この惑星の願い 主役はだあれ?
この惑星の願い
主役はだあれ?
『江富高等学校 卒業式』
このくそ寒い冬の日、比較的盛り上がる行事が目白押しのこの季節に、各地で学校の卒業式が行われる。
百年ほど前までは、この国では桜という木が花を咲かせる季節に卒業式と入学式を行っていたそうだが、いろいろと不幸が重なって、一年の計においてすべてを終える風習に変わっていた。
そして、春のそよ風ではなく、木枯らしが吹きすさぶ校門の近くで、ひとりの女子学生が男子学生を見上げていた。
「…先輩… ご卒業、おめでとうございます…」と女子は今にも泣きそうな、男子に縋るような目をして言うと、「…え? なに?」と先輩と呼ばれた男子学生は怪訝そうに聞いた。
「…毎日毎日、かまってくれて本当にありがとうございました…
…でも、新学期からはそれがなくなるなんて、
本当に悲しいですぅー…」
女子は言って、少し切れ長の右の目じりから一筋の涙を流した。
「…一体、どういうことだ?」と男子は言って、怪訝そうな目を女子に向けた。
「それにお前、自分の言葉に酔ってるだろ?」と男子が言うと、女子は何も言わずに静かにうなづいた。
「誰の差し金?」と男子があきれ返って聞くと、「ああ、言えません…」と女子は言ったが、その右手の人差し指は指示した相手を差していたのでよく理解できた。
男子は振り返ることなく気配だけで察して、「ま、その確認をしただけになったな」とその存在を見ることなく、辺りを見回した。
「…俺たちが切欠で告白大会?」
男子が聞くと、「うん、そうだよ、お兄ちゃん」と女子が陽気に答えた。
「…ま、くそ寒いからな…
できれば場所を替えてお熱いことはやりたいだろうし。
だけどそれじゃあ、あまりにもそっけなく学校を去ることになるからな。
多少のイベントは必要ということかい? 山城」
男子が振り返らずに名前を呼ぶと、背後から、「大したことじゃないから、ちょっと協力してもらっただけ」と男子と同い年とは思えないほどに色っぽい声で答えた。
「おまえ、ようやく卒業できてよかったな」と男子が言うと、「やかましい!」と山城と呼ばれた女子は憤慨して、男子の腰にミドルキックを放ったが、男子は微動だにしなかった。
もちろん、山城はこの結果を知っていて、「さ、宴会に行きましょ宴会」と自分勝手に言って、男子の妹と肩を組んで連れて行った。
「先輩! ご卒業、おめでとうございます!」とまさに少年といわんばかりの好少年が男子に近づきながら叫んだ。
「ああ、ありがとう。
だが、卒業してもここに来るんだけどな。
校門が五十メートルほど西になるだけだ」
男子は言って、隣の大学の校門を見た。
入り口は違うが校庭は共有されているので、随分と広々としている学園でもある。
基本的には幼稚園から大学院まで兼ねそろえている一貫校で、さらには系列の専門学校もあり、ほとんどの生徒が学生時代をここで過ごすことになっている。
特にお坊ちゃまお嬢ちゃま校というわけではないのだが、試験がそれなり以上に難関で、さらに輪をかけて身体検査が一番の難関だ。
『学生は、健康体でなければならない』
パンデミックらしき不幸が終えたあとに設立されたこの江富学園は、創設者のこの言葉を忠実に引き継いでいるのだ。
そして入学できても、毎日のように何らかの検査がある。
そして、ある程度の不幸もあり、体力不足として、年間十名ほどは退学を余儀なくされ、系列校に転校することも普通にある。
山城もそのひとりで、強制的に退学となったが、本人の希望によって、浪人してこの高校に入り直したのだ。
よって、年齢的にはこの男子よりも二つほど先輩だ。
山城は一時期は絶望したのだが、彼女の神の力によって希望が与えられ、浪人をしてまで、高校生活に戻ってこられたわけだ。
そして都合がよかったという理由もある。
来年早々はめでたく大学生だし、天才で秀才の幼馴染と常にともにいることができる。
山城美貴は病気になってある意味ついていたと、不幸な出来事を幸運に代えていた。
もちろん男子は美貴の気持ちは知っていたが、男子の方は専属として付き合うつもりはなかった。
しかし、決まった相手がいるわけでもないし、日々を忙しく過ごしている事実はある。
勉強もそうだが、肉体鍛錬もあり、精神修行もある。
特に望んだ道ではないのだが、世界自然保護協会WNAの重鎮にひとつの道を示されて、面白そうだと思い、そのレールに乗ったのだ。
この学校は百パーセントWNAが出資していて、男子と妹はすべてを無償で通っている。
食費はおろか、小額だが小遣いまでもらっている。
しかも住む家も与えられ、広大な庭もある。
その代わり、アルバイトとして時々仕事を請け負っている事実もあり、WNAに認められた軍人でもある。
両親を事故と病気で亡くしてしまった男子とその妹にとっては、この学校だけが救いの神で親だった。
そして美貴は、この男子の監視役だったのだが、任務を忘れて男子のすべてに熱中して神と崇めた。
美貴の父親はため息混じりに、「結婚できたらラッキーだ」とまるで自分が喜ばしき結婚をするように陽気に言う。
よって美貴としては手加減なく男子を襲うのだが、まるで暖簾に腕押しだった。
そして告白したのだが振られていた。
だが、男子の態度が一切変わらないことで、美貴は今度は男子に甘えるようになった。
男子はまるで感情のない計算しつくされたロボットのようだが、そういうわけでもない。
誰にでも気さくに話しかけるし、面倒見はいいし、変わったことは何ひとつないように見える。
美貴はそういうこの男子をさらに好きになっていた。
あきらめるつもりは毛頭ないのだが、さすがに二十才を超えてしまったので、年齢的には気にし始めていた。
「汰華琉と結婚したいなぁー!」と美貴は遠慮なく堂々と言う。
「あたしは賛成してるんだけど…」と汰華琉の妹の大和雅が眉を下げて言った。
「ああ! あたしの希望の星よ!」と美貴は叫んで雅を抱きしめた。
汰華琉の隣には、雅と同級生の好少年の郡山静磨が頼りなげな笑みを浮かべて汰華琉を見上げている。
汰華琉が高身長と言うわけではなく、静磨の身長が比較的低いのだ。
学生では人並みの女性の雅と並ばせてもそれほど差がない。
「また俺んちか?」と汰華琉が美貴に聞くと、「元はあたしんち」と美貴は陽気に言い返した。
「それに、もう準備はできてるって!」と美貴は情報端末を見て言ってから、「あら?」と言ってにやりと笑ってから、メールを開いた。
「明日の午後、バイトだよ! 十三時!」と美貴が陽気に叫ぶと、「昼間は初めてだな」と汰華琉は意外そうに言って、心配事が増えていた。
美貴は追いついてきた汰華琉に、「もう明かしてもかまわないって」と明るく言うと、「ふーん… マスコミにはあまり知られたくないんだけどな… 騒々しいから…」と汰華琉は吐き捨てるように言った。
「WNAがついに、能力者を抱えていることを公表したそうよ。
そうすれば、もう他国からのスパイ活動もそれほど意味のないことだわ。
工作員はやってくるんだろうけどね」
「…それも問題だし、それについに昼間か…」と汰華琉は嘆くように言った。
「…大和汰華琉に大和雅、そして、大和美貴…」と美貴は勝手に言って、大いに頬を赤らめた。
「俺の養女か?」と汰華琉が言って少し笑うと、雅は愉快そうにけらけらと笑って、美貴は大いに頬を膨らませた。
汰華琉たちは御殿というよりも城のような家に帰り着き、汰華琉は恐縮している静磨と肩を組んで、かなり長い大理石の道を歩き始めた。
「調子の悪い時はこの道は長いんだよな…
逆に調子がいい時は面倒だから走るんだ」
汰華琉の言葉に、「その気持ち、大いにわかります」と静磨は言って、果てがないのかと思うほどの長い道の先にある城を見た。
まさに西欧建築の石積みの城で、ここには汰華琉と雅だけが住んでいる。
そして通いだが、メイドの駿河美都子が、今は玄関前で頭を下げている。
ようやく長い道を歩き終えて、「美都子さん、いつもありがとう」と汰華琉が礼を言った。
この言葉は始めて会った時からずっと続けている。
「みっちゃん、ただいま!」と雅はあだ名で呼ぶ。
「先輩の後輩で、郡山静磨といいます!」と静馬は自己紹介をして、美都子に頭を下げた。
「当家メイドの駿河美都子です。
お坊ちゃま、お嬢様、ご卒業おめでとうこざいます」
美都子は言って、汰華琉と美貴に頭を下げた。
「いやぁー、ありがとうございます。
それに、料理まで用意してもらってすみません」
「いいえ、私の気持ちだけをお届けしたいと思いまして」と美都子は上品に言った。
「いえ、すっごく期待しています」という汰華琉の心からの言葉に、「ありがとうございます」と美都子は礼を言って、深々と頭を下げた。
美貴は面白くないようで、少し頬を膨らませている。
宴もたけなわとなる前に、汰華琉は美都子も仲間に引き入れて、五人で陽気に話を始めた。
そして美都子の代わりに、雅と静磨が給仕をする。
もちろん、「いつものお礼」と雅は笑みを浮かべて美都子に言ったので、美都子は快く雅の言葉に従った。
そして、逆らえるわけがなかった。
さらには、美貴の機嫌が直っている。
それは美都子が働いている姿を見なくて済むからだ。
美貴にとって、家事仕事は鬼門だった。
やはり、お姫様のような生活環境が、使用人をあごで使う能力しか、美貴に与えなかったからだ。
すると、「えっ?!」と静磨が叫んで飛びのいた。
「あたしたちの家族」と雅は言って、床にいる栗鼠を両手で抱き上げた。
「ん? 緊張?」と感受性の強い静磨が言うと、雅は栗鼠を汰華琉の肩に乗せた。
「この栗鼠は障害を持っていてね、目が見えていない」
汰華琉の言葉に、「…あー… だから、共同生活ができる…」と静磨は言って納得した。
基本、動物を飼うことは許されない。
しかし、障害のある動物はお世話をする必要があるので、許可を得れば、飼うのではなく共同生活ができる資格を与えられる。
最も現在の状況では、ペットとして飼っているといっていい。
この城には管理人をはじめ、必ず誰かがいるので、動物たちの世話は可能だ。
よって住んでいるのは栗鼠だけではない。
『…ウーオ…』と悲しそうな鳴き声が聞こえると、「巌剛、ここだ」と汰華琉が言った。
すると庭からほぼ成長しきっている月の輪熊が姿を見せて、まっすぐに汰華琉に向かって歩いてきた。
そして汰華琉に軽く体当たりをしてから、妙にかわいらしい姿で床に座った。
「こいつも目が見えない。
歩いている姿はそうは見えなかっただろ?」
汰華琉が静磨に言うと、「…逞しいはずです…」と琢磨は汰華琉と熊を見て嘆くように言った。
「そろそろ、美都子さんの正体を知りたいんだけど」
汰華琉のいきなりの意表をついた言葉に、美都子はわずかに動揺したが、観念したように目を閉じた。
「江富大学自然科学学科二年」と、美貴が答えてにやりと笑った。
「その通りですし、すでに正体を明かしておりました」と美都子はメイドらしからぬ目で美貴を見据えた。
「…はあ… 二才年上なだけで、ふたりとも大人だよ…」と汰華琉は嘆くように言った。
「あんたも告白して振られてくれない?」と美貴が美都子に向けて言うと、汰華琉は愉快そうに笑った。
「雅は美貴を応援しているはずだけど?」
汰華琉の言葉に、美都子は目を見開いてうなだれた。
「…やっぱりね…
お兄ちゃんには悪いんだけど、
恩は何らかの形で返さないと…」
雅の言葉に、「それは当たり前のことだが、婚姻という形でなくてもいいと俺は思うのだが?」と汰華琉が正論で自己主張すると、「そうだね、お兄ちゃん!」と雅は明るく言って、美都子に笑みを投げかけた。
美都子は生き返ったように笑みを浮かべて、雅に頭を下げた。
「美都子さんのお父様もWNAに?」
汰華琉の言葉に、「ヤハン支部の支部長です」と美都子は少し誇らしげに答えた。
「だったら、山城理事と同格じゃないの?
