第3話 軍人と詐欺師②
魔女であるソーバ・ヘクセンとの協定を交わし終えた。
これで彼女と話し合うことはすべてだろう。
「では、私はこれで失礼する」
「なによ。もう帰っちゃうわけ? もう昼時なんだからご飯でも食べて来なさいよ」
酒場の窓から一直線に光が差し込んでおり、お昼時であることを知らせていた。
「遠慮する。貴様と食べると食事に毒を盛られそうなのでな」
キルシュさんに関する協定では、殺し合いをしないとなっているがなるべく危険は避けたい。
キルシュさんへの想いは信用しているが、個人としては信用していない。
「ひどーい! そんなことしないのになー……」
ソーバ・ヘクセンは、抗議するかのようにぷくっと頬を膨らませる。
「それに、夕方には予定があるのでな。家で準備もしたい」
大切な予定だ。
体を綺麗にして身だしなみを整えてから、最高の状態で出向きたい。
「予定? 仕事かしら?」
「いや、個人的な用事だ。貴様には関係の無いことだよ」
「そうなんだ。じゃあ、いいわ。1人でご飯を食べるから」
「そうしてくれ。ではな」
彼女と別れを告げ、帰宅の途につこうとした時だった。
「……ちょっと待って」
ふいに、背中越しに彼女に呼び止められる。
彼女の方へは振り返らずに答える。
「なんだ? まだ何かあるのか?」
「いいえ。その予定のことで1つだけ質問があるのだけど……いいかしら」
「ああ。構わないぞ」
「その予定にキルシュちゃんは、関係しているかしら?」
「……」
勘の良い餓鬼だ。
表情に一切出さなかったというのに、気づくとはな。
さて、どうしたものか。
先程の協定では、キルシュさんに関することで互いに噓はついてはいけないとしている。
だからここで違うと言ってしまうと、早速に約束を破ることになってしまう。
「……ねぇ? 早く答えなさいよ……キルシュちゃんは、関係しているの……?」
いっその事、この街ごとこいつを殺してしまうか?
いや、それも協定で禁止されている。
キルシュさんへの言い訳の為にも、私から協定を破るわけにはいかない。
なるべくは、相手に破らせて仕方なく殺したことにしたかった。
仕方ないが、ここは正直に言うしかない。
「……ああ、関係している」
「……そう。それはどんな予定なのかしら?」
これもキルシュさんが関係していることだから、噓はつけない。
「……友人との夕食に誘われている」
そう。この前、再び彼女のお店を訪れた際に食事に誘われた。
何やら最近知り合った女友達と食事会をする予定になったから、ぜひ来てくれないかとのことだった。
正直、キルシュさん以外の者が来る場には行きたくはなかった。
だが、始めて食事に誘ってくれたので、断りたくなかった。
「そうなんだ。……悪いけど、もう一回椅子に座ってもらっていいかしら?」
魔女の声が、段々と低くなっていく。
「断る。貴様の言う事を聞かなければいけないなんて、協定で結んでないからな。私はこれで失礼する」
さっさとこの場を離れてしまおう。
私の自室がある本部にまで追ってくることはしないだろうしな。
だが、そう簡単には行かなかった。
何故なら……
「行かせない! 私を置いてなんて行かせないから!!」
「腰にしがみつくな! 離れろ!!」
とてつもないスピードで腰に纏わりつかれてしまったからだ。
何かされると警戒していたにも関わらず、反応することが出来なかった。
まさに驚異的なスピードだった。
「嫌! 私も連れて行って!!」
「ダメに決まっているだろ!? 誘われたのは私だぞ! というか、早く離せ! こんな大勢の人がいる場所で腰にしがみつくな! 見られているぞ!?」
周囲には、食事を楽しんでいる者が大勢おり、皆こちらは訝しげに見ている。
ここは私の拠点でもある街。
きっと私のことを知っている者も多い。
「やだ! 連れて行くと言うまでは離さない! あんたの評判がどうなろうと知ったこと無いわ!」
「このっ!?」
必死にその手を引き剥がそうとするが、ビクともしない。
ビクともしないどころか、彼女の腕が鉄のように硬化していた。
……コイツ!? 魔法を使っているのか!?
こんな見っともないことに魔法を使うなんて馬鹿だ。
これまでの歴史から見ても、好きな女性の元へと赴くことを阻止する為に、魔法を使うなんて数えるほどしかないのではなかろうか。
……まずい……このままでは、組織の者にまでこの見っともない姿が知られてしまう。私は嫌だぞ! 少女に酒場で抱き着かれていたなんて知られるのは!
