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座右の句

初めての投稿です。自分の作品がどのように反映されるのかも分りませんがとにかく投稿してみます。

座右の句

(1)

私には座右の句がある。その句について少しお話してみたい。その句とは

”浜までは海女あまみの着る時雨しぐれかな ” 

という句です。

 詠者は江戸時代の俳人、滝野瓢水(たきの・ひょうすい 1684年~1762年)である。名を新右衛門という。瓢水は号である。瓢水にはいろいろ逸話が多くその生涯を書けば小冊子にもなろうかという人物である。私にとっても興味ある人物であるが、それは別稿にしたい。

ここでは 

”浜までは海女も蓑着る時雨かな ” 

の句の話をしたい。いうまでもなく海女とは海に入ってアワビやウニを捕るのを生業なりわいとしている人。

 句はこの海女たちの一側面を詠んだもので、私がこの句に出会ったのはおそらく30年以上前のこと。当初から私に引っ掛かるものがあったがそれが何なのか上手く表現出来ずにいた。しかし歳を重ねるにつれ少しずつ詠者の心が解るようになった。瓢水の次の逸話を読むとそれは何であるがが、より奥深く解る。

 逸話とはこうである。

 ある時一人の旅の僧が瓢水を訪ね、瓢水の見識について話しを聞こうとした。この時あいにく瓢水は風邪を引いており、「今から風邪の薬を買ってくるから、ちょっと待っててもらえないか」と、僧を待たせてその場を立ち去ってしまった。

 旅の僧は、しばらく待ったが、瓢水は一向に戻って来る気配がない。「せっかく尋ねて来たのに風邪など放っおけば治るのに、情けない」と、僧は腹を立てて帰ってしまった。

 やゝあって瓢水が戻って来た時にはもう僧はいない。家人からこの僧の話を聞くと瓢水は残念がった。この時詠んだ句が ”浜までは海女も蓑着る時雨かな” なのだという。

確かに風邪などは放ったらかしでも治るかも知れない。薬を求めるのは無駄だったかもしれない。瓢水がことさら身体をいたわったわけではないし、命が惜しくて薬を求めたとも思えない。

そして我々も、旅の僧と同様、”風邪くらいで一々薬を求めるなど、情けない” と考える。そしてついつい、海女はどうせ海に入るのだから今さら蓑を着る必要もあるまい、と考えがちである。この点我々も旅の僧と変わらない。

 この論を進めると、雪が降ってもどうせ溶けてしまうのだから雪掻きせずほっといていい話になる。しかし、それはこの句が許さない。この

 ”浜までは海女も蓑着る時雨かな ” 

の句は、瓢水が、海に入る前に時雨に逢って蓑を着る海女を見て、真摯に人生に省かず向き合って生きているいる海女を羨み称賛しているのである。

 このように書くと瓢水はさぞ品行方正の人物のように思えるが、これは瓢水にとっては単に濡れるか濡れないかの問題ではなかった。

彼の生活は荒れていた。生家は播磨国(現兵庫県)の富裕な廻船問屋だったが、彼は生涯放蕩に身を任せ一代で財産を使い果たし家は没落する。”瓢水”という号も

ひさご、水に浮き” 

という諺があって、瓢は手を加えずとも水に浮くのに新右衛門は自ら強いて世間から浮き上がってまで放蕩し”瓢水”と自虐的な号を名乗っている。

 瓢水は繊細な神経の持ち主で心根の優しい人物であっただろう。雨の日は蓑を着てまでも家業に勤しむ世間の人を羨望したに違いない。しかし、新右衛門はそれが出来なかった。若き日に何か躓きがあったようで

”浜までは海女も蓑着る時雨かな”

の句に瓢水の羨望と自責と自戒の念が込められている。瓢水には今なお人々に膾炙さされている幾つかの句がある。

”さればとて石にふとんも着せられず” 

の句は母の墓前で詠った歌という。自らは蓑を着ることもせず、為るに任せて遊蕩に耽溺した生涯であった。享年79歳だった。

(つづく)


細く長くお付き合いお願いします。

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