第4話 優しさだけでは生きて行けない③
キルシュさんとシエフと3人で、孤児院へと向かった。
キルシュさんの手には、持ち手がついた手編みのかごをぶら下げている。
中には、彼女お手製の焼菓子がたくさん詰め込まれていた。
「さ、着きましたよ!」
キルシュさんがとある建物がある敷地の前で立ち止まった。
どうやらここが孤児院らしい。
私は奥にある建物へと視線を向けた。
「ここが……キルシュさんの育った場所……」
「はい! 私がお世話になった孤児院です! 見た目は……あまり綺麗ではありませんが、住んでいる人たちの心は綺麗ですよ!」
キルシュさんの言う通り、建物はかなり古びていた。
屋根や壁には、上から無理やりに直したのだろうか、至る所に板が打ち付けられている。
窓ガラスにもひびが入っており、割れ目を塞ぐように布のようなものが貼り付けられていた。
シエフがボソッと呟く。
「……まさに、貧しい孤児院といった場所じゃのう」
「……おい。失礼だぞ?」
「……じゃが、事実なのだから仕方ないじゃろ……」
「……」
否定はできない。
誰が見ても貧しいことがうかがえる。
……帰りたくなってきたな。
貧しい孤児院に住んでいるのは、子供たちだ。
きっと、まともな教育はされていないだろう。
私たちが行けば、高確率で良いおもちゃにされてしまうのは目に見えている。
「ん?」
ふと、気がつくとキルシュさんが先ほどまでいた場所にいない。
すると、敷地の中からキルシュさんが、私たちを呼んだ。
いつの間にか敷地の中に入っていた。
「ほら! 行きますよー!」
キルシュさんが、手招きする。
いつの間にか敷地の中に入っていたようだ。
「……いくぞ」
「……うむ」
これもキルシュさんの為と思い、覚悟を決めて孤児院に足を踏み入れた。
◇◇◇
キルシュさんが建物のドアを開けて中に入るなり、大きな声で言う。
「はーい! みんなー! お菓子を持ってきたよー!」
すると、複数の気配が足音を立てながら近づいてくるのを感じる。
魔獣が集団で走ってきているような感覚に近い。
そして、近くのドアが開くと子供たちが一斉に飛び出してきた。
「キルシュ!」
「キーちゃん!」
「キルちゃん!」
皆、キルシュさんの名前を呼びながら彼女に群がっていく。
まるで、砂糖に群がるアリのようだ。
キルシュさんが、かごから1つだけ焼き菓子を取り出す。
「ほら! ちゃんと並ばないとあげないよ~?」
相手はお菓子に飢えた子供――いや、狩人だ。
そんな言葉一つで並ぶわけが……
「なっ!?」
「なんと!?」
私たちは目の前の光景にあっけに取られた。
彼女に群がっていた10人くらいの子供たちが、綺麗に一列に並んだのだ。
……なんて統率の取れた動きだ。
大人でさえ、こんなにも綺麗には並ばないだろう。
キルシュさんは、子供たちが並んだことを確認すると、優しく微笑む。
「みんなお利口さんだね! じゃあ、お菓子を配るねー!」
彼女は、先頭に並んでいた女の子から順番にお菓子を手渡ししていく。
お菓子を受け取った女の子は、ニコッと笑った。
「キルシュちゃん! ありがとう!」
「ふふっ、どういたしまして!」
受け取った子供たちは皆、キルシュさんに感謝の言葉を伝えていた。
傍若無人で感謝の言葉など知らないと思っていたが、そんなことはなかったようだ。
シエフが隣で感心したように何度か頷いた。
「ふむ。最低限の教育はなされているようじゃな。流石、キルシュが育った孤児院。素晴らしいではないか」
「ああ。これは驚かされたよ」
本心からそう思えた。
キルシュさんが、最後尾に並んでいた少し大人びた子供にお菓子を手渡す。
「ありがとうございます」
子供は、キルシュさんに軽く頭を下げる。
この孤児院に暮らす子供の中で一番の年長者なのか、落ち着きがあった。
「うん! ミリエも大変だろうけど、今はゆっくりしてね!」
「……はい!」
キルシュさんは、ミリエと呼ばれた少女は頭を優しく撫でた。
少女は、気持ちよさそうに目を細める。
