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Day 6 #04

 十八階に下り、廊下を抜け、ホールからエレベーターに乗り込む。目指す警備員室は九階の前方だ。


 襲い掛かるゾンビは、愛子とちはるが次々と倒してくれる。特に愛子の柔道技が強力だ。もともとゾンビは抱き着き攻撃を得意としているから、ほっといても向こうから組んで来てくれる。もう、投げ放題だ。組技だからどうしても一対一になってしまうけれど、まとめて襲われても、ゾンビを振り回して蹴散らすことができるのだ。ちはるのマーシャルアーツもすごい。足技主体でどんどんゾンビを倒している。あたしはほとんど何もしなくていい。連日のゾンビ戦で疲れた老体にはありがたい限りだ。二人の活躍により、あっという間に警備員室の前に着いた。


 鉄製のドアと、その隣に受付用の窓カウンターがあるだけの、質素な外観だった。窓カウンターはシャッターが下りていて、中の様子をうかがうことはできない。


 さて。


 由香里の推理通りなら、この中には誰かいて、モニターで船内を監視している。最悪その誰かは、この船内のゾンビ騒動を引き越した犯人かもしれない。


 あたしはドアノブに手を掛け、愛子とちはるに目で合図を送った。黙って頷く二人。ゆっくりと、ノブを捻った。そのまま押すと、何の抵抗も無く開いた。鍵がかかっていない。このゾンビだらけの船内で、部屋に鍵を掛けていないということは考えにくい。中には誰もいないということだろうか? あるいは、こんなゾンビ騒動を起こすくらいだから、ゾンビには襲われないとでもいうのだろうか?


 室内は真っ暗だった。入口の側の壁を探ると、すぐにスイッチが見つかった。明かりを点ける。六畳ほどの狭い部屋だった。窓カウンターの側にイスが一つと、部屋の中央にテーブル一台とイスが四つ。後はロッカーが一つ置いてあるだけだ。中に入る。ゾンビに入られないよう、ドアを閉め、鍵を掛けた。人の気配は無い。身を隠せそうな場所はロッカーしかないけれど、中はたくさんのカギと、警棒や刺又などの防犯グッズが入ってるだけだった。


 部屋の奥にはドアがあった。こちらも鍵はかかっていない。慎重に開けると、暗く長い廊下が続いていた。そばにあるスイッチを押して明かりを点ける。廊下の右側にドアが二つと、一番奥まで行ったところに一つ。右側のドアには、仮眠室とロッカールームを示すプレートが貼られている。仮眠室のドアを開けた。入口の部屋と同じくらいの広さで、二段ベッドに小さな冷蔵庫と電子レンジなどがあるだけだ。続いてロッカールームを開ける。やはり同じくらいの広さで、中はロッカーだけと、簡素な部屋だ。どちらの部屋にも、誰もいなかった。


 あたしたちは、一番奥のドアを開けた。


 中はやはり真っ暗だった。ドアのすぐそばのスイッチを押して明かりを点ける。


 そこは、今までの部屋の三倍はあろうかという広い部屋だった。壁にはたくさんのモニターが埋め込まれていて、そのすぐ下に、スイッチやボタンやランプがたくさん並んだ機械が置かれている。間違いない。この部屋で、船内の監視カメラの映像を見ることができるのだろう。


 モニターはすべて消えていた。普通のテレビとは違うから、操作方法はよく分からない。愛子とちはるがモニターの下にある機械のボタンを適当に押していく。あたしは機械がニガテだから、ここは二人に任せよう。


 部屋の中を見回した。あたしたち以外に人の姿は無い。一応ロッカーの中など、隠れられそうな場所を見てみるけれど、やはり、誰もいなかった。


 監視カメラの映像を見ている人がいる――由香里の推理は、ハズレだったのだろうか?


 いや。


 おかしい。何か、変だ。


 さっきから、何か違和感がある。


「――ダメだ。動かないよ」


 ちはるが、ドン、と、機械を叩いた。モニターは全て真っ暗なままである。


「電気が来てないのかな?」あたしは訊いた。


「いや、それは無いよ」愛子が応える。「明かりは点いてるんだし……誰かが、意図的に動かないようにしたとしか思えない」


 つまり、誰かがいた、ということになる。


 ……そうだ。さっきから感じていた違和感は、それだ。


 今、この警備員室には誰もいない。警備員のゾンビすらいないのだ。


 そんなことがありえるだろうか?