女の噂は直ぐに広まる。
このままでは、処刑人としての面目が丸潰れだ。
「わかった! キルシュさんに聞くから!! 貴様が居ても問題ないかを!!!」
「ほんと!」
魔女が嬉しそうな声で言う。
「本当だ! キルシュさんのことでは噓はつかん!!」
協定で決められているしな。
「わかった!」
魔女が硬化の魔法を解いて、ようやく腰から離れる。
周囲の者たちに睨みを利かせて、口止めする。
私の睨みに皆一斉に視線を逸らす。
これである程度は、拡散は防げるだろう。
「それじゃあ、私も準備してくるわね! ちゃんとキルシュちゃんに言っておいてよ!」
「わかってる。だが、当日の参加で人数分しか食事が無くて断られる可能性があることは頭に入れておけ」
「大丈夫よ! ソーちゃんもその辺の屋台で料理を買って持っていくから! それにキルシュちゃんなら断らないと思うし!」
確かにキルシュさんのことだ。
人数が1人増えるくらいで断ることはしないだろう。
逆に笑顔で迎えてくれるはずだ。
それが彼女の素晴らしい所だ。
「……はぁ。じゃあ、日が沈む頃にキルシュさんの花屋に来い。私は先に行って彼女に話しておくから」
「わかったわ! アハハ! キルシュちゃんと食事が出来るなんて……生きていて良かったー!」
嬉しすぎて今にも踊りだすんじゃないかというくらい、ソーバ・ヘクセンは喜んでいた。
こっちとしては、最悪だ。
せっかくの食事会にこんな五月蠅い魔女が来るなんて。
呼び出しに応じなければ良かった。
嬉しがる彼女の傍で天を仰いだ。
◇◇◇
日没が近づきキルシュさんとの食事会の時間が近づいてくる。
あの後、直ぐに花屋へと赴き、1人増えることを話した。
キルシュさんは、予想した通り笑顔で快く快諾してくれた。
彼女の優しさに感動すると同時に、断って欲しかった思いも溢れた。
既に私は、キルシュさんの花屋の前に居る。
本来なら日が完全に沈むまでは営業しているのだが、今日は正面の戸が閉まっており、営業を終えていた。
きっと、食事会があるからと早めに終了したのだろう。
私は、人数が増えることを伝えた後、一度帰宅して体を清めた。
服はもちろん、おろしたての服だ。
白のブラウスに黒のベスト。下はすらっとした黒のパンツ。
今日は、女性らしさではなくカッコ良さで勝負しようと考えた。
もちろん、手土産も忘れてはいない。
貿易都市ボロニバスで有名な焼き菓子を買っておいた。
以前、支部に勤めているエルフの女性がおすすめしていた物だ。
当然のことだが、食事会の主催者が用意した食事よりも良い物を持っていくなど、失礼極まりない行為だ。
だが、焼き菓子なら話は別だろう。
あくまでお土産として持っていくだけだ。これなら、彼女が用意した食事の邪魔にならない。
流石、私。我ながら気遣いの出来る良い女だ。
そんなことを考えていると、見覚えのある顔の少女が、足早に歩いてきた。
五月蠅い魔女こと、ソーバ・ヘクセンだ。
「あ! ケリンちゃんじゃない! 偶然ね!」
ソーバは、如何にも偶然会ったよう装って話しかけてくる。
彼女もいつものローブは着ていない。
純白のワンピースに、肩が冷えないようにと光沢感のある上品な黒色の布を両肩にかけていた。
さながら、貴族の娘がお城の食事会にでも行くような服装だ。
貧困層がくらすこの地域には少し場違いな恰好だった。
「偶然も何も……そこで様子を見ていただろ」
「ぎくっ! ……さぁ、何のことかしらね……」
この場に着いた時点で、この魔女が物陰から私の様子を伺っているのは気づいていた。
どうせ、無理やりに参加したものの、本当にキルシュさんが歓迎してくれるか不安だったのだろう。
「そ、そんなことは良いでしょ! ほら! さっさと行くわよ! 買ったお料理が冷めちゃうわ!」
ソーバは、恥ずかしそうに顔を赤く染めると、手に持っている持ち手のついた手編みのかごを私に見せるように胸の高さまで上げる。
布が被せられており、中は確認できないが、きっと屋台で買った食べ物が入っているのだろう。
「……はぁ。そうだな」
「何でため息なんかつくのよ~! あ! 心の中でソーちゃんのこと馬鹿にしているでしょ!」
別に今は馬鹿していない。
呆れているだけだ。
「いいからキルシュさんを呼ぶぞ?」
「あ! 話しを逸らしたわね! 後で覚えておきなさいよ!」
相変わらず五月蠅い魔女だ。
「キルシュさん! ケリンです! 今来ました!」
閉まっている戸の前で彼女の名前を呼ぶ。
すると、正面の窓の戸が開き、キルシュさんが顔をのぞかせる。
「2人ともいらっしゃい! 左側の戸は鍵がかかってないからそこから入ってもらえるかしら?」
「わかりました!」
こちらの返事したことを確認すると、キルシュさんは優しく微笑えみがら顔を引っ込めた。
「左側の戸だな……」
キルシュさんに言われた通りに一番左側の戸を横に引くと動いた。
「失礼しま……って、いつまで固まっているんだ。もうキルシュさんはいないぞ?」
中に入ろうとするが、ソーバが緊張して固まってしまっていた。
私も緊張しているが、流石に緊張し過ぎじゃないか?
