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この惑星の願い      この花は誰のもの?

この惑星の願い



     この花は誰のもの?



「パットン星は特殊な戦場でしょうなぁー…」と、汰華琉が専属で雇った船長のマニエル・ミカマが眉をひそめて言ったが、すぐににやりと笑った。


まさにこのような刺激を、マニエルは望んでいたのだ。


マニエルは死神で、年齢はそれなり以上に重ねているし、見た目も初老だ。


「まあ、妨害電波でも流れていて、

 星に入ると出られないのでしょう。

 ですので俺たちは星に侵入しますが、

 宇宙船は宇宙空間で待機です」


汰華琉の言葉に、「そりゃあねえっ!」とマニエルは叫んで大いに眉を下げた。


「…そうするに決まってるじゃない… …ばっかじゃないの…」と実質的なリーダーの美貴がうなるように言うと、「…へ、へい… 姉さん…」とマニエルは渋々だが同意した。


もちろん、美貴が魔王なのは知っているので、さすがに逆らうことは無理だった。


「安全を確保すれば呼ぶから」


汰華琉の明るい言葉に、「ありがてえっ!」とマニエルは叫んで、機嫌は直っていた。


「だが問題は、機動部隊に気功術師がいないの?」


汰華琉の素朴な質問に、「…第十八機動部隊だからね…」と美貴は言って調べると、先行の復興部隊も機動部隊にも気功術師がいなかった。


しかも勇者もいないことで、強制的な帰還もできない。


「…これも、これからの課題かなぁー…」と汰華琉が言うと、気功術師でもあるマニエルは自然に胸を張っていた。


だが、精神間転送ができないので、それほど威張れたものではない。


しかし、念話は使えるので、遭難しても迅速な状況説明と救助要請は可能性だ。


「星から出られないのは、

 星を覆っている電波のようです。

 機械類、特に計器が異常をきたして、

 操縦は困難で、まともに作動しないと思われます」


情報管理官の報告に、「本部に報告した?」と汰華琉が聞くと、管理官とマニエルは目を見開いていた。


「だからこそ二重に遭難したんだよ。

 変わったことがあれば、

 言われなくてもすぐに本部に報告すること。

 あとは本部が判断して、

 重大な案件であればハイレベルな機動部隊を出すだろう。

 ま、今回の件は、俺たちで解決したい意思はあるが、

 援軍はありがたいからね。

 相談相手もできることで、

 さらに間違いは起こらない」


汰華琉の言葉に、「…あたしたちだけで解決したいぃー…」と美貴は欲を噴出して言った。


「…まずは…」と汰華琉は言って考え込んだように見えたが、「俺の知り合いは全員いる」と笑みを浮かべて言うと、誰もが安堵の笑みを浮かべた。


「あと、確認できないのは宇宙船のクルーだが…」と汰華琉は言って、マニエルの頭をむんずとつかんだ。


「知り合いは全員いるようだ」


汰華琉の言葉に、「…こんなこともできるようになるのか…」とマニエルは目を見開いて言ったが、汰華琉がマニエルの頭から手を放すと、残念そうな顔をした。


今はもう、マニエルが面識のある魂の所在がわからなくなったからだ。


「目的は宇宙船の強奪らしいが、

 それは不可能に近い…

 だが、宇宙船が必要だったから、この方法を選んだのか…

 さすがに、フリージアに乗り込もうとは思わないだろうからなぁー…

 あとは、星中にめぐらせている防犯システムだが、

 なかなか厳重なようだ」


汰華琉は言って、情報管理官を見た。


「ですが、この電波については、

 フリージア分校でも教えているはずです。

 私も臨時で特別授業を受けましたので」


「…ふーん… じゃあ、学生でもできるわけだ…

 だとすれば、犯人はどうやってこの星に来たんだ?

 宇宙船を持っていれば、宇宙船を奪う必要はないと思うんだが…」


「…おお… それはそうだ…」とマニエルも同意した。


「この星に住んでいた気功術師で、

 精神間転送ができる学生だったら、

 条件は合う」


「…うう…」とマニエルは、今度は言葉が出ないほど驚いていたが、もちろん賛同する意思はあった。


汰華琉は爽太に念話を送って、いなくなった学生を調べてもらうと、「…リッチ・カマンの姿がありません… それに、出身はパットン星ですし、居場所の確認もできました…」と爽太はすべてを察して答えた。


「それなり以上の覚悟があったはずです。

 よって、つい最近、復讐するなど、

 敵対するべき相手の所在を知った。

 リッチ・カマンはその相手は死んだとでも思っていたのかもしれない、

 という仮説が立ちます」


『…その線は正しいと思う…』と爽太はすぐさま同意した。


数ヶ月前に、フリージアに住む学生は全員、精神鑑定を受けていた。


理由は、成績不振者の過度のストレスが見つかって、施術対象者が二十名ほどいたのだ。


もちろん、問題があったからで、学生の間でわかりづらいいじめが発生したからだ。


もしも復讐心があれば、その検査の時に簡単に見つかっていたはずなので、それ以降に真実を知ったと仮説が立つ。


汰華琉は爽太との念話を切ったが、その爽太が汰華琉から飛び出してきた。


汰華琉はいつものように挨拶をして、「誉、どこまで見える?」と聞くと、「ロストソウル軍の宇宙船が二艇ですぅ… それに、比較的小さな子供たちが、縛り上げている大人たちを取り囲んで、手作りの武器を持って構えていますぅー…」という誉の言葉に、宇宙船のクルーたちと爽太は大いに驚き、目を見開いた。


宇宙船の超望遠を使っても、星を臨めるこの位置からだと、大きな学校が何とか認識できる程度しか見通せないからだ。


「術を放つと気づかれるかもしれませんが、

 誉の場合は身体能力ですので、

 まず気づかれません」


汰華琉の言葉に、爽太たちは驚きの表情のままうなづいた。


汰華琉の作戦は簡単で、囚われているクルーたちがいる場所にいきなり姿を見せること。


そうすれば、一瞬の隙どころか、相手は腰を抜かすはずと考えたが、リッチも同じ方法で飛んだはずなので、考え直した。


しかし、「美貴、魔王のでかい方」という汰華琉の言葉に、「…嫌われちゃう…」と美貴は眉を下げて言ってから、魔王に変身した。


「俺を化け物扱いにするな!」と魔王は叫んだがにやりと笑ったので、怒っているわけではなかった。


「爽太様が船長代理で」と汰華琉は言い残して、マニエルと仲間たちを抱え込んで、宇宙船から消えた。



少年と子供たちは固まっていた。


いきなり現れた巨大な魔王の姿に、驚いたり怯えたりするどころか、金縛りにあったようになり動けなくなったのだ。


「…なぜだかわかるか?

 …それは、お前たちが悪いことをしているからだぁー…」


魔王のうなり声に、子供たちは堰を切ったように大声で泣き出し始めた。


そしてリッチ・カマンは汰華琉に術で拘束されていた。


そうこうしているうちに、サクラインコが別働隊の子供たちを引き連れて、ケイン星防衛隊員と、ロストソウル軍復興部隊も引き連れて陽気にやってきた。


汰華琉は全員そろったことを確認してから、リッチの頭をむんずとつかんで、「ふーん」と言ってから放した。


そして近くにあった装置の電源を術で遮断した。


「爽太様、全員無事です。

 妨害電波装置は止めましたので、

 大気圏に突入してください」


汰華琉の言葉を待っていたように、宇宙船は汰華琉たちめがけて大気圏に突入した。


そして宇宙船から爽太が姿を見せると、リッチは動けないのだが、心が痛んでいることがわかった。


「復興部隊は連れて帰ります。

 宇宙船には手をつけられなかったようですので」


汰華琉の言葉に、同行していた細田が笑みを浮かべていた。


「あ、その前に…」と汰華琉は言って、リッチを見ると、拘束は解けていたが、逃げ出すことはしなかった。


「君の心の重荷になっている人の名前を教えて欲しい」


汰華琉の言葉に、リッチは顔を上げて戸惑ったが、「…フー・ミトン…」とつぶやくと、爽太が目を見開いて、リッチから汰華琉に視線を移した。


「それほど簡単なことではないようです。

 じゃあ、フリージアに戻って、ひと仕事してきますので。

 結果は念話でお知らせします」


汰華琉は言ってから、「第十八機動部隊は爽太様の護衛をお願いします」と汰華琉が言うと、隊長は胸を張って笑みを浮かべて、汰華琉に最敬礼した。



「…なんだか複雑なようね…」と美貴はたどり着いたフリージア星の巨大食堂に続く道を歩きながら汰華琉に聞いた。


「フー・ミトンに逢って聞かないとまったく見当もつかないのでね。

 フー・ミトンのために復讐を決意したのに、

 その相手が生きているんだから。

 まあ… 生きていればいいってわけじゃないんだろうけど…」


汰華琉が意味ありげに言うと、「ほとんどわかってるのよね?」と美貴は汰華琉の顔を覗き込んで聞いた。


「回答が三つほどあってね。

 そのうちのどれかだと思う。

 あ、いた」


汰華琉の言葉に、美貴たちは一斉に目の前を見た。


そこはペガサスフィルの管理する食堂で、人型を取っているフィルの笑みに一行は出迎えられた。


汰華琉は挨拶を交わしてから、少々姦しい死神の美少女軍団を見入った。


「ふーん… やけに明るい…」と汰華琉はつぶやいてから、死神たちに近づいて、「お話中に失礼します」といつもの十倍ほど紳士的に言うと、女性たちは驚きの目を汰華琉の頭の上に向けていた。


「魔王が気になるのでしょうけど、

 お話には関係ありませんので」


汰華琉は言ってから、フーを見た。


「リッチ・カマンについてお聞きしたいのです」


汰華琉の言葉に、フーは一瞬身震いした。


―― ん? 嫌悪? ―― と汰華琉は考えた。


「それほどリッチ・カマンを好きではないようですね。

 できれば会いたくない。

 そして都合よくと言うのも失礼ですが、

 あなたは母星での戦禍の中、命を落として、

 死神として転生を果たした。

 そして今の楽しい時を満喫している、

 ということでいいのでしょうか?」


「…お母さんが…

 悪魔ライオネルが私を死神に誘ってくださったんです…

 ひどい戦いで、ひどい扱いを受けて、私、どうやら殺されて…

 でも、死神の資質があってよかったって、

 思っていたんですけど…」


フーの言葉に、汰華琉は何度もうなづいた。


「ですがここには学生も来ますけど、

 付きまとわれているのでは?」


「制限されて生きていきたくないので」とフーは言って、友人たちを見た。


「心強い仲間と言ったところですね」と汰華琉は笑みを浮かべて言った。


「ですがリッチ・カマンはあなたへの好意を捨てきれないようです。

 そしてどうやら、彼は夢を見ているようで、

 生前のあなたと懇意の仲にあったなどと思っているようだ」


汰華琉の言葉に、フーは腕をさすった。


「…生きていた時から死んだあとまでも付きまとわれるなんて、

 思いもよりませんでした…」


「彼は少々精神的治療が必要のようですので、

 しばらくは顔を合わせることはないでしょう。

 治療後は、母星に戻るかもしれませんね。

 星には彼の手下の子供たちが大勢いますから。

 それなり以上に勉強もしていたようで、

 生きて行くこには困らないでしょう」


フーはため息をついてから、「…ちょっと声を」と言って慌てたようにして口を閉ざした。


「そうですか、まずはあなたがリッチ・カマンに声をかけて、

 二人の付き合いは始まった。

 すべては、あなたの自業自得のようにも思ってきました。

 あなた方のおかげで、

 大いに人を見る目を養えたことには感謝します」


汰華琉はこれ見よがしの笑みを浮かべて言って、女性たちに頭を下げて踵を返した。


しかし魔王は三人を睨んだままだったので、「ほら、帰るぞ」と汰華琉は催促してから、爽太に念話をして一部始終を報告した。


そして、防衛隊を救い出した証拠映像の撮影会を始めた。


隊員たちの短いビデオメッセージの作成中に、「…まだあるわよね?」と美貴が汰華琉に聞いた。


「…私を殺した男を殺して…」と汰華琉がつぶやくと、「…あっきれた…」と美貴は大いに目をむいて首を振った。


「犯罪者と思しき者たちは手の届かない監獄星にいるからね。

 彼女はなかなかの悪女だ。

 楽しそうでいいのだが、

 闇を少々持ちすぎているから、

 行動制限は当然あるようだ。

 今日はたまたまフリージアにいたが、

 本来は地球で、

 魂循環システム内の魂拾いの任務についている、とか…」


「…当たりだわ…」と美貴は堂々と言って、清々しいほどの笑みを浮かべた。


「すべては、リッチ・カマンの心の弱さが原因で発端だ」と汰華琉が言うと、見知った顔が隊員たちの撮影風景を見ていることに気づいた。


「エッちゃん! レスターさん!」と汰華琉が気さくに声をかけると、二人は少し首をすくめて駆け寄ってきた。


「まさか、本職の仕事の依頼でもあったの?」と汰華琉が聞くと、「…めんどくさぁーい…」と桜良は言って、フーのいる席を見た。


「がんばったら、きっといいことがあるさ」という汰華琉の言葉に、桜良は一気に復活して、かわいらしくガッツポーズをとった。


そのしぐさを、たまたちがマネをしたので、汰華琉は愉快そうに笑った。


そして桜良は手を胸の前で組んで、腰を振ってもじもじとし始めると、レスターが大いに眉を下げている。


「できることだったらなんだってするよ」


汰華琉の誠心誠意心を込めた言葉に、「…汰華琉君に新しい特技を見つけてもらいたいぃー…」と桜良がつぶやいたので、汰華琉と美貴は顔を見合わせた。


「…それは考えたことなかったなぁー…

 絵はそれなりに得意だけど、

 芸術家というわけじゃないし…」


汰華琉は言って勇者に変身してから、異空間ポケットを探って、「おっ」と言ってから、それほど大きくない、女子が好みそうな獣人の人形の家族が入っている、幼児が抱えられる程度の箱を出した。


「欲しい欲しい!」と真っ先に言ったのはたまで、「ああ、いいぞ」と汰華琉は笑みを浮かべて言って、たまに箱を渡した。


「…あー… あたしのなのにぃー…」と桜良が嘆くと、汰華琉は少し笑った。


「あれを探り当てて思い出した。

 長い時間をかけて、

 たまの年齢程度の子供たちが喜ぶものばかりを作っていたら、

 いつの間にか満足していて昇天した」


汰華琉の笑えない話に、「…夢中になりすぎ…」と美貴が言って、汰華琉の右腕に絡みついた。


「今回はそうならないようにするさ」と汰華琉は笑みを浮かべて言った。


そして別の箱を出して桜良に渡すと、「…うわぁー…」と桜良は満面の笑みを浮かべてレスターを見てから箱に目を戻した。


「さっきのは真の幼児用。

 それは大人も込みで。

 子供たちと一緒に遊ぶものと考えて、

 小物を増やして着せ替えられるようにした。

 友達と遊んで、親たちとも遊ぶ。

 一応納得したものだけど、芸術品じゃないよ」


「いいっ! ぜんぜんいいっ! すっごい想いがある!」と桜良は叫んで、汰華琉に丁寧に礼を言ってから、レスターとともに、ロストソウル軍の総司令本部ビルに向かって走っていった。


「やる気が出てよかった」と汰華琉が言うと、一気に幼い顔になった妹の雅と誉が汰華琉を見上げていた。


「…時間があったら思い出しながら作るから…」と汰華琉が眉を下げて言うと、二人は飛び跳ねて喜んで、今はたまの相手をすることにしたようだ。


「作る前にデートしなさいぃー…」と美貴がうなると、「昇天されては損だから?」と汰華琉が聞くと、美貴はさも当然のようにうなづいてから、はたと気づき、すぐさま首を横に振って顔の前で手を振り、大いに慌てていた。


「今は仲間がいるから昇天はないだろう。

 前に勇者だった時はひとりだった」


汰華琉はここまで言って考え込んだ。


「…ああ、あいつの死があったせいもあるのか…」と汰華琉が言うと、美貴は大いに気になった。


「あ、ペットのモモンガ」と汰華琉が言うと、「…紛らわしい言い方してんじゃあねえぇー…」と美貴は相手が女と思って、体裁をつくろうように怒って、大いにうなった。


「いつの間にかひとりになっていたから、

 昇天しやすい状況だった。

 人間や能力者の仲間もいたが、

 みんな死んでしまうと、

 さすがに死を看取るのが辛くなってね…

 ついには仲間を作らなくなっていたが、

 すさんではいなかったからこそ、

 今の俺があるんだろう」


「今度はかなり長いわ」という美貴の希望ある言葉に、「長いどころか永遠だろ?」と汰華琉は美貴を見つめてから、たまと遊んでいる雅たちを見た。


「…雅ちゃんも、殺しても死にそうにないわ…」と美貴は眉を下げて言った。


「死んだとしても、また不死鳥のごとく蘇ってくるからな」


汰華琉の明るい言葉に、美貴は満面の笑みを浮かべて、汰華琉の右腕に抱きついた。



ケイン星に戻ると、メディアはWNA特別小隊を褒めちぎっていた。


もちろん隊員たちの家族向けのコメントもあって、宇宙で働いている怖さもあるが誇りも持っていると熱く語って、特別小隊にも丁寧に恩義を伝えていた。


すると、今回詰めているロストソウル軍第五防護警備小隊隊長の三上鷹が愛想のいい顔をして頭を下げながら、美都子に誘われてリビングに入って来た。


そして現地で何があったのかを詳しく聞きたいと言ってきたので、汰華琉が体験したことだけを説明した。


すると三上は大いに眉を曇らせて、「…納得できる解決ができればいいが…」と呟いて、リッチに同情していた。


「これほどに後味の悪い事件はそれほどないように思います。

 人の心の醜さはできれば見たくはないのですが、

 見ないと真実に行き当たりませんから。

 ですので精神修行にはもってこいだと思います」


「…いや、まさしく…」と三上は言って頭を下げた。


「その闇に引きずり込まれないようにすることも重要ですので、

 そっちの方もかなり大変なのです」


汰華琉の言葉に、三上は自分自身にも向けられた言葉だと気づいて、「もっと、強くなりましょう」と言って頭を下げてから帰っていった。


「…リッチに同情しちゃったのね…」と美貴が眉を下げて言うと、「そのようだね。だけどさすがに気づいた。リッチは重大な犯罪者でもある」と汰華琉は厳しい口調で言った。


「…ああ、デートだけどぉー…」と美貴が言うと、「…ふむ…」と汰華琉がうなると、「…いつでもいいですぅー…」と美貴は控え目な言葉を選んでいった。


「いや、ここはデート最優先にしよう。

 俺の心の安寧も必要だ」


汰華琉の言葉に、美貴は有頂天になって喜んだが、「…あーあ…」と嘆いたのは、雅、誉、たま、そして美都子だった。


「美都子さんもついに俺の妹になったかぁー…」と汰華琉が愉快そうに言うと、「…ペットでもいいですぅー…」と意味深発言をしたので、美貴は今にもうなりそうな顔をして美都子を見入った。


