36…失踪事件
フェルニゲシュに負けた。なす術もなく。僕のせいだ。僕がアルベルトの足を引っ張り、フェルニゲシュを逃がしてしまった。結果、ダハミリ城の民が多く死んだ。遺された民は僕を責めなかった。竜殺者ギルドの皆も僕も責めなかった。
「オスト、君は悪くない」
僕のせいで逃したのに、アルベルトまでもそう言ってくれた。けど、僕の心がソレを許さない。なんで足を引っ張った上に人が殺されるのに加担した僕がのうのうと生きていて、アンバーの血脈に散々利用された挙句、フェルニゲシュ脱走のために殺された。
『なんで生きているんだ?』
『民たちが死んだのに』
『役立たず』
心の中で自分を責め続ける。全然前を向けない。向きたいのに。きっかけがあれば。あれば。あれば。
僕の眼の前は真っ暗になり、次の瞬間、鼻に押しつぶされた様な激痛が走った。
徐々に視界が戻っていく中で、僕は1人の男を見た。その男は吊り目で、白衣を纏い、下駄を履き、肩には拳銃を吊り下げていた。イオタさんだ。
竜殺者ギルドの開発部門を担当しており、竜殺者ギルドのNo.2の人だ。
そうだ、思い出した。イオタさんに実験が上手くいかなかったから適当にサンドバックになれ、と言われ僕が了承したから今の状況があるのだ。
僕は勢いよく背中から倒れた。
「おいぃオスト、たかが鼻から殴られた程度で倒れるだなんて役立たずだなぁ。君みたいな役立たずが竜殺者ギルドにいるから何人も死ぬんだよなぁ。本っ当にオイラが居ないと何もできないなぁ。君たちは」
悪意の全くない声で長々と言われた。椅子に座っているラテーノは無表情で、
「まあイオタさん、オスト君も頑張っていますし、今回のはすでに解決済みですからそれ以上……」
「そこだよぉラテーノは。そんなんだから竜殺者ギルドで隊長まで上り詰めたのに大した戦果も残せないんだよ。そういう所が、あーまーい」
イオタはラテーノの声をも遮り、大きな声で言った。
「これからも宜しくお願いしますよ、イオタさん」
ラテーノは仕方がなさそうな顔で言った。オストはようやく立ち上がり、
「いや、というか誰だって倒れるでしょう。気持ちが沈み、そこへトドメの殴りを入れられたら」
「そんなんで沈んでちゃぁ、ダメだなぁ。このラテーノだって今まで2153人見殺しにして500体の竜を葬ってきたんだぞぉ。ソレでもみろ!この笑顔を。笑っているだろぉ」
イオタは何でもないように告げる。オストは「は?」とでもいうかの様な表情だ。
「イオタさん。冗談はやめてください」
ラテーノが場を取り繕った。と、その所に、シワくちゃの髭を生やし、頭には長い烏帽子の様なものを被っているおじさんがやって来た。
「やあモグル爺さん、久しいね!」
イオタがおじさんに対して軽口を切った。おじさんはモグルという名らしい。そんなモグルだが、イオタの事は目にもくれない様子で、
「ラテーノ、次の南部大都市の討伐任務についてだが………」
とラテーノと談笑を始めた。談笑はしばらく続き、ラテーノが「まあ良いよ」と言った事で終わった。モグルが去った後、オストは
「ラテーノさん、今のモグルさんとは誰ですか?」
と訊いた。ラテーノは
「あの人は私と同じ隊長だよ。現役の竜殺者ギルドの中では最も長い戦績40年記録を打ち出した人だ。まあ、40年も竜殺者ギルドで生き残ってきたのだから、そこらの隊長とは比べ物にならない強さだよ」
ラテーノは丁寧に教えてくれた。しかし、そうか。竜殺者は危険な仕事だから、40年も生き残り続けるのは至難の業なのだろう。竜殺者の平均的な寿命は、他の一般人と比べて30年ほど短いらしい。だが、危険な分給料も他の職業と比べても5倍だし、社会的地位も約束されている。
「よし! オスト君、修行を始めようか」
ラテーノは読んでいた本をパタンと閉じ、オストと修行部屋へと向かった。
♦︎♦︎♦︎
「モグル隊長、わざわざこんな南の辺境までお越しいただき、申し訳ございません」
「良い。中央が……ギルド本部がそれほどまで事態を重く見たという事だ」
モグルは南の大都市まで来ていた。大都市、とは言っても帝都のソレの比ではなく、帝国の中で最も栄えている。そして色々と特異だ。主に挙げられるものとして、城壁が存在しないという点である。南は他の国との交易も盛んで、城壁で守りを固めるよりも、解放して経済活動を活発に行わせよう、という思惑が働いている。
「それで、問題の場所なのですが、こちらの平野でして……」
竜殺者の一人が地図を手に取り、モグルに指差して教えた。
「ここか? 町どころか、何もない。ただの平野ではないか」
「はい、ですが、おかしな事に、この場所を通った馬車や人が全員、一人残らず失踪するという謎の事態が発生しているのです。現在、被害者は23人です」
モグルは、地面に手を当て、何やら物色を始めた。
「モ、モグル様?」
「………」
「モグル様?」
「黙っていろ!」
モグル隊の一人が南の竜殺者の声を遮った。モグルは今、この場で何かの紋章が使われた形跡があるかどうかを調べるため、精神を研ぎ澄ませていたのだ。
「……失踪した人に、なにか共通点はあったか?」
「……全員他国の商人であった事と、もう一つは………………全員紋章を保有していた事です」
「それだ」
「へ?」
「失踪したのは全員、紋章を保持していたという事は、紋章を持っていることが重要であるという事だ。賊がただ自らの力の見せしめの為にこんな手間のかかる様なことはしない。では、賊ではない。ならば誰だ?儂は昔、紋章保持者を50人、1体の破壊神の制御下に入ると世界が滅びる、と儂の爺さんに聞いた。まさか………!」
モグルは勘付いたのか、手をかざし、
「総帥に伝令を出せ!失踪した人々は破壊神に利用される!今、破壊神の手元にはどれ程の紋章保持者がいるかは不明だが、これ以上の失踪者を出さない為、帝国全土に帝都勤務の中央竜殺者を配備しろと!」
「は、は?」
「急げ!!!」
「かしこまりました!」
いつもは飄々としているモグルの豹変ぶりによほどの事を覚えたモグル隊の竜殺者はすぐさま駆け出した。




