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この惑星の願い      宇宙船の謎の動力源は?

この惑星の願い



     宇宙船の謎の動力源は?



汰華琉たちは楽しい時間を過ごして大神殿まで戻ると、マリーンがもろ手を挙げ、満面の笑みで出迎えた。


座っていたテーブルの横には、細田が作ったウォーターサーバーを置いてある。


お茶などを入れて、古代の水を楽しんでいたようだ。


「ミイラ取りがミイラになった」と極が琵琶家家人たちを示唆して言うと、「…返答に困るようなことを言わないでください…」と汰華琉は大いに眉を下げて言った。


「だけど今回の件で、殿様を入れ替えるかなぁー…

 最大の候補は織田為長さん」


汰華琉の言葉に、「…さあ、それはどうだろうかなぁー…」と極は眉を下げて答えた。


「長い将来設計では、

 そうすることが織田信長の考えだったと思う。

 それが少々早くなっただけと思うんだけど…

 少々横暴な武家社会の破壊。

 徐々にやっていくにも無理が出てきて、

 影まで愛想を尽かしたそうだから」


「…そんなことまであったのか…」と極は目を見開いて言ってから、マリーンを見た。


「過ぎたる嫉妬心は強欲と同じです」とマリーンが落ち着いて言うと、「…返す言葉もありません…」と極は言って頭を下げた。


「何事にも完璧はないのです。

 琵琶家の方々は、

 能力の高さに少々胡坐をかきすぎていたようですね。

 ここは、為長様の願いも破棄する必要があるかもしれません」


マリーンの少し厳しい言葉に、「自然で構わないものと」と汰華琉が希望を告げると、マリーンは薄笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「…妖精の幸運の地に行きづらくなっちゃったわ…」とマリーンが一転して嘆くと、汰華琉以外の家族たちは不思議そうな顔をした。


桜良がかいつまんで説明すると、「…そんな場所があるんだぁー…」と真っ先に雅が言って、様々な感情を持って百面相を始めた。


行きたいのだが、場所が喜笑星ということもあり、行けないことが確実だからだ。


「もちろん、喜笑星だけにあるわけじゃないさ」と細田が言うと、マリーンが細田を見入って真っ先に目を見開いた。


「ゴールド星」と細田が言うと、マリーンは満面の笑みを浮かべてうなづいた。


「しかも、開発されていない場所ですから、

 ウルフ・ゴールドさんとお話をされてみてはいかがでしょう」


細田の進言に、「…お母さん、行ってきてぇー…」とマリーンが甘えるように言うと、「…わかったわ…」と燕は答えて、極の腕をとって消えた。


「その点も杞憂があってね。

 ゴールドさんの娘さんのキャッシーさんが、

 喜笑星で働いているんだ」


細田の追加情報に、誰もが大いに眉を下げていた。


「明るいニュースは、雇っているのは織田為長さん」


細田の言葉に、「…首の皮一枚繋がったぁー…」と汰華琉は言って陽気に笑った。


早速汰華琉が為長に念話を送ると、『…何かをされたわけじゃなかったんだね…』と為長の感情まで見えるような労いの言葉に、汰華琉は礼を言って、事情をすべて話した。


そしてゴールド星に天使の幸運の地があると聞くや否や、為長はキャッシー・ゴールドと、才神小恋子という女子二名と、為長の妻の春駒を連れて、汰華琉から飛び出してきた。


現在は極夫婦が直談判に行っていると聞いて、「…聞いておいてよかった…」と為長はほっと胸をなでおろしている。


キャッシーも小恋子も汰華琉のことはよく知っていて、敵対する者ではないことは理解できていたし、境遇としてもキャッシーたちと同じような扱いだと思っている。


だが、琵琶家からはキャッシーと小恋子の欲によって、色々と制限を受けているそうだ。


根本の原因は、長くをともに暮らす、パートナーについてだ。


しかし現在は落ち着いていて、為長に色々と仕事をもらったり、戦場などに同行するなど、肉体的にも精神的にも充実を実感できる生活をしている。


そして雅がもうすでにキャッシーの目の前にいて、好意的な目を向けている。


「…将来有望な男性が単身だったんだけど…」と雅は眉を下げて言って、静磨とマミーを見た。


「…あー… 神様もいるぅー…」と小恋子は言って、マイケルにその視線をロックオンした。


「…だったら、ライバルになっちゃうかもぉー…」と雅が意味ありげに言うと、「…よーく精査してからにしますぅー…」と小恋子は眉を下げて呟いた。


「…モテ期、きたぁー…」とマイケルが静磨のように言って愉快そうに笑うと、「あはははは!」と雅は空笑いした。


「いらないのならもらいますよ?」と汰華琉が冗談ぽく言うと、「二人の意思に任せることは決まっていることだから」と為長は笑みを浮かべて言った。


「…悪者もいるぅー…」と小恋子は言って、ランスとイザーニャ、そして細田を見て言った。


「お兄ちゃんが、色々と変えちゃったわ」と雅は兄自慢をするように言った。


「…悪者がいて、この雰囲気はありえないわ…」とキャッシーが笑みを浮かべて言うと、「…それはそうだぁー…」と小恋子は呟いて、三人に頭を下げた。


「…泣き虫だったくせに、立派になったもんだ…」とランスが小恋子を見て言うと、「…昔話はしないでぇー…」と小恋子は眉を下げて言った。


「…細田さんの目的はなんなの?」とキャッシーが敵対心をあらわにして聞くと、「純粋に、お兄ちゃんとの友情よ」と雅は言って笑みを浮かべた。


「もちろん、私利私欲で動いていたことも聞いているけどね、

 私たちの神たちも同じだったの。

 だから、同じような境遇だった細田さんを責めるわけにもいかないの」


キャッシーはすぐさま猛反省してから、細田と雅にすぐさま謝った。


「…それにね、お兄ちゃんは何もしてないのに、

 みんな怖がってるの。

 怖がらない人がお兄ちゃんのそばにいるって思ってくれていいの」


雅の言葉に、「…琵琶家は怖がっているといっていいはずだわ…」とキャッシーが呟いた。


「…殴り込みに来て、胡蝶蘭さんの幻武丸を折った…」と小恋子がつぶやくと、「いやぁー! お恥ずかしい!」と汰華琉が陽気に叫ぶと、「…悪いのは琵琶家…」とキャッシーが堂々と断定した。


「…よくぞ折ったものだよ…

 その話が一番の脅威だ…」


為長は大いに眉を下げて言ってから、自分で打った魔道具を出した。


「農具?」と汰華琉が聞くと、「まあ、武器にもなるかな…」と為長は言って愉快そうに笑った。


「あの長太刀とは一味違うね。

 この道具は簡単には折れない。

 もっとも、どんなものでも壊れるものだけど、

 これほどに頑丈なものはないと思う」


汰華琉のお墨付きに、「一筆認めて欲しいところだよ」と為長は陽気に言って、道具を片付けた。


すると、極と燕が笑みを浮かべて戻ってきて、為長たちと改めて挨拶をした。


もちろん為長たちとは面識があり、琵琶家の中でも特異な存在なのはわかっていた。


「汰華琉君の覚悟はどこの星の王よりも秀でている。

 現在住んでいる母星を生涯の星とすることをもう決めているそうだから」


極の言葉に、為長の感情は変わらないが、キャッシーと小恋子は目を見開いている。


「神の想いを守りたいだけですよ」と汰華琉が穏やかに言うと、マリアが号泣した。


汰華琉は仲間たちを見た。


「だけど、出て行きたかったらいつでも言っていいぞ。

 この先は、特殊な訓練も必要になるから、

 冒険の旅は重要だから」


「まずは手本としてお前が行けばいい」とマイケルが進言すると、「…学生を終えたらそうします…」と汰華琉は言って、笑みを浮かべて頭を下げた。


「…まあ、けじめは重要だな…」とマイケルは渋々言った。


「創造神として育てるのもいいのですが、

 今はその時ではないでしょう」


極の言葉に、「…気づかれていた…」とマイケルは罰が悪そうに言った。


「普通に生きているだけで、

 神修行の半分以上を終えることでしょう。

 はっきり言って、汰華琉さんは楽な弟子になるはずです」


さらに極が言うと、「…参った…」とマイケルは言って頭を下げた。


「…お師匠様に頭を下げさせるほどなのですね…」とケインが眉を下げて言うと、「…俺なんかよりも積み重ねをお持ちだからな…」とマイケルは大いに眉を下げて呟いた。


「…あー…」と汰華琉が言って極を見ると、「まずは先約の俺!」とマイケルが怒って叫ぶと、汰華琉は愉快そうに笑ってから、マイケルに頭を下げた。


「…これほどに優秀な弟子に出会えるはずがないじゃないか…」などとマイケルはぶつぶつ言いながらも為長を見た。


そして、「汰華琉とともに成長することも楽しいぞ」とマイケルが為長に言うと、「かなり先の未来になら、そのお話をお受けしましょう」と為長は快く同意した。


「…なんと二人も確保…」とマイケルは呟いて、感無量となっていた。


そして、「…大概のことなら任せておけぇー…」とマイケルに気合が入ると、汰華琉たちは陽気に拍手をした。


「…ふふふ…」とマイケルは少しだけ笑って、かなりの上機嫌になっていた。


「…神の扱いがうますぎるわ…」と燕が眉を下げて言うと、「…余計なことを言わない…」と極に言われてしまったので、燕は少し肩をすくめた。


「…ああ… 誰よりもいいわぁー…」とマリーンは言って、汰華琉たちに満面の笑みを向けていた。



「マリーンちゃん、お水お水!」と、白装束の幼児が叫んで空を飛んでやってきた。


「行水もできますわ」とマリーンが明るく言って、噴水広場に指を差すと、幼児は存在感がはっきりとしない水色っぽい何かに変身して、石造りの池に飛び込んで、気持ちよさそうにすいすいと泳ぎ始めた。


「…あー… 水竜…」と汰華琉が呟いて苦笑いを浮かべると、雅が大いに苦笑いを浮かべていた。


「母は今まで以上にさらに使えるようになりましたの」とマリーンが陽気に少々失礼なことを言うと、「それは何よりでした」と汰華琉はそれほど意味はわかっていなかったが、快く答えた。


「こちらの母も、いつもよりもかなり機嫌がいいのです」とマリーンは燕を見て言った。


「…超反則の水でしかないわよぉー…」と燕は眉を下げて言った。


「水はすべての源と言っても過言ではありませんから」


汰華琉の言葉に、「本当にそうですわ」とマリーンはすぐさま同意した。


「それに、一瞬にして作ってくださるなんて」とマリーンは言って、真っ先に美貴に頭を下げた。


美貴が眉を下げて、「…魔王が気にすんなって…」と伝えると、マリーンはまた美貴に頭を下げた。


「効果の上がる水は竜たちが作ってくれますが、

 こちらの古代の水は、

 どなたでも叶えられるというものではないようです。

 しかもその水源をもう三つも作られた。

 本当に、脱帽いたしますわ」


マリーンが丁寧に言うと、「あ、ひとつお聞きしたいのです」と汰華琉が今一番興味があることを聞くと、「お母様、お話があります」とマリーンは水遊び中の水竜に声をかけた。


「作ってくれるのっ?!」と水竜が上機嫌で叫ぶと、「竜の国の女王様とお聞きしています」と汰華琉は桜良から仕入れていた知識を披露した。


「…うふふ…」と水竜は機嫌よく笑ったが、すぐにうなだれた。


だがうまい古代の水を飲んで復活して、「…娘に譲ったから、今は隠居の身…」と水竜は悲しそうに言った。


「いいえ、まだまだ発言力はございますから」とマリーンは汰華琉に笑みを向けていった。


すると水竜は池から上がって幼児に戻り、「遠足第二弾!」と機嫌よく叫んだ。


「はい、よろしくお願いいたします」と汰華琉が答えるや否や、一行は砂浜に立っていた。


そしてここが浜辺の村であることに気づき、目に付いた人から順に頭を下げて回った。


水竜はスイジンという名で、その家族たちを順に紹介して、そして全員にペットボトルを渡した。


「…うふふ…」とスイジンが意味ありげに笑うと、この村の実質的な王のゲイルが、「…さすがに、手を出すことも、話に上げることもできなかったからなぁー…」とつぶやいてから、水を一口飲んだ。


そして目を見開いて一気に飲み干してから竜に変身すると、大勢の竜が一斉に姿を現して、水芸を始めたスイジンから直接、大量の水を飲ませてもらっている。


「ほら、いい経験になった」と汰華琉が陽気に言うと、誰もが目を見開いてうなづいてから、目の前にいる巨大怪獣たちを見つめていた。



「いやぁー! お恥ずかしい!」と人型に戻ったゲイルは陽気に気さくに言って、改めて汰華琉たちと挨拶を交わした。


そして話は古代の水の水源について移行していて、ここに造る場所の選定も終えて、ほとんど手を加えることなく、古代の水の水飲み場が完成した。


そして汰華琉とゲイルの息子のゲッタとともに、山に雨を降らせてしばらく待つと、岩清水が滴り落ちてきて、怒涛のように流れ始めた。


そして水質検査と試飲をして、問題なしと判定した。


「みんな飲め飲め!

 覚醒するまで飲め!」


ゲイルの陽気な言葉に、スイジンの家族たちは一斉に水飲み場に集まって、一口飲むと固まって、まさにゲイルが言った通り、村人の十分の一が竜に覚醒していた。


竜が住むこのノスビレ村はお祭り騒ぎとなって、汰華琉たちも料理を作って、祭り参加者の一員となった。


人口約五百の住人のうち、竜に覚醒していたのは十名にも満たなかったのだが、今は五十名となっていた。


そして、「…条件が厳しすぎたのかしら…」ともうひとりの神でもある、今は人型のライジンが今更ながらにいい始めた。


もちろん、その実態は、名前の通り雷竜だ。


「いいのいいの!」とスイジンは機嫌がいい。


そして、古代の水での水遊びも忘れていない。


汰華琉たちはいい休日を過ごせたとして、そしてまた必ず来るとスイジンたちに告げてから、ケイン星に戻った。



「…いやぁー… さすがにあの大勢の竜には驚いたぁー…」


汰華琉が今更ながらに言うと、「…魔王もあれほどの竜には会ったことがないって… 質も、量も…」と美貴が言うと、汰華琉は笑みを浮かべてうなづいた。


この情報が喜笑星に流れるには時間はかからなかった。


喜笑星にも、ノスビレ村から修行に来ている竜がいるからだ。


そして村で大勢覚醒したことで、竜たちは喜笑星からいなくなってしまった。


「…また… 大和汰華琉かぁー…」と、もう魔王ではない織田信長がうなると、「今は外聞を気にする時ではございません」と瞳を閉じたまま、幻影が言った。


「…能力者への復帰が先か…」と信長は呟いて瞳を閉じた。


「…許さん… 絶対に許さん…」と胡蝶蘭はうなりまくっていたが、「…今のままだと簡単に負けるだけ…」と幻影に言われて、胡蝶蘭は大人しくなった。


「…大和汰華琉を甘く見過ぎだわ…」と実害のなかった濃姫が呆れたように言うと、「…危機感を感じられぬやつらめぇー…」と信長はうなって、何の罰もなかった者たちを見回した。


「どんな危機かしら?

 この喜笑星から、誰もいなくなるっていう危機?」


濃姫が言って立ち上がると、信長は大いに慌てた。


「あの子たちの日常を見たいだけ。

 それに神が増えているって感じるんだけど…」


濃姫はここまで言って、「エッちゃん、都合はどうかしら?」と念話で桜良に都合を聞いた。


すると返答がなかなか返ってこない。


さらには、受け入れ拒否の憂き目にあい、濃姫は荒れ狂って、信長たちを責めた。


「…濃姫さんも、それほど変わんなかったぁー…」と桜良が眉を下げて言うと、「結局はお姫様なんだよ」という汰華琉の言葉に、美貴と美都子が大いに反応して、汰華琉から顔を背けた。



ケイン星の世界の状況は何も動かず、動かないからこそ汰華琉たちも動かない。


よって、安穏とした学生生活を満喫できる日々を喜んでいる。


もちろん、毎日鍛錬を積み、休日には星の復興作業などに向かい、睡眠中は願いの夢見に参加する。


しかし、安穏とした日々を過ごしすぎたのか、ランスとイザーニャがついにケイン星を離れて、母星に戻った。


わかっていたこととはいえ、一緒に暮らしていた者たちがいなくなると、やはり寂しいものがある。


さらに言えば、最後に牛の獣人のマミーを迎え入れてから、誰一人として仲間に加えていない。


汰華琉は校庭の林の青空の下の食卓で昼食を食べながら、「…やっぱ、呼んだ方がいいのかなぁー…」とつぶやくと、「あっちで鍛えているだけなら、呼んでもいいと思うけど?」と美貴は汰華琉の考えに賛成した。


汰華琉は決心して、「マニエル船長、話があるんだ」と念話で切り出して事情を説明すると、『今から行く!』とマニエルは気合十分だった。


汰華琉はいったん念話を切って、細田に事情を話して、マニエルたちを迎え入れるように願った。


「…仲間が増えた… おっと、爽太様にも…」


汰華琉は言って、マニエル船長の配下を含めた八名をケイン星に招き入れる話をした。


もちろん爽太に反論はないのだが、「…信頼関係だけでいいの?」と少し心配するように聞いた。


「ええ、私が鍛え上げますので」と汰華琉がなんでもないことのように言うと、『…その手もあったね…』と爽太は答えて、なんの杞憂も障害もなくなっていた。


さらには汰華琉の依頼を快く受けることで、ケイン星との絆が深まることは確実なのだ。


「…あ、そういえば…」と汰華琉は言って、古代の水の件を話すと、『…もし完成すれば、何かが大きく変わるかもしれない…』と爽太がうなるように言うと、「今日の午後にでも伺いますので、水場の候補地を数箇所、選定しておいていただきたいのです」と汰華琉は願い出た。


爽太はもろ手を挙げるようにして賛同してから、念話を切った。


「午後はフリージア星に遠足ね」と美貴が明るく言うと、「最大級の神が、どんな裁定を下すのか楽しみだよ」と汰華琉は陽気に言って、昼食を摂りに来ている桜良を見た。



学校にいる時間は変わったことは何もなく、汰華琉は足早に城に戻って、少々お疲れ気味だが寛いでいるマニエルたちと挨拶を交わしてから、汰華琉の術で仲間たち全員を抱え込んで、フリージアに渡った。


まずは調理場の長の今は人型をとっているペガサスフィルと話をして、この食堂のすぐ近くの修練場の裏に、古代の水の水場を造ることに決まった。


上水道を引いて欲しいとフィルが願い出てきたので、汰華琉は快く引き受けた。


汰華琉たちはこの地の修練場を左手に見て歩いていき、見渡す限りの草原を見入った。


そして魔王が必要なものすべてを一気に浮かび上がらせて、早速勇者と魔王とで雨を降らせた。


湧き出てきた岩清水の水質はまるで問題はなく、どこの水と変わらずうまかった。


このフリージアには有害な物質を排出する工場はなく、大地や大気の汚染はまるでないので、簡単なものだった。


そして調理場まで上水道を引くと、厨房にいるフィルたちが早速水を夢中になって飲み始めたので、その滑稽な姿を見て、汰華琉たちは愉快そうに笑った。


そして汰華琉たちはフィルの接待でお茶会に参加した。


そしてここでお目得ての二人がやってきて、汰華琉たちと挨拶を交わした。


幼児の姿の万有源一と万有花蓮は子供らしい笑みを浮かべて、お気に入りのコップで飲み物を飲んでから目を見開いた。


そして、細田が造ったウォーターサーバーの水をすべて飲み干した。


「…僕は、怠けていた…」と源一少年は言って、その姿を一気に青年に変えた。


それに吊られるように、花蓮も笑みを湛えている魅力的な大人の姿になった。


「エッちゃん! 名前を消してくれ!」と源一が叫ぶと、桜良は大いに眉を下げた。


「…どうなるのかわかんないからやりたくないぃー…」と桜良は今にも泣き出しそうな顔をして言うと、「手伝うよ、婆ちゃん」とマイケルが言うと、「…婆ちゃんじゃなくてエッちゃん!」とマイケルは早速叱られて眉を下げていた。