「う、うん。今行く……」
こちらの問いかけに答えるようにして、歩みを進めるが、歩き方もぎこちない。
まるで、歩き方を忘れてしまっているかのようだった。
……まったく、世話のかかる小娘だ。
このままでは、時間がかかってしまうと思い、ソーバの手を掴んで引っ張る。
「ちょ、ちょっと! いきなり引っ張らないでよ! 危ないじゃない!」
「仕方ないだろ。貴様の歩きが遅すぎて、このままでは、キルシュさんを待たせてしまう」
「う……」
「わかったなら、行くぞ?」
「はい……」
ソーバも仕方なさそうに私に手を引かれて中に入り、奥の階段から2階へと上がった。
もちろん、戸の鍵は閉めた。
◇◇◇
2階に上がっていくと、少し広めの部屋にたどり着いた。
部屋の中心には、大きめの木のテーブルが置かれており、既に先客が2人来ていた。
こちらを背に座っているので、顔は見えないが女性であることはわかった。
……よかった……
その後ろ姿の安堵する。
キルシュさんからは、女友達と聞かされてはいたが、もしかしたら男もいるのではないかとドキドキしていた。
だが、やっぱりキルシュさんだ。
噓をつくような人ではなかった。
「あ、いらっしゃい! 2人とも!」
部屋の壁側にあるキッチンで作業をしていたキルシュさんが、笑顔で寄ってくる。
「ごめなさいね? 急に食事会に誘ってしまって」
「いえ、大丈夫です。誘ってくれて嬉しかったです。……これお土産です。焼き菓子なので、食後にでも皆で食べましょう」
「ほんとに! ありがとう! 別に手ぶらでも良かったのに……気まで使わせてしまったわね……」
キルシュさんが申し訳さなさそうに笑みを浮かべる。
「気にしないでください。私が食べてもらいたかっただけですから。あと……おい!」
「あ! ちょっとぉ!」
私の後ろに隠れているソーバを無理やり前に出す。
自分で来たいと言ったのだから、隠れないでほしい。
「ソーバちゃんもいらっしゃい!」
キルシュさんがソーバに対して、天使のような笑みを浮かべる。
その笑みを間近でくらったソーバは、少しふらつきだす。
慌てて後ろから支える。
ほんと手のかかる小娘だ。
「……きゅ、急に来てしまってごめんなさい……これ……街の屋台で買ってきました……」
普段の威勢の良さは何処かに行ってしまったようで、か細い声で恥ずかしそうに手編みのかごをキルシュさんに差し出す。
普段のソーバに見せてやりたい。
「あら! ソーバちゃんも? 気にしないでほんと良かったのに……ありがとね」
キルシュさんは、手編みのかごを受け取るとニコッと笑った。
その笑みにまたふらつくソーバ。
そして再び支える私。
いい加減、やめてほしい。
ふと、テーブルに座っていた2人がこちらを見ていることに気がつく。
いや、見ているというよりは、睨んでいる気がする。
すると、キルシュさんがこちらの視線に気づいたようで、先に来ていた2人の紹介を始める。
「ごめんなさい。私以外は初対面だったね。紹介するね」
キルシュさんはそう言うと、手に持っていたかごをキッチンに置き、座ってこちらを見ていた2人の傍へと行く。
「じゃあ、自己紹介タイムを始めます! まず、こちらの水色の綺麗な髪が特徴的な女の子は、シエフちゃん! 家が商人の家だそうでお家のお手伝いをしているんだって!」
キルシュさんの紹介に合わせて、東方の国の独特なデザインをした服を着ている青く澄んだ髪色のサイドテールの女の子が椅子から立ち上がり、軽く一礼する。
「次に、こっちの赤い髪のカッコイイ女性は、カノンさん! この街で軍人として働いてます!」
貴族のパーティーに着ていくようなタイトな赤のドレスを身にまとった赤髪の女性が立ち上がり、綺麗に一礼する。
「そして……今来てくれたのは! 紺色の髪の女性が、ケリンさん! こっちの白髪の女の子はソーバちゃんです!」
紹介されると同時に正面の2人へと一礼する。
「ふふっ、今日は女の子同士、みんな仲良く楽しもうね!」
キルシュさんが、胸の前で手を合わせながら満面の笑みで言った。
だが、私――いや、ここにいる4人には笑顔は無かった。
先程まで幸せオーラに包まれていたソーバでさえ、殺気を滲ませている。
そう。皆が皆、それぞれ警戒し殺気を出していた。
別に以前会ったことがあるわけじゃないし、何か因縁があるわけでもない。
ただ、ある共通点があるが故に気づいてしまったのだ。
ここにいる4人全員がキルシュさんに惚れているという事実に。
「ほら! みんな座って! ソーバちゃんが持ってきたくれた料理も並べたから食べましょう」
唯一この状況に気づいていないキルシュさんは、ソーバが持ってきた料理を楽しそうにテーブルへ並べている。
この殺気に満ちた部屋で。
こうして始まった。
キルシュさんと、彼女に惚れた四人の女による——
殺気に満ちた、楽しい楽しい食事会が。




