第4話 優しさだけでは生きて行けない①
カノンとシエフが協定に同意してから何日か経ったある日。
私たち4人は、貿易都市ボロニバスにあるいつもの酒場に集まっていた。
もちろん、仲良く談笑する為ではない。
正式な契約を結ぶ為だ。
ソーバがコップを持って、前へと差し出す。
「さてと! まずはみんなで乾杯でもしよう!」
相変わらず、意味の分からないことをする魔女だ。
私はソーバに尋ねる。
「……何に乾杯すると言うのだ?」
「さぁ? ソーちゃんにも分からないわ。ただ、せっかく酒場に集まったんだもの。乾杯くらいしておくのが礼儀でしょ?」
そんな礼儀、聞いたことがない。
「そんなものは良いから、早く契約を結ぶぞ」
「もー……そんなに焦ってもしょうがないでしょ~……? 別に急いでいるわけじゃないんだからさ。それに……」
ソーバは、横に座っているシエフをジト目で見る。
「ソーちゃんじゃなくて、さっきからパイを頬張っている、この狐のおばあちゃんに言った方がいいんじゃないかしら……?」
「……」
ソーバの視線の先では、シエフが黙々とアルトベリーパイを食べていた。
しかも、一切れではない。
彼女の顔と同じ大きさ位あるパイを一人で食べていた。
「うにゅ? ……なんじゃ? これはやらんぞ……? 食べたいなら自分で注文せい」
シエフは、口元をアルトベリー独特のピンク色に汚しながら言う。
年齢を聞かなければ、パイを頬張る子供にしか見えない。
年齢を聞いてさえいなければ。
「いらん。貴様、ここには楽しく食事する為に集まったのではないぞ? わかっているのか?」
「そんなこと知っておるわ。……ただ、ここのパイは美味しいと聞いたことがあってな? どうしても食べたかったんじゃ……」
「そんなもの。ゲートを使えば、何時でも食べに来れるだろ?」
ゲート――即ち転移魔法。
一度でも行ったことのある場所なら、何処でも行ける魔法。
魔法を使える者であれば、誰にでも使える便利な魔法だ。
もちろん細かい制約もあるが、基本は自由に移動できる。
「それはそうなんじゃがな……何時でも来れると思うと、意外と行かないもんなんじゃよ……」
「あ! それはわかる~! ソーちゃんもムカつく奴がいても、後で処理できるからいいやと思うと、そのままにしちゃうことあるだよね~」
「殺しと食べ物を同列にする出ないわ! 食欲が失せるじゃろ!」
「アハハッ! ごめんごめん! ほら~怒るとしわが増えちゃうよ~?」
「だから、ババア扱いする出ないわ! わらわはまだ、45歳だぞ! ババアと言うなら、そっちの処刑人じゃ……!」
シエフが、ピシッと私を指差す。
……そうやって反応するから、この魔女に遊ばれると早く気づけ。
すると、黙って紅茶を飲んでいたカノンが痺れを切らしたように言う。
「いつまでも遊ぶな馬鹿者ども。年齢など、所詮はただの数字だ。一々気にしては、余計に歳を取るぞ」
「ぬう……」
シエフが、カノンの言葉に項垂れる。
「そうそう! 歳なんて気にしないの! シエフちゃんは、まだおばあちゃんには見えないから安心して!」
「お主が最初に言ったんじゃろうが!!」
「キャー! 怖い!」
ソーバが、言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべている。
せっかくカノンが終わらせたと言うのに、懲りない奴だ。
……仕方ない。あれを使うか……
これ以上、続けられては首を刎ねたくなるので、切り札を使う。
ここにいる4人には、最大級の攻撃力を誇る切り札だ。
「ソーバ、いい加減にしろ。これ以上続けるのなら、キルシュさんに言いつけるぞ? ――ソーバがシエフを虐めていたとな……?」
「!?」
ソーバの動きが止まり、目を大きく見開く。
まるで、子供のような幼稚な切り札だが、これが一番効く。
何しろ、我々はキルシュさんに嫌われたくないから。
「ちょっと!? それは反則よ!」
現にソーバは、慌てふためいている。
「仕方ないだろ? 実際にそう見えるからな。……きっと、キルシュさんは悲しむぞ? 一緒に食事までした友人が、別の友人を虐めていたなんて聞いたらなぁ……」
「くっ……」
ソーバが苦虫を嚙み潰したような顔をする。
だが、直ぐに鼻で笑った。
「ふん! 言えばいいじゃない! キルシュちゃんは、ソーちゃんのことを信頼しているから、言っても信じないわ!」
「そうか? だが、これを聞いたら信じるんじゃないか……?」
私は指をパチン! と鳴らす。
すると、テーブルの上にディスプレイが展開し、とある音声が流れ始める。
『そうそう! 歳なんて気にしないの! シエフちゃんは、まだおばあちゃんには見えないから安心して!』