当然本部理事も兼務でしょ?」
「…はい、そうですぅー…」と美都子はいつもは見せない、女性らしい顔と言葉で答えた。
「…父親対決は、美都子さんが一歩リードだな…」と汰華琉が言うと、「…はがゆいぃー…」と美貴は大いにうなって悔しがった。
「改めて言うが」と汰華琉が言うと、誰もが汰華琉に集中した。
「今の騒乱の中で、結婚相手を決めるつもりはないから。
それに、気長に生き残って欲しい。
生きていれば、それが勝者だ」
汰華琉の言葉に、美貴も美都子も真剣な目をしてうなづた。
「…あー… ついでに聞いておきたいんだけどぉー…」と美貴が申し訳なさそうに言うと、「雅との婚姻はない」と汰華琉は堂々と言った。
すると、「えっ?」と言って、美都子が汰華琉と雅の顔を交互に見た。
「雅とは血のつながりがない、絆の兄妹だ」
汰華琉が堂々と言うと、「…お父様は知っているのね…」と美貴は嘆くように言った。
「今の件は、それほど重要じゃない」と汰華琉が言うと、「…それよりも大切なことって… じゃあ、能力者としての何か…」と美貴は目を見開いて呟いた。
「不思議なのは雅で、俺は能力者ではないはずだ」
汰華琉の言葉に、誰もが目を見開いている。
「…い、いえ… 仕事を見たことがあるけど…
能力者でしかなかった…
…え?」
美貴はようやく気づいて、雅を見入っている。
「不思議な妹だよ」と雅は明るく言って、汰華琉に背後から抱きついた。
汰華琉の仕事中、雅もともにいるはずなのだが、姿が見えなかったことを美貴は思い出したのだ。
もちろん、汰華琉に見とれていたことは言うまでもない。
「だが、普通の人間とも違うと感じている。
それは守られているはずの俺が、
攻撃を受けるとかなり痛いという事実があること。
受けないと少々世間が危うくなるという理由と、
相手の自滅を誘うためだ。
しかし緩和されているにしても、あれは痛すぎる。
だが、皮膚が傷ついたり、
骨が折れたりはしなくて、ただただ痛い。
だからそれは雅が守ってくれているんだろう。
俺はそういった面での能力者かもしれないね。
それと、雅との相性、かなぁー…」
「お兄ちゃん以外にはしないもん!」と雅は明るく言った。
「…そういえば、雅さんが何度もいなかったこと、今気づいたぁー…」と静磨がばつが悪そうに言うと、汰華琉は愉快そうに笑った。
「だけど、私と合流した時はいつもいるよ?」と美貴が言うと、「うふふ、手品?」と雅が愉快そうに言うと、汰華琉はまた愉快そうに笑った。
「…いつ、沸いて出るんだろ…」と静磨は言って考え込んでいた。
「…能力者の世界って、すごいのね…」と美都子は、少しうらやましそうに言った。
「だからこそ、おかしいとは思わない?」という汰華琉の問いかけに、美都子は大いに戸惑った。
「…知ったから、消される…」と美都子が嘆くと、汰華琉と雅が愉快そうに笑った。
「仲間だから話したに決まってる」
汰華琉の言葉に、「…そ、そうよねぇー…」と美都子は眉を下げて言った。
「ある意味仲間じゃないのは…」と汰華琉は言って美貴を見ると、「…えー… あたしが消されるのぉー…」と美貴は大いに嘆くと、汰華琉と雅は愉快そうに笑った。
「俺たちの監視役で、能力者とは無関係」
「…はあ… それは聞いていた通り…」と美貴は嘆いた。
「美都子さんの件はWNAはまだ知らないことだ。
雅が今確信したのでね。
できれば言わない方が幸せかなぁー…
動物たちのお世話もあるから…」
「…今まで通り、お引き受けします…」と美都子は比較的堂々と言った。
学生たちは全面的に休暇なので、汰華琉たちの行動も制限がなくて動きやすい。
指令があった時間に目的地に着き、比較的遠巻きから現場を見入った。
近くにある水族館は大盛況だが、この埠頭は空っ風が寒いので、ここには学生どころかひとっこひとりいない。
すると、ひとりの男であろう者が足早にやってきた。
ニットの帽子を深くかぶってマスクをしているので、男女の区別がつかない。
目の感じからして、このヤハン国の人種ではないと、汰華琉は判断した。
『…ふむ… ケイホク人か…』と汰華琉が考えると、『うん、間違いないわ』と雅の声が汰華琉の頭の中に響いた。
すると、制服の警察官二人がやってきて、辺りを見回してから怪しい人物にすばやく少しだけ手を上げた。
『偽警察官、企業機密受け渡し』
雅の言葉に、汰華琉はすぐに飛び出して、「臨時ケイカンだ!」と叫んでから、戦うことなく三人を一瞬にして拘束した。
「いやー… 楽勝楽勝!」と汰華琉は言って、証拠品に手を添えた。
『軍機密』と雅が言った。
「四母早の基地から盗んだの?」と汰華琉が聞くと、三人は目を見開いた。
汰華琉は右手の小指を口に近づけて、「四母早の軍に引き渡すから連絡を」と言った。
『…ざんねぇーん… 今回もボーナスなしだぁー…』と、美貴は嘆きながら軍に一報を入れた。
軍からは慌てるようにしてジープがすっ飛んでやってきて、お互いの身分証明をした。
「大和汰華琉様はぜっひとも軍に!」というおべっかを聞いてから、汰華琉は美貴と静磨と合流した。
「誰が詳しい調査をしてるんだろうね?」と汰華琉が素朴な質問をすると、「今回は確証のない情報屋」と美貴は苦笑いを浮かべて答えた。
「その人も能力者なんじゃない?」と汰華琉は言ってから愉快そうに笑った。
「長年の勘のようなものらしいわ。
引退した警察官らしいから」
美貴の言葉に、汰華琉はある程度は納得してうなづいた。
静磨の運転するバンは、WNA本部ヤハン出張所の地下駐車場に滑り込んで、奥の一角に停車させ、一行は車を降り、セキュリティー付きの最上階直通エレベーターに乗り込もうと、美貴が挿入口にセキュリティーカードを挿そうとした。
「…待て…」と汰華琉は小声で言って、口に右手の人差し指を当てた。
すると三人ともが同じポーズをとったので、汰華琉は少しだけ笑った。
そして、汰華琉は腰を低くして拳を握った腕を腰に当て、『はっ!』と重低音が特徴的な人ならざる声を発すると、『ドンッ! ドドドンッ!』と派手な音がして、閉まっているエレベーターの扉がかすかに揺れた。
「お父様! 一体どういうことよ?!」とお姫様の美貴が怒り心頭で叫んだ。
「…どんなからくりだ?」と汰華琉は不思議そうに言って、カードを挿して扉を開き、何もない場所に手を添えると、なんと手がなくなった。
「ほう」と汰華琉は言って、腕を引き寄せた。
「透明人間になれる布」と汰華琉は言って、意識を失っている男の手と足を見た。
「マグネット式の忍者装置だ。
ヒュウコック辺りのやつかな?」
すると、大勢の警備官がやってきて汰華琉たちに敬礼をして、エレベーターでのびている男を連行していった。
「…暗証コードを盗んだの?」と美貴が眉をひそめて言うと、「簡単なのは誰かの手引き」と汰華琉はなんでもないことのように言った。
「黒幕が山城理事でないことだけを祈っておこうか」と汰華琉は言って、レディーファーストとばかり、美貴をエレベーターに誘った。
「…特別ボーナスを弾むから…」と、父の顔をして眉を下げている、WNA本部理事の山城月雄は、娘の機嫌をとるのに必死だった。
「呆れてものが言えないわね!
こんなことじゃ、
大手を振って汰華琉を婿に迎えられないわ!」
美貴は自分勝手に堂々と、お姫様口調で言った。
「失礼いたします」と秘書官がやってきたのだが、入り口から入ってこようとはしない。
そしてその女性は目を見開いていた。
「手引きしたやつです。
本当の秘書官は、消されている可能性が高いですね」
汰華琉の言葉に、山城は、「ふん」とうなって警護官を呼んだ。
「そしてまたひとり」と汰華琉は言って、三人やってきた中央にいる警護官を拘束した。
「持っているはずのない武器を持っているけど、動けないから慌てずに」
汰華琉の注意喚起に、ふたりの警護官は固まっている男の服を慎重に脱がせていった。
「口封じ役」と汰華琉が言うと、「…あんた…」と美貴は言って、汰華琉と雅を見た。
「え? あれ?」と汰華琉が久しぶりに慌てると、「お兄様、おめでとうございます!」と雅は満面の笑みを浮かべて叫び、汰華琉に抱きついた。
「…高くつくことになった…」と山城は苦笑いを浮かべて、首を横に振った。
汰華琉は雅の力を借りることなく、サイコキネッシスを使って、不審者を拘束していたのだ。
よってこの先はさらに、作業効率も上がることになる。
ここは試験とばかり、汰華琉は様々なものを動かし宙に浮かべたり、自動書記のようにペンを持たずに字を書いた。
「字を書けば、雅ではなく俺が書いているという自信になる。
雅は字が下手だから」
汰華琉の言葉に、雅は恥ずかしそうな顔をして、少し頬を膨らませていた。
「…なんだか、情報屋も怪しいよなぁー…」と汰華琉が言うと、「やはりそうか… 本当の狙いはここか…」と山城は言葉は穏やかだが、心中は憤慨していた。
「…めんどくさ…」と美貴が投げやりに言うと、汰華琉と雅は愉快そうに笑った。
WNA本部からの正式な依頼の報酬、WNA本部ヤハン出張所からの正式な特別報酬、そして山城の感謝の気持ちのポケットマネー特別小遣い込みで、大枚の金をもらった汰華琉たちは、休暇中でもあるので、羽目を外さない程度として、街へと繰り出すことにした。
こういった場所こそ安心できないので、汰華琉としては敬遠したいところだが、やはり何事も経験だし、青春を謳歌することも重要だ。
街は年末という事もあって、多くの若人も繰り出していて、たまたま友人に出くわすと、新年を迎える挨拶などを交わすが、礼儀作法などはまったくないといっていい。
この星の歴史は、百年前に始まったと言っていいほどに、過去の情報がない。
初めの酷いパンデミックが始まってからの歴史しか、資料がないからだ。
今はそれなりにいるが、すべての災いが終わったと人類が認識した時、最高年齢者はわずか五十才だったこともあるので、口伝でもそれほどに過去のことはよくわかっていないのだ。
もちろん、良識者集団のWNAの存在は大きかった。
よって初めて何かを示唆した者の考えを基本にして、良かれと誰もが思う行動などが作法のようなものとなっていった。
その結果、誰もが比較的一線を引いて挨拶を交わす。
もちろん、気心知れた仲であれば、一般的な常識のように、礼儀の部分はすっとばすので、ごく自然な友人の挨拶をするといっていい。
「あー… かわいい…」と雅は言って、貴金属店のショーウィンドゥに貼り付いた。
「欲しいものがあれば、全部買ってやる」と、ヤハン一の大富豪となった汰華琉が言うと、「うふふ… でも、ひとつでいいよ」と雅は明るく言って、店内に駆け込んだので、汰華琉たちも雅のあとを追った。
雅はもうすでに気に入った商品を店員から受け取って胸に当て、鏡を見入っていた。
「それでいいのか?
…ああ、よく似合っている」
汰華琉の兄の愛の篭った言葉に、「お兄ちゃん! ありがと!」と雅は心の底から礼を言った。
「つけて帰りますので支払いを」と汰華琉が言うと、「ありがとうございます!」と女性店員は手もみをするようにして、テーブル席に汰華琉を誘った。
汰華琉が現金で支払いをしようとした瞬間に、店内に入って来た正体不明の不審人物の動きが止まって固まった。
「穏やかに警察に連絡を」と汰華琉が言うと、店員は出入り口を見て一瞬固まってから何とか動き出し、プッシュ式の警報装置のボタンを押した。
警報が鳴り響くことなく、警察に一報を入れる装置だ。
よって速やかに警察官がやってきて、すぐさま不審者に接触しようとしたが、「先に拘束だ」という汰華琉の言葉に、警察官ふたりはすぐさま鋭い視線で汰華琉を見てから緊張を解いてから、最敬礼して不審者を拘束した。
そして小型だが殺傷能力のある武器が多数押収され、犯行動機の証拠は十分として警察官は不審者を連行していった。
「また外国人犯罪だ」と汰華琉はうんざり感満載で言った。
「うふふ… おねだりしてここにきて、さらにいいことがあったわ!」と雅は叫んで、汰華琉の腕に絡み付いて喜んだ。
「…あたしにも買ってぇー…」とブライダルコーナーにいる美貴がねだった。
「その隣のケースだったらいいぞ」
汰華琉の言葉に、美貴は幼い笑みを浮かべて、値札の値段がかわいくない商品を指差した。
「似合うわけがない。
それだと成金でしかない」
「…一番高いのにぃー…」と美貴は残念そうに言った。
ここは汰華琉と雅が相談して選んだ結果、お嬢様でもそれほど持っていない、大人しいが高価な余所行きのネックレスを選んだ。
店としては客寄せとして置いていたのだが、まさかそれが売れるとは思わず、店長は店内で号泣していた。
美貴が、「つけてかえるぅー…」と甘えるように言ったが、「パーティー用」と汰華琉は断定して言って、カジュアルにつけられる、それなり以上のネックレスも買って与えた。
「静磨はこれを持っておけ。
俺も同じものを買うから。
必ずこの先出番は来る」
汰華琉の言葉に静磨は素直に従って、最敬礼をするように汰華琉に礼を言った。
それは男性用のカフスなどのセットのブランド物の貴金属だ。
「…大枚叩いたはずだが、減らんな…」
汰華琉の言葉に、数分で十年分以上の売り上げを上げた店長の笑みが少しゆがんでいた。
ここからはごく自然に、若者が多いファストフード店に行って、学校でのことを中心にした会話に花が咲いた。
「…実は、気になる後輩がいるんですが…」と静磨は戸惑うように声を殺して汰華琉に言ってから雅を見ると、雅は眉を下げてうなづいた。
「…そいつが犯人に決まっている!」と汰華琉は叫んでから、愉快そうに、「あーはっはっは!」と笑った。
すると店内がいきなり騒がしくなって、「どろぼぉ―――っ!」と、数名の女子が叫び声を上げた。
汰華琉は逃げる姿勢に入っている、学生らしき男子を拘束した。
汰華琉の大声で我に返って、財布などをすられたと誰もが気づいたようだ。
そしてもうすでに美貴が警察に通報していたので、すぐさま警察官がやってきて、また汰華琉に最敬礼をしてから、固まっている男子に歩み寄り、摺った女性ものの財布などを証拠品として押収して、被害者も連れて、そそくさと店を出ていった。
「…なんて偶然…」と美貴が今更ながらに目を見開いて言うと、「静磨の話も兼ねてだからな」と汰華琉はさも愉快そうに言った。
「怪しいようなやつは確実に怪しいんだ。
