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Day 1 #04

 しばらく亜夕美たちと話していると。


「お疲れ様」


 控室内に、落ち着いた声であいさつをしながら、神崎深雪が入ってきた。みんな、さっきの亜夕美の時と同じく、背筋をぴんと伸ばし、それに応えた。


 深雪は、あたしたちがエリの特製ドリンクを飲んでいることに気が付いたようだけど、こちらに来ることはなく、入口付近で仲の良いメンバーと話しはじめた。


 あたしは、ちらっと、ランキング2位のロスヴァイセ・亜夕美の方を見る。


 亜夕美は二杯目のドリンクを一気に飲み干し、「ありがとう、エリ。おいしかったよ」と、エリにウィンクをして、そして、ロッカールームへ入って行った。夏樹たちもドリンクを飲むと、エリにお礼を言って、亜夕美を追った。


 すると、亜夕美グループと入れ替わるように、深雪たちがやって来た。まるで、亜夕美たちがいなくなるのを待っていたかのように。


「お疲れ、みんな。今日もエリちゃんの特製ドリンク、楽しみにしてたのよね」深雪はエリからドリンクを受け取ると、おいしそうに飲んだ。


 神崎深雪、一期生。アイドル・ヴァルキリーズのランキングは、最高位の1位。最も栄誉ある称号“ブリュンヒルデ”持っている。しかも、今年でなんと、四年連続の1位獲得という快挙を成し遂げ、ファンの間では、『神撃のブリュンヒルデ』とか、『マスター・オブ・ブリュンヒルデ』などと呼ばれている。まさに、アイドル・ヴァルキリーズの顔だ。


 今、深雪と亜夕美がお互いを避けているように見えたと思うけど、それは間違いではない。実はこの二人、仲が悪いのだ。いや、仲が悪い、という表現は、正しくないかもしれない。と、言うのも、深雪と亜夕美は、もう二年ほど、一切口を利いていないのだ。さっきのエリと愛子みたいに、あからさまにケンカしないのはいいのだけど、それだけに、問題は根深いとも言える。


 もちろん、人気アイドルグループのナンバー1とナンバー2の仲が悪いというのは、イメージダウンになる。だから、コンサートやテレビ番組に出演している時は、普通に、いや、まるで親友のように、楽しくお喋りをしている。でも、プライベートではこの状態だ。テレビのワイドショーや週刊誌などでは、もう何度も、二人の不仲説がネタになっている。その度に、本人たちを含めたメンバー全員で否定しているのだけれど、それもいつまで隠し通せるかは判らない。と、言うよりも、もはや公然の秘密となっているフシがある。


 二年間口を利いていない二人だけど、当然、お互い言いたいことはあるわけで、そんな時、どうするのかというと。


「あの……深雪さん……」


 恐る恐る、という感じで、深雪に声をかけてきたのは、朝比奈真理という四期生の娘だ。


「ん? 何?」真理の方を見る深雪。


「えっと……その……亜夕美さんからの……伝言で……」真理、単語ひとつひとつを絞り出すような口調。


 深雪は、ドリンクを飲みながら相槌をうつ。顔から笑顔は消えていないけれど、なかなか内容を切り出さない真理に、内心イライラしているようにも見える。


 真理は深雪の顔色をうかがいつつ、言葉を継いでいく。「『ダイアモンドの夜』の歌のサビの部分で……右に大きく移動するところがあるじゃないですか……あそこで……その……もっと右側に動いてほしいとのことです……その……立ち位置が被るから……と」


 最後の方は、聞こえるか聞こえないかというほど、小さな声だった。


「はぁ? 知らないよ、そんなこと。目立ちたきゃ、自分で勝手に避けろって、言っといて」


 深雪はそれだけ言うと、プイっ、と、横を向いた。顔は笑顔のままだから、特に気分を害した様子は無いけれど、真理の顔はみるみる青くなっていく。


「は……はい! スミマセン!! 本当に、スミマセンでした!!」


 真理はものすごい勢いで頭を下げると、逃げるように、亜夕美のいるロッカールームへ走って行った。


 あたしはキャプテンの由香里と顔を見合わせ、そして、同時に溜息をついた。


 そう。二人は、相手に何か言いたいことがあると、誰かに伝言を頼むのだ。大抵は、三期生や四期生の若い娘である。ヴァルキリーズに入って間もない娘にとって、ランキング1位の深雪と、ランキング2位の亜夕美は、雲の上の存在だ。そんな人に伝言を頼まれたら、断るわけにはいかない。でも伝言の内容は、大抵今のような、個人のワガママレベルの話である。本人の代わりに文句を言いに行かされるようなものだ。断ることもできず、伝えると怒られる。二人の先輩の間で板挟みになり、泣き出してしまう娘までいる始末だ。


