第3話 軍人と詐欺師④
「――てなわけ。どう? 理解したかしら?」
「なるほどのう……」
「……」
二人とも、ソーバの話を聞いて考え込んでいるようだった。
顎に手を当てたまま、しばらく黙っている。
仕方ないだろう。
話の内容は、すべてキルシュさんにに関わるものだ。
彼女のことを想っているなら、簡単に否定などできるはずがない。
「わらわは、その協定に参加したいのう」
「あら、本当?」
シエフが、参加の意を示す。
「ああ。わらわは、しがない商人じゃからな。殺し合いなど出来んから、邪魔と判断されれば、真っ先に狙われて殺されてしまうからのう。であれば……協定を結んでおいた方が懸命じゃ」
「それは良かったわ! でも、あなた……真っ先に死ぬどころか逆にソーちゃん達にを罠にでもはめて、殺しそうな気がするんだけど……違うかな……?」
ソーバが不敵な笑みを浮かべる。
こいつもそう思っていたか。
「私もこの魔女に同意だな。貴様が一番この中で危険だと私の勘が警告している」
そう。私は、軍人であるカノンよりもこの小娘の方が危険だと感じていた。
決して戦闘能力が高いからとかではない。
本能的にこの少女が危険だと訴えていた。
「ははっ! 流石じゃな! おぬしらを騙して毒でも盛ってやろうかと思ったが、出来なさそうじゃな!」
シエフは、高笑いする。
もっと隠すかと思っていたのだが、意外にもあっさりと認めた。
「やっぱりそうなんだ~……もしかして、年齢が1000を超えるババア狐とかなの……?」
狐獣人は、獣人の中でも長生きな種族だ。
エルフと同じように千年を超えて生きる個体もいる。
しかし、シエフは、顔を赤くして否定する。
「たわけ! わらわは、まだ45年しか生きていない子供じゃよ!!」
「45年って……ソーちゃんよりも、29歳も年上じゃん……引くわー……」
「仕方ないであろう! 人間とは歳の重ね方が違うのじゃ! お前だってその見た目でも結構な歳なのではないか!?」
シエフが、私を指差す。
私に話題を振らないで欲しいな。
「え……あんたも結構な歳なの……?」
ソーバが恐る恐る聞いてくる。
「……ああ、そうだな。年齢として言えば、102歳だな」
「うげ……超ババアじゃない……ソーちゃんの死んだおばあちゃんよりも歳が上だったのね……」
「仕方ないだろう。魔族なら100歳なんて、まだまだ若者だ」
それに私には竜人族の血も流れている。
普通の魔族よりも長く生きるだろうな。
「何よ……私以外、みんなババアじゃない……もしかして、あんたも……?」
ソーバがここまで黙っていたカノンに尋ねた。
「馬鹿言うな。私は普通の人間だ。まだ28歳になったばかりのな。そこのババア共と一緒にするな」
「そ、そうよね……良かった~……」
ソーバがほっと胸を撫で降ろした。
すると、シエフが眉間にしわを寄せながら話しかけてくる。
「おい……そこの処刑人よ」
「なんだ?」
「わらわと協力して、この口の悪い小娘を殺さぬか?」
「ああ、そうだな。それもいい案だ。だが……殺すとキルシュさんが悲しむから出来ない」
「むぅ……」
シエフが納得がいかなそうに眉をしかめた。
たかが、口約束の協定だがキルシュさんの為にも、守らないといけない。
「ちょっとー……? 物騒な相談はしないでくれるかなー? これはキルシュちゃんの為にしていることなんだからねー?」
「わかっとるわ……ったく、詐欺師のわらわでも、この魔女の小娘の方が詐欺師に見えてくるぞ」
「……なんだ、商人じゃなくて、詐欺師だったのか。自分で詐欺師と言うのも珍しいな?」
「しまった!? 自分から言ってしもうたわ!」
どうやら良心的な商人ではなく、詐欺を働く悪い商人だったようだ。
しかし、詐欺師ってのは、他者から言われるものだと思っていたが、まさか自分でそう言うとはな。
自分の仕事を詐欺師と言う奴は、初めて見た。
「……まぁ、良い。小奴らに隠しても直ぐにばれてしまうだろうからな……」
「アハハッ! 流石、45歳のおばさん! いい判断をするわね!」