雅が同意した時点でさらに確定だ。
だからその子は、忽然と消えると思っている。
今の会話で気づかれたと察知したはずだ。
そして姿を変えて、今度は遠巻きから監視する。
やはり大胆過ぎたと、後悔してるんじゃない?」
すると雅が友人に連絡を取り始め、その答えはすぐに出た。
「お兄ちゃんの言った通り、
人が見ている前で消えたって騒ぎになってるって…」
雅が眉を下げて言うと、「常に見られていると思っていい。そして聞かれてもいるようだな…」と汰華琉は渋い顔をして言った。
この話は棚上げにして、汰華琉が一番気になっている話をしようと美貴を見た。
「秘書の人はどうなったんだ?」
汰華琉の言葉に美貴は目を見開いて、父親ではなく警備隊長に連絡を取った。
美貴が事情説明をするとすぐに安堵の笑みを浮かべたので、汰華琉たちは一斉に安堵の笑みを浮かべた。
美貴は通信機を切ってから、「秘書室専用の個人ロッカーの中で縛られていたんだって」と笑みを浮かべて言った。
「殺すといろいろと面倒だからな。
まずはにおい」
汰華琉の言葉に、ハンバーガーにかじりつきかけていた美貴がいやな顔をした。
「…人気モデルでもあるからね…」と美貴は少しうらやましそうに言った。
「また多彩だね。
偽者の顔を見た限りでは、かなりの秀才に見えたけど」
「…まあ… ある意味学園が守ってるところもあるのかなぁー…」と美貴が言うと、「またまた変装犯の確保イベント発生だな」と汰華琉は愉快そうに言った。
「じゃあ、明日は登校するわけだ。
美都子さんも確保しないとな…」
明日は正月元日で、すべての商売などは営業をしてはならない決まりがあるのだが、労働者や学生などは出社、登校する義務がある。
一年の初めに、家族以外で一番顔を合わせる人たちとの挨拶が重要とする国の決め事だ。
そして二日三日は休日なのだが、この日に強制力はないので、労働などは自由だ。
しかし、警察官だけは別で、三百六十日の始めの日は全員が出動して、特に気合が入る日となっている。
汰華琉は、仮とは言えども警察官の資格を持っていることで、学校に登校したあとに、一番近い警察署に出向いて、挨拶に行く必要がある。
「だけど変装していた秘書の人って、
それほど目立つ感じじゃないと思ったんだが…
一般的な着衣と薄着では、
確かに感じが変わるのはわかるんだけど…」
為長の言葉に、美貴は眉をひそめて考えて、「…うかつだったぁー…」と嘆いた。
「え? 何を思い出したの?」と汰華琉が興味を持って聞いたが、「…教えてやんない!」と美貴は怒りながら拒絶の言葉を叫んで、ハンバーガーに八つ当たりするようにかじった。
汰華琉は雅と静磨を見たが、思い当たることはないようで、苦笑いを浮かべていた。
「じゃあ、買ってやったパーティー用のジュエリーは
美都子さんの土産に」
汰華琉の無碍な言葉に、「…わかったわよぉー…」と眉を下げていってから、「胸の大きさが倍ほど違ったわ」と美貴が嫌々答えると、「…それほどの違いにも、気づかないもんかもな…」と汰華琉は言って何度もうなづいた。
顔以外をじろじろと見る行為は失礼に当たるとして、極力避けるような教育を受けているからだ。
だが確かにその通りで、そういったことでトラブルになることは少ない。
さらには秘書の制服は黒のスーツなので、横を向かないと、体のシルエットはそれほどはっきりしないので、正面からだと胸の大きさはそれほど気づかない。
「だけどお兄ちゃんは、おっぱい大好きだよ?」と雅が暴露すると、「大きな胸は母親だ」と汰華琉は恥ずかしがることなく堂々と言った。
「…ああ… わかるような気がする…」と長年汰華琉だけを見ていた美貴は、少し眉を下げて言った。
「俺からと、そして母からの愛は感じていた。
当時四才の俺はそういう年頃だったからな。
それに父の愛は知らないからなおさらだろう。
母よりもさらに前に、父は死んでいたから」
「…あたしのおっぱいで代役…」と美貴が言うと、「ないじゃん」と汰華琉が即座に言うと、「…こいつ、歯に衣着せぬ失礼の罪で訴えてやるぅー…」と大いにうなった。
「だからでかい胸を見ると、
お母ちゃん、と叫びたくなる。
いや、なにも障害がなければ確実に叫ぶ。
そして許可が出たらいろいろとやりたいが、
さすがにそこまですると責任問題が発生するだろうし、
歯止めが利かなくなりそうで、
自分自身を嫌になりそうだ。
そして母ではなく他人だと目が覚めて、
良心の呵責にさいなまれる」
「…全部詳しく話してくれてありがと…」と美貴は大いに落ち込んで言った。
「…恥ずかしいけど…
僕もきっとそうだと…」
静磨は言ってすぐに、恥ずかしそうな顔をした。
「…さて、犯人の件だが…」と汰華琉が小声で言うと、三人は顔を近づけた。
「あの歴史書を言い伝えた実行犯らしき能力者は、
WNAの組織の中にいるはずだ」
まさに衝撃的な汰華琉の言葉に、誰もが目を見開いて口を押さえつけた。
「もちろん、生き証人の言葉もあって、
あの歴史書は正しいだろう。
二度のパンデミックのあとに、
様々な条件の大量のかどわかし。
そして百億人いた人口が、十分の一に減少。
そしてWNAによって、動物優遇の全世界統一の法律の制定。
ここで不思議なことに気づいた。
なぜ、大量にかどわかしした者は、
すべての人間を消さなかったのか。
異常気象などの原因は、人間が増えすぎたことと、
無謀なエネルギー資源の乱用が引き起こしたものだったはずだ。
それに普通の力ではない。
しかもかどわかして遺体が見つかったとどこにも書いていない。
どう考えても普通ではない力をもった、とんでもないやつだが、
また不幸を呼び寄せるかもしれない人間を、
なぜ十億人も残したのか」
汰華琉の疑問には誰も答えられなかった。
「実はな、ひとつの可能性に行き当たった」
汰華琉の言葉に、三人は興味津々となって、ゆっくりとうなづいた。
「この星を外敵から守るため」
雅と美貴は手のひらで口を強く押さえつけ、静磨は目を見開いて、両拳に力が入っていた。
「動物しかいない場合、
相手が知的生物で武器を持っているとすれば抗う余地がない。
だからこそ、比較的屈強な人間を十億ほど残して、
この星の防衛隊でも作りたいのではないか。
俺たち能力者がこの星に生を受けたんだ、
実際にはそれなり以上にいる。
確証はまったくないが、ない話じゃないと思う。
さらに言えば、歴史的書物が皆無。
これもすべて消してしまった。
知られては困ることがかなりあったのではないか。
この星がどのようにして出来上がり、
どのようにして現在に至ったのか。
しかし、歴史を知る手立てはあるはずだ」
汰華琉の言葉に、三人は真剣な目をしてうなづいた。
「俺たちの手で発掘する」
「…あー…」と三人は言って何度もうなづいた。
「きっと、そこまでは手をつけていないと思う。
俺たちの能力が上がれば、きっとできると思っているんだ。
だが、発掘したとたんに処分されることも考えられるから、
かなり入念に計画をしておく必要があると思う。
かどわかしの原因を究明しようとした人たちも、
かどわかしにあった事実があるからな」
すると、雅の顔色が変わった。
「どうした、雅」と汰華琉がすぐさま聞くと、「…あのね… 信じられないと思うんだけど…」と雅はいいながらも、夢の中での話をした。
「…敵か味方か…
だが、臆病に慎重にというアドバイスはありがたいことだ。
もしも逆のことを言ったら、確実におかしいから俺は疑う」
「…信用できる人でよかった…」と雅は言って笑みを浮かべて、汰華琉の左腕を握り締めた。
「お! 顔の情報…」と汰華琉は陽気に言って、雅の夢に出てきたという女性の絵を描き終えて、「お母ちゃん!」と叫んで大声で笑った。
その女性はかわいらしさが前面に出ていて異様に明るく、そして胸が豊満だった。
「…本当に叫んだわ…」と美貴は苦笑いを浮かべて言った。
「…いやー… なんだかすっきりした…
初めて試したが、
胸の支えが降りた気分だ…」
汰華琉の言葉に、「…無謀じゃなきゃ、試すべきなのね…」と美貴は言って、極端な具体例として覚えておくことにした。
「だけど、額の模様が神秘的だけど、
すっごく喜んでる?」
美貴が聞くと、「桜の花びらを並べて、満面の笑みに仕上げたような文様らしいな」と汰華琉は考えながら言った。
「…やっぱり、神様かなぁー…」と雅が言うと、「おまえもさ」と汰華琉は笑みを浮かべて言って、雅の頭をなでた。
「それとね、本当なら、すっきりと実態が見えるそうなんだけどね、
どこもかしこも黒いもやがかかってたの。
だから、顔の情報は念を送ってくれたの。
宇宙の空気が悪いからって…」
雅の言葉に、「…宇宙の空気が悪い…」と汰華琉は復唱した。
空気は生物が住む星にだけあり、宇宙空間には空気などない。
だが、汰華琉がある学生のグループを見ると、「…空気が悪い…」と雅が呟いた。
「そう、意見が合わず喧嘩でもして、
雰囲気が悪く感じる。
この星は、それほど安全ではない。
きっと、星を取り囲む空気が悪いと、
よくないことが起こると思う。
特に最近は、なぜか犯罪に巻き込まれることが多い。
ニュースでもひっきりなしだ。
宇宙の空気が悪いことで、
引きずられるように、
悪いやつがさらに悪くなっているのかもしれない…
雅もいろいろと思い浮かんだと思う。
もし夢の続きがあれば、
思いついたことを何でも聞いておいて欲しいんだ」
汰華琉の言葉に、「…一緒に寝てぇー…」と雅は大いに汰華琉に甘えて、左腕を抱きしめた。
汰華琉は大いに考え込んで、「久しぶりに、それもいいな」と穏やかに答えた。
「…心配だからあたしもぉー…」と美貴が言ったが、「身の危険を感じるから断る」と汰華琉は堂々といった。
「じゃあそろそろ帰ろう。
暗くなってきたから送るけど?」
汰華琉の言葉に、「…今日は泊まりたいなぁー…」と美貴はおねだりするような目をして汰華琉を見た。
「だったら理事に話をつけてくれ」と汰華琉が常識的に言うと、「…さすがに、今年最後の日、だもんなぁー…」と美貴はぶつぶつと言いながらも、山城に連絡した。
美貴は用件を言ってからしばらくは無言だったが、「…それ、ほんとなの?」と眉間にしわを寄せて言った。
「じゃあ、そうするから」と美貴は早口で言って、通信機を切った。
「美都子も泊まるって!」と美貴が叫ぶと、「へー… そんな話になってたんだな… まあ、俺んちじゃないし、美貴が決めろよ」と汰華琉が投げやりに言うと、「…汰華琉に決めて欲しいぃー…」などとしおらしく言っていたが、結局は小さい人間などと思われたくないようで、美都子の宿泊を許可することにしたようだ。
汰華琉は静磨にも声をかけ、両親に快い返事をもらったようで、仲間になることに決まった。
「本来ならば、四人そろって同じ家に帰ることが一番いいと思うんだ。
一番の理由は、人質に取られることがないはずだから」
汰華琉の少々無碍な言葉に、「…心配してくれてありがと…」と美貴はかなり投げやりに礼を言った。
城に帰ると、顔中を引くつかせている美都子のよくわからない笑みに出迎えられた。
「今日は特に長い時間、本当にありがとう」と汰華琉が心の底から礼を言うと、「…あ、あ、いえ…」と美都子はこれから話す件について、大いに罪悪感が沸いていた。
「美都子さんの都合で、住み込みでもいいんだ」
汰華琉の寛大な言葉に、「よろしくお願いいたします!」と美都子が腰を直角に曲げて礼を言うと、雅が美都子に抱きついて、「うれし!」と叫んだ。
「お姉ちゃんがもう一人できてよかったな」と汰華琉が言うと、雅は満面の笑みを浮かべて汰華琉を見た。
美貴が右手の親指を立てて汰華琉に向け、「こいつは変態だから気をつけた方がいい」と怒った表情で言うと、「じゃあ、美貴は帰った方がいいんじゃないの?」と美都子に言い返されて、美貴は固まった。
「…そうなるか…
俺が変態行為に走って、
美貴に万が一のことがあったら、
山城理事にわびる言葉もないからな。
だから帰るか?」
汰華琉の言葉に、「…くっそっ!」と美貴は悔しがって言って、そして帰る気はなく、ずかずかと廊下を歩いていった。
そして就寝時間となり、汰華琉は雅と同じベッドに入った。
雅は幼いころと行動がまったく同じで、しかも顔まで幼児化しているように見えた。
だが、美貴の代行の監視ということで、熊の巌剛も部屋にいる。
「あ、雅、ちょっと悪い」と汰華琉は言ってベッドを出て、眠っている巌剛の額の辺りに触れた。
すると巌剛は目を開いて、『…クーン…』と子犬のように鳴いた。
「いや、心配するな。
明日の朝、栗鼠も同じようにして治してやる。
それに部屋が暗いから、
目の保護がいらないから都合がいい」
「あ、連れてきた」と雅は言って、胸ポケットに指を差した。
そこには頭だけを出している栗鼠がいる。
「…よく押しつぶさないもんだ…」
汰華琉が呆れたように言うと、「危ない時はちゃんと逃げるよ?」と雅は答えて笑みを浮かべた。
「動物の睡眠は浅いからな。
それは大いに言える」
汰華琉は言って、巌剛の両方の目の端に両手のひらを添えて、「…ふー…」と息を吐くようにゆっくりと声を出した。
すると巌剛がいつもはしない、辺りを見回すように首を振った。
「あ、見えてるようだな。
成長段階で、視神経がつながらなかったようだ」
汰華琉は笑みを浮かべて、「さあ、次はお前だ」と栗鼠に向けて言うと、栗鼠は雅のポケットから出てきて、恐る恐るだがベッドに飛び降りた。
汰華琉は巌剛と同じようにして施術をすると、栗鼠は巌剛と同じように首を左右に振り始めたので、「きっと問題ないはずだ」と汰華琉は明るい声で言った。
「今日は寝ろ」と汰華琉が言うと、一頭と一匹は素直に床に転んで瞳を閉じた。
「…あー… 今回も見えないぃー…」と妙に明るい声が聞こえた。
「あなたが万有桜良さんですか?」
今は夢の中で、汰華琉が聞くと、「うん! そう! そしてあなたのお母さん!」と桜良は答えて、けらけらと笑った。
汰華琉は気恥ずかしい思いが心地よく、このまま浸りたかったのだが、「宇宙の空気が悪い件について、具体的に教えていただきたいのです」と懇願すると、「うん! いいよ!」と桜良は陽気に答えて、少し長い話をした。
「…そうですか、現状では自力では無理…」
「だけど言ったように抑えることはできるから!