「高能力者が二人もいれば十分だ。

 俺には何の覚悟もない。

 俺自身が問題ないといっているからだ」


源一の希望に満ちた言葉に、桜良とマイケルは入念に打ち合わせをしてから、源一の古い神の名を消した。


すると源一は力を失くして倒れかけたが踏みとどまって目を見開いた。


「…よっし… 天使地獄から脱出できた…」と源一はうなって、ゆっくりとガッツポーズをとった。


そして人間のその肉体から、勇者に変身して、小躍りして喜び始めた。


「花蓮さん、離縁するかい?」と源一が陽気に聞くと、「するわけないわ」と花蓮は笑みを浮かべて言って、悪魔に変身して、源一の逞しい右腕を抱きしめた。


「…開放できない… いや、開放すると危険だから…」と汰華琉は呟いて、大いに苦笑いを浮かべた。


マイケルや極やランスの積み重ねも相当なものだが、源一は格違いだと汰華琉は漠然と感じていた。


「…意味不明なほどすごい…」とマイケルが汰華琉の考えを肯定するように呟いた。


「いやぁー! みんな、ありがとう!」と源一は陽気に言って、まずは汰華琉と固い握手を交わした。


そして次々と握手を交わして、落ち着いたところで古代の水を大量に飲んだ。


「…まさか、細田さんを連れ出してくるなんてね。

 その時点で脱帽だよ」


源一は言って、おどけるようにして汰華琉に頭を下げた。


「私たちと条件があったからです。

 それ以外の理由は何もありません。

 そのあとは、私の希望と細田さんの希望が一致しただけなので」


汰華琉の言葉に、源一は何度もうなづいた。


「…俺たちでは理解不能なものをもう作り上げていると思う…」と源一がつぶやくと、「それは楽しみですね」と汰華琉はなんでもないことのように答えた。


「…それを勉強して知る、か…

 なるほどね…」


源一は言ってから立ち上がって、天使たちが大勢いる場所にいって、源一が弟や子供にした者たちの先頭に立って戻ってきた。


そして、「俺の部隊」と源一が自慢げに言うと、子供たちは全員が泣いていた。


そして口々に汰華琉たちに礼を言った。


「俺を見失って苦労をかけてしまった…

 親としては落第だ…

 しかしこの先どうすればいいのか、

 その答えが見つからない限り、

 表立った行動はしない方がいいと思い、

 隠居生活を余儀なくされて、

 ようやくすべてを捨てようと決意できた。

 その切欠がなぜ古代の水だったのかは理解に苦しむが、

 今のこの宇宙になくてはならないものなのだろうと、

 思っておくことにした。

 本当にありがとう」


源一は言って汰華琉たちに頭を下げると、子供たちも源一に倣った。


「エッちゃん、喜笑星のやつらに、

 古代の水を強制的に飲ませてきてくれ。

 高確率で能力を取り戻すはずだ。

 どうせ意地を張って飲んでいないはずだからな」


源一の言葉に、「…ああ… だから三人だけ、能力を失くしたんだぁー…」と桜良は呟いて、満面の笑みを浮かべた。


「そんな器用な結果が出るはずがないと思っていたからね」と源一が親しみを込めた笑みを浮かべて言うと、「うん! 行ってくる!」と桜良は明るく叫んで、その姿は消えた。


「これでようやく落ち着けます」と汰華琉が笑みを浮かべて言うと、「そうだね、爽太とは懇意にしてくれているようだし、助かったよ」と源一は笑みを浮かべて言って、汰華琉に頭を下げた。


「俺たちも近いうちに行動を起こすことにした。

 まずは、俺たちの母星の大掃除からだ」


源一の決意に、汰華琉は満面の笑みを浮かべて、「大勢の神が守っているとか」と聞くと、「…力はあるのに頼りない…」と源一は小声で言ってから、愉快そうに笑った。


「来たい時はいつでも来てもいい。

 とはいっても、観光地と軍の基地があるだけなんだけどね…

 細田さん、黒い扉の発注をするよ」


源一の言葉に、「うん、わかったよ、ありがとう」と依頼を受けた細田が礼を言った。


源一と細田の確執は解けたようだと汰華琉は思って笑みを浮かべた。



細田は源一たちの寝床の母屋の決まった場所に黒い扉を立てた。


そして細田は消えたが、今立てた扉から戻ってきた。


「扉の通行は許可制だから。

 今は僕と汰華琉君だけ。

 扉に念を送れば、

 許可と停止ができるから」


細田の言葉を聞いてから、汰華琉たちは源一たちに挨拶をしてから、黒い扉に消えていった。


「…不思議ぃー…」と雅は言って、扉をくぐろうとしたができないので、汰華琉を睨んだ。


「織田信長ではないが、フリージアの観光地は目の毒だ」


汰華琉の言葉に、美貴は愉快そうに笑って、細田は薄笑みを浮かべてうなづいている。


「あまりうろうろさせると、

 いろんなところで弊害もあるだろうから、

 今は渡航禁止で。

 でもマニエル船長たちは使えるから」


汰華琉の陽気な言葉に、「それはありがてえ」とマニエルは笑みを浮かべて言って、汰華琉に頭を下げた。


「宇宙船はレンタルですか?」と細田がマニエルに聞くと、「へえ、今のところは…」とマニエルは眉を下げて言った。


ハイレベルな船乗りたちは買い取っても問題がないほどに稼いでいるので、レンタル料を払うよりも安くつく場合がある。


しかしそれはほんの一握りで、ランクSほどにならないと、レンタルの方がマシなのだ。


「試作品ですが、乗ってみますか?」という細田の言葉に、マニエルは目を見開いて汰華琉を見た。


「今使っている宇宙船だって、

 細田さんの手が入っているものもあるはずだよ」


汰華琉の言葉に、「…そうだったのですかい… 確かに、大きく分けて二種類あると… 御座成創造様と、細田さんの宇宙船でしたか…」とマニエルは言って、細田に最敬礼した。


「創造君はライバルだからね。

 彼にも不幸が来ると思っていたんだけど、

 どうやらそれはなさそうでよかった」


細田が安堵の笑みを浮かべて言うと、「御座成功太の亡霊、か…」と汰華琉が言うと、細田は何度もうなづいた。


「…大きな王過ぎて、そばに寄ることすらできんかったなぁー…」とマニエルは少し悔しそうに言った。


「別人に生まれ変わったからね。

 なかなか素晴らしい少年になっていた」


細田の言葉に、「え? どこで?」と汰華琉が素っ頓狂な顔をして聞くと、「ノスビレ村だよ」と細田は答えて、汰華琉の顔が面白かったようで少し笑った。


「…ノスビレ軍に…」とマニエルは目を見開いて言った。


「汰華琉君も一緒に仕事をした、ゲッタ君の側近で親友の一人だよ」


「…エッちゃんは、なぜ教えてくれなかったんだ・・・」


汰華琉がつぶやくと、「自慢しそうで嫌だったんじゃないの?」と細田は少し笑いながら言った。


「さあ、それよりも、新車の試乗会をしよう」


細田の明るい言葉に、リビングにいる全員が興味を持って立ち上がった。



細田が出した宇宙船の中に入って、「…ん? 妙に殺風景…」と真っ先に汰華琉が言った。


「…計器がありませんけど…」と真っ先に情報管理官のレジーナが呟いた。


「デスクに乗っているヘッドセット」と細田が言うと、レジーナは席について、ヘッドセットを頭に装着した。


すると、目の前に数々のモニターがいきなり表示されたので、レジーナは驚いたようでエビ反りになった。


「…こりゃすげえ…」とマニエルは言ってにやりと笑うと、それぞれの担当官も着席して、ヘッドセットを装着して、計器類の確認を始めた。


「気になった情報などは、

 船長席に浮かび上がることになっているから、

 口頭の報告よりも早いからね」


すると船長席に、警戒情報が早速出た。


「船籍不明艦接近中です!」とレジーナが真剣な目をして叫ぶと、「うん、テストは良好だね」と細田が言うと、警戒情報は消えた。


「訓練用だよ。

 現在は実際の宇宙の様子だ」


誰もが大いに緊張したが、訓練には一番いい方法だった。


「現在はこの宇宙で一番早く飛べるはずだから。

 今までの宇宙船とは違う動力源を採用したもんでね。

 もちろん予備動力に、

 微調整を施した信頼性の高いサークリットエンジンも搭載している」


機関士がすぐさまその情報を出した。


「…このシステムだと、喜笑星の足こぎ宇宙船と同じ動きを…」と機関士が言うと、「大気圏へのアプローチは、宇宙船に負担がかかりすぎるからね」と細田は簡単に説明した。


「じゃ、僕を信じて、まずは大気圏外に飛んで」と細田が言うと、「X122、Y334、Z38に飛べ!」とマニエルがすぐさま指示を出すと、「X122、Y334、Z38に飛びます!」と機関士が復唱したとたんに、宇宙船は星を飛び出していて、「…おー…」と誰もがうなってから拍手をした。


「船体異常なし」などと、それぞれの担当官が、現状の報告を始めた。


「じゃ、ゆっくりと星を一周して、元いた場所に戻ろうか」と細田が言うと、汰華琉の妹たちはすぐさま窓にへばりついて、ケイン星や宇宙の様子の観察を始めた。


ちょっとした宇宙旅行はあっという間に終わって、宇宙船は元あった場所の上空百メートルに浮かんだ。


そして船長の操舵によって、もといた地面にタッチダウンした。


「…エンジン負荷率2パーセントはありえねえ…」とマニエルは苦笑いを浮かべて言った。


「この結果だとまず熱を持つことがないからね。

 では、採用か不採用は、

 僕の講義を受けてもらってから決めてもらうよ」


細田の言葉に、「そうしましょう」と汰華琉は細田に挑戦するように言った。


細田は満面の笑みを浮かべて、この場にホームサウナのような小屋を出した。


「あ、食事の準備を」と細田は雅たちに言うと、汰華琉の妹たちはすっ飛んで城に向かって走った。


細田は汰華琉、マニエル、レジーナ、そして美貴を連れて小屋に入って、すぐに出てくると、誰もが憔悴している表情をしていた。


小屋の中で、かなり濃い時間を堪能したからだ。


まずは細田のこの宇宙での新たな可能性の講義から始まって、今までになかった物理的公式などの説明とその応用の説明。


そして、動力源と宇宙船との関連など、細田が作り上げた宇宙船の隅々に至るすべてを説明して理解させたからだ。


汰華琉は起きていたが、その他三名は、健やかな眠りに誘われていた。


そして雅たちが準備した食事を大いに喰らい、古代の水を飲みまくって、汰華琉たちはなんとか復活を果たした。


「…勉強したぁー…」と汰華琉が感慨深く言うと、「…もうこの先、勉強する必要がないほどにお勉強したわ…」と美貴は大いに嘆いた。


「最後の決め手が例の安い赤い宝石だった。

 あれがなければ、高能力者を一名、

 椅子に縛り付ける必要があったのでね。

 さすがに、そんな非道なことは僕でもできないから。

 無理のない範囲だと、汰華琉君が五人ほど欲しいほどだ」


「…あの石を見つけておいて助かったってところだ…」と汰華琉は言って眉を下げた。


「でも、これ一機だけなんだよね?」という汰華琉の言葉に、「赤い石は買い占めてきたから、あと二機程だったら作れるよ」と細田は笑みを浮かべて言った。


汰華琉は何度もうなづいて、「…ある意味、生態エネルギーを利用して飛んでいる、か… その動力源は、足漕ぎ宇宙船とよく似ている…」と呟いた。


「いざという時は、僕たちが燃料になればいいだけ」という細田の言葉に、汰華琉たちは苦笑いを浮かべた。


「あとは、汰華琉君たちにしがみついている

 妖精たちの採用試験をすることだね」


細田の言葉に、「…徐々にやっていくよ…」と汰華琉は眉を下げて言った。



宇宙に飛び出せば、高能力者にしがみついてくる妖精が現れる。


妖精の意思を尊重して雇ってもいいのだが、雇わなくてもいい。


だが、長い将来を見据えた場合、雇っておいた方が大いに便利になる。


雇うこと事態にデメリットは何もないが、妖精は比較的身勝手なので、新たに気に入った存在が現れると、契約の解除を申し出てくることもある。


汰華琉はこの件だけは即決できずに、魔王に相談することにしたが、「…知らん、だってぇー…」と美貴は眉を下げて答えたので、「あ、ひとりも来なかったわけだ」と汰華琉がある程度察して言うと、美貴は魔王に変身して、汰華琉に向かって指を差して、「来ているがお前よりも少ないからだ!」と怒鳴った。


「そんな性格だからじゃないの?」と汰華琉がごく普通に言うと、汰華琉の妹たちが笑みを浮かべて拍手をしたので、「…うう…」と魔王はうなって、身を隠すようにして美貴に戻った。


「怒鳴られて叱られた方が、辛くないことは多いさ」


汰華琉の言葉に、誰もが大いに苦笑いを浮かべ、妖精の数が半減した。


「じゃ、残った子は全員雇うから」


汰華琉の言葉に、誰もが唖然としていた。


そして汰華琉は簡単に個人面談をして、「好きに過ごせばいい」という指示を与えると、妖精たちはまずは肉体を構築して、たまに寄り添った。


魔王も真似をすると、人型を取った妖精が三十人ほどになった。


もちろん、雅にも来ていたし、まだ固まった能力者ではない誉にも来ていたので、最終的には五十名ほどになっていた。


「…増えたなぁー…」と汰華琉が眉を下げて言うと、「ほんと、良心的だよ」と細田は言って少し笑ってから、宇宙船と異空間部屋の小屋を異空間ポケットに入れ込んで、汰華琉たちに別れを告げて、母星に戻っていった。



翌日の午後は、宇宙船の試運転として、ゴールド星に飛んだ。


ここは妹思いの汰華琉が、雅の願いを叶えたかったからだ。


顔つなぎのために桜良をつれてきたので話しは早く、星の王のウルフ・ゴールドと朗らかに挨拶を交わした。


そして雅たちは地平線の先までも広がるとんでもない規模の遊園地を横目に見ながらも、妖精の幸運の地に飛んだ。


「…おっ あれだ…」と汰華琉はなんの目印もないのだが、その場所を察してから全員を草原に下ろした。


「…ここからでも、どういったところなのかはよくわかるわ…」と美貴は眉を下げて言った。


そして雅は巨大なサクラインコに変身して、背中にたまたちと誉を乗せて、その上空を飛んで何度も旋回を繰り返してから戻ってきた。


「…おや?」と汰華琉が言うと、足元に草に半分以上隠れた白くて小さな卵を発見した。


どうして汰華琉の足元にあったのかは不明だが、触れるとかなり暖かい。


汰華琉はしゃがんで恐る恐る親指大の卵を手に取って、「孵化させる自信がある人」と聞くと、誰もがすぐさま眉を下げて首を横に振った。


「ケイン、マリア、悪いけど頼まれてくれない?」と汰華琉が眉を下げて言うと、「ああ、一向に構わん」とケインが笑みを浮かべて言うと、マリアが卵を宙に浮かせて、ふらん器を作り出して、卵を中に収めた。


「…幸運の小鳥さんだぁー…」と、マリアの肩の上にいる小人のカインが笑みを浮かべて言うと、「鳥の卵なのね」とマリアは機嫌よく言った。


そして三人の天使たちが笑みを浮かべて、ふらん器に向かって祝福の祈りをささげ始めた。


汰華琉は卵を見つけた瞬間にどういうことなのかは理解できていたが、深く考えることはせずに、殻を破って出てくる日を楽しみにした。



その楽しみは翌日の夕食時にやってきた。


「あっ!」とカインが声を上げると、誰もがカインの視線の先にあるふらん器に目が行った。


すると卵の一部に穴が開いていて、なにやら光るものがある。


そして卵もだが、誰もが金縛りにあったように動かなくなった。


「卵の中から外の様子を見てるんだよ」と汰華琉が愉快そうに言うと、「…こっちも覗かれてたんだぁー…」と雅が陽気に言ってから、ふらん器を置いていあるテーブルまで走っていって、「怖くないから出ておいで!」と叫んだ。


しかし、卵は殻を破ろうとはせずに微動だにしない。


「…殻をぶちやぶってやろうかぁー…」と魔王が本気でうなると、卵の穴がいきなり増えていったので、誰もが大いに眉を下げて苦笑いを浮かべていた。


そしてまるで手を広げるようにしたのか、卵は真っ二つに割れたのだが、また誰もが動けなかった。


「…変わった鳥だなぁー…」と汰華琉が言って苦笑いを浮かべると、誰もが一斉にうなづいた。


確かに翼は鳥なのだが、それ以外は人型の小人でしかなかったのだ。


年齢で言えば、たまよりも幼児で、三才児程度だろう。


「翼が黒いから、悪魔の一種じゃないの?」という汰華琉の言葉に、「…知識にはないぃー…」とマリアは大いに嘆いた。


「…あたしも知らないぃー…」と桜良が言うと、汰華琉が一番に困惑の笑みを浮かべていた。


桜良が知らないものはないはずなのだが、知らないものがあったことになる。


よってこの場合、何かの理由があって自然界が作り出したといえる。


「種族としては基本は人間だけど、鳥から見ればクォーターのようだ。

 だから、獣人という人間として接した方がよさそうだ。

 性別は女子」


汰華琉の言葉に、誰もがうなづいて、マリアがようやくふらん器のカバーを開けて、小人を手のひらに乗せた。


「雅、誉、飯」と汰華琉が言うと、雅と誉は思い出したように目を見開いて立ち上がって、キッチンに走っていった。


「大抵のものだったら食べられるだろう。

 歯はあるのかい?」


汰華琉の言葉に、マリアは小人に口を開けさせると、「うん、生えてるよ」と笑みを浮かべて言った。


「世話はカイルに任せればいいだろう。

 俺たちが扱うには少々小さすぎるからな。

 カインがいて助かった」


汰華琉の言葉に、マリアがいい聞かせを始めてすぐに眉を下げた。


「生まれて早々に面倒なことを言ってんじゃねえぞ」


汰華琉の言葉を理解したのか、翼のある小人はマリアのいい聞かせを素直に聞き始めた。


「…何も聞こえなかったけど…」と美貴が言うと、「俺も聞こえてねえぞ」と汰華琉は言って少し笑った。


「マリアが眉を下げたからな。

 どうせ、ろくでもないことを言ったはずだと確信しただけだ」


「…あー… それはそうだわぁー…」と美貴は言って、満面の笑みを汰華琉に向けた。


雅と誉が走って戻ってきて、小人の食事をマリアに渡して、後のことは任せることにして、二人は席に戻ってから、急いで食事を摂り始めた。


「マリア、人形の服がぴったりだと思うけど、

 翼が邪魔だから、うまく細工して着せたやった方がいいと思う」


汰華琉の提案に、マリアは少し眉を下げたが、ここはケインが手を出して、翼のあるかわいらしいお姫様が誕生した。


食事を早々に終えたたまたちが、マリアを囲んでいた。


―― これでいい… ―― と汰華琉が考えると、「…どういう意味よぉー…」と美貴が聞いてきた。


「…心の声を読むな…」と汰華琉は小声で言って、少し笑った。


そして、「ふらん器を出したのはマリアだ、よってマリアが母で、父はケイン」と汰華琉が言うと、「…まあ、いきなり誰かに託すのは、マリアだっていい気にはならないだろうからね…」と美貴は眉を下げて呟いた。