『お主が最初に言ったんじゃろうが!!』
『キャー! 怖い!』
「録音してたの!?」
「ああ、そうだ。貴様と契約する以上は、何か証拠を残しておかないと、後から言ってもいないことを捏造される可能性があるからな。……なんだ? 魔女なのに気付かなかったのか?」
初歩的な魔法だが、こういった場では非常に役に立つ。
……まぁ、初歩的すぎて、商人などには直ぐにバレるがな。
商人たちがよく使うこともあり、警戒する者も多い。
だから普段は、あえて隠さず「録音している」と宣言してから使う者が多いらしい。
「……契約の時に気を付ければいいやと思っていたから、油断したわ……」
「ははっ! 協定を結んでいるとはいえ、敵同士なんだ。今後は気を付けるといい」
「ちっ……はいはい! わかったわよ! じゃあ、さっさと始めさせてもらうわ!」
ソーバも観念したようで、契約の準備を始めた。
◇◇◇
「それじゃあ、始めるわよ?」
ソーバは、テーブルの中心に手をかざして、魔力を込め始める。
すると、ボン! という音と共に、一枚の紙が出現した。
ソーバは、紙を手に取ると私に差し出す。
「さぁ、これに協定の内容を書いて頂戴」
「ん? 私が書くのか?」
「ええ、ソーちゃんが書くと、いちゃもんを付けられそうだし。そこの狐と軍人は、余計なことを書きそうだからね」
カノンが不満そうに眉をしかめる。
「この詐欺師の狐は間違いなくやるだろうが、私はそんなことはせんぞ?」
「わしだってせんわ! ……まぁ、ちょっとニュアンスを変えてしまう可能性はあるがのう……」
「ほらね? まぁ、軍人ちゃんは、まだ出会って日が浅いからってのが理由なだけよ。それに、この処刑人は契約も無しに、協定を結んでくれた実績があるのよ」
「……それなら仕方あるまい。良いだろう。お前が書け」
カノンもソーバの言葉に納得したようだ。
シエフは……まぁ、別にいいだろう。詐欺師だから仕方ない。
「それでどうやって書けば良いんだ? 生憎、書く物など持ち歩いてないぞ?」
「そんなのいらないわ。手をかざして、記載する内容を思い浮かべながら魔力を込めれば書けるから」
ソーバに言われた通りにする。
手をかざし、記載する内容を思い浮かべながら、手に魔力を込める。
すると、段々と紙に文字が浮かび上がってきた。
その光景に関心する。
通信魔法が出来たせいで、紙などを使う機会が大分減っていたが、こんな魔法もあるのか。
「言った通りでしょ? これは『魔女の契約書』と言う魔法よ。一般的な契約で魔女同士が使うのよ。そこの狐のおば――シエフちゃんなら知っているんじゃないかしら?」
「もちろん、知っておるぞ。魔女の商人と取引する際に先方が使っておったわ」
流石、商人。
こういった契約周りのことは、経験豊富なようだ。
しばらく手をかざしていると、協定の内容がすべて書き加えられた。
「出来たぞ」
手をどけて、ソーバに次の指示を求める。
「ありがと。じゃあ、紙を順番に回すから内容をしっかりと確認しなさい」
ソーバは、協定が記載された紙を手に取り、隣に座るシエフへと渡す。
その光景にカノンが、何か気になった様子で口を出す。
「おい。良いのか?」
「ん? 何がかしら?」
「その詐欺師に紙を渡すと何か細工されるんじゃないか?」
確かにカノンの言う通りだ。
魔力を込めれば簡単に文字が書けてしまうような紙だ。
細工だって、簡単に出来てしまうと思うのも仕方がない。
だが、シエフが笑いながら答える。
「ははっ! 安心せい! そんな小細工が出来るような魔法ではない。そうだろ? 魔女よ?」
「ええ。細工は一切できないようになっているわ。出来ちゃったら契約になんか使えるわけないでしょ?」
「……それもそうだな。興味本位で聞くが、細工しようとするとどうなるんだ?」
「簡単よ。細工しようとした者が死ぬわ」
ソーバは、表情を変えずにあっさりと言う。
相変わらず魔女の魔法には、危険なものが多い。
「ちなみに、契約を破っても死ぬから、ちゃんと協定は守るようにね!」
ニコッと笑う魔女。
気色悪い笑顔だ。
「……うむ。内容に問題はないようじゃな。ほれ。お主の番だ」
シエフがカノンに紙を渡す。
カノンは、ゆっくりと書面に目を通す。
「……私も異論はない。おい、魔女。受け取れ」
「もう! 魔女じゃなくて、ソーバちゃんって呼んでほしいんだけど! ……まぁいいわ」
最後にソーバが受け取り、確認する。
「……ええ。問題ないわね。じゃあ、後は署名するだけ。やり方は同じよ。手をかざして、自分の名前を思い浮かべながら魔力を込めればいいわ。あ! 自分の名前以外を書いても死ぬから、名前を間違えないようにね?」
そんな便利なチェックも働くとは……この魔法、便利すぎないか?