「……あのさ、深雪」と、由香里が深雪に向かって言う。「いっつも言ってるけど、そういうことは直接本人同士で話しなさいよ。真理が可哀想でしょ」


「しょうがないでしょ? 向こうが話しかけてこないんだから。文句は全部、向こうに言って」深雪は他人事のように答えた。


 由香里はもう一度ため息をつくと、ロッカールームへ入って行った。亜夕美への注意と、真理へのフォローをしに行ったのだろう。由香里は、こういうことがあると、その都度二人を注意するのだけれど、キャプテンの言葉も、あの二人にはあんまり効果が無い。


 と、深雪が入口の方を見て、無言でその場を離れた。見ると、控室に水野七海と吉岡紗代が戻って来たところだった。亜夕美と仲がいい二人だ。


「お疲れ、七海、紗代」あたしは笑顔で迎える。


「おつかれ、若葉。エリ、ジュース貰うね」七海はカートの上の紙コップを二つ取り、一つを紗代に渡した。水野七海。一期生でランキング8位の“ジークルーネ”だ。


「……またなんかあった?」


 無言で離れた深雪の背中を見ながら、七海が訊いてきた。あたしがさっきの真理のことを話すと、七海もため息をついた。「あたしもいっつも言ってるんだけどね。深雪と話をしないのは勝手だけど、若い娘を巻き込むなって」


「そもそも、何であの二人、口を利かなくなったの? 何か理由があるの?」


「うーん。それが問題なんだよね。特にこれといった出来事があったわけじゃないのよ。まあ、亜夕美はプライドが高いから、何でも自分が一番じゃないと気が済まないんだろうけど……相手があの深雪だから、特に、ね」


 深雪を見る。控室の奥で、後輩メンバーと楽しそうにおしゃべりをしている。屈託のない笑顔だ。


 深雪は、アイドル・ヴァルキリーズの中では、どちらかといえばエリと同じお嬢様タイプだ。一応剣道をやっているけれど、それもエリと同じで、ヴァルキリーズに入ってから始めたものだ。三年で初段を取ったからそれなりに才能はあると思うけど、薙刀で全国制覇をした亜夕美と比べたら、どうしても見劣りしてしまう。


 歌やダンスは二人ともいい勝負だと思う。でも、個人的な意見を言えば、これも亜夕美に軍配が上がると思っている。特に、長時間歌って踊るコンサートの後半で、その差ははっきりと表れる。体力的に劣る深雪は、後半キレが悪くなることが多いのだ。


 トークやMCも、亜夕美の方がうまい。亜夕美は積極的に前に出るタイプだけど、深雪は控えめなタイプだ。トークは度胸が最も大事だから、その差は歴然だ。


 そんな訳で、ほとんどすべてにおいて亜夕美の方が上回っているのだけれど、それでも深雪がファンから絶大な支持を得ている理由は、その抜群のルックスにある。


 亜夕美の名誉のために言っておくけれど、亜夕美がかわいくないというわけではない。ないけど、どちらかというと、亜夕美はかわいいというよりは、カッコいいとか、男前とか言われることが多いと思う。容姿よりも性格の方が前に出ているのだ。


 対して深雪は、まさに、「カワイイ」の象徴みたいな感じだ。特に、天真爛漫で屈託ない笑顔は、男性ファンだけでなく、多くの女性ファンも虜にしている。あたしも同性ながらその笑顔に何度もフォーリンラブしそうになったほどである。


 武術も歌もダンスもトークも亜夕美に劣るけど、ルックスだけでヴァルキリーズの頂点に立ち続ける深雪。あたしは、ルックスはアイドルにとって重要な要素だと思っているけれど、超体育会系の亜夕美は、もしかしたらそれに納得していないのかもしれない。


「どうにかして仲良くさせる方法は無いかな?」あたしは言った。


「それができるならとっくにやってるよ」七海はため息をついた。「亜夕美、ケンカした時とか、たとえ自分が悪くても、絶対自分から謝らない娘だからね。昔から、ずっとそう」


 七海と亜夕美は幼馴染で、幼稚園の頃からの付き合いの親友同士だ。だからさっき、深雪は七海を避けたのだ。この二人は特に仲が悪いわけではないけれど、深雪としては、やっぱり話しづらいのだろう。


「どっちかがヴァルキリーズを卒業するまで、和解しないかもしれないね」諦めたような口調の七海。


「誰か別の娘が1位になればいいんじゃないの?」と、紗代が言う。吉岡紗代。一期生で、ランキングは22位。亜夕美と仲がいいメンバーの一人である。「そうしたら、二人で協力して、その娘を倒せ! ってなるんじゃない?」


 ナルホド。その手があったか。今のメンバーであの二人に勝てそうな娘というと……。


 三人一斉に、エリを見た。武術もできる白衣の天使、というキャラでブレイクし、去年のランキング12位から、一気に3位まで駆け上がったエリ。今、最も追い風が吹いている娘だ。