「まあ、俺を父とか言ったんだろうけどな。

 その理由は卵は俺の足元にあったから。

 きっとな、踏んづけたとしてもなんともなかったと思う。

 それが切欠で、卵に気づいていた可能性もあるんだ。

 それほど高い草じゃなかったけど、

 半分以上草に隠れていた。

 あの小さな卵がよく目に入ったなと感心したくらいだから。

 さらには、俺はケインとマリアに卵を託したから、

 俺に親の資格はない」


汰華琉の言葉に、「…ま、大丈夫でしょう…」と美貴は少しいい加減に言って、にんまりと笑って汰華琉を見た。


そして、「本心は?」と美貴が聞くと、汰華琉は目を見開いて、「…かなり複雑だ…」と嘆くように言った。


するとマリアが眉を下げてやってきて、両手のひらに乗せた小人を差し出した。


「くれるのかい?」と汰華琉が言って笑みを浮かべると、「…この子の好きなようにって、ケインが…」とマリアは、眉を下げて言った。


「学校に行っている間は預かってもらうことになるから。

 連れて行くと確実に大騒ぎになるからな」


汰華琉の言葉にマリアとしてはそれでいいようで、「…うふふ… よかった」と笑みを浮かべて言って、小人を汰華琉の肩の上に乗せた。


「…泣いてんじゃない…」と汰華琉は言って、小さな花柄のハンカチを出して、小人に渡すと、「…・いいなぁー…」と、目の前にいるたまが言うと、汰華琉は大いに苦笑いを浮かべて、女性の分のハンカチを出すと、誰もが喜んで受け取った。


「…泣き虫でごめんなさい、お父さん…」と小人は言って涙を拭ってから、汰華琉の首に抱きついた。


「…今は別にいい…」と汰華琉は言って、小人の頭を指で優しくなでた。


「そして試練だ」と汰華琉が言って美貴を見た。


小人はすぐに察して、「…お母さん、よろしくお願いしますぅー…」と言って、美貴に頭を下げた。


美貴は小人を手のひらに乗せて、「…ミコトは私の娘だぁー…」とうなった。


「…ミコト…」と小人は呟いて、美貴と汰華琉に笑みを向けた。


美貴はすらすらと字を書き始め、まずは、『大和汰華琉 大和美貴』と書いてほほを赤らめてから、『大和美呼都』と書いた。


「あ、いいな」と汰華琉が言って笑みを浮かべると、美貴は大いに照れていて、美呼都は満面の笑みを浮かべて美貴に礼を言った。


「お姉ちゃん! あたしと誉ちゃんの名前も!」と雅が目を釣り上げて言うと、「…怒ることないじゃない…」と美貴は穏やかに言って、『大和雅 大和誉』と書いた。


「…皆さん、いいお名前ばかりですぅー…」と美呼都は笑みを浮かべて言った。


そして雅が美呼都を奪って消えると、汰華琉の肉体が巨大化して、汰華琉であって汰華琉でなくなっていた。


「…ああ、神よ…」とケインが言って頭を垂れたほどだった。


「…三位一体か…」とマイケルですら目を見開いて何とかつぶやけた程だった。


「…いきなりやんな…」と汰華琉が眉を下げてつぶやくと、雅は汰華琉から出てきて、元の姿に戻った汰華琉の肩に美呼都を戻した。


「全然違う俺になったが?」と汰華琉が眉を下げて雅に聞くと、「…あたしもよくわかんあんぁーい…」と雅は眉を下げて言ったことに、誰もが驚きを隠せず、顔を見合わせていた。


「誰もがそう簡単にはできんことだ。

 やったが最後、元に戻れんことが普通だ」


マイケルの言葉に、「…俺と雅の二位一体は今日のこの日のための試練だった…」と汰華琉がつぶやくと、「…それしかないだろう…」とマイケルは眉を下げて同意した。


「…お姉ちゃんは一緒にいて困んないよ?」と雅が美呼都に言うと、「…お前がつれて歩きたいだけじゃないか…」と汰華琉は苦情を言って、雅の頭を軽く叩いた。


「学校の時は基本、美呼都はマリアに預ける」と汰華琉が言うと、マリアは笑みを浮かべて、美呼都を見ている。


「…大きくなって、学校に行くぅー…

 カイン君も…」


美呼都の言葉に、「それは容認しないとな」と汰華琉が言うと、マリアは大いに眉を下げたが、二人に必要なこととして認めて、「…その時は毎日、授業参観に行くぅー…」とマリアが言ったが、汰華琉が認めたので、マリアは満面の笑みを汰華琉に向けた。


「…クラスのみんなに気合が入っていいわ…

 特に担当教師…」


美貴が眉を下げて言うと、「それはいいことだ」と汰華琉は言って愉快そうに笑った。


すると汰華琉が目を見開いて、雅の胸ポケットを見た。


「…リスリスも必要だったのか…」とつぶやくと、「…あー…」と雅は大いに嘆いて、リスリスを手のひらで隠したので、汰華琉は、「今更ながらだな!」と叫んで、腹を抱えて笑った。


「俺の勇者に雅の神獣。

 美呼都の小人にリスリスの動物の四位一体だったわけだ。

 それで、巨人になるものなのか?」


汰華琉の疑問には誰も答えられなかった。


すると汰華琉たちの手の甲に、金色に光る文様が浮き出てきた。


「…桜の花びらだが金色…

 俺のは悪そうだな…」


汰華琉は大いに嘆いていたが、雅たちの文様を見て、ある程度は納得した。


そして、「…地獄からの使者…」と汰華琉が呟いてにやりと笑うと、「…絶対に違うぅー…」と雅は大いに嘆いて、右手の文様を左手で隠した。


「だが、主導権は相変わらず雅にあるようだから、

 用心した方がいいぞ。

 俺たちが合体することで、

 弊害があるかもしれんからな。

 特に、死後の世界の住人には注意が必要だ」


汰華琉は言って、マニエルたちを見回した。


驚き方がほかの者たちと明らかに違うと感じていたからだ。


「…昇天しそうになった…」とマニエルが眉を下げて言うと、手下たちは真顔でうなづいていた。


「…それは感じなかったぁー…」とマリアは眉を下げて言ったが、「俺は感じた」とマイケルは苦笑いを浮かべて言った。


「その時は探し出して何とかするよ…

 急げば、昇天は免れるかもしれないからね」


汰華琉の言葉に、その候補者は一斉に頭を下げていた。



「…戻れたが、しゃらくさい…」と織田信長はご機嫌斜めだった。


「かなりの部分を認めるしかないでしょう。

 特に古代の水は脅威です」


信長に相対するような真田幻影は機嫌がよさそうだ。


「一国一城の主としては、雌雄を決してもらいたいのだが?」


「そちらの理由ですと断られるでしょう。

 大和汰華琉は平和主義者です。

 まずは躊躇ない星の防衛を確立して、

 神からの信頼は厚いと察します。

 彼が何らかの理由で今以上になる必要があると判断した時、

 我らの出番だと感じます」


「源ちゃんを復活させたよ?」と桜良が満面の笑みを浮かべて言うと、誰もが目を見開いた。


「神の名を捨てて勇者になったよ?」


さらに追い討ちをかけるような言葉に、「…先に、万有源一様に頭を垂れる必要があるものと」という幻影の言葉に、「なぜそうなった?!」と信長は怒りに任せて桜良を怒鳴りつけたが、元の木阿弥と思い、怒りを静めた。


「ふふふ・・・ 古代の水だよ?」という桜良の明るい言葉に、信長は深くうなだれた。


「それに、汰華琉君たちも四位一体を手に入れたよ?」


またさらに桜良が追い討ちをかけると、「頭を下げて回る必要がありそうです」と幻影は笑みを浮かべて言った。


「源ちゃんはアニマールと右京和馬に行って復活の挨拶をしてから、

 母星に戻ったよ?

 きちんと世直ししてからフリージアに戻るって。

 ついでに使える人の選定もするから、

 フリージアには休養に戻る程度だって思う…

 それに、源拓君たちもきちんと復活できたから、

 もう悪ガキじゃないよ?

 やっぱりまだまだ、お父さんは必要だったみたい…」


幻影は笑みを浮かべて何度もうなづき、信長は苦渋を飲むしか道はなかった。


信長は瞳を閉じて、「…謁見の予約を…」と穏やかに言うと、桜良は早速源一に念話を送った。


「織田信長さんが会いたいって言っているけど、

 いつがいい?」


桜良はわが子に電話をするように念話で話した。


「…えっ? もうフリージアに帰ってくるの?

 …うん… うん… 伝えとくよ?」


桜良は言って念話を切った。


「…源ちゃんの気に入るように、世直しできたって…

 でもね、今まで通り神がいるから、

 監視の目は緩めないって…

 明日の午後は暇になるから、夕食でもどうですかって…」


「…あいわかった… 同意すると返答を…」と信長が言うと、桜良は笑みを浮かべてまた念話を送った。



その頃、万有源一は妻の花蓮と子供たちをつれてケイン星にいた。


現在は山城家の城では、万有家歓迎の宴が行われていた。


やはり、この城で収穫した作物がおいしく成長していて、誰をも笑みにした。


「フリージアでも、古代の水を使って作物を育てた方がよさそうです。

 私たちにとっても、驚きのうまさです」


汰華琉は機嫌よく言って、その功労者である幹子に笑みを向けた。


すると汰華琉から桜良とレスターが飛び出してきて、早速夕餉にありついて笑みを浮かべている。


「堅苦しさは抜けてないようだね?」と源一が真剣な目をして桜良に聞くと、「…今の源ちゃんだったら、怒っちゃうかなぁー…」と桜良が眉を下げて言った。


「でもね、春之介君とゲイル君は懇意にしてるよ?」


「その割には、何も言わなかったけど?

 ゲイル様には汰華琉さんのことしか聞いてない」


「…あー… 汰華琉君は春之介君とはまだ会ってないんだぁー…」と桜良が嘆くように言うと、「縁がない?」と汰華琉は言って少し笑った。


「いいや、ノスビレ村の大成長はまさに心強い。

 どうしても手が欲しい時には確実に頼りになるから。

 このケイン星に来たい子はいるように思うよ。

 特に、ゲイルさんが薦めるように思う」


「…更なる抑止力にもなるなぁー…

 先に、竜の情報を流しておいた方がよさそうだ…」


汰華琉の言葉に、美貴が猛然たる勢いでパソコンのキーボードを叩き始めた。


「…女王様がよく働く…」と源一が眉を下げて花蓮を見て言うと、「惚れた女の弱み」と花蓮はなんでもないことのように言って、うまい古代の水を煽った。


「相思相愛」と美貴が目を吊り上げて花蓮に言うと、「…ごめんなさい…」と花蓮はすぐに謝って眉を下げて源一を見上げた。


「格違いなのはわかっていたのに挑発するんだね?」


源一が呆れるように言うと、「…捨てないでぇー…」と花蓮は大いに眉を下げて言った。


「捨てると面倒だから、飼っておいてやる」と源一は言って愉快そうに笑って、花蓮の肩を何度も叩いた。


花蓮は苦手な者が二人もできた。


それは大和美貴と、我が連れ合いの万有源一だ。


まさに源一の言った通りで、今の花蓮は源一にぶら下がっている存在でしかない。


「花蓮さんのもつ竜が花を生むとお聞きしているのですが、

 私の家族が興味深々なのです」


花蓮はあっという間に復活して、機嫌よく饒舌となった。


ケインたち神と源一は、申し合わせたように同じように何度もうなづいている。


―― 場の空気を素早く鋭く読み、すぐさま行動に移せる平和な特殊能力・・・ ―― と、神たちの意見は一致していた。


そして、食事が終わってから、マリアと汰華琉の妹たちのために、花蓮が花を生むことに決まった。



平和に数日が流れたある日、細田の様子が明らかにおかしいと汰華琉が感じたとたん、細田がそれに気づいて苦笑いを浮かべて、まずは汰華琉だけに、大いに杞憂の種になっている件を話した。


「…こりゃ、最終兵器だ…」と汰華琉は大いに嘆いた。


「喜笑星に来たければ、

 大和汰華琉は第一回全宇宙最強喧嘩選手権に出場せよ」


細田が棒読みで読むと、「…結果はわかっているけど、みんなに見せる…」と汰華琉は眉を下げて言った。


結果は案の定、汰華琉の恐れていた通りで、「お兄様なら宇宙一になれます!」と雅はいいながらも、壮大な打ち上げ花火の映像を見入っている。


「…ああ…」と誉などは嘆くばかりで、楽しそうな祭りの映像と汰華琉を交互に見ているだけだ。


「…いきたぁーい…」とついには、たまが直談判を始める始末だ。


「…後で知られたら、確実に恨まれていたから先に見せたが、

 案の定、思っていた通りになった…」


汰華琉は眉を下げて呟いた。


「このケイン星でもできるんだよね?」と汰華琉が細田に聞くと、「えっ?」と全員が一斉に細田を見入ったので、汰華琉は腹を抱えて笑った。


「難しいことじゃないさ。

 客寄せなどしなくても、

 この星でも行われていた

 カーニバルを復活させると公表すればいいだけ。

 肝心の夜の打ち上げ花火は、

 この星から採掘できる鉱石で賄えるから」


細田の言葉に、「我らが神、細田様!」と誰もが一斉に崇めたので、汰華琉は腹を抱えて笑った。


「準備期間に、半年ほどかけないと、楽しめないけど」


苦笑い気味の細田の言葉に、「旅行! 旅行!」とたまに明るく叫ばれてしまった。


汰華琉はため息をついて、「…喜笑星に行く…」と渋々つぶやくと、妹たちが一斉に汰華琉に抱きついて礼を言った。


そして細田がさらにやる気を出して、最高のカーニバルを演出するためにプロジェクトの提案を美貴に話した。


その美貴が細やかな企画書を製作して、一年後に今までになかった最大級のカーニバルを執り行うと、WNAから公式に発表した。


具体案などはもうすでに出来上がっているので、それぞれに関連する職人などの育成を半年で行い、残りの半年がカーニバルの準備期間となる。


この効果によって、総計で約百万の人材が必要となり、もちろん、出世コースも約束されるエリートとして働ける場を得ることにもなる。


統括はここでも山城美紗子が号泣してしゃしゃり出てきて、テレビのニュースに引っ張りだこになっていた。


「…もう、カーニバルが行われて、

 経済も安定することは決まったようなものだなぁー…」


汰華琉の言葉に、「…もしもできないとわかっても、汰華琉がすべてに手を出すからできたも同然…」と美貴が羨望の眼差しで汰華琉を見て言った。


「…やっぱ、がっかりさせたくないからね…

 …特に孤児や子供たち…」


汰華琉が照れくさそうにつぶやくと、「うん、そうね」と美貴は薄笑みを浮かべて同意した。


「ところでお母ちゃんはどんな企業の会長なの?」と汰華琉が今更ながらに聞くと、「中央といわれている、企業統括会社よ」と美貴が眉を下げて言うと、「…まさかだったぁー…」と汰華琉は目を見開いて、「…あの、ミキコンツェルンだったかぁー…」と嘆くと、美貴は恥ずかしそうにして目を伏せた。


「…絶対大成するからって、名前貸し?」と美貴が照れくさそうに言うと、汰華琉は愉快そうに笑った。


「…最終的には、美貴が会長に収まるようにという、大姉の愛だよ…

 …まあ… もうカネも地位も名誉もいらないほどにあるけどね…」


汰華琉の言葉に、「…汰華琉ほどじゃないけど、それなり以上にはあるわ…」と美貴ははにかんだ笑みを浮かべて答えた。


「…お祭り、いつぅー…」とたまが聞いてきたので、「十五日後だ」と汰華琉が答えると、たまは手のひらを合わせて大いに喜んでから汰華琉に礼を言って、言いふらし始めた。


「たま、ちょっと待て!」と汰華琉が言うと、美貴がすぐに立ち上がって、子供たちにいい聞かせを始めた。


喜笑星の祭りは大和家が招待されるわけで、その友人まではさすがに連れて行けないし管理ができない。


よって、いいふらすことは極力避けるべきだろうが、ここは視察として大和家が代表して喜笑星の祭り見物に行くことに表向きは決まった。


しかも、「無礼があったら、大きな刀で切り捨てられる星なのよ?」と美貴が言うと、もうすでにその映像を見ていたたまは、今にも泣き出しそうな顔をして、ようやく理解できていた。


「…やっぱり、行かなくていいかなぁー…」などとたまが言い始めたので、雅たちは必死になって美貴とともに説得を始めた。


幹子は愉快そうに笑っているだけで、たまの説得をしようともしていない。


これが幹子の見守る母の愛だろうと、汰華琉は苦笑いを浮かべながら獏然と考えた。



喜笑星の祭りの日まで、汰華琉は変わったことは何もしなかった。


だが、周りの雰囲気が変わっていて、特に神たちが汰華琉に擦り寄ってくる。


ケイン、マリア、マイケルは汰華琉の家族ではなく、崇められる対称なので、喜笑星にいけないのではないだろうかなどと考えていたからだ。


やはり一番わかりやすかったのはマリアだったので、「もちろん、神をお守りしながら、祭りを楽しんでもらうから」という汰華琉の快い返答に、マリアはわかりやすく喜んで、安堵感が流れた。


さらに汰華琉はこの件を大事にするため、ケイン星防衛隊の精鋭を選抜して、神たちの警護に当たらせることになった。


『遊びに行くのではない』と無言で公表したようなものだ。


その代わりの防衛隊の要請もロストソウル軍に出して、喜笑星に行く準備は整ったが、さすがに手ぶらで行くことはできないと思い、能力を溜め込める宝石のイルビーを豪華にして、ひとつだけ用意した。


このケイン星には、高価なものとしてはご他聞に漏れず宝石や貴金属で、どこにでもある高級品なので、ほかの貴金属は準備しなかった。


すると、多くの者が研究を開始したという古い文献の情報が偶然耳に入ってきて、汰華琉もその文献に目を通してうなった。


そしてケインとマリアに聞くと、「お兄ちゃんにならできるよ!」とマリアに明るく言われてしまったことに、汰華琉は眉を下げた。


それはこのヤハン国独自のもので、芸術性に富んだからくり仕掛けのものだ。


文献はあるのだが、現物がないだけに、研究者たちは大いに困惑しているようだ。


その文献自体に仕掛けがあって、数々の暗号を解かないと、再現は不可能だと、誰もがため息をつき、さらには、『ヤハンの宝』として、研究者を煽るように連日のように特集を組んだ報道も始まった。


