第3話 軍人と詐欺師③
「まずはミートパイを切り分けるわね!」
キルシュさんが右手にナイフを持ってテーブル上のミートパイを5等分していく。
彼女の手によって、ミートパイが均等に5等分されていった。
「じゃあ、まずはシエフちゃんからね。はい、お皿」
「う、うむ……」
左斜め前の席に座っている、シエフと呼ばれた青く澄んだ髪の少女が、ぎこちなくキルシュさんへ皿を差し出した。
今、私と魔女ソーバ・ヘクセンは、長方形のテーブルの片側に並んで座っている。
そして向かい側には、シエフと赤髪の女――カノンと名乗った女が座っていた。
本当なら、この性格の歪んだ小娘の隣になど座りたくはない。
だが見知らぬ女の隣に座るよりは、まだマシだ。
ちなみにキルシュさんは、俗に言う主賓席に一人で座っている。
「ありがと。……はい、これね。じゃあ、次はソーちゃん!」
キルシュさんは、次々とミートパイを取り分けていく。
大人数での食事に慣れているようで、手馴れていた。
「ほら! 遠慮せずに食べて! 貴族様のお家で出てくるような豪華な食材は使ってないけど、味は負けてない自信はあるの! ……まぁ、貴族様の食事なんて食べたことはないんだけどね」
キルシュさんが少し舌を出して恥ずかしそうに笑う。
ひとまずは、食べよう。
この正面に座る2人の女性が気になるところではあるが、この食事会はキルシュさんが用意してくれた場だ。睨み合っているだけでは、招いてくれた彼女に失礼だ。
木製のフォークでミートパイを一口サイズに切り、口へと運ぶ。
……美味しい……!
お世辞抜きにしても、今まで食べたミートパイの中で一番美味しいかもしれない。
お肉の濃さ絶妙でパイ生地と一緒に食べることで、味の濃さが中和される為、食べ続けても飽きる気がしない。
酒場などで出てくるミートパイは、もっと中のお肉の味付けが濃い。それも悪くはないのだが、私としてはこのくらいの濃さが丁度良かった。
「なにこれ……! 美味しい!」
隣に座っているソーバも同じなようだ。
横に視線を向けると、物凄い勢いでミートパイを食べている。
彼女だけではない、正面に視線を向けると、向かい側に座っているシエフとカノン達までもが、笑みを浮かべながら食べていた。
「うまいのう!」
「ああ、美味しい……」
もう先程の殺気に満ちた空気はどこへやら。
キルシュさんの美味しいミートパイによって、幸福感漂う空気に早変わりだ。
「ふふっ、ありがと! 私の得意料理だから、褒めてくれると嬉しいわ! ちょっとお肉が高かったけど……奮発した甲斐があったわ!」
キルシュさんも皆の様子に喜んでいる。
「ほら! こっちのお芋とキノコで作ったパイも食べてみて! これも自信作なの!」
今度は別のパイを切り分ける。
こっちのも美味しそうだ。
「あと、こっちのサラダもおすすめ。 野菜は市場で買って来た物だけど、かかっているソースは私のオリジナルソースなの!」
皆、キルシュさんに進められるがままに、料理を皿にとっては口に運んでいく。
どれも美味しく、素晴らしい出来栄えだ。
キルシュさんが料理屋を開いた日には、お客さんで溢れかえってしまうのではないかと思えて仕方ない。
それほどに美味しかった。
……ああ、なんて最高のひと時なんだ……。キルシュさんと結婚すればこれが毎日食べられるというのか……
こんな料理を毎日食べられるというなら、毎日100人殺したって構わない。
いや、世界を滅ぼしてすべてを彼女に捧げたいくらいだ。
「いっぱい食べてね! まだお芋のスープもあるし、皆さんが持って来てくれたお酒やデザートもあるから!」
結局、私たち4人はいがみ合っていることも忘れて、キルシュさんと終始楽しく食事を続けた。
◇◇◇
「今日は来てくれてありがとう! これは皆さんへのお土産です」
わざわざキルシュさんがお店の外にまで来て、私たちを見送ってくれる。