◇◇◇
「これで全員が署名したわね……うん! 問題ないわ」
ソーバが全員が署名を終えて、書面に記載されていることを確認した。
これでようやく終わったようだ。
「じゃあ、作業はこれで終わりだから、みんな帰っていいわよー」
ソーバがそう言うと、真っ先にカノンが席を立つ。
「ではな。これで失礼するぞ」
「ええ。さようなら~。ちゃんと協定を破らないようにね~? 死んじゃうから! アハハ!」
「ふん。貴様もな」
カノンは、そそくさと酒場から出て行った
「じゃあ、わらわもこれで失礼するかのう」
「あら? シエフちゃんも行っちゃうの?」
「わらわは、商人じゃからな。忙しいのじゃ。……それにこの魔女と一緒にいると、妙に調子が悪い」
「アハハッ! ソーちゃんは、シエフちゃんといると楽しいんだけどね!」
「……はぁ。この世で一番魔女らしい小娘だよ。お主は……」
シエフは、呆れたようにため息をつきつつ、酒場を出ていった。
後ろ姿が、どこか疲れ切ったように見えるのは、気のせいだろう。
「あなたはどうするの? このままソーちゃんとお茶でもしていくかしら?」
「私も帰る」
私だってこの魔女と長くは一緒に居たくはない。
「そう言えば、その契約書はどうするんだ? 貴様が管理するのか?」
「これ? いいえ。しないわ」
ソーバの言葉に首を傾げる。
契約書と言うのは、大切に保管して置くのが当たり前ではないのか?
「しないだと? じゃあ、どうするんだ?」
「簡単よ。こうするのよ」
ソーバが契約書を左手で持った。
そして、右手の指をパチン! と鳴らした。
「なっ!?」
その瞬間、契約書に火がつき、一瞬にして塵となって消え去った。
「おい! 貴様――」
「大丈夫よ。これがこの魔法の決まりなの」
「決まりだと?」
「そうよ。『魔女の契約書』は、契約後に燃やす決まりなのよ」
「……それでは契約書として記す意味がないのではないか?」
「安心して。契約書が無くても契約は有効になっているから。疑うなら、試しにキルシュちゃんのことで、噓をついてみなさいよ? 死ぬだろうから。アハハッ!」
ソーバが無邪気に笑う。
試したくても出来ない。
契約が残っていれば、噓をついた途端に私は死ぬ。
その為、契約が残っているか確認も出来ない。
……ほんと、気に食わない魔女だ。
キルシュさんも厄介な少女に好かれてしまったものだ。
「……わかった。貴様を信用する」
「アハッ! 賢明な判断ね。でも、本当のことだから。現にあの狐のおばあちゃんも契約書のことには、何も触れずに立ち去ったでしょ?」
言われてみればそうだ。
商人であり、詐欺師の彼女なら、契約書の保管について絶対に口を出すはずだ。
だが、あの詐欺師は何も言わなかった。
以前、契約を交わしたことがあると言っていたから、契約書事態が燃えてしまうことを知っていたのだろう。
「……そうだな。じゃあ、私もこれで失礼する」
「うん! またね~!」
ソーバに笑顔で見送られつつ、私は酒場を後にした。。
こうして、キルシュさんに関する協定は、正式に契約として交わされたのだった。