しかも、他国からの注目も集まって、星中を挙げての研究も始まった。


汰華琉と細田は異空間部屋を使って長い時間をかけて文献を読み解いて、納得ができる一品を完成させた。


「…謎解きも製作も、超一級品だったぁー…」とものづくりに長けている細田を嘆かせるほどに素晴らしい一品となった。


それは高さ一メートル、幅奥行き二メートルの大作で、見た目はヤハンの古い時代の城で、動力源はゼンマイのようなものだった。


そして起動させると、まるで当時の様子を再現するように、小さな人形が動き出すという、子供であればずっと見ているというとんでもない代物だ。


「…公表、しないといけないんだろうけど…」と汰華琉はいいながらも、二つ目を作り始めていた。


それに付き合っている細田も、「…楽しくないって思ってものづくりをしているのは始めてだぁー…」などといいながらも、せっせと部品を作り出す。


この部品が曲者で、合理的な同じ部品が少ないのだ。


十人十色という言葉通り、小さな人形の表現は、すべて違う形状で作り上げられていることこそが芸術品と言っていい部分だ。


何とか二つ目も作り上げて、そのもの自体をWNAに寄贈した。


よってすべてをWNAに丸投げするという、楽な道を選んだのだ。


もちろん山城は大いに困り、魔王を交えて連日会議を行って、常に警備の目が光っている、第一宇宙観測所内に展示室を設けた。


現物に添えて、その設計図といえる篩い文献などもすべて展示するので、研究者は興味を持ってやってくるはずだ。


琵琶家に献上するものは今は汰華琉たちの城にあり、たまが先頭に立つようにして、動きがある城を見入ることが、今の楽しみのようなものだ。


よって、汰華琉と細田は大いに嘆きながらももうひとつ作り上げて、これを琵琶家の献上品とした。


入念な確認も終え、ついに喜笑星渡航の日が来た。


汰華琉の家族たちと選抜防衛隊は、まずは黒い扉をくぐってフリージアに行き、万有源一と挨拶を交わしてから、今度は質素に見えるが頑丈でもある社に入った。


そして外に出ると、「…サルサロスと同じ安土城だぁー…」と汰華琉は言って笑みを浮かべた。


「これも、芸術品だよなぁー…」と細田はうんざり感をもっていった。


汰華琉たちは比較的笑みの真田幻影とかなり怒っている森胡蝶蘭に導かれて、城の最上階にある謁見の間に通された。


そこには織田信長がでんと上座座っていて、汰華琉たちはその正面に座った。


幻影と胡蝶蘭は信長を守るようにして、両端に座った。


「よくぞ参られた」と信長は比較的穏やかに労いの言葉をかけて、小さく頭を下げた。


「お招きいただきまして、本当に感謝しております」と返礼を述べたのは、今回の物見遊山の団長である美貴だ。


魔王でもあるので、これは当然のことだ。


「この先は、できれば平和的にお付き合いしていくことが、

 私の願いでもあります。

 よって今回、お招きいただいたお礼に、

 献上したいものがございます」


まずは汰華琉がきらびやかな宝箱のようなものを出して、美貴に渡した。


そして美貴は信長に向けて箱の蓋を開けると、「…おお…」と信長たち三人はすぐさまうなった。


「これは我が夫、大和汰華琉の作品でございます。

 ですが、それほどの値打ちものではございません」


美貴は大いにわだかまりができることを言って、蓋を閉じて信長に向けて箱を押した。


「…たいそうなものを、ありがとうございます…」と幻影は目を見開いて言った。


この宝石が何を示しているのか、幻影は一目見て見抜いたのだ。


そして幻影は恭しく箱を掲げて、信長の前に置いた。


「…術師であるからこそわかる…」と信長は小声で言ったが、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「そちらの宝石は、どうやらケイン星の特産のようでした。

 よって、我がヤハン国の特産品を

 過去の文献を参考にして再現いたしました」


美貴の言葉に、細田がずいと前にせり出して、大きな城の芸術品を出して、ゆっくりと置いた。


「なんと!」と信長と幻影が同時に叫んだ。


そして細田が起動させると、謁見中だが、琵琶家の子供たちが大集合してきて、この城のからくりに魅了された。


「少々大きいものですので、盗難の憂き目にはあいにくいでしょう」


美貴の言葉は誰の耳にも届いていなかった。


しばらくして、「…この短時間でよく作りあげられたものだ…」と小声で織田為長が汰華琉に向けて言うと、「…三つ作った…」と汰華琉は大いに眉を下げて答えた。


為長は目を見開いたが、色々と理解して何度もうなづいた。


「…城の外に展示する…

 まずは頑強な小屋を作り、

 ケイン星ヤハン国との友好の証の品と公表せよ…」


信長は声は穏やかだが、悔しそうに言った。


「…あ、夢中になりすぎた…」と幻影はばつが悪そうな顔をして言って、信長の隣に座った。


「祭りの一番の目玉の、喧嘩選手権はこのあとすぐに予選じゃ。

 大和汰華琉だけではなく、出たい者は出てもらってかまわん」


信長が少しうなるように言うと、「はい、ありがとうございます」と美貴は笑みを浮かべて言って頭を下げた。


ここで障子が開いたので、美貴はほっとした顔をして立ち上がると、汰華琉たちも一斉に立ち上がって部屋を出た。


「…小憎らしい…」と信長がうなると、「聞こえました」と幻影が少し愉快そうに言った。


幻影が配下の者に小屋の設計図を渡すと、二十名ほどが一斉に立ち上がって部屋を出た。


「うんざりしているようでした。

 相当に苦労して、

 大和汰華琉殿と細田仁左衛門殿の二人で作り上げたようです。

 きっと、過去の遺物よりも素晴らしいものだと確信しています」


「…じゃろうて…」と信長は言って、まだ夢中になって城を見入っている子供たちを見て眉を下げた。


子供の感情を餌にして大和汰華琉を吊り上げたが、その素晴らしい作品を餌に、こちらの子供たちの心を奪われたという心境になってしまっていた。



第一回全宇宙最強喧嘩選手権の受付は簡単に終了して、今回は汰華琉と静磨だけが参加することになった。


もちろん、ほかの者たちは大人数で祭り見物に行く。


「予選第八」と汰華琉が言うと、「予選第一です」と静磨は安堵の笑みを浮かべて言った。


「そうか、がんばれ」と汰華琉の心地いいほどの言葉に、「はい! がんばってきます!」と静磨は勢いよく叫んで、人だかりのしている組み手場に、意気揚々と歩を進めた。


予選方法はすでに理解していて、大人数でのサドンデスだ。


最後に残っていた者が勝者となるが、異物がひとり混ざっていて、すべてを蹴散らそうとする。


よって、予選で全員失格という憂き目にあうことも考えられることから、静磨に気合が入っていたことは汰華琉にもよく理解できた。



程なく第一予選が始まり、大人数を目の前に、長い木刀を持った胡蝶蘭が仁王立ちしている。


その胡蝶蘭は燃え上がるような目を、広い組み手場の十メートル離れた外にいる汰華琉に向けている。


「準備はいいか?!」と琵琶家配下の者が叫ぶと、「おうっ!!」ととんでもない勢いで、組み手場の中にいる猛者たちの勇ましい声が上がると同時に、「はじめ!」と予選開始の合図が飛んだ。


すると胡蝶蘭は長木刀を気合を込めて、右側から一気に横一線に振り、五十名ほどいるほとんどの参加者を場外に放り出して失格とさせた。


もちろんまだ数名残っているので、木刀を返そうとしたが腕が動かず木刀を振れない。


胡蝶蘭は、目を見開き原因がわからず、懐を見ようとした。


するといきなり腹に掌底を受けていて、とんでもない勢いで後方にすっ飛んだ。


これには琵琶家家人たちが大いに驚き、一瞬のうちにして一人だけ残って仁王立ちしている静磨を見入っていた。


「第一予選、決勝進出者決定!」という叫び声とともに、大きな拍手と歓声が起こった。


雅たちは、「凄い凄い! 強い強い!」と口々に叫んでいる。


「…簡単に飛ばされたな…」と幻影が苦笑いを浮かべて胡蝶蘭に手を差し伸べると、「…何をやられたんだ…」と胡蝶蘭は呆然として呟いた。


「木刀を振る前に、駆け込み始めていた。

 左に振る体制と同時に、大きく左側に回りこんで、

 木刀の動きに吸い込まれるように、懐に入っていた。

 とんでもない移動速度だ。

 そして木刀の尻を押さえられていたから、

 木刀を返せなくて当たり前だ。

 あの小さな体にどれほどの力があるのか、想像もできない。

 ほかには大和汰華琉しか出ていないが、

 大和家は猛者だらけだろうな」


胡蝶蘭は幻影に腕を引っ張られて立ち上がった。


これには大きな波紋を呼んで、大勢の神たちが集合していた。


「…まさか、胡蝶蘭様が吹っ飛ばされるなんてね…」とゲイルが眉を下げて言うと、「…それ、禁句ね…」と平和主義者の八丁畷春之介が眉を下げて言った。


「いやぁー… さすが、汰華琉さんの仲間だと感心したよ」と万有源一が穏やかに言った。


そして、「俺も出ればよかった」と源一が言うと、誰もが一斉に頭を下げていた。


「…こりゃ、大和汰華琉殿を見るまでもないなぁー…」と幻影は大いに嘆いた。


「そういえば、門下生の方々は…」と大家京馬がつぶやくと、「…三人いたけどもちろん全滅で、前回第五位の前田源次もあの少年に簡単にやられた…」と幻影は眉を下げて言った。



このあとの予選七組目までは順調に、幻影が興した萬幻武流の門下生が勝ち残った。


そしてついに汰華琉の出番がやってきて、組み手場に出ると、汰華琉にだけ向けたひときわ大きな歓声が起こり始めた。


もちろんこれは雅たちの仕業で、展示された贈答品のからくりの城を作り上げたひとりと吹聴して回ったのだ。


この歓声には誰もが飲まれていて、篩い役の胡蝶蘭を大いに怒らせた。


「始め!」の合図とともに、胡蝶蘭は、「キェ―――ッ!!!」という気合とともに長木刀を横一線に振ろうと振りかぶったが、木刀がピクリとも動かない。


さらには激しい風に煽られて背後に飛ばされ、場外に腰をつけた。


そして組み手場に最後まで立っていたのは汰華琉で、両腕を天高く上げていた。


「第八予選、決勝進出者決定!」という声が上がると同時に、大歓声と大きな拍手に包まれた。


場外に飛ばされた胡蝶蘭は力任せに木刀を地面に叩きつけて折り、「俺も出る!」と騒いだが、なんとか幻影と神たちが押さえつけていた。



決勝は昼食後なので、汰華琉と静磨は琵琶家家人に誘われるままに、食事の席に案内されて、「おや?」と汰華琉が怪訝そうに言った。


どうやら汰華琉たちの文明文化に合わせるような食堂に通されたので、汰華琉としては少々拍子抜けだったが、雅たちは喜んでいたので、何も問題はなかった。


そして、さすがに試合前なので、試合に出る琵琶家家人はいなかったので、別の場所で食事を摂るのだろうと察した。


「いやぁー! 参った参った!」と気さくに静磨に声をかけた者がいる。


「前田源次と言う。

 萬幻武流免許皆伝者で、師範代総代だ」


戦いに敗れたはずの源次の陽気な言葉に、「郡山静磨です」と静磨は朗らかに挨拶を交わして握手をした。


「…もう年かなぁー… 隠居も考えるかぁー…」と若々しい源次が言うと、「え? 僕と同年代にしか」と静磨は言ってから、幹子を見た。


「若く見えても、五十八になった。

 ああ、今気づいたようだね」


源次は朗らかに言って、静磨の視線を追って幹子を見た。


「ですが、僕たちの細胞が反則のようなので、

 それほど胸を張れるものではないのです」


「いいや、それに甘えずに厳しい鍛錬をこなしているからこそさ。

 その指導者には頭が下がる」


源次は朗らかに言って、汰華琉に頭を下げた。


「しかも、あの蘭丸姉ちゃんを二度も吹っ飛ばすなんてね…

 生きていてよかったって初めて言いたくなった」


「相手が大きければ大きいほどに、無性に腹が立ちます」


静磨の言葉に、源次は腹を抱えて大声で笑った。


「その感情を感じられないほどに冷静だったわけだ。

 そうじゃなきゃあの動きはない。

 もちろん、身体的なことなのはわかっている。

 …ケイン星に旅にでも出ようかなぁー…」


「特にお勧めはしませんが、治安の悪い地域もあるので、

 腕力的な修行には最適かと。

 ずるがしこい者も多いので、

 精神鍛錬も積めるかもしれません」


静磨の言葉に、「よっし! 決めた!」と源次は陽気に言って、気さくに静磨の肩を叩いた。


手を合わせたのはたった一度で、その時の源次は一瞬驚きの目をしたが、飛ばされた瞬間、何かに納得したのか、笑みを浮かべていたことを静磨は覚えていた。


男子の友人が汰華琉しかいない静磨にとって、この前田源次の存在感を眩しいほどに感じていた。


だが、今の源次と組み手場での源次が違うと感じた。


「…勇者なのに負けちまった…」と源次がすぐさま察してばつが悪そうに言うと、「…そうだったんですかぁー…」と静磨はつぶやいてから、「うぉ―――っ!!」と雄たけびを上げ、いきなり見える世界が違うと感じて、眼下に見える汰華琉に目を合わせた。


「よう! 覚醒おめでとう!」と汰華琉が気さくに叫ぶと、静磨はさらに喜んで、「うおー! うおー!」と叫んで、何度ももろ手を上げ下げして、最高の喜びを表現した。


そして牛の獣人に戻ったマミーよりも背が高いことに、大いに胸を張って、マミーを抱きしめた。


感動的な場面だが、どう見ても超重量級の相撲をとっているようにしか見えなかった。


「…大きい静磨さんも好き…」というマミーの言葉に、「…ああ、ありがとう…」と静磨は感動して言って、マミーとともに元の姿に戻った。


「喜びすぎて腹が減った!」と静磨は陽気に言って、用意された食事をうまそうにして食った。


「…まさかの鬼だったかぁー…」と源次は大いに苦笑いを浮かべて嘆いた。


「…勝てる方法が見つからなくなったなぁー…」と汰華琉が考え込みながら言うと、「汰華琉は負けてもいいの」と美貴は笑みを浮かべて言った。


「…まあ、特に背負っているものはないからなぁー…

 実戦とは大いに違うし…

 だが、実戦ではない状況で

 勝たなくてはいけない事態になってしまった場合、

 かなりやばいぞ?」


「…うう… ないとは言えないぃー…

 妙な術を受けてしまった、とか…

 奇妙な条件付きの場所に来てしまった、とか…」


美貴が大いに嘆くと、汰華琉は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「あの体じゃあ、

 今まで以上に張り手の風は使えないからなぁー…」


その風で、胡蝶蘭の木刀をとめて、さらにその体を場外に吹き飛ばしたのだ。


汰華琉が少し悔しそうに言うと、「じゃ、子供だましの方でいいんじゃない? 多少のダメージはあるんでしょ?」と美貴が気さくに聞くと、「…その攻撃で倒すわけじゃないから、それで十分だよなぁー…」と汰華琉は言って、ようやく明るい笑みを浮かべてから、静磨に負けないほどに大いに飯を食らった。


そして、「…応用して、ちょいと驚かせるのもいいか…」と汰華琉は言って、にやりと笑うと、「…極悪人面になってるわよ…」と美貴は真剣な目をして言ってから、陽気に笑った。



喧嘩選手権の決勝は、勝ち残った八名全員の総当たり戦で決められる。


よって、勝ち星が多い者が優勝者となる。


今回は何とか前回優勝者の源弁慶が勝ち残ったが、三位以降の猛者が誰一人として勝ち残れなかった。


よって萬幻武流にあって、今までに決勝に出られなかった者、さらに、今までに出場していなかった者が、この決勝に出場できていたので、それほどの悲壮感は流れていない。


しかも女性が三名もいるのだが、誰もが大いに逞しい。


「…女性をいじめるなんてかわいそうだわ…」と美貴が嘆くように言うと、「心にもないことを言うな」と汰華琉は言ってからにやりと笑って、一段高い場所に上がった。


その一段高い場所に八名が勢ぞろいすると、誰もが大いに汰華琉に声援を送って拍手を打ち始めた。


この喜笑星の住人の住んでいた母星には、『ヤマトタケル』という神がいて、さらにはその強さに、神ヤマトタケルの再来だと誰もが口々に言ったからだ。


さらには神でしかできないような、からくり仕掛けの城を作ったことにも、説得力のようなものはあった。


「…こりゃ、雰囲気は最悪だな…」と幻影が眉を下げて嘆くと、「…神だから、強いのか…」と胡蝶蘭は眉を下げて呟いた。


汰華琉は調子に乗って、もう優勝した感情をもってもろ手を挙げると、さらに声援が大きくなった。


そしてさらに調子に乗って勇者皇に変身すると、「…えー…」と誰もが一斉に嘆いて、さらに無口になって、さらには誰もが後ずさりしたので、勇者皇はにやりと笑って変身を解いた。


「…あれが、あいつの勇者か…

 …魔王と、何が違うというのだ…」


信長が大いに嘆くと、「…戦わずして負けた気分です…」と幻影は覇気なく言った。


「あたなぁー――っ!!! 素敵よぉ―――っ!!!」とここぞとばかりに美貴が叫ぶと、誰もが美貴からも遠ざかって行った。



くじ引きの結果、汰華琉と静磨の出番はすぐにはなく、三試合目と四試合目だ。


しかし第一の相手が前回の一位と二位なので、二人にはそれなりに気合が入っているが、朗らかに話をしている。


この姿には、萬幻武流の門下生は気に入らなかったようだ。


もちろんこれは、汰華琉と静磨の作戦のようなものだった。


第二試合が終わり、汰華琉は少し気合を入れて立ち上がって、組み手場に走って中央に立った。


すると前回第一位で種族が鬼の源弁慶は、汰華琉に張り合うようにして組み手場の中央に立った。


弁慶はもうすでに鬼と化しているが、汰華琉は人間の姿のままで、薄笑みを浮かべている。


身長は静磨の鬼よりは低いが、汰華琉よりも頭ひとつ大きい。


そしてにらみ合いが始まった瞬間に、「始めっ!」と合図が響き渡った瞬間に、鬼が右の拳を汰華琉の顔面に向かって放っていた。


そして、『バシィ―――ッ!!!』という、とんでもない音がした。


汰華琉は弁慶の拳を左の手のひらで受け止めていた。


そして、拳を放った弁慶の体が後方にわずかに下がり、さらに両足がわずかに宙に浮いた瞬間に、鬼の体がその場で後方に垂直に高速回転をはじめ、汰華琉の左の裏の回し蹴りによって、鬼の巨体が場外まで吹っ飛んだ。


