23… 塞翁失馬
フェルニゲシュの強さは………正直、普通だった。強くもなければ弱くもない。平均的な人間と同じような能力だ。唯一の竜の特性『翼』『鱗』の2点を除いては。
その2点を加味した上でみても、そこまで圧倒的な差にはならない。堅実に戦っていれば、まず負けることはあり得ないだろう。
上記が新米竜殺者オストの感想である。
(なんだなんだ? 僕でも戦闘を行えているぞ)
オストは違和感を覚えた。何かフェルニゲシュは手を抜いている? とも考えた。だが、そもそも手を抜いているとしたら、何を理由にして手を抜いている?
(…もしかして、遊ばれているのか?)
オストは相手にされていないという可能性も考えたが、すぐさまあり得ない、という結論に辿り着いた。何故なら、フェルニゲシュは既に息が荒かった。
(しかし、妙なものだな。フェルニゲシュは登場の際の派手な演出の為だけに広範囲魔法を行使できたというのに、今は頑なに魔法を使っていない。徹底的に剣での戦闘を行っている。何か魔法を使うには条件が必要なのか)
オストは考えながら、フェルニゲシュに剣による突きを受け流した。フェルニゲシュは攻撃が失敗したと悟ると、上空へと浮かびあがった。
それだけだ。上空にいったからとして何かしらのアクションを起こす訳でもない。ただ………翔んだだけ。
(まあ、妙だと思っていても、フェルニゲシュは漆黒の邪竜。害を及ぼす存在であることに変わりはない。なら、今のうちに殺しておこう)
「【中原逐鹿】!」
オストか飛びあがり、【中原逐鹿】の権能を存分にふるい、フェルニゲシュを地面へと叩き堕とした。フェルニゲシュは血の唾を吐き出す。
弱すぎる! オストは心の中で思った。そしてトドメを刺そうと、フェルニゲシュの方へと歩み始めた。するとフェルニゲシュが沈黙を貫き続けていた重い口を開いてこんな事を言い出したのだ。
「………今のは【中原逐鹿】か。いい切れ味だな」
「? なんでお前が僕の紋章について知っているんだ?」
「……………いや、貴様、だって、『【中原逐鹿】!』と高らかと叫んでいたではないか」
叫んでいた……。オストは己の軽率さに恥を覚えた。
「いや、恥じることはない。誰でもある事だ」
…………なんだコイツ。正論振りかざして、負けた癖して勝者ぶっている、とオストは感じた。
「クックックック、しかし、紋章を保持できるのは人だけ、と思わない方が良いぞ。餓鬼よ」
フェルニゲシュは不敵に笑い、何やら手で掌印を結んだ。するとフェルニゲシュの周りをこの世の物とは思えない黒い気体が覆った。
「今からその証拠を見せようぞ。私の紋章をな」
オストは身構えた、が、すでに遅かった。オストは気配を感じ振り返った。そこには5本足の馬がいた。
馬は眼をギョロリとひと回転させ、周囲を窺った。その眼はまるで獲物を定めるかのような、野生味あるれるもの、オストは睨まれ、怯えた。
オストは生唾を一息にゴクリと飲み込んだ。それがいけなかった。そのせいでオストは馬の標的にされてしまった。
馬はオストに軽くひと蹴り入れた。
この馬の馬力は驚くほど強く、これをまともに食らったオストはいくつもの壁を突き破りながら吹き飛んだ。オストの上には瓦礫が幾数にも積み重なり、オストはあまりの出来事に抵抗する事ができなかった。
飛ばされたオストは暫く後、やっとのおもいで瓦礫をどかし、這い出ることができた。
オストは馬の方を見てみると、まるで頭を掻くかのように、余裕の体をとっていた。オストは悔しながらも、これと戦うことがもう出来ない。何故なら、瓦礫で脚が潰されたからだ。
「すまなかったな」
次の瞬間、横から声が聴こえた。全く気づかなかった、とオストは不覚をとり、すぐさま振り返るとそこには何もなかった。違和感を覚え、先ほどとは逆の方向を見てみると、そこにはフェルニゲシュがいた。
フェルニゲシュは得意げに言葉を紡いだ。
「今のが私の紋章【塞翁失馬】だ。あの5本足の馬を出現させる」
オストはやっとのことで意識を保ちながらフェルニゲシュの話を聞くしかなかった。
♦︎♦︎♦︎
「ラテーノさん。やはり来てくれましたか。ところで、他の者は?」
アルベルトはラテーノの肩を借りながら起き上がった。しかし、起き上がったところまではよかったが、アルベルトの頬は既に毒に侵され、青く腐食し始め、手遅れの形相を示していた。
「アルベルト………」
ラテーノは名残惜しそうに、アルベルトの腐食した腕を見た。その目は涙ずくんでいた。ラテーノは「でも」と言葉を出した。
「君にはまだまだ、過労死するまで働いて貰わないと困るからまだ死ぬな」
ラテーノは不思議な力でアルベルトの体にまわっていた毒を消した。アルベルトは呆気にとられた様子だった。ラテーノは得意げに、
「初めて見たかい」
などと言っている、が、紋章を紋章で無効化するなどあり得ない、とアルベルトは困惑し始めた。アルベルトはそんな紋章聞いた事がなかった。
だが、とアルベルトはラテーノの出身に思いを馳せた。ラテーノはそもそも出自自体はっきりしていない人だ。不思議な力を持っていてもおかしくない。
アルベルトはそう割り切り、考えるのをやめた。
「………! ラテーノさん、僕なんかより、早くオストを」
アルベルトは思い出したかのように言った。ラテーノはすでにその事実に気づいていたらしく、その目はオストのいる城壁へと向かっていた。しかし、そうはさせまいとグロックスが立ち塞がる。
「そう黙って行かせると思うかよ! 忌々しきラテーノよ!」
グロックスは憎しみのこもった目で剣を力強く握った。ラテーノはまともに相手にしない。ただ、これだけは言った。
「ああ、グロックスか。なんで君みたいな虫が私たちの邪魔をしてるんだ?早くそこを退け」
情熱のこもったそれでもなく、冷淡なそれでもなく、機械的に言葉を発した。グロックスは退けと言われても退かなかった。
「………アルベルト。オスト君の方へ向かい、フェルニゲシュを連携して殺せ。このグロックスは私が自ら裁きを下す」
(あ、ラテーノさん、これはキレているな。少しばかり異論はあるけど、ここは従った方が良さげだ)と、アルベルトは0.00000001秒で思考し、ラテーノに返答する間もなくオストの方へと走っていった。
ラテーノとグロックスは静かになった場所で向き合った。
♦︎♦︎♦︎
「どうした。さっきの威勢はどこにいった? みろ! 私はまだ生き生きしているぞ」
フェルニゲシュは馬を操りながらオストの体力を着実に削っていった。そして、なかなか倒れないオストに自らの健全を保持し、戦意を喪失させようとした。
それ、も、効果がなかった。
フェルニゲシュは内心焦っていた。余裕の体を示しているが、実はフェルニゲシュ自身も紋章を維持する限界に達していた。馬を維持できなくなったら、オストを勢いづけさせてしまう。フェルニゲシュとしては、それだけは避けたかった。
焦れてきたフェルニゲシュは自らも剣を持ち、オストへ攻撃を加えようとした。そしてオストの首へと刃が届いたその時、
ー閃ー
フェルニゲシュの翼は無くなっていた。




