31…ベントレー
「お前は、何者だ!」
「人ではない」
「人を超越したナニか」
「ダメだ! 敵わない!」
当然である。俺はフェルニゲシュ。この世界の竜の特権階級『十竜貴族』の1体なのだからな。つまり何が言いたいのかというと、人では相手にならない程の力を有しているということだ。
竜はその鱗、爪、炎、体躯、知能、全てにおいて人に優っている。極めつけには空も自在に飛び回るというのだから非の打ち所がない。
それでも足りない、とでもいうかのように『十竜貴族』は全員、紋章を保持しており、全てが人間のもの以上の性能がある。
だが、と俺は前を見る。この男だけは。手強い!男は短い無精髭を生やし、背中には防寒外套を羽織っており、素手だった。
初めてだ。俺とここまで対等に戦闘を繰り広げる人間は。得意げに笑っており、いまだに余裕があることをその顔が語る。
(面倒だな)
『十竜貴族』であるこの俺がダハミリ城の手先としてこのバーデリン城に刺客として忍び込んでいることが公の場に漏れると。俺の立場が危うくなるどころか、今まで以上に竜殺者ギルドの捜索を受けることになる。
本音を言うとすぐにこの人間を始末したいのだが、それをするには大規模魔法が必要だ。しかし、それをすると帝都に勘付かれる。そのせいで近衛騎士団にでも駆け付けられたら元も子もない。
兎にも角にも、この人間はすぐに始末できない。もしや、この人間が例の強者なのだろうか。
だとしたら話は早い。コイツを大規模魔法を駆使して速攻で始末し、速攻で逃げる。やや理想論が混じっているが、余り気にしない。
問題が一つある。この人間が例の強者でなかったらどうなるだろうか。俺はコイツを始末した後も強者を殺すためにバーデリン城に留まらなくてはならない。リスクが大きい。
「お前は、このバーデリン城の中で何番目の強者だ」
「……一番だと自負している」
「そうか、良かった」
「何がだ」
「これで一切の不安を拭ってお前を殺す事ができる」
俺は宙を舞い、音速の勢いで強者に近づき、一撃をお見舞いした。強者は一瞬怯んだように見えたが、すぐに立て直し、近づいた俺にその拳で殴りを入れた。生憎だが、俺は竜だ。その程度の拳では俺の鱗を破壊できない。
その筈なのに、
「っグ!」
何故だ。今、なにが起きた? 俺はさっきまで強者の目と鼻の先まで近づいていた。それだというのに、今の一瞬で……吹き飛んだ!?
強者は悠然と構え、なんとも言えない表情でこちらを睨んできた。一見すると敵意はないようにも感じ取れるが、その拳は力を蓄積し、次の衝撃に備えているように見えた。
真意を見抜くことをさせずには力を確実に溜め込むとは、本当にこの強者は強者のようだ。
……どうやら、強者への評価を一段階上げなければならないようだ。
俺はこの一瞬での刹那の時を終え、強者とあらためて向き合った。
最初に動いたのは俺だ。俺は、一歩踏み出した。強者は顔色一つ変えない。
「お前、名は?」
強者はこの予想外の言葉に驚いたようで、一瞬拍子抜けしたように見えたが、何事もなかったように立て直し、沈黙を貫いた。俺は、礼儀とばかりに、
「俺はフェルニゲシュ。『十竜貴族』の1体だ」
と、武人の名乗りをあげた。強者は、一応礼儀として、
「バーデリン城主私兵隊隊長ベントレー。参る!」
手を会釈しながらそのように述べた。なんだ。しっかり出来るではないか。俺は内心ベントレーに感心しながらも、容赦なき闘いに移った。
♦︎♦︎♦︎
俺とベントレーは同方向へと軽快なステップを踏みながら、俺は剣を、ベントレーは拳をで応戦し合っていた。俺の剣がベントレーの頬を擦り、傷を負わせたかと思えば、次は俺がベントレーの拳で負傷する。これを繰り返していた。
大規模魔法を使いさえすれば簡単に葬れるが、大規模魔法を展開するまでの隙をベントレーが与えてくれさえしてくれない。下手に大規模魔法を使ったら、やられてしまう。俺からしてみれば、ベントレーの拳は一挙一挙が凶器なのだ。
ベントレーの拳は宙を斬ると轟音を轟かせ、物理的に存在するものに直撃すれば岩をも砕いた。拳と同様に、肉体も相当鍛えているようで、剣での攻撃でもない限りベントレーは傷を負わない。俺の爪では無傷である。
