魔法使いの村
青々とした草が生えた丘の上に、茶色い髪の少年と黒い髪の少女が座っている。
「ねぇねぇ」
少女は少年の方に向き直ると、にこやかな笑顔を浮かべて言った。
「内緒なんだけどさ、ーー実は私、魔法使いなんだ」
「・・・・・・またまたウソを言って」
少年はあきれたように笑うと地面に手をつく。
「ウソじゃないよ」
少女は長い髪をなびかせ、ゆっくりと手を横に振った。するとーー。
「・・・・・・すごい」
手から小さな虹が現れた。虹はゆっくり弧を描いて伸び、少年の周りを取り囲んでいく。イワンは瞳に映るたくさんの色を、首を回して追いかける。
「すごいでしょ、私にしか使えないんだ、この魔法」
少女は誇らしげに胸を叩いた。少し冷たいさわやかな風が、2人の間を駆け抜ける。
それから10年後、その少年イワンは軍服を着て林道を歩いていた。落ち葉の地面は足を進めるたびに軽い音を立てる。
「セルゲイさん、本当にこんな山奥に魔法使いの村があるんですか?」
そばを歩く中年の男に声をかける。この男も軍服を着ているが、イワンのとは違って胸元に徽章がいくつかついている。
「ああ、こっちで間違いない」
セルゲイは手元の地図を見ながら答えた。白い上質な紙に印刷された地図は、土で汚れかけた軍服とは対照的だ。
「建設予定地のB区画との話だ、おそらくもうすぐ着くはずだ」
そう言って地図をたたみ、腰のポケットにしまう。
「というか、お前もここら辺の出身なんだろ? だから長官はお前を選んだんだぞ」
「もっと上流の方です。聞いたことありませんよ、魔法使いの村なんて」
イワンは言いながら腰に手を当てた。革製のホルスターに入った拳銃の冷たい感触が手を伝う。
ーー魔法使い、たしかに小さい頃に会った覚えはあるが・・・・・・。もう思い出せない、昔のことすぎる。
「まぁなかったら帰るまでだ」
セルゲイの言葉にイワンもうなずく。
「本当にあった・・・・・・」
ほどなくして2人は村の入口に着いた。木を組んだだけの簡素な門が立っている。
「思ったより大きな村ですね、100人くらいは住めそうだ」
「ああ、とはいえ今は1人しかいないはずだ。ハンナ=ワーグナー、今回の対象だ」
セルゲイは腰のホルスターに手を伸ばし、ゆっくりと拳銃を抜く。
「この村で唯一立ち退きに応じなかった、骨のあるやつだ。しかも魔法使い、報告書通りならそこまで危険性はないはずだが、気をつけろ」
「はい、少佐」
イワンも続いて拳銃を抜き、両手をそえる。親指で安全装置のレバーを跳ね上げる。
ーー魔法使いが本気でかかってきたらヤバいからな。僕もセルゲイさんも無事ではすまないだろう。
拳銃を前にかまえ、2人は門をくぐる。
「バカなやつだ。大人しく従っとけばこんな目に遭うこともなかったものを」
木の壁と茅葺きの屋根でできた家々の間を、慎重に歩いていく。
「もっとも正直、本当に反対したのかも怪しいがな。ねずみだって追い詰めれば襲いかかってくる」
「どういうことです?」
視線は周囲に置いたままイワンがたずねる。刺すような冷たさの風が2人の肌を叩く。
「よくある話だよ、今後大規模な立ち退きをさせるためにも、上は見せしめがほしいからな。全員素直に立ち退かれちゃそれはそれで不都合だ」
セルゲイは拳銃を近くの家のドアへと向けた。そのまま言葉をつなげる。
「少しでも文句を言ったやつを反逆者にしたてあげる。追い詰められて、どうせ捕まるくらいならって本当に反逆者になってこの家に立てこもる。工事開始まではまだ日数があるからな、少なくともすぐにはダムの底にはならない」
イワンも目線と拳銃をドアへと向け、少しだけ下がってセルゲイの後ろにつく。
「この家ですね」
「ああ、そうだ。俺が呼ぶから、すぐに撃てるようにしておけ」
左手で拳銃をかまえたまま、セルゲイは右手でドアをすばやく叩く。
「ハンナさん、ハンナ=ワーグナーさん、出てきてください。中央憲兵隊です」
少し待ってみるが、返事はない。
「突入する。イワン、下がれ」
両手で拳銃を持ち直し、ドアのラッチーードアを固定する金具ーーのあたりに狙いを定めた。銃声がたて続けに2発響き、ラッチの周囲の木片が吹き飛ぶ。
