29…フェルニゲシュの過去
「………話は大体分かりました。ですが、最後に一つだけ宜しいですか?」
「ああ」
ファフニールは腕を組み、上半身を左右に揺らしながら訊いた。フェルニゲシュは応じる。長髪の男は黙ってその様子を見守る。
「何故、そのような大それた事をしようとするのです? そんな事をするなら1人でやった方が早いのでは」
ファフニールは鋭い眼でフェルニゲシュを見つめる。フェルニゲシュは机に置いてあるグラスを手に取り、なかに入っていたワインを一口に飲み込んだ。グラスを机に再度置き、椅子に座った。
「……………長くなるぞ」
フェルニゲシュはあらかじめ忠告した上で、話し始めた。ファフニールと長髪の男は、一言一句聞き逃さぬよう、息一つにも細心の注意を払った。ファフニールは長年のフェルニゲシュとの友好で培ったノウハウを基に。長髪の男はその超次元的な頭脳を生かし、その仕草も踏まえて話を纏めようとした。
♦︎♦︎♦︎
「我が配下となれ。黒竜よ」
「…………は?」
1人の貴族と思われる人間が、生意気にも俺に声を掛けてきた。貴族は不遜にも格下を眺めるような目を己に向けてきた。
俺は確かに黒竜である。そして並の有象無象ごときなど簡単に凌駕出来るほどの力を持つ。いわば厄災である。そんな俺に向かって、「配下になれ」だと? 腹立たしい。
貴族の連れは2人。それも執事もどき1人に、護衛の兵士が1人。俺からしてみれば相手にならない。もし今俺の逆鱗に触れたら、そなたら全員死ぬというのに。なんたるメンタル精神。
しかもあたりは下界とは完全に分離された深い森林。異変が起きたとしても、誰も助けに来て来てくれなければ、気づいてさえくれない。
「どうした。聞こえんだか。ならあえてもう一度言おう。我が配下となれ。黒竜よ」
「…………は?」
「聞こえんだか。それならもう一度言おう。我が…」
「いや、しっかり聞こえているし意味も理解している」
「なんだ、それでも無視するとは貴様、人としてどうかと思うぞ」
「………人ではない」
「比喩表現だ。空気を読め」
………なんだこの貴族。話が通じん。
「……話が通じんな」
「そうか。我は竜と会話ができる時点でかなり驚愕なのだがな」
どうやらこの貴族。かなり竜族を下に見ているようだ。非常に不愉快だ。俺はそんな気持ちを懸命に抑えている間にも貴族の話は続く。
「少し戻すが、さて、何故我が配下となれ。と言ったかだったな」
「ああ」
「その事なんだが、言いすぎた。配下になって欲しい訳ではない。我に協力してほしい」
「協力?」
「その通り。実はな、我の治めているダハミリ城はな、周辺の帝都郊外の城との権力争いを繰り広げている」
「権力争い? 具体的にはどのような」
「帝都へとつながる重要経路をどこにするか争っている。帝国は比較的歴史が浅くてな。まだ路とかそこら辺は細かく困っていない」
「………現実的に最も人が通りそうな場所に路を通せば良いのでは?」
「そういう問題ではない。愚か者め」
そんな下らぬ事で争う方がよほど愚かだ。普通に空を飛べばよいのでは? その様に言おうとした時、俺は重要な事に気づいた。人は空を飛べないことに。
これがギャップ差というものか。と俺が妙に感心していたところに、
「それで、今一番の路の最有力候補はバーデリン城経由の路だ。だが、バーデリン城はいかんせん北側の城でな。帝国の都市部が集中している南側とは面していない」
「? 何故そのバーデリン城が最有力なのだ」
「そこが問題なのだ。バーデリン城には一人の強者が居ってな。その者がバーデリン城主に忠誠を誓っており、バーデリン城主の命令で我々に圧力を掛けているのだ。実際に何人かそれで死んだ」
貴族はあっさり告げた。俺は「そうか」と返した。しかし、次の言葉が衝撃的なだった。
「だから我の下でバーデリン城の強者を正々堂々殺して欲しいのだ」
「ん?」
何を言っているのだこの貴族は。頭の容量が軽すぎる。「殺せ」。別に良いだろう。殺してやろう。「正々堂々」。理解に苦しむ。
「………どうして俺なのだ。別に卑劣な手で殺してもいいだろう」
俺は苦々しい声で訊ねた。貴族は、
「確かに、卑劣な手で殺しても良いかもしれない。唯、それでは、ダハミリ城が路となるには弱い」
「どういう事だ」
「何があっても、ダハミリ城に路を通さねば、ならないのだ!」