その星に、悪魔がひとりだけいるから、
探し出して協力を仰いだ方がいいの!」
「…そうでしたか… そいつが犯人か…」と汰華琉がつぶやくと、「え? なになに?!」と桜良が興味を示したので、今度は汰華琉が長い話をすると、「きっとね、近いうちに現れるわよ」と桜良は意味深な雰囲気で言った。
汰華琉は能力者となった日に沸いて出た知識以外の知識を長時間をかけて仕入れて、気がついた時は雅の部屋の天井を見ていた。
「…一緒に寝てもらってよかった…」と雅は言って、汰華琉に抱きついた。
「…ああ、すっげえ物知りになった…」と汰華琉は明るい声で呟いた。
「さあ、学校に行くぞ」と汰華琉が言うと、「あ! そうだった!」と雅は叫んで飛び起きてから、パジャマを脱ごうとしたが、「着替えは俺が出て行くまで待ってくれ」と汰華琉は苦笑いを浮かべて言った。
汰華琉は巌剛だけを連れて部屋を出ると、巌剛は汰華琉を先導するようにして堂々と前を歩いた。
「明るいところに出たら気をつけろよ。
まあ、動物だから、
言われなくてもわかっているんだろうけどな」
汰華琉は言って、巌剛の逞しい背中をなでた。
「…見えてるじゃない…」と美貴は言って、手に持っている朝食のおかずを巌剛に与えた。
「ああ、いつもとは動きが違う。
いつもは目で追わず、鼻で追ってたからな。
きちんと目は見えいているようだ」
汰華琉が明るい声で言うと、「ですが、大丈夫なのでしょうか?」と美都子が心配そうに眉をしかめて言うと、「今更自然には戻れないさ」と汰華琉はさも当然のように言った。
「そんなことをすれば、捨てられたと思ってやさぐれて、
森の王者になって復讐心に燃えて俺たちを襲いにくる」
汰華琉が少し笑いながら言うと、「…そうね… 嫌われたくないわ…」と美貴は言って、巌剛の首に抱きついた。
「それに、俺の鍛錬の教師だったからな。
生活を今と変えることはない」
汰華琉の頼りになる言葉に、雅は笑みを浮かべて汰華琉を見上げた。
夢での積もる話は後回しにして、五人で学校に向かった。
「メイド服で?」と汰華琉が眉を下げて聞くと、「お休み中の私の制服ですから」と美都子はさも当然のように言った。
高校の校門の前で雅と静磨と別れたのだが、「ん?」と汰華琉は言って、九死に一生を得た、WNAで働いている秘書官を見つけた。
そして美貴が、「そう、あの子よ」と言って少し眉を下げた。
「三つ写真を並べて、何人が同一人物だって思うだろうね。
典型的な目立たないタイプのめがね女子。
胸が大きいのはなんとなくわかる程度で、
アピール感がないから、
そういった下着を使っているようだね。
三つのどの性格が、彼女の真実なんだろうか」
汰華琉の自問自答に、「話した感じとしては、今の彼女よ」と美貴は答えた。
「彼女はまた別の一面でも有名人です。
WNAヤハン支部には、親の意地で行かせているはずです。
WNAの理事や委員になるには、
家族全員が清廉潔白でなくてはならない。
彼女はもちろん問題ありませんが、
兄ふたりに問題が大ありなので」
メイド服姿の美都子の言葉に、「…富豪の娘でもいろいろだね…」と汰華琉は言って、わずかに歩いてから大学の校門を見上げて、笑みを浮かべてから三人でくぐった。
汰華琉と美貴はふたりして新年の挨拶と入学式を兼ねた会場にいた。
学長の、それほど心に響くことがないおざなりな入学の祝福の言葉と、新年の挨拶を聞いてから、二人は参考書類が置いてある売店に行った。
販売は今日からなので大盛況だが、学部ごとにひとまとめにして売られているので、人の流れはスムーズだ。
汰華琉はすべての学部の参考書を買って、ご満悦の表情だった。
「…全部やっちゃうのね…
みんな、目を見開いていたわよ…」
美貴も目を見開いて言うと、「この程度は当たり前だ」と汰華琉は言って美貴とふたりして校門を出た。
美都子、雅、静磨の三人と合流してから、汰華琉と美貴は荷物があるので、一旦城に戻った。
そして汰華琉は荷物を置いてすぐに、江南警察署に向かった。
受付で手続きをしていると、呼び出されたようで署長が飛んでやってきて、汰華琉を歓迎して応接間に誘った。
汰華琉は臨時としては異例の、全国でもトップの検挙率を誇っているので、署長としても鼻が高いようだ。
新年の挨拶を述べ合ってから、署長は大いに眉を下げて、「…あまりにも犯罪が多すぎます…」と嘆いた。
「はい、まだまだ増える可能性があります。
その原因はわかっているのですが、
能力者でもそう簡単には正せないのです。
いえ、できないと言っていいでしょう。
ですから今が正念場と思っておいてください。
それを正せる人物が、この星にひとりだけいるのですが、
説得しても応じない可能性が大きいのです。
ひねくれて逆恨みをしていると思いますので。
運がよければ協力もしてくれるのでしょうが、
すべては接触してからですね」
汰華琉の言葉に、「いや! それは大いなる希望ですぞ!」と署長は機嫌よく言ってから、「…あ、今の件、さわりだけでも公表しても?」と下手になって聞いてきた。
「実は、盗聴ではなく能力で今の話を知った可能性もあります。
ですから、すべてを公表してもいいでしょう。
なんならさらに根本的な部分からご説明差し上げてもいいのですが、
自暴自棄になって暴れられても困るのです。
よって、やつが現れるのを大人しく待っていようと思っているのです」
それならばと、署長は胸を叩いて、汰華琉の希望通りにまずは警察省総括本部に報告書を提出することに決めた。
汰華琉はその足でWNA本部ヤハン出張所に行き、山城理事と新年の挨拶を交わした。
家族ぐるみでは明日に新年会を行うことになっている。
そして警察に話したことと同様の話をして、山城をうならせた。
「やはり、WNAの関係者にいたのか…」と山城は少し気落ちした声で言った。
「WNA創始者の、ケン・イシザワでしょう。
そしてそのあとも、名と姿を変えて、WNAにいたはずです」
山城は予想していた名が出てきたので、うなだれて首を横に振っただけだ。
「私が能力者に開花して知りえた事実と、
雅に便乗して、異星人との接触を果たして得た知識をあわせて、
ある程度の目処は立ったのです」
山城はこの言葉には目を見開いてから、「…さすが能力者…」と言って、汰華琉に頭を下げた。
「ですがそれは根本がわかっただけで、
今のところは解決は不可能です。
ですから、こちらからは探らずに、
やつの出方を待つことにしています。
今頃は、城を訪れようかと考えているかもしれませんね」
「うっ!」と山城は叫んで、真っ先に美貴の心配をした。
「三年前のようなことはもうやるなと、
三年かけてしっかりと言い聞かせました」
汰華琉の優しい言葉に、「…何から何までありがとう…」と山城は心の底から礼を言った。
「お父ちゃんのためだったら、どんなことでもなんでもないことさ」
汰華琉の頼もしい言葉と、初めて言ったお父ちゃんという言葉に、山城は大いに感動して涙を流した。
「やつも、感動してくれたらいいなぁー…」と汰華琉は願いを込めて言った。
汰華琉は周りに気を配りながら城に戻ったが、変わったことは何もない。
そして城にも異変はない。
もしも異変があれば、雅がすぐに知らせてくるからだ。
連絡する機器がなくても、どこにいても、テレパシーである念話でつながることは確認済みだ。
そして、妙にのんびりとした居間に入ると、「おかえり!」「お帰りなさいませ」という雅たちの言葉に癒された。
テレビでの本格的な正月番組は昼からなので、今はお堅いニュース番組の時間だ。
世界各地でのそれほど大きくない紛争や、ヤハン国内での犯罪などが一気に並べ立てられ、正月なのに気持ちは一気に下がっていく。
これが、宇宙の空気が悪いことが原因だとすれば、「何とかしろ!」と何もできない者たちばかりが声を荒げるだろう。
そしてできないと知れば、ほとんどの者が犯罪に走るだろうと、汰華琉は最悪の事態を想定した。
そうなれば、またパンデミックを誘うことにもつながるだろう。
だがやつは、それを狙って何もしないのだ。
そしてやつ自身も、どうすればいいのかわかっていないはずだ。
だが幸運への道もある。
やつにとって大切なひとつの魂を取り戻すことを条件として言って来るだろうと、汰華琉は桜良との話の中から予測していた。
さらには各地で生まれ始めた能力者だ。
公認はわずか八名だが、その数倍はいるはずだと汰華琉は考えている。
やつはそういう者たちを生んでいるのだろうかと、漠然と考えた。
だが、汰華琉と雅は違うと考えている。
ふたりは別口で、特別なのだろうと漠然と考えていたがこれも違っていた。
この星の能力者は、資格があって生まれてきているはずなのだ。
そして静磨と美都子のかすかに感じる能力者のにおいも同じだろうと考えながら、汰華琉は雅たちを見た。
「美貴にだけに重ねて言っておきたいことがある。
あ、みんなも聞いておいてくれ」
汰華琉のいきなりの言葉に、誰もが緊張していた。
汰華琉は真剣な目をして美貴を見た。
「これが最後だ。
三年前のようなことは絶対にやるな」
汰華琉の言葉に、「…一番聞きたくない言葉だったけど、守るわ…」と美貴は気弱そうな笑みを浮かべて言った。
戸惑ったのは美都子と静磨で、汰華琉と美貴を交互に見ている。
「公的には疾病扱いにしてもらったが、
四年前、美貴は毒を飲んで死にかけたんだ」
汰華琉の言葉に、「えっ?」と美都子も静磨も驚きの声を上げた。
「もちろん、自殺なんかじゃない。
何かを感じたようで、
山城理事が手をつける前の食事を食った。
山城理事は、暗殺の憂き目にあっていたんだ。
実行犯は捕まったが、命令した者は誰だかわからない。
俺の勘がひとりを示唆しているんだけど、
言える段階ではない」
汰華琉の言葉に、「自分の地位を守るために決まってるじゃない」と美貴は吐き捨てるように言った。
「…そう… やっぱり、WNA理事長ね…」と美都子は今までの自分の考えと総合して言った。
汰華琉はひとつため息をついてから、「俺と雅の出現で、大人しくするしかなくなったようだ」と言ってから、鼻で笑った。
「あ、それから、山城理事を始めてお父ちゃんと呼んできた」
汰華琉の言葉に、美貴が目を見開いて汰華琉を見て、そして抱きしめようとしたが、汰華琉はすぐさま逃げた。
「お前と結婚してお父ちゃんになるという意味じゃない!
俺と雅の父として言ったんだ!
お前の都合よく考えるな!」
汰華琉が笑いながら叫ぶと、「…ある意味姉弟でもあるから、結婚は無理…」と今度は逆に落ち込んで言った。
「だから急ぐなと言っている。
すべてはある程度落ち着いてからだ。
ま、ずーっと、落ち着かないとわかったら、
暫定的に相手を決める。
そして、
自己犠牲の道は歩まない!」
汰華琉が叫ぶと、「…え? どうして叫んだの?」と美貴は不思議そうな顔をして言った。
「やつが、それを狙ってんじゃないのかなーと思ってな。
まあ… これはただの俺の勘」
汰華琉の言葉に、雅は笑みを浮かべてうなづいている。
「だがな、やつがいい女だったらありかもな…」という汰華琉の言葉に、誰もが白い目で汰華琉を見ていた。
すると今まで何の反応も示さなかった、巌剛が首を上げた。
「来たぜ」と汰華琉が言うと、誰もが目を見開いて、汰華琉と巌剛を見た。
「さすが相棒、素晴らしい探知能力だ」と汰華琉は言って、巌剛の頭をなでた。
だが、一向に誰もやってくる気配はないが、巌剛は警戒を緩めていない。
「…ふふふ… 迷え迷え、悩め悩め…」と汰華琉が言うと、「…本当はあんたが黒幕なんじゃない?」と美貴がさも平然として言った。
「俺は、最低でも百十数年は生きちゃいないから違うはずだ。
軽く逆算して、やつは百五十年は生きているが、
俺の勘ではもっと上。
この惑星が誕生してからすぐに生まれたと思っているから、
四十億才ほど、かな?」
汰華琉の言葉に、誰もがまた目を見開いた。
「それほど長生きなやつに勝てるわけがない。
力も術も口数も負けて当たり前だ。
だがな、そうでもねえことも夢で知った。
それが俺の希望だ」
汰華琉の言葉に、「すっごい希望!」と雅が陽気に叫んだ。
「雅は、戦闘態勢をとっていいぜ」と汰華琉が言うと、「うん! お兄ちゃん!」と言って雅は汰華琉に吸い込まれるようにして消えた。
「…始めて見たぁー… 見たけど消えたぁー…」と静磨が目を見開いてつぶやくと、美貴は同意するようにして、激しく頭を上下してうなづいている。
「雅を守るという意味もある。
俺と雅は運命共同体で、
今の俺たちには怖いものは何もない!」
汰華琉が堂々と叫ぶと、三人が薄笑みを浮かべて汰華琉を見た。
「と、いう俺の希望」という言葉には、さすがに少し気落ちしていた。
すると巌剛が警戒を解いた。
「巌剛、もう少し気を張ってな」と汰華琉が言うと、巌剛はまた首を上げた。
「お前の探知能力を試してやがる。
さらに深く探ってみな」
汰華琉の言葉に、巌剛が、『…グルルルル…』と低くうなってからすぐに眠る体制になった。
「そうかい、わかった」と汰華琉は言って、巌剛の頭をなでた。
「今回は出直すそうだ。
だからこそ、意表をついた出現には覚悟が必要だ。
俺が警戒を解いたとたんに、現れるかもしれんからな。
雅が機嫌がいいので、このままでもまったく構わんけど。
でも、楽しい行事をふたりで楽しめないぞ」
汰華琉の優しい言葉に、すーと音もなく雅は汰華琉の前に姿を現して、汰華琉に抱きついた。
「この辺りにはいないよ!」と雅は陽気に叫んだ。
「ま、ちょっとした犯罪を起こしにでも行ったかな。
WNA理事長の暗殺かそれに順ずること…
もちろん、俺たちへのおべっかか、
俺たちを罠にはめるため。
だから、この城に引きこもっていないで、
公園にでも行った方がいいかな?
もしくは、友人を呼ぶ」
すると美貴と雅が猛然と通信機を操作し始めたので、汰華琉は愉快そうに笑った。
汰華琉たちの存在証明が十分に確立した時、予約しておいたWNA緊急ニュースがテレビ画面に現れた。
これはWNA提供により、それなり以上のニュースがある場合、項目を選択しておけば、画面いっぱいにニュース画面となる仕掛けだ。
そしてニュースの内容は世間一般の重大ニュースと、WNAが発表するべきニュースとなっている。
『つい先ほど、WNA理事長、ペテン・ブルグ殺人未遂犯が逮捕されました…』
犯人と断定されているので、確たる動かない証拠があるわけだ。
基本的には、偽装していない映像が残っている場合だ。
その映像も流され、『殺してやるっ! 殺してやるっ!』と包丁のようなものを無尽蔵に振り回して叫んでいるペテンが写っている。
映像はWNAの監視カメラと、警察の監視カメラの映像で、場所はWNA本部のエントランス前の大階段前だ。
誰かを示して暴れているわけではなく、ペテンはすぐさま警備員たちに安全に取り押さえられた。
「…ふむ… まあ、操られてはいたようだけど…」
汰華琉のつぶやきに、友人たちが一斉に汰華琉を見た。
「…たぶんね、幻覚…」と雅が小声で言うと、汰華琉は小さく何度もうなづいた。
「ますますやつの正体は確定だな。
理事長も、やつの存在を知っていた可能性がある。
そしてやつは理事長をいらないものとして示唆して怒り狂った、
ってところかな?
映像には出ていないが、理事長の目の前には、
やつがいたんだろう」
汰華琉の言葉に、雅は眉を下げてうなづいた。
「だけど、本当のことを話しちゃうよ?」と雅が眉を下げて言うと、「…一番、この騒動が治まる方法…」と汰華琉はつぶやいて考え込むと、誰もが顔を見合わせている。
もちろん、亡き者にすることなのだろうが、それだとこの騒ぎの意味がない。
「はあ、なるほどな…
さも真実のように、嘘の情報に操られていたわけだ。
…やつは、なかなか賢いな…」
「…あー、だったら、公表されても何も困らないし、
踊らされていたことにみんな気づくって思う…
きっと、自供した事実は結果が同じでも、
道筋が違うから…」
「ま、いろいろと余罪があるはずだから、
そう簡単には刑務所からは出られんだろうな。
特に、国外に機密情報を流す件は重罪だ。
このヤハンに向けての工作員などの行動も、
理事長が橋渡ししていたものだろう。
そのおかげで、俺たちは富豪になった!」
汰華琉が陽気に言って大声で笑うと、誰もが困惑の笑みを浮かべていた。
何事も起こらないまま、翌日、汰華琉たちはWNA本部ヤハン出張所に向かった。
このビルは山城家の家でもあり、最上階のペントハウスのワンフロアが住居スペースとなってる。
今日はWNAは表向きは休日で、各事務所は閉まっているが、地下二階から八階までは物販用の貸し店舗は営業中で、この範囲だけは大盛況で人があふれ返っている。
この季節はバーゲンも行われるので、初売りと称して購入意識を高めるのだ。
今のところはモデルチェンジなどは鈍いので、もしもそれがあれば、新製品と値引きされる型落ち製品の販売が好調になって、その売り場だけが異常に混雑する。
汰華琉たちは、今回は住居用のエレベーターホール前にいて、何度か顔を合わせている警備員たちに会釈をして、汰華琉のIDカードを使ってエレベーターの扉を開けた。
汰華琉のカードを使った理由があり、緊急の場合を想定して、最上階までノンストップで昇っていくのだ。
よって、美貴のカードでは、各階でボタンが呼び出されていれば、ごく普通に止まることになる。
さらには、四方は壁ではなくシースルーになっていて、見晴らしのいい街の景色が一望できるところは、雅が特に気に入っている。
最上階に到着して、美貴が一番に降りて、「じゃ、着替えてくるわ」と言って、一室のドアを開けて入って行った。
美貴だけが通学用の私服だったので、新年パーティー用のドレスに着替えるためだ。
よって、汰華琉たちも、それなり以上にめかしこんでいた。
「…もう、使うことになったぁー…」と静磨は言って、カフスとタイピンに笑みを向けて見ている。
そして美都子もいて、服装はメイド服だ。
「…ま、今年もだろうが、気にすんな…」と汰華琉が意味ありげに言うと、「…うん、だけど…」と雅は言って小首を傾げた。
汰華琉たちは美貴を待つことなく、本宅の呼び鈴を押すと、すぐさま山城の妻の美紗子が扉を開けて出てきて、「お母ちゃんよ!」と気さくに言って、汰華琉と雅を抱きしめた。
ここまではいつも通りで、二人の機嫌はいい。
問題はここからなのだが、美紗子に誘われてパーティーホールに行ったが、そこには家長の山城しかいない。
後から来るのだろう、などと汰華琉は思いながらも、山城と改めて新年の挨拶を交わした。
「美貴が来たら、早速始めよう」と山城が言うと、―― あ、なるほど… ―― と汰華琉は思い、雅と顔を見合わせた笑みを浮かべた。
山城の跡継ぎの長男と次男は、汰華琉と雅の存在を気に入っていないのだ。
よって特に雅はこの日が嫌いだった。
しかし、山城の手前、出ないわけには行かないので、常に汰華琉の影のようにして寄り添っていただけだ。
さらにはいつもであれば、様々な取り巻きもいるはずなのだが、どうやらこないようで、広い会場には、わずか六人しかいない。
そして着飾った七人目がやってきて、「今年が一番楽しいはずだわ!」と美貴は陽気に叫んで、わずかに早足で歩いてきた。
「でしたら、ボーイとメイドも時々入れ替えますか」
汰華琉の言葉に、「…おお… …汰華琉たちがそれでいいのなら…」と山城は少し感動して言うと、美紗子も同意して喜んでいて、主役たちよりも人数が多いボーイとメイドに、やさしく説明していた。
汰華琉は山城夫婦のやさしさをさらに知ったが、それだけではないように感じていたが、この時はそれほど気にならなかった。
「ここ限定で、手品もお見せしましょう」
汰華琉は明るく言って、乾杯用のグラスを操って、山城の目の前に浮かべた。
「…別料金、発生しない?」と山城が眉を下げて聞くと、誰もが愉快そうに笑った。
ボーイとメイドも主役たちの仲間になって、気持ちいいほどのはじけるような乾杯をして、新年を祝った。
「三人ほどは知らない子ですね」と汰華琉が言うと、「ああ、施設の子の紹介で、高校二年と一年だ」と山城は笑みを浮かべて答えた。
汰華琉は何かを疑っているわけではなく、その三人のうちのひとりに、美都子や静磨と同じものが見えたのだ。
「プチピザ、いかがですか?」とメイドのひとりが汰華琉たちに声をかけると、「ありがとう」と汰華琉は言って、メイドの持っているトレイから、ピザを取った。
「君は、雅と知り合いかい?」
「あ、はい! 選択授業で、同じ絵画を!」とメイドは答えて、雅に頭を下げた。
美術系の選択授業は学年関係なく授業を受ける場合もある。
すると雅がこれ見よがしに、汰華琉に満面の笑みを向けた。
「じゃ、今から君はこっち側の人間で」と汰華琉は言って、メイドのトレイを奪ってから、主役たちにピザの出前に行った。
「…うふふ… やっぱり気づいた」と雅は楽しそうに言って、メイドの秋田誉に笑みを向けた。
「…あ、あのぉー… こっち側ってぇー…」と誉が戸惑って聞くと、「郡山君と同じような感じで、能力者の卵?」という雅の言葉に、誉は目を見開いた。
「不思議なこと、あったと思うの」
誉はここは正直に、「…すっごく遠くまで見えることがありますぅー…」と呟いた。
「不確実なわけね…
きっとね、避けて通っていることがあるって思うの。
物理的にも精神的にも」
「…あー…」と誉はため息混じりに言ってうなだれた。
「お兄ちゃんが何とかしてくれるわっ!