「だから、わらわはまだおばさんじゃないわ!?」
この2人、仲が良いな。
「じゃあ、詐欺師のおばさんは協定に同意するとして……」
「だから、おばさんと言う出ない!」
「はいはい。わかったから、大人しくしててね~……。それで? そっちの軍人さんはどうするのかしら? ソーちゃん達の協定に乗るの? 乗らないの?」
「……」
カノンは、まだ考えている。
きっと、キルシュさんの為には参加すべきと思っているが、軍人としては、私達と馴れ合いたくないのだろう。
「……不本意ではあるが、乗っても構わない」
「あらそう! じゃあ、決ま――」
「だが、条件がある」
「……何よ。条件って?」
ソーバが面倒くさそうに聞く。
「私は弱くて群れる奴が嫌いだ」
カノンは、ソーバを真っ直ぐに見据えながら言う。
「だから、証拠を見せろ。お前たちが協定を結ぶ必要がある位に強いのかをな……」
そして、虚空から再び直剣を取り出した。
「はぁ……これだから戦闘民族は嫌いなのよね……何でも筋肉で図ろうとするんだから……」
「そうじゃな……わらわもそれには同意するぞ」
そんな彼女にソーバとシエフは、疲れたように肩を落とした。
私としては、シンプルでわかりやすいと思うのだがな。
ソーバが、気を取り直して言う。
「じゃあ、この処刑人ことケリンが相手をするでいいかしら? この女は、ソーちゃんと戦闘して互角だった。だから、この女と勝負して勝てば、貴方の方が上よ。負ければ私達よりも下。簡単でしょ?」
「ああ。それで構わない」
「あんたもそれでいいわよね? 戦うの大好きだし?」
「別に戦うのは好きではないと言っているだろう。……まぁいい。シンプルでわかりやすいからな」
今後の為にも、軍人であるカノンの力量を知っておきたい。
「じゃあ、決まりね!」
ソーバが、笑顔で手を叩く。
「場所は……そうね。この前の場所だと邪魔が入る可能性があるから……そうだ! あそこにしましょう!」
そう言うと、ソーバは手をかざしてゲートを出現させた。
「ほら、全員来なさい! ソーちゃんがいい場所に連れていってあ・げ・る・か・ら!」
「……何んか……行きたくないのう……」
シエフの言葉に皆が頷く。
凄いな。キルシュさんのことでしか共通点はないはずなんだが、意見が揃った。
「大丈夫よ! ただの荒野に繋がっているだけだから! ほら! さっさとして頂戴!」
仕方なく、ソーバの後についてゲートへと入って行った。
◇◇◇
「じゃじゃーん! どうよ! ここなら、思う存分に戦っても邪魔は入らないわ!」
ソーバが、広大な荒野を背にして大きく手を広げながら自慢気に言う。
周囲には、建物一つなく生物の気配すらあまりしない場所だった。
「ここはどこなのじゃ……?」
「ここはね! 数百年前に起きた人類と魔族との戦争の跡地の一つ! 不毛の大地ゲルニウム荒野よ!」
ゲルニウム荒野。
魔族領内にある数百年前の戦争の跡地の一つ。
数々の戦場の中でも、熾烈な争いが起きた場所。
戦争時に使用された魔法の影響により、植物が育たない不毛の大地となってしまった為、誰も寄り付かない場所になっている。
周囲を見渡しながら呟く。
「確かにここなら、誰も来ないな。戦闘するにはうってつけの場所だ」
「そうでしょ? さあ、ここで思う存分に戦いなさい!」
「ふふっ、これで貴様と思う存分やれそうだな」
ソーバの言葉に合わせて、虚空から大鎌を取り出しながら、カノンへと向く。
「ああ。お前とはいい戦いが出来そうだ」
カノンも同じように、虚空から直剣を取り出す。
そして、ドレスの裾を持って、動きやすくする為に一気に縦に裂く。
「あ、一応命だけは取らないようにねー? キルシュちゃんが泣いちゃうから! ほら! おばあちゃんも離れるわよ?」
「おばあちゃん言うな!」
ソーバとシエフが離れていく。
これで邪魔するものは完全にいなくなった。
「では、いくぞ?」
「ああ。来い!」
こうして、私とカノン・シュラハの戦いの火蓋が切って落とされた。
◇◇◇
「はぁっ!」
カノンが凄まじい速度で急接近して、右手に持つ直剣で突きを放つ。