「突入!」
セルゲイがドアを蹴り倒すとともに、2人は小屋の中に飛び込んだ。
「ハンナ=ワーグナー! 中央憲兵隊だ、いたら出てこい!」
部屋の中に拳銃を向けつつセルゲイが叫ぶ。しかしその声に答えるものはいない。
「誰もいない、な」
2人は顔を見合わせる。家の中には小さな机とイス、それに棚がいくつかあるだけで、誰もいなかった。
「どこかに隠れてるかもしれん、もう少し探すぞ。まず床下からだ」
「はい」
イワンがうなずいたそのときーー。
「誰かいるんですか?」
倒れたドアの向こうから女性の声が飛んできた。2人はすばやく拳銃をドアの外へと向ける。そこにはローブを身にまとった黒い髪の女性が立っていた。
「・・・・・・ハンナ=ワーグナーさんですか?」
拳銃の狙いを女性の胸に定め、おそるおそるセルゲイがたずねる。
「はい、そうですが・・・・・・」
「中央憲兵隊です、国家反逆罪で逮捕状が出ています。ご同行を」
セルゲイは鋭い目でハンナを見つめたまま徐々に距離を詰める。一方のイワンは頭になにかひっかかるものを感じていた。
ーーこの人、どこかで見たことがあるような・・・・・・。
数分後、3人は林道を歩いていた。イワンが地図を見ながら先頭を行き、その後にハンナ、セルゲイと続く。ハンナの両手首には灰色に光る手錠がはめられていた。
「私はこれからどうなるんですか?」
「なんとも言えません。裁判の結果次第です。疑いが晴れれば村に帰れますが、国家反逆罪の最高刑は死刑ですから、最悪はーー」
セルゲイはそこまで言って顔を伏せる。
「・・・・・・まともに機能していませんからね、この国の法は」
踏まれた落ち葉の立てる軽い音だけがわずかに聞こえてくる。重苦しい空気を振り払うように、イワンは無理矢理明るい声を出した。
「そうだ、魔法を見せてくださいよ。どんな魔法が使えるんですか?」
「・・・・・・いいですよ、虹とかお好きですか?」
ハンナはそう言って手錠がはめられた手を器用に軽く振る。ハンナの手から何本ものきらめくーー虹が現れ、3人の周りに広がっていく。
「本当にあなたは、イワンの幼馴染ではないんですか?」
目の前で床に座っているハンナに、セルゲイは鉄格子ごしに声をかける。2人は憲兵所の地下にいた。牢屋に入れられたハンナは緑色の簡素なシャツとズボンを着ている。
「幼馴染があなたと同じ魔法を使っていたと、イワンは何度も。そしてその魔法を見たのを最後に、あなたはどこかへ行ってしまったと・・・・・・」
「さぁ、知りません。そもそも私は小さい頃は、村を出たことないですし」
ハンナは頑なに首を横に振り、長い荒れた黒髪がそれに合わせて揺れる。
「・・・・・・危険分子とつるんでいたなんて知られたら、イワンさんの命が危ないでしょう。魔法は1度きりしか見せていません、勘違いです」
セルゲイは思わず目を見開いた。服と髪はボロボロだが、精悍さの感じられる顔がセルゲイに向けられる。
「・・・・・・わかりました」
「それに、死ぬのも案外悪くないかもしれないですし」
「はい?」
「あくまで言い伝えなんですけどね」
ハンナはそう言うと口元を緩めた。
「魔法使いは死ぬと、天国にある魔法使いの村へ行くそうなんです。そこには今まで死んだ魔法使いがみんな住んでいる。だから、死んだおじいちゃんやおばあちゃんに会えるなら、死ぬのも悪くないかなって・・・・・・」
「そんなのダメです!」
セルゲイは思わず鉄格子に駆け寄った。垂れ下がったハンナの手を、半ば強引に握る。
「裁判で無罪になった例だってないわけじゃない、限界まであがきましょう」
「「この国の法は機能していない」、そう言ったのはあなたでは?」
「だからこそ!」
片ひざをついてしゃがみ込み、ハンナの目をまっすぐ見つめる。
「だからこそ、抜け穴もある。私も協力します、これでも少佐だ、けっこう偉いんですよ私は」
ハンナが魔法使いの村へ帰ったのは、1週間後のことだった。
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