しかも、小さくて可愛らしい花束のプレゼント付きだ。
流石、キルシュさんだ。最後まで抜け目がない。
「ありがとうございます」
皆それぞれ感謝の言葉を述べつつ、花束を受け取っていく。
「じゃあ、みんな気を付けて帰ってね!」
キルシュさんが胸の横で小さく手を振る。
私たちは、彼女との別れを惜しみつつも、同じ方向へと歩き出した。
別に帰る方向が同じというわけではない。
キルシュさんがプレゼントの準備をしている最中に、ソーバが『魔女の問いかけ』で脳内に直接伝えた場所へと向かっていたのだ。
しばらく、歩みを進めて人気のない場所まで来た。
ここは中央に小さな噴水がある広場で、日中はお店も並んでおり賑わっているが、夜は誰もいない静かな場所だった。
歩みを止めて、他の3人に話しかける。
「さて……二度手間で申し訳ないが、改めて自己紹介をしようか」
3人を見渡す。
皆の雰囲気は、先程のまでのような幸福感は全くなく、再び殺気が滲み出ていた。
「私は、ケリン・ハンカー。魔族で処刑人をしている」
隠していた二本の竜角を隠す為にかけていた魔法を解除する。
「ハンカー? まさか……あのケリン・ハンカーか?」
赤髪の女性――カノンが眉をひそめる。
どうやらこの女性は、私のことを知っているようだ。
「なんだ。知っているのか?」
「ああ、人間側の軍人でその名を知らぬ奴はいない。お前のせいで何人もの同胞が殺されているからな」
「それは何よりだ」
「ちっ! こんな奴と一緒に食事をするなんてな……私の汚点だよ」
「ははっ! いいじゃないか! 人生最高の瞬間と最悪の瞬間が同時に来るなんて滅多にないことだぞ? 喜ぶがいい」
「……この場で叩き斬ってやろう」
カノンが、虚空から直剣を取り出す。
やはり、軍人だけあって人間でも魔法は使えるようだ。
良い度胸じゃないか。
「ははっ! いいだろう。相手をしてやる」
こちらも大鎌を取り出す。
空気が張り詰め、静まり返る。
「……ねー? 自己紹介が先でしょー? ソーちゃんはー早く済ませたいんだけどー?」
「わらわもじゃ。もうお腹もいっぱで眠い」
「……」「……」
2人の少女の言葉に刃を引き、武器を虚空に戻した。
「じゃあ、次はソーちゃんね! 人間で魔女をやっているソーバ・ヘクセンよ! まだ魔女になったばかりの幼気な16歳だから、お手柔らかにね!」
ソーバが、ウインクをしながら目元でピースをする。
自分で幼気と言ってどうする。気持ち悪いぞ。
「わらわは、シエフ・トイシェン。狐の獣人じゃ。年齢は……言わんで良いか。ちょっとした商いをしている商人じゃ」
今度は、青く澄んだ髪色の少女――シエフが腰に手を当てながら挨拶した。
ソーバよりも外見は幼く見えるのだが、狐獣人ってことは見た目以上の年齢なのだろうな。
すると、ソーバが、シエフのことをじーっと見つめている。
「え、狐の獣人なの? じゃあ、お耳と尻尾は隠してるのー?」
「そうじゃ。この通りじゃよ」
シエフが指をパチン! と鳴らすと狐特有の耳とふさふさの尻尾が現れた。
私と同じように普段は隠していたようだ。
「ほんとだ! ねぇ! 尻尾触ってもいい?」
「ダメじゃ! この尻尾はキルシュにしか触らせん!」
シエフは、両手をにぎにぎするソーバから、尻尾庇うようにしながら後ずさりする。
残るは、赤髪の女性――カノンだけ。
「……カノン・シュラハだ。人類防衛軍に所属する軍人だ」
人類防衛軍。
至ってシンプルで頭の悪そうな名前ではあるが、れっきとした人間側の軍隊である。
人間と魔族が争っていた時代から存在しており、戦争になれば真っ先に出てくるだろう。
だが、今は多少小競り合いがあっても戦争には至っていない。
その為か、一部の軍人が市民に暴力的な態度を取っており、国民からは疎まれていると噂で聞いたことがある。