あなたはすっごい戦力になれるのっ!」
雅の陽気な言葉に、山城は喜ぶよりも頭を抱え込んでいた。
「おーほっほっほ! 私の睨んだ通りだったわっ!」と美紗子は機嫌よく言ったが、特に誉の能力などを見抜いていたわけではない。
「…そんなぁー…」と静磨が嘆くと、「それがだめなんだって、お兄ちゃんもあたしも言ってるよ?」と雅が穏やかに諭すと、「…うん… …負の感情を流さない!」と静磨は空元気を放出して、汰華琉の真似をして大声で笑った。
「…あたしには沸かない…」と負の感情を大いに噴出して美貴が嘆いた。
「じゃ、ここで手品第二弾!」と前掛け姿の汰華琉が叫ぶと、誰もが注目した。
「考えられる能力の中で、
三つほどはまだ開花した者は現れていない。
もっとも、能力者の存在を黙っている国が
あることはわかっているんだけど、
飛行術については黙っていられないと思うんだ。
確実に本人が飛び回って、簡単にばれるから」
汰華琉の言葉に、誰もが少し笑ってうなづいた。
すると、汰華琉の体が五十センチほど宙に浮いていて、人がいない場所にゆっくりと移動を始めたのだ。
「…うっそぉー…」と一番に言ったのが雅だったので、誰もがさらに驚いていて、手品ではなく能力で浮いて飛んでいるとしか考えられなかった。
「ま、これが外に漏れたら一大事だから、
あえて先に公表した方がいいだろうね。
しかもこれは、超能力と言われる術じゃないんだよ。
これは誰もができなかったものだが、
誰にでもできる可能性があることでもあるんだ」
まるで汰華琉の謎かけのような言葉に、誰もが汰華琉の動きに釘付けになっている。
「…お外にお散歩に行くぅー…」と雅が幼児のように言い始めたので、「大騒ぎになるから我慢しな」と汰華琉は言って、今度は体を横にして、天井に張り付くようにして、まさに宙を飛んでいた。
「この真髄は体術で、気功術というものなんだ。
この体術のメリットは、
何の見返りも必要ないってところ。
サイキックなどは、それなり以上に疲れるけど、
こうやって飛んでいてもまったくそれがない。
なんなら、会が終わるまでずっと浮かんでいてもいいほどだ。
そしてこの気功術の真髄は、
信じて疑わないことだ。
少々疑り深い静磨は性格を変えなきゃ、
習得は難しいだろうね」
「…やっぱりかぁー…」と静磨は嘆いたが、「先輩の言った事に間違いなどはない!」と胸を張って叫んだ。
「さらにだ、今朝のこと」と汰華琉は言って、雅を見た。
「リスリスちゃんと巌剛ちゃんの目が見えるようになったの!」
雅の叫びに、「…マジか…」と山城は言って、呆然とした。
「動物様はお助けしないとね。
各地を順に回っていくから。
もちろん、治っても野生には戻さないはずだから、
天寿を全うするまで共同生活だね」
「…あ、ああ… それはWNAでも推奨事項だ…」と山城は呆然として呟いた。
「この気功術の可能性はまだまだあるけど、
俺の場合は降って沸いて出てきた。
だけど、その真髄の話はできるから、
俺の前世で、かなり鍛え上げて習得したもののようなんだ。
そして現世でも肉体を大いに鍛え上げ、
比較的雅の世話になって能力者となった時に、
一緒について沸いて出たんだ。
まあ、いろいろとかなり鍛えたから、
その恩恵でもあるんだろうね」
汰華琉は言って、ゆっくりと床に足を下ろした。
「うん、まったくのノーダメージ。
術も切れない。
夜になったら、夜空の散歩だ」
汰華琉の言葉に、「…すっごく楽しみぃー…」と雅は手を胸の前で合わせて陽気に言った。
「雅もまだ不完全だからな。
喜ぶことはなんだってするから」
「…お兄ちゃんと出会えてよかったぁー――っ!!!」と雅は叫んで、汰華琉を力いっぱい抱きしめた。
「あたしも夜のお散歩にいきたぁーいっ!」と美貴が駄々っ子のように叫ぶと、「…ふむ…」と汰華琉は言って雅をやさしく引き離してから、雅、美貴、静磨、美都子、誉を宙に浮かせて、六人で会場内を飛んだ。
「…ああ…」と誰もが言って、六人を見入っている。
場内を五周ほどして、汰華琉は五人を床に下ろして、汰華琉も床に足を下ろした。
「ほら飛んだ。
もういいだろ?」
汰華琉の言葉に、美貴は目を見開いたまま、「…夜空じゃないぃー…」と大いに抵抗したので、汰華琉は愉快そうに笑った。
「夜空の散歩は、あにいもうと限定」という言葉に、「学年は一緒だよ? 妹だよ?」と美貴は必死になって大いに抵抗した。
「本当に、妹にしてもいいんだぜ。
戻してくれと言っても戻らないけどなぁー…」
汰華琉の言葉に、美貴は大いに悩んでいたが、「それでもいいっ!」と叫んだ。
「ふむ」と汰華琉は言って、山城と美紗子を見た。
「本当に若返りますが、いいですか?」と汰華琉が真剣な目をして言ったので、「…いや…」と山城は言って美紗子を見た。
「美貴、本当にいいのね?」と美紗子が毅然として聞くと、美貴は大いに戸惑った。
「はい、しっかぁーくっ!」と美紗子は叫んで、愉快そうに笑った。
「じゃ、私を若返らせて」と美紗子が言うと、「能力者候補限定です」という汰華琉の言葉に、美紗子は抵抗することなくうなだれた。
「私は自分で決めたわ! 若返らせてっ!」と美都子は堂々と言った。
汰華琉が雅に目配せをすると、雅は笑みを浮かべてうなづいた。
「俺と雅の意見が一致したから」という汰華琉の言葉に、美都子は、「ありがとう」と少し緊張気味だが、真剣な目をして言った。
汰華琉は美都子に近づき、後頭部、首筋、腰に手を添えた。
すると、「…えー…」と美都子の正面にいたボーイとメイドたちが目を見開いて言った。
「…ああ… 体が軽い…」といつもの美都子よりも少し高い声で言って、大きな姿見の前に立って、「…若返ったぁ―――っ!!!」と叫んで号泣した。
年のころなら、幼く見える雅より、わずかにお姉さんの同級生といった感じで、二十才から十七才に変化したといっていい。
肉体が小さくなったのか、メイド服が少し大きく見える。
「…服、作り直さなきゃ!」と美都子は陽気に言って、「ご主人様! ありがとうございました!」と美都子は少しおどけて、スカートのすそを持って、メイドの礼をした。
「…一歩、進めた…」と雅は言って、満面の笑みを汰華琉に向けた。
「明日の朝、目覚めたら、逆にふけてるかも…」と汰華琉が言うと、美都子は目を見開いたが、「冗談だ」とすぐに言ったので、美都子はほっと胸をなでおろしていた。
「写真とかも取り直したほうがいいね。
ご両親もきっと気づくはずだから、
先に言っていた方がいいかもね」
「…指紋照合と角膜照合ができるからたぶん大丈夫ぅー…」と美都子は腰をくねらせて言った。
「顔認証は、たぶん大丈夫だろうけど、
変更しておいた方がいいかもね。
写真も撮り直しかなぁー…」
「…うん… そうするぅー…」と美都子は言って、これ見よがしの満面の笑みを美貴に向けた。
「美貴、本当にいいのか?」と山城が大いに煽ったが、美貴はうつむいたまま答えなかった。
「…あたしの手、ずっと握っていてくれた…」と美貴は汰華琉を見て言って、涙を一滴流した。
「戻って来い、こっちだ、こっちだ、って…」
「ああ、ずっと唱えてた」
汰華琉は穏やかに言った。
「…あの日に戻して欲しい…」
「ああ、もちろんだ」と汰華琉は言って、美貴に近づいて、後頭部、首筋、腰に手を添えた。
「ん?」と誰もが言って、美貴を見入った。
「もちろん成功だぞ」と汰華琉が言うと、美貴は走って姿見を見てから、「なんにも変わってないじゃない?!」と叫んで大いに荒れた。
「肌、きれいだよ?」と雅が言って、頬に触れると、「え?」と美貴は言って、手を顔に当ててなでまくり始め、そして腕に触って、「…さっきまでとぜんぜん違うぅー…」と言って、ようやく笑みを浮かべた。
「…あの時から、ふけてたのね…」と美貴は大いに嘆いてうなだれた。
「若返ったと実感できるのは、十三ほどかなぁー…
だけど、身長がすっごく縮む」
「…これでいいですぅー… ありがとうございましたぁー…」と美貴は覇気なく礼を言った。
「…若返りたいぃー…」と美紗子がうなったので、山城が大いになだめていた。
「だが、知らなかったことを知れてよかった」と山城が穏やかに言って汰華琉、雅、そして美貴を見て笑みを浮かべた。
そして今更ながらに美紗子が涙を流して、汰華琉と雅を抱きしめて、「…ありがとう…」と心を込めて言った。
「…能力者かもしれないから若返らせて?」と美紗子が言うと、「お母ちゃんには何にも感じないよ?」という雅の死刑宣告の言葉に、美紗子は大いにうなだれた。
山城と美貴が大いに笑って、他の者たちは控えめにクスクスと笑っていた。
大いに楽しい時間を過ごしていたのだが、一本の電話で山城の表情が変わった。
「…ふむ… 緊急出動かな?」と為長は言って、着飾っている服を見た。
「ま、上着を脱ぐだけでいいだろう。
強敵だったら、ふざけていると思わせて怒らせることも可能だ」
汰華琉の言葉に、「うふふ…」と雅は賛同するように笑った。
「汰華琉、念のため待機だが、
さっきの今で悪いのだが、現場に飛んでくれないか?
場所は山海島軍基地だ。
戦闘機の領域侵犯で、最新鋭機らしい。
WNAの軍も向かったが、
太刀打ちできんかもしれん…
攻め込んできたのはイマール国軍機のペイント。
イマールは否定しているそうだ」
「捕まえた方がいいわけですね。
危険がなければそうします」
汰華琉の言葉に、雅は姿を消した。
「じゃ、行儀が悪いですけど、窓から飛んでいきますから」と汰華琉は言って非常用の小窓を空けて外に飛び出して、宙に浮かんだまま会場内に向けて手を振ってから、北に向かってすっ飛んだ。
「…遠くじゃなければ…」と静磨は大いに悔しがった。
そしてニュースとして、山城が仕入れた情報の手前ほどの報道も始まった。
新年早々に、まさに国中が大いに緊張する時間となった。
「…ふーん… あれだが、燃料切れ?」
汰華琉の言葉に、『チャンスねっ!』と雅が陽気に言うと、汰華琉はもうすでに、一機の戦闘機の真下にいて、能力を使って武器弾薬を回収して宙に浮かべ、戦闘機よりも早い速度で飛んで、右手の小指を口に当てた。
「美貴! 一機降ろすと軍に連絡!」
『了解!』と小気味いい声で美貴が答えた。
汰華琉は戦闘機をもてあそぶようにして旋回していると、『着陸許可』の手旗信号が滑走路上で確認できたので、急ブレーキをかけるようにして空中に静止して、武器弾薬を慎重に降ろしてから、戦闘機を降ろした。
そしてまたすっ飛んでいって、戸惑っているような戦闘機を一機確保して、もう一機は空中に停止させた。
両方の戦闘機から武器弾薬を回収して、二機とも滑走路に降ろし、汰華琉はそのまま何も言わずにパーティー会場に向かって飛んだ。
「終わったから帰る!」と汰華琉が通信を送ると、『了解! お疲れ様!』という美貴の明るい声が返ってきた。
「いやぁー! いい運動になりました!」と小窓から入って来た汰華琉の言葉に、誰もが拍手をして笑みを浮かべていた。
「ニュースニュース!」と汰華琉が言うと、雅が笑みを浮かべて汰華琉から出てきて、ソファーに座った。
『…え? え? これ、ほんとにいいの?』とキャスターが大いに戸惑っている姿を見て、汰華琉と雅が愉快そうに笑った。
『飛来してきた戦闘機を三機、信じられない方法で確保です!
スーツ姿の男性が、戦闘機三機を壊すことなく、
さらに一番安全な方法をとり、
山海島基地の滑走路に降ろしたそうです!
よって、被害などは皆無と、軍からの発表がありました!
もちろん、冗談でもなんでもなく、
戦闘機よりも早く空を飛ぶ人間が現れたのです!