「…できれば、動物も連れ歩きたいんだけどなぁー…」と汰華琉が言うと、巌剛がのそりとやってきて、これ見よがしに汰華琉の目の前にごろんと寝転がった。


「…お前じゃでかすぎるし、周りが怯えるから、もう少し我慢しな…」


汰華琉は言って、巌剛の体を優しくなでた。


「…結局は、連れ歩くことは決定事項なのね…」と美貴は眉を下げて言った。


「特例でもいいだけどね。

 できれば、誰もが納得できる理由が欲しいんだよ。

 もちろんその時は、ペットではなく仲間だ。

 だがこれを公言すると、動物虐待などといわれそうだから、

 動物たちにも、何か能力があった方が、

 苦情は出にくいだろう」


「…あー… それは確かにいえるわ…」と美貴は眉をひそめていった。


「…もっとも…

 誰にも内緒で、

 リスリスをボケットに入れて連れまわしている不届き者はいるけどな」


汰華琉の言葉に、雅が背筋を震わせたが、何も言わなかった。


「…あの子、また現れてくれないかなぁー…

 あ、美貴、デートに行くぞ!」


汰華琉が叫んでから立ち上がって、有無を言わさずに美貴の手をとって部屋を出た。



「…はあ… デート…」と美貴は言って、深い森を見回した。


動物たちも勇者様と魔王様には姿を見せてくるので、同行しているWNA職員は大いに眉を下げていた。


「…ん?」と汰華琉は言って、一本の木の前で立ち止まった。


「…子供のリス、いや、ムササビだ…」と汰華琉が言うと、「あっ」と職員はあることに気づいて、老衰で死んでいたムササビの件を話した。


「…だから一匹でいるのか…」と汰華琉は言って、木の幹の節からかなり小さなムササビを宙に浮かべた。


そして、衰弱していることは一目でわかり、汰華琉はムササビに渇を与えてから、ピーナッツを持たせた。


するとモモンガに近い大きさの小さなムササビは目を見開いて、無心になってピーナッツを一瞬で食べ終えて、汰華琉に懇願の目を向けた。


「それだけ元気なら大丈夫だ」と汰華琉は言ってムササビを高い幹に戻したのだが、滑空して戻ってきて汰華琉にしがみついた。


「親となられましたね」と職員が愉快そうに言うと、「…手続き、するよ…」と汰華琉は言って、ムササビの体を優しくなでてから、またひとつピーナツを与えた。


「…お母さんよ…」と美貴がムササビに言うと、機嫌よく何度もうなづいたので、美貴は天にも上るように喜んだが、汰華琉から離れる気はないようだ。


「さすがに人間の言葉は理解できないし反応しないが、

 穏やかな感情を歓迎したようだ」


汰華琉の解説に、「…はぁー…」と美貴と職員がため息をついたので、汰華琉は声を潜めて愉快そうに笑った。



城に戻ると、巌剛が怒っていた。


「もう少し我慢しなと言った」と汰華琉は言って、巌剛の頭をやさしく叩いた。


「リス、ちゃん?」とたまが不思議そうな顔をしてつぶやくと、「ムササビだよ」と汰華琉は答えて、ムササビを手にとってから四本の足を広げて、その証拠を見せた。


「…うふふ… かわいいぃー…」とたまは言って、早速ムササビと友人になって、自然に肩の上に乗せて、人形遊びに付き合わせた。


「…さすがやさしき猛獣…」と汰華琉が嘆くように言うと、「…一瞬で穏やかに手下にしちゃったわ…」と美貴は眉を下げて言った。


「あ、たま、遊んでいるところ悪いんだが」


汰華琉の言葉にたまはすっ飛んでやってきた。


「巌剛のことなんだが」と言ってすぐに、「大人しいよ?」とたまは小首を傾げて言った。


「…連れて歩くと何かと面倒なんだが…」と、汰華琉は常識を重んじて言うと、「連れて行かなきゃだめだって思うぅー…」とたまの回答は早かった。


「何か、成長があるのかい?」


「…妖怪になれるかもぉー…」とたまが答えたので、汰華琉は大いに眉をひそめたが、たまのいう妖怪には能力者への変化の意味も含まれているので希望はある。


「できれば、連れて歩く理由が欲しいんだけど、

 いい理由ってない?」


さすがに今回は厳しい議題となったので、たまは考え込んだ。


「悪い人を捕まえる?」とたまが言ってかわいらしく小首を傾げると、「…それはいいかもしれない… 体もでかいから、かなり目立つし…」と汰華琉は言って何度もうなづいている。



ということで、汰華琉たちは巌剛を連れて街に繰り出した。


もちろん汰華琉たちは有名人なので、熊を連れていることは当然…


ということはもちろんない。


誰もが大いに怯えて、誰もが道を譲る。


巌剛は特に何かに興味を示すことなく、まっすぐに前を向いているか、汰華琉を見上げるかのどちらかだ。


街に出ると必ずやってくる貴金属店に入ると、店員がすぐに寄ってくるのだが、巌剛の迫力に、いつもは愛想のいい店員ですらも眉を下げている。


そして汰華琉は、まずは美都子に、客寄せで置いてある超高価で超高級なパーティー用のジュエリーを買った。


延び延びになっていたので、せめてもの侘びだった。


もちろん、美貴がふくれっつらを見せたことは言うまでのないが、「欲しいものをいくつでも選んでいいぞ」という汰華琉の寛大な言葉に、美貴は大いに有頂天になって、成金趣味の指輪と、ブライダルジュエリーのブランド物をひとそろえ買って、感動して号泣している。


―― やはり上客!!! ―― とばかり店長がやってきたので、汰華琉は支払い始めた。


支払いを終えると、美貴も美都子も、雅たちのように幼い妹になっていたので汰華琉は愉快そうに笑った。


雅たちがまだショーケースを見入っていたので、汰華琉も仲間になろうとしたが、赤い石の指輪が気になった。


指輪自体ではなく宝石の方だ。


しかし、一般庶民向けの安物でしかなく、宝石の硬度は四となっていた。


だが汰華琉はその宝石を見入ってから店長を呼んで、「この石の原石って置いてませんか?」と聞くと、店長は店の奥にすっ飛んでいって、少し大き目の木箱を持ってきた。


蓋を開けると確かに同じ石だか、指輪の石とは随分と違う。


「原石を手にとってもいいですか?」と汰華琉が聞くと、「はい! もちろんでございます!」と店長は手袋をはめることなく、原石を手にとって、汰華琉に渡した。


すると原石はまばゆい赤い光を放ってから消えた。


「何も変わっていない」と汰華琉は石を確認するように言うと、店長は目を見開いていて、「…一体、何が…」と呆然としてつぶやいた。


「この原石をあるだけ買いたいのですが、

 きっと、値段がつけられないでしょうから、

 儲けが出る程度でお支払いします。

 できれば、この原石のサイズと同等のものを十個ほど」


汰華琉の注文に、さすがにお得意さんの希望には答えるべきと思ったのか、本社事務所に連絡して、社用飛行機を出して、国内と近場の国まで飛んでもらい、大小あわせて十五個の原石をわずか三十分で用意した。


「ありがとうございます。

 これでよろしいですか?

 人もかなり使われたようですので」


汰華琉がそれなりの多額の現金を差し出すと、店長は大いに恐縮して、汰華琉の出した現金を拝むようにして受け取った。


美貴は一瞬だが魔王に変身して、汰華琉がなぜ安い宝石を大量に手に入れたかったのか理解できていた。


まさにこの安価な宝石は魔法の石だったのだ。


そして店長は、―― 私が生きている間中、この店は残ってるぅー… ―― と大いに感動して号泣した。



汰華琉は礼を言って店を出たとたん、巌剛はうなることなく、前から小走りでやって来た男に体当たりをして、右前足で首元を踏みつけて、汰華琉に向けて自慢げな顔をした。


「おっ! ラッキーッ!!」と汰華琉は大いに喜んで、男を拘束してから、大声で警察官を呼んだ。


またもや顔見知りの警察官たちだったが、「…こいつだぁー…」と若い方の警察官がうなった。


「何かをやって、変装して逃げてきたといったところですね」


汰華琉の言葉に、警察官はすぐに同意して、男のポケットから、盗んだものや変装道具、そして手作りなのか物騒な物まで出した。


「証拠は十分だ!」と警察官は叫んでから応援を呼んだ。


少々特殊な強盗は汰華琉の顔を睨んではいたが、憎まれ口を叩くことはなかった。


「次はこの貴金属店だった」


汰華琉の言葉に、巌剛が犯人の顔を引っかくと、皮が破れるような音がして、仮面が剥がれていた。


「…怪盗3248号?!」と年配の警察官が叫ぶと、犯人は顔を隠すようにして地面に伏せた。


「優男かと思ったら女だった」と汰華琉が言うと、警察官二人は目を見開いた。


護送車がやってきたので、ここは汰華琉が術を使って体中に縄を打って、絶対に逃げられないように縛り上げた。


そして女性警察官にその身柄を引き渡して、「逃げる気満々だから」と言うと、誰もが汰華琉に縋る目を向けた。


「もしも逃げても捕まえるから。

 俺には変装は通用しない。

 それにこの犯人は、それほど冷酷じゃないんだろ?

 何でも児童保護施設にも寄付しているそうだし。

 だけどまずは、今までの罪を償うべきだろうね。

 もう一度言うが、逃げても無駄だ。

 一瞬にして捕まえられるからな」


汰華琉の言葉が聞こえていないのか、怪盗が汰華琉を見ることはなかった。


「ふーん、能力者でもあるんだ」という言葉に、犯人も警察官たちも目を見開いた。


「でも大丈夫だから。

 能力がまともに発せられたら逃げられるんだろうけどな」


汰華琉の言葉に、「…化け物め…」と犯人は汰華琉を見て初めて言葉を発して悪態をつくと、「…俺のことか?」と美貴が巨大な魔王に変身していた。


さすがにすべてが怖かったようで、怪盗も警察官も魔王を見上げたまま動かなくなっていた。


しかし警察官たちはかなり安心したようで、堂々と胸を張って、護送車に犯人を乗せて、派手な音のサイレンを鳴らして走り去った。


「重罪人の確保に協力」と汰華琉は機嫌よく言って、巌剛に抱きついた。


そして、近くの新聞社から記者がやってきたので、犯人の身元以外を流暢に話すと、記者はそれほど粘ることなく、汰華琉たちに礼を言って、社に戻っていった。


汰華琉たちは今度はブティックに行って、特に女性たちのリアル着せ替え遊びに付き合ってから、有意義な時間を過ごし城に戻った。



美貴は上機嫌だった。


汰華琉が何でもいいと言ったので、採寸してウェディングドレスの注文も終えたからだ。


もちろん、普段着もそれなり以上に汰華琉に買ってもらった。


その汰華琉はというと、細田と密談中で、「…宝石の中では石ころ同然の値段…」と、細田は呆れるように言った。


「ですが、少々厳しい条件があるようです」と汰華琉は言って、誉と静磨の二人に原石を握らせた。


「…反応が、汰華琉君とは違う…」と細田がうなると、美貴は機嫌よく宝石を握って、赤いまばゆい光を放ったことに大いに喜んだ。


「…高能力者専用…」と細田が苦笑いを浮かべながら言うと、雅も原石を握って喜び始めた。


美貴ほどではないが、なかなかの輝度で光を放っている。


「だけど、使えないわけじゃなさそうです。

 この原石は、ある意味魔法全般の燃料タンクだ。

 能力者以外には反応しないし、たぶん使えないだろう。

 矛盾しているようで、自然界は平等だと思ったね」


「僕もそう思ったよ」と細田は笑みを浮かべて言った。


汰華琉は全員に石を配りながら、「意識はする必要はない。すべては石が誘ってくれるから」という説明も忘れない。


「…魔王用に指輪にしてぇー…」と美貴が甘えると、「ああ、そうしよう」と汰華琉は言って、巨大なプラチナ製のリングを出して、石をはめ込んで固定した。


美貴は大いに喜んで、何とか室内に収まる体になって、「…つけろ…」と魔王は汰華琉にぞんざいに言って頬を赤らめた。


汰華琉はおどけながらも、魔王の左手の薬指に指輪をつけると、「…久しぶりに強くなったと実感した!」と叫んでから号泣した。


さすがに魔王となれば、それほどの成長は見込めない。


まさに勇者も同じで、強くなったと感じるまでには、長い年月が必要になる。


勇者に覚醒したばかりの汰華琉も、宝石を手に取った瞬間に一段強くなったと感じていた。



汰華琉たちが落ち付いていると、夕方の捕り物の件で報道があり、怪盗のことは二の次で、『熊が怪盗を逮捕した』ことをキャスターが満面の笑みで語り始めた。


よって、ツキノワグマの巌剛は、一躍有名動物となった。


そして、生まれながらに盲目だったと暗く語ったが、汰華琉によって目が見えるようになったことまで報道した。


巌剛にとっては不幸な生い立ちだったが、能力者の家で生活の保護を受けたことで、幸運が舞い込んできたと、感動的に語った。


連れて歩ければそれでいいようで、汰華琉は笑みを浮かべているだけで何も言わない。


WNAからも正式に通達があって、特別小隊の一員として配備することになった。



だがさすがに学校に行くと、多くの生徒が巌剛に大いに怯えた。


その巌剛は知らん顔をするようにして、汰華琉の椅子の後ろで体を丸くして目を閉じている。


「…巌剛君、かっこいいぃー…」と大潮潮が小声で機嫌よく呟いた。


「婿にしてやってくれ」と汰華琉が少し笑いながら言うと、「…あー… 巌剛君に悪いわぁー…」と潮は本気で言っていたので、汰華琉も美貴も大いに呆れて眉を下げている。


そして潮は、寝ている巌剛のスケッチをして喜んでいる。


そして完成したものを汰華琉たちに見せると、「早いし、やっぱうまいな…」と汰華琉は大いに関心して言った。


「…えへへ… 一応、もうプロだからね…」と潮は機嫌よく言った。


すると、『フン』と巌剛が鼻を鳴らした。


感情的には何かが気に入らないらしい。


「潮、巌剛に絵を見せてやってくれ」と汰華琉が言うと、潮はその通りにした。


巌剛は右目だけを開いて絵を見てから、『…ウォーウ…』と小声で鳴いた。


「…歓迎する、だそうだ…」と汰華琉は大いに苦笑いを浮かべて言った。


「…あ、自分の姿って、鏡で…」と潮がつぶやくと、「ああ、見てる時はあるな」と汰華琉はすぐさま答えた。


「なんだか偉そう」と潮は言って、控え目にケラケラと笑った。


「巌剛、今はやるな」と汰華琉が命令すると、巌剛の筋肉の隆起が波を打つように収まった。


「こいつ、潮を抱きしめるつもりだったらしい。

 ついに潮にもモテ期が来たんじゃないのか?」


汰華琉の言葉に、美貴は愉快そうに笑った。


「…人間の彼氏はできそうにないから、

 巌剛君でも歓迎だわ…」


潮は諦めを帯びた感情をもって言ったが、顔には笑みが浮かんでいた。


この言葉を巌剛はしっかりと覚えていた。



事件は林の中のいつもの昼食のテーブル付きベンチで起こった。


巌剛は潮の背後から、なんと頭に噛み付いたのだ。


「…じゃれすぎだ…」と汰華琉が落ち着き払って言うと、「…流血してる…」と美貴は眉を下げて潮を見ている。


「…えー…」と潮が嘆いて、暖かいものが頬を流れていることを自覚して手を添えようとすると、巌剛が潮の額を舌でべろりとなめた。


「…あら?」と美貴が言って、潮の額を見入った。


「傷が消えたな…

 一体、何がしたかったんだ?」


汰華琉の言葉に、「…傷が消えたことが一番おかしいって思う…」と雅が眉を下げて言うと、「…巌剛は吸血鬼… 潮を家来にした…」と汰華琉がつぶやくと、巌剛は納得したのか、潮から離れて、本来の食事を始めた。


するとやけに巌剛が食事をねだるので、汰華琉は自分の食事を巌剛に与えた。


汰華琉は非常食を異空間ポケットから出して食い始めたが、巌剛はまだ足りないようで、汰華琉にねだった。


「…何に目覚めたんだろうな…」と汰華琉が機嫌よく言うと、巌剛はいきなり、その姿を少年に変えていたので、誰もが目を見開いている。


「…ふーん… 潮の弟…」と汰華琉が言って、洋服一式を潮に渡した。


「…お兄ちゃんは感動が薄いわ…」と雅が眉を下げて苦情を言うと、「何が起こっても当たり前のことだと、巌剛の場合は思っていたからな」と汰華琉は笑みを浮かべて言った。


「…あー… …うー…」と、少年の巌剛は発声練習を始めた。


「まずは、たまと同じクラスに編入だな」という汰華琉の言葉に、「うれし!」とたまは機嫌よく叫んだ。


「…だけど、たまちゃんとは違うようよ?」と雅が言うと、「人間で言えば覚醒のようなものだ」と汰華琉は機嫌よく言った。


「巌剛は一般人と言ってもいいほどに、

 たまの転生は特殊のようだからな」


汰華琉の言葉に、誰もが納得したのか、何度もうなづいた。


「一般人でも、この星では戦える戦力だわ」


美貴は機嫌よく言って、WNA理事長にメールを送った。


もちろん、巌剛覚醒の報告メールだ。


「それに、この子の覚醒の手助けにもなったはずだ」と汰華琉は言って、美貴の肩の上にいる天照あまてらすと名づけたムササビに笑みを向けて言った。


天照という名は、幹子から聞いた昔話に出てきた、大地を司る神の名だ。


汰華琉が天照に期待していることがありありとわかる。


しかも、桜良の属する喜怒哀楽の神のうちのふたりが天照大神という名であることを知って、なおさらこの名に決めたのだ。



日暮れ近くに汰華琉が城に戻った時、テレビの画面が臨時ニュースに変わった。


『先日逮捕された怪盗3248号が、取調べ中の警察署から脱走しました。

 怪盗は仲間の手引きによって、逃げ出したようです…』


「…あーあ、やっちまったな…

 かなりのことがないと、一生刑務所だ…」


取調べ期間中の脱走は重罪に当たり、反省の余地なしという厳しい決まりがある。


今までの余罪とあわせれば、無期懲役は確実だろう。


「…西に向けて逃走中…

 それほどの速度で移動していないから、

 追っ手はいないようだ…

 …田村エリアの地図…」


汰華琉が言うと、美貴はパソコンの地図ソフトを使って、田村エリアを表示させた。


「…空き家が多いな…」と汰華琉がつぶやくと、「老人たちのコロニーだったようで、住人は徐々に減っていったそうよ」と美貴は眉を下げて言った。


そして汰華琉は、「この家に入った」と画面に指を差すと、「…江戸和子邸… 本人は亡くなってるけど、親族がいたわけね…」と美貴は言った。


「あいつの名前は、江戸忠美。

 親族と思うだろうが養女だ」


「…そう… 孤児だったのね…」と美貴は感慨深げに言った。


「じゃ、みんなで行くか」と汰華琉が言って立ち上がると、この場にいる全員が笑みを浮かべて立ち上がっていた。



魔王によって一瞬にして江戸邸の門の前に来た。


そして呼び鈴を鳴らすと、男女三人の子供に出迎えられた。


「忠美さんは帰ってるんだよね?」と汰華琉が聞くと、子供たちはお互いの顔を見合わせてから、首を横に振った。


「嘘をつくのはよくないな。

 江戸忠美さんの魂は、

 この屋敷の風呂場にあることはわかっているんだ」


汰華琉の言葉に、「覗きか?!」と美貴が目を吊り上げて叫ぶと、「透視の術」と汰華琉はにやりと笑って言った。


「さらに安心したのか、すやすやと眠ってる。

 いろいろとお疲れのようだな」


汰華琉の言葉に、美貴が消えた。


「お姉ちゃんは悪いことをしたから、

 警察官に捕まったんだ。

 罪を犯したら償わなきゃいけない。

 その程度はわかっているよな」


汰華琉の言葉に、子供たちは悲しそうな顔をして、涙を流し始めた。


「お姉ちゃんは国に申し出ればいいのにそれをしなかった。

 だからお金が必要になるから、能力を使って、

 いろんなところで泥棒をしていた。

 君たちを育て上げる義務を持っていたようだが、

 方法が間違っていた。

 悪いことをすれば、捕まるようになっているんだ。

 そしてお姉ちゃんを取り戻すために、

 君たちも罪を犯した」


汰華琉の言葉に、子供たちは体を震わせて、頭を上げることはなかった。


すると美貴が、屋敷の玄関から手招きをすると、汰華琉たちは何も言わずに屋敷に近づいた。


「…起きそうにないし、起きても動けないから…」と美貴は真剣な目をして言うと、「ま、ここはサービスして、食事でも作ってやろう」と汰華琉が穏やかに言うと、「…ほんと、誰にでも優しいわ…」と美貴はあきれ返ったように言って、汰華琉のあとを追いかけた。



汰華琉たちは他人の家で堂々と食事を摂り始めると、この屋敷の住人の十五名の子供たちは、誰も料理に手を出さなかった。


もちろん、汰華琉たちは何も言わない。


すると忠美が目を見開いて、そして動けないことを知って、何とか動く首だけを動かして、汰華琉たちを見た。


そして、『…ぐぅ―――…』と盛大に腹の虫が鳴くと、汰華琉は愉快そうに笑った。


「食いたきゃ食えばいい」


汰華琉の言葉に、忠美は拒絶するようにそっぽを向いたが、また腹の虫が鳴いたので、半分以上やけになって食事を始めると、子供たちは笑みを浮かべて食事を食べ始め、「おいしいっ!!!」と叫んでから、汰華琉たちに礼を言い始めた。


「…金持ちに礼なんか言うな…」と忠美が言うと、「だけど、作ってくれたんだよ?」と女の子が眉を下げて言うと、忠美は言葉に詰まった。


どこかで買ってきたものを盛り付けたとばかり思っていたのだ。


そして、どう考えても今まで食べた中で、一番うまいものだった。


「金持ちになったのは、命を張って労働して稼いだ金だ。

 俺たちを罪人や成金たちと同じ扱いにするな」


汰華琉の言葉に、忠美は何も言えなかった。


「もっとも、あんたのような悪人を捕まえて得た報奨金だけどな。

 もちろん、あんたのように後ろめたさはまったくないし、

 生きていることが楽しいのも事実だし、

 胸を張ってうまい飯を大いに食らえる。

 さらに、金をかけずにうまいものは自分たちで作る。

 何の引け目もないぞ」


汰華琉の言葉に、忠美は歯軋りをしたが、言い返す言葉が思い浮かばなかった。



食事を終えて忠美は、「…警察署に戻る…」と呟いて、ひとり屋敷を出た。


「よかったら、俺の家に来るか?