「勝負あり! 勝者、大和汰華琉!」


汰華琉は勝ち名乗りを受けて、笑みを浮かべてもろ手を天に突き上げると、大歓声が沸きあがった。


「…弁慶が、初撃で一瞬か…」と信長は歯軋りをしながらうなった。


「弁慶が鬼になっていたことが敗因です」と幻影は冷静に言った。


「…振り下ろして受け止められた分、体が浮いたか…」と信長が悔しそうにうなった。


「まずは大和汰華琉は回転しながら右足で弁慶の両足を払い、

 体を縦に回転させて、

 その勢いのまま、左の裏の回し蹴りを放ったわけです。

 弁慶の第一手が見えていないと、

 今のように流れるような動きはできないものと」


幻影の解説に、「…ぐぬぬぬ…」と、信長はうなるしか手はなかった。



続いての静磨の相手は女官で、長い杖を持っている。


前回第二位の加藤沙織で、普段の穏やかで美しい顔の面影はなく、その顔はまるで鬼のようだった。


しかし静磨はそれとは対称的に、穏やかな笑みを浮かべていた。


双方が構えを取ったとたん、「始めっ!」と合図が飛んだ瞬間に、「キェ―――ッ!!」と沙織が叫んで、杖を突き出した。


静磨はよけることなく、平手で杖の先端をつかんで押し返すと、とんでもない勢いで沙織は場外まで飛ばされて、呆然とした顔をしていた。


「勝負あり! 勝者、郡山静磨!」


勝ち名乗りを受けた静磨は、今更ながらに巨大な鬼に変身してもろ手を挙げて喜ぶと、見守っていた観客から顰蹙を買っていた。


そして、静磨がまるで本気ではなかったことに、沙織は心の底からうなだれた。



汰華琉と静磨は順当に勝ち進んで、お互い無敗で最終決戦となった。


この一戦に勝った方が優勝で、負けても準優勝だ。


よって、萬幻武流の門下生たちは全員二敗以上しているので、三位以降は決まってしまったことになる。


そして組み手場では、かなり戦いづらいようで、汰華琉は勇者、静磨は鬼に何度も切り替えて変身しては手足を出す。


まさに、二つの試合を同時に見ているようで、誰もが固唾を呑んで見守っている。


特に静磨は慎重さが著しいので、汰華琉であっても戦いづらい相手だ。


そして気を抜けば、確実に大きいものを食らってしまう。


それは静磨も同じで、まさに手に汗握る攻防となっている。


しかし勝負はあっけなく決まることになる。


勇者皇が、『ポンッ!!』と何かを鳴らした瞬間に、人間の姿の静磨の動きが一瞬止まった。


そのわずかな隙に、勇者皇は汰華琉に戻りながら全力で走り込み、静磨にショルダータックルを見舞って、場外へと飛ばした。


静磨はあっけにとられたが、もう起き上がることができずに、薄笑みを浮かべて瞳を閉じた。


「うおおおお――――っ!!!」と大歓声が起こった中、「勝者! 大和汰華琉!」の声が上がり、汰華琉は心の底から喜んで、もろ手を挙げた。



「…何があって固まったんだ…」と信長が大いに嘆くと、「…ただの空気砲ではなかったようです…」と幻影すらも困惑して呟いた。


「…ただの十九と十八の小童に…」と信長は両手の拳を握り締めてうなった。


そして幻影は組み手場に上がって、賞品授与式を行った。


「どうだい、まだ戦えるかい?」と幻影が聞くと、「今日はもう十分です」と汰華琉は機嫌よく言って、幻影に頭を下げてから、家族の待つ場所に走った。


汰華琉が家族のもとに戻り、「…戦うつもり満々だった…」と眉を下げて言うと、「…随分と戦わせたあとに言ってくるなんてね…」と美貴は眉を下げて言った。


「ハンデ」と汰華琉が言うと、「…勝てそうにないわけね…」と美貴は眉を下げて言った。


「もちろん、この雰囲気から戦いたいと、

 真の兵で猛者だったら誰だって思うだろう。

 だがここは冷静になって日を改めるべきだ。

 そこまで考えが及ばなかったとすれば、

 美貴の言った通りだろうね。

 多少でも疲れていれば、

 いい組み手ができるのではないかと。

 もっとも、ぜんぜん疲れてないどころか、

 調子はかなりいい」


「…呆れた… 静磨君はまだ寝てるのに…」と美貴は眉を下げて言った。


「そんなもの簡単だよ。

 鬼の体に慣れていなかったせいだ」


「…はあ… 冷静だわ…」と美貴は言って、汰華琉の右腕を抱きしめた。


「だが、実力は本物だ。

 鬼の体に慣れたら、さすがに勝てないかもな。

 作戦会議をしておいてよかった」


汰華琉は言って、美貴に頭を下げると、美貴は大いに照れていた。


「賞品、重そうね?」と美貴が早速ねだるように言うと、「…随分と奮発したもんだね…」と汰華琉は言って、金の塊を美貴に渡した。


「うふふ… ありがと…」と美貴は言って金を受け取ってから、異空間ポケットに収めて、「さあ! 何でもいくらでも食べていいわよ!」という美貴の明るい言葉に、誰もが勢い勇んで露店に向かって走っていった。


「待てっ! 大和汰華琉っ!」と汰華琉たちの背後から胡蝶蘭が叫んだ。


すると美貴は巨大な魔王に変身して、胡蝶蘭をにらみつけた。


「…これからは、楽しいデートだぁー…

 …お前らとの約束はもう果たしたからなぁー…」


魔王がうなると、さすがの胡蝶蘭は何も言えなかったが、拳を握り締めてぶるぶると震えた。


もちろん悔しい気持ちもあるが、魔王を恐ろしく感じたという理由もある。


「申し訳ない!」と幻影が割って入って頭を下げた。


「どうか、祭りを楽しんでください」という幻影の朗らかな言葉に、「ああ、遠慮なくそうしよう」と魔王は機嫌を直してから美貴に戻って、上機嫌で汰華琉の腕を引っ張って歩いていった。


「…一からやり直しだ…」と幻影が眉を下げて言うと、「…くっそ… …くっそっ…」と胡蝶蘭はうなった。


「それに、あの穏やかさはなんだ…

 まさに、大和汰華琉は神ではないのか…」


「仕返しして!」と胡蝶蘭が少女のように駄々をこねると、「さらに修行を積んでからな」と幻影は言って、胡蝶蘭を子ども扱いして頭をなでた。


「汰華琉は神などではない」と通りすがりのマイケルが言うと、幻影はすぐさま頭を下げた。


「色々とお勉強をしたが、

 万有桜良がすべてではないと俺は漠然と感じた。

 よって、万有桜良が関与していない宇宙からやってきたのではないか、

 などとな…」


マイケルは謎の言葉を残して、汰華琉たちを追いかけていった。


「…この膨大な宇宙とはまた別の宇宙があるというのか…」と幻影がつぶやくと、「そこは地獄でしかないじゃろう」と話を聞いていた信長が言った。


「その地獄で得たものは、ワシたちには想像のできぬものだった。

 あの芯の強さがそれを物語っておる。

 そして自然界にはないものが次々と発見されている。

 どこかに通路があり、未知の場からこちらに来ているのではないか。

 逃げてきたのか正しに来たのかはわからぬが、

 わずか十九で、すべてにおいてのあの強さは考えられぬ。

 あの神マイケルの考えた通りのような気がするな」


「桜良殿と少々話した方がよさそうです」


幻影の言葉に、「…祭りが終わってからでよい…」と信長は穏やかに言って、きびすを返して、安土城に向かって歩いていった。



豪華でうまい夕食を終えて、夜の帳が降り始める前に、汰華琉たちは特等席に誘われた。


そして、『ドォーンッ!!』という派手な音と空に咲いた大輪に、誰もが陽気になって拍手をした。


祭り最大の見ものの打ち上げ花火大会が始まった。


「…こりゃ、すげえな…」と汰華琉が大いに感心すると、「少し前までは本物を使っていたそうだよ」と細田が謎の言葉を投げかけた。


「…これが偽もの?」と汰華琉が怪訝そうに言うと、「安全性を考えて、小人の作った魔法道具を、猛者たちが空に放っているそうだ」と細田は愉快そうに言った。


「魔法玉にイメージを詰め込んで空に放つと、

 音が派手に鳴り、大輪の花も咲くそうだ。

 時には不慣れな者にもやらせて、

 笑いを誘うそうだよ。

 安全ではあるから、これはこれでかまわないと思う」


すると、『大和汰華琉! 勝負しろ!』という文字が空いっぱいに現れたので、汰華琉だけが腹を抱えて笑い転げた。


「…とんでもないメッセージボードだ…」と細田が嘆くと、誰もが愉快そうに笑った。


「あ」と汰華琉は何かを思いついて、風のようにこの場から消えた。


ほんの一分後、『ドォ―――ンッ!!!』というひときわ大きな音と大きな大輪の花が咲くと、マリアが指を差して、「…マリアンヌ…」とつぶやくと、「うわぁー…」と雅たちが大いに喜んだ。


まさにその大輪の花は、八重の赤い花とはっきりとわかる。


そのマリアンヌだが、ひとつの種に魂を宿して、若葉として芽吹いたばかりだ。


そしてまた花火が上がり、今度は、『魔王 山城美貴! 結婚してくれ!』という文字が現れると、美貴は号泣して、「してあげるわよ!」と空に向けて叫ぶと、「よかった」と姿を現した汰華琉が言って、美貴を抱きしめた。


魔王の山城美貴はこの世にひとりしか存在していないので、あとで揉め事になることはない。


さらに、『余計なことは言わずに勝負しろ!』とまたメッセージが上がって、誰もが大いに笑い転げたが、メッセージ大会は終了して、普通の花火が夜空を彩り始めた。


打ち上げ花火大会が終了すると、今度は子供たち限定の手持ち花火大会が始まった。


これが祭りの最後の催し物で、露店などの片付けと広大な会場の清掃が始まった。


まさに夢を見たままでは終わらせない、現実に戻す催し物だと汰華琉は大いに理解した。


たまたちが満足して戻ってくると、まだ号泣している美貴が眉を下げている信長に挨拶をしてからケイン星に戻った。


「…最大級の心のこもった礼だったな…」と汰華琉が言うと、「…半分嘘泣き…」と美貴は言って、少し舌を出しておどけた。


時刻は真夜中に近いのだが、魔王一行が体験した喜笑星の祭りがダイジェストで放映されると、星中の者たちがテレビにかじりついた。


これほどわかりやすい報告は存在しないだろう。


翌日はマスコミから汰華琉に取材が殺到したが、「放映した通り」とだけコメントした。



汰華琉と美貴の結婚式は、この先も住むこの山城家の城で、山城理事長と美紗子だけを呼んで、慎ましやかに執り行われた。


美貴は号泣しながら、「ドレスが無駄にならなかったぁ―――っ!!」と叫ぶと、汰華琉は愉快そうに腹を抱えて笑っていた。


式は簡単に終了して、美貴が新婚旅行をねだったのだが、「行きたい場所ってあるの?」と汰華琉が聞くと、美貴は大いに戸惑った。


旅行には行きたいのだが、その場所の候補がない。


よって、「…行ったことのない場所…」と美貴が眉を下げて言うと、「…ふむ…」と汰華琉は言って、腕を組んで考え込み始めた。


「宇宙で一番平和だと認められた星」という汰華琉の言葉に美貴は目を見開いて、汰華琉とともに消えた。


「連れてってぇ―――っ!!!」とたまが叫んだがもう二人はいないので、幹子がすぐさま、たまをなだめた。



魔王と勇者は結界に包まれていて、星を眺められる宇宙空間に浮かび上がった。


「見覚えがあるが?」と勇者が苦笑いを浮かべて言うと、「…ケイン星…」と魔王が言って汰華琉と同じ顔をしていた。


「認めたのはマリーン様ってことでいいの?」


「…そういうことになる…」と魔王は憮然とした表情で答えた。


「となると、

 どこの星もそれなり以上に不幸はあるということだなぁー…

 平和だと感じれば、それはかなり平和だといえるんだろう。

 少し前まではそうは思えなかったからな」


「…まあいい…

 動物しかいない星に飛んで散歩だ」


魔王はにやりと笑って言ってから、二人は結界ごと消えた。


次に飛んだ星は確かに人間はいないと感じたが、薄暗くなっている東側にどう見ても木造の城が建っている。


「…旅というよりも俺たちの意識改革で、

 なんだか冒険のようになってきたな…

 …それにここには、最近知った魂が大勢いる…」


汰華琉が眉を下げて言うと、「…まあいいではないか…」と魔王は自分勝手に言って、シルエットしか確認できない城に向かって歩き始めた。


すると、ムササビが飛んできたのかと思っていたら、その実態はリスだった。


「やあ、お凜ちゃん」と汰華琉が気さくに挨拶をすると、リスはしたっと地面に降りてから人型を取って、「…どうやってここに来たの?」と酒井於凜は小首を傾げて聞いた。


「宇宙船がなくても行きたいところにいける魔法だよ」


汰華琉が説明すると、「…そうなんだぁー…」とお凜は言って、汰華琉と美貴に笑みを向けた。


「…かわいいから連れて帰るぅー…」と美貴が駄々をこね始めた。


「琵琶家と戦争でもするの?」と汰華琉が鼻で笑いながら言うと、「…ほんとにざんねぇーん…」と美貴は本気で残念がった。


お凜は気さくに二人と手をつないで、この獣王星の獣王城に案内した。


汰華琉も美貴も有名人なので、動物しか住んでいないこの城で歓待を受け、整理整頓された座敷のリビングに招かれた。


「…新婚旅行なんだぁー…」とお凜の妹のお杏がうらやましそうに言った。


お凜はたまよりもわずかに年長で、七才程度。


お杏はたまよりも少々年下で四才程度の人間の姿をしている。


「…まさか偶然にもここが選ばれるなんてね…」と眉を下げて、この城の城代のポピーが言った。


その正体はカラフルな海洋生物のシャチだ。


そしてなぜだかモグラがいて、汰華琉の腕に絡まって機嫌よく遊んでいる。


「このモグラ様が、土のサラマンダー?」と汰華琉が聞くと、「・・・うん、そうなんだけどね…」とお凜は杞憂があるようで眉を下げて答えた。


「じゃ、これを飲ませてみてよ。

 古代の水」


汰華琉がペットボトルをポピーに渡すと大いに喜んでから、ポピーが一気飲みした。


汰華琉は大いに苦笑いを浮かべて、手に水を垂らしてモグラに飲ませた。


モグラは喜ぶように飛び跳ねて、ペットボトルの口に口を当てて器用に飲み始めた。


そして汰華琉の持っている非常食を食わせたとたんに、小柄な男子の人型をとった。


「…あら、かわいい…」と美貴は笑みを浮かべて言って、お凜たちを同じような生地を使って洋服を作って着せた。


そして汰華琉が姿見を出して見せると、男子は目を見開いたが、この結果は知っていたようで、汰華琉と美貴に頭を下げた。


「日も暮れたから、そろそろ眠るのかい?」


汰華琉が聞くと、「えっ… あ、うん…」とお凜はかなり残念そう言った。


汰華琉と美貴は動物たちに別れを告げて、城の近くの空き地に古代の水の水場を作ってから別の星に飛んだ。



「…あー… 太陽が肥大…」と勇者が残念そうに言うと、「まだまだもつ」と魔王が自身を持って言うと、魔王から妖精たちが飛び出して、太陽に向かって飛んだ。


「…スパルタだな…」と汰華琉が苦情を言ってすぐに、妖精たちは戻ってきて消えた。


太陽の肥大は押さえられ、太陽は復活を果たしていた。


そして辺りの星々を明るく照らした。


生物の住む星には緑があるのだが、半分以上は凍り付いていた。


しかし日差しが眩しいほどなので、この太陽系はあと十億年ほどは存続できるはずだ。


汰華琉たちはまた別の星に飛んで、今回は星に下りた。



今回は植物、昆虫、動物しかいない星だったが、どうやら人間は住んでいたようだ。


もうほとんど風化しているが、住居らしき痕跡がある。


「…何かがあって、人類は滅亡したのね…」と美貴は眉を下げて言った。


「ケイン星もこうなっていたのかもな」という汰華琉の言葉に、美貴は深くうなづいた。


「…創造神はいない…

 …星も魂を持っていない…

 …人間はやりたい放題をやって消え去った…」


汰華琉がつぶやくと、「…なんだか悲しいわ…」と美貴は感情を込めて言って、汰華琉の右腕をしっかりと抱きしめた。


汰華琉たちは陽の当たっている場所で、かなり高条件の場所に、願いを込めて古代の水場を作ると、早速動物たちがやってきた。


どの星でもそうだが、動物たちは汰華琉と美貴を警戒しない。


人懐っこい動物はまとわりついて来ることもある。


よって、仲間にしてもいい動物を手に入れられることもあるはずだが、今のところは、汰華琉たちが心を開いて何かをしない限り、ついて来ることはない。


「…おっと、大物発見…」と汰華琉が言うと、「…翼を休めていたようね…」と美貴は笑みを浮かべて、かなり警戒している火竜が目に入った。


かなり遠い山並みの谷の陰になっている部分から顔を覗かせて、汰華琉たちを観察しているのだ。


汰華琉たちは竜がいる場所から逆方向に飛んで、この場を去った。


火竜はまだ警戒を緩めることなく動かない。


だが、あまりにもいい匂いに、できる限り音を立てないようにして、空を飛ぶことなく、ゆっくりと歩いた。


その体高は五メートルほどあり、まだまだ子供程度の竜だ。


ゲイルたち竜の国では、一番でかい竜は、緑竜エカテリーナが五百メートルほどの肉体を持っている。


竜の場合、能力が高ければ高ほど、体は大きく成長する。


そしてその大きさも調整ができる。


この火竜は生まれ変わってからの経験不足なので、この程度の大きさでしかない。


ようやく水場にたどり着いて、長い首を水場に向け、岩で囲まれた水槽に口をつけて目を見開いた。


―― 勇者皇! ―― と竜が考えると、その勇者皇と魔王が宙に浮かんでいた。


「やあ! 小生意気な爺さん!」と勇者皇が叫ぶと、「…今は子供でしかないよ…」と火竜は眉を下げて言ってから、吸い込むようにして水を飲んだ。


火竜はようやく落ち着いて、頭を上げた。


「…こんな場所だからこそ、知り合いとも出会うわけだな…」と魔王が言うと、「…その怖い人は何?」と火竜は眉を下げて聞いた。


汰華琉が事情を説明すると、「…ふーん…」と火竜は興味がなさそうに言っただけだ。


「神は三人ほどいるが、竜はまだいない。

 人間は十億ほど住んでいるが、

 自然界が認めた平和な星だ。

 どうだい、一緒に来ないか?」


「…いかないよ…」と火竜は即答した。


「その水場を破壊したら?」と勇者が言うと、火竜は目を見開いた。


「…はあ… 餌付けされたぁー…」と火竜が嘆くと、勇者と魔王は愉快そうに笑った。


「そんなつもりは毛頭ないさ。

 今も昔も何も変わっていない」


「…それはよくわかってるよぉー…」と竜はふてくされるように言った。


「ケイン星には竜は住んでいないが、

 竜という魂を持つ物体が存在する事実とその姿の説明は終えている。

 お前を見て攻撃を仕掛けるやつはいないはずだ。

 もっとも、俺の住む星の科学技術では、

 お前に傷をつけることは無理だろう。

 攻撃を受けるとしても、

 石を投げつけられる程度のものだ」


「…それだって痛いよぉー…」


「…お前、人間の姿に変身できるだろ?」


汰華琉の一番重要な言葉に、火竜は目を見開いた。


火竜は反抗することなく、「…勇者皇のせいだ…」と呟いて、十二才程度の男子の姿に変身した。


勇者と魔王はゆっくりと地面に降りた。


「変わった服だな…

 色々と勉強したが、始めてみる装いだ」


「…すぐ近くの星…

 きっと、ここと同じようになるんじゃない?

