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Day 5 #04

 階段を下り、十八階の客室に出る。ゾンビはほとんど倒されていた。さっき亜夕美が出て行ったばかりだから、当然だろう。あたしは特に戦うこともなく通路を進んだ。エレベーターホールのゾンビも倒されており、静かなものだった。エレベーターの前に、亜夕美はいた。


「亜夕美、待って」


 声をかけると、亜夕美は振り返り、驚いたような表情。「何してんのよ?」


「あたしも一緒に七海たちを探すよ。二人の方が安心でしょ?」


「ふん、余計なお世話よ。これはあたしの問題だ。あたし一人でみんなを見つけ出す。あんたの手は、もう借りないよ」亜夕美は再び背を向けた。


 相変わらずの態度だ。普段のあたしなら「そんな言い方しなくていいでしょ?」と突っかかるところだけど、さっき深雪から亜夕美の性格を聞いているから、心に余裕が生まれている。


 深雪曰く、亜夕美は典型的なツンデレだそうだ。ツンツン接すればツンツンで返し、デレデレ接すればデレデレで返すらしい。つまり、ここであたしが突っかかれば、亜夕美はさらに言い返してくるのである。だから。


「ま、そう言わないの。一緒に行こうよ」


 笑顔で言って、亜夕美の側に立った。


 その反応が意外だったのか、亜夕美は目を丸くし、戸惑いの表情を浮かべる。でも、特に何も言わず、また目を逸らした。


 ふむ。デレは返ってこなかったけれど、とりあえずケンカにはならなかった。一緒に七海たちを探すのも許してくれたようだし、深雪の分析は、かなり信憑性が高そうだぞ。


 そうだ。


 いい機会だから、二日前のことを謝っておこう。


「あのさ、亜夕美――」あたしは、亜夕美の方を向き、まっすぐに、目を見つめ。「この前は、いきなり殴ったりして、ホントにゴメン」深く、頭を下げた。


「……な……何よ? 急に」戸惑った口調の亜夕美。


 二日前、亜夕美たちが立てこもっていたレストランで、あたしは亜夕美から、仲間が死んだことを告げられた。それを受け入れることができず、その責任を、目の前にいた亜夕美に全部背負わせ、自分の感情をぶつけ、殴り、罵った。


 あたしには、そんな資格は無いのに。


 由香里がいなければ、エリがいなければ、深雪がいなければ、美咲がいなければ、みんながいなければ。


 あたし周りの人は、もっと酷いことになっていただろう。


 それなのに――。


「あの時のあたしは、亜夕美の気持ちも考えず、感情を爆発させて、殴って、亜夕美のこと傷つけて、本当に、どうかしてた。謝って済む問題じゃないかもしれない。亜夕美の気が済むなら、あたしのことも殴ってもいいから」


 あたしは頭を下げ続ける。


 もちろん、それで許されるとは思っていない。あたしを殴ったくらいで、亜夕美の気持ちは収まらないかもしれないけれど。


 それでも、亜夕美が許してくれるまで、あたしは何でもするつもりだった。


 ふう、と、亜夕美が息を吐き出すのが聞こえ。


 そして、ぽん、と、肩に手を置かれた。


「もういいから、頭を上げて」


 優しい口調に、顔を上げる。


 亜夕美は笑っていた。「若葉が怒ったのは当然だよ。あの時あなたが言った通り、あたしは仲間を護れなかった。責められても仕方がないよ。でも、七海も菜央も、誰も、こんなあたしを責めなかった。それが、逆に辛かった。だからむしろ、若葉に殴られてスッキリしたくらいだもん。もう気にしないで」


「亜夕美……ありがとう」


「ううん。お礼を言うのは、あたしの方だよ。あたし、若葉にはすごく感謝してるんだ。あの日、公園で、あたしを止めてくれて」


 公園――船の五階中央、左側の公園だ。二日前、あそこで吉岡紗代と森野舞に襲われたところを、亜夕美に助けられた。あの時、亜夕美は紗代のお腹を刺し、そして、とどめを刺そうとしていた。


「あの時あたし、本気で紗代たちを殺してやろうと思ってたの。若葉が止めてくれなかったら、たぶん殺してたと思う。あたし、仲間を護れなくて、ヤケになってたから……。もしあそこで紗代を殺してたら、何と言うか……きっと、取り返しのつかないことになってた気がするの。ホントに、若葉には感謝してる」


