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Day 1 #05

 コンサートの第二ステージが、幕を開けた。


 第二ステージは、現在カラオケランキングで連続1位記録を更新し続ける人気曲「ワードなの、りったん」から始まり、そして、それまでのキュートで愛らしい王道アイドル路線の曲から一転し、クールでスマートなイメージに仕上がった曲「禁じられた恋の筆」などを次々と熱唱。そして、ソロ曲や、ヴァルキリーズから派生したユニットの曲。また、歌だけでなく、トーク、薙刀や空手の演武なども披露し、第二ステージも順調に進んでいった。


 しかし。


 第二ステージ開演から一時間。


 その事件は起きた――。




 それは、「恋愛博士の十字軍」をメンバー全員で歌い終えた後だった。次は、ランキング2位でロスヴァイセの亜夕美が、ソロ曲を披露する予定である。メンバーは、亜夕美とキャプテンの由香里を残し、一旦舞台裏に下がろうとしていた。舞台右手側の上手と、左側の下手、そして、ステージ中央の階段に分かれ、ゆっくりと下がって行く。その間、亜夕美と由香里はトークで間をつないでいた。


 と、そこへ。


 ふらり、と。


 ステージの上に、ヴァルキリーズメンバーとは違う人影が、現れた。


 ステージ中央より、やや上手側。


 客席が、軽くどよめいた。


 男の人だった。


 男の人だと思う。首をうなだれ、前髪が長く垂れ下がり、顔は見えない。背中にヴァルキリーズのロゴが入ったパーカーを着ているところを見ると、観客の人だろう。


 しかし、観客の人が舞台に上がるような企画は、今日は無い。


 このコンサート会場は、最大収容人数は約三百人と、それほど広くはない。いくら世界最大級のクルーズ船とはいえ、そのくらいが限界だ。ステージと客席の間はあまり離れておらず、警備員も正面には配置されていない。だから、舞台に上がろうと思えば、簡単に上がれるのだ。


 男は、相変わらずうつむいたまま、フラフラと、右側へ歩く。


 あたしは、舞台中央の階段から下がろうとしていたところだった。異変に気づき、足を止める。


 ――会場内に、ヴァルキリーズのパーカーを着て、フラフラ歩いて気味が悪い人がいる。


 第2ステージ前の休憩中、宮本理香と栗原麻紀がそんなことを言っていたのを思い出す。そしてその人は、体調が悪いのか、ゾンビみたいな顔色をしていたらしい。あの人のことだろうか? うつむいているので顔は見えないが。確かに体調は悪そうだ。


 上手から退場しようとしていたメンバーがざわめいた。得体のしれない男に対する、軽い悲鳴のようにも聞こえる。メンバーの間に不安が広がるのが判った。みんな、どうしていいのか分からない。男に近い位置の娘は、怯えている。


「あー、えーっと、ゴメンなさい! 踊り子さんにはお手を触れないでください! タッチは別料金で、一回一万円ですよー」


 場の雰囲気を察してか、由香里が冗談を言う。会場は、軽い笑いに包まれた。


 しかし。


 男は、止まらない。


 ゆっくりと。


 顔を上げた。


 男の正面にいたメンバー数人が、息を飲むのが分かった。


 男の顔色は、異常だった。


 血色が悪くて青ざめているとか、激昂して真っ赤になっているとか、そんなレベルではない。


 土の色だ。


 それも、深い森の中の、一日中陽のあたらない場所の、腐った土の色だ。


 さらには。


 両目から液体を流していた。目から流れる液体なら涙だろうが、その色は、深い紅だった。腐った土の色をした肌が、その紅さを不気味に引き立たせている。血のように、見えた。


 メンバーの悲鳴は、ハッキリとしたものに変わる。


 その悲鳴をかき消すように、男が吠えた。言葉にならない、獣のような咆哮。


 そして。


 メンバーの一人、男の真正面にいた前園カスミに、つかみ掛かった!


 悲鳴を上げ、身をよじるカスミに、男が、顔を近づける。


 突然の出来事に、カスミの周りのメンバーは、凍りついたように動けない。


 まずい! そう思った時には、すでにあたしの体は動いていた。駆け寄り、男をつかみ、そして、カスミから引き離した。そのままうつ伏せに床に押し倒し、右腕を捻り上げた。少し遅れて、亜夕美と由香里がやってくる。亜夕美がカスミを庇うように立ち、由香里がカスミを抱きしめた。


「カスミは? 大丈夫?」


 男を押さえつけたまま振り返る。


 由香里の胸で泣き叫ぶカスミの首にから、血が、流れ落ちていた。


 男を見ると。


 男の口の周りにも、血が、斑点のようについている。


 ――咬まれた?


 そう思った。大切な仲間を傷つけられた。怒りが込み上げてきて、殴りつけたい衝動に駆られる。


 しかし同時に。


 男の異常な行動に、恐怖を感じた。


 襲いかかり、いきなり首筋に噛みつくなど、正常な人間のやることではない。


 獣だ。


 野生の肉食獣が獲物を襲う時は、まず首筋に噛みつく――その時のあたしは、なぜか、そんなことを考えていた。


 男は、言葉にならない叫び声を上げながら、あたしの拘束から逃れようと暴れる。しかし、あたしは一応、毎日剣道で鍛えている。男の人が相手でも、一般の人なら、力でも負けない。


 客席の両脇に待機していた警備員が、ようやくステージに上がってくる。あたしは男を立たせ、警備員に渡した。屈強な警備員二人に両脇を抱えられてもなお、男は暴れるのをやめない。相変わらず言葉にならない叫び声をあげ、首をぐるぐる振り回し、足をバタつかせる。しかし、抵抗はできなかった。そのまま、会場の外に連れ出された。


 観客とメンバーの入り混じったざわめき声と、悲痛なカスミの泣き声だけが、会場に残った。





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