4…紋章を持たない少年
確かな幸せはそこにはあった。
もう、決して戻らないものだが。
今、少年は森の中にいる。森の中をただあてもなく歩く少年は特に行きたい場所などある訳もなく、途方に暮れて月を眺めていた。
もうあの日々は戻ってこない。そう考えるだけで悲しくなってしまう少年はあえて考えないようにしている。少年はもはや感情の機微にも乏しかった。
時間は5年前まで遡る。当時少年は6歳だった。少年はこの森の中で捨てられていたところを通りすがりの貴族に拾われた孤児であった。
この貴族は大変優しいもので、この孤児を下僕にも、下働きにもするのでなく、自らの子供同然に育てた。自身にはすでに子供がいるにも拘らずに、だ。
この国では、貴族になるには紋章というものを保持しているのが絶対条件だった。何故か?
人民への暴威を振るう竜への対抗手段として必要だからだ。貴族とは、敬われることでその地位が保たれている。紋章を持たない弱い貴族には人民はついてゆかない。
貴族は人民に年貢を納めてもらう代わりに、民を護る。利害関係に支えられている。
話を戻すと、貴族は6年間、孤児を育てた。しかし、この孤児には紋章がなかった。それでも貴族は、まるで我が子のように可愛がってきた孤児に没落人生を歩んで欲しくなかったのだ。遅くても紋章が顕彰する6歳まで待った。
それでも、顕彰はついにはしなかった。貴族は失意のうちに死んでしまった。すると貴族の実の子供はこの孤児に対して横暴に振る舞うようになった。
母親も同様だ。5年間耐え続けて孤児の心は限界に達し、屋敷を出た。
そして、今の少年へと至った。