最新の情報は、軍からの発表があり次第、お知らせいたします!』
キャスターの報道が終わると、会場は拍手で包まれた。
「ま、この先の追加情報はないだろうね。
もっとも、攻めようとした国は、
それなり以上のペナルティーを食らうんだろうけど。
WNAなら、確実にすべてを報道したんだろうけど。
…あ、面白いこともできるぞ」
汰華琉は言って、ビデオレコーダーに触れて雅と手をつないだ。
そして、『戦闘機確保』という題名の録画映像を再生した。
「ちょっと酔うかもな」と汰華琉が言うと、まさに汰華琉視線の映像が流れ、半数の者は目を回していた。
「…きちんと見てないとだめ…」と静磨は気合を入れて目を見開いている。
「…はあ… 何かあったら、これを提出だな…」と山城は言って苦笑いを浮かべた。
「確実に偽装で、乗組員はイリス国兵でした」
汰華琉の言葉に、「ま、わが国とは、戦争とまでは行かないが、欲を噴出させているから、大いにありうる」と山城はため息混じりに言った。
「やはり、補給艇もいるね。
全力を出すと思っていたよりもあまりにも速かったから、
視界に入っていても認識できていなかった。
これも、今後の課題だな」
汰華琉の言葉に、「…まだまだ程ほどでいいぞ…」と山城は眉を下げて言った。
「…たぶん、やつの俺の実力試験かもしれませんね…
もしも破壊していたら、これ見よがしにここに来たかもしれません。
鬼の首を取ったように、
壊すことしかできないのか!
などと言いそうです」
「…逆に、媚を売りに来る?」
「はい、それも考えられます。
君は合格だから、俺の願いを聞いてくれ!
など…」
汰華琉の言葉に、山城は愉快そうに笑った。
「一応は答えを持っていますし、
やつの願いを叶えられるかもしれません。
ですが、さらに確信を得てからでもいいでしょう。
俺が確実に、やつの願いを叶えられるとやつが確信するまで。
そうすれば、この世界も多少はマシになるでしょう」
山城は逞しい息子に、一度だけ背中を強く叩いた。
ヤハン国はWNAを通じて、イリス国に対して、すべての証拠を提示して、猛然と講義した。
もちろん全世界に向け報道もされ、イリス国軍上層部の数名が国家反逆罪として死刑と決まった。
そしてWNAの取り決めによる賠償金も支払われることになり、イリス国軍は、閉鎖を余儀なくされた。
補給艇の画像だけを最重要証拠として突きつけて、山海島を占拠する意思があったとみなされたために、イリス国にとっては、知らなかったでは済まされなかったのだ。
もちろん、イリス国にもヤハン贔屓の国民も多くいて、政治家を大いに糾弾し、代表を引き摺り下ろす事態にも発展した。
国政は大いに揺れ、イリスから亡命する者も相次いだ。
イリスはついには国政が成り立たなくなり、WNAが大半を占拠し、残った国民のために大金を支払って、国土のほとんどを買い取った。
そして、一大動物王国を作り上げる計画を立ち上げ、すべてが終結した。
WNAの自然回帰事業としては、まずは動物だけが住む保護区を作り上げることと、太陽光パネルの設置だった。
現在の発電はすべて太陽光発電に頼っていて、無理なく充電するために、バッテリーの開発にも大いに力を入れている。
よって、まったく発熱しない発電にまで引き上げて、エネルギー問題は一気に解決している。
これは北の大国の国民がすべて消え去ったあとに始めた事業で、もう百年近くになる。
この星の人口が十億人程度に減ったことにより、この地だけで星中の電力がまかなえるようになったのだ。
よって、地下資源産出も禁止とされて、道路を走っているのは電気自動車だけとなっていて、飛行機も小型軽量の電気充電と太陽光パネル搭載式旅客機をひっきりなしに飛ばしている。
今回の大きな事件で、ヤハン国は今までの騒動がなかったように静まり返った。
『悪いことは絶対にできない』と誰もが思い始めたからだ。
警察の調べによると、事件があってからは、軽犯罪などは半減したようで、汰華琉の出番も大いに減っていて、繁華街などでの捕り物はほとんどなくなった。
だがこれは一時的なものだと汰華琉は思っている。
毎日ではないが、夢に桜良が現れるようになった。
それは、汰華琉がひとりで寝ている時にだ。
しかし、辺りは暗く、桜良の明るい笑顔を拝めることはなかった。
この星近隣の宇宙の空気は悪いままだったのだ。
「メイド服通学にしたの?」と汰華琉が妙にかわいらしくなった美都子の頭をなでながら言うと、「…恥ずかしいですぅー… うれしいけどぉー…」と美都子は機嫌よく言った。
「雅とはまた違うかわいい妹のようだ。
もてるんじゃない?」
「睨んでやりますから、問題ないですぅー…」
美都子の回答に、汰華琉は愉快そうに笑った。
「…美都子ばっかりかまって…」と美貴はご機嫌斜めだ。
「登校だけのことじゃないか…
美貴とは講義も昼食もいつも一緒だぞ?
美都子さんとは三日に一回ほどだ。
それに、きっと近いうちにいいことがあるはずなんだ」
汰華琉の言葉に、美都子は手を合わせて喜んだが、「…あーあ、もうついちゃったぁー…」と美都子は幸せな時間が終わったと、「では、今日はお昼をご一緒に」と言って頭を下げて、絶望しかないような重そうな足を校舎に向けて歩いていった。
「まだ時間がある、コーヒーでもどう?」
「行くに決まっている!」と美貴は憤慨しながら、汰華琉をおいてずんすんと歩いていった。
そして振り返って、「さっさと来る!」と自分勝手に叫んだ。
学生ばかりのカフェで、「…仕事、減ったな… 身体能力を上げるのは実戦が一番いいんだが…」と汰華琉は嘆くように言うと、「…このまま平和にならないかなぁー…」と美貴は呟いた。
「悪いけどそれはないね」という汰華琉の言葉に、「…はー…」と美貴は長いため息を吐いた。
「…きゃー、きゃー…」と小さな声で、女子学生の声が聞こえる。
「まさか、何か漏れた?」と汰華琉は辺りを見回さずに言うと、「…そんな情報はないわよ…」と美貴はふてくされて答えた。
すると美貴の通信機が、『ブーン』とうなった。
「なぜ俺のは鳴らないんだ?」と汰華琉は不思議そうに言った。
メールだったようで、美貴は真剣な目をして文面を読んだ。
そして、「…漏れた…」とつぶやくと、汰華琉は小声で笑った。
「どうやら、軍から漏れたみたい…
でもね、これじゃ汰華琉ってわかんないよ」
美貴は言って、通信機に映し出されている写真を見せた。
「髪の毛をひっ詰めてたからな…
まあ、風圧で自然にこうなったんだが…
俺だからわかるけど、ある程度の付き合いがあっても、
顔がわかるのは一部だよな…」
写真に写っているのは横顔で、しかも顔は四分の一も見えていないものだ。
そして、一般には披露していないスーツ姿でもある。
「…このスーツだが」と汰華琉が言うと、「…それだぁー…」と美貴は汰華琉の言葉をさえぎって言って、大失敗をしたという顔をした。
「もちろんオーダーだから、そこから漏れた」
「顧客情報漏えい?」
「…そうね、かわいそ…」と美貴は漏らした相手の行く末を悲しんでいた。
『お兄ちゃん!』と雅からただならぬ雰囲気を持った念話が飛んできた。
「たぶんやつだ、今あったことを詳しく教えてくれ」
汰華琉の落ちついた言葉に、『…落ち着いたわ…』と雅は言って手早く説明した。
「泣きながら教室を出た。
大切なのは廊下に出てからの行動と感情」
『もう泣いていなかった。
背筋をの伸ばしていた。
まるでロボットのようだった。
操られていた』
「今すぐに彼女の教室に行って、廊下から彼女を見ろ」
『わかったわ』と雅は落ち着いて言って、無言となったが、『肩に黒い染み』と言った。
「近くにいるかもしれない。
…いた」
『うん、背後にいる、五メートル』
そして汰華琉は雅に、やつにあるひと言を投げかけろと言った。
雅は振り返り、隣のクラスの女性教師に見える異形の者を見据えた。
そしてすかざず、「卑怯者」と言ってから雅は歩き始め、何事もなく教室に戻った瞬間に、「ちくしょ―――っ!!!」という声が廊下から聞こえ、クラスメイトたちが廊下に近づいて顔を出していた。
「さて、ついに来そうだな」
汰華琉の言葉に、「危険はなかったわけね」と美貴は呆れた顔をして呟いた。
「前にも言ったはずだ。
やつは特に、俺の大切なものには触れない。
それをした時、やつの計画はすべてご破算だからな。
ある程度の理性は残っているはずなんだ」
汰華琉は言って、美貴の手を握った。
「真摯な愛」
汰華琉がつぶやくと、美貴は大粒の涙を流して何度もうなづいた。
このあと、やつからの攻撃はなかったが、講義が始まる前に、汰華琉の目の前に一枚の紙が、隣の女子学生から回ってきた。
「お、うまいな」と汰華琉が言うと、美貴が覗き込んで、「犯人を知ってるわ」と笑みを浮かべて言った。
紙には、カフェで汰華琉と美貴が手をつないでいて、美貴が泣いている姿を少女漫画チックに描いたものだ。
汰華琉はペンを持って、『それは真摯な愛でした』とまるで漫画のタイトルのように書いて、女子学生に返した。
女子学生たちは、「…きゃー…」と小声で黄色い声を上げて、描いた女子生徒に返した。
「ストーリーが広がったはずだ」と汰華琉が言うと、「誰にでも等しく優しいところが妬けるわ」と美貴は薄笑みを浮かべて言った。
「ま、面倒になって聞きに来るかもな。
漫画になって話題にでもなれば、
原案として名前をクレジットさせてもらおう」
「うふふ、記念になっていいかもしれないわ」
美貴が陽気に答えると、また紙が送られてきて、『あとで時間ちょうだい!』と書いてあり、手を合わせて必死感をあらわにしている漫画家風の少女が描かれていた。
汰華琉と美貴は少し笑って、『昼食を一緒に』と書いて紙を返した。
「やつはついに礼儀正しくなった。
感情が今までとまるで違うと感じる」
大学の林のような一角に、数台のテーブルつきベンチのひとつに、汰華琉と美貴、そして高校からやってきた雅と静磨が座っていて、弁当箱を出したところだ。
そして漫画家志望少女が、大荷物を持ってきて美貴の隣に座って、雅と静磨に自己紹介をした。
昼食会はつつがなく始まり、汰華琉が美貴との出会いから現在までをかいつまんで話した。
「…もう… 頭の中では超大作が描けたわ…」と漫画家志望の大潮潮が真剣な目をして言った。
「親はそれほど海が好きなの?
初めて名前まで知って、
ちょっと考えられないんだが…
それに、どちらかといえば男性につけそうなんだが…」
汰華琉の素朴な質問に、「冗談じゃなく、父ちゃん、マグロ漁船に乗っていたから」と潮は恥ずかしそうな顔をして言った。
「他の名前が思い浮かばなかったのか…
だが、雄雄しく育てという親の想いは伝わるかなぁー…」
「あはは、その通りに育ったわ!」と潮は言って、美貴と雅と三人して、弁当のおかずの交換会を始めた。
「あら、出遅れたけどついてたわ」と美都子は言って、汰華琉の正面に座った。
そしてふたりの半生を漫画にすると聞いて、美都子の頭から角が生えていた。
そして、「…読みたくないけど読みたいぃー…」と複雑な感情でうなった。
「…あー…」と潮は言って、手早く弁当を食べ終えて、ラフ画を書き始めたが、手早く、そして十分に感情まで伝わっているように見える、素晴らしい出来栄えの扉絵を描き上げた。
「私が悪者じゃない?!」と美都子は大いに憤慨して、両手でテーブルを何度も叩いた。
「気にしないで先輩、漫画だから」と潮がなんでもないことのように言うと、「…うう…」と美都子はうなって、一旦は矛を収めた。
潮とは知り合いのようで、ふたりがお姫様なのは当然のように知っていたので、さらに想像も膨らむというものだ。
楽しい昼食会を終えて、雅と静磨は高校に戻った。
汰華琉たちは歩き始め、少し大き目の木の根元にひざを抱えて座っている少女に見える者を見て立ち止まり、「今夜、うちに来い」と声をかけると、少女は詰まらなさそうな顔を上げ、こくんとうなづいた。
再び歩き始めた汰華琉に、「…初見だわ… ほとんどの生徒の顔は覚えてたはずだけど…」と潮が言うと、「彼女は魔女だ」と汰華琉が真顔で答えた。
「…あー…」と潮は言って、魔女も絡めるストーリーを付け加えるように考え始めた。
「…必死になれること、考えなきゃ…」と美貴は潮を見て、少しうらやましそうに言った。
夕刻までは何事もなく、汰華琉はひとり城に戻った。
フルタイムの授業を受けていくことになるので、時々しか美貴や美都子と同じ時間に帰ることはない。
汰華琉がリビングに入って、「ただいま」と声をかけると、「おかえりなさい!」と女子多めの明るい声が返ってきた。
やつがまだ来る気配がないことは、帰り道でわかっていた。
「あ、そうだ。
自然科学の実験結果だ」
汰華琉は言って、ここにいる全員に封筒を配った。
「…どんな動物から進化したのか…」と美貴は封筒を拝むようにして言った。
「…あー… かわいいぃー…」と雅が結果を見て真っ先に言った。
「ほう、サクラインコ。
統計はまだ見ていないが、
中期で鳥のやつは見たことないな…」
「…大学に入って早々に卒論に取り組むなんて聞いたことないわよ…」と美貴は苦情を言いながらも、検査結果を見て、「…グロいのばっか…」と眉をしかめて嘆いた。
一種類の動物から進化したという結果はまず出ないので、現在の人体のDNAと、現存する動物たちのDNAを比較して、パターンが近い動物の絵が印刷されているのだ。
そしてここにいる全員は、トカゲとワニを先祖に持っている。
これは統計上、ここにいる六人だけの結果なのは、汰華琉は調査済みだった。
「恐竜人は高確率で勇者という能力者に覚醒する。
その恐竜は爬虫類。
俺たちだけが、どうやら選ばれた存在のようだ。
もちろん、ほかの地にいる能力者たちも、
同じ結果になりそうだ」
汰華琉の言葉に、「…そう… この進化過程を隠したかったのかなぁー…」と美貴が言うと、「大いにあるだろうね」と汰華琉は言って美貴の結果を覗き見た。
「…ふーん… 美貴だけがさらに怪しいな…」と汰華琉が言ったとたんに、「えっ?!」と美貴が叫んだ。
紙にあった印刷が消え、白い紙になったからだ。
「なかなか素晴らしい手品だな。
もう覚えたが、証拠は消された」
「…グロかったから、別にいいぃー…」と美貴は大いに嘆いて、白紙をテーブルの上に置いた。
「きっとな、やつの弱点は美貴だ」
汰華琉の言葉に、美貴もみんなも、時が止まったように固まった。
「美貴が覚醒すると、
やつは従わざるを得ないような事態になる、とかな。
美貴の進化過程から、確実に俺たち側なんだが、
その兆候はまるでないし、
雅もないと言い切っている。
