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第3話 軍人と詐欺師①

 魔女ソーバ・ヘクセンとの戦闘から、しばらく経ったある日のこと。

 部屋の掃除をしていると、メッセージが届いた。

 空中にディスプレイを展開して確認すると、送り主はソーバ・ヘクセンだった。


『キルシュちゃんのことで話がある。指定の場所に来なさい』


 それだけの短い文章。


「急だな……」


 あれから私は、キルシュさんの店に何度も通っている。

 だがソーバ・ヘクセンと会うことはなかった。

 てっきりキルシュさんから手を引いたのかと思っていたが……どうやら違うらしい。


 指定された場所は、貿易都市ボロニバスの小さな酒場。

 ソーバ・ヘクセンは、どうやら私がこの街にいることを知っているようだった。


 ……相変わらず面白い魔女だ。わざわざ私の住む街を調べて、そこで待ち合わせをするなんてな。


 彼女には、この街を拠点にしていることは話してはいない。

 きっと、私の名前を元に調べたのだろう。


 ……私のことは直ぐにでも殺せるアピールなのか……それとも、私が来やすいようにしたのか……ふふっ、きっと前者だろうな。あの女なりの仕返しなのだろうな。


 前回、私が勝負に勝ったことで、ソーバ・ヘクセンよりも上であると証明した。

 だから、彼女は油断していると寝首を搔くわよと言いたいのだろう。

 相変わらずやる事が子供っぽい。


「しかし、どうするか……今日は夕方から予定があるのだがな」


 とても大切な予定が私には入っていた。

 それは何よりも大切で優先しなければならない予定。

 絶対に遅れてはならない。


「まぁ、数刻で終わるだろうから……行ってやるか」


 まだ太陽も昇り切ってはいない。日が沈むにはまだまだ余裕はある。

 きっと、キルシュさんとのことを話すだけだろうから、夕方までかかることはないはずだ。

 身だしなみを整えて、ソーバ・ヘクセンとの待ち合わせ場所へと向かった。



 ◇◇◇


 指定された酒場に赴く。

 この酒場は、夜は他と同じように酒好きで埋め尽くされるのだが、昼は若い女性や主婦たちの憩いの場として賑わっている。

 聞いた話では、店主のエルフとダークエルフの夫婦が、昼と夜で酒場の運営を分担しているらしい。

 昼間から女性が多く、ゆっくり出来る場所があまりないのでありがたい事だ。


「いらっしゃい。今日も1人?」


 カウンターでグラスを磨いているエルフの女性が笑顔で迎えてくれる。

 彼女が、昼間のマスターだ。


「いや、待ち合わせだ」


「そう。ゆっくりしてね」


 マスターは、優しく微笑えむと再びグラスを磨き始めた。

 待ち合わせしている人物を探す為に、店内を見渡す。

 すると、吹き抜けの2階席に座っている少女が笑顔を浮かべて、こちらに手を振った。

 ソーバ・ヘクセンだ。

 連絡先を教えた時にも思ったが、よくもまぁ殺し合いをした相手に笑顔を浮かべれるものだ。

 しかも、私たちはキルシュさんを取り合うライバルなんだがな。

 無邪気な笑顔を浮かべる彼女に呆れつつも彼女のいるテーブル席へと向かった。



「やっと来たわね。ソーちゃん待ちくたびれちゃったわ」


 ソーバ・ヘクセンは、不貞腐れたようにテーブルに頬杖をつく。


「急ぎとは書いてなかったのでな」


「はい、げんてーん! 可愛い女の子にデートに誘われたら、ダッシュで向かうのが当たり前なんだからね? そんなんじゃあ……キルシュちゃんと付き合っても直ぐに愛想つかされちゃうよ~?」


 私を小馬鹿にするようにして、口の端をつり上げる。

 相変わらず性格の悪い魔女だ。

 だが、こいつはキルシュさんのことをちゃんと理解していないようだ。

 やはり、キルシュさんに相応しいのは私だな。


「ふふっ、貴様はキルシュさんのことを考えている割には、彼女を理解していないようだな……」


「は? 意味わかんないんだけど……?」


 ソーバ・ヘクセンの声が低くなる。


「キルシュさんなら、そもそも人を突然呼び出したりはせんよ。ちゃんと相手の予定を確認して、時間も決める。そして例え遅れたとしても幻滅することはしない。逆に笑顔で迎えてくれると思うのだがな……違うか?」