 ここよりも広いぞ。

 それにな、俺も孤児だ」


汰華琉の言葉に、子供たちは大いに泣いて、汰華琉を抱きしめた。


そして、五人いる汰華琉の妹たちが同じ顔をして泣いていたので、汰華琉は愉快そうに笑った。


子供たちを城に招待すると、誰もが驚いていたのだが、満腹感と積み重なった疲れからなのか、全員が眠ってしまった。


十五人いても狭くない部屋でに子供たちを寝かせると、逃げた怪盗が警察署に出頭してきたと報道があった。


『疲れ切って、自宅の浴室で眠っていたはずだったが、

 居間で目を覚ますと、

 兄弟たちがWMA特別小隊一同とおいしそうな食事を摂っていて、

 大和汰華琉様に説得されて出頭したと語っています。

 調理は特別小隊の手によるもので、

 とてもおいしい料理だったそうです。

 超悪党を改心させるほどのそのおいしい料理を

 堪能してみたいものですね』


ニュースキャスターの言葉に、「…妙な犯罪者が出たら訴えてやる…」と汰華琉が鼻息荒くつぶやくと、「…確かに、余計ことを言ったわ…」と美貴は眉を下げて呟いた。


「…慣れはいかんな、慣れは…」とケインは薄笑みを浮かべて言って、汰華琉たちに頭を下げた。


いつもうまい料理を食べている、せめてもの礼だった。



翌日、十五名の子供たちに学園の試験を受けさせると誰もが優秀で、体力面でも問題はなく、一旦は年相応の学年に編入させた。


子供たちの保護については、美貴がすべての手続きを終えていた。


もちろん証人でもあるので、警察署にも連絡を終えている。


学園の外では孤児を大いに差別するが、学園内ではまったくないことに、子供たちの方が驚いたようだ。


そして昼休みには大人数で、大学のキャンパスの一角で、素晴らしい行楽弁当に、誰もが舌鼓を打った。


そして多くの学生たちが遠巻きにうらやましそうにして、汰華琉たちの食事風景を見入っている。


まさにうまそうな手作り弁当に、ただのそこらにいる金持ちではないことに感心していたほどだ。


「ほら、お代わりだ」と汰華琉は大いにやさしく、素晴らしい兄貴になっていた。


「…都合よく入り込めたぁー…」と潮が感動して、弁当を食らっている。


「名前は巌剛のままでいいのかい?

 人間の方の名前をつけてもいいぞ」


汰華琉の言葉に、潮は潮に似ている人型の巌剛を見つめて、「…ツヨシ君…」と頬を赤らめていった。


「なぜ照れた?」と汰華琉が聞くと、「…あ、ひとりっ子、だからかなぁー…」と潮は照れながら言うと、「ああ、そういう感情か… それは俺もわかる」と汰華琉は言って、笑みを浮かべて楽しそうな妹たちを見た。


「だがな、宝石店では容赦ないぞ」


「…上流階級の使命のようなものだわ…」と事情を察しているからこその、潮の言葉だった。


そして美貴が自慢して宝石などの件を語ると、「…それは甘えすぎだと思うー…」と潮は眉を下げて、常識的に言った。


「金を払ったのは宝石店だが、そのほんの一部でも、

 貧困層が豊かになればいいと思ってね。

 だからそういった事業に参画している店で買っているんだよ」


汰華琉の現実的な言葉に、美貴は情報端末を手にとって検索してから、「…今月は二万五千名以上の施設の子供たちが笑みになりました…」と画面の内容を読んで、感動していた。


「前回を入れるともっとだ」


「…買ってよかった…」と美貴が感慨深くつぶやくと、汰華琉の妹たちも汰華琉に感謝していた。


「直接寄付をすると甘やかしに思えてね。

 俺が寄付をしたわけでもないから、

 妙な偽善者精神もわかないから、ちょうどいいんだよ」


すると、この学園の名誉理事のWNA理事長の山城が笑みを浮かべてやってきて、汰華琉に弁当を渡されて、笑みを浮かべてお付の警護の者たちと秘書とともに芝生の上に敷いているレジャーシートに座った。


「たまには視察に来るもんだ!」と山城の機嫌がすこぶるいい。


「…毎日来ればいいの…」と美貴に冷たく言われて、山城は大いに眉を下げていたが、「…あー… うまいぃー…」と静かに高揚感を上げて言って、うまい弁当に笑みを向けた。


「…まさか、この日が今日だったなんて…」と日勤秘書の、因幡幸恵が涙を流しながら言った。


もちろん、昨夜の怪盗の供述報道の件を示唆して言ったのだ。


警護の者たちは一斉に汰華琉たちに頭を下げていた。


「…怪盗四桁の件だが…」と山城が言うと、「…四桁…」と汰華琉は呟いて愉快そうに笑った。


「…審査のうえ、抱えてもかまわない…

 数多くある保障も俺のポケットから出したっていい…」


山城の言葉に、「…心底の改心があったようですね…」と汰華琉は子供たちを見て言った。


「…芸は身を助ける、の典型だ…

 …もちろん、俺の目だけではなく、

 部外者だが、ロストソウル軍の常駐班にも協力してもらったから確かだ…」


「…一番確実ですし、神たちも確認するでしょう…」と汰華琉は笑みを浮かべて言った。


山城は首を振って、「…ここにはおられないんだな…」と言うと、「…いつもはお気に入りの修練場の高台の上で食事をしていると思います…」と汰華琉が答えると、山城は納得して笑みを浮かべてうなづいた。


「…それに、神マリアが何かを隠しているようですが、

 悪い感情はなく、少々特殊なものらしいのです…

 ですので、あえて聞いていませんし、調べてもいません…」


「…それを俺に話さないで欲しいな…」と山城が眉を下げて言うと、「報告義務」と美貴が厳しい言葉で言うと、山城は大いに眉を下げていた。


「あとで知らされたら気分悪いでしょ?」


美貴の更なる追い討ちに、「…お前が知っていたら別にいい…」と山城は大いに考えを軟化させた。


「あら?

 だったら、報告することが何もなくなっちゃうわよ」


「依頼の結果だけでかまわんさ」という山城の言葉に、「了解」と美貴は機嫌よく答えて、弁当の最後の一口を惜しみながら食べた。


「まだあるぞ」


汰華琉の愛ある言葉に、「あーん、幸せ太りしちゃうぅー…」と美貴は言いながらも、新しい弁当箱の蓋を開けて喜んでいる。



汰華琉は長い一日を終えて城に戻ると、とんでもなく素晴らしい空気に包まれていると感じた。


案の定、怪盗四桁は釈放されたようで、子供たちの中央にいて笑みを浮かべている。


「ただいま」と汰華琉が挨拶をすると、「お帰りなさい!!」といつもの数倍の陽気さで挨拶を返してきて、早速汰華琉にまとわりついて礼を言い始めた。


その中に予期せぬ来客もあり、「お母ちゃん」と汰華琉は言って苦笑いを浮かべた。


さらにはお付なのか、若い女性が二人いる。


すべては山城美紗子が背負って、江戸忠美の身元引受人になったと語った。


そしてお付きの女性ふたりは、美紗子の企業の社長と副社長らしい。


どうやら、うまい飯に吊られてやってきたそうだと、美貴が眉をひそめて汰華琉に告げた。


現在は訓練停止期間でもあるので、汰華琉たちは軽食だけを作って遊園地に足を運んだ。


まさに子供たちの真骨頂で、大いに喜び、大いに遊んだ。


「…会長…

 オードブルでこれほどに感動したことは、

 今までにございません…」


女性社長が涙を流しながら言うと、「…ああ、私もだわぁー…」と美紗子は号泣しながら呟いた。


「…天はひとりに、いくつもの幸運を与えたのですね…」と副社長が涙を拭いながら言うと、「…それは現状の結果で、生まれてわずか四年で、どん底人生の道が待っていたのよ…」と美紗子は新たな涙を流して呟いた。


美紗子が細やかに汰華琉と雅の半生を説明すると、「…意地を張ることもなく、まっすぐに育ったことが不思議です…」と社長は感慨深げに呟いた。


「…雅ちゃんは扱いにくい子だったけどね…

 その分汰華琉君が明るく接してくれたわ…

 どうしても妹だけは幸せにしたいっていう意思を感じたわ…

 事故に遭遇した運命の瞬間に兄妹となった妹のために…」


美紗子は語って、さらに号泣すると、社長と副社長も賛同するように号泣した。


「…何をやってるのかしら、恥ずかしい…」と美貴が遠くに美紗子たちを見据えて言うと、「まあ、悪い感情ではないからいいんじゃない?」と汰華琉は大いに眉を下げて答えた。



楽しい時間はあっという間に終わったが、現在は城に戻っての楽しい夕食中で、誰もが大いに陽気になっている。


ついに出番がやってきたこの城の執事の新発田《しばた》さかえは、まったく手が出せないことを悔しく思いながらも、涼しい顔をしてリビングの隅に立っている。


執事としては食事を見守ることが仕事で、そして突然の来客にも対応するし、まだ屋敷にいる動物たちの世話もする。


もちろん、護衛も兼ねているので、腕っ節は確かで、汰華琉譲りのような肝の据わり方をしている。


ちなみに今までに数度、汰華琉は栄を食事に誘っているのだが、執事の使命として穏やかに断っている。


栄としては、ただひとりでじっくりとうまい食事にありつくことが、至福の喜びなのだ。


もちろん汰華琉もその件は察しているので、無理に誘うことはなかった。


だが子供たちは大いに気になるようで、目を離すと栄のところに行って短い話をしては戻ってくる、


忠美は大いに気にして、席を立って栄に謝ると、「いいえ。皆様のご意見をお聞きすることも私の職務でございますので」という実直な言葉に、忠美はなぜだか大いに頬を赤らめていた。


「…あ、いいんじゃない?」と汰華琉が横目で栄と忠美を見て言うと、「…あの子にはもったいないわ…」と美貴はため息混じりに言った。


「ま、忠美さんの実力を見せてもらうのはこれからだからね。

 できれば魔王様をうならせるほどの働きをしてもらいたいところだ」


汰華琉の希望ある言葉に、「…その通りになっちゃいそうで嫌だわぁー…」と美貴は眉を下げて言った。


「俺に好意を向けてこないだけ大いにマシ」


汰華琉の少し冷えた言葉に、「…好意を向けすぎちゃってごめんなさい…」と美貴は上目遣いで汰華琉を見て謝った。


「いや、節度はあった。

 節度がなかったのは魔王だったな」


汰華琉の言葉に、美貴は薄笑みを浮かべて、はたと気づいた。


「…あたし… まだ、キス、して、ないん、だけどぉー…」と美貴は大いに緊張して言ったが、「そのうち、いいこともあるさ」と汰華琉はいつも通りの汰華琉の言葉で言うと、「…う、うん…」とだけ美貴は答えて、腰を揺らしてもじもじとし始めた。


そして女の子たちが美貴の真似を始めたので、汰華琉は愉快そうに笑った。


ちなみに、美貴は極にキスをして魔王に覚醒したのだが、この時のことはまったく記憶がなかった。



夕食後は、雅たちの願いを叶えるように、汰華琉はものづくりに勤しみ始めた。


「…手作りと術の混合…」と雅は言ってから、笑みを浮かべて、魔法使いのような汰華琉の手先だけを見つめていた。


「簡単そうで難しいんだよ」と汰華琉は言って、三十体目の人形をテーブルの上に置いた。


「…かわいいぃー…」と女の子たちは大いに感動してつぶやいた。


一方男子たちもここにいて、無言で汰華琉の指先だけを見ている。


その中で一番真剣なのは静磨だった。


さらに洋服や小物を作り始めると、まさに夢見る世界に誘われたようだったが、「さあ、服を着せてやってくれ」という汰華琉の言葉に、女の子たちは一斉に作業を開始したが、腫れ物に触れるように慎重だった。


あまりにも小さいので、壊してしまうと思ったようだが、汰華琉は何も言わずに笑みを浮かべているだけだ。


そして、食事以外のうまい餌のにおいをかぎつけた桜良もやってきて、女の子たちの仲間に入って、人形たちの着せ替えを楽しみ始めた。


そして片付けることも重要なので、汰華琉は人形分の箱を作り出して、まずは手本を見せると、女の子たちはすぐにまねをして、きちんと収まった人形たちを見つめて笑みを浮かべた。


そして汰華琉は人形たちの家まで作り始めて、まずは見本とばかり汰華琉が飾り付けをした。


「…俺がもらったぁー…」と美貴は魔王に変身して言って、完成したドールハウスを隠してしまった。


「魔王様はなかなか無体だ」と汰華琉は陽気に言ってから、また別のドールハウスを作り始めたので、魔王は大いに苦笑いを浮かべていた。


「…叱られないんだぁー…」と女の子たちが魔王を見て言うと、魔王は大いにばつが悪そうな顔をして、隠したドールハウスを出して、女の子たちの前に置いた。


「魔王様は特別だ。

 ほかの子がやったら絶対に怒るけどな」


汰華琉の言葉に、女の子たちは大いに怯えて、「わかりました! 汰華琉お兄ちゃん!」と一斉に叫んだ。


「…わたし、叱られてない…」と忠美がつぶやくと、「利用価値があるからだ」と汰華琉は冷たく言った。


忠美は怒りをあらわにしようとしたが、それは甘えだと思い、真剣な目をして汰華琉に頭を下げた。


「今は関係者だから、

 次に何かやったら叱ったり怒ったりするよりも、

 刑務所に入ってもらうだけのことだ。

 江戸忠美は、子供たちのおまけだと思っておいた方がいい」


汰華琉の言葉に、雅たち妹軍団は眉を下げていた。


「絶対にさせないわ」と胸を張って主張したのは美紗子だった。


「お母ちゃん、先に言っとくけど、

 犯罪に関することだけじゃないんだけど?

 ある意味注目されている俺たちは、

 嘘偽りを述べることすら罪になるんだ。

 子供たちはまだしも、

 大人でしかない忠美の口から出る言葉にも注目の目が集まる。

 しかも、黙っているわけにもいかないはずだ。

 マスコミは、かなり小ずるい手を使って、

 あれやこれやと言ってくるはずだから。

 はっきり言って、忠美を守るのは至難の技なんだ。

 できれば裁判を受けて大人しく刑務所に入ってもらって、

 罪を償ってからの共同生活の方がよかったんだけどね。

 そうすれば、俺たちに正当な理由で守る権利が与えられるから。

 子供たちを預かることは苦でもないことだけど、

 忠美は少々いただけない」


汰華琉が語ると、「…ほんと、よくしゃべるし、反論の言葉すら出ないわ…」と美紗子は大いに呆れていった。


忠美は口出しをしようと一旦は決意したのだが、きっと何を言っても丸め込まれると思い何も言わなかったが、汰華琉を見据えている。


「まずは、国に保護を依頼しなかった理由を聞きたい」


汰華琉が忠美に聞くと、まさか事の発端から聞かれるとは思っていなかったようで、忠美は腰が引けていた。


「確実におかしいと思ったからな。

 どうせ、役人に嫌がらせでもされたんだろうと推理したんだけど?」


「…蹴り飛ばしてやったわ…」と忠美が言ってにやりと笑うと、汰華琉は愉快そうに笑った。


すると美貴と美紗子が情報端末を操って、関連部署に事情を聞き始めた。


「正当な手続きをとって、

 子供たちを守ろうとしたのに嫌がらせにあった。

 もちろん、相手はこの事実を知られまいと、

 いろいろと画策して、

 まずは忠美が犯罪に手を染めるように仕向けた」


汰華琉の言葉に、忠美は目を見開いた。


「…都合がいいと…」と忠美はつぶやいてから、大いに苦笑いを浮かべた。


「そうなればもうとめられない。

 ある意味忠美はそいつに操られていた。

 あ、わかった?」


汰華琉が美貴に聞くと、「前面自供」と答えて、にやりと笑った。


「しかも、この国の主宰の息子だから、

 かなり大きな騒ぎになるはずよ。

 もっとも、実権のほとんどはWNAが握ってるんだけど」


美貴の自慢げな言葉に、美紗子は自慢げに胸を張っていた。


「…そうだったんだ…」と忠美は目を見開いて呟いた。


「犯罪を犯したのは忠美の弱さだが、

 それを操っていたやつの方が重罪だ。

 これで、俺たちが忠美を守る理由はできた。

 こっちも被害者なんだと堂々といえる事は重要なんだ。

 しかも、相手がそれなり以上の大物で助かった」


汰華琉の言葉に、美貴と美紗子は愉快そうに笑った。


忠美もようやく、ぎこちないが笑みを浮かべていた。


「ちなみに、屋敷を処分しない理由ってあるの?」と汰華琉が聞くと、「…あの地は、それほど高く売れないから、住んでいた方がマシ…」と忠美は眉を下げて答えた。


「ああ、そうだった。

 強烈な差別があった、田村エリアだった。

 だから空き家ばかりが残っていて、

 そのままなんだな…

 広さはそれなり以上にあるし、

 すべて買い取って自然保護区にでもするか…」


汰華琉の言葉に、「やっておしまいなさい!」と美紗子は情報端末に向けて叫んだ。


そして、「…あとで、金塊だけ頂戴?」と美紗子が眉を下げて言ったので、汰華琉は少し笑いながら、十キロの金塊を三つ出した。


「…あー… 十分だぁー…」と美紗子は言って、穏やかな顔をして金塊をなでまくった。


「ついでだから、古代の水の第二工場でも作ろうか…

 人をさらに雇えば、みんなが潤う…」


「…第一工場も請け負うよ?」と美紗子が子供のように言ったので、汰華琉は経営の方は美紗子にすべてを託す事にした。


「…ああ… ただでさえ忙しいのに、またさらに忙しく…」と社長と副社長は嘆いたはずだが、感情的には喜んでいたので、―― 変わった人たち… ―― と汰華琉は思うに留めた。


「食べたい時においしいご飯がいただけるのよ?!」と美紗子が自分勝手に言うと、三人は夢を見るような顔をして、指を組んで喜んでいる。


「…母さんたちが恥ずかしいぃー…」とさすがの美貴ですら、大いに眉を下げるほどだ。


「あ、そういえば、姉さんは、田村エリアで家を借りてたんじゃ…」


美貴が思い出しながら言うと、「…そういえばそうだったわね… しばらくは美々子には家に帰ってもらうか、ここに住まわせてやって頂戴」と美紗子が言うと、「…あたしはかまわないんだけど…」と美貴は気概なく言って、汰華琉を見た。


「…俺を怖がっていたからな…」と汰華琉は言って苦笑いを浮かべた。


「…怖くないからおいでぇー… って、小動物を扱うように言う…」


美貴の言葉に、汰華琉は腹を抱えて笑った。


宅地の売却の手続きなどはすぐには終わらないので、この話はここまでとなった。



数日後、汰華琉たちは休養期間を終えて、訓練の前にいつも通りに身体測定をする。


もちろん、休養期間で体力が落ちている事は当たり前だが、それほどでもないことに、誰もが首をひねっていた。


そして誰もがやる気がみなぎっていて、いつものメニューを軽く終わらせて、おまけとばかりに、いつもよりもハードに鍛え上げた。


「…あー… ここは涼しくていい…」と訓練を終えた汰華琉は、地上から二百メートルある絶壁登りの高台で、半身を起こして言った。


すると、花はどこにもないはずなのだが、花のいい香りがするので、汰華琉は気になってにおいがする方に首を振った。


しかし花などはどこにもないので、立ち上がってから数歩歩いて、「…あ、あった…」と汰華琉は言って、色とりどりの花を見つけて笑みを浮かべた。


手前側が一段高くなっていたので、座っていると見えなかったのだ。


花は四枚花びらが多いが、妙にボリュームがある花もあり、この花の香りがいい香りを噴出しているようだった。


朝と夕方は日陰になるのだろうが、日中は日が当たりっぱなしになる。


そして端の方に如雨露と水が入ったペットボトルが数本あって、マリアが世話をしているのだろうと察した。


「…今まで気づかなかったぁー…」と雅が言うと、「…みんな、かわいいですぅー…」と誉が笑みを浮かべて言った。


「神ケインから神マリアへのプレゼントなんだ」


汰華琉の言葉に、「…あー… うらやましいなぁー…」と雅は言ってから、笑みを浮かべて汰華琉と誉を見た。


『…お水、ください…』と異様にかわいらしい声がした。


汰華琉は辺りを見回した。


雅と誉には聞こえなかったようで、花を見入っているだけだ。


―― まさか… ―― と思い、汰華琉は魂を探ると、ピンク色の八重の花を咲かせている花に魂があった。


植物には魂は宿らない。


これは桜良の解説によって否定された。


もちろんすべてではないが、魂を持って生まれる草木もあるのだ。


汰華琉は、「花が水をくれと言ってるぞ」と言うと同時に、マリアに念話を送った。


するとマリアは天使三人を抱きしめてすっ飛んでやってきて、「お兄ちゃん! どの子?!」と血相を変えて聞いてきた。


汰華琉が指を差すと、「…あー… うれしいわぁー…」とマリアは夢見心地で言って、早速如雨露に水を入れて、「…気づいてあげられなくてごめんね…」などといいながら、ちょろちょろと水をやっている。


