滅亡の兆し』なんじゃないのかーってね」

 ほどよいペースでカレーライスを口に運んでいた神ヶ谷が、俺の疑問にそっけなく答えてくれた。

「はぁ? なんで日食と日本滅亡が関係あんだ?」

「知らないよ・・・たしか、あの『日食』以降、殺人事件とか交通事故とかがいきなり増えているらしい、だからあの日食はなにか大きなことが起こる予兆なんじゃないのかって話だったとおもうんだけどね・・・・・・」

「ほぉ・・・、国民の不安をあおって何がしたいのかねー、マスコミは」

「たんにそう(はや)したてたほうが数字が稼げるんじゃないかな」

「まぁ、そりゃそうだ」

 ―――なんの話かといえば、数日前、この日本で起こった『日食』の話題だ。

 メガネをかけた売れっ子タレントと、なにがそんなに面白いのか興奮した様子は話す中年の男性が、四角い画面の中でオカルト講義に花を咲かせている。

太陽と月の周回軌道と重なって、月によって太陽が隠れるという自然現象。いわば『日食』がこの前、各地で観測された。

 それも、そのときの日食は太陽が月の影に完全に隠れてしまう『皆既(かいき)日食(にっしょく)』と呼ばれるものだったそうで、何百年ぶりだかのめずらしい現象だったそうだ。

 なんでも聞いた話によると最初は、ただの部分日食だと予測されていたらしく、皆既日食になるとは誰も想像してなかったそうだ。

 以前、テレビで予定を外した学者やら専門家やらが騒いでいたのを覚えている。

 そういった背景もあるせいか、そういったオカルトじみた噂が出回っているらしい。

 女子たちはこの噂が本当だったらどうしようとそんなことを騒いでいるようだった。

 しかしもちろん、そんな彼女たちの目には恐怖といった感情の色はまるで見えない。

 むしろそれは現実に起こった『日食』に対する好奇の目であり、〝あるかもしれない″『非日常』に向ける憧れの目だった。

 俺はあの目を知っている。まぎれもない、なんの不満も無く『日常』を送っている者たちが、その上であくまで娯楽としての『非日常』を楽しんでいる目だ。

 小説やアニメを楽しむ目となんの差もない。

 彼女たちは少したりとも眼前に広がる『非日常』の存在を信じてはいないのだろう。

 どれだけ信憑性を持っていようが、『非日常』はあくまで〝あるかもしれない″ものに過ぎない。

 それは当然のことだろう、なぜなら俺たちは紛れもない『日常』のなかで生きているのだから。

 その『日常』に、言葉では言い表せないほどの不満を抱えている自分。そんな俺もまた、どこまでも『非日常』に憧れている外野の一人でしかないのだろう。

 かつて本当に身近に居た『非日常』を、なまじ知ってしまったせいで『日常』を受け入れることが出来ないとか、そんな些細な違いはあれども。

 だがそれでも、俺はあの子たちの目がキライだった。あの子たちの目を見ているだけで、あの『あればいいな、あったらどうしよう』といった目を見るだけで、『非日常』が俺の世界から、遠のいていってしまう気持ちに駆られてしまう。

 この『日常』にどこか失望したまま、馴染めずあぶれている自分が、とてつもなく情けなく思えてくる。

 ―――それが気持ち悪い。

 俺は今も昔はただ物語の中に憧れるだけだった。

 『非日常(ヒーロー)』に憧れて、『日常(悪)』を嫌った。

 むずかしいことじゃない、ただそれだけのことだ。

ただ面白みも無く繰り返すだけの『日常』に、すこしづつ嫌気が差してきてしまっただけなのだ。

・・・いや、もしかしたらそれは、自分のそばに『あの人』が居たことがなによりの引き金となってしまって生まれた、そんなひがみみたいな気持ちなのかもしれないと思わなくもないのだけれど。

〝あの(丶丶)人(丶)を知らなかったのなら″俺はこの『日常』に慣れることが出来ていたのかもしれない。―――・・・なんて、な。


「それにしても、結構有名な話だよ? 最近ニュースとかみてないでしょ?」

 そんな神ヶ谷の声に、俺は気持ちを切り替えることにする。

「・・・・・・あぁ、まぁなー」

「・・・ねぇ、もし本当だったら、どうする?」

 突然、そんな質問を投げかけてきた神ヶ谷に、俺は信じられないようなものを見た気がして、おもわず目を丸くしてしまった。

「どうするって、さっきの話が、か? お前そんなの信じるタイプじゃないだろうに・・・」

「わ、わたしだって立派な女子なんだし、もし本当だったらそりゃ怖いもん!」

「立派な助詞? 『て・に・を・は』・・・、よかったな、国語だけは得意なんだ」

「・・・・・本気で言ってるなら怒るよ?」

「すんません」

「それで? どうするの?」

「んー・・・・・・、普通にいつもどおり過ごすかな?」

 神ヶ谷の問いに俺はしばらく虚空を見つめて考えてから、そう適当に返した。

「え? そりゃまたどうして?」

「だって、そうなったらもう『日常』自体が『非日常』みたいなもんだしな」

「・・・またでたよ、旭の非日常愛好説」

 俺の答えに、神ヶ谷は嫌そうな声をあげて噛み付いてきた。

「なんだよ、それ」

「旭、いつまでも中学生みたいなこと言ってちゃダメだよー?」

 そんな神ヶ谷の上から目線な物言いにさすがに俺はすこしムッときてしまって、反論しようと声を上げることにする。

「あのな、お前、俺は別に―――」

「おっ、お二人さーん!」

 だが、俺の言葉は横からきた声でかき消されてしまったのだった。

「・・・・・・尾見倉(おみくら)

