便利屋サイクロピア
ハジメマシテ、楽しんでいただけると幸いです。
……――この世界には、神も悪魔も存在している。最も、僕は神も悪魔も嫌いであるが。
先月の新聞を読み返し、「宗教狩り」だのと物騒な言葉が並べられた報道を見た僕はそんなことをふと頭に過らせた。
神に祈りを捧げて力を与えられた者、悪魔と契約を行い力を得た者……そして、上位者の気紛れで力を押し付けられたもの。
そんな中々に物騒な世界でも、意外とそこまで大事件はポンポンと起こらないものだ。
「……もうじき姉さんは帰ってくる頃、か」
ボロアパート4畳半、古く狭いが意外と快適で住み慣れた我が家。こんな狭くても二人暮らしで、義理の姉さんとそこそこやっている。
と言っても、戸籍なんて持ち合わせていない居候の僕は、家事ぐらいでしか役に立てないのだが。
姉さんがバイトで稼ぎ、僕は家事を常々こなす。そんな僕らの日常は、なんだかんだそこそこ苦労しつつも意外と悪くはないものだった。
顔がもう少しまともだったら、きっと身売りでもすれば稼げたのだろうが……生憎、僕のような奇形児は流石の風俗でもよっぽどの変わり者しか指名しないだろうし。
いつも静寂の中で孤独で居ると、いつもそんな考えを浮かべてしまう。
目を覆う包帯をふと外し、コップに映る「一つ目」の自分を眺めながら水を喉に通した。
しばらくすると、鍵を開ける音が室内に鳴り響き、少し甲高い彼女の声が聞こえる。
「メアー、ただいまー」
そう、姉さん……本名は「灯凪 色」。夜遅くになって、ようやく彼女が家に帰ってくる。
あ、メアは僕の名前だ。フルネームは「メア・T・サグ」。
……まぁ、この時点で色々複雑な家庭と思ってくれればいい。
「おかえり、今日もお仕事お疲れ様」
何千回も繰り返した日常会話、随分と平凡なものだが……それも悪くないと思えるぐらいには、なんとなく不満を抱かずに過ごせている。
「夕飯は何にする? 僕の体でも頂くかい?」
「はいはい、アタシら同性だってのにんなことしたって意味ないってのー……あ、豚汁いける?」
「酷いなぁ、こんな時代でならポリコレとかに謝罪会見しないと? ……ふふっ、はいよ、ちゃちゃっと作るから」
下品な会話でしかないが、これでも軽くツッコミどころがある馬鹿な話ぐらいがなんだかんだ娯楽となって楽しかったりする。
まぁ、向こうがどうかは微妙だけど、こんな僕を家に置いてくれるなら悪くはないと思ってる……はずだ。
「……やっぱアンタ、下ネタに汚染されてる割には大分有能よね」
「まぁね、これくらいしかやれることもないし……」
手慣れたようにニンジンと大根を包丁で切りながら、今日も二人で会話を弾ませる。
テレビはないがケータイ程度は1台あって、ふと姉さんは軽くYの字が入ったSNSを開いて投稿を漁りだす。
……あ、NTRの短編漫画が流れて来てケータイぶん投げた。
「……ところで姉さん、髪の毛にゴキブリついてるよ」
「えっ嘘?!」
「嘘だよ」
「おいコラアホンダラ」
笑いを取るつもりだったが……その少し頬を膨らませたような表情を見てしまうと、今日も「僕にジョークの才能はなさそうだ」と思ってしまう。
まぁ、姉さんの可愛い面が見れるのは僕も悪い気がしなくもないが。
頭を軽くこつんと叩かれて内心少し楽しみながら、火をつけたガスコンロの上に水と切った具材……そこに出汁を入れた鍋を置いて中火で熱していく。
あまり料理には詳しくないので火加減等は特に分からないが、僕らにとってはある程度美味しければ十分なのだ。
「……アンタが言うと冗談か絶妙に分かりづらいからちょっと困るのよ? アンタの「神能」……確か、「千里眼」とかだったでしょ?」
「普通に一時的に目が良くなるだけだし、頭だとかが痛くなるからそんな常用は出来ないよ? ……それに、普通にそういう異能だとか使うの疲れるんだよね」
「ほーん……やっぱそういうの持ってると大変だねぇ」
神に祈る者は力を得る……中でも、よっぽど好かれていたものなどには「神能」とやらが与えられるとか。まぁ……僕の場合は、これまた少し特殊だが。
正直今の僕にはそんなこと別にどうでもよくて、沸騰しだした鍋にバラ豚を入れてさらに熱を加える。
そして、先程自ら投げたケータイを拾い、今度はR18的な動画配信サイトでイヤホンをつけて堂々とを聞き始めた姉さんを横目で見て苦笑する。
「……姉さん、僕の前でそれって明らか狙ってるよね?」
「…………」
少し顔を赤らめて目を逸らす姉さんをにやにやと見ながら、出来上がった豚汁を二人でゆっくりと飲む。
「普通だな」
「まぁね」
普通がちょうどいい、僕らはいつもそんな風に笑う。
……でも、こんな風に笑えるのは何時までだろうか。
「……なぁ、メア。お前、本当に便利屋やんの?」
「ん? …………まぁ、いい加減何処か稼ぎ処を探さないと失礼だしさ」
いつ、誰がこの幸せを崩すような不幸を受けるなんて、ここじゃ誰にもわからない。
それは、どんな世界だって多分そうだ。ただ、ここじゃ少しばかり機会が多いだけで。
「アンタ……確かに、便利屋は結構依頼が舞い込んでくる。こんな異能持ちだとかが蔓延る世の中じゃ、大抵のことは賃金通りやってくれる便利屋はここじゃ結構重宝される。けど……それってつまり、常にいいように使われる上に最悪切り捨てられて殺される可能性だってあるんだよ?」
じっと、姉さんは僕の眼を見てくる。それは、久しぶりに見た本気で心配する顔で。
けど、それでもやらなきゃ。
「…………それでも、やらないとなんだ」
「……そっか」
困ったような顔を見せ、それでも数秒後に彼女は笑ってくれる。
「……頑張って来いよ、帰ってくるの待ってるから」
「ふふっ、わかった。……お休み、姉さん」
二人きりで寝るのも、今日がきっと最後。覚悟は、もうしちゃったから。
「……おやすみ。待ってるよ」
姉さんの呟き声を最後に、深夜の静寂を枕に眠りについた。
……きっと、貴方は知っている。僕の、本当の目的を。
夜明けの幕開け、プロローグはまだ終わらない。なら、もう少しだけここで休んで眠ることにしよう。
だって……時間と上位者は、どこまでも理不尽であるものなのだから。
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