「ほかの子が足りないって言ってるぞ」


汰華琉の言葉に、「…私にも話しかけてぇー…」とマリアが眉を下げて嘆きながらも、均等に水遣りをした。


「念話には特に条件はないと思うのだが…」と汰華琉が言うと、雅と誉が汰華琉を拝んでいた。


「…しょうがない…」と汰華琉は言って、レコーダーを出して、雅を使ってその声を録音した。


そして再生すると、「…かわいい声ぇー…」と、少女三人は目を細めて呟いた。


するとケインとマニエル、そしてお付きランスとその女友達のイザーニャが飛んでやってきた。


「おっ! 魂を持つ花か!」とランスが叫ぶと、ケインは目を見開いた。


そしてケインはマリアに、「よかったな」と優しい笑みとともに優しい言葉を投げかけた。


そして録音を再生して、「こりゃたまげた…」とランスは言って、汰華琉を見た。


「雅と俺のあわせ技です」


「…参った…」とランスは苦笑いを浮かべて、二人に頭を下げた。


「え? 産まれる?」と汰華琉が言うと、誰もがピンク色の花に注目した。


すると地面が少し盛り上がって、小さな人間の手のようなものが見えた。


「えっ?! なになにっ?!」とマリア、雅、誉は三人同時に叫んだ。


「…いやぁー… こういう生まれ方は聞いた事がない…」とランスは眉を下げて言った。


「どこからどう見ても小人族です。

 これは珍しいから、

 雇うにはそれ相応の契約金を出してもらわないと」


汰華琉の言葉に、少し離れて様子を見ていた美貴がすぐさまWNA理事長に連絡した。


「あのぉー!!! お父さんはどなたですかぁ―――っ??!!」と小人が叫んだ。


誰もが顔を見合わせて、「お母さんはいるのかい?」と汰華琉が落ち着いて聞くと、誰もが納得の笑みを浮かべてうなづいた。


「あっ! お母さんですっ!」と小人は言って、ピンクの花の茎に抱きついた。


「この子のお父さんは誰なんです?」と汰華琉が花に聞くと、何も言わない。


魂はあるので、話すことを拒絶しているのかと思っていたが、「眠った?」と汰華琉が言うと、「あっ! そのようです!」と小人は笑みを浮かべて答えた。


「…今は寝てるんだぁー…」と雅は言って、誉とともに花を見入った。


「子供を生んだんだ。

 疲れて眠っても当たり前だろう」


汰華琉は言って、手のひらを花に向けて柔らかな気を送った。


「あっ! お母さん! 生んでくれてありがとう!」と小人が叫ぶと、誰もが感動していた。


「えっ?! はいっ! わかりました!」と小人は言って、汰華琉に向かって満面の笑みを浮かべて、「お父さん! こんにちはっ!」と叫んでから、礼儀正しく頭を下げた。


「…想像妊娠で生まれた子の父になってしまった…」


汰華琉の言葉に、ケインとランスだけが腹を抱えて笑った。


「では、父からの言葉だ」と汰華琉が言うと、小人は姿勢を正して緊張した。


「産まれてくれてよかった。

 そしておめでとう。

 さらにありがとう。

 そして、産まれたからこそ、試練を与える!」


汰華琉のやさしく、そしていきなりの厳しい言葉に、誰もが大いに眉を下げている。


「お前にさらに強くなってもらうために、修行をしてもらう。

 そして、そのお師匠様は、神マリアだ」


「はいっ! お父さん!

 早速の試練! 本当にありがとうございます!」


小人は言って、汰華琉が示しているマリアを見て笑みを浮かべた。


「お師匠様! よろしくお願いします!」と小人が言うと、「…お兄ちゃんはやっぱりすごいぃ―――っ!!!」とマリアは叫んで号泣した。


「…機転も利くなぁー…」とランスが感慨深げに言うと、ケインは薄笑みを浮かべてうなづいた。


そして小人は、天使たちにもみくちゃにされた。


「名前だけど、どうするんです?」と汰華琉が花に聞くと、『…あー… 慣れていないのでつけてやってくださいぃー…』と花が答えた。


「ちなみに、あなたにお名前は?」


『…あー… そういえばそうでしたぁー…

 まだ名前はありません…』


汰華琉はうなづいてから、「マリア、この花に名前をつけてやってくれ」と言うと、マリアは大いに困惑してケインを見た。


「マリアンヌ」とケインが言うと、マリアは満面の笑みを浮かべて、「まず、あなたは、マリアンヌ!」とマリアが花に向かって叫ぶと、マリアは固まった。


そして、「…お話、できたぁー…」とマリアは大いに感動して号泣した。


「…マリアにマリアンヌ…」と汰華琉がつぶやくと、『…カインでいかがでしょうか?』と花が言ってきた。


「ああ、ケインを崇めた上で決めたようですね」


汰華琉の言葉に、『…はい、そうですぅー…』と花が答えると、「お母さん! お父さん! 立派なお名前を、ありがとうございます!」と小人のカインは叫んで、花のマリアンヌと汰華琉に頭を下げた。


「この子はカインだ」と汰華琉が言うと、誰もが納得して笑みを浮かべた。


「ところであなたはここに植わっていてもいいのですか?

 植え替える事もできますが」


汰華琉の言葉に、『ここでもかまわないのですがぁー…』とマリアンヌが答えたので、汰華琉たちには家がある事を告げると、できればそっちに引越したいと言って来たので、マリアが早速鉢を出して植え替えた。


『…力がみなぎる土ですわぁー…』


「…ちょっとだけ焼いて、自然な養分を抱え込ませたの…」とマリアが機嫌よく言うと、マリアンヌは大いに喜んだ。



汰華琉たちは城に帰り着いて、十分に休養をとって、食事も大いに摂った。


すると汰華琉が真剣な目をして、「雅、手伝ってくれ」と言って、ピンク色の花のマリアンヌを植えた鉢を持ってきた。


「…まさか、お兄ちゃん…」と雅は察してつぶやくと、「…俺にだけ話しかけられた理由を知りたいんだ…」と呟いて、弱々しい笑みを浮かべた。


汰華琉は花の葉に軽く触れて、レコーダーに触れると、雅は今にも泣き出しそうな顔をして、汰華琉の右腕に触れた。


ほんのわずかな時間しかかからず、汰華琉は花の前世をピンポイントで知った。


そして、決定的な映像をテレビに出すと、「え?!」と美貴が叫んだ。


映像には、美貴が始めて会った、汰華琉と雅が床に倒れて抱き合っていたからだ。


「…この花は、俺のお母ちゃんだった魂を持っている…」


汰華琉が涙を流しながらつぶやくと、雅も、そして美貴たちも泣いていた。


「…理由としては弱いが、

 この花は意思を持って俺に話しかけたはずなんだ…

 だがもうひとつ可能性があって、

 雅の父か母かもしれないと思ったが、

 バス横転事故の前の記憶は、俺しか出てこない…

 …雅、悪いな…」


汰華琉が謝ると、雅は涙を流しながら首を横に振って、汰華琉に抱きついた。


『…私には、こんな秘密があったのね…』とマリアンヌが言うと、汰華琉は愉快そうに笑って肯定した。


『…逢えてうれしいけど、数日後に私は枯れます…』とマリアンヌは悲しそうに言うと、誰もが目を見開き、すぐに悲しそうな目になった。


「運がよければ、種に魂が宿るらしいから。

 もしも種に宿らなかったら探しに行くよ」


汰華琉の言葉に、『あら、安心したわぁー…』というマリアンヌの気さくな言葉に、「…素晴らしい、奇跡を見せてくれたぁー…」とマリアは言って号泣して、ケインに抱きついた。


「…汰華琉たちの魂を呼び寄せた術だったと、思っておきたいなぁー…」とケインは言って、美貴に頭を下げた。


「…願いの子と同じ効果のある術だし、

 植物に宿ったのは偶然…

 だけど、想いが強いほど、

 素晴らしい魂をこの星に呼び寄せた可能性は高いの」


美貴の言葉に、ケインは薄笑みを浮かべて頭を下げた。


「…きっとね、この先、まだまだ奇跡は起こるわ…」


美貴の自信がある言葉に、誰もが一斉に頭を下げた。


この夜、汰華琉はマリアに許可を取って、マリアンヌが植わっている鉢を自室に持っていった。


すると雅と誉が申し訳なさそうな顔をして汰華琉の部屋を覗いている。


「…しょうがないやつらだ…」と汰華琉は言ってから、二人を部屋に招きいれて、マリアンヌも含めて、四人して眠りについた。



「…毎晩、あんなことしてたのね…」と雅は起きて早々に呟いた。


「…苦情はマイケルに言ってくれ…

 …今は俺の師匠のようなものだから…

 やはり、日を決めて雑魚寝するか…」


「…うん、問題ないよ… 見張ってるから」


雅が自信満々に言うと、「やはり、神獣の方が人間よりも強い?」と汰華琉が聞くと、「今はそうね」と雅は言って汰華琉に抱きついた。


「…朝っぱらから、いちゃいちゃすんなぁー…」と、汰華琉の部屋を覗いていた美貴が言うと、「やあ、おはよう」と汰華琉はなんでもないことのように、朝のあいさつをした。


「…うん、おはよ…」と美貴は覗いてしまった罪悪感を感じながら挨拶をした。



早朝訓練のあと、朝食の席で、汰華琉はマリアンヌが一日をどう過ごしたいのか聞くと、始めに植えてもらった場所にも行きたいようで、すべてはマリアが叶えることになった。


さらには甘えん坊のカインもいることでちょうどよかったのだ。


そしてマリアは、カインの可能性を話すと、汰華琉以外は大いに驚いている。


汰華琉は桜良から、小人族は二種類いることを聞いていた。


それは自然を好む森の小人と、人を好む進化の小人だ。


カインは森の小人で、自然界に優しい種類だった。


植物のマリアンヌから生まれたことがその証拠のようなものだ。


「…生まれたんだぁー…」と神出鬼没の桜良がカインを見入りながら言った。


もちろん桜良はうまい朝食を食べにやってきたのだ。


「…ゾンビのように、地面から這い上がってきた…」と桜良が背筋を震わせて言うと、「言った通りだが、それほどの恐怖はなかったから…」と汰華琉は眉を下げて言った。


「…ちなみに、マリアンヌが生まれ変わらないともう生めないそうだ…」と汰華琉がにやりと笑って言うと、桜良はこれ以上ないほどにうなだれた。


「マリアンヌの想い次第だし、

 今は生むつもりはまったくないそうだ」


「…直接、声を聞いたぁー…」と桜良は悲しそうに呟いた。


「…種に戻っても、魂が定着するとは限らないそうだ。

 竜の卵に似てるよね?」


汰華琉の言葉に、桜良は眉を下げてうなづいた。


「…さすがに竜は、卵にしっかりと魂が定着するんだけどね…

 だけどね、眠っている時にお出かけもするのぉー…

 卓越した竜じゃないと、孵化するまでに何十年もかかるからぁー…

 特に、人間に対して想いがある竜は、

 こっそりと生物として一旦は蘇るんだけど、

 卵が孵化すると、魂が戻されて、悲しいことにもなっちゃうの…」


その実例を桜良が話すと、「…その奇跡で不幸が、織田信長夫婦にもあった…」と汰華琉は呟いて十分に理解した。


「喜笑星での生活のことだけど、

 違和感を感じるのは何が原因なの?」


汰華琉が興味を持って聞くと、「…格差社会…」と桜良は眉を下げて呟いた。


「…ああ、そういうことか…」と汰華琉はようやく納得の行く回答を聞けたので、少し喜んでいた。


このケイン星の歴史的文献にもその事実はある。


城の王と王族は絶対的権力を持ち、民は王に従う義務がある。


現在も王制をとっている国もあるが、ほとんどが政治家かWNAが実権を握っているので、格差社会はそれほど目立っていないといえる。


「濃い付き合いは、その格差がなくなってからだね」


汰華琉の言葉に、桜良は大いに眉を下げていた。


「だけど、

 その格差を喜ばしく思っていないエッちゃんと為長さんは別だから」


汰華琉の明るい言葉に、「…よかったぁー…」と桜良は言ったが、それほどよくないと思い直して、また眉を下げた。


「徐々に変えて行く必要があるはずなんだ。

 さすがに、明日からこうしろ!

 などと偉そうなことは言えないからね」


汰華琉が少しおどけて言うと、「汰華琉が王になればいいじゃない」と美貴がさらりと言った。


「何のために?

 俺は喜笑星が欲しいなどと言った覚えはないぞ?」


「…離縁されちゃうぅー… まだ婚姻もしてないけどぉー…」と美貴が嘆くと、汰華琉は愉快そうに笑った。


「とにかく、喜笑星には積極的には接触しない。

 個人的に必要なことだったら話は聞くけど、

 琵琶家を刺激する可能性があることは精査するから」


「…わかりましたぁー…」と桜良と美貴は同じような情けない顔をして同時に言った。



大人の話が終わるのを待っていたのか、たまが懇願の目を汰華琉に向けていた。


「…それも、いろいろと考えた方がいいかなぁー…」と汰華琉が察してたまに言うと、「…やっぱりぃー…」とたまは悲しそうな顔をして言って、人形が入っている箱を抱きしめた。


「…販売しろって?」と美貴が聞くと、「いや、まずは幼稚園に寄付をする話だ」と汰華琉はすぐさま答えた。


「…そうね… たまちゃんはお友達思いだもの…

 販売となると、大きな事業になりそうだし…

 どうせまた母さんが出てくるんだろうけど…」


美貴が杞憂を述べると、汰華琉は少し笑いながら同意した。


「それに、再現は少々厳しいし、

 できたとしても手間がかかりすぎて、

 かなりお高いものになるはずだ」


汰華琉は言って桜良を見ると、「…この国の、平均月収の三分の一…」と桜良が眉を下げて言うと、「…気軽には買えないわね…」と美貴も大いに眉を下げて言った。


「だから、寄付という形にすれば、

 それほど問題は起こらないが、

 我が学園はいいとして、

 ほかの学校が言ってこないだろうかという杞憂。

 さらには転売にかけられることも問題になる」


「持ち出した者は死刑」と美貴は物騒なことを真顔で言った。


「…子供たちの心に傷が残るようなことは言いたくない…」と汰華琉が眉をひそめて言うと、「…そうよねぇー…」と美貴は同意して眉を下げた。


「特別なお世話係りが欲しいところだ。

 遊び終わったら片付けさせて隠してしまう、とか…

 職員にも能力者が欲しいところだよ…」


汰華琉は眉を下げて言うと、「…あー…」と桜良が意味ありげにため息をついた。


「お試しで雇ってもいいよ」という汰華琉の優しい言葉に、桜良は大いに喜んだ。


「どういった人なの?」と美貴が興味をもって聞くと、「能力者だけど戦場には出られない、心に傷を負った子たち…」と桜良が悲しそうに告げた。


「…深いトラウマか… 戦場に出れば確実にありえることだ…」と汰華琉が言うと、美貴も同意した。


「いいよ、何人か連れてきて」と汰華琉は気さくに言うと、桜良は笑みを浮かべたが、「…できれば、トラウマを払拭できればいいなぁー…」と言って、たまに笑みを向けた。


「ところで、リッチ何某の件はどうなったの?」と汰華琉が聞くと、桜良は比較的明るい笑みを浮かべて顛末を語った。


「…真実を見せることで、現実を見るようになれたのか…

 軽症でよかった…」


汰華琉が笑みを浮かべて言うと、「…原因を作った子は反省しないから無理だったぁー…」と桜良は悲しそうに言った。


「脳の病気だよ」と汰華琉が決定的なことを言うと、「…やっぱり、そうなのかなぁー…」と桜良は力なく言った。


医療方面については、桜良が手を出すべきことではない。


「特殊な脳の病気は長生きは不可能だ。

 人間でも死神でも同じで、

 若くして呆ける可能性は高いと、

 俺の勇者の知識が語った」


汰華琉の言葉に、「…それ、大いにあるの…」と桜良も同意した。


「…若年性痴呆症は辛いわね…」と美貴は眉を下げて言った。


「お母さんと言っていた悪魔に、

 体を作り直してもらう必要はあるね。

 どうやら、それほどの高能力者じゃないようだ」


「…星の復興の手伝いに来ていただけだからね…

 普段は椅子にふんぞり返って、魂を食べる役…」


桜良は眉を下げて同意した。


魂循環システム内にいる悪魔の仕事だ。


「治すよ?」とマリアが笑みを浮かべて言ったので、汰華琉が礼を言うと、桜良は早速マリアを抱きしめて消えた。


「いやぁー… 落着すると気分がいいもんだ!」と汰華琉が陽気に言うと、「…マリアをその気にすることだけが目的だった…」と美貴がつぶやくと、「いや、進言してくれて助かったって思っただけだから」と汰華琉は機嫌よく言った。


「何とかなるかもしれないぞ」と汰華琉がたまに優しい言葉を投げかけると、たまは手放しで喜んで、汰華琉を抱きしめて、「やっぱりお兄ちゃんはすごい!」と汰華琉が大いに照れるようなことをたまは叫んだ。


「…高等部にも寄付…」と雅が言うと、「却下」と汰華琉は冷たく言った。


「遊びたいのなら、幼稚園に行けばいい。

 食事も一緒に摂って、保母さん修行も積めば?」


「あら、それはいいわね」と美貴が同意すると、「…やぶへびだったぁー…」と雅は言ってから誉を見ると、「…私は、してもいいかなぁー…」と心優しき誉の言葉に、雅は大いに眉を下げていた。


「お世話係りの手配ができたら、

 その日に寄付するよ。

 能力者とワンセットでの納入だな」


汰華琉の言葉に、美貴は早速パソコンのキーボードを叩き始めた。


「それから、この件は我が学園の特別事項としたいけど、

 今後の展開は見えてきているから、

 徐々に変えていくかもな」


「…そうなるような気はするわね…」と美貴はキーボードを叩きながら言って、笑みを浮かべて送信した。



汰華琉は勇者となって、「…お前らが手伝いに来たのかぁー…」と魔王のようにうなると、「…こんな勇者はいないぃー…」とひとりの子供の姿の死神が言って大いに怯えた。


「そうだな、いないな」と汰華琉は本来の勇者の笑みを浮かべて言うと、この城に連れてこられた女子の子供たちは、安堵の笑みを浮かべた。


そして汰華琉は人間に戻って、ひと通り話をすると、死神たちは話に聞いていた通りの軽作業だったことに喜んでいた。


そして追加で、早朝訓練と夕方の訓練について話すと、さすがに眉を下げていたが、戦場に出るわけではないので同意した。


「あとは願いの夢見だが、

 俺が誘うわけじゃないから、

 その時は覚悟しておいてくれ」


汰華琉の言葉に、三人は大いに眉をひそめて桜良を見た。


「覚悟して」と桜良が少し厳しく言うと、三人は今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「もちろん、現実世界でも戦場に行く日があるけど、