「ふっ……人類防衛軍か……笑えるな」
「……なんだと?」
「国民に嫌われている軍隊に所属しているとはな。貴様もさぞ嫌われているのだろうな?」
挑発にするように言う。
きっと気の短い軍人なら、これで再び刃を抜くだろう。
そうすれば、正当な理由でコイツを殺せる。
だが、カノンは予想とは違った態度をとった。
「……ふん。国民の感情など私には関係の無いこと。私の役目は戦争で戦うことだ。国民のご機嫌とりではない」
「これはこれは……とても軍人とは思えない発言だ」
「どうとでも言うが良い。私は世の中の平和などは、どうでもいい。私が欲しているのは闘争だ。平和な世などくだらん」
どうやら、戦うことが大好きらしい。
まぁそれも、軍人らしいと言えば、そうだろうな。
面白い奴だ。
「さあ、どうするんだ? お前の望んだ生温い自己紹介は済んだぞ? 早速始めるのか?」
「そうだな……私としては、そうしたいのが山々なんだがな……」
ソーバに視線を向ける。
彼女は、会話に飽きてたようで手鏡を見ながら、前髪を弄っていた。
「ん? あ、終わったのね。ちょっと待ってね~……これでよしっと」
私の視線に気づいたソーバは、手鏡で前髪を入念に確認すると、持っていた手鏡を虚空に放り投げてしまいこんだ。
そんな小物を虚空にしまう奴なんて初めて見た。
「それで。何かしら?」
「何かじゃないだろう。この後はどうするんだ? 私とお前の間にはキルシュさんのことで協定がある。だが、この2人とは無い」
それはつまり、殺し合いをしないという協定が適用されていないと言う事だ。
だから、こちらから殺すことも可能ではあるのだが……。
「そうね~……でも、キルシュちゃんが悲しむのは間違いないわよ?」
そうなのだ。この2人もキルシュさんとは、既に知り合ってしまっており、食事まで誘われる仲になってしまっている。
となれば、この2人が死ぬとキルシュさんが悲しんでしまうのだ。
すると、カノンは胸の前で腕を組みながら質問する。
「おい。キルシュに関する協定とはなんだ?」
「そうじゃ。わらわにも説明せい」
「そうね。あなた達にも説明しといた方がいいわね。その前に改めて確認するけど……2人もキルシュちゃんが好きって事でいいわよね……?」
「ああ、そうじゃ。愛しておる」
「……」
ソーバの問いにシエフは、恥ずかがることはせずに胸を張って堂々と答えた。
しかし、カノンは、顔を赤く染め視線を逸らすだけで、何も言わない。
意外と初心らしい。
やはり、私と同じように戦いや殺しに明け暮れていると、恋愛になど興味を持たないのだろう。
「ねぇ、そこの軍人さんはどうなの? ハッキリと意思表示してもらわないとわからないんだけど……?」
「くっ……」
カノンがぐっと唇を噛む。
この女からすれば、自分の恋心を打ち明けるなど屈辱なのだろうな。
だが、意思表示はしっかりしないと恋愛では遅れをとるぞ?
「……ああ、そうだ」
カノンが顔を赤らめて、諦めたように告白する。
「私は、キルシュに惚れている。彼女無しではもう生きていけないくらいにな……」
「アハハッ! 最高ね! お堅い軍人が顔を赤く染めながら愛の告白をするなんて……ソーちゃん、濡れちゃいそう……!」
カノンの告白に、ソーバが頬に手を当てて、恍惚とした表情を浮かべている。
新しいおもちゃを見つけたといった感じだ。
そんなソーバに、カノンが眉をひそめる。
「……この卑しい魔女が……今すぐにでもその首を跳ね飛すぞ……」
それには強く同意する。
協定が無ければ私もそうしているからな。
「きゃー! 怖い! でも、ありがと。これでここに居る4人全員がキルシュちゃんのことを愛していることが、明確になったわ。それじゃあ、あなた達にもソーちゃんとこの処刑人が結んだ協定について、教えてあげるわ……」
ソーバは、2人にも協定について説明した。




