暗黒田中「解き放て!!」教師「うわぁぁ!!なんか出たぁ!!」
これは、田中ケンジが異世界にアルバイトのために連れて行かれた後のお話し。
『3年1組の田中君、田中君。至急異世界まで来てください』
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……おかしい。
あの冴えないオッサンは「三分」と言ったはずだ。
だが、教室の時計の針は、無慈悲にも五分を刻んでいる。
ケンジが、あのカスカスな魔法陣に吸い込まれてから、だ。
「……先生、三分、もう経ったんですけど」
俺は田中コウジ。
選ばれし田中、勇者田中、神の子田中。
好きなように呼んでもらっても構わないが、周りからはコウジと呼ばれている。
田中がこのクラスに二人いるせいだ。
暗黒田中なんて呼び方をするやつもいるが、それはやめてほしい。俺は光側の人間なはずだ。
俺が静かに指摘すると、椅子の上で正座待機していた先生がビクッと震えた。
「そ、そうだな……おかしいな……。異世界の三分は、日本の五分だった、とか……?」
もはや時差の概念すらバグり始めた先生の言い訳は聞く価値もない。
それより問題は、なぜ俺ではなく、あいつが選ばれたのかだ。
先ほどのオッサンの「うるさそうだから不採用」という言葉が、俺の魂に突き刺さっている。
そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、緊張感が切れたクラスメイトの一人が、俺の背中を突っついた。
「ていうかさ、暗黒田中」
「神の子がいい」
「どっちでもいいけど。お前、いつも『右手がうずく』って言ってたじゃん。さっき、オッサンに『左手の力』って言われてなかった?」
……ハッ!?
そうだ。あのオッサン、確かに「左手」と言っていた。
俺が今まで封印の対象としてきたのは、この『黒龍』を宿した右手……!!
「コウジー、それ右じゃん」
「逆だぞー」
クラスメイトたちの無邪気な指摘。
フッ……フフフ……。
なるほどなるほど。
俺は、とんでもない愚かな間違いを犯していたのだな。
「……よし」
俺はゆっくりと立ち上がり、右手を抑えるのをやめた。
「俺の真の力は、こっちにあったようだ」
俺は、今までまったくノーマークだった「左手」を、天に向かってゆっくりと掲げた。
封印されし力よ。
今こそ、その真価を見せる時だ!!
「見せてやろう……!! 俺の真の力を!!」
「お、おい、田中? ? テスト中だぞ。座れ」
先生の制止など、今の俺には届かない。
「解き放て!!!!」
俺がそう叫んだ瞬間。
ピシッ、と音がした。
「うわああああ!!なんか出たぁああああ!!」
教師が椅子から転げ落ち、絶叫した。
ケンジが消えていった、あの魔法陣のようなものが、真紅の輝きをもって宙に浮かんだのだ。
いや、それだけではない。
教室の床、壁、天井! あらゆる場所に、魔法ギラギラと光る幾何学模様が走り始めた!!
「え、マジ!?」
「床、光ってね??」
「やばいやばいやばい!!」
クラスメイトが絶句し、スマホで撮影しようとする。
「すげえ……! 俺、すげええええ!!」
テンションが最高潮に達する。
そうだ、これだ! ! これが俺の真の力!!
「うるさそう」で不採用? ? 笑わせるな!!
俺は真に選ばれた人間なのだ!!
光はさらに強まり、教室が揺れ始めた。
ああ、感じるぞ。
この光の先、時空の向こう側。
今まさに、絶望しているであろう、もう一人の田中の気配が手に取るようにわかる!!
「待っていろ、ケンジ!! 今、俺が――」
俺は左手を、光の中心に突き出した。
「お前の元へ、行ってやる!!」
次の瞬間、俺たちの教室は、テスト用紙もろとも、まばゆい光に包まれた。
光が収まった時、辺りを見渡すと、まず目に入ったのは教師とクラスメイトたちだった。
フッ。俺の力が強すぎたせいで、全員で異世界へ来てしまったようだ。
「おいおいおいおい……マジかよ」
次第に慌て出すクラスメイト達。
そんな俺たちが立っていたのは、薄暗く、やたらと埃っぽい……だだっ広い倉庫だった。
棚には「魔剣(レプリカ・練習用)」やら「呪いの仮面」なんて書かれた箱が山積みになっている。
これが、魔王城……なのか……?