 仮にも警備員室である。何かあった時のために、常に警備員が常駐しているのが普通だろう。ゾンビ化した警備員がいないのは、明らかにおかしい。


 仮に、アウトブレイク前に何かの事件があり、警備員がみんな出払っていたとしても、だ。


 電気を消し、窓カウンターのシャッターを閉め、なのにドアの鍵は掛けずに出て行く、というのもおかしな話だ。


 ゾンビ化した警備員が、外に人の気配を感じ、出て行った、とも考えられるけれど、それも腑に落ちない点がある。ゾンビが明かりを消してドアを閉めていくとは思えない。


 誰かが、この部屋にいたんだ。そしてその誰かは、何かの理由で出て行った。


 ……そうか。一昨日あたしは、操舵室とその近くの監視カメラを、ペイントスプレーで塗りつぶした。この部屋にいた誰かは、あたしたちが監視カメラで見られていることに気づいた、と、当然考える。ならば、この部屋にも来るかもしれない……そう思い、出て行く。たぶん、そういうことだ。


 じゃあ、その誰かは、どこに行ったんだろう?


 想像もつかないし、きっと、考えてもムダだろう。


 それに、そもそもここに来た目的は、ゾンビ騒動の犯人を捕まえるためではない。モニターで船内を監視し、エリや行方不明のメンバーを見つけるためだ。


 愛子とちはるはモニター下の機械をいじっていたけれど、やがて、お手上げという風に両手を上げた。モニターは真っ暗なままだ。やはり、映らないようになっているのだろう。


 と、その時。


《若葉……若葉……聞こえる?》


 ノイズ交じりのくぐもった声がした。トランシーバーだ。恐らく由香里だろう。操舵室には亜夕美のトランシーバーがあるから、それを使っているのだ。あたしはポケットから取り出し、応える。「若葉よ。由香里? どうかした?」


《警備員室には着いた? そっちの様子はどう?》


「うん、着いたのは着いたけど、誰もいなかった。モニターも壊れてて、映像を見ることはできないみたい」


《そう……ところで、変なこと訊くんだけどさ》


「うん? 何?」


《若葉って、ケータイ、スマホだっけ?》


 は? ケータイ? ホントに変なことを訊くな。


 まあ、由香里のことだ。何もないのに、こんなことを訊いたりしないだろう。「ううん。あたしは二つ折りのケータイだよ? フィーチャーフォンってやつ? あたし機械オンチだから、スマホとか、使いこなせそうにないし」


《そうだよね……愛子とちはるは、どう? 訊いてみて?》


 と、言うので、訊いてみた。二人とも、スマホユーザーだった。しかし、今は持ち歩いていないらしい。どうせ繋がらないから、部屋に置いてきたそうだ。


「――だって」あたしは由香里に伝えた。「で、何でそんなことを訊くの? 大事なこと?」


《うん……あのね、操舵室に、誰のか分からないスマホがあったの。ほとんどの娘はホテルの部屋に置いてきたみたいだし、持ってきた娘も、見覚えが無いそうなの。若葉や愛子たちのじゃなければ、エリのだと思うんだよね》


「うーん、そうなるかな? でも、それがどうかしたの?」


《それがね……どうやらこのスマホ――監視カメラの映像を見ることができるみたいなの》


 ――――!?


 スマホで、監視カメラの映像を見ることができる!?


 おかしな質問に首をかしげていた愛子とちはるも、食いついてきた。


「……スマホで監視カメラの映像が見れるって、そんなことができるの?」訊いてみる。


《うん。美咲が言うには、条件がそろえば大丈夫なんだって。DL……なんとかが内蔵されてるとかどうとか、あたしもよくわかんないけど、ほら。何年か前、二人で家電好きの芸人さんたちとトークする番組に出た時、誰かがそんなこと言ってたよね?》


 ……そうだ。覚えてる。確か、お部屋ジャンプ機能とかなんとか……要するに、リビングのレコーダーで録画した番組を、ネットワーク機能を使って、寝室など他の部屋のテレビで見ることができるとかで、機械オンチのあたしに仕組みは全然分からなかったけれど、とにかく、スゴイって思った。


《それとね――》と、由香里は続ける。《エリが一人で部屋に閉じこもったり、誰もいないのに誰かと喋ってたのを聞いた、って、娘もいるの》


「……それってつまり、誰かと連絡を取っていた、ということ?」


《その可能性は高いと思う》


 エリが密かに誰かと連絡を取っていた。それは誰だ?