 もうかなり間引きにあってるのに、なにもわかっちゃいない…」


「それが人間だ。

 だから自分自身に実害がなきゃ放っておけばいい。

 だが、そういった星にこそ、必要な人材はいたりするもんだ。

 何人かはいたんじゃないの?」


「…能力者はいたよ…

 星を守る方がご他聞に漏れずに少数派…」


「…ふーん… 高能力者はいない…」


「…あれじゃあ、成長は見込めないだろうね…」


火竜の言葉に、汰華琉は魔王を見た。


「…行くだけなら行ってもいいぞ…」と魔王がにやりと笑ってから二人は消えた。


そして男子の体から二人が飛び出してきたので、男子は驚いてしりもちをついた。


今は勇者と魔王ではなく、汰華琉と美貴に戻っている。


「…早かったぁー…」と男子は言って立ち上がった。


「別の力が作用して、悪いやつの能力は消せるもんでね。

 能力者として残ったのは、わずか三名だ」


「…ああ、自然界の神…」と火竜はなんでもないことのように呟いた。


竜の立場としては自然界側なので、生まれてすぐにこの認識をする。


そしてほとんどの竜はそれすらにも興味が沸かない。


竜にとっての生きがいは、様々な星を巡ることだけにあるのだ。


「…ここに来たりして…」と汰華琉がにやりと笑って言うと、男子は大いに焦った。


すると、「ごきげんよう!」とかなり元気なマリーンが、お付の天使たちを引き連れて汰華琉から飛び出してきて、早速水場で水を飲み、「…多くの不幸はあったようだけど、今のここも素敵…」とマリーンは笑みを浮かべて辺りを見回した。


そしてマリーンは男子に顔を向けて、「汰華琉様とともにいると、とても楽しいわよ」と優しい言葉を投げかけると、「はい! 知っています!」と男子は背筋を伸ばして叫んだ。


「…なに意地を張ってたんだか…」と汰華琉が苦笑いを浮かべて言うと、「…気遣いよ…」と美貴は言って、ゆっくりと歩いて男子の手をとった。


「ちょっと大きいけど、ハネムーンベイビー」と美貴は陽気に言った。


「ああ、それでかまわないさ。

 優秀な仲間が手に入ったので帰ります」


汰華琉の言葉にマリーンは眉を下げたが、薄笑みを浮かべて手を振った。


汰華琉は頭を下げて、美貴と男子とともにケイン星に戻った。



激しく反応したのは雅と誉で、男子に向けて目を見開いている。


「…子を産んだ、ことにして連れてきた…」


汰華琉の言葉に、神たちは一斉に腹を抱えて笑った。


「大昔に接触があった仲間だし、人間の扱いは慣れている。

 かなり平和な火竜だ」


「…へー…」と雅と誉は、興味津々で男子を見た。


「あ、呼び名だ…」と汰華琉は言って少し考え、「大和丈夫(ますらお)」と言って男子を見た。


「…はは、強そうだ…」と男子は答えて笑みを浮かべた。


「…山城美々子ですぅー…」と真っ先に挨拶をしたのは美々子で、丈夫に興味津々で、さらには頬を赤らめていた。


「…ショタか…」と美貴は言って、少し笑った。


「…なんだか、嫌な予感…」と汰華琉が言うと、美々子は汰華琉を見て、懇願の眼をした。


「特技を見せ付けてアピールする」と汰華琉が言うと、雅がサクラインコに変身して、おどけるようにして腰を振った。


これはこのサクラインコの求愛行動だ。


「…君は露骨過ぎる…」と丈夫が言うと、サクラインコは目を見開いて、変身を解いて汰華琉を見上げて、懇願の目をした。


「動物の性格が邪魔をしたな。

 丈夫は人に慣れていると言ったはずだ。

 いきなりの求愛行動は、

 人を持っている限りやるべきではない」


「…先に言ってぇー…」と雅は大いに嘆いてうなだれた。


「だめな妹っぽくって、俺は好きだ」と汰華琉は言って、雅の頭をなでた。


「…勇者皇の妹…」と丈夫は目を見開いて言った。


「俺の認めた絆の妹だ」と汰華琉は言って、妹にした雅、誉、たまの三人を並べた。


そして美々子が勝手にたまの隣に立ったので、汰華琉と美貴は腹を抱えて笑った。


「…姉ちゃんは俺の血族…」と汰華琉が眉を下げて言うと、丈夫は四人に頭を下げて笑みを浮かべた。


敵対心はまったくないので、丈夫としては四人を快く受け入れたといったことろだ。


「…少年の正体は?」とマニエルが眉を下げて聞くと、「火竜」と汰華琉は遠慮なく種明かしをすると、マニエルたちは一斉に丈夫に頭を下げた。


食事の席の席取り合戦で、優勝したのは鬼でもある静磨だ。


女子たちは一斉に丈夫の前の席に座って、丈夫だけを見ている。


汰華琉と静磨の同年代の男子がいないことで、自然にこうなってもおかしくはない。


「丈夫は神様の席でもいいぞ」


汰華琉の気さくな言葉に丈夫が少し嫌がった。


そして汰華琉の妹たちが汰華琉を睨んだことは言うまでもない。


「丈夫は火竜と緑竜以外は?」と汰華琉が聞くと誰もが目を見開いた。


すると丈夫が、「水竜と、土竜はなんとか…」と丈夫は言って頭をかいた。


この言葉には神たちも目を見開いているが、「…知っていたのね…」と美貴が機嫌よく言った。


「かなり前の勇者皇と出会った時は緑竜だったからな」


「…色々と能力を持っていた方が退屈しない…」という丈夫の言葉に、誰もが頭を下げていた。


「俺たちの生活の中心は学校にあるけど、

 丈夫はどうする?

 特に強制はしないが、最近の学校も捨てたものじゃないぞ」


汰華琉の穏やかな言葉に、「…そうだね、通ったことないからちょうどよかった…」と丈夫は言って、わずかだが笑みを浮かべた。


「小学六年か中学一年っていったところか…

 あ、別に俺と美貴と同じ大学一年でもかまわないと思うけど…」


汰華琉の言葉に、誰もが大いに眉を下げたが、「…見た目通りでいいよ…」と丈夫は言って、今度はしっかりと笑みを浮かべた。


「気になることがあるんだけど」と美貴が丈夫に聞くと、「勇者皇に怒ってること?」と丈夫が答えると、誰もが一斉に目を見開いた。


「ああ、あの件だよ。

 俺がひとりになって昇天した件」


「あの時から宇宙が随分と変わってきたんだ。

 勇者皇が随分とがんばっていたことはよくわかってた。

 …だけど、その勇者皇に、誰もついてこられなかった…」


丈夫の言葉に、汰華琉は笑みを浮かべて何度もうなづいている。


「でも、丈夫は昇天したわけじゃないんでしょ?」


美貴が決定的なことを聞くと、「…喧嘩別れしてた…」と丈夫は答えて眉を下げた。


「俺があまりにものんびりと構えていることが

 気に入らなかったそうだ」


汰華琉の言葉に、「…勇者皇の方が竜の性格してるよ…」と丈夫がつぶやくと、汰華琉は愉快そうに笑った。


「あの時と同じ言い争いになりそうだから、これ以上の論争はしない」


汰華琉の言葉に、誰もがほっと胸をなでおろした。


丈夫は唇を尖らせて気に入らないようだが、汰華琉の言葉を尊重して何もいわなかった。


「喧嘩別れしてくれたおかげで汰華琉に出会えた…

 ありがとう、丈夫…」


美貴が感情を込めて胸のうちを吐露すると、「…ははは… 結果がよかったようだから…」と丈夫は言って、照れて頭をかいた。


「…そうだ… 別れがあるから、新しい出会いもある…」とマイケルが感情を込めて言うと、「新しい経験も詰めますから」と汰華琉は薄笑みを浮かべて言った。


すると美貴が目を吊り上げて、逃がさんとばかりに汰華琉の腕を抱きしめた。


そして、「…女遍歴…」とつぶやくと、「まさか魂にあるやつ全部?」と汰華琉は言って愉快そうに笑った。


「ま、魔王様よりも威厳があって魅力的な女性はいなかったよ」


「…ま、まあ、いいわ…」と美貴はなんとか言って、大いに頬を赤らめた。


「…勇者皇は満足させる天才だよ…

 …だから誰もいなくなったはずだ…」


丈夫の言葉に、「…色々と我慢する必要があるわぁー…」と美貴が眉を下げて嘆くと、特に妹たちがが大いに反応した。


「…お兄ちゃんは悪魔だぁー…」と雅が嘆くと、「いずれは納得して昇天することは当たり前だ」と汰華琉はさも当然のように言った。


「…いえ… 当たり前というか…

 そうじゃなきゃ、素晴らしい来世を迎えられない、かな?」


雅が眉を下げて言うと、「…おお… そうじゃぁー…」とケインがうなると、今度はマリアが泣きそうな顔をしてケインの腕を抱きしめた。


「ケインはその結果を見た特殊な存在だ。

 それにケインと魔王は別物だから、

 昇天することはない。

 ま、大いに矛盾を感じるんだろうけど、

 考えすぎていいことはまるでないから」


汰華琉の朗らかな言葉に、ケインは笑みを浮かべて頭を下げた。


「…私が満足して消えちゃうぅー…」とマリアが悲しそうに言った。


「その時はケインが納得したら、魂だけを捕まえて、

 新しい生涯を見守ってやるさ」


汰華琉の言葉にケインは笑みを浮かべてうなづいたが、マリアは微妙な顔色をしていた。


「まだまったく満足していないようだから、問題はない」


汰華琉が言い切ると、「そうなるな」とケインは薄笑みを浮かべてマリアを見た。


「…きちんと納得して昇天することを見守る天使…」と丈夫が笑みを浮かべてつぶやくと、「…この宇宙にとって、なくてはならない素晴らしい人だわ…」と美貴は感情を込めて言った。


「そんな気は毛頭ないけどね!」と汰華琉は叫んで陽気に笑った。


「…だから、ご褒美もたくさんくれて…」とたまが少し悲しそうな顔をしてつぶやいた。


「楽しめるものをもらったらうれしいじゃん」という汰華琉の言葉に、誰もが一斉に頷いてから、我に返って否定するように強く首を横に振ると、汰華琉はさらに愉快そうに笑った。



そのころ真田幻影は、戻ってきた咲笑を使って精神修行に余念がない。


咲笑と幻之丞は信長たちが正常化すると同時に、頭を下げて安土城に戻って来たが、謝罪をしたのは信長たちだった。


そして幻影は早速咲笑を使って、大和汰華琉の強さの秘密を知ろうと研究中だ。


「…肌に傷をつけず骨も折れていないのに異様に痛い…

 …敵の術を打ち破った時の衝撃だと思うが…」


「…これほどに痛いとなると、敵の放った術のリバウンドも、

 ある程度は引き受けているのではないでしょうか?」


咲笑の言葉に幻影は目を見開き頭を振った。


「…あの胆力は、精神的な痛みによって培われたか…」と幻影がうなるように言うと、「…さすがにここまでは真似はできん…」と信長は気に入らないように唇をゆがめて言った。


「…雅殿との二位一体にも、意味があることなのでしょう…

 …兄の肉体を守りながらも、それ以上に精神面を鍛える…

 …まさに、密着した師匠と弟子…」


「…それに加えて願いの夢見か…」と信長は悔しそうに呟いた。


「…松崎拓生殿か結城覇王殿に頼みますか…」と幻影がため息混じりに言うと、「…今は場慣れをするべき…」と信長は自分に言い聞かせるように呟いた。


幻影が二人に念話を送って願いの夢見について聞くと、どちらとも快い返答をもらったのはいいが、別のものに意識があると幻影は感じた。


「…ケイン星に渡るつもり?」と幻影が聞くと、信長は目を見開いた。


「特に拘束するつもりはないんだ。

 だけど交代で願いの夢見に誘ってもらいたいんだ」


幻影が願いを言うと、信長は苦渋を飲んでいた。


話はあっさりと幻影の願いは届き、二人は桜良と話をしてからケイン星に渡るつもりだと告げた。



桜良は緊張していた。


ここまでの話を汰華琉にしたのだが、神を交えての会議が始まってしまったからだ。


詳しい話は細田ができるので、桜良の出番はない。


「必要ないように思うが?」とケインがさも当然のように言った。


「俺たちではなく先様の望みだからね」と汰華琉が言った。


「…まさか、番号付きに出会えるとはな…」とマイケルは言って少し笑った。


「…五十一人のうち、三分の一ほどは見つかってるよ?」と桜良が言うと、「…この広い宇宙でわずか五十一名か…」とマイケルは嘆くように言った。


「…その魂を生んだのが、お兄ちゃん…

 結城覇王なの…

 松崎拓生さんは、その三番目の魂…」


桜良が眉を下げて言うと、「…人間を生むためだけに、寿命百億年、ねぇー… とんでもない修行だ…」と汰華琉は大いに眉を下げて呟いた。


「…この件もね、自然界にはないものなの…」と桜良は眉を下げて言った。


「ケインが反対だったら断るけど?」と汰華琉が言うと、ケインは目を見開いていた。


そしてケインは美貴を見て、「磨王様はどう思われる?」と聞いた。


「あたしと汰華琉が直接会って決めるから。

 エッちゃん、連れてきて」


美貴が堂々と言うと、桜良は笑みを浮かべて消えてからすぐに美貴から飛び出してきた。


結城覇王と松崎拓生は驚くことなく、まずは魔王である美貴と挨拶を交わすと、美貴はこの星の神たちを紹介した。


「…二人とも接触はなかったのね…」と美貴が言うと、覇王と拓生は眉を下げて小さく頭を下げた。


そして美貴が汰華琉を見ると、「我々は特にお二人を必要とはしていません」と汰華琉ははっきりと言った。


すると、ケイン、マリア、マイケルが胸をなでおろした感情を察知した。


「…これ以上神ばかりが増えるとややこしいから、かぁー…」という汰華琉の言葉に、真っ先にケインが頭を下げて、「…そういう拒絶だったのね…」と美貴は眉を下げて呟いた。


「雰囲気でしかわからないけど、

 どの神も一長一短があるから、

 俺としてはいてもらってもかまわないんだ。

 だがその思想がまったく違う神だからなぁー…

 マリアとは仲良くできそうだけど、

 ケインとマイケルとはそりが合わないと思う」


「…ああ、そういうこと…」と美貴はあることに気づいてから納得して言った。


「平和的解決として、今回は申し訳ないけど、

 移住は拒否させてもらいます」


汰華琉の言葉に、覇王も拓生も眉を下げてうなだれた。


「ですが、観光旅行であればいつでもどうぞ。

 歓迎しますから。

 エッちゃんの判断で、同伴者の許可を出してくれていいよ」


汰華琉の言葉に、桜良は一瞬喜んだが、すぐに眉をひそめた。


「悪いやつはいないが、

 面倒なやつがいるかもしれないという不安だね?」


汰華琉の言葉に、「あはははは!」と桜良は空笑いした。


「わずかでもエッちゃんが疑いを抱いた時は許可しないで欲しい」と汰華琉が言うと、「うん! 守るよ!」と桜良は機嫌よく叫んだ。


「あ、そういえば…」と静磨が眉を下げて言うと、「前田源次さんは許可するよ」と汰華琉は笑みを浮かべて言うと、「はい! ありがとうございます!」と静磨は満面の笑みを浮かべて礼を言った。


「…ああ、旅修行の件ね…」と美貴が察すると、汰華琉は笑みを浮かべてうなづいた。


「何かをつかんで」と汰華琉はここまで言ってから少し考えて、「松崎さんと結城さんは旅修行はなしでお願いしたいのです」と厳しい表情をして言った。


二人は旅行ではなくそれが目的だったが、完全に悟られてしまってうなだれた。


「理由は簡単です。

 お二人は純粋に戦士ではないからです」


まさかの理由に、二人は同時にうなだれた。


「どこかの隊に入って、戦士修行をしてからまた来てください。

 その時に、また面接をして決めますから」


「…わかりました、ありがとうございました…」と結城覇王は言ってから、頭を下げて消えた。


「…ふむ… 面倒なヤツと悪態をつかれた…」と汰華琉が言って苦笑いを浮かべると、「…やっぱ、駄目だった…」と桜良は大いに嘆いてから、汰華琉に頭を下げた。


「エッちゃんが俺を兄と言ってくれたことをようやく理解できたよ。

 残念だが、あの器ではエッちゃんの兄は無理だ。

 不幸はあったようだが、積み重ねが薄いことは、

 万有源一さんがすでに見抜いて語っていたはずだ」


「…大正解ぃー…」と桜良は眉を下げて呟いた。


「では、私もこれにて」と拓生は笑みを浮かべて消えた。


「…目にもの見せてやる、だって…」と汰華琉は愉快そうに言うと、誰もが大いに眉を下げていた。


「だから合格だね」と汰華琉が言うと、「え?」と誰もが意表をつかれて呟いた。


「戦士として大成しようと努力することにしたからだよ。

 気合の現れで、俺に向けて悪態をついたわけじゃない」


「…拓生さんも、色々持ってるからなぁー…」と桜良は眉を下げて呟いた。


「だけど、万有源一さんほどではなかったから、

 琵琶家と同じ目にあわされたわけだよね?」


汰華琉の言葉に、「…うん、そう… だからフリージアを造って、源ちゃんに住んでもらったの…」と桜良は悲しそうに言った。


「…はは、それはすごい…」と汰華琉は感心するよりも呆れていたが、今の桜良にはそれほどの力はない。


「…ふむ…」と汰華琉は言ってから腕組みをして考えて、源一に念話を送った。


「松崎拓生と結城覇王ですが…」と汰華琉は言って、今あったことすべてを語った。


『それで問題ないと思うよ。

 あ、松崎さんはここに来たよ…

 今はロストソウル軍の中央作戦本部』


「はあ、そうですか。

 でしたら問題ないでしょう。

 ですが結城覇王は少々問題ありだと思います」


『うん、見張っておくから大丈夫だし、

 自然界の神に目をつけられたはずだよ』


源一は気さくに言うと、汰華琉は丁寧に礼を言って、念話を切った。


「…ボスがいてくれるから楽…」と汰華琉が言うと、誰もが大いに眉を下げた。


「ある程度は強い力に守ってもらう必要があるんだ。

 万有源一さんは、見た目や感じた以上の力を持っているはずだ」


汰華琉の言葉を肯定したのは、美貴とマイケルだけだった。


よってさらに信憑性が上がり、誰もが信じて汰華琉に頭を下げた。


「その証拠は、万有源一様がいなくなった時に、

 誰もその後釜に座らなかったこと。

 天使で白竜だった万有さんは、

 想像以上に力を持っていたはずで、

 後釜に座ることを誰もが尻込みしていたはずだ。

 自然界としては琵琶家にそれを託したいところだった。

 きっとな、誰もが今の事態など想定していなかったはずだ。

 やはり、強い力を持つと、変わってしまうようだなぁー…」


汰華琉は言ってマイケルに頭を下げると、「小心者にならない、慎重と臆病」とマイケルが答えると、汰華琉は笑みを浮かべて頭を下げた。


「そこに真摯と誠実と勤勉も付け加えましょう」という汰華琉の言葉に、マイケルは笑みを浮かべてうなづいた。


「…まだまだお勉強なのね…」と美貴が眉を下げて言うと、汰華琉とマイケルは愉快そうに笑った。



打って変わって穏やかな食事の席。


今日は細田の妻も同伴して、城に泊まることにしたようだ。


「…あー… おいしいわぁー…」と岩戸理恵はずっと関心と感動を繰り返していた。


「演劇の仕事は大変でしょうね」と汰華琉が聞くと、「ううん、好きなことだから」と理恵は気さくに答えた。


そして汰華琉がテレビをドラマに替えると、しばらくして理恵が眉を下げた。


「どうです?