そして、その倉庫の片隅。
山積みの木箱に力なくもたれかかり、乾いた雑巾みたいになっている男がいた。
「…………」
俺たちのクラスメイト、田中ケンジだ。
明らかにやつれている。げっそりしている。
あの冴えないスーツのオッサンも、隣で死んだ魚の目をしていた。
「あ……」
オッサンが俺たちに気づき、持っていたバインダーを落とした。
「ま、マズい……廉価版魔法陣の暴走……?? 一気に30人以上転送なんて……予算が、予算が……!!」
「違う!! これが俺の真の実力だ!!」
そう言った俺は、やつれた友の元へ、ゆっくりと歩み寄った。
「ケンジ!」
ケンジが、ホコリまみれの顔をゆっくりと上げた。
俺の顔を認識し、次いで俺の後ろにいるクラス全員、そして担任教師が「テスト……答案……」と呟いているのを認識し、その目がカッと見開かれた。
「え? なんで??」
ケンジの驚いた声が響く。
フッ……。愚かな問いだ。
俺は、左手で、そっとケンジの肩を掴んだ。
「俺と、お前の仲じゃないか」
「いや、やめて?? 親友ムーブかまさないで??」
ケンジが、心の底から嫌そうな顔で俺の手を振り払おうとする。
「ていうか、待って。ダメだ、お前ら!! 今すぐ帰れ!!」
「何を言っているんだケンジ!! 助けに来たんだ!!」
慌てるケンジの肩をガシリと掴み、そのままオッサンの方へ振り返った。
「貴様!! もうすでに約束の時間はすぎているぞ!! 三分と言ったはずだ!」
「いや、あの。予想よりも仕事の進みが悪くて……」
「言い訳は聞かぬ! 今すぐケンジを解放しろ!!」
俺は勇者のように叫んだ。
クラスの女子が「え、ちょっとカッコいいかも……」と呟いたのが聞こえた。
フッ。俺に惚れるとは、センスがいいな。
更にオッサンへ言い添えようとしたその時、倉庫の奥の扉がギィ、と開き、眠そうな声がした。
「うわ、バイトさん達増えたの?? どうしよう、賄い足りないや」
現れたのは、立派な角を生やし、なぜかスウェット姿のイケメン。
「誰だ貴様!!」
俺の勇気ある問いに、イケメンは「魔王だけど?? 気軽にマオくんって呼んで!!」と言い出した。
そんな魔王の手には、やけに豪華な銀の皿があった。
そして、その皿の上には……
ウゴウゴと蠢く、ピンク色の半透明な何かが乗っていた。
「足りないかもだけど、クラーケンのカルパッチョ。食べる?」
……俺は、田中コウジ。左手に力を宿す者。
だが、目の前の「賄い」を認識した瞬間、俺は流石に絶句した。
「……ヒッ」
隣から、ケンジの引き攣った声が聞こえる。
乾いた笑いを浮かべながら、ケンジが俺にだけ聞こえるように囁いた。
「……あれのせいでさ……夢見が悪くてさ……仕事、進まなくて」
なるほど。精神攻撃か。
そんな俺たちのやりとりを知らずに、魔王が皿をこちらに差し出してきた。
「さ、遠慮なく!!」
クラス全員の顔が青ざめた。
その瞬間だった。
「先生!」
クラス委員長が叫ぶ。
「クラス全員、二列に整列!! 持ち場を決めるぞ!!」
「「「は、はい!!」」」
俺たちの担任が叫んだ。
「やるぞ。即効で終わらせるぞ!! 内申にも含めてやる!!」
「「「オオオオオ!!!!」」」
そして俺は、左手を天に突き上げた。
「あんなもの食べさせられる前に、全力で終わらせるぞ!!」
この日、クラス全員がひとつになった。
分担、協力、統率。
誰もが休まずに働き、驚くべき速度で棚卸しは終わったのだ。
「え、もう終わり?? カルパッチョ……」
と残念そうな魔王と、号泣して感謝するオッサンに見送られ、俺たちは俺が出した光の中に飛び込んだ。
「……帰ってきたぞ!!」
「コウジ!!お前カッケェな!!」
「ケンジくん、大丈夫??」
クラスの全員が思い思いを口にだし、俺を褒め称えたり、ケンジを介抱したりしていた。
一番褒められていたのは委員長だったが、今回はそこに異論を挟むつもりはない。
うん。ほんと。指示いっぱい出してくれて、ありがとう委員長。
そんな一幕を終えると、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
チャイムを聞き終え、全員でやり切った顔を見合わせていると、教師がおもむろに口を開いた。
「……まあ、あれだ。……一応、全員テストやり直しな」
「「「「免除しろよ!!!!」」」」
クラス全員の声が一つになった。
こうして、束の間の異世界体験は終わった。
この後、俺、田中コウジと田中ケンジは、W田中としてクラスではやや人気になったのは、また別の話しだ。
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連載では異世界探偵×恋愛を書いています↓
興信所の者ですが!!〜事件を解決するたびに、仏頂面の狼獣人副隊長の尻尾が揺れるんですけど!?〜
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
皆様、良い一日を!!