よって、何らかの術で隠されているかもしれない。
…いや、きっと、呪い、だな」
「…あたし… 呪われてる…」と美貴は呟いて体を震わせた。
「安心しろ。
美貴は善の正義のヒロインに決まっている」
汰華琉の力強い言葉に、「…う、うん…」と美貴は答えて、わずかばかりに希望を持った。
まさに、病室のベッドで横になり、汰華琉が希望を与えてくれていたことがまた蘇って、涙を流した。
暗くなる前に夕食を終えると、『ピンポーン』とチャイムが鳴った。
汰華琉が苦笑いを浮かべて玄関に出ると、黒装束の魅力的な女がいた。
「そのまま上がっていいぜ」と汰華琉が言うと、女は何も言わず、感情の変化もなく汰華琉に続いて廊下を歩いた。
リビングに汰華琉よりも背が高い女を通すと、雅を含めてみんなの呼吸が止まった。
まさに、この星にはいない種類の種族がここにいたからだ。
「雅は見てなかったのか?」と汰華琉が聞くと、「…怖いのは覚えてないぃー…」と呟いて身震いした。
「人間の作法に乗っ取って、ソファーにでも座ってくれ。
もちろん、仕掛けなんかないことはわかっているはずだ」
汰華琉の言葉に、「フン」と女は鼻を鳴らしてソファーに腰を落として足を組んだ。
「静磨はこういった女性には強いようだが、
見ほれているようにも見えるぞ」
汰華琉の言葉に、「警戒しているだけです!」と、いつもよりも目が吊り上がっている静磨は気合を入れて答えた。
汰華琉は女の正面にあるソファーに座ってから、「いなくなったあんたの父であり恋人でもある男の魂のありかを知る方法はある」という汰華琉の単刀直入の言葉に、女は目を見開いて、『ほんとうか』と声に出さずに、唇だけが動いていた。
「だが言っておく。
魂を見つけたとしても、
あんたの最愛の人は返ってこない。
なんとなくだろうが、
あんたもわかっているはずだが、
信じたくなかった」
汰華琉の言葉に、女は何も言わずにそっぽを向いた。
「冷静になって考えてみろ。
あんたの最愛の人がいなくなった原因のことだ。
良心の呵責に押しつぶされて、存在自体をかき消したはずだ。
もしも蘇らせたとして、
最愛の人はすぐさま思い出し、すぐさま消えるだけだ。
あんたはまた、
あんたの心の中の地獄を見るだけになるはずだ」
「…うう… うう…」と女はうなって、流れ出した涙を拭おうともせずに泣き続けた。
「それはもちろん、あんたと組んでの、
この星を正常に戻す仕事だった。
この星の人口が十億人まで減少した時、
あんたの最愛の人は姿を消した。
そしてあんたは、あんたのせいで最愛の人を消してしまったと感じ、
自分を責めた。
だが、悪いのはすべて人間としたのだが、
すべてを消すわけにもいかない。
最愛の人と長い年月を過ごしたこの星を、
誰かの手に渡すことだけは避けたかった。
よって、あんたは俺たちのような能力者の出現を待った。
そして、使えないやつは邪魔でしかないから消したはずだ。
またこの星を窮地に追い込むかもしれないからだ。
だから能力者はそれほど繁殖せず、
いたとしても現在は五十人程度だろう」
汰華琉は言って、ペットボトルの水をひと口飲んだ。
そして別のペットボトルを女に差し出した。
「飲んでみろ、なかなかうまいぞ」
汰華琉の言葉に、女はペットボトルをひったくってから、煽るようにして飲むと、「…うわぁ―――んっ!!!」と、まるで幼児が泣くような声で、大声で泣き出し始めた。
この水は大地を古代まで引き戻すほどに計算しつくして整地し、何度も十分にろ過したもので、どこにも存在しない古代の水といっていい。
汰華琉がある術を駆使して、今日の日のために作り上げておいたものだ。
そして女は、水を三リットルほど飲んで落ち着いた。
雅たちも飲んでから目を見開いて、「…おいしい…」と呟いて笑みを浮かべた。
「…何でもできるんだな…」と女は初めて言葉を発した。
「この星以外の知識を吸収したからだ」
汰華琉の言葉に、女は目を見開いた。
「さらにいっておくが、
前世の先祖がえりの術はあるそうだ。
もちろん、絶望していなくなった場合は、
さっき言ったように少々まずいことが起きるから、
そのあたりは入念に確認するそうだ」
「…そうだ… 絶望、したんだなぁー…」と女は言って肩を落としてうなだれた。
「あんたはこの先どうする?」
汰華琉の、少しやさしさを込めた言葉に、「今と同じこと、かなぁー…」と力なく言った。
「さらにお勉強して、全宇宙での最強種族のことも知った」
汰華琉の言葉に、女は大いに震えて、「…だめだ… あれはだめだ…」と呟いた。
「魔王サンダイス」
汰華琉の言葉に、「ヒッ!」と叫んで、女は頭を抱え込んだ。
「現世にいたが、体を元の宿主に戻して、
今は存在していないそうだ。
そして別の人がそのすべてを引き継いで、
星を飛び回って人助けをして過ごしているそうだ。
できれば、俺もそうしたい。
きっと俺たちはそのうち、
この星は狭いと感じるはずだからな。
その人たちは常に、親交のある星を十ほど移動して、
暇のない日々を過ごしているそうだ」
汰華琉の希望がある言葉に、「だめだだめだ! お前たちも俺の所有物でもあるんだ!」と女は大いに取り乱して叫んだ。
「ほう、力づくで止めると?」
汰華琉が喧嘩を売るように言うと、女は立ち上がって汰華琉に指を差し、「今のお前では俺には勝てん!」と叫んだ。
「やってみんとわからんさ。
どうだい、初めて本気で暴れられるから、
ウキウキしてるんじゃねえの?」
汰華琉のさらに煽るような言葉には女は答えず、睨んでいるばかりだ。
「裏庭に俺の訓練場所がある。
かなり広いから、少々無謀なことをしてもかまわんぜ。
外に漏れることもない」
「俺の拳で、お前の体に風穴を開けることなど簡単なことだ!」
「だから試そうといっている」と汰華琉は少し乱暴に言って、立ち上がってから玄関に向かって歩いた。
女は大いに戸惑い、拳を握ってから軽く合わせると、『ガンッ!』と鉄をぶつけたような音がした。
雅以外は、どう考えでも不利だと考え、呆然としていた。
「当たれば勝てるわ」と雅は女に言って、スキップを踏むようにして汰華琉を追いかけた。
「…くっそ… あの、兄妹… なめやがってぇー…」と女はうなってから、「待ちやがれ!」と叫んで、汰華琉を追って廊下に出た。
汰華琉と黒装束の女は、広い空き地で向き合った。
「…胸が意味不明なほどでかいが、
邪魔にならないのか?」
汰華琉の言葉に、「…ませたガキめ…」と女は言ってにやりと笑って、拳を固めて右前にして構えた。
汰華琉が無警戒で歩き始めると、「ウリャァ―――ッ!!!」と女は声を裏返して叫び、右拳を汰華琉に向かって伸ばした。
汰華琉はその拳に反発するようにしゃがみ、女の力を殺さないようにして、腕を取って地面に叩き付けた。
すると、『ドォ―――ンッ!!!』という音とともに振動も伝わっていて、女は体の半分ほどが地面に埋まっていた。
女の体が重く固いため、このような芸当ができたのだ。
汰華琉はすばやく飛びのいて距離をとった。
女は簡単に穴から脱出して、「くっそ! くっそ!」と叫んで、拳で地面に穴を開けて悔しがっている。
「手加減するから負けるんだ。
本来のお前の力を見せてみろ」
汰華琉の挑発に、「…ふざけやがってぇー…」と女はうなって、ついに副食を食らい始めた。
「俺の強さをとくと見よ!」と女の体が倍ほどになって叫んだと同時に、雅の隣に桜良がいて、「やっと来られた!」と桜良は叫んで雅を抱きしめた。
誰もが桜良に顔を向けて目を見開いている。
これが、汰華琉の作戦でもあった。
人間たちの嘆きや悲壮感などを、悪魔は副食として食らう。
このようにして力をため、どのような神でも不可能だった、条件付きの人類の間引きを時間をかけることなく成功していた。
さらにいえば、この悪魔が言っていたように、汰華琉たちはこの悪魔の持ち物であることには違いない。
よってできれば、汰華琉としては快く許可を得たいところなのだ。
「強さは言うことなしだわ!」と桜良が明るく言うと、雅は満面の笑みを浮かべていた。
「やあエッちゃん! 今日もお母ちゃんだ!」と汰華琉が挨拶をすると、「何のこと?!」と桜良はすぐさま雅に聞いた。
「エッちゃんっ?!」と悪魔が叫んで、呆然とした顔をすると、「お? また知り合いか?」と汰華琉が悪魔に聞いた。
悪魔は桜良を見入ったまま動かない。
「…アンドウエツコだとすれば、宇宙のすべてを作った神と聞いている…」
悪魔の言葉に、「エッちゃんはアンドウエツコって言うのか?!」と汰華琉が叫ぶと、「昔の名前!!」と桜良は叫び返した。
「じゃあ、この悪魔を言い聞かせてくれないかなぁー!!」
「それは汰華琉君の仕事!!」
桜良に言い返されて、「俺に解決しろとさ」と汰華琉が言うと、「まだまだぁ――――っ!!!」と悪魔は叫んで、右拳を出そうとしたが、これはフェイントで、左の裏の回し蹴りを放ったが、汰華琉は悪魔の体にぴったりと張り付いていて、その固い足の足首をつかんで、勢いを殺さず回転してから振り上げ、地面に向けて叩きつけ、悪魔の体のほとんどを地面に埋めて、すばやく下がった。
「こりゃ、強敵だ…」と汰華琉はわずかばかりに真剣な顔で言った。
どう考えても体力は汰華琉の数倍はあると感じた。
さらに、今の汰華琉が持つ実力以上の力はないと悟っている。
固い体をいくら叩いても、汰華琉の体が悲鳴を上げるだけだ。
しかも、星が一気に澄んだ空気に変わるほどの悪魔の副食を食らったことで、数倍に強くなっている。
―ー こりゃ参った… ―― と汰華琉は思ったが、ここは弱音を吐くわけにはいかない。
無様に負けることは、特に静磨の成長に支障をきたすからだ。
よって汰華琉は、少々ずるい作戦に出ることにした。
悪魔は何とか這い上がって、親の敵とばかり汰華琉を燃えるような目で見据えている。
悪魔は冷静にフェイントを使ってくるので、汰華琉は慎重に対処しようと思っている。
よって悪魔の出方を伺うのだが、汰華琉は数メートル後ろに引いた。
悪魔は意味がわからず、追いかけようと右足を出した瞬間に、汰華琉がもう懐の中にいた。
「…な」と悪魔が言った瞬間に、悪魔は背後に倒れて、汰華琉に足首をつかまれて振り回されていた。
「…あーあ、終わっちゃったぁー…」と桜良は残念そうに言った。
「…あんなに必死なお兄ちゃん、始めて…」と雅は大いに心配していた。
「悪魔ちゃんはかなりの猛者よ。
今の汰華琉君では勝てないほどの。
だけど、勝っちゃったわ」
桜良は明るく言って、雅に笑みを向けた。
汰華琉は今度は地面に埋めることなく、悪魔を放り投げた。
悪魔は空中と地面で何度か回転してから止まり、何とか起き上がろうとしたが、目が回って起き上がれない。
「…くっそ… くっそ…」と悪魔は言いながら何とか立ち上がったが、背後にばたんと倒れ込んだ。
叩きつけられた肉体の表面のダメージはないのだが、体内の至る所がきしんでいた。
自然治癒で治るので、今は動かないことにした。
汰華琉は苦笑いを浮かべながら、仲間のもとになんとか戻った。
「…めっちゃ強ええ…」と汰華琉が言うと、美貴が抱きついてきた。
抵抗しようにも力が入らないので、汰華琉はされるがままだった。
「…この星は、もう大丈夫…」と美貴の落ち着いた言葉に、「…何とかなってよかった… それよりも、飯を食わせてくれないか? 確実に、燃料切れだと思う…」という汰華琉の言葉に、真っ先に、「すぐにご用意を!」と美都子が叫んで、城に戻っていくと、雅と静磨もそれに倣った。
「…濃厚な戦いだったのね…
まあ、生身の人間とほとんど変わんないからなぁー…」
桜良が眉を下げて言うと、「まだまだ鍛えないとね。俺って、それなりにやれるって思う?」と汰華琉が聞くと、「それはね、心がけだけで決まるものだから、慌てる必要は何もないの」と桜良は、母のような穏やかな笑みを浮かべて言った。
「…はぁー… この程度じゃぜんぜんだめってことかぁー…」と汰華琉は言って肩を落とした。
「まあね、はっきり言ってその通り」と桜良ははっきりと伝えて陽気に笑った。
「だけど、能力者なのに転がったままなのよ?!」と美貴が目を吊り上げて悪魔に指を差して叫んだ。
「たまたまうまくいっただけだし、
戦うことが本題で、俺は倒れるわけにはいかなかった。
いろいろな重圧もあったから、
目を回らせてから俺は逃げた。
まさに、慎重に、臆病に、だ」
汰華琉の言葉に、桜良は満面のみを浮かべて拍手をした。
「宇宙の空気が晴れていないと、
ここには来られかなかったの」
桜良の言葉に、「…それで、悪魔の副食を摂るように仕向けるために、ぼろぼろになるまで…」と美貴は言って涙を流した。
「まああとは、この星の創造神だった魂を見つけ出して、
あの悪魔に引き合わせないとな…
だがな、俺たちの中にいるかもしれねえから、
そこんところは要注意だ」
汰華琉の言葉に、桜良は同意するように何度もうなづいた。
「…その時は、どーすんのよぉー…」と美貴が心配そうに聞くと、「今の生活があるからと言って突っぱねる」と汰華琉は言って、力なく笑った。
「ま、できれば恋人は無理だが、
デートならすると快く言ってやって欲しいかな。
俺だったらちょっと嫌だが、
まあ、仕方ないかなぁー…
それにいきなり何度も泣かれると思うし…」
汰華琉の言葉に、この場が静まり返った。
「あとは美貴だ。
確実に呪いがかかっていると思うし、
そうなると遺伝子の問題がある。
はっきり言って美貴は
お父ちゃんとお母ちゃんの子じゃねえかもしれない」
汰華琉の言葉に、美貴はなんの反応も示さなかった。
そして、「知ってたよ」と落ち着いた声で言った。
「…兄弟がそれほど話をしないのはそのせいか…
俺はまだしも、雅にもつらく当たっていたからな…
ま、部外者が、血縁の家族の中に入ってくんなといったところだろう。
事情を聞いてから、距離を置くか…
WNAとは縁を切って、神である悪魔様に従うのも一興だ」
「一応ね、血のつながりはあるの。
お母さんとは姉妹なの」
美貴の衝撃の告白に、汰華琉ですら目を見開いた。
「…そうか、そういう顔や体の似方か…
となると、本当のお母さんは…」
「…あの悪魔かもね…」と美貴は弱々しい笑みを浮かべて言った。
「いや、だったら、お母さん…
美紗子さんは…」
「願いの夢見で、産み分けはできるの」と桜良が眉を下げて言った。
「特にあの悪魔ちゃんは星の創造神の子だから、
人間でも産んじゃうの。
そして、美貴ちゃんは、悪魔ちゃんが興味を持って、
きっと試しに能力者目当てで産んでみて、
とんでもない子だったから、
隠しちゃったんだと思う…
なんだったら、解いちゃうけどどうする?