 連れて行くことはないから、三人は留守番だ」


汰華琉の言葉に、三人は笑みを浮かべて頭を下げた。


「置いていかれることを悲しく思う日も来るかもな」


汰華琉の言葉に、三人は一斉に胸に手を当てて悲しそうな顔をした。


「…話し方がうまいぃー…」と桜良が感心して言うと、「解説しなくていいんだよ…」と汰華琉は眉を下げて言った。


そして一番重要な着せ替え遊びセットを出すと、死神三人は満面の笑みになった。


「人間に盗まれないことだけに注意して欲しい。

 人間はかなりずるがしこいから、

 子供だましの手に乗るんじゃないぞ。

 さらには親の権力を笠に着る子もいるはずだが、

 相手にせず無視してもかまわない。

 泣き喚いてもほうっておけばいい」


汰華琉の言葉に、「はい! 大和様!」と三人は一斉に叫んで、顔を見合わせて笑みを浮かべた。


「…泣きわめくって思うぅー…」とたまが眉を下げてつぶやくと、汰華琉は愉快そうに笑って同意した。


「たまは持っているから、城に帰れば、いつでも遊べるからな」


汰華琉の言葉に、「…うう…」とたまは少しうなって、眉を下げて汰華琉を見上げて、「…お兄ちゃんって、やっぱりきびしいぃー…」と苦笑いを浮かべて言った。


「フリージアに行けば、幼児用の商品は無料で配ってるぞ」


汰華琉の甘い言葉に、「…わたしって、追い出されようとされてるんじゃ…」とたまが機転を利かせていい始めたので、幹子が愉快そうに笑い始めた。


「できればここでも無料で配りたい想いはあるんだ。

 誰もが平等になるようにな」


汰華琉の言葉に、幹子は何度もうなづき、たまは汰華琉を見上げて笑みを浮かべている。


「だが、手伝ってもらっても、

 そう簡単に行き渡るものじゃない。

 それに人を雇えばお金がかかるから、

 無料というわけにもいかなくなる。

 作るのは無料でも、それ以外でどうしてもお金がかかってしまうからな。

 だから俺たちの仲間になってもらって、

 お金がかからないように手伝ってもらえるようにすることも必要だけど、

 そればかりに手をかけるわけにもいかないんだ。

 こういった面倒なことで間違っていないことを、大人の事情と言う」


「大人の事情…」とたまは復唱して、幹子を見上げた。


「子供たちが今は知らなくてもいいことがたくさんあるの。

 それは、子供たちの無垢な笑みを見たいからなの。

 だけど、お兄ちゃんのように、いい人はそれほどいないの。

 だからみんなが少しずつ、お兄ちゃんのお手伝いをしたいわね」


幹子の優しい言葉に、たまはいろいろと考え込んでしまって何も言えなくなっていた。


「大人の事情を今のたまにわからせようとすると、

 何も言えなくなるんだ。

 そして動けなくなることもわかっていた。

 だから動けるようにするには、

 大人の事情なんか放っておいて、とにかく遊べ。

 それに、絶対にだめな時はきちんと説明する。

 そうすれば、動けるようにならないか?」


汰華琉の厳しいが温かい言葉に、「…うん… だいじょうぶだいじょうぶ!」とたまは陽気に叫んだ。


「…学校の生徒の全員の分作ってぇー…」とたまが早速ねだると、「今はできない」と汰華琉が堂々と答えた。


「…わかったのぉー…」とたまは譲歩して比較的素直に返事をして、汰華琉に満面の笑みを向けた。


「大きくなったもんだね」と幹子が笑みを浮かべて汰華琉に言うと、「…いやぁー… あはははは…」と汰華琉は空笑いをして大いに照れていた。



そんな中、城の外で不審者騒ぎがあったがすぐに収まった。


そして美都子に連れてこられたのが、美貴のひとつ年上の姉の美々子だった。


その美々子が、「…汰華琉君、どこいったの?」と美貴の目の前にいる汰華琉に気づいていない様子で言ったのだ。


「…ん? どういうことだ?」と汰華琉が言うと、「…普通になったのね…」と美々子が少し感動して言うと、「ひ―――っ!!!」と美々子はいきなり叫んでそのままばったりと倒れて意識を断たれた。


「…雅、ようやく理解できた…」と汰華琉が言うと、雅はふくれっつらをして汰華琉の体から出てきた。


汰華琉は確認できなかったが、雅が汰華琉の肉体に細工をしたのだろうとだけ察した。


「もうかなり昔のことだ。

 それに、運命は変わってしまったからな」


汰華琉は意味ありげに言って美貴を見た。


雅は美々子に指を差すと、「お兄ちゃんの初恋の人」と不機嫌そうに言って、「…証拠が残らない消し方って…」と美貴が言い始めたので汰華琉は愉快そうに笑った。


「…浮気された気分ー…」と美貴が言うと、「お前の略奪愛が先だと思う」と汰華琉に言い返されて、美貴としては面白くないらしい。


しかし、「…そんなに前から…」と美貴が嘆くと、「出会ってすぐに好きになった」と汰華琉は恥ずかしがることなく言った。


「…冷めてることが不思議…」と美貴がようやく汰華琉の普段にはない感情に気づいて言った。


「…俺の、お姉ちゃんじゃないのかなぁーって思ってな…」


汰華琉の言葉に、雅は目を見開いて汰華琉の手をとって、美々子の脳内を編集してビデオレコーダーに落とし込んで、再生を始めた。


「…おー… 紛れもなく、お父ちゃんとお母ちゃんだぁー…」と汰華琉は感動して言って、テレビ画面に笑みを向けた。


そして、『汰華琉ちゃんのお嫁さんになるのよっ!!』と汰華琉が生まれてすぐに、美々子は叫んでいた。


そして美々子は、当時三才だったことで、この事実は忘れていた。


「…じゃあ、姉さんはどうして施設に…」と美貴はもう回答はわかっていたのだが言った。


「お姉ちゃんは食いすぎるから捨てられた」という汰華琉の言葉に、誰もが一瞬目を見開いてから、愉快そうに笑い始めた。


「…まあ… もちろん、育てられなかったという理由もあるし、

 実のところは養女として引き取られたはずだったんだ。

 だがなぜか、施設で暮らしていた。

 きっと、養父たちは暗殺などの憂き目にでもあったんじゃないの?

 養女ということで、殺されることはなかったのかもなぁー…」


「…それは、あるわぁー…」と美貴は眉を下げていって、まだ眠っている美々子を見入ってから、汰華琉を見た。


「…見た目もよく似ていたわ…」と今更ながらに美貴は言って、ようやく納得して肩の力を抜いていた。


「…もっとやさしくしてあげればよかった…」と雅は少し寂しそうに言って、おもちゃの花を出して、美々子の体の回りに飾り付けを始めたので、「…心の底から嫌いなんだ…」と静磨は大いに理解して呟いた。


「…間違いなく嫌いだな…」と汰華琉も同意して苦笑いを浮かべた。


「…美人過ぎる親族はいらないわぁー…」と雅が迫力なくうなると、「ああ、そういうこと…」と汰華琉は言ってすべてに納得していた。


「何につけても一番は雅なんだけどな」


汰華琉の兄としての言葉に、「…うれしいけどだめぇー…」と雅は真顔で言って、さらに花の数を増やし始めた。


「…きっとね、比べられるから…」と誉が控え目に言うと、「…それはあるな…」と汰華琉はため息混じりに言った。


「…骨は、お姉ちゃんの方がきれいよ?」


誉の言葉に、「…ついに透視までできるようになったかぁー…」と汰華琉はある意味喜んで言った。


「…誉ちゃん、見た目だけじゃないのよ?」と雅が目を血走らせて言うと、「…まだ観察してないからわかんなぁーい…」と誉は大いに眉を下げて嘆いた。


「…あたしって、美々子ちゃんの真似をしていたようなものだもの…」と雅は悲しそうに言った。


「じゃあ、今から本来の雅に戻ればいいさ」


汰華琉のまっすぐな思いに、雅は大いに眉を下げ、そしてしばらく考えてから、「お兄ちゃんはあたしのことを嫌いになんかならない!」と雅が叫ぶと、汰華琉と誉は笑みを浮かべて手を叩いた。


すると美々子が、「…うーん…」と呟いて、ゆっくりと目を開いて、すぐに一番近くにある花のおもちゃを見て、「…あー… あたしって、死んじゃったのね…」とつぶやくと、汰華琉は腹の底から大いに笑った。


「だったら俺たちも死人だな」と汰華琉が言うと、美々子は目を見開いて半身を起こしてから辺りを見回してから、美貴に視線を止めた。


「…お兄ちゃんがいた…」と美々子がつぶやくと、「あんたが姉であたしは女よ!」と美貴は大いに腹を立てて叫んだ。


美貴も美々子のことはそれほど好きではない。


できれば会いたくないのだが、幼い日のことを考えるとそうとばかりも言っていられない。


ある意味美貴は、今までの雅と同じだったからだ。


「…いやぁー… 美々子お姉ちゃんはますます面白くなった!」と汰華琉は大いに機嫌がいい。


「…汰華琉君、結婚、おめでとう…」と美々子は言ってから俯いた。


「…まあ… 結婚は」と汰華琉がここまで言うと、美貴は火が出そうなほどに威厳のある目をして汰華琉を睨んだ。


「…ああ… ありがとう…」と汰華琉は美貴の気持ちを尊重して言った。


「おーほっほっほ! さすが魔王様!」と雅は確実に今までにない雅を発揮していた。


「…面白い妹になった…」と汰華琉がくすりと笑うと、「…おー… 大丈夫だったぁー…」と雅はかなり心配だったようだが安心していた。


「だが、サクラインコのイメージは、今までの雅だと思ったが、

 本来は違うのかい?」


汰華琉の質問に、「…ある意味、サクラインコにも引きずられてたのかなぁー…」と雅は困惑しながら答えた。


「感情的にはなんら変わってないから問題はない」


汰華琉の太鼓判に、「さすがお兄様」と雅は穏やかに言って、薄笑みを浮かべた。


「…ちょっとだけ引っ越すように言われた、山城美々子ですぅー…」と美々子は今更ながらに、美貴に挨拶をしたので、汰華琉はまた大声で笑った。


「…ここは姉さんの家でもあるんだからいいのよ…」と美貴は眉を下げて言うと、「…ああ、そういえば… 見覚えがある城だって思ってたわ…」と美々子は呟いた。


「好きに過ごしてくれていいよ。

 絵描き道具は?」


汰華琉が聞くと、美々子は胸の前に手を合わせて、「片付けられちゃったの!」と悲壮感をあらわにして叫んだ。


「じゃあ、出すから」と汰華琉は言って、絵描き道具一式を美々子の前に出した。


「あ、手品手品」と汰華琉がめんどくさそうに言うと、誰もがすぐさま愉快そうに笑った。


そして美々子は動じることなく、足りないものを言って出してもらって喜んでいる。


「裏の部屋は見晴らしがいいし、農作物も実りかけているから、

 題材には困らないと思う。

 ちょっとした田園風景だよ」


汰華琉の明るい言葉に、「描くわ!」と美々子は叫んで、男のように大またで歩き始めて、「部屋はどこ?!」と振り返って自分勝手に叫んだ。


「…ま、美貴も同じようなことをするし…」と汰華琉は言って、画材道具を静磨とともに持って、美々子を追いかけた。


「…絵のことになると自信があるのか、

 急に人が変わるの…

 だから画材道具を全部片付けちゃったのね…

 そうすれば、頼りないお嬢様でしかないから…」


美貴の説明に、誰もが苦笑いを浮かべてうなづいた。


「…面白い子だ…」と言ったのはマイケルだった。


「…遺伝子上は、汰華琉と同じか…」とランスは言ってにやりと笑った。


「…何かの役に立てばいいんだけど…」と美貴は眉を下げて言った。



汰華琉に部屋を案内されたあとの美々子は寡黙になって、イーゼルを窓際に置いてからキャンバスを乗せ、窓を開けてからしばらくは外を見ていた。


そして何かを決意したようで、キャンバスの前に立って、椅子に座ることなく木炭を手に取った。


そして力を入れることなくすらすらと描いては、指先で線を消すようにしてのばす。


「…はー… なるほどなぁー…」と汰華琉は大いに感心して、イーゼルとキャンバスを出して美々子の真似を始めた。


美々子は農作物のトマトに集中しているようで、まだ下絵でしかないのに、実がみずみずしく感じる。


汰華琉は遠くに見える山から流れ出ている小川を中心にして描き始めた。


よって畑の全体像がよくわかる。


美々子は集中していたが、汰華琉の存在に気づき、そしてキャンバスを覗き込んでから目を見開いた。


汰華琉は何も言わないし、美々子も何も言わない。


しかし美々子はいきなり、汰華琉のキャンバスに落書きを始めたのだ。


もちろん汰華琉は怒りの感情を抱いたのだが、その落書きが姉弟になったことに驚いている。


そしてトマトをもいだのか、笑みを浮かべて食べているように見えたのだ。


汰華琉は半歩引くと、まさにその通りに見えた。


美々子は想像力も豊かで、見たものだけを忠実に描く印象派の作風だけではなく、想像物も得意なようだ。


美々子は満足したのか、今度は自分のキャンバスに向かって、絵全体に巨人を描き始めた。


まさに、姉弟がトマトをもごうとしている構図だ。


―― こりゃ、本気で… ―― と汰華琉は思って、思いを込めて下絵を描いた。


そして細やかに色付けをして、近くの場所には絵の具を派手に盛り、遠くは細やかに凹凸をつける。


汰華琉は一歩引いて絵を隅々まで見入って、笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「…すごいわね… あんた、名前は?」と美々子が聞いてきたので、「大和汰華琉」と汰華琉は真顔で答えた。


「そう、偶然ね。私は大和天照よ」と美々子は生まれた時の名を名乗った。


「ふーん、お姉ちゃんの本当の名前が天照だったのか」


汰華琉の言葉に、美々子は目を見開いて、「…夫婦だった…」と美々子はいきなり現実に戻ってつぶやくと、「姉と弟だ」と汰華琉ははっきりと言った。


「…久しぶりね、汰華琉…」と美々子はまた中途半端な美々子になって、汰華琉と挨拶を交わし始めた。


そして汰華琉に負けじとばかりに色付けを始めた。


外は帳が下りて何も見えなくなったが、美々子の色付けは終わっていない。


汰華琉は美々子に気づかれないようにして部屋を出ると、美貴たちが廊下にいた。


「もうすぐ完成するだろう」と汰華琉は言って、キッチンに移動した。



うまいにおいを漂わせて夕食を摂っていると、ふらついている美々子がやってきて、「…食べさせてぇー…」と汰華琉に甘えてきたので、美貴は美々子を隣に座らせて、「食え食え」といいながら、美々子の口に料理をほおばらせ始めた。


ようやく目が覚めたのか、「…ひぶんへはへふぅー…」と美々子がつぶやいたので、美貴は何も言わずに自分の食事を楽しみ始めた。


「大和天照と名乗った」


汰華琉のいきなりの言葉に、誰もが目を見開いた。


「お姉ちゃんの生まれた時の名だろう。

 そこまで確認していなかったが、たぶん間違いないと思う」


「…先に、大和を名乗りやがってぇー…」と美貴はつぶやいたが、やぶへびになりそうだったので、口をつぐんだ。


「…名前は、美々子がいいかなぁー…」と美々子は穏やかに言って、多くの皿に乗っている料理に笑みを向けたが、狂ったようにして茶碗の飯を食らい始めた。


『…汰華琉が作ったのかぁー…』と美々子が人ならざる顔色と言葉でうなると、「みんなとの共同作業だ」と汰華琉はなんでもないことのように答えた。


『…雑音を感じるのはそのせいか…』と気に入らないようでうなったのだが、表情を薄笑みに変えて、今度はおちょぼ口で食べ始めた。


「あんま文句を言ってると、罰が当たるぞ」


汰華琉の言葉に、美々子は大いに震えて、「…文句、言ってないよ?」と今度は汰華琉の妹のように言ってきたが、「お姉ちゃんに向けて言ったわけじゃないけど?」と汰華琉が穏やかに言うと、確かに汰華琉は前を向いて言ったので、美々子に向けた言葉ではないと理解した。


そして辺りを見回して、「…随分と大勢いたのね…」と美々子は嘆くように言った。


「…あたしたちは眼中になかったわけね…」と美貴は言って、美々子の盆を自分の方に引き寄せると、「…お兄ちゃん、あたしのぉー…」と美々子が嘆いたので、「女で妹だと言った!」と美貴が叫ぶと、汰華琉は愉快そうに笑った。


「…あんたのお兄ちゃんたちは、今頃路頭に迷ってるわよ…」


美貴の言葉に、「あ、来たよ?」と美々子は答えた。


「あんた、まさか、金目のもの渡してないでしょうね…」と美貴がうなると、「いらない絵はあげたわ」と美々子が言うと、美貴は頭を抱え込んだ。


「例のカタログに載っている絵かい?」と汰華琉が美貴に聞くと、「…全部売れたら、このヤハンを楽に買えるわ…」と美貴は大いにあきれ返って言った。


「全部失敗作だもーん… それに売れないよ?」と美々子は妙にかわいらしく言って、笑みを浮かべ、「本物は今描けたところだから」と楽しそうに言って、汰華琉に笑みを向けた。


「構図は別だが競作で、同じものを描き上げた」


汰華琉の言葉に、誰もが大急ぎで食事を終えて、テーブルの上がきれいに片付いていて、食事をしているのは汰華琉と美々子だけになった。


「…急がなくても絵は逃げないのに…」と汰華琉がつぶやくと、「…始めて褒められるぅー…」と美々子は陽気に言って、うまい料理に舌鼓を打ち始めた。


「おほほほほ、こんばんは」とダイニングに美紗子が入って来た。


そしてお付の者たちに大荷物を持たせている。


「取り戻したの?」と汰華琉が聞くと、「分不相応だからね」と美紗子は笑みを浮かべて答えて、「…ふたりだけ?」と美紗子は不思議そうに聞いてきたので、汰華琉は一部始終を説明すると、美紗子はお付を引き連れて美々子の部屋に向かって走っていった。


「あ、絵は売れないって言ったよね?」と汰華琉が聞くと、「目録には全部非売品にしてあるから」と美々子は愉快そうに言った。


「…美術商なら誰もが知っているし、

 転売してもその道筋すべてが判明する、か…

 全員捕まって牢屋だ…」


「失敗作を売るわけにはいかないもの…

 やっと完成したんだけど、今度も売らない」


美々子が断言すると、汰華琉は笑みを浮かべてうなづいた。


よって、売ることはないが、ここは母親の美紗子の力で個展を開いて、閲覧料としてそれ相応の金を稼ぎ出して、美々子に渡しているほどだ。


すると美紗子がダイニングに駆け込んできて、「風景大目は汰華琉君?!」と叫んだ。


「お姉ちゃんに指導されてね。

 絵の中にいる姉弟は描くつもりじゃなかった」


「…今まで以上に儲かる…」と美紗子が号泣して言うと、汰華琉は大いに眉を下げていた。


「…姉弟で観にきた人たちは無料にしてあげて欲しい…」という汰華琉の願いは簡単に叶って、「…それも話題になってさらに儲かるぅー…」と、美紗子はさらに号泣した。


「お母ちゃん、夕ご飯は?」と汰華琉が聞くと、「…食べますぅー…」と呟いて席に着いた。


「お付の人たちも」と汰華琉が言うと、美紗子はすっ飛んで部屋を出て行った。


汰華琉は美紗子たちに料理を出してから、美々子の作品の目録を見ると、『失敗作 非売品』と確かに書いてあった。


「…あ、題名は、姉弟、でいいか…」と汰華琉が言うと、美々子はメモを手にとって、『天照と汰華琉』と書いて、汰華琉に渡した。


「わかった、そうしよう」と汰華琉は笑みを浮かべて言った。


そして美々子は、『大和天照 大和汰華琉 二人展』と、個展の題名まで書いた。


美々子は画家の名前としては、生まれた時の名前を使うことに決めたようだ。


「俺は一作しか書いてないけど?」と汰華琉が言うと、「常設展」と美々子は言い切った。


「…さらに作品を増やせってことだね…」と汰華琉は理解して大いに眉を下げていた。


「…あー… 忙しいのはわかっているんだけどぉー…」と美々子は眉を下げて言った。


「許します!」と美紗子が言い切ったので、汰華琉は大いに苦笑いを浮かべて頭を下げた。


「美術館、作らないの?」と汰華琉が言うと、「作ります!」とまた美紗子が言い切ったが、「…あー…」と美々子は反論があるように言って、汰華琉を見た。


「俺が考えて魔王に建ててもらうっていうのはどう?」


汰華琉の言葉に、美々子は考えることなく手のひらを合わせて喜んでいる。


そして、「…魔王って誰?」と美々子が聞いてきたので、「…美貴のことだよ…」と汰華琉が眉を下げて答えると、「…お姉ちゃん、心配だわ…」と美々子は汰華琉への姉の愛をもってつぶやいた。


「大丈夫だよ、妻の前に仲間でもあるから。

 それにまったく偉ぶらない。

 誰もができないことをやっちゃうのにね」


「…汰華琉をお婿さんにしたんだもの…

 そんなの当然よおー…

 それに、絶対、いろいろと買わせてるはず…」


ここは女の勘の鋭さをもって完璧に見抜いていた。


「無理のない範疇だから、ぜんぜんいいんだよ」


汰華琉が答えると、美々子が懇願の目を汰華琉に向けた。


「…言ってみて…」


「…お姉ちゃんにチュー…」


「却下っ!!!」と叫んだのは、いつの間にかリビングに戻っていた美貴だった。


「…血のつながった姉弟なんだよ?」と美々子が美貴に言うと、「その話は聞いていません!」と、今度は美紗子が立ち上がって叫んだ。


「…姉さんの戸籍…」と美貴があきれ返って言うと、「…大和… 天照…」と美紗子は呟いて、すとんと椅子に腰を落とした。


「そのすぐあとの苗字は?」と汰華琉が聞くと、「…肥後家よ…」と美貴は眉を下げて言った。


「…ほとんど暗殺されて、WNAの委員会に一人だけ残った家だね…」


汰華琉が眉を下げて言うと、美貴も同じように眉を下げてうなづいた。


「姉ちゃんとはまったく付き合いのない、

 しかも、血族じゃなくて養子だから。

 姉さんと同じ扱いね。

 肥後の姓を名乗ったのはわずか一年で、

 そのあとに山城家。

 あたしは母さんが気に入ってくれたようだけど、

 姉さんは父さんのお気に入りよ。

 的を得ていたって言っていいほどだわ。

 良家に芸術家は貴金属のようなものだから」


美貴の言葉に、「それもある」と汰華琉は言ってうなづいたが、「まさか、大和家に関係があるの?」と美貴は興味をもって聞いた。


「うちの家は中流家庭のはずだったが、

 お姉ちゃんが肥後家に養女に出された理由がよくわからない。

 ひょっとすると、お母ちゃんは肥後家の人間かなぁー…

 などと考えてみた」


すると美貴はすぐさま調べて、「美濃家から肥後家」と目を吊り上げて言った。


「…ああ、それなら文献を読んだ。

 美濃家は、能力者発祥の姓だって。

 お父ちゃんは知ってたな…」


「…さらに悪いことまで思い浮かんだわよ…」と美貴がさらに目を吊り上げて言うと、「それほどに悪逆非道な人じゃありませんよ」と美紗子は落ち着いた雰囲気で、薄笑みを浮かべて言った。


