44…『三千世界』【閉幕】
そこは陰であった。その陰は光の侵入を許さない。木々が生い茂り、日光は地面に届くことなく遮断させてゆく。地面は生気が消えており、生命反応が全くしない。しかし、血が一滴、一滴、また一滴と滴り落ちてゆく。血が落ちる音など普通は聞こえないものだが、生命反応の消えたこの地面では辺りに響き渡る。そして、陰の中に闇を堕とすものが一つ。その闇は力尽きそうになりながらも懸命に歩みを続けていた。その手には鎌を。もう片方の手には血まみれになった鉄の鉛を持っていた。
「……しくじった」
闇は悔しそうに、声を絞り出して言った。地面に、その声に対して応答はない。闇は急に怖くなってきた。今までは一人でも平気であった。
だが、今は、誰でもいい。善人でも。悪人でも。またはその他でも。人でなくとも良い。動物でもいい。ただ、誰かに側にいてほしい。闇はこの時初めて、心細い気分になった。
気の毒であるが、このまま歩み続けても答えはなにも出てこないだろう。それならば無駄に体力を浪費するよりもここで事態を冷静に見直し、それから動けばよい。
闇はアミラルである。アミラルは一旦歩みを止め、状況を整理した。
まず、自分がオストとアルベルトに負けたことについて。あれはあの二人の作戦勝ちである。アミラルはアルベルトが銃弾を放ったと思っていた。その攻撃は難なくかわした。そしてアルベルトにとどめを刺そうとした。なんなくかわしてしまって、油断したのが問題であった。そもそも、どうしてオストを警戒しなかったのだろうか。今になってそれが悔やまれる。
アルベルトが出したあの銃弾の如き音は、あれは、【豪華絢爛】で管と管を鞭の様にぶつけ合わせて出した音であった。しかもご丁寧に、自分とアミラルとの間に。
アミラルには、あれはアルベルト自身を守るための防御策だと思った。勝負は一瞬だというのに無駄なことを、と思っていた自分が馬鹿だ。あの管は実は自分が銃を持っていないことを隠すためにやっていたのだ。そして、残りの管で、アルベルトに近づいてきたオストに対して銃を預け、アルベルトの意図を汲み取ったオストが一撃必殺の、本当の銃弾を放ったのだ。
なんとか頭という急所は逃れたが、代わりに首の端っこを貫通された。あの烈火の炎で直に焼かれる様なあの感覚。一度焼かれ、冷めたと思いきや、再び熱くなり、自分の首を血が通るのを感じた。
その後、いかにも攻撃が効いていないかの様な表情をして、オストらが油断したうちに、全速力で逃げた。本当に、あれだけで残りの力をほとんど使い果たしてしまった。
彼女にとっては100年程度しか生きていない竜など取るに足らない弱者なのだが、今はそんな弱者にも負けそうな勢いで弱ってきている。
そして、今回の敗因として挙げられるのは、アミラルの紋章を一度も命中させられなかったことだ。彼女の紋章効果は『この紋章でつけた傷は二度と塞がらず、血を流し続ける』というもの。当てたら勝ちと言っても過言ではない強力な紋章だ。それを当てれなかった。
もっとも銃を持ったら危険であろうオストにすぐさまこの紋章を当てれば勝機は今よりも大きかったはずだ。
次があれば必ず勝てる。
ただ、そこまで命が続くかがわからない。
「………しくじった」
アミラルは無念をこの世に残して、意識を絶った。
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「いやー、心配しましたよ。お体に支障はございませんか。オストさん。アルベルトさん」
「支障と言われる支障はないけれど……それよりも、勝手に銃を使ってしまったすみません」
「いやいや。そんな事ありませんとも。私は二人ともが安全であるだけでも何よりですとも」
オストとアルベルトは狩人にへこへこされていた。狩人は気味が悪いほどの満面の笑みを浮かべ、手はゴマをするように握っている。態度もやけに親切で、今は狩人の家で至れり尽くせりの状態である。オストが座りたいと言えば極上のソファが。アルベルトが茶を飲みたいと言えば『竜食族』の里でしかとれない茶葉を使った高級茶を。とにかく尽くしていた。オストやアルベルトは知らないことだが、二人の存在を厄介に感じた狩人がアミラルに頼んで二人を始末してもらおうとしていたことがバレたら、狩人の命どころか里の明日すら危うい。だからこそ、狩人は今全力で媚を売っている。たとえ自分の誇りがボロボロになってでも。
「もうなんなら、銃ももらって頂いても構いません。里を救ってくださったのですから」
「じゃあいただきます」
「え?」
「いただきます。ありがとうございます」
このようにわざと自分から「銃をあげるよ」といえば相手は返してくれると思っていた狩人はオストの言葉に唖然とした。だが、オストは冷静そのもの。なんなら猛烈に感謝している。
「では、これで。僕たちは行きます。よかったらお名前をきかせて頂いてもよろしいでしょうか」
「私の名前ですか。……ドラガです」
「ドラガさん、ありがとうございました」
こうしてオストとアルベルトは多くの銃を携え、南部前線の方へと向かっていった。残るのは呆然とするドラガとその他大勢のみ。
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「シグマさん。知っていますか?我々はただの竜ではありません。『竜族』です」
ファフニールはシグマに向かって言った。シグマはなにを急に、というかのような表情だ。
「『竜族』は他の竜とは違い、群れることを知り、知性を持ち、人の魔法を使え、その上他の竜を支配する権利を持ちます。実際にその例として挙げられるのが我ら『十竜貴族』です」
「ええ、存じています。で、それが今の件にどのように関係しているのです?」
シグマが首を傾げた。ファフニールは、
「ですから、今回の作戦に某は参加しないということでよろしくお願いします。今回集めた指揮官級の『竜族』はみな知性がありますので」
「わかりました」
シグマは快く承認した。ファフニールは「しかし」と目を背け、
「帝国は哀れですね。ただの大規模な竜討伐だと思っているでしょう。でも実際は圧倒的戦力を誇る竜による集団的な蹂躙。そしてなすすべもなく滅ぼされる罪なき民草。この某でもいささか同情してしまいます」
シグマは、
「いえ、それは帝国が悪い。そもそも、帝国は存在していること自体が罪なのですよ。従って、その領土で息をして汚れてしまった民草も生きているだけで罪。そんな民草を育んできた大地も罪。そうやって罪は連鎖し続ける。さっさと降伏して素直に滅ぼされれば良かったのに……」
ファフニールは物騒な内容をなんでもないかのように話し続けるシグマにドン引きし、せっせと自分の家族を護ろうとして奮っている帝国兵に同情し、顔をしかめたのであった。
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今回で『三千世界』編は終わりです。
どうかこれからも『テロス・ワールド』をよろしくお願いします。




