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性悪男と人の不幸は薬の味

掲載日:2025/09/27

 日の差し込まない路地裏に、灰色のマスクで口元を隠した、キツネ目の男が露店を構えている。露店といっても立派なものではない。簡素なテーブルの上に安っぽい小さな水晶玉。テーブルの隅には、ガムテープで張り付けられた一枚のコピー用紙が春風に揺れていた。そこには、黒の太いマジックで『占いやってます(無料)』と殴り書きされている。

 ここは占い屋であり、男の復讐の舞台だった。

 

「さて、今日の薬はまだか」

 

 パイプ椅子に腰かける黒ジャージの男は、マスクの下に卑劣な笑みを隠し獲物を待っていた。長身で細身の男は、マスク越しでも顔色が悪いと分かるほど不健康そうだ。その呟きからも、関わってはならない種類の人間だと分かるだろう。

 ところが意外にも、その正体は市役所勤務の公務員であった。名を『ウエダ』という。

 もちろん彼は占いを生業としているのではない。日頃は公務員として働き、毎週日曜日にあくまでも趣味としてこの怪しい占い屋を無料で開いているのだ。公務員である以上、副業は行えない。

 水晶玉は近所の骨董品店で投げ売りされていたものであり、占いの知識なんて本を一冊かじった程度。そんなずぶの素人の占いなど、当たるはずもないだろう。だが、占い結果がハズレたとしてもウエダにはまったく問題がない。いや、むしろハズレて欲しいと強く願っていた。


「先週の客は三人だったか」


 不審な人物の安っぽい占い屋になど、普通の人間は近寄りがたいだろう。良識のある子連れなら「見ちゃいけません!」と母親が子供の目を覆うレベルだ。もちろん客足はほとんどない。そもそも、この路地裏にやってくる人間も稀なのである。だが、それでいいのだ。普通の人間お断り。これこそが、ウエダの狙いだった。


「ええと、先週は……宝くじを当てたいアホ男。マッチングアプリで騙されてそうなオバサン。資格試験に落ちそうなマヌケ男子大学生か」


 ――どいつもこいつもクズばっかりだったなあ!

 満足そうに何度も首を縦に振っているウエダ。そう、こんな路地裏で占いをしたいと申し出る酔狂な人間は、ろくでもない奴らなのだ。例え占いが無料だったとしてもである。そんな客に、ウエダは無責任な助言をするのである。……普通はやらない。だがウエダはやる。しかも全力で。


「宝くじ、買っておいたほうがいいですよ。数字?あなたの生年月日と……車のナンバーがいいですね!六個か七個の数字、どっちがいいかって?七個の方がいいんじゃないですか?どうせなら」

「結婚するべきかどうか悩んいると。ほう、すごく優しくて大金持ちな彼氏。マッチングアプリで出会って一目惚れされた?……あなたが?……いやいや、いいですね!絶対結婚した方がいいですよ!今すぐに!」

「資格試験に落ちそう?絶対取らないといけないのに、野球に夢中で忘れていた、と。……マークシートだからワンチャンある?はあ、なら迷ったら二番を選ぶといいですよ。ええ、あなたの背番号と同じですね!偶然だぞ!」


 先週のウエダは、初めてやってきた客にそう告げていた。胡散臭いと無視されれば、それで構わない。だが、真面目に助言に従ってしまった人間の末路を――不幸になった奴らを思えば、自然と笑みが零れてくる。そう、ウエダは性格が悪かった。占いに性格診断があるならば、『性悪』という評価が下されるに違いない。下されなければ、その占い師は偽物だ。

 

 性悪なウエダが占い屋を開く目的は――日々のストレス発散だった。

 

 市役所で市民から苦情を受け付けているウエダ。元々治安の悪い地域であり、苦情の電話が鳴り止むことはない。謝ってばかりの仕事で、ウエダは強いストレスを抱えていたのである。最近は胃が痛みだし、これ以上悪化すれば病院の受診を考えているほどだ。そんなウエダは、市民に仕返しとして嫌がらせをしようと考えていた。そして考え付いたのが、占い屋なのである。


 ――趣味で始めた占い屋が、彼の復讐の舞台なのだ。


「あいつらどうなったかなあ~もう一回来てくれないかなあ~」

 

 できれば、文句を言いに来て欲しい。できれば、激昂しながら来て欲しい。お前の占いのせいで、不幸になったのだと。そして、顔をゆでだこのように真っ赤にさせた客へ言ってやるのだ。


「あくまでも占いですから。責任なんて私にはありませんよ。だって、タダですし」


 ああ、こう言ってやればどれだけストレス解消になるだろう。溜まり溜まって、頑固な汚れのように固まった心のストレスを、他人の不幸という強力な薬で溶かして洗い流したい。無料であることを盾にして、占いの助言には何の責任も負わないスタイルを貫くのだ。

