最初で最後の手紙
あたしは震える手をおさえ、手紙を見る。
――――
彼女は、田原ミツキといった。
クールで、クラスのリーダー的存在。あたしとは相性が抜群に合わなかった。
互いに意見を出しては、互いの意見に噛み付いた。
休み時間になると、二人で口論をするのがお決まり。
そんなあたしたちを、クラスメイトは【ある意味、仲が良いね】とよく笑ったものだ。
考えられなかった。
田原ミツキと口論をした日は、奴よりもっと上を目指そう。と夜中まで勉強を頑張った。
いつか、【アナタみたいな低脳の人と口論なんて出来ませんわ】と言ってやりたかった。
でも、奴はあたしより頭が良かった。
クラスの中でもトップを誇る奴で、あたしは二番手。
その悔しさがあたしを奮い立たせた。
無我夢中で勉強をした。
進路?受験? あたしの頭の中は"田原ミツキ"でいっぱいだ。
すると、期末テストで、あたしが一番になった時があった。
嬉しかった。
けど、フェアじゃない。
田原ミツキは、しばらく学校を休んでいた。
あんな奴がいなくなってせいせいする。
空いた席を見つめ、いつもの背中が見えないのに、言葉に出来ない虚しさを抱えていた。
夏休みが始まって、過ぎて、秋に入ろうとしても、田原ミツキは、学校に来なかった。
空いた席を見つめながら、あたしは授業に取り組んだものだ。
秋が終わろうとしていた頃、それは突然にやってきた。
教室に入ってきた担任。
明るく元気なオッサンが、今日はおとなしい。
【おっはよー!】と低くリズムの良い声が聞こえない。
どうせ夫婦喧嘩だろう、とクラスメイトが言った。
それで、よかったのに。と、担任が呟いた。
担任はそのまま、下を向きながら独り言の様に言った。
「田原…ミツキが……亡くなった。」
ざわざわしていた教室が、水を打ったように静かになった。
皆が唖然として、担任を見つめた。
「癌だったんだ。
早く言っておきたかったが、田原が、《言うな》とうるさいからな…。
咲原病院で、5時32分。……」
これ以上、担任は何も語らなかった。
あちこちからすすり泣きが聞こえてきた。
あたしは泣かない。あんな奴がいなくなって……せいせい………するし。
―――
STが終わると、担任に呼び出された。
誰一人として、教室で何も話さなかったから注目された。
担任は、右手の日誌を差し出す。
「佐藤、日誌と――」
2-Dと書かれた日誌の上に、色あせた手紙がおいてあった。
「田原が、書いたものだ。
お前宛に。枕の下から出てきたらしい。」
白い色の封筒に、佐藤 心菜様 と書かれていた。
無言で受け取り、色あせた封筒を見つめる。
席に着くと、クラスの皆がこちらへやってきた。
「心菜、今すぐ帰って」
クラスの女子が一人言った。
「すぐ、今すぐ。自転車を漕いで、今すぐミツキの所へ行ってよ」
隣で半泣きしている女子も言った。
「……何で。大体 あたしは――」
「いいから行って来て!!本当は…心菜が一番知ってるくせに!!
ミツキの親友は……あんたなんだって!!」
男子に腕を引っ張られた。
「ちゃんと、田原に思いを伝えろ。」
廊下まで出されると、自転車の鍵を渡され、日誌を奪われた。
手元に残る手紙と鍵を見つめた。
「2-Dの全員分の思いと、心菜の思い。ミツキに伝えてきて!」
泣き笑いしている委員長が、あたしの背中をぽんと押した。
反動で前に押されたあたしは、反動で走り出した。
反動で走り出しただけなんだから。
自分からじゃないから。反動で、今からアンタに会いに行ってやるから。
咲原病院まで自転車で、30分ぐらい。
あたしは、赤、オレンジの綺麗な色の落ち葉を踏みながら自転車置き場に向かう。
ペダルに足を置くと全速力で漕いだ。
首にあたる風が冷たい。
マフラーの一つぐらいくれよ
そう思い、ふぅ、とため息をつく。
ふと、ミツキとの会話を思い出した。
あれは……レポート発表のときだったかな…
【佐藤さん、今日のレポート発表 最低だった】
〔はあ!?〕
【貴方は事実しか取り入れないもの。自分の意見も書くって事ぐらい小学生でも分かるわ】
〔逆にアンタは意見がありすぎ。事実を取り入れるって事ぐらい小学生でも分かるわ〕
奴を真似したら、田原の口元が緩んだ気がした。
その顔が印象的で鮮明に覚えている。
初めて見た優しげな顔―――
あと…初めて会った日。
【佐藤さん、だったかしら。その気持ち悪いヘアスタイル。どうにかしたら?】