「それに、汰華琉の成長を一番驚いて、

 一番喜んだのはあの人だって思うわ。

 その成長速度に、戸惑っていたこともあったほどだもの」


美紗子が眉を下げて言うと、「…悪党退治、したかったのにぃー…」と美貴が眉を下げて言うと、誰もが大いに眉を下げていた。


「まさか雅も、美濃家と?」


汰華琉が美貴に聞くと、美貴は目を見開いて調べて、「…始めて調べたわ… 雅ちゃんは肥後家…」とつぶやいてから、さらに調べて、「…父方が美濃家…」と眉を下げて言った。


「…事故って、仕組まれてなかったの?」


汰華琉の大いに考えられる質問に、「…ほかの人を狙ったテロだってことは聞いてるわ…」と美貴は言って眉を下げた。


「バスの運転手がターゲットだったようなの。

 とんでもないところに重鎮を隠したものだけど、

 バスに乗っている情報だけは持っていたようだから、

 バスごと処分したのね…

 実行犯は死亡で、主犯は死刑になったわ…

 その主犯も仕組まれていたのかもしれないわ…」


「…バスの運転手と見せかけて、

 俺と雅を狙っていたのかも…」


汰華琉の言葉に、誰もが目を見開いた。


「だったら、そのあとに狙われる」と美貴は言ってから、「…孤児にすることが必要だった…」と美貴は考えを変えて呟いた。


「…マリアだと思ったがたぶん別だろう…

 マリアだったら、自分でやってたはずだし、

 事故を装うなどと面倒なことはぜず、

 術を使ったと思う。

 となると、それ以外で情報を持っていた人物…

 マリアが抱えていた歴史的文献を読んだヤツがいたんじゃないか…」


汰華琉はマリアを呼んで、汰華琉と雅が遭遇したバス事故の件を聞いたが、無関係と言い切ったが、文献については眉をひそめた。


「…読まれた痕跡があってね…

 だから、大仕事だったけど、場所を変えたのぉー…」


マリアはもうしわけなさそうに眉を下げて言った。


「その候補は?」と汰華琉が少し厳しい口調で聞くと、「…安芸竹彦、かなぁー…」とマリアは自信なさげに言ったが、一人しか名が出なかったことで、間違いないだろうと汰華琉も美貴も感じた。


美貴が調べると、安芸竹彦はもうこの世に存在しないし、親族も皆無で、安芸の家は没落していた。


「だったら家が残っているはずだ」と汰華琉が自信をもって言うと、美貴がすぐさま調べて、「…田村エリア…」とつぶやいてからにやりと笑った。


「都合がよかった」と汰華琉は言って笑みを浮かべた。


そして、「安芸竹彦は生きてるんじゃないかな?」という汰華琉の言葉に、誰もが目を見開いた。


「…死体は見たけど判別不明…」とマリアが言った。


そして、「出先の旅館で焼死」とさらに言うと、「偽装工作」と汰華琉が言った。


「いつの話?」と汰華琉が美貴に聞くと、もう調べたようで、「三年前…」と美貴は今にも泣きそうな目をして言った。


「お父ちゃんの暗殺にも関係ありかぁー…

 まさかだけど、山城家を自分の手にしようとでも思ったのかなぁー…

 だけど、マリアがうろつき始めたから、

 余計な真似ができなくなったので出てこない、とか…」


「…そんな気配はあったかも…

 できれば私に近づかないように…」


マリアの言葉に、汰華琉と美貴は大きくうなづいた。


「能力者でしかないね」と汰華琉は断定した。


「すぐに調べてもいいわよ」と美貴があごを上げて自慢げに言うと、「徹夜でもかまわない」と汰華琉は堂々といった。


「…ああ、汰華琉とふたりして、朝を迎えられるのね…」と美貴は幸せそうに言って魔王に変身した。


「おい、前払いのチュー…」と魔王がうなると、「ついには出てこられなくなるぞ」と汰華琉がにやりと笑って言うと、「…しゃらくさい小娘だ…」と魔王は言ってから、「はっ!」と短く叫んだ。


すると、近くにいた美々子が卒倒したので、汰華琉が背中に手を添えると、正気に戻った。


「…はは… 今の勢いで覚醒した…」と汰華琉が喜ぶと、「…ふん… ひとつ面倒がなくなった…」と魔王は言ってにやりと笑った。


「もうひとつの面倒を確保しろ」と魔王は言って天井に指を差した。


「じゃ、行こうか」と汰華琉は勇者に変身して、魔王を抱きしめて素早くキスをした。


「…ムードがねえ…」と魔王は苦情を言ったが、「今は汰華琉じゃあねえ。勇者(すめらぎ)だ」と勇者は堂々と言って、勇者と魔王は外に出て空高く飛び上がった。


「…ふーん… 知らねえ顔だが、能力者には違いねえな…」


「これが、安芸武彦だ」と魔王は堂々と言った。


安芸は特に危険な感情はもっていない。


そして逃げ出そうなどとも思っていない。


その感情はひとつだけあって、大いなる喜びだった。


「人を大勢殺してうれしいのか?」と勇者が言うと、「すべては、我が手のひらの上」と安芸はにやりと笑って言った。


「捕まってるが?」と勇者が言うと、「想定外」と安芸は苦虫をかんだ顔をした。


「俺にはな最終兵器があるんだ。

 聞かせてやろうか?」


汰華琉の言葉に、「聞かせろ!」と魔王が叫んだ。


勇者は大いに苦笑いを浮かべて、「俺がある人に願いを込めると、悪の能力者の能力が消えるんだ」という勇者の言葉に、安芸も、そして魔王も目を見開いた。


「…あ、あれか…」と魔王は言って何度もうなづいた。


「これは術でもなんでもねえ。

 能力者で悪で面倒で迷惑をかけるようなやつだけに自然界が施すんだ。

 そうすれば、宇宙の空気が澄むようになるからな。

 できれば神頼みはしたくなかったんだが、

 ここはこのケイン星のために願った方がよさそうだ」


勇者の言葉に、余裕があった安芸に余裕がなくなって、その偽装にほころびが見え始めた。


「ひとりずつ更正していくっていう手もあるぜ」


魔王の言葉に、汰華琉は大いに眉を下げて、「退屈になったらそうしてやるさ」と答えると、魔王は愉快そうに腹を抱えて笑った。


「…そうか、その日が着たら、監視の目を離してもらえばいい…

 そうだ! そうしよう!」


汰華琉が陽気に言うと、「喜笑星のようにすればいいだけか、なるほどな」と魔王は言って、これ見よがしの笑みを安芸に向けた。


「…そんなもの、できるわけが…」と安芸が言うと、明らかに勇者の様子がおかしい。


勇者は右手のひらを胸の中央に当てて瞳を閉じた。


「待てっ!

 改心する!

 改心するから待ってくれ!」


安芸が叫ぶと、「そんなヤツが改心などするわけがねえ」と魔王は言って鼻で笑った。


すると勇者は目を見開いて、「…ここに来るって言われた…」と大いに眉を下げて言うと、魔王は一旦は目を見開いたが、大声で笑った。


すると、数名の天使のお付を連れた、高尚そうな天使が汰華琉から飛び出してきた。


そして人型の女性がいることにも気づいた。


「お! 雅とよく似たやつも来たぜ!」と魔王は叫んで、女性に好意的な眼を向けた。


「…はあ… 抹消、九割…」と徳が高そうな天使が言って肩を落とした。


「わざわざお越しいただいて申し訳ありません」と勇者は礼儀正しく言って、また手のひらを胸に当てた。


「お話はエッちゃんから聞いておりました。

 ですが、今まで出会った方々と比べて、

 一番条件が厳しいですわ…

 こちらの星を放棄するつもりは毛頭ないとか」


天使の言葉に、「はい、一生をここで過ごす所存です」と勇者は胸を張って答えた。


「でしたら、考えることなど何もありません」と天使は言って、瞳を閉じて両腕を上げると、夜なのだが一瞬空が明るくなった。


「はい、終わりです」と天使が言うと、「はい、お世話になりました」と勇者は礼を言ってから、双方の自己紹介を始めた。


「…オカメインコですか…」と勇者は笑みを浮かべて言うと、「…サクラインコの方がよかったぁー…」と閃光燕と名乗った女性が眉をひそめてうらやましげに言った。


「ですが、雰囲気は今の雅とよく似ています。

 少し前までは頼りなさそうに見えましたが、

 今はそれがなくなったので」


「…そう… 好意的に対応してくれてお礼を言うわ…」と燕は笑みを浮かべて言って、頭を下げた。


「あ、安芸はもういいよ。

 あ、そうだそうだ。

 警察署に連れて行って、犯罪の供述をしてもらう必要はあるな…」


汰華琉の言葉に、「任せろ」と魔王は言って、警察署から警察官一式を飛ばしてきたので、勇者は愉快そうに大いに笑った。


そして罪状を説明して安芸を引き渡した。


「ネコババから殺人まで、バラエティー豊かだぞ」と魔王が言うと、「…それは調べ甲斐がある…」と署長は眉を下げていってから、安芸を連行して警察署に向かって移動を始めた。


「今夜は徹夜覚悟でしたので、できればお茶でもいかがでしょうか?」


勇者の言葉に、自然界の神である天使マリーンは日を改めるということで、笑みを浮かべて、お付の者たちとともに消えた。


「…いやぁー… 楽ができたぁー…」と勇者が言って背伸びをすると、「…結婚式…」と魔王が呟いてにやりと笑った。


「別にいいんだが、それほど気を抜いていいのかい?

 今回の場合は面倒な能力者だけの処分だけで、

 普通の人間は今まで通りだよ?」


「…美貴が嘆いた…」と魔王は言って、勇者に抱きついてから美貴に戻った。


そして勇者も汰華琉に戻って、二人は自然にキスをした。



二人が城に戻ると、天使たち以外は全員が起きていたので、汰華琉は一部始終を話した。


もちろん、ついさっき美貴にキスをしたところまでだ。


美貴は顔を上げられなくなっていて、大いに照れていた。


「…やな威厳だった…」とランスが苦笑いを浮かべて言うと、「意味不明の存在感でしたね」と汰華琉は普通ならば尻込みするようなことをごく自然に言った。


「…負けないもぉーんー…」と雅が呟いて頬を膨らませると、「あ、閃光燕さんは、ありゃ竜だろう」と汰華琉が言うと、美貴は何も言わずに何度もうなづいている。


「…竜…」と雅は呟いてからうなだれた。


「確かに雅に似ていたが、

 確実にさらに大きなものを隠していると察した。

 マリーン様だけでも相当な威厳があったからね。

 それに、マリーン様は燕さんに引け目があるように思った。

 …絆の親子関係、かなぁー…

 だから確実に神獣以上の力はあるはずだから、

 それほど気にしなくていい。

 下っ端たちにはそれほど興味はわかないはずだから」


汰華琉の心強い言葉に、「…よかったぁー…」と雅は言って、右手のひらで胸を押さえつけた。


そして汰華琉はケインを見て、「使えない能力者は、能力を剥奪されたはずだよ」と言うと、「…妙な不安のようなものはそれだったか…」とケインは言って眉を下げた。


「ちなみに、改心すれば能力は戻るそうだから、

 俺たちの目の前に能力者が現れたらたぶんいい人。

 ま、感じ方には個人差があるはずだけど、

 無謀といえることや騙すようなことは、

 まずしないはずだよ」


汰華琉の言葉に、ケインとマリアは薄笑みを浮かべてうなづいた。


「…天使たちには、少々刺激が強かったか…」と汰華琉は言って、マリアが抱いていて、眠っている三人の天使たちを見た。


「…いい修行よ…」とマリアは言って、母の笑みを天使たちに向けた。



この日は何事もなく終わり、翌日の午後に予定通りに田村エリアの一番奥の一角に、美々子の美術館を魔王が一瞬にして建てた。


あとは信用の置ける従業員を雇えばいいだけだが、美紗子が警備員まで用意していて、絵画の展示を始めていた。


点数は百を超えていて、そして今回の目玉は、二人展の作品だ。


広いスペースに間隔をあけて展示ができるので、来場者は誰もが十分に堪能できるはずだ。


美々子は特にすることはないようで、展示を終えた作品を見て回っている。


汰華琉たちの出番はなさそうなので、修練場に行こうとしたのだが、美々子に呼び止められた。


「これから訓練」という汰華琉のつれない言葉に、「…あたしもいくぅー…」と美々子が駄々をこね始めたので、汰華琉は美々子を美貴に任せた。


苦情があるようだが何も言わないので、汰華琉たちは美紗子に挨拶をしてから、修練場に飛んだ。


美々子は始めは戸惑ったようだが、やはり汰華琉の姉という存在感を大いに出したが、元気だったのはほんの一瞬だった。


しかし、どのような力が働いたのか、普通の人間では到底無理な高台の壁を登り切った。


これには魔王が大いに苦笑いを浮かべていた。


確実に落下すると思って待ち構えていたのだが、空振りに終わったからだ。


よって、―― やはり、汰華琉と同じ血は侮れない… ―― と魔王は気持ちを新たにしていた。


そして美々子は高台の頂上で眠そうな目をして半身を起こして、「…あー… いい景色…」と言って、何も持っていないのだが、右手は宙に絵を描いていた。


汰華琉が登ってくると、「…汰華琉君は北側ね…」と美々子は機嫌よく言った。


「いや、何が?」と汰華琉はさすがに意味がわからず聞いた。


「…二人展の絵…」と美々子は言って、南側に向いて、また右腕を動かし始めた。


「はい、できた」と汰華琉は言って、描いてはいないが北側の風景画の油絵を美々子に渡して高台を降りて行くと、魔王が愉快そうに腹を抱えて笑っていた。


「時間のある時と言ったはずだ」という魔王の言葉は、美々子は無視して、絵を描く振りを続けた。


そして諦めたのか、背後にある花壇を見入って、「…小人誕生の瞬間…」とつぶやいてから、今は均されていて、隙間がある部分を見て、宙に手を躍らせる。


「ああ、それは見せてやろう」と魔王は言って宙に映像を浮かべると、「…便利だからその能力ちょうだい…」と美々子がねだると、「やらん」と短く答えてにやりと笑った。


そして美々子は動画を見て、少し腰が引けた。


まさに今、地面から小人の手が出てきたからだ。


「…副題… ゾンビ誕生…」


「汰華琉は怒らんだろうが、マリアは確実に怒るぞ」


魔王の言葉に、「…つまんなぁーい…」と美々子は言って、また地面に寝転んだ。


「大学に復学すればいい。

 体力的には申し分ないし、

 勉強については、

 さらにまったく問題はないはずだ」


魔王の言葉に、美々子は半身を起こして陽気に手のひらを合わせたが、「…まだ一年生…」とつぶやいてから、肩を落として、魔王を上目遣いで見た。


「同級生だな」と魔王が言ってにやりと笑うと、「…美貴ちゃんがいなければもっといい…」と美々子がつぶやくと、「なんだとっ?!」と魔王は目を吊り上げて叫んだが、すぐに愉快そうに笑った。



今は寛ぎの時間で、眠りにつくまでに二時間ほどある。


美々子は落ち着きなく、リビングを歩き回って、汰華琉の様子を観察している。


汰華琉はたまの願いを聞いて、着せ替え人形の新しい装いなどの開発中だ。


汰華琉が心配したような理不尽な行動に出る園児たちはまだ出ていないが、油断大敵だ。


そして、遊んでいるのか勉強しているのかわからない遊び方も、たまの友人たちは気に入っているようだ。


汰華琉は着せ替え遊び用にテキストを作っていて、『見本通りに着せ替えること』という、厚みのある冊子を作り上げていた。


装いなどは、形は同じで色違いや柄違いがあるので、小さな園児たちにとっては非常に難しいことでもあるが楽しいことでもある。


成し遂げた時の高揚感は何ものにも替えられないようで、大勢の幼児たちが追従しようとする。


そして後片付けも文句を言うことなく、せっせとこなしているので、雇った三人の死神たちの仕事としては楽なものだった。


そして死神たちの空き時間はケインたちの話し相手になることも仕事だし、汰華琉たちとの修行にも身が入るし、何しろ食べ物が異様においしい。


よって三人の死神たちにとっては、新たな試練がそろそろやってくるのだ。


だが今はその時ではなく、誰かと話をしたり汰華琉の作業を見学したりと、退屈になる暇がないほどだ。


なので、美々子としては何とか汰華琉に声をかけたいところだが、人気者を独り占めにはさすがにできなかった。


「…何をうろうろしてるのよ…」とついに美貴に言われてしまって、「…弟と遊びたいなぁー…」と美々子が言うと、美貴は愉快そうに笑った。


「汰華琉、姉さんが遊んで欲しいそうよ」と美貴がみんなの前で言うと、美々子は目を見開いて、「いっちゃだめぇ―――っ!!!」と大声で叫んだ。


「遊びって絵を描くんだろ?

 今日じゃないといけないの?」


汰華琉が作業をしながら言うと、「…予約制?!」と美々子が叫ぶと、汰華琉は大声で笑った。


そして汰華琉は顔を上げて美々子を見てから、桜良に念話を送った。


桜良はすぐにやってきたが、「…ご飯、終わってたぁー…」と大いに嘆いたので、雅たちが気を利かせて、残り物などで食事の準備をした。


「あ、俺のお姉ちゃんで、山城美々子。

 生まれた時の名前は、大和天照」


汰華琉の言葉に、「…あなただぁー…」と桜良は美々子に向かってうなってから、ケラケラと笑い始めた。


「だから呼んだんだよ。

 なかなか面白い姉だから。

 お姉ちゃんにもいい修行になるようだし。

 それに、久しぶりに会って、早速覚醒したから」


汰華琉の言葉に、「なんてついているのかしら?!」と桜良は陽気に言って、食事をもりもりと食べ始めた。


「特技は絵で、得意技は大ボケ」


汰華琉の言葉に、桜良は大いに笑い転げた。


「それなり以上に明るいし前向きだけど、

 エッちゃんほどじゃない」


「…うふふ… 大丈夫に決まってるじゃなぁーい…

 汰華琉君の肉親だしぃー…」


桜良は言って、すべてを食べつくし、みんなに礼を言ってから、念話を送った。


すると桜良から、桔梗と二人の天照大神、そして為長が眉を下げてやってきた。


汰華琉たちは四人と挨拶をしてから、美々子を紹介した。


「…汰華琉お兄ちゃんと同じだぁー…」と桔梗はうなるように言って、早速術を放って、美々子を入れた喜怒哀楽の神に変身した。


「あ! 大丈夫大丈夫!」と桔梗は言って外に出ようとしたが、為長がすぐに止め、そして変身を解いた。


美々子は今何があったのかよくわからず、目を開いている。


「なかなかいい糧になった」と汰華琉が笑みを浮かべて言うと、「時々、迎えに来るよ?」と桔梗は美々子を見て言うと、「…よろしくぅー…」と美々子は微妙な笑みを浮かべて言った。


「誰でもいいわけじゃないんだ。

 桔梗ちゃんは厳しいからね。

 だから桔梗ちゃんが大丈夫だといえば何も問題はない。

 お姉ちゃんは、多くの人の心を正せるんだ!