 ストレス解消のため、胃薬代わりの来客を待ち望むウエダ。だから、ウエダはこう呟くのだ。


「薬はまだかなあ?」

 

 そしてついに薬がやってきた。

 息を切らしてやってきた男。興奮で顔をゆでだこのように真っ赤にしている。来たぞ!ウエダは皮肉を込めて大げさに男に言った。


「おやおや、そんなに焦ってどうしましたか?」


 すると男は、ウエダに向かって唾を飛ばしながら大声を発したのである。


「占い師さん!あなたの占い通りに宝くじを買ったら、億万長者になれたんですよ!ああ、本当に感謝してもしきれません!」

「……はい?」

 

 いくらかお礼を払うという男に、ウエダは顔を引きつらせて断った。公務員のウエダは副業でお金を貰う訳にはいかない。

 興奮冷めやらぬ男に冷たい疑いの眼差しを向けていると、派手なメイクをした年増な女が、こちらも顔を真っ赤にさせてやってきた。

 

「彼に結婚したいと勇気を振り絞ったの!そうしたらね、信じられないの!まさか本当に結婚することになったなんて!若くてイケメンで優しくて大企業の社長で太っ腹で高収入で大金持ちで!私が玉の輿に乗れるなんて!」

 

 やたらと金に関する項目が多かった気がするが。まさか、詐欺じゃなくて純愛だったとは。こんなどこにでもいるようなオバサンを好きになる物好きな社長もいるのか……。主人の財布を持ってきたからお礼をしますよと言われたが、もちろんウエダは断った。

 

「聞いてくださいよ!自分でも信じられないんですけど、試験受かったんすよ!分からないところは占い師さんに言われたとおり、全部二番にしたんです!そしたらまさかの大当たり!正解が二番に偏ってたみたいで、難関資格なのに一発合格っすよ!」

 

 そう顔を紅潮させているのは先週の大学生だ。「開運グッズとかないっすか!?壺でも何でも買いますよ!」そんなものはないのでもちろんウエダは断った。


 ――どうして客が幸福になってるんだ!?

 

 おかしい。自分の占いなど、当たるはずがない。むしろ、不幸になってくれと願った占い結果なのである。

 そんな様子を見た路地裏の人々が、無料ならば自分も占ってほしいとやってきた。そんな客に対し、ウエダは悪意全開で滅茶苦茶な助言を与えていく。これなら確実に不幸になる――そう、呪いのような願いを込めて。その結果は――


「競馬で大儲けしました!」「彼女と付き合うことになりました!」「懸賞に当たりました!」「転職で年収倍になりました!」「かけっこで一番になれたぜ!」


 ――お前たちの幸せ報告は要らないんだよ!

 

 客を騙し不幸に陥れたいのに、なぜか客は幸運になっていく。日頃のストレスを客にぶつけてやりたいからこんな面倒くさいことをしているのに、これでは益々自分のストレスが溜まるばかりだ。胃もそろそろまずいですよと危険信号をウエダに伝えていた。

 人の不幸は蜜の味。いや、人の不幸は薬の味のはずなのに。このままでは、人の幸運は鉄の味である。悔しくて唇が切れ、血が滲んでしまっていたのだ。

 ちなみに、自分で占って宝くじを買ってみても、結果は見事にハズレであった。どうして俺は当たらないんだと嘆くウエダ。

 ウエダの心労は募るばかり。このままでは、彼の胃がもたない!

 

 

 占いの噂を聞きつけ、占い屋が繁盛してしまった頃。ウエダはとある良案を閃いた。

 

「俺の悪意にまみれた助言は、人を幸福にしてしまうらしい。なら、善意に溢れた助言ならば、人を不幸にできるんじゃないか」

 

 逆転の発想である。客の相談に親身に寄り添い、考え抜いた助言を行う。悪意などカケラもない、善意からの発言だ。これならば、逆に客を不幸に陥れることができるのではないかと。だが、代償は大きい。心の底から他人の幸福を祈るなど、性悪のウエダにとっては拷問に等しい行いだった。


「株を買いたい?いいでしょう。この銘柄なんておすすめですよ。あなたに幸せが訪れますように」

 

 キツネ目を更に細く、満面の笑みをマスクの下に浮かべるウエダ。――胃が荒れる!視界が回る!手が震える!ストレスが溜まって仕方がない!……でも、これでこいつらが不幸になるのならば、最高だ!

 するとどうだろうか。翌週、ウエダの占いは目論見通りに、ハズレにハズレたのである。


 ――よっしゃあ!よく痛みに耐えて頑張った!感動した!