〔えぇ!?……あんたこそ、そのスカートの短さ。違反じゃないの!?〕
【あーら。私は足が長いから。ね】
〔あたしだって長いしー。スカート折ってないしー。ベルトもしてないしー!〕
意地になって言い返してやった。
ここから始まったのかな。
不意に笑みがこぼれる。
あと……な、あぁ。そうだ。田原ミツキが告白された日だったな。
〔今の人、かっわいそー。あんな振られ方〕
【相手に傷を残したほうが諦めがついてもらえるでしょ。】
〔言い方ってもんを勉強するべきだな〕
【言い方を変えたところで、相手が中途半端にあたしを諦めるのは一番嫌なの。】
〔いや…ーかっわーそー〕
【佐藤さん、あたしの話聞いていた?】
そう言えば、告白をした男子。あたしの腕を引っ張った男子だったな。
あの男子、まだ田原ミツキの事、好きだったのかな。
気づくと自転車が病院に止まっていた。
これはあたしが止めたんだな。と考えている暇もない。
受付の人の前に立つ。
「…田原ミツキはいますか?」
言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
受付の女性は、ハッとして、あたしをまじまじ見つめた後、
「こちらへどうぞ」と言われ、3階の病棟へ連れられていった。
ルームプレートの5人名前を書く欄のはじっこに、田原ミツキ と名前が書かれていた。
入ると、はじっこのベッドで寝ている田原ミツキ。
真っ白な部屋は、ただ沈黙、静寂に包まれていた。
田原ミツキに近づいた。
白い肌が妙に綺麗に見えて、いつもみたいな、刺々しさとか何も感じられない。
彼女は《無》の存在になったのだ。
後から入ってきた看護士さんが、あたしの向かいに座った。
あたしもつられて丸い椅子に腰をかける。
「ミツキちゃんは、優しい子だったわ。
いつもあたしたちと喋ってくれて、まるで暗い病院に現れた光。」
田原ミツキが光…?
「……ミツキちゃん、身内がいないの。」
あたしは顔を上げる。
看護士さんは、あたしと一瞬目を合わせて、すぐに伏せた。
「両親は数年前に他界。祖父母の方も。
両親や祖父母にご兄弟がいないから、ずっと一人ぼっちなの。
一人ぼっちで暮らしていたの」
泣きそうな声を押し殺しながら看護士さんは言った。
「ミツキは……、この後どうなるんですか?」
看護士さんは、寂しそうに言った。
「「行旅病人及行旅死亡人取扱法」っていう法律に基づいて自治体の方が火葬するわ。
遺品も自治体の方で保管をされるの。5年…ぐらいかしらね。
遺骨は納骨所の骨壷に、他の方の骨と一緒に入れられるらしいわ。
わたしが知ってるのはそこまでなんだけど。ね」
ミツキが……一人ぼっち
看護士さんは、無言のあたしをちらりと見て、また続けた。
「ミツキちゃん、あなたのことばかり話していたわ。
口論相手がいないからつまんない、って。ふふ」
田原ミツキが…あたしを……
「ゆっくりしていってね。ミツキちゃんと、ご挨拶をして。」
……鼻の奥が熱い。目が潤む。左手からひらり、と手紙が落ちた。
「馬鹿……ミツキ。」
名前で呼んでみると案外 自然なものだった。
もっと早く名前を読んでいればよかった。
涙がぽろりぽろりとこぼれる。
もっと早く分かり合っていればよかった。
いや、分かり合ってたのかな。あたしたち。
手紙を拾い上げ、震える手で手紙を開いた。
【田原 ミツキ様
佐藤さん、本当に今までありがとう。
いろいろな意味で。
あなたは今まで見てきた中で最低の友達でした。
あれ、友達だったかしらー?
なんて冗談は抜き。
今まで競ってきた戦友?口論仲間?
わたしは、一人ぼっちだったから、あなたみたいな人が素敵だと思っていた。
だけど、友達になりたい。って素直に言えないから。
あなたには今までひどいことを言ってきたけど、愛情の裏返しだと思いなさい。
さようなら
田原ミツキ】
綺麗な手紙の上に涙がこぼれた。
最低の友達、と書かれた文字を人差し指でなぞる。
「こっちこそ――」
一人で呟いた言葉は、彼女に届いただろうか。
田原 ミツキ―――
―――――
あれからどれほど時間が経っただろう。
今でも鮮明に覚えている田原ミツキ
あいつは、人生の中で一番最低な友達。
「また、いつか会えるし。」
誤字脱字がありました。
展開も早いので、馬鹿馬鹿しいですが、読んでくださってありがとうございました。