 あ、もう正した」


汰華琉は言って、号泣している三人の子供の死神を見て笑みを浮かべた。


「…あー… 辛かったね…」と桔梗が優しい言葉を三人に投げかけると、三人は泣きながらもうなづいていた。


「だけど、生活を変える必要はない。

 しばらくは今まで通りで」


汰華琉の言葉に、三人はすぐさま頭を下げた。


美々子は死神三人の生涯のことは知っていた。


知っていたからこそ、大いに感動して号泣した。


そしてその姿は天使となり、三人の死神を優しく包み込んだ。


「…あたしも、人助けができた…」と美々子は感慨深げに言った。


「天使様!」とマリアの子供の天使たちが美々子を見上げて手を組んで笑みを浮かべると、「今はまだお母さんに甘える時です」と美々子が堂々と言うと、「はい! 大天使様!」と叫んで、マリアの腕に飛び込んだ。


「…天使修行に入ると忙しくなっちゃうぅー…」と美々子は現実的なことを言って大いに嘆いた。


「…大和天照なんだぁー…」と桔梗が少しうらやましげに言うと、「はい、どうか、よろしくお願いいたします」と、相手は幼児なのだが、美々子は明るい笑みを浮かべて言った。


そして桔梗は為長を見た。


「…いろいろと打ち合わせをするから待ってろ…」と為長は言って、汰華琉と今後のことについて話し合いを始めた。


全面的に桔梗の言い分が通るようにと汰華琉は言ったのだが、為長としては調子に乗られることが怖いようで、日時の間隔をあけて、この城の近隣から正していくことに決まった。


とは言っても、全人口十億人なので、星中を巡るとなると相当の日時がかかることになる。


しかし、何もやらないよりはかなりマシだ。


程なくして話し合いは終わって、第一回の、『いい人づくり練り歩き大会』の日時が決まった。


もちろん予告をしておかないとパニックになるはずなので、そのための映像の撮影会を開始した。


すると、変身を解いた美々子の額に、桜良と同じ文様が浮かび上がってきたのだ。


「天使だけじゃなく神にもなった」と汰華琉や陽気に言うと、「…お祝いに遊んでぇー…」と美々子が懇願してきたので、今度はそれぞれではなく、二人で一枚の絵を描いた。


これにはマリアとケインが大いに喜んで、汰華琉と美々子に礼を言ったほどだ。


『小人カインの平和の叫び』と題名がつけられた絵の構図は、木のような八重の花を中心として、穴が開いている地面のとなりにカインが立っていて、正面を向いて笑みを浮かべて叫んでいるものだ。


そして背後に魔王の恐ろしい顔だけが薄っすらとあるので、異様に不気味な絵にもなっているが、芸術性は高くインパクトがあり、人々を考えさせることが多い作品となった。


「…魔王はなくてもいいかなぁー…」とマリアが言ったが、ケインが優しく肩を抱くと、マリアは満面の笑みを浮かべた。


「いろいろと考えさせるだろうし、

 題名に平和を入れてあるんだ。

 魔王が悪い者ではないとすぐに理解できた人は、

 平和な人のはずだ」


汰華琉が語ると、美々子はただただ高速でうなづいていて、そのこっけいな姿に誰もが腹を抱えて笑った。


「…ああ… 私って、平和じゃないわぁー…」とマリアが眉を下げて嘆くと、「疑うことも重要だ」と汰華琉が堂々と言ったので、マリアは満面の笑みを浮かべてうなづいた。


「…なんて乱暴なフォローをしやがる…」とランスがにやりと笑って言うと、イザーニャが眉を下げてランスの脇を肘で突いた。


「小人のカインが生まれたからこそ、

 平和になったとも解釈できるからな」


「…あー… そうだぁー…」とマリアは呟いて、満面の笑みをケインに向けた。


「…つじつまを合わせてきやがったかぁー…」とランスが呆れて言うと、イザーニャは呆れ返っている顔をランスに向けた。


「…ああ… 完成品がもう二作も…」と美々子は呟いて手を組んでから、自然界に礼を言った。


「では、運びます!」といつの間にかここにいた美紗子が叫んで、早速梱包作業が始まって、あっという間に持ち去っていった。


「…明日から開館かな?」と汰華琉がつぶやくと、「…お母ちゃんが監督するそうよ…」と美貴は眉を下げて呟いた。



田村エリアの宅地や土地の買収はすべて終わり、汰華琉たちの今日の作業は、まずは古代の水作り用の土地の改良に手をつけた。


大雑把な部分は魔王が簡単に浮かび上がらせて、汰華琉たちは細かい作業を受け持った。


小高い丘などに木々や草花を植える作業だ。


ある意味訓練よりも厳しいが、誰もが笑みを浮かべている。


そして前回と同様に岩に水が湧き出てくると、まずは水質検査をしてから飲み、「間違いなく古代の水だ!」と汰華琉が陽気に叫ぶと、誰もがコップを手にとって水を飲んで、さらに笑みを深めた。


そして小さな工場というよりも、作業小屋を作り上げて、水の生産工場を作り終えたので、全員で庭師になって、緑をさらに濃くしていった。


そうこうしているうちに、人間の世話を受けていた動物たちの森とのマッチングが行われ始め、数匹の動物たちがこの地を気に入ったようで、人間たちから姿を消すように森の奥に駆け込んだので、世話をしていた者たちは大いに眉を下げて見送るしかなかった。


前回の場合も、こういった人間が多くいて、『動物ロス』によって、元気が出ない者が大勢いたようだ。


まさに我が子が旅立ったという心境になっていた。


お世話をする事と飼う事は大いに違う。


もしも飼うことを認めてしまうと、誰もがファッションのように連れ歩くようになり、様々なルールの制定も必要になる。


そうならないようにするために、動物保護区があると思っておいてもいいほどだ。


人間は愚かなので、こういったことから平和ではなくなる場合もあるのだ。


さらにはそれ以外の理由もある。


この地を死に場所にする動物たちだ。


飼われているわけではないのだが、動物も恩義のようなものを感じる。


自分自身が死んでいく姿を世話をしてくれた人たちに見せたくないという本能があるからだ。


深い愛情を注いだ家族や個人がいる動物こそ、この行動に出ることが多い。


するとたまが悲しそうな顔をして、汰華琉の手をつかんだ。


「…わかったよ…」と汰華琉は言ってから、たまの頭をなでて、たまの案内で今ここにやってきた動物たちと面会して、汰華琉は老い先短いものに限り若返らせると、すべてがすっ飛んでもとの家族に向かって走っていったのだ。


もちろん、自由を求めてこの地に来た動物も大勢いるので、共同生活をした人のもとに戻る動物ばかりではない。


「…お兄ちゃん、ありがと…」とたまははにかんだ笑みを浮かべて言って、汰華琉とともに仕事に戻った。



今日の作業が終了して、夕食時に寛いでいると、「…なにやったのよぉー…」と美貴が聞いてきた。


「ああそういえば、

 結局は動物たちが戻ってきて喜んでいた人が大勢いましたね」


静磨が笑みを浮かべて言うと、汰華琉はその事情をすべて話した。


「…はあー… さすが、百獣の王たまちゃん…」と美貴は大いに感心して言った。


「だがいずれは、

 近くにある自然保護区に駆け込むことになるんだろうけどな。

 今日、家族のもとに戻った動物たちすべてだろう。

 人間がその行動を理解してやることも重要だ。

 人間としては看取ってやりたいことはわかるが、

 ただのお世話係で家族ではないんだから」


汰華琉の優しいが厳しい言葉に、「…動物たちの意思を尊重しなければならない…」と静磨は静かに言った。


「それよりも、たまちゃんの背中にいる手乗り猿が気になっているのです」


静磨の言葉に、たまは背筋を震わせて、「…ぜんこうのごほうび?」とまだ知らないはずの言葉を使って言うと、汰華琉は愉快そうに笑った。


そして誰もが幹子を見た。


「…素質、あるかもぉーって、思って…」と幹子はいつものおばあちゃん言葉ではなく、見た目通りの言葉を使った。


こういう場合は大抵の場合、自信がない時の語り口調だ。


「別にいいさ、百獣の王の恩恵があるかもしれないから。

 たまがきちんとお世話しろ。

 いや、言い聞かせなくても、

 その子はすでに、たまの手下だから問題はないけどな」


汰華琉がすべてを理解して言うと、たまの意思なのか、猿がたまの肩まで這い上がってきて、たまの首に抱きつくと、「…かわいいぃー…」と誉がまず言った。


そして首をひねり始めた。


「おっ 何かを発見したな」という汰華琉の言葉に、「…きっと、文字かなぁー…」と誉は言って、メモ用紙に向かって絵のようなものを書き始めた。


「読める人」


「はいはい! はぁーい!!!」と桜良が汰華琉が聞く前に手を上げて叫んでいた。


「ほかには?」と汰華琉が聞くと、ランスとイザーニャが眉を下げて手を上げた。


できれば、桜良と同じように思われたくなかったようで、照れが優先した感情だった。


「…残念だが、俺たちは一般人確定だな…

 魔王様は読めると思って期待していたんだが…」


汰華琉の言葉に、美貴は魔王に変身して、「ああ、腹心か」とつぶやいてから、美貴に戻った。


「…えー、違うよぉー…」と桜良が眉を下げて言うと、「ある意味違っていて、ある意味正解。それは魔王の手下だったことがあるから、文様の意味を知っていた」という汰華琉の言葉に、「…あー…」と誰もが呟いて納得していた。


「妙に能力が高いと思っていたが、

 古い神の一族だったとはな。

 まだ覚醒はしていないから、

 今はただの猿でしかない。

 だって…」


美貴の言葉に、誰もが大いに感心して猿を見入った。


「で? なんて読むの?」と汰華琉が興味をもって桜良に聞くと、「…友愛…」と感情を込めて言うと、猿が反応して目を見開いた。


「第一段階クリアのようだ。

 この先は、少々厳しい道だろう。

 人間ならよかったんだが、

 人間の姿を持った時には、

 覚醒は早いと予想する」


汰華琉の言葉に、桜良は笑みを浮かべていた。


「ところで、敬愛や慈愛じゃないの?」と汰華琉が素朴な質問をすると、「…もう使っていたから、つけられなかったぁー…」と桜良が言うと、汰華琉は意味ありげにうなづいた。


「わかったよな?」と汰華琉が雅たちを見て言うと、誰もが首をひねっていたが、静磨だけが自信なさげに手を上げて、「…エッちゃんが産んだ子…」とつぶやくと、「そういうことだ」と汰華琉は言って、桜良を見た。


「…初めから、そう説明しやがれぇー…」と美貴が魔王になってうなると、「だって、今思い出したんだもぉーん…」と桜良は眉を下げて答えた。


「確かにその方が手っ取り早いが、

 こういった会話も必要なんだよ。

 その方がさらに理解が深まるはずだからな」


汰華琉の言葉に、「お兄ちゃんに間違いなんてない」とマリアは明るくいってケインに笑みを向けた。


「…間違わないって言われなくて助かったよ…」と汰華琉が眉を下げて言うと、「うふふ… そっちでもよかったけど、それはただの足かせだから」とマリアは明るく言うと、汰華琉はおどけるようにしてマリアに頭を下げた。


「やはりな、知っておきくべきことは、

 さわりだけでもお勉強しておくべきだ。

 その知識がないと、質問すら出せないからな」


「…おー… それはそうだぁー…」と魔王はうなってから美貴に戻って、羨望のまなざしを汰華琉に向けた。


「回答を知らなくても、

 ほとんどのことは、エッちゃんが答えてくれるから」


汰華琉の言葉に、「えっへん!」と桜良は陽気に言って胸を張ると、美々子が真似をしていたので汰華琉は愉快そうに笑った。



「エッちゃんは、いろいろと考えた方がいいんじゃないの?」


汰華琉のほぼ真剣な言葉に、「…うん、ありがと…」と桜良は薄笑みを浮かべて答えた。


「…いろいろって、なによぉー…」と美貴が苦情を言うように汰華琉に聞くと、「エッちゃんの無理のない生き方について」と汰華琉はすぐに答えた。


「…自由に生きて」と美貴は言ったが、「…ここ以外での生活を見てないわ…」と美貴は眉を下げて言った。


「係わっていないようで係わっているという、

 微妙な生活を望んでいるはずなんだ。

 みんな、エッちゃんの悲劇とも言える

 生い立ちを気にしすぎていているからこそ、

 何かを与えればいいと思っているようだけど、

 そうじゃないと俺は思うんだ」


汰華琉の言葉に、桜良は超高速で首を縦に振ると、美々子も真似をし始めたので、汰華琉たちは愉快そうに笑った。


「お姉ちゃんのような、天然の友人も必要だと思うし」


「…あー…」と桜良は言って、美々子を見ると、「…あー…」と美々子も桜良と同じように言った。


そして二人同時に手を取り合って、「お友達になって!」と同時に叫んだので、汰華琉は笑いをこらえながら拍手をすると、誰もが苦笑いを浮かべながら追従した。


「…冒険に行くぅー…」と美々子がいきなりいい始めると、「学校はどうすんだよ…」という汰華琉の言葉に、美々子は頭を抱えて上下に降り始めたので、汰華琉は指を差して愉快そうに笑った。


「…授業が終わったら、できれば連れてって…」と美々子が言うと、汰華琉は細田を見た。


「さすがに喜笑星には手を出したくないけど、

 サルサロスだったらいいと思う。

 自然界の神のお膝元でもあるし。

 黒い扉を置く位置が問題だけど、

 大神殿の近くがいいと思う。

 エッちゃんにとって、それほど苦のない場所だろうから」


細田の言葉に、「…信長さんたちはサルサロスにはそれほどこないから、それがいいかなぁー…」と桜良は少し考え込むように言ってから、美々子に満面の笑みを向けた。


「毎回、マリーン様への謁見を忘れないように。

 それに手土産も用意するから、必ず持っていって」


汰華琉のありがたい言葉に、美々子と桜良が同時に頭を下げた。


「俺が感謝していたこともきちんと伝えて欲しい」


汰華琉の更なる言葉に、美々子はかなり緊張を始めたが、「大丈夫! すぐに慣れるから!」と桜良は親しさをもって、美々子の両手を握って言うと、「う、うん、わかったの…」と美々子は頼りなげに何とか答えた。


そして早速桜良がマリーンに念話を送ると、暇だったようで、マリーンはお付をつれてやってきた。


今回は閃光燕とともに男性も同伴していた。


そして挨拶を交わして、燕の夫の煌極きらめききわみと知った。


存在感からサルサロスの実質的な王だと汰華琉は思って笑みを浮かべた。


そしてその人柄を気に入ったが、何かの影を感じる。


「真田幻影に何か言われました?」と汰華琉がいきなり聞くと、「…いや、はっきり言ってその逆だよ…」と極は眉を下げて答えた。


「ああ、真田幻影をうらやましく思われたんですか…

 ですが、あのお方も完璧ではありませんでした。

 それほど心に重荷を背負う必要はないと、

 俺は思いました。

 生きている時代の差だと、思っておくことにしています。

 それに、織田信長の養子の為長さんとは懇意にさせていただいています」


汰華琉が饒舌に語ると、「…そうだ、もう反省は終わった…」と極は言って胸を張ってから、汰華琉に頭を下げた。


「…うふふ… 連れて来てよかったわ…」と燕は明るく言って、汰華琉に笑みを向けて頭を下げた。


「ひとつ相談があるんだ」と極は言って、とんでもない大きさの金属の塊を出した。


「ああ、ブーメランのようなもの…」と汰華琉が一瞬にして見破ると、美貴が魔王に変身して、「そんなわけねえっ!!」と大いに叫んだ。


「いえ、実はその通りなのです」と極が同意すると、誰もが目を見開いた。


厚みのある曲刀を四枚あわせたような形の巨大な手裏剣で、誰もが投げっぱなしのものだろうと考えたからだ。


すると汰華琉は投げるポーズを何度も繰り返し始め、そのたびに構えなどが微妙に違う。


「円を描いて戻すためには、かなりの回転数が必要です。

 一度、サイコキネッシスを使って試されるとよくわかると思います。

 あとは投げ方でしょう」


汰華琉の解説に、「…目から鱗だ…」と極は目を見開いて言ってから、笑みを浮かべて頭を下げた。


「…まずは結果を見るわけね…

 そうしないと、できないことをやっているのかなど、

 いらないことを考えちゃうから…」


燕がつぶやくように言うと、「気功術師の基本のようなものです。できると信じること」と汰華琉が言うと、「…その通りだ…」と極は明るい笑みを浮かべてうなづいた。


「だけど、猜疑心が沸いて当然です。

 なので別の方法で証明して、

 さらに自信を得ればできたも同然です。

 それを肉体を使ってできないという結果が出れば、

 一旦はあきらめも肝心でしょう。

 あまりにも確執しすぎると、

 いいことなんてひとつもありませんから。

 そのうちその方法も思い浮かぶかもしれませんから、

 希望だけは捨てない方がいいと思います」


「…フリージアよりもうちに来ない?」と燕がいきなり誘うと、汰華琉は大いに戸惑って、「申し訳ないんだけど、それなり以上に恩を受けているので…」と困惑して答えた。


「…そうね、無理を言ってはいけません…」とマリーンが穏やかに言うと、「…いっつもあんたが一番無理を言ってるじゃない…」と燕はすぐさま反論した。


「まずは、遊びに来ていただきたいわ。

 こちらにも、動物が大勢いるようですから」


マリーンは燕の言葉は無視して、特にたまに向けて笑みを浮かべて見ていた。


「我がサルサロス星は、人口占有率は低いのですが、

 獣人を中心にした政治と星の環境を一新しました。

 きっと、こちらにも有益なことがあるように思うのです」


「そうですね、まずは遠足に行くことも重要でしょう」と汰華琉がすぐさま同意すると、その妹たちが大いに喜んだ。


マリーンは手のひらを胸の前で合わせて、「いつになさいます?」と早速聞くと、極と燕は大いに眉を下げていた。


「次の休みは仕事に出ますので、その翌日ですから三日後にでも」


汰華琉の即答に、マリーンは大いに喜んで歓迎した。


「あ、飲み物もお出ししないで申し訳ありません」


汰華琉の言葉に、妹たちが瞬間移動のようにいなくなって、考えられる飲み物をすべて持ってきた。


マリーンたちは遠慮なく飲んで、そして何も言わずに顔を見合わせてから、すべての飲み物に手を出して、「なんてうまいんだ」と極が感動したように言った。


「このケイン星特産の古代の水です」


汰華琉の自信満々の言葉に、「…そうだぁー… 飲んだことがあると思っていたぁー…」と燕はうなって、その姿を幼児サイズの緑色の竜に変えていたが、使いにくそうな腕を使って水ばかりを何杯も飲んでいる。


「…これが、竜…」と、雅が目を見開いてつぶやくと、「いい修行になったな」と汰華琉が明るく言った。


「売るほどにありますから、持って帰ってください。

 ここのキッチンの蛇口から出る水は古代の水ですので」


汰華琉の明るい言葉に、竜は燕に戻って、汰華琉の手を引っ張ってキッチンに向かって走っていった。


「おほほほほ! いつもとは逆になったわ!」とマリーンは陽気に笑った。


大量の水を土産にして、マリーン一行は消えた。


「…燕ちゃん、何度も来るって思うぅー…」と桜良が眉を下げて言うと、「それでもかまわないさ」と汰華琉が明るく言うと、「そうだね、お兄ちゃん!」と桜良は陽気に叫んだ。


汰華琉は何も言わずに笑みを浮かべていただけだ。


今の桜良の感情は、それほどない貴重なものだと汰華琉はわかっていた。


『いまの感情は、ひとりにしか向けたことがないんだ。

 古い神の一族の兄、結城覇王』


細田からの念話に、汰華琉は笑みを浮かべてうなづいた。


『話には聞いています。

 今は元に戻っていると聞いていますが…』


『だけどね、今は織田信長の手下のようなものらしい…』


『はあ… 能力的には高い方がいいから…

 俺ってそれほどでもないと思うんだけど…』


『試していないことが多いから、

 知りたければ試せばいいだけだよ。

 それを知っても、何も変わらないことが一番いいんだけど、

 まあ、難しいかなぁー…』


『そうだね、それは容易に想像できる…

 ま、その時がきたら、がんばろ…』


汰華琉の少しいい加減な言葉に、細田は念話で陽気に笑ってから、念話は切れた。



休日の一日目は星の復興と星の危機救出に飛び、誰もが濃い時間を堪能した。


戦闘の方は願いの夢見で慣れているとう理由があり、復興よりも楽に感じていた。


そしてサルサロスに渡る日はまさに遠足で、誰もがリュックサックを背負っていた。


リビングに立ててある細田の作った黒い扉をくぐると、誰もがはっきりと確認できない大神殿を見上げた。


するとマリーンが神殿から出てきて、「おはようございます!」と声を張って挨拶をすると、極と燕が北の方角からすっ飛んでやってきた。


そして汰華琉たちを大歓迎して、まずは全員で朝食を摂ることになった。


料理には古代の水をふんだんに使ったようで、この地の料理もうまかった。


「…さあ、ここからが本題だ…」と極が脅すように言うと、「まさかですが、来ているんですか?」と汰華琉が言うと、「…エッちゃんから聞いたといってね…」と極は大いに気後れして眉を下げて言った。


その桜良もここにいて、薄笑みを浮かべているだけだ。


「…無視するわけにもいかないから、

 会ったら挨拶はするけど面倒だなぁー…

 せっかく気分転換に遊びにきたのに…」


汰華琉の残念そうな言葉に、「大嘘ついてやったわ!」と桜良がいきなり叫んだ。


「…織田信長に嘘の念話を送った…」


汰華琉の言葉に、極は何度もうなづいて愉快そうに笑った。


「問題は、真田幻影がどう対応するかでしょう。

 ここから立ち去らないので、どうやら俺と戦うつもりのようです。

 迷惑な話ですよ…

 まあ、今日は断ることにしましょう」


汰華琉の平和な決断に、「誰にも反対させないさ」と極は言って、燕と魔王を見た。


燕は肩をすくめて、魔王は美貴に戻って知らん顔をしたので、汰華琉は愉快そうに笑った。



極たちは徒歩で北に向かって歩き始め、のんびりと流れている田園風景を楽しんだ。


そして、北の方角に喜笑星と同じ姿の安土城を見上げた。


「…そういえば、外から見たのは始めてだ…」と汰華琉が言って笑みを浮かべた。


「確かに、素晴らしいものだ」と極が陽気に言うと、「差別の象徴」という汰華琉の言葉に、極は目を見開いた。


「もっとも、俺たちの家も城なので、

 大きな口は叩けませんけどね…」


汰華琉が苦笑いを浮かべて言うと、「…外からは見てないけど、なんとなくわかったよ…」と極は眉を下げて言った。



汰華琉たちは難なく安土城下にたどり着いたが、極の案内で、この国の王のマックラに引き合わせた。


まさに雄雄しき羆の獣人に、誰もが眉を下げていたが、汰華琉は笑みを持ってマックラと握手を交わした。


そして汰華琉たちの後をつけるように、織田信長を先頭にして琵琶家一同が歩いてやってきた。


まずはマックラが信長と挨拶をして、汰華琉たち一行を紹介した。


汰華琉は朗らかに挨拶をしたが、琵琶家は誰一人として立ち去らない。


汰華琉はなんとなく理解できたが、マックラの案内で観光地といえる場所の案内を受けていた。


「この地で、一番見晴らしのいい場所はどこでしょうか?

