Day ??? #02
「若葉先輩? 起きてください。チーフ……じゃなかった。アービター、もうすぐ戻ってきますよ?」
美咲の声で、あたしは目を覚ました。
……あれ? ここ、どこだっけ?
辺りを見回す。広い部屋の隅のソファーの上だ。そばには美咲と、おすまし顔のエリがいた。部屋の中央には長テーブルがいくつも並べられていて、その上に、喰い散らかされた宅配のお寿司やピザやオードブルセットと、お酒やジュースやお茶などが並んでいる。パーティーが終わった後みたいだ。
一瞬考えて思い出す。そうか。今日はコンサートの最終日で、控室で打ち上げをやったんだ。どうやらあたし、お酒飲んで寝てしまったようだ。以前お酒のせいで大失態を犯したのに、反省が足りないな。ま、このところコンサートで激務だったし、コンサートは大成功だったし、今日くらいはいいか。
ソファーの上に体を起こし、時計を見る。十一時を回ったところだ。
「ゴメン、待たせちゃったね」由香里が部屋に入って来た。そう言えば、由香里を待ってたんだっけ? 忘れてた。結構お酒飲んじゃったからな。
「じゃあ、行こうか」由香里が言う。
「行く? どこへ?」
「やだな。若葉、覚えてないの?」由香里、呆れ顔。「二次会だよ。二次会。さっき亜夕美たちが言ってたでしょ? みんな、先に行って待ってるよ?」
まだ飲むのか。みんな、元気だな。
まあ、今日はコンサート最終日で明日は休みだ。しょうがないか。
よっこらしょ、っと、ソファーから立ち上がり。
ぐらり、あたしは倒れそうになった。
「……と、大丈夫ですか?」エリに支えられる。ヤバイ。あたし、結構酔ってるな。
「ありがとう、エリ」お礼を言って。
……ん? エリ?
あたしは、エリの顔をじっと見つめる。
「若葉さん? どうかしましたか?」ちょっと戸惑うエリ。
「……あ、いや。あたしさっき、エリの夢を見てたような気がするんだけど……」
「夢ですか? どんな夢です?」
いつものおすまし顔で訊くエリ。
なんだっけ? 結構重大な夢だった気がするぞ?
…………。
「……ゴメン。忘れちゃった」笑いながら、あたしは言った。「ま、大したことじゃないよ。じゃ、行こうか」
帰り支度を整え、関係者出入り口から外に出る。街路樹が並ぶ細い道が、一〇〇メートルほど続いている。夜空に月は出ていない。曇っているのか、星も見えない。明かりもまばらで、薄暗く、辺りは物音一つしない。なんとなく不気味な雰囲気だ。
と、エリが。
「あ! スミマセン。あたし、忘れ物しちゃいました。ちょっと、取りに行ってきます」
口元に手を当て、そう言った。
「じゃあ、ここで待ってるよ」あたしは言った。
「いえ、時間が掛かるかもしれないので、先に行っててください。『カエル亭』ですよね? すぐに向かいますから」
そう言って、エリは控室の方に走って行った。
じゃ、エリの言う通り、先に行くか。あたしたちはコンサート会場の外に向かって歩く。
「おかしいな。通じない」
さっきからケータイをいじってた由香里が言った。
「ん? どうしたの?」
「カエル亭にいるメンバーに電話してるんだけど、通じないんだよ。深雪も、亜夕美も、燈も、遥も。誰も出ない」
「圏外とかじゃない?」
「うーん。呼び出し音は鳴ってるから、それはないと思うんだけどね」
「もしかしたら、みんなでサプライズを用意してるのかもよ? さっきのエリの忘れ物ってのも、なんだかわざとらしかったし」
「え? まさか。なんのサプライズよ?」
「わかんないけど、今までキャプテンありがとう、とか」
「えー。そんな、あたしなんて、何にもしてないから、そんなことされても困るなぁ」
と、言いながらも、まんざらでもない様子の由香里。
でも、それはないだろうな、きっと。由香里へのサプライズだったら、あたしにも一言ってくれるだろうし。と、言うことは、この三人へのサプライズか? なんだろう? ワクワクしながら歩く。
と。
会場の入口付近に、一〇人くらいの人がたむろしていた。暗くてよく見えないけど、ファンの人たちだろうか? いわゆる、出待ちというやつだ。困ったな。ヴァルキリーズは出待ち禁止だ。ファンの人たちにはいっつもお願いをしていて、ほとんどの人は守ってくれているけれど、たまにあるんだよな。こういう時の接し方は難しい。出待ち禁止をお願いしているから対応するのはNGだし、だからと言って、何時間も待ってくれてたファンの人を冷たくあしらうのも気が引ける。まあ、幸い今は由香里がいる。ここは、頼れる元キャプテンに任せよう。由香里を見ると、仕方ないね、という感じで頷いた。あたしと美咲は由香里を先頭に立たせ、出口へ向かう。
しかし。
その、異様な雰囲気に、足を止める。
みんな、立ち止まったり、座ったりすることなく。
ゆっくりとした動きで、ふらふらと、まるで夢遊病者のようにさ迷い歩いているのだ。
そう。それは。
あのオータム号の中にいた――ゾンビどもの動きそのものだ。
…………。
ま……まさかね。あの事件は、もう終わったんだ。いや、そもそもあれは、あたしたちの妄想。実際は、テロリストのシージャック事件だったはず。ゾンビなんて、この世にいるはずがない。きっと、酔っ払い集団だろう。困った人たちだな、しっかりしろよ。なんて、あたしに言う資格はないか。あはは。
だが。
そのうちの一人が、入口近くの外灯の下に入った。
明かりに照らされ、その姿が、ハッキリと、見えた。
男の人だ。
腐った土色の肌。
血の涙を流す目。
そして、獣のような息づかい。
はっきりと、思い出す。
間違いない――あれは、あの時オータム号内で散々戦った、ゾンビだ!!
なんで、こんなところに!?
由香里も、美咲も、驚きを隠せない。言葉を失い、ゾンビどもを見つめる。
……落ち着け。相手はたった一〇人程度だ。あたしたち三人なら、何とでもなる。あ、でも、木刀も竹刀も持ってないや。どこかに武器になるものはないかな? 探してみたけど、見つからない。まあ、仕方ない。空手家の美咲が何とかしてくれるだろう。最悪の場合、みんなで走って逃げればいい。ゾンビどもはノロマだ。絶対に追いつかれることは無いだろう。
みんなに視線を送る。同時に、頷いた。
ゾンビの一体が、あたしたちに気が付いた。
低く、威嚇の声を上げる。
それを聞いた他のゾンビたちも、あたしたちを見る。
ゾンビたちは、両手を広げ、夜空に向かって獣の遠吠えのような叫び声をあげ。
そして、一斉に。
全速力で、こちらに向かって走って来た。
――――。
……え? 走――?