瞬時に反応して、大鎌で右へと受け流し身を躱す。
そして、鎌の刃を返して彼女の横っ腹めがけて斬り上げる。
しかし、そんなに甘くはなかった。
カノンは、すかさずその場にて足でブレーキをかけて、薙ぎ払いに移行し、斬り上げられた刃を弾いた。
ガキン! と甲高い音が周囲に鳴り響く。
バックステップで距離を取り、大鎌を構える。
「ふふっ、良い突きだな。驚いたぞ?」
「ははっ! お前の方も良かったぞ! あと少しで下半身と別れところだった」
互いに笑みを浮かべる。
たった一度のやり取りではあったが、実力はわかった。
これは楽しめそうだ。
足に魔力を込め、地面を蹴る。
「消えた!?」
彼女の左から大鎌を振り下ろす。
狙うは、その腕。
「くっ!」
振るわれた大鎌がカノンがガードする直剣に阻まれる。
すぐさま離れ、再び地面を蹴る。
「小ざかしい真似を!」
今度は逆側から大鎌を振るう。
だが、また防がれた。
……ふふっ、それでいい。
私の狙いは、防戦一方に追い込むこと。
カノンからすれば、かなり戦いづらいはずだ。
カノンの武器は直剣。
攻め主体の戦い方だろう。
相手より早く動き、手数で押し切る。
そういう戦い方だ。
……ならば、それをさせなければいい。
決まらなくてもいい。
攻撃を続ける。
そうすれば――先に持たなくなるのは、あの剣の方だ。
「はっ! 姿を消し、私の武器を壊すのが目的か!」
どうやらカノンもこちらの目的に気がついているようだ。
「魔族が考えることなど単純だな! だが……私を舐めすぎだ!」
「!」
カノンは、体の周囲から炎を生成し、周囲全体を吹き飛ばす。
咄嗟にバックステップで距離を取ろうとするが、吹き飛ばされてしまう。
「今度は私の番だ! 処刑人……!」
カノンは、体と剣の両方に炎を纏わせ、こちらへと突貫する。
今度は、突きではない。薙ぎ払いだ。
……大鎌で受けるのはまずそうだな……
流石の私でもあれをくらってはただでは済まない。
炎を纏った直剣が薙ぎ払われるとほぼ同時に、バックステップで避ける。
「ふん! 甘いぞ!」
しかし、薙ぎ払われる直剣が伸びた。
いや、違う。
纏っていた炎が鞭のようにしなり伸びたように見えたのだった。
大鎌を構えて攻撃を防ぐが、放たれた爆炎が私の大鎌ごと焼き払う。
「くっ……!」
そのまま吹き飛ばされて、地面に打ち付けられる。
……見事だ!
心が踊る。
血が沸き立つ。
この女は強い!
「はぁっ……!!」
カノンが追撃に向かってくる。
真正面から来るのは、彼女の自信の表れだろう。
「面白い!」
瞬時に立ち上がり、地面を蹴る。
そして正面から彼女とぶつかり合う。
そして、互いに直剣と大鎌で斬り結ぶ。
大鎌の振り下ろしには、直剣が振り上げられる。
直剣の突きには、大釜が薙ぎ払われる。
何度も。
何度も。
何度も。
「ふふっ!」
「ははっ!」
互いに笑いが止まらない。
殺し合いなのに、楽しくて仕方がなかった。
強者と戦える――それがこんなにも嬉しいとは思いもしなかった。
だが、勝負である以上は、終わりが来る。
いや、終わらせなければいけない。
何度目かわからない斬り合いの中、剣と鎌が弾かれると同時に彼女の腹部へと拳で突きを放つ。
「グッ!」
衝撃で彼女の体が少しだけ浮く。
そのまま回し蹴りの要領で体を捻り腹部目掛けて、蹴りを放った。
「グハッ!!」
カノンが後方へと吹き飛ばされる。
……これで終いにしよう。
充分な距離が空いたことを確認し、大鎌に魔力を込める。
彼女が纏っている何もかも焼き尽くす炎とは正反対。
何もかも凍らせて縛り付ける冷気を。
「ははっ! 決めにくるか!」
カノンも瞬時に体制を立て直した。
そして、自身の周囲の炎を増幅させる。
周囲の炎が渦巻いて、彼女の直剣に力を授ける。
彼女も次の一撃で決めにこようとしているのだろう。
こちらにまでその熱が伝わってきそうだ。
……ふふっ。純粋な力比べだな。
正面からのぶつけ合い。
魔法による純粋な力比べ。
……さぁ、見せてもらうぞ。貴様の力を……!