 こっちの世界の演劇面で働いてみませんか?」


汰華琉の言葉に、「…生きがいができたぁー…」と理恵はうなって細田を見た。


「さらには他星人の演劇の名手としても注目されるはずですが、

 権力で押さえつけますので心配は要らないはずです」


「請け負う請け負う!」と美紗子が陽気に叫ぶと、汰華琉は愉快そうに笑った。


「そう、隠さないのね…

 私の性格からもその方がありがたいわ」


理恵は言って、まるで戦士のような燃える目で汰華琉を見た。


「まさか、理恵さんも能力者?」と汰華琉が細田に聞くと、「僕と同じで種族は神だよ」と簡単に種明かしをした。


「能力なんて使ったことないわよ。

 好きな演劇だけに、心血注いでるだけ」


理恵の言葉に、まだ覚醒していない誉が眉を下げた。


「演劇に飽きたら、人助けの旅に同行もするけど、

 私としてはまだまだなの」


「はい、それでぜんぜんかまいません」と汰華琉は笑みを浮かべて答えた。


「ちなみに、こっちに連れてきても問題のない人っていませんか?」


汰華琉の更なる勧誘に、「…条件を絞って精査して連れてくるわ…」と理恵は明るく答えた。


「細田さんが許可を出してくれていいよ」


「うん、わかったよ」と細田は感情を込めて答えて、汰華琉に頭を下げた。


理恵は細田を睨んで、「…信用されてるなどと思って、調子に乗るんじゃないわよ…」とうなると、細田も汰華琉すらも眉を下げていた。


細田にとって、かなりの恐妻でもあった。


「…うふふ… 何も心配いらないわ…」と美貴が明るく言うと、理恵は笑みを浮かべて美貴に頭を下げた。


「女優は着飾ることも重要よ?」と美貴が目を輝かせて言うと、「…わかったわかった…」と汰華琉は言って、食事を終えてから街に繰り出すことにすると、汰華琉の妹たちが大いに喜んだ。


「WNAの懇親会パーティーに着て行く服がないわぁー…」と美紗子がいい始めると、「正月の装いでいいじゃん」という汰華琉の言葉に、女性たちは一斉に眉を下げた。


「…寄付寄付…」と美貴がつぶやくと、「…まあ、いいけど…」と汰華琉は眉を下げて容認した。


「寄付?」と理恵が怪訝そうにして美貴に聞くと、その事情を話した。


「…お金持ちだったら、その寄付の方法が一番いいと思う…」と理恵は言って笑みを浮かべて汰華琉に頭を下げた。


「…安いものじゃないわけだ…」とカネに縁のない細田が眉を下げて言うと、「使い切れないので、経済効果も見据えて丁度いいんです」と汰華琉は明るく答えた。


「さらにこの先、ものづくりまで始めると、

 使う暇さえなくなりそうですから、

 習慣付けておくことは重要でしょうね」


汰華琉の言葉に、「…けち臭くない正しい富豪だわ…」と理恵は笑みを浮かべて言った。


「…たくさん、造ってもらいたいなぁー…」とたまが言うと、今回は幹子がたまを言い聞かせた。


たまは幹子には反抗しないので、すべての言葉を信用して納得する。


「…それも始めていくから…」と汰華琉は眉を下げて言って、美紗子を見た。


「芸術品を作るよりも、おもちゃを作っていた方が百倍楽しいから」


汰華琉の明るい言葉に、たまはもろ手を挙げて喜んだ。


「もちろん、協力するよ」と細田が汰華琉に追従すると、「あんたがおもちゃを作ったらまた騒ぎになるわよ?」という理恵の言葉に、細田は大いに眉を下げた。


その事情を細田が語ると、「…人間の欲を何とかしたいなぁー…」と汰華琉は大いに嘆いた。


細田の作り出すものはおもちゃですらも芸術品として扱われて、何度も騒動があったそうだ。


その証拠を細田が見せると、子供たちも大人たちも別の意味で興味津々となった。


子供たちは遊びたいと思い、大人たちは自分のものにしたいと欲を持ったのだ。


「…だめだこりゃ…」と汰華琉が眉を下げて言うと、「…あはは! だめだね!」と細田は陽気に叫んだ。


「…細田さんの作品は基本配布で、

 星中に配った方がよさそうだ…

 そうすれば、芸術品も芸術品じゃなくなって、

 一般的なものになるはずだ」


汰華琉の言葉に、「…それしかないよね…」と細田は明るい口調で答えた。


「流通は任せて!」と美紗子がまた言い始めたが、汰華琉は快く任せることにした。


そして、「十億個できたら配布」という汰華琉の厳しい言葉に、誰もが大いに目を見開き、誰もが大いにうなだれれた。


「そして、家族といえども特別扱いはなしだ」


汰華琉のさらに厳しい言葉に、「その程度はしないとね」と美貴も賛同したことで、誰も何も言えなくなってしまった。


まだ細田はひとつも造っていないので、現状では汰華琉の言葉は有効だ。


「着せ替え人形もそうするか…

 だったら心置きなく無料で配布できるし…

 その前に…」


汰華琉は言って一冊の絵本を出してたまに差し出すと、たまは小首を傾げて絵本を受け取って、本の扉を見て固まった。


もちろん、着せ替え人形を題材とした絵本で、汰華琉が勇者皇として大昔に配っていたものだ。


「まずは本で我慢してもらうか…

 これなら、普通に印刷してもそれほど問題はないし、

 多額の金を要求する必要もない。

 通常の流通でかまわないだろう」


汰華琉の言葉に、美紗子がまるで秘書のようにして汰華琉に頭を下げた。


美貴は絵本の背を見て、「…何話あるのよぉー…」と眉を下げて言った。


たまの持っている絵本に通し番号がついていて、『第百三十二話』と小さな文字で印刷されていたからだ。


「…あ…」と汰華琉はあることに気づいて、雅を呼んで勇者皇の記録の絵本の部分だけを探った。


「…千冊ほど?」


「…昇天しない方がおかしいわよぉー…」


汰華琉の回答に、美貴は大いに呆れて嘆いた。


「…よくぞそれほどに考え出したものだわ…」と美貴がさらに嘆くと、「あらすじの半分以上が子供たちの希望だよ」と汰華琉が笑みを浮かべて言うと、誰もが大いに感動していた。


「だから、希望を伝えれば絵本にして

 着せ替え人形も作ることにしてもいいかなぁー…

 などと考え始めた」


汰華琉の言葉に、絵本から顔を上げているたまが大いに眉を下げて幹子を見た。


「すっごく楽しめるわよ」と美貴が言うと、たまは満面の笑みを浮かべて、「うん! 楽しみぃー!!」と機嫌よく言った。


汰華琉はたまに渡してある着せ替え人形セットの絵本と、今渡した絵本の着せ替え人形セットを渡した。


たまは新しいおもちゃに喜んだが、今は絵本に熱中している。


汰華琉と細田、そして美貴、静磨、マミーは、細田の簡易異空間部屋に入って、汰華琉は絵本と着せ替え人形セットの作成、細田は木工細工のおもちゃの作成に勤しんだ。


「…一年ほどはかかるね…」と猛然と食事を取り始めた細田が言うと、「…慣れがくれば、半分の期間で済みそうだ…」と汰華琉は明るく言った。


十時間作業して、細田はおもちゃを一万ほど、汰華琉は絵本と着せ替え人形セットを千ほど作り上げていた。


そして汰華琉は細田と相談して、美貴にごみ収集所の正確な位置を知っておくことにした。


それは二人が作り出している製品の原材料となるものだ。


ごみを収集した場合、ほとんどは焼却処分なので、燃やす前に再利用することに決めたのだ。


このヤハン国のすべてのごみ収集所の調査を行い、汰華琉と細田が近場からすべてのごみを原材料に変化させた。


放置するととんでもない量となるので、そのたびに異空間ポケットに収めた。


このヤハン国からごみがすべて消えた時、材料は十分と、汰華琉も細田も胸を張った。


美貴は報告書を書いて、WNAに送信すると、早速WNAから、このヤハン国からごみが消え、ケイン星全人民に数点の製品を配布するとだけ説明があった。


もちろん、報道陣たちは何を配布してもらえるのか大いに興味がわいたが、『大和汰華琉特別小隊隊長からのプレゼントだ』と山城理事長が胸を張って答えると、報道陣たちは、「…おー…」と大いに感心していた。


『知っての通り、星の人民すべてで約十億人。

 その十億人すべてに配るという企画が上がっている。

 その企画はもう試験を始めていて、

 約一年をかけてやってしまうそうだ。

 これが、大和汰華琉の平等だ』


山城理事長が胸を張って発言すると、報道陣から大きな拍手が沸き起こった。


『ちなみに、製品は大きく分けて二種類あって、

 ひとつはまさに芸術品という話だ。

 現在は秘密裏に作業を遂行しているので、

 私もまだ現物は見てはないが、企画書の写真は確認した。

 …まさに、芸術品だった…

 それを星中の人民に配るということは、

 どういうことなのかわかるはずだ。

 本来なら販売したいところだったが、

 カネが飛び交うようになり、

 さらに平和にするものを奪い合うことになり、

 収拾がつかなくなることもあるだろう。

 時には犯罪も横行するかもしれない。

 そういった杞憂をなくすために、全人民に配るのだ。

 ここまで言ってもわからんやつは人民の半数以上はいるだろうが、

 大和汰華琉はほんの一握りでも感動してくれる人のために、

 この決死の製造をするといっているのだ。

 そろそろ、あんたらも平和のために、

 何かを興した方がいいのではないかと言っておこうか』


山城理事長は言いたいことを言ってから、壇上から降りた。


「…現物を見せないところがいいね…」と汰華琉はテレビ画面に向けて拍手をしながら言った。


「…プレゼントは、中身を知ってしまうと楽しみが薄れるわ…」と美貴は言って、汰華琉に寄り添って、頭を汰華琉の肩に乗せて甘えた。


「…うふふ… 忙しくなるわぁー…」と美紗子だけは大いに喜んで呟いた。



翌日学校に行くと、汰華琉の関係者たちは全員学友たちに囲まれたが、「ノーコメント」と誰もがWNAからの発表については口を閉ざした。


だが唯一、たまだけは話したいのだが、話すと汰華琉に迷惑がかかると幹子に言われてしまったのでどうしても言えなかった。


すると、今日は教師がひとり増えていて、たまに笑みを向けていた。


「お母さん!」とたまは叫んで、すぐに口を両手のひらでふさいだ。


「そう! 大和たまちゃんのお母さんの、大和幹子さんが、

 今日からみんなの先生ですよ!」


担任教師の肥後美佐江が笑みを浮かべて言うと、誰もがたまを見て笑みを浮かべた。


新しい興味が幹子に向いたことに、たまはプレゼントの件は頭の中から薄れていた。


たまひとりにこの重荷は無理だと汰華琉が判断したので、幹子に依頼して、快く受け入れられたのだ。



しかし、芸術品については、思わぬ場所からその真相が漏れることになってしまった。


マリアは細田からもらった竹とんぼで遊んでいた。


場所は修練場なので、防衛隊員しか出入りはしないので、比較的安全地帯とも言える。


その竹とんぼが風で煽られてしまって、マリアは大いに慌てて、竹とんぼを術で引き寄せて、ほっと胸をなでおろした。


「マリア! ワシのがどこかに行ってしまった!」とケインが叫ぶと、マリアは血相を変えて、風下に飛ぶと、ケインの竹とんぼを防衛隊員ではなく、フリージア兵の一人が手にして目を見開いていたのだ。


「返しなさい!」とマリアが叫ぶと、兵は大いに驚いて、竹とんぼを差し出して頭を下げた。


「…話したら死刑…」とマリアがうなると、「絶対に言いません!」と兵は頭を上げることなく叫んだ。


「あ、でも、知ってたの?」とマリアが感情をころりと変えて聞くと、「…はい、細田先生の作品かと…」と兵は呟いた。


「顔、上げて」とマリアが言うと、その顔はまだ十四五才の少年兵だったが、死神なので年齢はかなり上だ。


「実は、同じものを持っています」と兵が言うと、「あら? そうだったの…」とマリアは笑みを浮かべて言って、ほっと胸をなでおろしていた。


「…お兄ちゃんに、めちゃくちゃ怒られるところだったわ…」とマリアが眉を下げて言うと、「…お兄ちゃんとは、大和汰華琉様でしょうか?」と兵が聞くと、「うん! そう!」とマリアは笑みを浮かべて言って、兵に手を振って、ケインのもとに戻った。



「…どういう経路で漏れたんだろ…」と汰華琉は眉を下げてテレビ画面を見入っている。


「隠すとバレても当然だから」と細田がなんでもないことのように言った。


しかし、その形だけが公になっただけで、そのもの自体は明るみになっていないし、芸術品は竹とんぼだけではない。


「それよりも、着せ替え人形がまったく報道に出ないね。

 ある意味、一部にはオープンになっているのに…」


細田は言って、三人の専属の着せ替え人形担当の死神たちを見た。


「…だーれも、疑ってません…」と死神カトリーヌ・モーレアが眉を下げて言った。


「候補として、そのうち漏れるけど、

 それはそれで仕方ないから、現状維持でいいよ」


汰華琉の朗らかの言葉に、三人は笑みを浮かべて頭を下げた。


「…できれば、絵本だけは先に作ってしまいたいなぁー…

 個人ではなく、学校や施設にだけ先に配るかな…」


「それでいいんじゃないのかい」と細田が薄笑みを浮かべて同意した。


「だけど、千種類もあるんでしょ?

 それだけでもとんでもない作業だけど、どーすんのよ…」


美貴が眉を下げて言うと、「俺の独断と偏見で、まずは厳選した十冊をワンセットで」という汰華琉の言葉に、美貴は笑みを浮かべてうなづいて、「…常識的範疇だわ…」と言った。


するとたまがそわそわし始めたが、幹子がたまを抱きしめた。


もちろん汰華琉はたまの様子を見ていて、「兄ちゃんはたまのためにがんばる!」と気合を入れて、細田とともに異空間部屋に入った。


「お兄ちゃん、がんばってっ!!!」とたまだけでなく、汰華琉の妹たちも便乗して叫んだ。



汰華琉はがんばった。


翌日には、全世界中の教育施設に絵本が配布された。


実際にものづくりに勤しんだ時間は五千時間で、食事休憩と肉体の休息のために五十回ほど異空間部屋からの出入りをした。


もちろん家族たちも大いに協力して、汰華琉を支えた。


そしてたまは、とんでもないことを依頼してしまったと、大いに嘆いたが、幹子になだめられて、誰にも話さないことにその思いを転換するように諭された。


まずはプレゼントの第一弾としてWNAからの正式発表があり、全世界中がWNAの財力と労働力などに大いに感心していた。


配送だけでもとんでもない費用がかかったはずなのだが、各国には汰華琉たち能力者が飛んだので、それほど莫大な費用はかかっていない。


しかし施設数は百万ほどあるので、それなり以上には細々と費用はかかっている。


「…転売とかされないでしょうね…」と美貴が眉を下げて言うと、「施設の名前を書いてあるから問題ない」と汰華琉がいうと、「…そこまでやっちゃったのね…」と美貴は眉を下げて呟いて、汰華琉に頭を下げた。


「ま、それを消して転売するかもしれないけどね。

 でも、そっちの方はできないようになってるはずだけど?」


「…ネット上ではね…」と美貴は眉を下げて言った。


「…ま、その時は警察の介入でいいと思うよ…

 …見えないところでわかるようにしてあるし…」


汰華琉はため息混じりに言った。


そしてその実演をして、「あ!」と誰もが言った。


そこには、『ケイン星ヤハン国山城城』とはっきりとわかるように記されていたからだ。


汰華琉が手を緩めるとたまが早速試して、「…すっごぉーいぃー…」と嘆くように言ってから、「…お兄ちゃん、ありがと…」と涙を流しながら、たまは礼を言った。


そしてお母さんっ子だったたまはお兄ちゃん子に変わっていた。


幹子は笑みを浮かべて、汰華琉とたまを見ているだけだった。


そしてたまは家族の子供たちと一緒に絵本を楽しんだ。


さすがに汰華琉が選抜した十冊なので、その内容は濃いものばかりで、無碍な戦いや犯罪があった星だからこそ、誰が読んでも心に響くものばかりだった。


絵本の中の平和は、今のこのケイン星だと誰もが示唆するだろう。


特にマリアとケインは、感慨深げにたまの背後から、じっくりと読み解いていた。


そしてケインとマイケルは、汰華琉に手伝わせて欲しいと懇願してきた。


「神は想いが乗り過ぎるから、それほどよくないと思うんだけど…」


汰華琉の意見に真っ先に細田が賛同したことに、ケインとマイケルは大いにうなだれた。


細田も神だが、ものづくりに長けているだけあって、その部分は慣れているといっていいので、汰華琉の杞憂は起こらない。


具体的に言うと、同じものでも誰もが欲しがってしまうからだ。


そしてそれを実際に試させるところが汰華琉で、誰もが大いに精神修行を積むことになった。


そしてケインが造って完成した十冊の絵本は、マリアがひとりじめすることになった。


これも、ケインからマリアへのプレゼントのようなものなので、誰も文句は言えなかった。


そしてマイケルが造ったものは、眉を下げながらも異空間ポケットに仕舞い込んだので、誰も手が届かなくなると同時に、存在そのものがなくなったので、様々な欲も消え去った。


「…迂闊に物を作って、みせびらかすこともできん…」とマイケルが眉を下げてつぶやくと、汰華琉は愉快そうに笑って賛同した。


「その想いは妻や子のためにだけでいいのではないでしょうか」


汰華琉の言葉に、マイケルは眉を下げて、「…そうしよう…」と考えることなく賛同した。


「でも、神修行として、篭ってもらうのもいいことだと思う」


細田の進言に、汰華琉も神たちも賛同した。



そしてこの翌日から、様々な場所で盗難と転売事件が発生したが、そのほとんどが警察の手によって解決された。


この件は大罪として扱われ、窃盗では最大級の罰が下されたことで、星中の悪いことを考えている者たちは一斉に黙り込んだのはいいのだが、なんと不義理のように配ったWNAを責め始めた。


しかし、この情報が流れたとたん、大勢の人民たちに糾弾され、ついには誰も何も言わなくなっていった。


そのあとのプレゼントがまだ残っていることで、誰もが穏便に変わっていった。


そんな中、まずは細田の芸術品でしかない木製のおもちゃが全人民に配られ、誰もが何も言えなくなった。


まさに自分だけの宝物として、大人は機嫌よく眺め、子供たちは大いに遊んだ。


そして木製なので、遊べば壊れて当然だ。


その場合は、世界中のWNA支部などでその壊れたものと交換するとWNAから発表されて、子供たちは心置きなく、大いに遊ぶようになった。


細田はまさにやりきったと、今までの人生の中で大いに納得して昇天しそうになったが、妻の理恵に殴られ蹴られして、昇天だけは免れた。


細田はひたすら謝って事なきを得たが、―― 理恵さんはめっちゃ怖い人… ―― と誰もが同じ認識を持っていた。



そして、細田の造った木製のおもちゃが明るみになった件だが、山城理事長から報告があった。


「…やっぱ、保護区の管理員かぁー…」と汰華琉は大いに嘆いた。


その管理員が、マリアと死神のやりとりの一部始終を陰から見ていて、それを公表したのだ。


問題はここからで、「謝罪は受け付けないし、怒っているわけでもないから」という汰華琉の言葉に、「…面倒なやつがいたもんだ…」と山城は大いに嘆いて、うまい飯をたらふく食らい始めた。


そして美貴がシナリオを書いて、「…これ、報道して…」と言って、山城に手渡した。


山城は素早く目を通して、「…公開処刑のようなものだが、同じようなやつが確実に出てくるからな…」と山城は言って、懐にシナリオを仕舞い込んだ。


細田の木製おもちゃの存在を公表した者はWNA内部にいて吐露したことが罪に当たるとして、WNAから除外することに決まり、WNA職員に近づくことも禁止され、警察に監視させるという、かなり大げさなものだ。


だが、ここまでしないと、悪いやつは際限なく欲を噴出いてくるし、マリアは大いに悪そうな顔をしているので、その個人に罰を与えるつもり満々だった。


汰華琉は神の行いには口を挟まない。


制限された生活に一変して、犯罪を犯すことだけが汰華琉の杞憂だったのだ。



その機会が訪れ、マリアは大いに目を吊り上げて怒っていた。


未遂で済んだのは幸いで、マリアの鼻がその危機を遠ざけることにつながった。


自然保護区での動物たちに与える食事の中に、猛毒が仕込まれていて、今回矢面に立たされることになった者の仕業だと、警察からの公式発表があった。


よって元管理員は警察によって重罪犯として拘束され、裁判ではとんでもない量刑を受けることになる。


毒の出所もはっきりとしていて、以前確保したWNA元理事長の家屋から盗んで持っていたそうだ。


その家はまだ解体していなかったので、警察は改めて家宅捜索をしたが、危険なものは何ひとつ発見されなかった。


WNAにもまだ黒い霧はいるようだが、表立って行動してやけになられることが一番困るので、ここは穏便に対応することにした。


そして山城理事長は責任を取って辞任すると公言したのだが、「責任を取るのなら、命終えるまで現職に就いてすべてを正せ」とマリアに公言されてしまったことで、辞めるに辞められなくなってしまった。