「うっ……」


 否定は出来まい。

 キルシュさんは、女神のような素晴らしい女性だ。

 この魔女のようにひねくれていない。

 何があっても、どんな人でも温かく優しい笑顔で受け入れてくれるだろう。


「ふふっ、まだまだ子供だな……」


「ふん! そーですよー! ソーちゃんは子供なんですー!」


 ソーバ・ヘクセンは、不貞腐れたように腕を組んでそっぽを向いた。

 コロコロと感情が変わる奴だ。


 席につくと、店員を呼び紅茶を注文する。

 この街は、貿易都市と名乗っているだけあって、様々な交易品がやり取りされている。

 普通の街では手に入らないような物も出回っているので、この街の酒場など飲食店では様々な料理や飲み物が取り扱われていた。

 この紅茶もその1つである。

 東方の国での名産品らしく、女性に人気の商品だ。


「あら? 紅茶なんて飲むのね? 昼間からお酒でも飲んでいるのかと思ったわ」


「私はそんなに酒が好きではないのでな。基本は飲まんよ」


「ふーん……つまないわね……」


 別に飲み物で面白いとかつまらないとかは無いと思うのだがな。

 今度は、こちらから質問する。


「貴様は何を飲んでいるんだ?」


「ん? ソーちゃんはね……マギアジュースよ!」


 ソーバ・ヘクセンが鉄のコップを持ちながら胸を張る。

 胸を張る意味がわからん。

 マギアジュースとは、南方で採れるマギアと呼ばれる果物から作った飲み物だ。

 非常に甘く、子供や甘党の大人に人気の商品となっている。

 私は、甘すぎて好きでない。


「よくそんな甘い物が飲めるな……気持ち悪くならないか?」


「なるわけないでしょ。可哀想に……このジュースの美味しさが理解出来ないなんて。人生損しているわよ」


 別に損してて構わない。

 この魔女とは好みが合わないので、さっさと要件を聞こう。


「……それで、キルシュさんについての話とは何だ? 手を引く気にでもなったか?」


「まだ寝ぼけているのかしら? そんなことは世界が滅んでもあり得ないことよ」


「なら、何だ」


 ソーバ・ヘクセンは、マギアジュースを一口飲み、唇をぺろりと舐める。

 そして、こちらを見据えて真剣な表情で言う。


「……簡単な話よ。あなたと協定でも結ぼうかと思ってね」


「協定だと?」


「そうよ。もちろんキルシュちゃんについてのね」


 まさかこの魔女の口から、そんな言葉が出るとは思いもしなかった。

 この魔女の性格からして、決められた協定や法律なんか守るタイプではないだろう。

 逆に破ることに快感を覚えていそうなくらいだ。


「断る」


「は? 何でよ?」


「貴様が協定を守るタイプには見えないからだ。そんなもの気にして生きたことなんてないだろ?」


「それは……そうね。そんなものクソくらいだと思っているわ」


 やっぱり。

 なら、結ぶだけ無駄だ。


「でも、今回は守るつもりよ。何たってキルシュちゃんに関係することだからね。あなただってそうでしょ? 彼女の為なら何でもするでしょ?」


「……」


 魔女の言う通りだ。

 キルシュさんの為なら、何でもするつもりだ。

 彼女が世界を滅ぼせと言うなら、喜んで世界を滅ぼす。


「だから、安心して。破ったりはしないから。……まぁ、破らない証拠を見せろと言われても何も見せることは出来ないけどねー。今まで守ったことなんてないから」


 どうするか考える。

 この魔女――ソーバ・ヘクセンが、キルシュさんを好きなことに噓偽りはないだろう。

 だから、協定を破らないと言うのも信じることは出来る。

 だが、まだ信用は出来ない。

 この気分屋な性格だ。突如として協定を破る可能性は捨てきれない。


「信じられない気持ちもわかるわ。そうね……」


 ソーバ・ヘクセンは、口元に手を当てて何かを考えている。


「私を抱くってのはどうかしら?」


「は?」


 突然のことに紅茶を飲もうとした手が止まる。

 この魔女は、急に何を言い出すんだ。


「私はキルシュさん以外の女を抱くつもりは無いぞ」


「そんなのは知っているわよ。私だってキルシュちゃん以外に抱かれたくはないわ。でも、とある魔法の契約に必要なのよ」


「魔法の契約?」


「ええ、そうよ。魔族なら知っているんじゃないかしら? 『魔女の密約』」


 魔女の密約。

 確か、魔女が重要な約束をする時に使う魔法だと聞いたことがある。

 だが、実際に契約した者など見たことが無かった。


「ああ、聞いたことはある。何か重要な約束を結ぶ時に使うとは聞いているが、詳細は知らない」


「聞いたことはあるだけで十分よ。詳細なんて魔女しか知らないことだもの。簡単に説明すると、この『魔女の密約』は、魔女にとっての命がけの契約よ」


「命がけ? 破ると死ぬのか?」


「そうよ。決められた約束が破られた場合、『魔女の密約』を結んだ魔女は死ぬわ」


 ソーバ・ヘクセンは、ふざけた様子もなく真剣だ。

 噓をついているようには見えない。