ここは状況を打破するためにも、紋章を使う必要があるのだが、印を結ぶ、というラグがあってしょうがない。
………この点が俺の『十竜貴族』として一歩分頭が低い理由である。他の『貴族』たちは自分にとってデミリットの一切ない紋章を使える。尚且つ、強力だ。完璧だ。なのに、俺の紋章は、発動までにラグがある上に、発動しても他の『貴族』らの紋章として見劣りする。完璧ではない。
紋章は生得だからこそ、選べない。努力で手に入ったりしない。
……だが、だからこそ、完璧ではないからこそ、俺の紋章が最も伸びしろがあるのだ。
考えろ。応用を効かせろ。既に存在する固定概念に囚われるな。俺を従えさせた【恐怖政治】の紋章。あれは流血が発動条件だ。それには様々な応用を効かせているはずだ。俺にも出来るはずだ。
………いや、待てよ? 俺にも出来るはずだ。考えてみれば、血に紋章効果を付与すること自体は難しくはない。発想が違っただけだ。俺はずっと、固定概念に囚われていたようだ。恐らくだが、他の『貴族』らはこの固定概念を打ち破ったからこそ、あそこまで反則的な紋章を使えるのだろう。
はは、簡単ではないか。
俺は大きく笑った。ベントレーは戸惑いを見せ、怪しがり、一切の攻撃を中止した。だが、ベントレーはさらに驚愕する事となる。ベントレーは目を見開き、今、目の前の光景が偽りではないか、何度も目を擦り、確認した。それでも一向に変わる気配を見せない光景。どうやら、現実のようだ、と言うように認めた。
そう、俺は自分の顔に剣を突き立て、血を流し、自傷していたのだ。血は大河のようにゆったりと、徐々に徐々にと首へ、胴へ、脚へと広がっていった。
【塞翁失馬】
俺の紋章が眼を覚ました。そして、今まで眠っていた破壊の暴馬が、それまでの鬱憤を晴らすかのように、ベントレーめがけて激しい攻撃を始めた。これまでの攻防が嘘に思えるように、ベントレーは防戦一方となっており、手も足も出ない有様だ。
俺は巻き込まれないように、飛翔し、情景を天空から観た。どうやら、勝敗は決まったようだ。ベントレーは地に背を突き、馬はベントレーを蹴り倒した。
後は、ベントレーを殺して去る。惜しい好敵手だったが、仕方がない。
俺はそのように割り切り、ベントレーにトドメを刺そうと地面に降り立った。
♦︎♦︎♦︎
人生初めての感触だ。今まで『敗北』という言葉がある事は知っていたが、どういうモノなのか、空想に任せるしかなかった。
小生はベントレー。バーデリン城主私兵隊隊長だ。小生はバーデリン城主様を護るために、これまで血の汗を流してきた。城主様がどれだけ小生を粗末に扱おうとも、小生にとっては城主様が唯一の護るべき主人であった。城主様を護るために命をかけ、闘ってきた。その結果、小生はこの瞬間まで負けたことがない。
この瞬間まで、天下で小生よりも強い者は存在しないと自負しておった。しかし、それは今まで、小生の闘ってきた相手が弱く、運が良かっただけではないか、と考える。現に、小生は目の前のフェルニゲシュに手も足も出ない。フェルニゲシュの紋章如きにも勝てない。
生まれて初めて、地に背をついた。負けた。小生が負けたということは、いずれ城主様も殺されるだろう。それだけは……なんとしても阻止せねば。
貴様の存在が、余を不幸にするのだ。
………そうでもないかも知れぬ。小生は城主様に利用されていたのかもしれない。一度も労いの言葉を述べられた事はない。ただ、金を貰うだけ。特になにかしたいと思ったことは無かった。一度も感謝された事はない。……なんという不敬な思考だ。万死に値する。小生は城主様を守らねば。
「待……て」
もっと言いたいことはあった。だが、まず、その言葉が先に来た。敗北したらいつどの時でもそうだったろう。フェルニゲシュは小生の思いを察したのか、
「お前の主は殺さない。俺が約束しよう」
フェルニゲシュのその言葉に安心し、小生は胸を撫で下ろすとともに永遠の眠りについた。
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