少しだけだが、少女に嫉妬してしまう。
……私も頭を撫でもらいたい……
手は握ってもらえたが、頭は撫でてもらえていない。
彼女の役に立って、頑張って褒めてもらわなければ。
キルシュさんが、少女の頭から手をどける。
ミリエと呼ばれた少女は、足早に奥へと戻っていった。
すると、少女とすれ違うようにして、シスター服を着た初老の女性がゆっくりと歩いてきた。
キルシュさんが、女性に駆け寄っていく。
「マリア先生!」
「いつもありがとね。子供たちもキルシュが来るのを首を長くして待っていたよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです! あ! 紹介しますね!」
キルシュさんは、こちらへと振り向く。
「こちらケリンさんとシエフちゃん! 私の友人で、さっき助けてもらったお礼に連れてきたんです!」
キルシュさんの紹介に合わせて、軽く頭を下げる。
彼女を育ててくれたお方だ。失礼な態度はできない。
女性は、私たちに視線を向け、優しく微笑んだ。
「そう……キルシュがいつもお世話になっております。この子はいつも何かに巻き込まれてばかりなので、大変でしょう?」
「ちょっと! マリア先生!」
キルシュさんが顔を赤くする。
「いえ、そんなことはございません。優しくてお美しい方です」
「うむ! 素晴らしい女性じゃぞ!」
私は、噓をつかずに本心を言った。
キルシュさんが、顔を赤く染めながら両手で頬を押さえる。
「そ、そんな……美しいだなんて……」
照れているのだろうか。
もしそうなら、嬉しい。
何とも想っていない人から、褒められても照れることはない。
だが、照れているということは、私に対して何か良い感情を抱いてくれているということだ。
マリア先生が、キルシュさんを見て微笑む。
「あらあら。良い子たちじゃないの。さぁ、上がって? 大層な物はないけど、お茶くらいはあるから」
「ありがとうございます」
「うむ」
私たちは、マリア先生の後を追について行った。
◇◇◇
マリア先生が木のコップに入ったお茶をテーブルに並べていく。
「さぁどうぞ。庭で採れた香草で作ったハーブティーさ。お店で出るような紅茶とまではいかないが、味は保証するよ」
「ありがとうございます」
コップからは、香草のいい匂いが漂っている。
私たちは、子供たちがお菓子を食べている大きな広間に隣接した部屋にいた。
壁側に視線を向けると、火を起こす場所などがあり、その横の台には使い古された鍋が積み重ねられているた。
きっとこの部屋は、調理部屋なのだろう。
すると、その視線に気づいたのか、マリア先生が少し困ったように微笑んだ。
「ごめんなさいね? こんな部屋で」
「いえ。何も問題はありませんので、お気になさらず」
招かれた部屋をジロジロと見るのは減点だったかなと思いつつ、ハーブティーを一口飲んだ。
香草のいい香りが口から鼻へと抜けていく。
「……美味しいです」
「ふふっ、ありがとう。そっちの子はどうだい? お口には合うかな?」
「うむ……いい味じゃ……ほっとするのう」
隣に座るシエフも満足そうに言う。
「それは良かった。ホットだけにほっとするだろう?」
「……」
何かとてつもなく寒気がしたのだが、気のせいだろうか。
……きっと気のせいだな。
まさか、キルシュさんを立派に育て上げた人が、くだらない言葉を言うわけがない。
「マリア先生! そんなくだらないこと言わないで!」
「あらあら。場を和ませようとしたんだけどね。場を和めんでごめんなさいね」
気のせいじゃなかった。
現実だった。
キルシュさんが、顔を赤く染める。
「もう! それをやめてって言ってるの! 二人ともごめんなさいね。良い先生なんだけど……時より変なことを口走るのよ……」
「い、いえ。可愛げがあって良いんではないかと……」
「う、うむ……罵詈雑言を言われるよりは、マシじゃな……」
もしかしたら、キルシュさんの可愛さは、この人物からきているのかもしれない。




