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折り鶴、君さえいなければ

作者: 祁答院 刻

「君は、折り鶴恐怖症だろう」

名高い医者は、ほくそ笑む。

そして、くれないの千代紙で鶴を折って掲げた。

「やはりだ。私の診断に誤りはないな」

身をすくめ脂汗をかく私に、彼は心底満足そうに告げた。

小4の夏休み明け、転校生が来た。


「わたくし、折本鶴子と申します」


気品漂う口調からどことなく育ちの良さを感じ、友達になれたらいいな、などとときめいた。

きっと、ブランド物で身をかため、香水の芳香をまとった、生粋のお嬢様なのだろう。

想像するだけで、胸が高鳴る。

しかし、甘美な妄想の終わりは早かった。

声はするものの、彼女の「姿」はどこにもなかったのだ。

クラスメイトも違和感に気づいたようで、

「せんせい、転校生とか嘘ついいたんだ」「いないもん」

とささめき出した。

先生が場を取り繕うと尽力するが、まったくもってぬかに釘。

流言飛語が飛び交うばかりだ。

その時、


「失礼な。わたくし、ちゃんといますから。立ち上がってごらんなさい。立ち上がって」


怒気を含んだ一声がとどろく。

それは、(いないはずの)本人の一喝だった。

みな、言われた通り立ち上がる。

途端、教室中がわっと沸いてすぐさま静まり返った。

黒板の前、教卓の陰となる場所に、たしかにいた―いやあったのだ。

朱色の折り鶴が。


紙製の、「折り鶴」。それが同級生。

にわかに信じがたいが、信じるほかないのだろう。

色を失った子、動揺を隠せない子を前に、先生は淡々と言った。

「夏休みの宿題の提出期限を伸ばすので、仲良くしてあげてください」

折り鶴の小学生。

どんな子かと思えば、ひどく高飛車、驕り高ぶる嫌なヤツだった。

身長7.5センチメートル、体重0.015キログラム、と超華奢だから、

女子たちが

「めっちゃ軽いじゃん」「いいなあ」

と口々に褒めちぎるのだが、そのたびに、

「あんたたちが重すぎるだけよ」

と突き放していた。

ボディーカラーのカーマインレッドを、

「お姉さんみたい、憧れる」

と称した子には、

「ランドセルとかぶって迷惑なんですけど」

と愚痴を吐き、特注のランドセルを見せていた。

ランドセルは、消しゴムほどの寸法だった。

内心、私は赫怒した。


ランドセルが消しゴムほどの、こんなに小さい 折り紙女子が、なんでここまでいばるんだ?


わたしは無意識に、名簿に手を伸ばしていた。

折本鶴子。

その名は、他と比べ、大きくはなく、むろん小さくもなかった。

程よい距離を保ったまま歳月は流れ、卒業式。

そこで決定的な出来事は起きた。

もう、あれは事件と呼べるだろう。


「皆さん、わたくしへの卒業記念品は持ってきたでしょうねえ」


鶴子は挑発するように言う。


「もちろんです。鶴子様」「うん、持ってきたよ」「鶴ちゃんの好きそうなの選んだ」


「あらそう、良かった。わたくしが気に入るかは、わかりませんけどねえ」


クラスメイトを、子分か家来か虫けらかのように扱って、鶴子はひとり有頂天になっていた。

なんなんだあいつ。

息を殺してつぶやく。

その時、


「あなたさあ」


突如、彼女のじっとりとした視線が私に向かって注がれた。


「忘れたんでしょ。卒業記念品」


鶴子の笑みは、どこか血なまぐさかった。

卒業記念品なんて、持っていない。

私はほのかに寒気を覚えた。

でも、大丈夫だろう。所詮、鶴子は短身痩躯。

背伸びをしたって、精一杯はねたって、私の膝にも及ばないはずだ。

だから、油断していたんだ…


「隙ありっ!奇襲よ」


鶴子のあでやかな声とともに、クラスメイトが頭突きを始めた。

そして、すぐさま殴られた。蹴飛ばされた。それはもう酷いものだった。

「鶴子が指揮し、クラスメイトが実行する形式」

その手があったか、と 痛みに身をよじらせて理解する。

中には体格のいい男子もいて、気づけば私はかなりの傷をこうむっていた。体の節々が痛い。


「いい気味。いい気味よお」


悪の根源、人を仇する鶴子は、甲高い声を上げて 私を見据える。

彼女は矮小で、図鑑にでも挟めば即死するサイズだった。


「あなたたち、とどめを刺しましょう!」


鶴子は金切り声で叫んだ。

操り人形と化したクラスメイトが、鬼の形相で迫りくる。


ピンチ。


ピンチ。


手元にあるのは真新しい卒業アルバムだけ。


どうしよう。


どうするべきだ。


私は考えた末、

――操り人形の糸を断った。

糸をたぐった先にあるモノを絶った。


バシン。


小気味よい音が鳴る。

ここ最近、寝られない。不吉な夢に、幾晩もうなされている。

そう言うと、

「君は、折り鶴恐怖症だろう」

名高い医者は、ほくそ笑む。

そして、くれないの千代紙で鶴を折って掲げた。

「やはりだ。私の診断に誤りはないな」

身をすくめ脂汗をかく私に、彼は心底満足そうに告げた。


今も、卒業アルバムを開けばある。

押し花のごとく潰れた折り鶴が。

それはところどころ黒ずんでおり、一層 禍々しい。

その黒ずみは、年季が入ったせいなのか、細胞が壊死したからなのか、不明だ。

思えば、私だって、やりたくてやったわけじゃない。

身の危険を悟りとっさにやっていただけだ。

折り鶴、君さえいなければ。

そんなことを度々思う。

何を言おうと思おうと、今は、引かれものの小唄にすぎないが。


――とまれかくまれ、たたりが怖いものだ。

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