 すぐに思いつく。


 ――燈だ。


 一昨日、ゲームセンターで、あたしと由香里が、燈たちに会った時。


 燈は、背後の、ゲーム機の陰に隠れていた亜夕美の存在に気が付いた。


 燈のいた場所から、亜夕美の姿は見えない。まして燈は背を向けていた。通常ならば気づきようがないけれど。


 あの時、隠れていた亜夕美の頭上には、監視カメラがあった。


 誰かが、そのカメラの映像を見ていて、無線で燈に伝えた――由香里はそう推理した。


 それが、エリだったのか。


 燈とエリは同じ二期生で親友だ。密かに繋がっていたとしても、何の不思議もない。


 そして。


 七海たちが立てこもっていたレストランが襲われたのは、亜夕美がいない時だ。レストランにも監視カメラはあった。映像を見れば、亜夕美がいるかいないかは一目瞭然だ。レストランが襲われたのは、くしくも燈たちと別れた後だ。


 さらに、エリがあたしたちのグループを離れたのは、あたしが監視カメラをペイントスプレーで塗りつぶした直後だ。


 そして、エリの特製スポーツドリンクを飲んでない娘だけが、ゾンビになっているという事実。


「つまり――」愛子が、手のひらに拳を撃ち付けた。「エリは、どこで手に入れたのか、ゾンビ菌のワクチンを持ってた。それをメンバーに飲ませ、そして、ゾンビ騒動が起こった後、スマホで船内の様子をずっと見ていて、燈と連絡を取っていた。何の目的でそんなことしてるのかは分からないけど、要するに、このゾンビ騒動は、アイツが原因だってことだね?」


 そう。


 すべてを繋げると、そういうことになる。


「フン。あの女なら、やりかねないね」ちはるが吐き捨てるように言う。「かわいい顔して、ウラではえげつないこと考えてる……そういう女だよ、アイツは」


 否定はできない。エリには、確かにそういう面がある。しかも今の状況では、疑うなという方がムリだ。由香里も、何も言わない。


 ――でも。


 何だろう? 何か、違和感がある。何かがおかしい気がする。


 それが何なのかは――分からない。


「とりあえず、一度操舵室に戻ろう。ここにいてもしょうがない」愛子が言った。


「そうだね」と、ちはるも同意する。「ここのモニターは動かない。由香里の持ってるスマホでカメラの映像が見られるんだったら、それでエリを探せばいい」


 二人は部屋を出ようとする。


 だけど、あたしはその場に立ち尽くしたまま、考えていた。


 ……そうか。


 違和感の正体が分かった。


 仮に、そのスマホがエリの持ち物だったとして。


 エリは、なんでそれを置いて行ったんだ。


 うっかり忘れてしまったとでもいうのか? そんなマヌケなミスをするような娘じゃないだろう。


 じゃあ、わざと置いて行ったのか? 何のために? 姿をくらましたのに、監視カメラの映像を見ることができるスマホを置いて行ったんじゃ、見つけてくれと言ってるようなものだ。


 いや、それよりも。


 そもそもエリは、あたしと同じ二つ折りのケータイではなかっただろうか? どこかで見た覚えがある。まあ、別に二台持っていてもおかしくは無いけれど、それよりも。


 そのスマホが、エリの持ち物でないとしたら……?


 …………。


「ちょっと、何してるの? 早く戻ろうよ」愛子が戻って来た。


「あ、ゴメン。先に戻ってて。あたし、ちょっと警察署に寄って行く」


「はぁ? 警察署? 何で?」


「うん。ちょうど愛子たちが来る前にね、みんなで話し合ってたんだよ。舞を閉じ込めておくのに適した場所が無いか、って。警察署なら、留置場があるじゃない? どんな様子なのか、一度確認しておこうと思って」


「そんなの、今じゃなくていいでしょ? エリを見つける方が大事だよ」


「うん。でも、せっかくここまで来たしさ。あたし、ひとっ走り行って来るよ」


 あたしは、返事を待たずに駆け出した。警備員室を出て、エレベーターホールへ走る。


 二人は、しばらく顔を見合わせていたようだったけれど。


 やがて、あたしの後を追って来た。






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