 そして、今度は亜夕美が頭を下げた。


「よ……よしてよ、そんな。あたしなんて、感謝されるようなこと、なんにもしてないんだから。ホント、この騒動が起こってから、なんにも役に立ってなくて、自分でも呆れるくらいなんだから」


「そんなことは、絶対にないから!」顔を上げ、まっすぐにあたしを見る亜夕美。「睦美も、由香里も、美咲も、みんな、言ってたよ。若葉がいてくれて、本当に助かってる、って。誰よりも仲間のことを思って、自分にできることを、自分からやってくれる、って。それって、スゴイことだよ」


「あはは。みんな、優しいから。でも、ウソでもそんな風に言ってくれてたなら、嬉しいよ」


「ううん、絶対ウソじゃないと思うよ」


「……ありがと」


 そしてあたしたちは、しばらく見つめ合い。


 …………。


 恥ずかしくなって目を伏せ、そして、どちらからともなく笑い合った。


 それは、このゾンビ騒動が起こってから、初めて見る、亜夕美の心からの笑顔だった。


 ……しかし。


 スゴイよ深雪。あなたの、亜夕美ツンデレ操作大作戦(?)。あの亜夕美が、逆にあたしに謝って、その上ホメ殺しときたもんだ。ちょっとあたしのことを買いかぶり過ぎだと思うけど、でも、嬉しい。そしてこの笑顔だ。亜夕美の笑顔を見ることができるのは、何よりも嬉しい。


 …………。


 いや、待てよ。


 戦闘前に、それまで偏屈だった人が、急に素直になる。


 これって、よく美咲が言ってる、死亡フラグってやつじゃないのか?


 映画とかでこういう行動をとる人って、大抵死んでるような気がするぞ?


 しかもそれって、亜夕美だけじゃなく、さっきの深雪にも当てはまるんじゃないか?


 急に過去のことを話し始めて、それまで嫌ってると思ってた人のことを、実は尊敬してることを告白して……これ以上は無いってくらいの死亡フラグだな。


 もちろん、死亡フラグなんて本気で信じているわけではないけれど、なんか、ヤだな。もう一回ケンカしとくか?


 ……って、そんな場合じゃないか。


 あたしと亜夕美は、後ろから抱きつこうとしたゾンビどもに、それぞれの武器を叩き込んだ。


 青春映画みたいなことやってる場合じゃない。ここはエレベーターホール。じっとしていれば、当然ゾンビどもが集まってくる。あまり長居しない方がいい。


「……それにしても、エレベーター、遅いわね。何やってんのよ」


 亜夕美は、イライラした口調で言った。


 二台あるエレベーター。扉の上にある階数を示すランプは、両方とも十七階で停まっている。ゾンビどもが止めているのだろうか? ゾンビにエレベーターを使う知能があるとも思えないけれど、ありえない話ではない。何かの拍子にエレベーターを呼ぶボタンを押してしまい、ドアが開いたので乗り込もうとしたところ、つまずいて倒れ、そのままドアが閉まらなくなってしまったということは、十分に考えられる。


 このままここで待ってたら、どんどんゾンビが集まってきそうだな。しょうがない。どうせすぐ下の階だ。階段で行こう。あたしはそう言って、階段へ向かった。亜夕美はため息を吐き、後についてきた。


 と、階段を下りようとして。


「若葉!?」


 亜夕美の声が聞こえた瞬間。


 突然、天地がひっくり返った。


 何が起こったのか分からない。いきなりのことで、焦って木刀を手放してしまう。


 そして、ものすごい勢いで、木刀が、床が、亜夕美が、遠ざかって行った。


 ――いや、違う。


 ひっくり返ったのは、天地ではない。


 遠ざかったのは、木刀や床や亜夕美ではない。


 あたしだ。


 あたしがひっくり返って、そして、天井の方に引っ張られたのだ。


 右足に鈍い痛みが走っている。見ると、足首にロープが巻きつき、それが、天井へ向かって引っ張っていた。


 テレビなんかで見たことがある。動物が足を踏み入れると、ロープが巻きついて宙吊りにするワナだ。一体誰がこんなものを!?


 ――と。


 ピンポーンと、エレベーターがフロアに着いた音が鳴った。


 ドアが開き――。


「ひゃっはっはっはああぁぁぁ!!」


 狂気じみた笑い声を上げながら、女が飛び出してきた。


 右手に持つ鉄パイプのようなもの振り上げ、背後から亜夕美に襲い掛かる。


「亜夕美!!」


 あたしが叫ぶより早く、亜夕美は女の気配に気が付いた。大きく前に跳び、前転して振り返った。女の攻撃は空を斬った。


 女は、右手の武器――伸縮式の特殊警棒の先を亜夕美に向け、そして、にやり、と、不気味な笑みを浮かべた。


「……舞」


 亜夕美が、女の名を呼ぶ。


 アイドル・ヴァルキリーズランキング30位、森野舞。二日前、船内の公園であたしと美咲を襲い、称号を奪おうとした娘だ。このワナは、舞が仕掛けたのだろうか?