そして蓄えた魔力を、互いに解放した。
「縛り付けろ……『アンテノラ』」
「地獄の炎で焼かれて死にな!『ゲヘナ・イグニス』!」
互いの魔法が放たれる。
何もかも凍り付かせる冷気と、何もかも焼き尽くす炎が激突する。
互いの魔法が拒絶し合い爆発的なエネルギーが生まれ、そして弾けた。
解放されたエネルギーが、周囲を吹き飛ばす。
「くっ!」
防御魔法を展開し、何とか耐える。
このまま追撃をかけるべきなのだが、凄まじい衝撃波で動くことが出来ない。
衝撃波を防ぎつつ、彼女からの追撃も警戒するが来ない。
きっと向こうも同じ状況なのだろう。
しばらくして、段々と土埃が晴れてくる。
そして、互いに無傷で立っていることを確認した。
……ふふっ、まだ、続けられそうだな。
そう思い、大鎌を構えようとした時だった。
突然、脳内にソーバの声が響き渡る。
『しゅうりょーう! そこまでー!!』
そして、遠くからソーバがシエフの首根っこを持ちながら飛んで来た。
「はいはい! そこまでよ! これ以上は、終わらなくなちゃうわ!」
「おい! 首根っこを掴むな! 服が伸びてしまうぞい!!」
ソーバは近くまで来ると、シエフを離して地面へと降り立った。
「ぐへっ!」
シエフが、顔から地面に落ちた。
そのことにソーバは、気にも留めずに言う。
「早く! 武器をしまいなさい! ほら! そっちのあんたも武器をしまってこっちに来なさい!!」
カノンに視線を向ける。
すると、彼女も同意するように頷いた。
どうやら剣を引くようだ。
「……わかった」
ソーバに従い大鎌を虚空にしまいこむ。
「どう? これで納得いったかしら?」
ソーバが、歩いてくるカノンに質問する。
「ああ。十分だ。まさか、あの魔法が防がれるとは思いもしなかった」
「それはこちらも同じだ。貴様の魔法如き貫けると思ったぞ」
あの魔法は、対象を束縛するまで止まることのない魔法なのだが、純粋な力で打ち消されてしまった。
初めての経験だ。
「アハハッ! いいわね! 2人とも! 互いに防がれるはずがないと思った魔法が防がれた……良い力比べだったじゃない。……まぁ、ソーちゃんの魔法に比べればまだまだだけどね!」
「はっ! ぬかせ。なら今度は、お前が相手になるか?」
「アハッ! やーだよー! ソーちゃんは無駄なことはしないの! それに貴方も協定を結ぶ以上は、殺せないしね」
ソーバは無邪気に笑う。
「ともかく! これで4人全員が協定を結ぶことになったわね。……人数も増えたしちゃんと魔法で契約することも考えないとね……」
確かにソーバの言う通りだ。
私とソーバだけの時は、『魔女の密約』で契約することが提案されたが、私が却下した。どうせ2人だけだから、破られても殺せばいいだけど。
だが、今は違う。
4人になった以上は、しっかりとした契約を結ばないと何処かで破綻する。
そうなってしまうと、キルシュさんにまで被害が及ぶ可能性があった。
あえて、ソーバをからかうように言う。
「そうだな。私は『魔女の密約』でも構わないぞ?」
「嫌に決まっているでしょ! ソーちゃんだけが不利な契約になっちゃうじゃないの! ちゃんとした魔法でやるわよ!」
「ふふっ、期待しているぞ?」
カノンが私たちの会話に首をかしげる。
「なんだ? 『魔女の密約』とは?」
「あんたは知らなくていいのよ!」
ソーバが顔を赤くしながら叫ぶ。
「ったく……いいから帰るわよ!」
来た時と同じようにソーバがゲートを開いた。
「契約の方はソーちゃんが考えておくから、あんた達はいつも通り生活してなさい! いいわね!」
彼女の言葉に頷く。
「……よし! じゃあ、帰ろー!」
これでキルシュさんの平穏な日常生活は守られる。
そして、正々堂々と彼女にアピールすることが出来るようになる。
もちろん、ライバルはいるがな。
……私が必ずキルシュさんをものにする……
今後の楽しい日々を思いつつ、皆でゲートから城塞都市マシュリアへと戻った。
「あ。狐のおばあちゃんを置いて来ちゃった」
皆じゃなかった。3人だった。




