37…嫌われ者の紋章
モグルの指令を受けた伝者は大急ぎで中継地点へと走っていった。帝国の国土は南北に広い。モグルが居たのが南部の中心地。帝都があるのは北部平原だ。距離にして約26万km。驚異の長さである。一人でこの二つの地点を行き来するのには無理がある。そのため、帝都との間には52の中継地点が存在するのだ。
伝者は中継地点まで残り半分、といったところまで差し掛かってきた。だが、その時、
『グシャリ』
伝者の走っていたところから鈍い咀嚼音が響き渡ったのだ。
所変わってモグルの居る場所では、一人の少女が現れた。金色の刺繍が施されている黒のジャンパーに白い外套を羽織り、髪は整えていないのか、結んでもなにもしてはいなかった。その眼は曇りなき漆黒で、死神の様を表している。
「何者だ?そこの少女」
モグルがその不気味さに問いかけた。少女は聞こえていないのか、そのまま立ち止まり続けており、敵意はないように見受けられる。モグルは再度、
「何者だ?次、応答がなかったら………」
モグルは手を挙げた。と同時に周りのモグル隊の面々が弩兵機を構え、少女を囲む様に順次展開していった。少女は自らを囲むモグル隊の面々を目で追いつつ、なにも答えなかった。
「やれ」
少女がなにも答えないと察したモグルは一声、命令を出し、少女に弩の嵐を降らせようとした。モグル隊の面々は一斉に弩兵器を放ち、矢は上から下へと、少女めがけて雨の様に降りかかった。しかし、少女は外套の内側から鎌を取り出し、一振りで全ての矢を迎撃してみせた。しかも、ただ迎撃しただけに留まらず、矢は方向転換し、全く逆の、モグル隊の面々へ襲いかかった。
予想していなかった反撃に、少女を倒したと油断し切っていたモグル隊の面々は次々と矢に貫かれていった。モグルは渋い表情で、自ら手塩にかけて育てたモグル隊の面々を悔やむ様に見やった。
モグルはソレでも手を緩めず、一斉掃射を命じた。
少女は先程とは同じ様に、身の丈とは合わない大きさの鎌を振り、矢を振り解く、と思われたのだが、なぜか動かない。いや、動けないと言った方が正しいのだろう。
モグルの手は黒く覆わ、手を中心に轟音を轟かせていた。
「【重力散乱】『比重』!」
モグルが紋章を使い、少女をにかかる重力を重くしているからだ。【重力散乱】は指定対象に重力をかける紋章だ。重力の重さは、対象の80%をかける『比重』と自らの指定した分の重力をかける『万有引力』の二つがある。もちろん、強力な紋章である分、ハンデも大きく、使用するためには自分の体の血のおよそ50分の1をなくす必要がある。モグル自身は【重力散乱】を使う才能が殆どないせいで『比重』しか使う事ができない。今回は、元々少女はそこまで体重がないおかげで、かかる重力は比較的軽かった。それでも動けない。これがモグル、竜殺者ギルド隊長の力である。モグルはこの紋章の力で何度も強大な竜を討伐してきたのだ。
「でも………」
少女はそう呟いたかと思えば、飛び跳ね、矢を交わした。そして、
「【哀毀骨立】」
呟いた。すると少女の持つ鎌は地面から発せられた種々の灰を纏い、大きくなっていった。少女は試しに一振り。満足したのか、目にも止まらぬ速さで辺りを駆け巡り、モグル隊の面々の首を刈り取っていった。モグルは絶句し、口を開け、呆然とした様子だ。「馬鹿な。馬鹿な」とブツブツ言い続けるだけでなにかする気力すらも残っていない。
「……この紋章の恐ろしさは、違う。今のは私の技術によるもの。この紋章の効果は」
少女は鎌を一振り。恐怖で動けないモグルに掠るように正面から切った。するとモグルの顔だけ見事に切れた。モグルはそれで正気に戻ったのか、後ずさった。すぐに止血を試み、呼吸を整えた。しかし、いくら経っても血は止まらず流れ続けた。
「な、何故!?」
モグルの息は冷静を失い、とても隊長とは思えない無様な様子だ。逃げようとしたが途中の小石に足を引っ掛け、転び、擦り傷ができた。ついでに捻挫もした。モグルはなんとしてでも逃げようと手だけでその場から立ち去ろうとした。手で草を掴み、握りつぶし僅かながら前進。手は泥だらけ。顔は血と、涙と、恐怖でグチャグチャ。悲しいが、少女はモグル必死の前身以上の速度で迫る。
「……これで分かった?私の紋章効果は『自身の攻撃で傷つけたものの傷口は一生塞がらず、血を流し続ける』。嫌われ者の紋章よ」
「……は、ハア、ハア、ハア、……ゴ、殺ジャビャイデ、グダザイ。オデガイジマジュ、オデガイジマジュ」
そこには考える脳をも失ったモグルがいた。命乞いをし、少女の膝にしがみついた。少女は顔色ひとつ変えない。憐れみも、憎しみも、軽蔑も。なにもない。ただ、モグルの胴をその手に握る鎌で真っ二つにした。
二つに割れたモグルの死体を横目に、少女はなにかを感じ取ったのか、
「竜殺者ギルド、これは宣戦布告だ。この帝国は我ら『三千世界』が頂く。一ヶ月後、帝国南部都市に向けて竜の大群を送り込む。用意しておけ!
という伝言を頼まれた」
という言葉だけを残して姿を眩ませた。