「じゃあ、貴様と私が『魔女の密約』を交わし、私が約束を破っても貴様が死ぬのか?」


「もちろん。私が死ぬわ」


 なんだその危ない魔法は。

 魔女側が圧倒的に不利じゃないか。

 それでは、魔女を殺す為に結ぶ奴だって出てくるぞ。


「とんでもない魔法だな」


「ホントよね。これを考えた魔女は相当なお馬鹿さんよ……ソーちゃんだったら、ちゃんと破った側が死ぬようにするわよ」


 これにはソーバ・ヘクセンに同意だ。

 こんな魔法、魔女として無くした方がいいだろう。


「契約を破ると貴様が死ぬのはわかった。そしてそのデメリットがあるからこそ、私との協定に使うことも理解した」


 確かにこのデメリットであれば、信用することは出来る。

 だが、1つだけわからない。


「それが何故、貴様を抱くことに繋がるんだ? まさか、ベッドで愛し合う事が魔法の発動条件とでも言うのか?」


 まさかそんなことあるわけがない。

 そう思っているのだが、魔女は俯きながら、ゆっくりと頷いた。


「……そうよ。そのまさかよ……」


 彼女の言葉に頭を抱える。

 誰だ。こんなふざけた魔法を考えたのは。

 私がその首、切り落としてやる。


「ソーちゃんが聞いた話では、その昔。魔族との戦争が行われている時に、開発者の魔女が愛する人間の男と結婚の約束をする際に生まれた魔法だそうよ」


 また人間の仕業か。

 とんでもないことを考える。


「……だから、ベッドで愛し合う必要があると?」


 彼女が頷く。


「お互いの体液を絡ませることで、この魔法が発動し契約が成立するのよ」


「だが、私と貴様は女同士だ。男女のようには愛し合えないぞ?」


「性別なんて関係ないわ。ただ、互いの体を交わらせて体液を絡ませればいいだけ。相手が男である必要はないわ。まぁ、私は使ったことがないから、本当に発動するか懐疑的だけどね。ただ、私の両親はこれで契約を交わしていたようだから、間違っていないはずよ」


 段々と頭が痛くなってきた。


「……他に契約する魔法はないのか?」


「あることにはあるわ。でも、それだと平等な契約になってしまう。ソーちゃんを信頼するに価する契約にはならないわ」


「……」


 契約なんか結ばずに、この魔女を信頼した方が良い気がして来た。

 別に裏切られたところで、殺せばいいだけの話だ。

 キルシュさんとの安全に過ごす為には必要ではあるが、だからといってこの魔女を抱きたくない。


「……はぁ。わかった……『魔女の密約』を使用しなくても貴様を信じてやる」


「いいのかしら? ソーちゃんは、あなたを裏切るかもしれないわよ?」


「その時は、全力で殺してやるから問題ない」


 結局、最終的には力がすべてだ。


「そう。良かったわ。あなたに抱かれなくて」


「それはこっちのセリフだ」


 ひとまず、彼女を抱く必要性は無くなった。

 あとは、肝心の協定の内容だ。


「それで? 協定の内容は?」


「簡単な話よ――」


 ソーバ・ヘクセンは協定の内容を話し始めた。

 1つ。キルシュちゃんに協定者の同意なしに告白しないこと。

 2つ。キルシュちゃんと無理やり肉体関係を結ばないこと。

 3つ。キルシュちゃんに関することで、互いに噓は付かないこと。

 4つ。この協定を交わして者同士で殺し合いをしないこと。


 4つ目以外は、至極当然の内容であった。4つ目以外は。


「3つ目までは異論は無いが……4つ目はキルシュさんの前以外でなら別に良いのでないか?」


 争いを禁ずる文言が入ることは予想はしていたが、殺し合いすべてを禁止するとは意外だった。

 精々彼女の前では殺し合いくらいかと思った。

 何故ならこの魔女が一番、邪魔者を排除していと思っているだろうから。


「ダメよ。既にあなたと私はキルシュちゃんの大切なお客様なの。そんなお客が突然来なくなったら、彼女はどう思うかしらね?」


「……」


 きっとキルシュさんのことだ、悲しむだろう。

 彼女からすれば、日の浅い友人……いや、お客さんなのかもしれない。

 だが、それだけの存在だとしても、知っている者が死ぬのは悲しいことだろう。

 私には、理解は出来ない。


 だが、彼女――キルシュさんは、きっと理解している。

 両親を無くした彼女なら。

 だからこそ、そう言った悲しみはあまりさせたくはない。

 相手を想うのなら、当然のことだ。


「……わかった。4つ目も同意しよう」


「ありがと。じゃあ、これからよろしくね。 ケリン・ハンカーちゃん」


「ああ、よろしく頼むぞ。ソーバ・ヘクセン」


 互いに右手を差し出し笑顔で握手する。

 こんな小娘と握手するなど納得がいかないが、致し方無い。

 これも愛するキルシュさんの為だ。

 そう思い、ギュッと手に力を込めた。


「ちょっ!? い、痛い!?」


 このくらいは許せ。

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