21…フェルニゲシュの手札
迷うオスト目掛けて大勢の民が多種多様な武器を持って駆けてきた。
「オスト!」
アルベルトは民たちがオストの目の鼻の先まで近づいてきたことに気づき、いまだに刀を下ろしているオストに叫んだ。オストはまるで声が耳にも入らないかのように項垂れていた。
民を殺す。それは民を護ろうとして竜殺者になったオストにとっては、簡単にはし難いことだった。いや、無理だ。人が人を殺すなど、人格が狂ってしまう。オストの対応は普通のことだ。
(僕が彼らを殺すのか?)
オストは何度もこの言葉を頭の中でリピートした。
(でも、災いの元凶フェルニゲシュを殺すには仕方のないことなのか?)
続けて、この言葉を頭の中で50回繰り返した。オストは頭を悩ませた。竜殺者を目指す修行の中でも、これほど精神を削がれるものはなかったと、オストは今なら確信を持って言える。それ程までにオストは悩んでいた。
「オスト……っ!?」
「おいおい、会話すんな。俺との戦いに集中しろ」
遠くではアルベルトとグレンジャーが激しく闘い合っている。オストはアルベルトのことを考えもせず、ただただ俯いていた。物理的にはほんの一瞬にも満たない時間だが、オストの中では、延々と流れる途方の暮れない時間だった。
そして、民の武器がオストの目と鼻の先にと迫ったその時、オストは刀を強く握り、武器をはらった。武器をはらわれた民は一瞬の出来事に呆然とし、
「な………」
と声を発する事しかできなかった。オストはその民を刀で正面から切り伏せた。民は次は声も発することも出来ず、ただ倒れた。
「おい、殺してるじゃないか」
民の1人がポツリと呟いた。それに呼応するように、「そうだ」「そうだ」との声が聞こえてきた。オストに向かって、武器ではなくリンゴを投げつける人もいた。
「ふざけるな!」
オストは喝を入れた。その一声に口々に叫ばれていた罵倒が止む。正確にはオストはあまり大きな声を出していないのだが、ずっと沈黙を貫いていた人間が声を発することには、なかなかの迫力がある。オストは怒りの限り、口々に言葉を出した。
「僕たちはフェルニゲシュを殺すためにここに来た。お前らは殺しの対象になっていない。だから僕はお前らを殺そうとしなかった」
続けて、
「だが、お前らはフェルニゲシュに付くのだろう?」
一転して冷めた口調で言った。
「あ、ああそうだよ。我らはフェルニゲシュ様の兵士だ」
「だったら………、お前らは敵だ」
「………」
「殺しても問題ない。僕は今からお前らに刃を向ける。だからお前らも僕に刃を向け、本気で殺しに来てもらっても構わない」
瞬間、オストは目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、1人、また1人、また1人という流れで民を正面から斬って行った。バタバタと倒れゆく人々を目の当たりにして、徐々に民たちは戦意を喪失していった。
そして残りの民の数が半分近くまで減った時、耐えかねた民の1人が、
「助けてーーーー! フェルニゲシュ様ーーーー!」
と騒ぎ始めた。
「バカ! フェルニゲシュ様は慈悲深いお方だが、貴様のような臆病者は助けてくれんぞ!」
「あ? じゃあテメェはあの竜殺者の前に積極的に出たかよ!? 少なくともオレは積極的に出た」
「もう終わりだーーーー」
仲間割れを始めた。オストはそのさなか、冷酷にも切り裂いてゆく。
『よかろう』
あたりによく声が通った。この声には妙な威厳、威圧などは一切なく、逆であった。包み込む抱擁感。
『まあ、余は今、直接介入などはできないほど忙しいからな。代わりとして、神の裁きを無礼者どもにくれてやろうぞ』
オストは「神の裁き」という言葉を聞いた瞬間、咄嗟に真上を見た。なんの変哲もない澄んでいる青い空。だが、明らかに異物が混入していた。宙に浮かぶ幾らも浮かぶ謎の弾丸。
オスト、その他民衆にも向けられていた。
「………まずい!」
オストは【中原逐鹿】を展開ながら宙へと跳んだ。オストは薙刀を取り出し、円を描くように回転させ、弾丸を防いだ。薙刀と弾丸が密接することで、弾丸が爆発し、綺麗な花火が、昼だというのに咲いた。そのうち、一部防ぐのを失敗して甚大な被害が起きた。
オストは地上に降り立ち、被害の大きさを確認しようとした。と、次の瞬間、鉄の冷たさが寸前に近づいているのを感じ、間髪で回避した。
鉄の冷たさがした方向を見てみると、そこにいたのは漆黒の翼、漆黒の鱗、その鱗に沿うように形作られた精密な紋章があった。竜だ。
竜は黒剣を持っていた。オストは思った。フェルニゲシュだ、と。
薄々答えはわかっていながら、オストは訊いた。
「誰だお前は」
「…………フェルニゲシュ」
漆黒の竜はそう答えたのだった。




