満ちていないのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第25弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「傍に居ていいのは、君のほう。」の後の話です。
「………………」
いない。
ぼんやりしたまま数度、瞬き。
――夢?
(めちゃくちゃ寝たなぁ……)
気を張っていたせいかな……。
と、そこまで思考してから、ハッとした。
完全に覚醒して、ベッドを降りて居間に急ぐ。
「おはよう!」
扉の向こうでは、小さく苦笑したノインがいた。
「おはようございます」
あれ?
(ふつう、だ)
お茶を飲んでのんびりしている。
まさか。
(やっぱり夢だったのかな!?)
とんでもない!
ベッドに引きずり込む夢なんてものをみるとは!
蹲っていると、ふふっと小さな笑い声が聞こえた。
「おなかでも空いてますか?」
「え? あ、うん」
「顔を洗って支度してきてください。用意します」
椅子から立ち上がって、ノインが台所に向かった。
視線で追いつつ。
(…………ん?)
あ。
(ま、また!)
朝食を先に作られている!
*
「今日は討伐じゃないよね?」
「今日は休みです」
え?
「緊急討伐が入りましたから」
…………。
オルガは朝食を食べ終えてからのんびりお茶を飲んでいたが、「ん?」と小さく声を洩らす。
「やっぱり夢じゃない!?」
「ゆめ?」
「き、昨日、一緒に寝たよね?」
「……はい。一緒に眠りましたよ」
平然としてる!
オルガはうかがった。
「怪我、大丈夫?」
「昨日の今日ですから。
大丈夫です」
微笑まれて、ほっと胸を撫で下ろす。
…………いや、そうじゃない。
「ごめん! 安心して寝坊しちゃった……!」
「…………そ、うですか」
さっさと起きてあれこれしようと考えてたのに!
ハッとして、恐る恐るノインを見つめる。
「まさか……水汲み終わってる……?」
「はい。暇だったので」
ひま!?
「怪我人なんだから別にしなくていいってば!」
「水汲みくらい平気です」
「いやいやいや!」
そんなわけない!
「今日くらいは安静にしてて」
「……落ち着かないので」
やんわりと言ってくるが。
(……んん?)
なんだろう、この違和感は。
「ノイン」
「はい」
「次の討伐は? 明日は?」
「討伐は明後日。明日はふつうに仕事です」
ま、またある……!
「致命傷ではないので、そんなに心配はいりません」
「包帯、新しいのにしたほうがいいよね」
「もう交換はしました」
なんだって!
(やっぱり変)
落ち着いているし、大人しいけど。
「これからは一緒のベッド使うよね?」
「…………」
あ、視線逸らした。
「それは……」
「嫌なの?」
「嫌ではなく……狭いじゃないですか」
確かに狭いけど。
(一人用なんだから狭いに決まってるし)
「君には窮屈ですから」
「……一緒がいい」
「…………」
見張ってないと、また睡眠時間を削りそう。
(私と一緒に眠れば、ノインも強制的に眠ることになるんだし)
それが一番いいはず。
やがて、溜息をつかれた。
「危険なので」
またあ!?
「危険じゃないって!」
「君ではなく、俺が」
「一緒に寝るだけでしょ?」
「………………練習では、終われません」
「…………」
つまり。
(私の知らない、最後まで、っていうのをしそうってこと!?)
気になる……。
ノインが目を細めた。
「わくわくした瞳をしないでください」
「……もしかして、また気絶するかもしれないって心配してるの?」
待ち受けていることが、そもそもわからないのだ。
(警戒するだけ意味ないし)
それに、自分は気絶を克服した。
フ。やれないことはない!
「じゃあ私がそこの簡易ベッドで一緒に寝る」
「…………ダメです」
「じゃあ寝室で一緒に寝よう?」
「…………」
すごい渋ってる……。
完全な拒絶というわけではない。
「君と手を繋いだり」
「……?」
「抱きしめ合ったり。軽いキスをしたり。それだけでは俺は満足できないんです」
「……え? 知ってるよ?」
毎回キス長いし、深いし。
魔物討伐が入ると顕著になる。
今さらだと思うけど?
「少しは警戒してください」
「? なんで?」
「…………君が眠ってる間に俺がなにかするかもとは、思わないんですか?」
「ん? べつにしてもいいよ」
あっさりと言うと、ノインが大きく息を吐いた。
「オルガ……」
「だってノインは、なにかする時に私に訊くし」
あ、でも一回、昼に押し倒された時はそれを忘れてたっぽいんだよね。
(ああいうのがあるから、危険だとか言ってるのかな)
うーん。
「あっ」
もしかして!
「わ、私がノインになるかするって思ってる!?」
バレてないよね!? キスしたの!