 そこで弁当を広げたいので」


汰華琉の言葉に、マックラは大いに戸惑った。


「…できれば、招待を受けていただきたいのですがぁー…」とマックラはいいながらも、背後の気配を探っていた。


「琵琶家の接待を受けたくないという、

 家族全員の一致を受けて、私が代表して言わせていただいています。

 あの堅苦しい食事風景は、

 私たちにとって食事ではないので」


汰華琉の言葉に、「…うう…」とマックラはうなるしかなかった。


「あなたはこの国の国王です。

 どれほどの恩義があろうとも、堂々とするべきだと私は思っています。

 そんなあなたを、子供たちは慕っているはずなのです」


汰華琉の堂々とした言葉に、「…大人の事情を察しろぉー…」とついにマックラは保身に走り始めたので、「…本当に残念だ…」と汰華琉は言って、極を見た。


「じゃ、案内するよ」と極は陽気に言って、汰華琉たち全員を宙に浮かべて、緑濃い山に向かって飛んだ。



「…秘境だぁー…」と大いに喜んでいたのは汰華琉で、そして仲間たちも感動するように、深い山並みを見回した。


「おっ 洞穴発見」と汰華琉が言うと、「元は燕さんの家だよ」と極は陽気に言った。


そしてその洞穴の入り口で食事を摂ることにした。


まずは探検として洞窟に入って、竜の生活を燕から聞いた。


「…いや、別のにおいもある…」と汰華琉が言うと、「マックラの妻」と燕は投げ捨てるように言った。


「長年住んでいれば、匂いも染み付くんだろうなぁー…

 特に火の匂い…」


汰華琉の言葉に、「そう、彼女は火竜だ」と極はすぐに答えた。


そして弁当を広げて、極と燕も仲間にして、うまい弁当に舌鼓を打ち、「おや?」と極はあることに気づいて、みんなの弁当を見回した。


誰一人として、同じ弁当ではなかったからだ。


「栄養分の偏りの矯正です」


汰華琉の言葉に、「ああ、そういうことなんだ」と極は言って納得していた。


「特に食べ合わせて効果のあるものを多く摂り入れています。

 毎日のように健康状態を検査することは、

 俺たちの星では常識なので、

 様々なデータが取れて重宝しています」


汰華琉の言葉に、極が頭を下げていた。


「…仲間に入れて?」と極が言うと、「ええ、もちろんです」と汰華琉はすぐさま答えた。


そして細田が検査をして、「汰華琉君とほぼ同じで問題ないよ」と気さくに言った。


「…食べると、健康になる弁当…」と極は言ってから一度拝んでから、しっかりと味わうようにして食らった。


食事のあとは山頂に上って、三百六十度の絶景を堪能した。


まさに緑が濃く、そして人間もケイン星と同じほど多く住んでいるが、いやな匂いはしない。


どうやら文明文化を休止状態にしたと汰華琉は判断した。


ところどころに、大きな送電線の鉄塔が残っていることもそのひとつだろうと認識した。


しかし送電線がないので、今は地下ケーブルを使っているようだと認識した。


「空気の浄化は燕さんが?」と汰華琉が聞くと、「うふふ… 簡単だったわ…」と燕が答えると、「ん?」と汰華琉は言って、美貴と相談を始めた。


そして極に話を持ちかけると、「できるのかもしれない」と極は笑みを浮かべて言って、早速全員を引き連れて大神殿に移動した。


「…古代の水をここに…」とマリーンは目を見開いていって、そして大いに感謝した。


「成功するかどうかは定かではありませんが、

 浄化から施せば、ほぼ問題はないという、

 魔王の見解です」


汰華琉の報告に、その場所はすぐに決まって、広大な緑の空き地にやってきた。


まずはマリーンがすべてを浄化して真っ白にしてしまったが、すぐさま巨大な緑竜が大地を仰いで、緑濃い草原に変えた。


そして魔王が術を放って、小高い丘と川を競り上がらせて、汰華琉と極とで丘に雨を降らせた。


待つこと数分で、岩から清水が湧き出てきて、早速細田が水質検査をして、そしてコップに水を汲んで飲んだ。


「うまい!」というひと言で、誰もがコップに水を汲んで飲み始めた。


「…大成功だぁー…」と汰華琉は大いに感動して言うと、燕は号泣していた。


「返せない恩ができた」と極は言って、汰華琉一同に頭を下げた。


「それほど気にしないでください」と汰華琉は笑みを浮かべて言うだけに留めた。


極は汰華琉の意思に背くことなく、今まで通りに対応した。


「極様、仕事に行ってきて下さいな」とマリーンが落ち着いて言うと、「…気が進まないけど、そうします…」と極は言って、燕を連れて北に向かって飛んだ。


「まさか、国民への施し用にですか?」と汰華琉が聞くと、「はい。中央公園に汲み置き式ですが憩いの場として」とマリーンは穏やかに言った。


さすがにここから上水道を引くには遠すぎるので、汲み置きにする必要はあるだろう。


同じものを作るにも、拓けてしまっている場所すべてを浄化する必要があるので、これはさすがに不可能だ。


極の仲間には屈強な者が多いと聞いているので、水汲みもちょっとした日常の仕事の一部でかまわないのだろうと、汰華琉は理解した。


するとちょっとした空気の乱れがあり、マリーンが大いに眉を下げた。


もちろん汰華琉も気づいていて、魔王も眉を下げている。


「王とは面倒なものだ」とケインが落ち着いた表情で言うと、「…何を怒ってんだろ…」とマリアが眉を下げて言った。


「しかも今回、

 ランスさんたちを連れてきていることにも怒っているようです」


汰華琉の言葉に、「そりゃ、迷惑をかけちまったな」とランスは悪びれることなく言うと、「…まあ… 無関係じゃないわよねぇー…」とイザーニャはいつものようにけだるい口調で言ったが、ランスを睨んでいた。


「…余計なことはしねえよ…」とランスが眉を下げて言うと、「…だったらいいんだけど…」とそうはならないといいたげにイザーニャは言ってため息をついた。


「ああ、その手もあったなぁー…

 ランスさんを挑発して、俺を引っ張り出す」


汰華琉の言葉に、「…まあな…」とランスが答えると、イザーニャは今度は大いに眉を下げていた。


「挑発に乗るのも面白いですね。

 ですが、俺は楽しく拝見させていただくまでです」


汰華琉の言葉に、「…そうきたか…」とランスは言って、愉快そうに笑った。


「特に、俺に何かが足りないと思えば、

 修行としては非常にありがたいので。

 戦わずして大いに修行になりますから。

 もっとも、いろいろと隠すのでしょうが、

 それはすぐにわかるはずですので、問題はないでしょう」


汰華琉は言って、誉の頭をなでた。


「…戦わない方が得なんじゃね?」とランスが大いに眉を下げて言うと、汰華琉は愉快そうに笑った。


「もしもランスさんが戦いに身を置く時は手伝わせていただきますよ。

 もちろん、念話を使って」


汰華琉の言葉に、「おおっ! ありがてえ!」とランスが陽気に言うと、イザーニャはもう睨むのはやめたのか、深いため息をついていた。


「それに、神の姿も拝みたいものです」


汰華琉の希望に、「…まあ、反則でしかないんだけどなぁー… 負けたくなければそうするさ…」とランスは渋々言った。


「なぜ、前回はそうしなかったのです?

 青い球を献上したとしか思えないのですが…」


汰華琉の疑問に、「…肩が凝ったから?」というランスの回答に、汰華琉は愉快そうに笑った。


「そんなこと、ひと言も言ってなかったじゃないっ?!」と今度はイザーニャが怒り始めると、「…負け惜しみのようで嫌だったから?」とランスはにやりと笑って答えた。


「そんなことだろうと思っていました」と汰華琉は言って桜良を見ると、妹たちとともに音を立てずに手を叩いていた。


「今のランスさんは、宇宙一強いでしょう。

 その戦いを見てみたいものですね」


汰華琉の言葉に、「あー… だったらもういい」とランスはにやりと笑って言った。


「挑発にも乗ることはないだろう。

 悔しくもなんともねえから」


ランスの回答に、「本当に会話術にも長けてるよなぁー…」と今まで黙っていたマイケルが大いに感心して笑みを浮かべて汰華琉に言った。


「さらに平和にしたいだけの饒舌スキルです」


汰華琉の言葉に、誰もが陽気に笑った。


すると、極と燕が眉を下げて帰ってきたが、「…感じなかったはずはないんだけど…」と極はこの場の雰囲気を察して言って、地面に足をつけた。


「きっとあちらさんもそう思っていますから」という汰華琉の回答に、「…幻影さんに限ってはその通りだろうね…」と極は眉を下げて言った。


「しかも、ランスさんは宇宙一強いので、

 戦う気はまったくないそうです」


汰華琉の言葉に、「言ってることはさっきと同じなのに、まったく意味が違うぅー…」とイザーニャが大いに眉を下げて言うと、マイケルだけは大いに笑っていた。


「…相手を挑発しないでくれ…」とランスが眉を下げて言うと、「はい、すみません、調子に乗ってしまいました」と汰華琉は笑みを浮かべて言って頭を下げた。


「戦えばいいじゃないか」とマイケルが煽ったが、ランスは北の空を見て、「その気はねえんじゃねえの?」と答えた。


「全員であちらに行くと騒ぎになりそうですので、

 ここは大人しくしておきましょう。

 ところで、マックラ王国以外で、楽しい場所はありませんか?」


汰華琉の言葉に、極は少し待たせて、部下を呼んだ。


「…今、一番の話題の人たちじゃあねえかぁー…」とジャック・ガイは大いに眉を下げて小声で言った。


「楽しめる場所の案内役」と極が箇条書きのように言うと、「あ」とジャックのパートナーの牛の獣人のフランクが小声で言った。


「…里帰りのようで気が引けた?」とジャックが聞くと、フランクは眉を下げて、「…今この星で一番平和かなぁーと思いまして…」と汗をかきながら答えた。


「それはいいですね。

 どうか、よろしくお願いします」


汰華琉の言葉に、ジャックは快く返事をして、大勢で南に向けて空を飛んでいった。



到着した地はまさに田舎だが、どうやら食べ物がうまいらしく、ところどころに行き倒れがいる。


普通であれば空腹で行き倒れるのだろうが、全員が腹を満たしすぎて倒れてしまったようだが、ここではこれが普通のことのようだ。


食事はしたばかりだが、持ってきた弁当の量は控え目だった。


もちろん、出先で食べる楽しみもあるので、大量に持ってこなかっただけだ。


この地で大いに食わせるのは、パンとチーズで、しかもともにかなり重いもので、さらにはうまいときている。


汰華琉たちは始めは味わっていたのだが、最後の方はフードファイターとなっていて、店主に頭を下げさせるほどに食っていた。


しかしいい客寄せにはなったようで、店は大いに繁盛して、さらには懸賞金までもらって、汰華琉たちは喜んでいる。



腹ごなしに牧歌的な農場の道を散歩していると、いきなり細長い建物が目に入って来た。


「暇つぶしのようなものですが、

 なかなか手ごわいのです」


フランクの朗らかな解説に、誰もが大いに興味が沸いていた。


近くに行くと巨大な装置で、巨大なハンマーで装置を叩くと、鉄製のプレートが飛び出す仕組みになっている。


高さは百メートルほどあり、観光客がやっているが、十分の一程しか飛ばせない。


ここはフランクに手本を見せてもらうことになると、穏やかだったフランクの表情が一変して、肉厚が倍となって、歩き始めると地面が揺れているのではないかと思わせるほどに気合が入っている。


「…あんなあいつ、みたことねえ…」とジャックが目を見開いて言うほどに、気合が入っている。


そして巨大なハンマーを両手で持ち、足を必要以上に広げて、ゆっくりと振りかぶったがまだ振り下ろさない。


「…とんでもない足腰だ…」と汰華琉が感心するほどに力がみなぎっている。


フランクはハンマーと地面が水平になるほどまで振りかぶって、一気に振り下ろして、『ドォ―――――ンッ!!!』というとんでもない音と、「デヤァ―――ッ!!!」というフランクの気合の声とともに、鉄の円盤は空に向かって猛スピードで飛んだ。


そして、『…カン…』と妙に小さな音が鳴ったのだが、フランクは逞しいもろ手を挙げて、「よっしっ! よっしっ!」とガッツポーズをとって喜んでいる。


「…飛んだなぁー…」と汰華琉は笑みを浮かべて言ってから、「じゃ、次は静磨」と汰華琉が指名すると、「よっしゃぁ―――っ!!!」と静磨も気合はフランクに負けていない。


「あ、静磨、装置を壊すなよ」という汰華琉の言葉に、フランクとジャックが目を見開いている。


「はい、了解しました」と静磨は言って、まずは装置の心配をするように、土台に触れ回って見入った。


そして巨大なハンマーを片手で軽々と持って素振りを始めると、フランクが恐れおののいたのか身動きしなくなった。


「静磨君! がんばれぇー!!」ときれいどころたちが叫ぶと、「おう!」とひとつ気合を入れてから目に見えない速度でハンマーを振り降ろすと、音も振動もフランクの時以上に伝わって、『ゴォ―――ンッ!!!』というとんでもない鐘の音が辺り一帯に鳴り響いた。


すると、働いていた農夫たちが一斉に装置に駆け寄ってきて、鳴らしたのが小柄な静磨だと知って目を見開いた。


すると、『ドーン!』という音とともに、鉄の円盤が戻ってきて、何度もバウンドした。


「…あんた、とんでもねえな…」とひとりの農夫がつぶやくと、「村長に連絡だ!」と、少々騒ぎになってきた。


そして汰華琉も挑戦して、鐘を鳴り響かせると、農夫たちが、「あんたらはどうなってんだ?!」と叫んでから、愉快そうに陽気に笑い始めた。


そして人間の方の美貴も、ぎりぎりだが鳴らせたことで、飛び跳ねて喜んでいる。


「…この、化け物らめぇー…」とランスは大いに気合を入れて叩いたのだが、ほぼフランクと同じ結果に、ランスは大いにうなだれた。


「…あ、フランク…」と走ってきた村長らしい男がつぶやくと、「久しぶりですね」とフランクは紳士然として頭を下げた。


「だが、三回聞こえた」と村長が言うと、静磨がまた難なく鐘を鳴らしたので、「…驚いた…」と村長は目を見開いて呟いた。


そして農民たちがハンマーを片手で持とうとしたが上がらないことに、今更ながらに驚いている。


汰華琉たちは挨拶を交わして、「…マリーン様が最近お気に入りの…」と村長は言って、汰華琉たちに頭を下げた。


そして、「きれいどころをつれて来い!」と村長が叫んだことに、今度は汰華琉たちの目が点になっていた。


「…強い男にしか惹かれないのです…」とフランクが静磨に小声で言うと、「…モテ期、きたぁー…」と静磨は陽気に言って陽気に笑った。


鐘の音は聞こえていたようで、村長のいうきれいどころが早速集まってきたが、「…あー… みんなお母ちゃん…」と汰華琉は幸せそうな顔をして言った。


「…うう…」とうなったのは静磨で、この地のきれいどころは胸の大きさで決まるようだ。


よって、顔などは二の次で、しかも全員が大いに太っている。


逞しいフランクよりも大きい女性もいるほどだ。


「あれ、君もきれいどころなの?」と汰華琉は女性たちよりも少し離れて立っている少女に声をかけると、「あはははは!」と愉快そうに笑った。


「ああ、なるほどね」と汰華琉は納得して言った。


「能力者集団でしたら、マミーはもってこいでしょう」という村長のお墨付きでもある。


「変身を解いて欲しい」と静磨が察して少女に言うと、少女は笑みを浮かべたまま、逞しい牛の獣人の姿になった。


「フランクさんの倍だぁー…」と静磨が笑みを浮かべて、牛の獣人を見上げて言うと、牛の獣人は姿を人間に戻して、恥ずかしそうにして手を前に組んで、腰を揺らした。


「いや、いいんじゃないの?」と汰華琉がにやけていて言うと、「お付き合い、していただけますか?」と静磨は積極的に話しかけた。


「あ、はい! 喜んで!」と少女は即答した。


「…驚かないことが不思議だ…」と村長は大いに眉を下げてつぶやいた。


「フランクさんがこの村の出身ですから」と静磨が言うと、「…あ、それを忘れとった…」と村長は言って、髪の毛のない頭を叩いた。


村長の願いとしては、里帰りをさせて欲しいと言っただけで、その他の条件は何もなく、静磨の嫁に出すつもり満々だった。


元々マミーはこの地の生まれではなく、この星の裏側の草原地帯で発見されて、この村に引っ越してきていた。


フランクは場所は違うが似たような境遇で、村長を父として敬っている。


よってマミーも村長の娘でもあるので、速やかに話は進んだのだ。


静磨の嫁だったはずだが、マミーは早速雅たちに囲まれて、大いに姦しくなっていた。


マミーとしても困ることなく、朗らかな笑みを浮かべている。



「…細田さん…」と汰華琉が眉を下げて言うと、「盗撮には罰を」と細田は明るく言った。


「…これを切欠に、何か言ってくるかも…」


「いいや、それはないよ。

 二人いた影が琵琶家を離れる決心をしたから」


細田のさも当然のような言葉に、「…あーあ、きっと俺たちのせいだなんて…」と汰華琉が嘆くと、「それもないよ」と細田は自信を持って答えた。


「…最悪のパターン…」


「…そうかもしれないね…

 もう、彼らの存在感がわからなくなった」


彼らとはもちろん琵琶家の重鎮のことで、マリーンの制裁によって能力者を解かれたはずだ。


「喜笑星の外に出たからだ」と汰華琉が同情して嘆くように言うと、「汰華琉君は優しいね」と細田は薄笑みを浮かべて言った。


「でもまあ、改心は早いと思うけどね」


「うん、それは大いにあるよ」と細田は明るく言った。


すると桜良とレスターが汰華琉から飛び出してきて、目を見開いてから辺りを見回した。


「…ああ… おいしそうな匂いが…」と桜良が笑みを浮かべて言うと、「いや、目的が変わったと思うけど?」と汰華琉が眉を下げて言うと、桜良は目を見開いて、「…なんだったっけ…」とレスターに聞くと、細田は腹を抱えて愉快そうに大いに笑った。


「状況から察して、

 汰華琉さんたちが何か行動を起こしたわけではなさそうですね」


レスターの言葉に、「盗撮されていたから、機械を捕獲したからかなぁー…」と汰華琉が答えると、レスターはようやく納得した。


「本来なら、十分距離をとっていたからわからないはずだったんだ。

 だけど…」


細田は言って、天にまで伸びているような、力試しの柱に指を差した。


「あ、俺が気づいたから、細田さんが確保したわけだ」


「そういうこと」と細田は笑みを浮かべて答えた。


鐘の音の空気の振動の反射が不自然だったことに、汰華琉が気づいたのだ。


もちろん場所までわかっていたので、捕まえるのは簡単なことだったし、すべては細田が作ったものだったので、処理は容易だった。


「…できれば、それほど嫉妬はしない方がいいんだろうけどね…」と汰華琉が眉を下げて言うと、誰もが一斉に頭を下げた。


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