「やっと見つけたよ……亜夕美ちゃーん」


 左頬をなでる。


 その左頬は、耳の近くまで大きく裂けていた。二日前、亜夕美の薙刀に斬られた傷だ。


 その傷は縫合されていたけれど、縫い目はかなりいびつだった。本格的な医療技術のある人に縫合してもらったのではないだろう。恐らくは、自分で縫ったのだ。当然、医療用の縫い針でも、糸でもない。縫う時に麻酔もしていないだろう。縫った数は軽く十針を越えている。


 つまり、舞は。


 自分の顔に、麻酔無しで糸の通った針を刺しては抜くという行為を、一〇回以上も繰り返したのだ。想像しただけで全身に粟立つ思いだ。


「痛かったよぉ、コレ」恨みを込めた目で亜夕美を睨む舞。「この傷が痛むたびに、あんたも同じ目に遭わせてやろうって、ずっと探してたんだよぉ。やっと会えたよ、亜夕美ちゃん」


「フン、あんたなんかにあたしが殺れると思ってるの? バカにされたもんね」挑発するように笑う亜夕美。「紗代はどうしたの? 別にあたしは、二人がかりでも構わないんだよ?」


「紗代? さあ? あんたが刺した後、動かなくなったから、そこらに放っておいたよ。今頃死んでるか、ゾンビにでもなってるんじゃない? きゃはは!」


 ――そんな! 紗代が!?


 確かに刺されたけど、でも、お腹の端の方だった。致命傷ではないように思っていたけれど。


 でも。


 今の船内では、満足な治療は受けられない。普通なら死ぬことはありえない傷でも、死に至ることは十分にありえる。くそ! なんであたしは、あの後、紗代を探さなかったんだ!


 亜夕美の、薙刀を持つ手が震えている。紗代はあたしと美咲を殺そうとした。その前には、夏樹と由紀江を殺している。正当防衛ではあるけど、ショックは隠せない。


「紗代はまだいい方さ」舞は、ぱしん、と、警棒を手のひらに打ち付けた。「お腹の傷なんて、水着のグラビアができなくなるくらいで、まだアイドルとしては致命傷じゃないよ。あたしなんて、顔にこんな大きな傷つけられちゃった。あたしはさぁ、1位の誰かさんと違って、顔がウリってわけじゃないけどさ、いくらなんでもこれは酷いと思うんだよねぇ。もうアイドルなんてできないよ。亜夕美ちゃん、責任取ってよねぇ」


 亜夕美は大きく息を吐き出した。手の震えが止まる。そしてまた、挑発するように笑った。「――フン。傷がついたって前と大して変わりない顔のクセに。まあ、気に入らないっていうんなら、反対側も斬り裂いて、バランスよくしてやるよ」


 亜夕美は薙刀を構えた。


 舞も、腰を低く落とし、警棒を構える。


 舞は、本当に一人で戦うつもりなのだろうか? 本格的な武術は何もやっていない、ヴァルキリーズで義務付けられた週二回の剣道の稽古もサボりがちな舞に、亜夕美を倒せるとは思えない。何か企んでいるのだろうか?


 舞は、左手に持つ警棒の先を亜夕美に向け、間合いを測っている。


 うん? 左手?


 舞は右利きだ。二日前も、右手に警棒を持っていたはずだ。なんで左に持ってるんだ?


 舞は、右半身を後ろに引いた構えだ。右手は、あたしや亜夕美の位置からは見えない。何か持っているの?