 そこには、とんでもないサイズのカツ丼をトレーのうえに乗せながら、運動部特有の爽やかな笑顔を浮かべて立っている、一人のイケメン青年が手を振っていた。

 コイツは尾見倉(おみくら) 和彦(かずひこ)という。剣道部員で、この高校に入ってからできたいわば俺の悪友だ。

 神ヶ谷と俺、そしてコイツとはよくつるむ関係であり、なにかと行動を共にすることも多い。

 てか、お前・・・頼んだのかよ『ボンバーカツ丼』!

特に、俺と尾身倉はクラスの間では有名な問題児であり、夜の学校に忍び込み見回りの警備員に追いかけ回されたり、校庭で「キャンプファイァー!!」とかいって打ち上げ花火をしたりと、話が尽きない間柄だったりするのだが、まぁそれは置いておくとして。

とはいっても高校二年にあがったときに尾身倉とはクラスが離れてしまったため、校内ではこういった昼食のときぐらいしかすっかり顔を合わさなくなってしまったのだが。バカみたいな行為に身を投じることもめっきり少なくなってきている。

「おー、尾身倉くーん、おつかれー」

 尾見倉に気付いた神ヶ谷が、まず初めにそう声をかけた。

「神ヶ谷もな。なに二人で言い争ってるんだよ、いつもの痴話げんかかー?」

 俺のとなりに座席を確保しながら、そんな定番すぎる台詞を吐いておちょくってきた尾身倉に、

「バーカ、コイツが人の人生観にけちつけてきやがったから、言い返そうとしてただけだ」

 と懇切丁寧に説明してやる。すると、今度は神ヶ谷の方が言い返してきた。

「なに言ってんだか・・・・・・、旭のその『日常がキライだ』とかいう中二病じみた考えを治してあげようと、わざわざ骨を折ってあげてるんじゃない」

「なんだ、またその話かよ・・・・・・、飽きないなぁ、お前ら」

 めんどくさそうに言いながら、尾見倉は呆れた様子でわり箸を手に取っている。

 コイツらとも、俺が抱えているそんな『悩み』と言えなくもないことについてよく話すのだが、やっぱりいまいちわかってもらえない。

「お前だって『日常』に嫌気がさしたりしないのかよ?」

 俺は尾見倉に、もはや何回目ともしれない質問を浴びせてやる。

「そんなのはしょっちゅうだろ? 不条理なことばっかだぜ、世の中ってヤツは。 ただそんなこと言ってたってなにも始まらないから諦めてるんだよ」

「そうだよ、尾見倉くんの言う通り! もっと言ってやって!」

 神ヶ谷と尾見倉が調子を合わせて言ってきた。

 こうなってしまったのなら俺のほうが少々分が悪い、一度流れを止めるのが上策だな、よし。

「お前、ひとりでカツ丼パーティか?」

 目の前の黄色い山脈を見ながら、俺は尾見倉に話題を振ることにした。

「ん、美味そうだろ? 卵の海に飛び込んでみたくなってな」

「そのまま溺死しちまえ」

「ひどい!?」

「そんなに食べられるの尾見倉くん・・・」

 コイツは運動部ということもあってか、やたらと大食らいなところがある。俺より体格もがっしりしているし、それでいて筋肉もあるのだから仕方ないのだが。

そのうえイケメンという三拍子が揃っているので男としては羨ましい限りだ。

 ちっ、わりと本気で溺死しちまえばいいのに・・・。

「それにしても鴻上、話を誤魔化しても無駄だぞ」

「なんのことだ」

「『日常』に不満ばっかりもってても、生きるのがしんどくなるだけだそ?」

 くそ、見抜かれたか。空気の読めないイケメンだな。

「尾見倉はともかく、神ヶ谷ならわかるだろ? 俺はこんな繰り返すだけの日常、正直うんざりなんだよ」 

 俺はけっこう本気のトーンで前に居る神ヶ谷に視線を向けた。

「だからといって、この『日常』を疎かにしていいっていう理由にはならないはずだけど?」

 しかし残念ながらばっさりと、神ヶ谷にはたたき斬られるのだった。

「・・・・・・」

「・・・旭、そんなに私たちと過ごす、この『日常』は嫌なの?」

「神ヶ谷・・・・・・」

 はっきりと悲しそうな表情を浮かべながらそう聞いてきた神ヶ谷に、俺はつい言葉に詰まってしまった。くそ、こういうことが言いたかったわけじゃないんだけどな・・・・・・。