そわそわして目を泳がせていると、ノインが呆れている。
「しないって! あ、で、でも、だ、抱き着きたい……のは、許して欲しいかな」
「……はい?」
「傍にいるとしがみつくことだってあるでしょ? 寝ぼけてやっちゃうかもしれないし!」
眠っている間の自分がなにをしているかなんて、わかるわけない。
(さ、さすがにノインみたいなキスはできないけど、ほぼ無意識にやっちゃったから、なにもしないとか言えない……!)
自分が一番信用できないと気づいてしまった。
なんてこった。
「ノインより私の方が危険かも」
「なにを言って……」
「変なことしても許して! 寝相悪くて蹴っちゃうかもしれないけど!」
「オルガ」
「そ、そうだ! ノインがやってる練習みたいな感じで! 一緒に眠る練習! ノインが苦手なら、練習しよう!?」
「……あの」
「ひ、一人はさびしいよ」
小さく言うと、ノインが固まってしまう。
(だって体を拭いたら出て行っちゃって、そのまま居間で寝ちゃうし)
お風呂でなにをしていてもいいけど、戻ってきて欲しい。
(…………子どもみたい)
ノインがやっと動いて、「わかりました」と低く言う。
「一緒に、眠ります」
「ほんと!?」
「……はい。頑張ります」
なんで笑顔が引きつってるんだろ……。
*
「よし来い!」
「…………」
はあ、と小さく息を吐かれる。
風呂場から戻ってきたノインが、大きく肩を落としている。
(あれ?)
さっきと格好が違う。
上は長袖のシャツを着てるし、紐で縛るタイプのズボンも穿いてる……。
(すっごいきっちりした格好してる……。寝る時はこんな格好なのかな?)
自分なんて、肌着一枚なのに……。
「……隅のほうで寝ますから」
「くっついて寝ようよ」
「悪魔みたいなこと言いますね」
あくま?
オルガは首を傾げてしまう。
「とりあえず、その、両手を広げるのやめてください」
「なんで?」
「ちゃんと大人しくしてください……」
なんか疲れてる……。
「逃げない?」
「逃げません」
「隙を見て居間のベッドに行かない?」
「片づけたのを確認したのでは?」
「したけど、今日は起きたらノインがいなかったから……」
「う」
言葉を詰まらせてから、ノインは息を吐く。
「そういうことは、今後もあります」
「明日は?」
「……あし、たは」
「早起きして水汲み終わらせようとしたり、朝ごはん作ろうとしない?」
「…………しません」
なら、いいか。
(まだ怪我してるんだし、ちゃんと寝て欲しいし)
両手を降ろしたが、ノインが入口のところから動かない。
まるでこれは。
(最初の時みたい)
いま思えば、あの時の自分は無鉄砲すぎた。
あれからもう一ヵ月か……。
「……早く寝ようよ」
「…………はい」
諦めたのか、やっと近づいて来た。
(なんでそんなに渋るのかなぁ……。練習の時は元気なのに)
一緒に眠るくらいで。
やれやれという様子で布団に入って、こちらに背中を向けてしまう。
(ええ?)
なんで?
ちょっと……。
(ショック……かも)
「ち、違います」
慌てたような声が聞こえ、ノインが向きを変える。
「泣かないでください。打撲のところが痛いから、です」
「……泣いてない」
「涙浮かべてなに言ってるんですか」
え?
「……ホントだ」
ごしごしと瞼を擦る。
そんなにショックを受けてたなんて。
(お、おかしいな……こんなに泣き虫じゃなかったんだけど)
むしろ、滅多に泣くことはなかったのに。
「不用意に触れると」
「…………ごめん」
考え無しだ。ずっと。
でも。
一ヵ月前は、そのおかげできっかけができた。
ここで一緒に過ごすことになるきっかけの出来事。
(前は、こんなのじゃなかったのに)
村の中だったから?
「くっついて寝るんですよね」
「……う、動かないようにするから」
やさしい。
抱きしめられると、安心する。
(支えられるように、なるのかな……?)
世の中の奥さんって、すごいなぁ。
(こんなので、本当の)
彼のお嫁さんになれるのかな。
自信がない。
(ずっと)
ずっと。
(私でいいのかなって思ってる、なぁ)
うとうとしてきて、オルガは瞼を閉じた。
だめだめ。
気弱はダメだ。
***
バチッ、と瞼を開ける。
(うっ?)
王都に来てからは、寝起きは悪いほうなのに。
驚いて数秒固まったけど、なんだか納得した。
(そっか、緊張してたのかな)
はーっと息を吐いて、すり寄る。
「……起きましたか?」
「? おは」
よう、と言いたかったけど。
「えええっ!? の、ノイン?」
すごく疲れてる!
「げ、げっそりしてる! なにかあったの!?」
「……問題ありません」
こ、声に力が入ってない!