「亜夕美、気を付けて――」


 あたしが言うよりも早く、亜夕美は薙刀を振り上げ、舞に向かって走った。


 舞は、不敵に笑っている。


 警棒を下げ、右手を出した。


 その右手には。


 拳銃が握られていた。


 ホールに、ぱんぱんぱん、と、三度、乾いた音が鳴り響いた。


 それは、ドラマや映画なんかで見るような激しい音ではなく。


 子供のころ、男の子が遊んでいた火薬鉄砲や爆竹と同じような音だった。


 亜夕美の足が止まる。


 一瞬、何が起こったのか分からないという表情で、自分の身体と、舞を、交互に見た。


 亜夕美の胴着、紺の袴の右太ももの部分が、より深い黒へと染まっていく。


 がくん、と、右ひざをつく。


 袴を伝って床に流れ落ちた液体が、黒から真紅へと変わった。


 舞が走る。薙刀を構えようとする亜夕美の手に、特殊警棒を打ち付けた。弾かれ、薙刀は大きく横へ飛ばされた。


 そして、亜夕美の顔に拳銃を突きつける。


「きゃはは! いいもん見つけたでしょ? 警官のゾンビが持ってたの。ゾンビなんかにはもったいないから、貰っちゃった」不快な笑い声をあげ、亜夕美を見下ろす舞。


 亜夕美は、憎々しげな視線で舞を見上げる。出血は太もものみだ。残りの二発は外れたらしい。それは幸いだったけど、でも、ピンチには変わりない。


「さすがの亜夕美ちゃんも、こういうのには敵わなかったみたいね。ちょっとあっけなかったけど、じゃあね」


 舞は、一度ウインクをして。


 そして、引き金を引いた。


 カチン!


 さっきとは違う音。


 舞は、立て続けに三回、引き金を引いた。しかし、乾いた音は二度と鳴らなかった


「ざーんねん、弾切れか」舞は、指先で拳銃をくるくる回した。「ま、しょうがないか。ゾンビ相手に、結構使っちゃったからね。でも、その方が良かったかも」


 舞は、拳銃を投げ捨てると。


「銃弾一発で終わらせたんじゃ、あたしの気がすまないからね!!」


 銃弾を受けた亜夕美の右脚を蹴った。


 血が飛沫となって床に散った。言葉にならない悲鳴とともに倒れる亜夕美。


 舞が傷口を踏みつけた。悲鳴が上がる。痛みにのた打ち回る。その姿を、面白そうに見下ろす舞。足をどけた。もちろん、満足したわけではない。今度は腹を蹴り上げた。亜夕美の体がくの字に折れ曲がる。何度も蹴る。やがてそれに飽きたのか、今度は顔を踏みつけた。


「きゃはは! ざまあないね、亜夕美ちゃん。どう? 痛い?」


 顔を踏みつけられた亜夕美は、しかし、鋭い視線を舞に返した。


「……そんなに痛くないみたいだね。良かった」舞は、狂気じみた笑顔を向ける。「これくらいじゃ、あたしもまだまだ気が済まないからね!!」


 再び、右の太ももを蹴った。


 血が床を染める。悲鳴が上がる。


 何度も、何度も、蹴り続ける。


 亜夕美は反撃しない。何もできない。ただ悲鳴を上げる。


「や……やめろ!!」


 あたしの叫び声も、もちろん届かない。右足を捉えたロープは、深く食い込み、あたしを放そうとしない。何もできない。叫ぶしかない。見ているしかできない。


 亜夕美は、やがて悲鳴すら上げなくなった。


 うずくまり、舞に蹴られ続ける。


 やがて。


「はあ。飽きちゃった」


 玩具で遊びつくした子供のような口調の舞。


「もういいや。ちょっと早いけど、終わりにしよう」


 めんどくさそうに言うと、舞は亜夕美の髪を掴み、無理矢理顔を上げさせた。


「安心しな。殺したりしないよ。あたしは優しいんだから」にやりと笑うと、ポケットから、折りたたみみ式のナイフを取り出した。「その顔を斬り刻んで、あたしと同じ苦しみを味あわせてやるだけさ」


 パチン、と音を鳴らして刃を立て、亜夕美の頬に当てた。


「やめろおおぉぉ!!」


 あたしの叫び声も届かない。こちらを見ようともしない。


 ナイフが動いた。


 その時。


「亜夕美から離れて!!」


 ホールに響き渡る声。


 あたしの声ではない。もちろん、舞や亜夕美の声でもない。


 舞の手が止まった。


 声の方を見る。


 客室側。操舵室へと続く廊下に、その娘は立っていた。


 右手に竹刀を持ち、鋭い目で舞を睨む。


 現れた人物があまりに意外だったのか、舞は、目を真ん丸にして驚いている。動かなかった亜夕美すら、声の方を見て、そして、驚きの表情。


「――深雪?」


 亜夕美と舞が、同時に言った。


「亜夕美から離れて」


 エレベーターホールに現れた神撃のブリュンヒルデ・神崎深雪は、静かな声でもう一度言い、そして、竹刀を構えた。






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