「あれでいい?」と満面の笑みを浮かべてマリアが汰華琉に言った。


「まあ、お父ちゃんが代表をクビになってもかまわなかったんだけどね…」と汰華琉は大いに眉を下げて言ったが、ここはマリアを褒めておいた。


WNAから去る必要はないし、もちろんそれはほかの理事が止めることになる。


山城はWNAにとって一番重要な、汰華琉と美貴の顔つなぎ役でもあるからだ。


「…パパが代表になれたのにぃー…」と美都子が少し悔しそうに言った。


「…あんた、まさかだけど…

 WNA代表の父の娘が、

 汰華琉の嫁になれるなんて思ってないでしょうね?」


美貴が目を吊り上げて聞くと、「違うの?」と美都子が目を丸くして言ったので、汰華琉は愉快そうに笑った。


「家柄や地位や名誉や権力と婚姻はまるで関係ないから」と、汰華琉は美都子の頭をなでながら言った。


「…そんな婚姻しか見たことないぃー…」と美都子が言うと、「…それも問題だね…」と汰華琉は眉をひそめて言った。


「お姉ちゃんとミッちゃんは、色々と考えてあげないとね」


汰華琉の言葉に、「…親しげにあだ名で呼ぶな…」と美貴は声を殺してうなった。


「つまらんやつ」


「…なんだとぉー…」と売り言葉に買い言葉で、美貴は大いに腹を立ててうなった。


「保身に入ったつまらんやつ」


汰華琉が言い直すと、美貴は目を見開いた。


そしてうなだれてから魔王に変身してから、「…やかましい…」とうなり声を上げて汰華琉を睨んだ。


「だったら俺の代わりにお前がやれ」


「ふん! やなこった!」


「だったら口出しするな!」


汰華琉と魔王の言い争いに、「…妙な話をすると思っていたらそういうことか…」とマイケルは言って少し笑った。


「…痴話喧嘩、じゃないの?」と雅が聞くと、マイケルは愉快そうに笑った。


「人それぞれ、覚醒の方法やスピードはまちまちだ。

 一番いい例は、雅と汰華琉だ。

 まずは雅が能力者として覚醒して、

 その能力を使って兄の汰華琉と同化して、

 汰華琉は数年かかるはずの覚醒を数ヶ月で果たした。

 誰かを覚醒させる場合、スキンシップは重要なんだよ。

 美都子は女性だから、

 あまり妙なスキンシップをするわけにはいかないから、

 汰華琉は頭をなでる方法と、

 さらに気さくに接するためにあだ名を使うことにしたんだ。

 それを魔王が気に入らないわけだ。

 だから痴話喧嘩ではなく、

 美都子をどうにかして早急に

 覚醒の糸口だけでもつかもうと、汰華琉は奮起しているわけなんだ。

 本来ならば、一番実力がある魔王がすればいいのだが、

 美貴が美都子を毛嫌いしているから、

 そう簡単には行かないわけだ」


マイケルの説明に、「…小さいヤツで悪かったな!」と魔王は大いに悪態をついた。


「美都子の覚醒は、魔王にとって都合が悪い面もあるんじゃないのかい?」


マイケルの言葉に、魔王は悪態をつくことなく、「ふん」と鼻で笑っただけだ。


「…一からやり直し…」と汰華琉は大いに眉を下げて言うと、「方法など、まだまだいくらでもあるさ」とマイケルはなんでもないことのように言った。


「…なんだか、凄いことになってたぁー…」と当事者の美都子は眉を下げて呟いた。


「…都合が悪い…」と汰華琉はつぶやいてから、「あ」と言って何かに気づき魔王を見てにやりと笑った。


そして、「魔王の男性遍歴」と汰華琉が言ったとたん、魔王は知らん振りをするようにして美貴に戻った。


「はは、そういうことか」とマイケルは言って少し笑った。


「魔王が俺の女遍歴について聞いてきたことがあるんですが、

 あっさりと諦めたように見せかけたようです。

 美都子さんはなかなかの能力者のようですね」


汰華琉の明るい言葉に、マイケルは機嫌よく何度もうなづいた。


「…今世は女で助かったぁー…」と美貴が嘆くと、汰華琉は愉快そうに笑った。


「覚醒したら男だったりして」


汰華琉の言葉に、美貴はこれみよがしに耳をふさいだ。


「ない話じゃないらしいぞ。

 前世に納得していなかった場合、

 その続きから覚醒しなおして、

 人間が女で能力者が男の場合もあるそうだ。

 本人はたまったものじゃないが、

 精神修行としてはかなりのもんだろうな」


「…納得して昇天したからそれはないぃー…」と美貴が嘆くと、汰華琉は笑みを浮かべてうなづいた。


「となると、その一段上に覚醒を果たしそうだが、あるのかなぁー…」と汰華琉が言うと、誰もが大いに興味を持った。


「勇者の上」という汰華琉の言葉に、誰もが目を見開いた。


「その時は大いに奮起してもらって、

 俺の代わりにみんなを引っ張ってもらう」


汰華琉の言葉に、美都子は大いに眉を下げて、「…それほど偉くなりたくないぃー…」と嘆いた。


「できれば雅に頼みたいところだが…」と汰華琉が眉を下げて言うと、その雅も汰華琉と同じような顔をして眉を下げていた。


「条件が悪いの?」と汰華琉が雅に聞くと、「…苦痛に耐えられないと思うぅー…」と雅は今にも泣き出しそうな顔をして言った。


「…そうか… 精神的病にでもなったら大変だからやめておこう…」と汰華琉は言って美都子を見ると、もうすでに頭を下げていた。


「…構えない覚悟がいるからね、

 それほど楽じゃないの…」


雅の言葉に、同化することはそれほど簡単なことではないと、誰もが思い知っていた。


「…矛盾することすら受け入れなくてはならないし、

 それが自然でなくてはならない、だな…」


汰華琉の言葉に、特に神たちが何度もうなづいている。


「…特にお姉ちゃんたちはお嬢様だから、たぶん無理ぃー…」と雅は美都子と美貴に向けて言った。


「…生い立ちも、確かに関係するな…

 俺の場合は、幼いころの別れと出会いが、

 今の俺の道を示したわけだ」


「…うん、多分そう…」と雅は言って、満面の笑みを汰華琉に向けた。


「…一番目にあった事件の絵本を描いて欲しい…」と雅が汰華琉に注文すると、汰華琉は一瞬目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


すると美貴がガッツポーズを取ったので、どういうことなのかわかりやすかった。


「当時、案外大騒ぎになったはずなんだ。

 俺の家は中流だったからそれほど問題はなかったけど、

 雅の家は俺よりも少々上だったもんでな…

 雅を養女にと、親族たちが殺到したんだよ。

 それをお姫様が間に立って助けてくれて、

 美貴がずっとそばにいてくれたんだ」


汰華琉は言って美貴に頭を下げると、「…恥ずかしいからやめてぇー…」と美貴は眉を下げて言った。


「…絶対、いいお話ぃー…」とたまが真っ先に言って、汰華琉に笑みを向けた。


ここからは汰華琉は自分の記憶と雅と美貴の記憶をすべて総合して、一冊の絵本を描き上げて、「…やっぱ、美貴がかっこいい…」と言ってから、まずは雅と美貴の三人で絵本を読んだ。


雅は懐かしそうにして絵本を読んだが、「…あたしじゃないぃー…」と美貴は大いに嘆きながらも絵本を読み終えて、笑みを浮かべてたまに渡した。


するとたまとその友人たちは扉絵を見て、「えっ?!」とまずは叫んで汰華琉たち三人を見回した。


「…みんな、好きぃー…」と真っ先にたまが笑みを浮かべて言うと、汰華琉たちは大いに照れていた。


「…子供のころから魔王気質はあったのね…」と幹子が眉を下げて言うと、「…あったわ…」と美貴は素直に認めた。


「…あたしも出てたぁー…」と美々子が笑みを浮かべて言うと、「…うー…」と美貴は小声でうなった。


絵本にはその感情は見えないが、この話の後に、汰華琉の態度が大いに変わった。


もちろん、汰華琉が美々子に恋をしたからだ。


だがその想いは、雅によって無に帰したことは言うまでもない。


「…一番かわいいぃー…」とたまが眉を下げて美々子に向けて言うと、「…その微妙そうな感情はなんなのぉー…」と美々子は言って大いに気にした。


「…頼りないのに、頼ってたのよねぇー…」と美貴は眉を下げて美々子を見た。


「…美貴ちゃんまで、そんな眼で見ないでぇー…」と美々子は悲しそうに言った。


「この当時の一才は、大いに差があったと言っていいね」


汰華琉の言葉に、「…その表現も微妙…」と美々子は気に入らないようで、唇を尖らせて言った。



「…そろそろ、新作をー…」と美々子がいい始めたので、汰華琉は今回のお題を聞いた。


その準備は終えていたようで、美々子が具体的に話すと、汰華琉は興味を持って美々子の部屋に移動した。


「…むさい方は任せたわ!」と美々子が明るく言うと、「…きれいどころもいるから別にいい…」と汰華琉は機嫌よく言ってから、デッサンを描き始めた。


美々子もすぐに追従して、その記憶を正確にキャンバスに描き移した。


「…清々しい感情の絵は描きやすい…」と汰華琉は笑みを浮かべて言って、色付けも終了して、少し離れて絵を見て、納得の笑みを浮かべた。


美々子も完成していて、その絵を並べておいた。


「…あ、いいなぁー…」と言ったのは汰華琉だけではなく、廊下から見ていた多くのギャラリーも同じようにつぶやいていた。


美々子は特に家人たちが宇宙船内で朗らかに話し合っている方を受け持ち、汰華琉は基本、クルーたちを中心にして描いていたので、二枚を並べると、三百六十度を見回したような絵となっていた。


「…不思議ぃー…」と言ったのはたまだが、美紗子が早々にやってきて、梱包作業が始まって、風のように消えていた。


「…じっくりと見るには、美術館に行け…」と汰華琉が眉を下げて言うと、誰もが同じ顔をしていた。



比較的平和な大和家の城だが、このノーストロリオ国の王城はそれほど平和ではない。


青年と少年の狭間にいる少年は、王の間で大の字に手足を拘束されている。


この少年ミクル・ブラウは能力者だ。


ミクルが、「大和汰華琉に逢いに行きたい」と王に進言してからすぐさまこのような仕打ちにあったのだ。


これだとミクルの能力を使うことはできないが、王だけの判断でミクルをヤハンに行かせることはできない。


ミクルは王に、「見極めて我が王と判断すれば戻らない」と公言されてしまえば、誰だって縛り付けることだろう。


しかしミクルは薄笑みを浮かべていて、まったく悲壮感を流していない。


王は脅したりすかしたりするが、ミクルの意思は固く、このノーストロリオを出て行くつもり満々だ。


しかもミクルは孤児なので、人間の盾になったり、人質の候補がいないだけに、さらに王家を悩ませている。


食事などは、この国で考えられる一番うまいものを与えられているので、ミクルの気力は十分だった。


ミクルを変えたのは、ご他聞に漏れず古代の水で、できれば腹いっぱい飲んでみたいと考えたのだ。


それを進言してこの有様だが、ミクルとしてはそれほどの苦痛でもないし、この国を出ようと思えばいつでも出られるのだ。


ミクルはやさしいので、この事実を大和汰華琉に語れば、王はただでは済まされないと判断して、言いなりになっているだけだ。


そしてその王がやってきて、「…悪いが、ミクルは斬首の計と決まった…」と苦渋に満ちた声でうなった。


「勝手なものです」とミクルは言って、手足の鎖を引きちぎって、ふわりと宙に浮かんだ。


「では、これにて。

 今まで育ててくださってありがとうございました、父上」


ミクルは礼儀正しく言って、素早く王の間から飛び出した。


そして極力空高く舞い上がりながら体を回転させた。


鎖が高速で回転し始めたので、その姿はまるで、多翼式のヘリコプターだ。


『キンキンキンッ!!』と兆弾の音が聞こえた。


そしてまだ発砲する銃の音が聞こえたが、ミクルに弾が届くことなく、意気揚々とヤハン国を目指して飛んだ。



「おっ!」と叫んだのは汰華琉で、今は大学の講義中だった。


「あ、すみません! 急用ができました!」


汰華琉はこう叫んで、勉強道具はそのままにして教室の窓から飛び出した。


美貴はおっとり刀で自分の教材と汰華琉の教材を片付けてから、「…おほほほほ… 夫についてまいりますので…」とおしとやかに言ってから魔王に変身して、「待ちやがれ!」とひと声叫んで教室を飛んで出た。


「…大事件…」と教授が大いに苦笑いを浮かべて言うと、教室にいる誰もが大いに戸惑って震え上がった。


手足に鎖をぶら下げたミクルを発見した汰華琉は、すぐさまその重荷を解いた。


「ありがとうございます!」とミクルは満面の笑みを浮かべて礼を言うと、「いや、別にかまわないさ」と汰華琉は言って、追いかけてきた魔王を見ると、ミクルは意識を断たれるほどに怯えた。


「…なぜ怯える?」と魔王がうなると、「この子が悪いんじゃないさ」と汰華琉は気さくに言った。


魔王はすぐさま察して、「…お前、それは優しすぎやせんか?」と眉を下げて言うと、「さすがに殺されたくないので、我慢の限界と判断して逃げてきました!」とミクルは明るく言った。


「ま、これでも食べて飲んでおいてくれ。

 俺たちは授業中だったのでな。

 悪いがついてきてくれ」


汰華琉の言葉に、ミクルは素直に従って、うまそうに食事を摂りながら、汰華琉と魔王の後ろを飛んだ。



「…能力者の男子…」と感動していたのは、同じ男子の静磨だった。


今はいつもの場所での昼食の席だ。


確かに、比較的女子が多目なので、ミクルは静磨の感情を素直に受け入れて、静磨を好きになっていた。


一方、美貴はすべての事情をWNAに報告して、現在確認中だ。


そしてWNAの職員が証拠の品を取りに来たので、汰華琉はミクルの手足にあった鎖を渡した。


「…お! 重いっ!!」と大いに叫びながらも、二人ががりで鎖を持って、足早にこの場を立ち去った。


「…もっと軽いって思ってたわ…」と雅が眉をひそめて言うと、「悪いな、馬鹿力で」と汰華琉は言って愉快そうに笑った。


すると今度は山城理事長がお付を連れて走ってやってきて、まずはミクルに清々しいほどの挨拶をしてから、「重罪人だから処刑をすると主張している」と汰華琉に言った。


汰華琉は記憶媒体を山城に渡すと、「…全世界中継してやろう…」と山城は言ってにやりと笑って、校舎に向かって走っていった。


学校施設にも放送設備はあるので何も問題ない。


「…でっち上げとか言うんだろうなぁー…」とミクルが眉を下げて言うと、「それでもいいんだよ。真実さえ伝えれば、それだけでいいんだ」と汰華琉は言って、弁当のお代わりとペットボトルをミクルに渡した。


ミクルは笑みを浮かべて弁当を受け取ってから、「そうですね、真実だという自信が必要」と明るく言ってから、弁当の蓋を開けてうまそうにして大いに食らって、古代の水を大いに飲んだ。


「懇意にしている人はいないわけだ」


汰華琉の言葉に、「あはは! 能力者に開花するまでは大勢いましたけどね!」とミクルは暗くなる話を明るく叫んだ。


「そうかい、化け物扱いにされたわけだ…

 だが、見えない足かせがなかったことは幸運だといえるからな。

 それでよしとしておくべきだろう」


「はい! 本当に幸運でした!」とミクルは満面の笑みを浮かべて叫んだ。


そしてミクルは熱い視線を送ってくる女子たちを今更ながらに見回して、大いに眉を下げた。


「ここに来たってそれほど変わらんさ。

 今度は女人地獄だ」


汰華琉が愉快そうに言うと、「…いえ… でも、できれば平和的に解決して欲しいなぁー…」とミクルは戸惑いながら言うと、女子たちは大いに眉を下げて顔を見合わせていた。



「素晴らしいことはすべて理解を終えている上での、

 発言をお許しください」


ミクルは少し気合を入れて汰華琉に言った。


「もちろん、甘やかしなのはわかっているけど、

 まずは今生きている幸運を味わってもらいたいと考えた、

 俺の欲だ」


汰華琉の返答に、ミクルは、「うっ」と声が詰まって何も言えなくなった。


もちろん、このケイン星全員に配るプレゼントの件だ。


「もしも、俺がさらに考えた、

 男の子用のプレゼントをミクルが気に入った時、

 その気持ちはどう動くのだろうか」


汰華琉の言葉に、「…あー…」とたまは言って、三人の着せ替え人形管理者の死神たちを見た。


「とは言っても元は既製品だけど、

 このケイン星には存在していない技術だけを輸入して、

 俺が作り上げたものだ。

 もっとも、その原案の主はフリージア王の

 万有源一さん」


汰華琉の言葉に、特に女子たちが大いに期待して、汰華琉が出したものに目が釘付けになった。


それは見た目はロボットで、翼が生えていてどっしりとした馬の獣人がモチーフとなっている。


「実際、この機体は使われているんだ。

 サルサロス星タルタロス軍の煌極さんの愛用機、

 宇宙船リナ・クーター」


そして汰華琉はリモコンを出して、さらに着せ替え人形を出して、「さあ! リック! リナ・クーターに乗り込むんだ!」などと叫んでノリノリで寸劇を始めると、たまたち小さな子供たちは汰華琉の演技と人形たちに目が釘付けになった。


もちろん人形は汰華琉が術で操っているが、リナ・クーターはリモコンで操縦している。


「リナ・クーター! テイクオフ!」と汰華琉が叫ぶと、模型はゆっくりと宙に浮いて、「…うわぁー…」と子供たちが笑みを浮かべてリナ・クーターを見上げた。


そして、「ください!」と真っ先にミクルが叫んだので、「…安い手に引っかかってんじゃないわよ…」と美貴が眉を下げて言ったが、愉快そうにけらけらと笑い始めた。


「…そうだぁー… 全住民に配らなければならないぃー…」とミクルがうなると、今度は汰華琉が愉快そうに笑った。


そして汰華琉は絵本を出して、潮に渡した。


「なかなか面白いぞ。

 フリージア星の文明文化の一部を知る参考資料だ。

 これもフリージア王の作品だ」


汰華琉の言葉に、潮は目を見開いたまま頭を下げて絵本を受け取って、ミクルと子供たちの人気者になった。


「…これが漫画なの…」と潮は目を見開いたまま言った。


万有源一の作画能力は誰よりも高いことは有名で、フリージア星にある美術館に展示されているほどだ。


そして美々子も子供たちの頭越しに漫画を見入って、作画能力の高さを思い知っていた。


「いろんな意味で、フリージアとは懇意にしないとな。

 まずは美術館だけでも訪問させてもらおう」


汰華琉の言葉に、誰もが汰華琉に満面の笑みを向けた。


結局は、いつ連れて行ってもらえるのか具体的な話になってきたので、「今日の夕方」と汰華琉がにやりと笑って言うと、それほど長時間の旅ではないことで、誰もが中途半端に喜んだ。


汰華琉はこの件を万有源一に念話をして約束を取り交わした時に、おもちゃのリナ・クーターの話になり、なんと源一の抱える企業が十億台のリナ・クーターを作ると公言したのだ。


そして費用が格安だったことに、汰華琉は大いに気が引けたが、「ケイン星との友好の一環だよ」という快い言葉に甘えることにした。


この件は美貴がWNAに報告したことにより、星中に知らしめることになった。


特に男子は子供から大人までかなり好意的に受け止めた。


さらには女の子用の着せ替え人形と絵本の件もオープンにすると、どの国でもお祭り騒ぎの様相になってきた。


特に子供たちの受けがよかったことで、大人たちの表情も明るくなっていった。


ということで、汰華琉は大いに考え込んで、フリージアへの献上品を考えた。


できれば喜笑星に献上した城とは別の何か友好的なものをと考え、過去の文献などで面白いものがないかと探していると、簡単に見つかった。


過去のケイン星の人民は芸術性に飛んでいたようで、今回も芸術品の一種だった。


文献などには謎のようなものはなく、からくり仕掛けもないが、かなり細やかなものだ。


汰華琉は授業の合間に細田を呼んで、異空間部屋を使ってひと通り勉学に励んでから、その製造に取り掛かった。


「…今までに、出会ったことがない美術品だよ…」と細田が眉を下げて言ったほどなので、汰華琉はさらに自身を持って、今回も三つ作り上げた。


そして細田は自分用にと作り上げて、出来栄えのよさに昇天しかけたので、汰華琉が現実に戻したほどだ。


汰華琉は細田とともに大学から城に戻って、家族全員とともにフリージアに渡った。


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