「ご、ごめん! やっぱり寝相悪かった!?」
「……それはべつにいいんですけど」
半笑いしてる! めずらしい!
「褒めてください」
「? ほめる?」
「はい」
よ、よくわからないけど……。
「え、えらい!」
「…………」
「すごい! よくやった!?」
「……お願いがあります」
「なに?」
「…………怪我が治るまで練習も、触れるのも、休みます」
そう言われて。
オルガは腕に力を込めた。
「っ!」
「え?」
あ。
抱きついてた!
「ご! ごめん! 怪我のところ!」
力を込めて触ってた!
慌てて少し離れると、ノインが引きつった笑いを浮かべた。
「大丈夫……です」
「ぜんぜん大丈夫じゃない顔してる!」
もしかして夜の間、ずっと私、抱きしめてた!?
起き上がって怪我をみようとするけど、ノインが動かない。
「? ど、どうしたの?」
「いえ……動かないように細心の注意を払っていたので、腕が痺れました」
「怪我もしてるのに、我慢しないでよ!」
ああっ、でもそれ。
(私のせいだ!)
ふ、と小さくノインが笑った。
「動けなくて良かったです」
「ええっ!?」
「…………危なかった。止まれそうになかった……」
なんかちっちゃく言ってるけど、よく聞こえない。
「包帯、巻き直そう? 確か寝室にもあるって……」
「自分でやるので、シャツを捲らないでください」
「わああ! 包帯がすごいずれてる!」
「……さ、触らないでください……」
「えっ、あっ、くすぐったかった?」
「……君は」
突然、ノインが笑い始める。
ちいさく、笑い声を、たてて。
「どうしてそんなにかわいいんですかね」
「…………」
思うんだけど。
(やっぱりノインって、変わってる……)
笑うと痛いのか、変なふうに身をよじらせてる。
「ふふ……っ、つぅ、はぁ……。それで?」
「ん?」
「朝に俺が傍にいて、どうですか?」
「………………」
……そ、うだ。
頬が、熱くなった。
「なんで顔を隠すんですか?」
「う……。え、っと」
なんで。
(なにもされてないのに……恥ずかしい……)
カーテンの隙間から入ってきている朝の光を、やたらと、まぶしく感じてしまう。
みえて、ほしくない。
(……?)
なんで、そう思ったのかわからない、けど。
「……う、嬉しいよ?」
「へえ」
……そっちのほうが、嬉しそうな顔してる……のに……。
指の隙間から見て、むっとしてしまう。
だけど。
(心臓が、鳴ってる……)
とても、うるさい。
***
幸せいっぱいな気がしていた。
だけど。
しとしとと雨が薄く降る。
打撲の痛みに耐えつつ、魔物討伐要請にも応じていたノインは……宣言通りにオルガに一切触れなかった。
もう、かれこれ一週間ほど。
(雨……)
窓の外を眺める。
灰色の雲が一面に占め、オルガはそれを瞳に映した。
なにも変わってない。
なにも。
(ただ)
ノインが私に触れなくなっただけで。
彼はなにも変わってない。
(……そうだよ)
笑顔で話をしてくれる。
穏やかに微笑んでくれる。
やさしい声で会話をしてくれる。
物足りないと感じているのは……自分だけ。
(……ダメだよ)
欲張ったって、ろくなことにならない。
昔話に多いでしょう?
(欲深い人は痛い目に遭う)
なにか欲しがったことも、ない。
なにかを特別にしたことも、ない。
みんなと同じ基準であれば。
(…………そうすれば)
でも。
支給されているノインのシャツのほつれた部分を繕っていた手を止める。
「……………………」
婚姻誓約書の、「こ」の字も話題に出ない。
まだ半年先だけど。
気絶しなくなったし、同じ寝台を使うようになったのに。
まだ。
「……足りないってことかな」
気持ちが?
それとも。
変化のない日々に不満があるわけじゃない。
穏やかな――。
「めでたし、めでたし……」
そのはずなのに。
「…………欲しい」
安楽な幸福よりも。
たったひとり。
でも。
「………………」
自信も、自分はなにもかも、持っていない。
あるとすれば……。
自分の手元を見る。
有るのは――――。
*****
或日。
「女の子に誘われちゃうとついね」
「……最低だな」
コニーの言葉に、ジョスが返す。
報告書を書いていたノインは当然、二人を無視した。
「あれで我慢できる男はいないね」
「ほんとおまえ、痛い目見るぞ」
「おまえたち、巡回の報告書はどうした?」
微笑みを浮かべた小隊長の声かけに、ノインだけはさっと報告書を出した。
「相変わらずはえぇ」
「辛抱できないんだよ」
「早く出せ」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