 しかし、あたしたちの期待の視線を前に、エリは。


「あたしですか? 勘弁してください」


 満面の笑顔で拒否した。


「何でよ? ヴァルキリーズの未来のためなのよ? 一肌脱いでよ」あたしは言った。


「もちろん、1位にはなりたい気持ちはあります。でも、あたしが1位になっても、あの二人は仲良くなったりしないと思いますよ? ただ、口を利かないメンバーがもう一人増えるだけだと思いますけど」


 ……あ。確かに、その可能性の方が高いな。いや、それならまだいい方だ。万が一、深雪か亜夕美のどちらかでもエリにケンカを売ろうものなら、エリは喜んで買うだろう。そうなると、三つ巴の全面戦争に突入だ。冷戦状態の今の方が、まだいいかもしれない。


「じゃあ、燈もムリだね」七海が言った。


 控室の隅で、正座をし、目を閉じてじっと精神統一をしている娘。一ノ瀬燈。エリと同じ二期生で、ランキング6位の“オルトリンデ”だ。エリみたいに先輩ともめるタイプではないけれど、積極的に話しかけて行くタイプでもないので、冷戦状態は続きそうだ。


「あたしたち二期生より、二人と仲がいい一期生の先輩方が1位になった方がいいんじゃないですか?」エリ、満面の笑顔を崩さずに言う。


 その瞬間、七海と紗代の視線が、同時にあたしの方に向いた。


「あ……あたし? いやいやいやいや、ムリでしょ、絶対。この歳でセンターポジションとか、勘弁してよ」


「そうだね。年寄りはいたわらないと」あっさりと頷く七海。いや、そこで納得されても、あたしとしては不本意なんだけどな。


「確かに」と、紗代も同意した。「今日のMCも、グダグダだったし」


 う……それを言われると、返す言葉も無い。


 コンサートなどのMCは、基本的にはキャプテンの由香里がやるのだけれど、由香里が次の曲の準備で舞台裏に下がらなければいけない時など、別のメンバーがやることも少なく無い。今日は、その役をあたしが任されたのだけど、緊張してうまく喋れなかった。紗代がフォローしてくれたからなんとかなったけれど、もうMCなんて二度とやりたくない。


「紗代、今日はホントに助かったよ。ありがとね」お礼を言うあたし。


「何よ、急に。あんなの、大したことないって。前にあたしのトークがスベった時、若葉にフォローしてもらったから、そのお返し。あたし、借りは絶対返す主義だから」


 そんなこともあったかな。結構前の話だと思うけど、律儀な娘だ。


 まあ、何にしてもあたしがブリュンヒルデなんて、ムリな話だ。ブリュンヒルデはアイドル・ヴァルキリーズの顔。コンサートのMCで話を振られることが多いのはもちろん、テレビではトークの中心だし、雑誌の取材も他の娘と比べて格段に多い。あたしみたいにトークが苦手な人間には向いていない。


 それに。


 あたしは、上でも下でもない、今のこの絶妙なポジションが、結構気に入ってたりもする。


 4位という順位は、3位以上の娘たちを引き立たせる役だと、あたしは思っている。もちろん、これはあたし独自の考えで、メンバー全員がそうするべきだというわけではない。若い娘なんかはランクが低くても積極的に目立つべきだと思うけど、あたしの年齢を考えれば、もう、あたしは前に立つべきではないだろう。でも、前に立たなくても、他の娘を引き立たせることで、自分の存在をアピールすることは可能なのだ。野球で言えば送りバントの名手・沢井昌弘、バスケで言えばパスの名手・マジック・ジェイソン、F1で言えばベストセカンドドライバー・エディ・アーヴィアン、プロレスで言えばミスターセントーン・ヒロ斉東だ。そういう技巧派の働きができるこのポジションに、あたしは誇りを持っている。だから、あたしはブリュンヒルデでなくていいのだ。年齢的にキツイとか、トークがヘタだとか、決してネガティブな理由ばかりではない。


「そうなると……アレ?」


 紗代がアレの方を見る。視線の先には美咲がいた。ゲームオタクの妹キャラで人気が爆発し、三期生ながらランキング7位。エリ同様に今後が期待される娘だ。入口の近くで、美咲と同期でランキング9位の“グリムゲルデ”、篠崎遥とお喋りしている。いや、喋っているのは美咲だけだ。遥の方は、困った顔して頷いている。たぶん、ゲームの話でもして、いつものように聞き流されているのだろう。


 確かに美咲なら、ケンカを売られても買うことはないだろうし、無視されても気にせず話しかけて行くだろう。でもそれは、仲良くしようというのではなく、単に空気が読めないだけのように思う。


「……あたし、美咲がブリュンヒルデやるくらいなら、今の状態でいいよ」七海が言った。


「そうだね」あたしも紗代も同意する。


 はあ。三人で同時に溜息をつく。人気絶頂のアイドル・ヴァルキリーズも、順風満帆で未来は明るいとはいかないようだ。






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