「『神ヶ谷』って・・・、昔は旭、わたしのこと『輝夜(かぐや)』って呼んでくれたのに・・・」

「そ、そんな昔のこと・・・」

「昔じゃないもん! 高校入るまではちゃんと輝夜って・・・・・・!」

「いつまでもそんな風に呼べるかって・・・。お前だって俺たちみたいな問題児とつるんでるってだけで、担任から目つけられてんだから、ほどほどにしねぇとしらねぇぞ?」

「おい、さりげなく俺を巻き込むのか・・・・・・?」

 となりで巨大カツ丼と格闘していた尾見倉がなにやら言っているが気にしない。

「・・・・・・あぁ、そう! もう知らない! 旭なんてツイッターで呟くコメント全部フォロワーから叩かれて大炎上しちゃえばいいんだ!」

「この情報社会においてなんて恐ろしいことをっ!?」

 神ヶ谷は成績はとても良い。そのうえ性格も真面目だから教師たちからもいたく気に入られている。

そうなると、なぜ俺たちみたいな問題児とつるんでいるのか疑問に思うのも当然のことと言える。一時、おれ達に脅されてるんじゃないかという根も葉もない噂すら流れたほどだ。

 事実、何度か職員室に呼び出される神ヶ谷を目撃したりしているのだが、どうやら偶然そのときに居合わせたクラスメイトによれば、毎度毎度そんなことはないと、教師たちを論破、および怒鳴り散らしていたらしい。

 親友としてそんな神ヶ谷は正直嬉しかったのだけれど、やっぱり俺のせいで神ヶ谷が非難されるのは納得いかないところもあるわけで。

「なに怒ってんだよ神ヶ谷、俺は別に・・・・・・――――――ッ!!」


 ――――そのときだった。俺はおもわず箸を床に取り落としてしまった。

 頭がぐらりと揺れて、二人の姿がぐんにゃりと歪んで見えた。

〝この景色、どこかで見たことがある″俺は頭の片隅でそう直感した。

突如俺の身体を駆け巡っていったのは、気だるい既視感でもあり、『デジャヴ』と呼ばれるものに似ているような気がした。


―――――また、だ。

 胸をなにかどっしりとしたものでふたをしたかのような閉塞感に襲われ、それと同時に一気に苦しみがこみ上げてきた。俺はあまりに突然なその苦痛に、息すらままならなくなってしまう。

「ぐ・・・ぁ・・・・・・!!」

 突如駆け巡った胸クソ悪さを少しでも和らげようとして、慌てて両手で胸部を押さえ込みながら、俺は食堂の床にうずくまってもんどりうつハメになった。


「旭っ!?」

「鴻上っ!?」

 机を囲っていた二人が、急変した俺の様子に驚いて心配そうな声をあげている。

「まさか・・・・・・また、なの?」

 神ヶ谷がそう俺に尋ねてきた。

 ―――――そうだ。俺はたまに〝発作(コイツ)″に襲われる。

 なんと言い表せばいいのか、それこそ経験してみないとわからないような不快な感覚。

 とんでもなく苦しくて、気だるく、そして頭の中を猛烈な違和感(丶丶丶)が駆け巡る。

 そう、違和感。〝なにかが欠けている″―――――そんな奇妙な感覚。

 これ(丶丶)に一度襲われてしまうと、俺はしばらく動けなくなってしまう。

十分な酸素が頭に上っていないのか、脳がまともに機能しようとしてくれない。

 たびたび、それも数日に一回くらいの頻度で、俺はこの奇妙な『発作』に悩まされていた。

「か・・・・・・は・・・・・・っ」

 まったくといって酸素が肺に入ってこない。視界がぐるぐると回り始めて、頭が強烈に痛くなった。気道が萎縮するかのように吐き気がこみ上げてくる。

「鴻上、ゆっくりだ、ゆっくり息をしろ!!」

 隣でいた尾見倉が俺の背中を抑えながら、なんとか落ち着かせようとしてくれている。

 出来たらやってるっつーの・・・。

「あ・・・あぐ・・・がはっ、ごほっ!!」

 俺はどうしようもなくなって情けなく咳き込んだ。

 周りの関係のない生徒もいきなり倒れた俺の異変に気付いたのか、徐々に騒ぎになっていくのがわかった。人がぞろぞろと集まってきている。

 少しずつ目の前が暗くなっていくのがわかった。耳にフィルターがかかったかのように音が重くぐぐもっていく。

 完全に景色が見えなくなる前に、ふわっとした浮遊感が俺の身体を包んだ気がした。

「旭・・・・・・、」

 神ヶ谷の泣きそうな声が最後に聞こえたが、あまりにいきなりすぎる事態に陥った俺に、返事をする余裕はなかった。


        *        *



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