 

 茹で上がったタコのような顔色で苦情を言いに来た客へ、「あくまでも占いですから。責任なんて私にはありませんよ。だって、タダですし」とほくそ笑む。言えた!やっと言えた!とウエダの心の中はお祭り騒ぎだ。

 

「この占いは嘘っぱちだ!」

 

 そう叫ぶ自営業の男。先週株を購入したあの男である。どうやら大損してしまったらしい。


「恋人に振られました!」「単位を落とした!」「新商品が大コケした!」「おもちゃが壊れた!」

 

 ウエダへ口々に罵詈雑言を浴びせる客たち。


 そんなゆでだこを前にして、ウエダは至福の時を過ごしていた。

 

 ――ああ、最高だ!これを待ってたんだ!

 

 ここにビールがあれば一気に飲み干せそうである。つまみはもちろんゆでだこだ。

 ストレスがすっと消えていく感覚。キリキリ痛んでいた胃もスッキリだ。

 ウエダに文句を言い飽きたのか、大勢いた客も去ってしまった。あれだけ騒がしかった裏路地が、以前のような静寂に包まれる。

 

 ――ざまあみろ!お前らには不幸がお似合いなんだよ!

 

 これから来た新規の客には、親身に対応してどんどん不幸になってもらおうじゃないか!

 

 

 翌週、いつもの通りウエダがストレスを発散しに裏路地へやってきた。占い屋を開こうとすると、数人の客が待ち構えているではないか。先週文句を言っていた顔ぶれだ。

 

 ――おやおや、また文句か?懲りないやつらだ。

 

 にんまりと悪い笑みを浮かべて、ウエダが嫌味を言ってやろうと口を開いた時だった。

 

「占い師さん!先週は本当に申し訳ございませんでした!」

「は?」

 

 なんと待ち構えていた客が、次から次へと頭を下げたのである。

 

「あの後、株が急騰したんですよ!」

「急に彼氏がよりを戻したいって謝ってきたんです!」

「問題の出題ミスがあって、単位がもらえたんだ!」

「全然売れなかった新商品がユーチューバーに宣伝されて大人気に!」

「新しいおもちゃ買ってもらえた!」


 あれよあれよと成功体験を語ってくるではないか――幸せそうな笑みを浮かべて。

 

 ――どういうことだ!?客に善意で応対すれば、不幸になるんじゃなかったのか!……まさか、俺がこいつらの不幸をあざ笑ったからなのか!?

 

 ウエダが悪意をにじませた途端、客が幸せになっていくとでもいうのだろうか。ならば、客の不幸のためには、親身になって相談に乗り幸運を祈り続けるしかないのか。

 そんなこと、性悪なウエダには到底不可能だった。少し試したときでさえ、翌日寝込むほど体調が悪化したというのに。

 客の幸せそうな笑顔と裏腹に、ウエダの胃はキリキリと悲鳴を上げ始めた。


 ――またこいつらだけ幸せになりやがって!

 

 騒ぎに見物人が集まり始め、占って欲しいと波のように押し寄せてきた。

 

「私も占ってください!タダなんでしょ!?」

「いや、金を払うから俺から占ってくれ!」


 先週の静寂は嘘のように、騒ぎになり始めた路地裏。ウエダはパイプ椅子から立ち上がると、乱雑に水晶玉を鞄に詰め机を片付け始めた。


「占いは中止です!もう二度とやりませんから!」

「そ、そんなあ!占い師さん!」

「待ってくれ!占ってくれよお!」


 惜しむような人々の声から、逃げるように立ち去るウエダ。


 ――ストレス発散のはずが!どうしてこうなった!

 

 

 後日、ウエダは胃の痛みが悪化し病院を受診したところ、穴が開く手前だったと医者に告げられてしまった。

 

「人を呪わば穴二つじゃないんだよ!じゃあ、あいつらの胃にも穴開けよ!」

「はあ。これほど強いストレスを抱えていれば、まあ、当たり前といえば当たり前ですね。お薬だしておきます」

「俺に必要なのは薬じゃない!人の不幸なんだよ……!」


 病院を後にしたウエダは、吐き捨てるように決意する。

 

「占いなんてもうやらん!次はもっと確実に、もっと効率よく、人を不幸にしてやる!」


 薬袋をぶら下げたまま空を仰ぐ。雲ひとつない青空が、ウエダの苛立ちを逆撫でした。


「ストレスを抱えていれば胃が痛くなるのも当たり前だと?……俺に一番ストレスを与えたのは、間違いなく宝くじに当選した奴らだ!これで会社を辞めて、ストレスからはおさらばですだあ?ふざけんな!」

 

 ウエダは立ち止まり、しばし考え込む。そして口角を上げて、ぽつりと呟いた。

 

「……そうだ、くじ引きだ。絶対に当たらない空くじ屋を作って、当たると信じるアホを笑ってやろう……!」


 その時、ウエダの目はキツネより細く、次の獲物を狙う捕食者のように光っていた。

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