でもその方法よりも、
美貴ちゃんが一番うれしい方法で解いた方がいいかなぁー…
心の底からの、大いなる喜び」
桜良の言葉に、美貴は躊躇なく汰華琉の唇に吸い付いた。
「んぐ!」と汰華琉はうなった。
体に力が入らないので、まったく抵抗ができなかった。
そして美貴は、ゆっくりと汰華琉を放してから、「…やったぁー… やったぁー…」と夢遊病者のようにつぶやいてから、その肉体が徐々に大きくなっていった。
そして、『無理やりだがやってやったぁ―――っ!!!』と人ならざる言葉で叫んで、両腕を誇らしく掲げた。
その姿はまさに異形で、頭からは聳え立つように二本の角が生え、口からは牙が見え、爪は獣のように鋭く鈍く光っている。
しかし肉体は、スタイルのいい人間の姿でもあるが、女性とは思えないほどに筋肉が隆起している。
「やっぱ魔王だったわ!」と桜良は陽気に叫んで拍手をしていた。
「こいつが、汰華琉をいじめたかぁ―――っ!!!」と魔王は叫んで、悪魔を蹴り飛ばした。
「こらこら、お母ちゃんをぞんざいに扱うなよー!」
汰華琉の言葉に、魔王は走って戻ってきて、「結婚しろ!」と巨大な顔を汰華琉に向けて叫び、「ああ、いいぜ」と汰華琉がすぐさま同意したことに、誰もが眉を下げていた。
「断ったらぶっ飛ばされそうだったからな!」と汰華琉は叫んで陽気に笑った。
この件は、城の裏で起こったことだったので、一般人には知られることはなかった。
そしてこの場でバーベキューパーティーが始まり、特に汰華琉は大いに食った。
悪魔はマリアと名乗って、この城の住人になることに決まった。
肝心のこの星の創造神の魂だが、汰華琉は悪魔マリアの頭を押さえつけて探り、「あ、やっぱり美貴だった」とかなり無感動に言った。
「…ケインはそばにいてくれた…」と悪魔マリアは言って、美貴を抱きしめた。
「…女で、よかったぁー…」と美貴は言って、安堵の笑みを浮かべて、マリアを抱きしめた。
宇宙の空気がよくなったおかげで、犯罪などはぴたりと収まったのか、報道でも流れることはまれだった。
よってこの星は平和を手に入れたことになる。
WNAの理事長は山城が継ぐことになり、ヤハン出張所はWNA本部となった。
そして、山城美紗子の件だが、「俺と同じで施設で育った」と山城は苦笑いを浮かべて言った。
そして美貴も同じで、なぜだか美紗子が赤ん坊の美貴をみて、「お姉ちゃんよ」と言ったそうだ。
しかし、年齢的には祖母と孫ほど離れていたことで、美貴は山城夫婦の娘として育てることになったと語った。
魔王の美貴はかなり寡黙だが、人間の美貴はその逆で饒舌となり、「わたくし、この星の王女様ですの!」が口癖となっていた。
そんな中、大潮潮が漫画新人賞の大賞を取った。
もちろんその題名は、『それは真摯な愛でした』だった。
潮は真っ先に美貴に漫画を読ませ、美貴は、「私が主役だぁー…」と言って満面の笑みを浮かべた。
「あ、そうだ、面白い手品を見せよう」と汰華琉は言って、リビングに置きっぱなしだった、動物の先祖のDNA結果表の束を手にとって、美貴の白紙の用紙を手に取った。
「ここには、美貴の検査結果があったが、
マリアによって消された」
汰華琉の言葉に、マリアは何も言わずにうなづいた。
「では、マリア、復活させて欲しい」という汰華琉の言葉に、「しらん」とだけ言ってそっぽを向いた。
「…できないんだぁー…」と雅が言って、マリアの顔を覗き込んだが、マリアは答えなかった。
「じゃあもし、俺が復活させられたとしたら?」
汰華琉の言葉に、誰もが目を見開いた。
すると、「俺ができねえのにできるわけがねえ!」とマリアは立ち上がって、大いに叫んだ。
「もちろん、俺の能力ではないが、
気功術の技ではある。
解説の前に、印刷してあった紙に戻す」
汰華琉は言って、蓋付の箱のようなものを宙に浮かべて、前面のふたを横にスライドしてから紙を置いて、ふたを閉めた。
するとふたが勝手に開いて、汰華琉は結果が印刷ある紙を出した。
「なかなかの手品だろ?」と汰華琉が言うと、「…これが、正常化の棺か…」とマリアがうなると、その箱は消えた。
「この紙の以前の正常な状態は、
この印刷している紙だから、こうなった。
では、この紙を今の箱に入れると印刷は消え、
もう一度と入れると、原材料に戻る。
物質の場合はこういった変化をするんだ」
「…あー…」となんなく理屈がわかった雅たちは、口々に声を漏らした。
「では、生物などの欠損部分を復活できないのだろうか?」
汰華琉の言葉に、雅はすぐさま庭に飛び出して、「マリーちゃん!」と叫んだ。
そのマリーという名の猫は低い木の枝から何とか飛び降りて、歩きにくそうにして雅に近づいて見上げた。
マリーは、右前足を事故によって失っていた。
「マリーよかったな。
お前が一番気に入られているようだ」
汰華琉の言葉に、「…ほかのみんなは森にいるもぉーん…」と雅は唇を尖らせて答えた。
「生物の場合は、いったんすべてを分解して、
まずはDNAを正常化する。
だから、生まれながらに手や足がない場合や、
目が見えない場合なども有効だ。
しかしそれにはデメリットがあって、
年齢と等しい姿に出来上がるのだが、
骨や皮膚は赤ちゃんレベルになる。
よって激しい運動はさせられないが、
動物の場合は理解できるはずだ。
馬鹿なのは人間で、せっかく治ったのに、
大喜びして大怪我をする」
汰華琉の言葉に、「それが人間だ」とマリアは言って、にやりと笑った。
早速マリーを箱に入れると、ふたが開いて、目をまん丸にしたマリーがいた。
そして気になるのか、さっきまでなかった右前足を軽く振って、床につけないようにしてゆっくりと歩いた。
「よくわかってる」と汰華琉が言うと、「お姉ちゃんがお世話するよ!」と雅は陽気に言って、マリーをやさしく抱き上げた。
「うわぁー… ふかふかだぁー…」と雅はマリーの体に頬を摺り寄せて言った。
「全員を復活させてもいいんだが、
さすがに数が多いからな。
WNAの専属介護員の人数に合わせた方がいいだろう」
「…暇なやつ、全員呼ぶぅー…」と美貴がお姫様気質満載でうなると、汰華琉は大いに眉を下げていた。
「ま、三日もすれば、健常体になる!」とマリアが自信満々に言った。
「何もしなくても、星の重力が圧迫して、
鍛え上げられるようなものだからな。
あとは栄養バランスを今まで以上に考えて与えて、
特にカルシウムを多めに摂取できるような
メニューに切り替えれば完壁だろう」
そして汰華琉は少し憂鬱そうな顔をした。
「自然には戻せないが、どこかに安住の地を作るべきかなぁー…
動き回れるようになれば、ここでは狭い」
汰華琉の言葉に、「企画書を出す!」と美貴は勢い勇んで言って、パソコンを手にとって叩き始めた。
「やけに積極的になった」と汰華琉が言うと、「お兄ちゃんにチューしたから」と雅は唇を尖らせて言った。
「あとで雅にもしてやるよ」と汰華琉は言って、雅の頭をなでた。
「…あ、あ… それはやっぱり…」と雅が大いに尻込みをすると、「幼稚園に上がる前」という汰華琉の魔法の言葉に、雅は落ち付きを取り戻していて、「…それは好きぃー…」とはにかんだ笑みを浮かべて言った。
「ふーん… そんな魅惑の魔法のようなことができるんだな…」とマリアは関心して言った。
「きょうだい限定だろう。
恋人同士でも使えないことはないかな?
そこから何かに発展することもないし。
適度な家族のスキンシップも重要だろうし、
少し振り返ることもいいことだと思う。
特に雅はまだまだ完全じゃないからな」
「…お互いを高めあって成長する、か…」とマリアは寂しそうに言った。
「美貴にやればいい」と汰華琉がさも当然のように言うと、「…お、おう…」とマリアは少し照れながら答えた。
それは簡単なことで、頬にキスをしあうことだ。
だがこれが、雅にとって大きな成長につながることになる。
学校での昼休み。
いつものように汰華琉たちとともに昼食を終えた雅は教室に戻って、兄がいる女子たちのグループに近づいた。
おあつらえ向きに、男子とのキスの話に花が咲いていて、黄色い声を上げている。
「お兄ちゃんとチューしたんじゃないの?」
雅の言葉に、「…あー、したなぁー… チュー…」と懐かしく思いながら言う女子と、「うっそぉー… しないしない…」という女子の意見に分かれた。
そして今の兄妹の仲のよさを聞くと、チューをしている子がごく普通に話をしていることがわかった。
ほかの子は険悪ではないものの、多少の距離をとっている。
家庭の事情もあるが、仲のいい兄妹は、カーテン一枚隔てただけの一室でも特に気にならないと言う。
だがさすがに雅のように、なんのわだかまりもなくひとつのベッドで眠ることはないようだ。
しかし、「怖い夢を見ちゃってね… なんとか目が覚めたら、お兄ちゃんが心配そうな顔をしていて、よかった、って笑ってくれて、うれしかったぁー…」とひとりの女子が言うとさすがにこの話には誰もがうらやましがっていた。
「…怖い夢、見ないかなぁー…
でもうちは、同じ部屋じゃないから気づいてくれないかなぁー…」
雅がうらやましそうに言うと、「…お兄ちゃんよりもいい男子がいないから、落ち込むぅー…」という意見にも誰もが賛同した。
―― あたし、婚期逃しそう… ―― と雅は本気で考えた。
そして周りにいた男子たちは、大いに落ち込んでいた。
そのひとりの静磨は、―― 先輩の真似でも! ―― と、一旦は思ったが、やはりそれだとあまりにもあざとくないかと考えた。
だが、―― 真似をしないと何も始まらない! ―― と想いを変えて、今後の修行に生かすことにした。
「この先の修行だが、これは参考映像だ」と汰華琉は言って、パソコンの映像を能力者候補たちに言った。
「…えー…」と誰もが大いに嘆き、「…地獄だわ…」と、魔王に覚醒した美貴までもが嘆いた。
「そうだな、これは命がけだ。
だから、魔王に協力してもらって守ってもらいながら鍛えたいと思う。
さすがに絶壁は二百メートルほどあるから、
作るのは困難だが、なんとかWNAに甘えてみたいと思う。
近代的なものは何ひとつないが、
第五修練場と第九修練場はさすがに厳しい…」
この二つの修練場は、石のゴーレムと戦うのだが、動かしているのは意思を込めた神通力だ。
その術者がいないのだが、「…できるって…」と美貴は苦笑いを浮かべて言った。
そして魔王が作ると張り切っているらしい。
「手下のためには努力は惜しまん、だってぇー…」と美貴が眉を下げて言うと、「心強いね」と汰華琉は言って、美貴に頭を下げた。
美貴は健常な動物となった楽園の中に、この施設を作るように企画書を作り変えた。
「…俺たちも見世物…」と汰華琉が眉を下げてつぶやくと、「WNAはすべてオープンな組織だから」と美貴は何でもないことのように言って、さらに付け加えた。
それは修練場の約十分の一サイズの修練場で、子供から大人まで体験できるものだ。
もしも資質が見込めれば、そのままWNAの軍が雇うことも可能となる。
「…一石三鳥…」と汰華琉が呟くと、美貴は、「うふふ」と愉快そうに笑って、企画書をメール送信した。
今日は学校は全国的に休みで、予定を決めていなかった汰華琉たちなのだが、雅の様子がおかしい。
「誉の件かい?」と汰華琉が聞くと、雅はこれ見よがしに苦笑いを浮かべて、「…立場があたしとよく似てて…」と眉を下げて言った。
「そんなもの、兄ちゃんの出番に決まってるじゃないか」という汰華琉の芝居がかった言葉に、雅は賛成して喜んだたが、デートの誘いを待っていた美貴は大いに落ち込んだ。
だがさすがに、新しい仲間の窮地を救わないわけにはいかないので、「…特殊機動部隊特別小隊全員で行くわ…」と美貴が隊の正式名称で言った。
「早く終われば全員で遊園地だな」
汰華琉のお気楽な言葉に、一番に反応したのはもちろん美貴で、「一瞬で終わらせる!」と豪語した。
「…遊園地か…」とマリアは遠い目をしてから微笑んだ。
「一緒に行ったのか?」と汰華琉が聞くと、「閉園してから、一番高い場所でな」とめずらしく素直に答えた。
「修練場だったらさらに高いぞ。
人工物では、この星一番の高さになりそうだ。
俺たちの監視がてら、景色でも堪能していればいい」
汰華琉の言葉に、「それも面白そうだな」とマリアは言って、薄笑みを浮かべて瞳を閉じた。
「昇天するんだったら、
きちんと挨拶してからにしろよ」
汰華琉の言葉に、マリア以外は大いに目を見開いていた。
「俺がどうなろうと俺の勝手だ」とマリアは向きになることはせず、穏やかに言った。
「さらに長生きするとな、
とんでもなく楽しいことがあるかもしれないんだぜ。
エッちゃんのいる世界なんて、
昇天する暇がないと思うんだがなぁー…
なんだったら、偵察にでも行ってくればいい。
それを終えてから、マリアの好きにしても損はないと俺は思う」
「…うう… それはそうだがぁー…」とマリアは大いに動揺して言った。
「怖いことがひとつあるだけでも、
条件次第では大いに楽しめるだろう。
それにあんたは半端なく強い。
エッちゃんはな、それを黙っている。
できれば来てもらいたくないかもしれないんだが…」
「それだったら行くに決まっているっ!」とマリアは叫んで、桜良に念話を送り始めてからすぐに消えた。
「…悪魔って、基本天邪鬼なのね…
扱いは、案外楽だわ…」
美貴の言葉に、汰華琉は愉快そうに笑った。
雅は誉と連絡を取って、雅の家の近くの公園で落ち合うことに決まった。
汰華琉はいつものメンバーを引き連れて、多少薄雲は出ているが、冬が去ってしまいそうな清々しい空を眺めながら歩いた。
そして、どんよりと曇ったような秋田誉が、公園のベンチに座っていた。
雅がすぐさま駆け寄って挨拶もそこそこに、誉を抱きしめた。
「やあ、誉ちゃん、今日もかわいいよ」と汰華琉が大いにおどけて言うと、雅はけらけらと笑ったが、美貴は本気で目を吊り上げて怒っていた。
「まったく事情を知らないから、
話してもいいのなら聞かせて欲しいんだ」
汰華琉の言葉に、誉は一瞬雅を見てから決心して、「…実は…」と言って、十五才であればそれなり以上に悩む事情を語り始めた。
「ということは、魔王が秋田家と山形家をぶっ壊せば解決だな」
汰華琉は言って大声で笑った。
「…引き受けないけどやりたいほどよ…」と美貴は鼻息を荒くして言った。
「…ああ、壊さないでくださいぃー…」と誉が懇願すると、「冗談だから」と雅が眉を下げて言った。
「だがな、誉ちゃんが自分自身をぶっ壊さないと、
解決できないんじゃないの?
このままだと、大人になっても何も変わらないと、
お兄さんは思う」
汰華琉の言葉に、誉は目を見開いてから、懇願の目を雅に向けた。
「それが嫌なら、秋田家と山形家をぶっ壊す!
…子供をなんだと思ってるんだまったく…」
汰華琉の怒りに、誉はついに堰を切ったように泣き出して、汰華琉に抱きついた。
「…家を出てもいい…
あとの事は俺たちに任せろ。
お前は、俺たちにとって大切な仲間だ。
まあ、少々優し過ぎるところが欠点だが、
それは考えながら少しずつ変えていけばいい。
雅もどちらかと言えば、誉と似たようなものだからな。
今でも、困ったり嫌なことがあれば俺の背後に隠れるから、
誉も俺の背後に隠れたっていいんだ」
「…はい、お兄ちゃん…」と誉はなんのわだかまりもなく汰華琉を兄と呼んだ。
誉を取り巻く事情はかなりややこしいもので、遺産相続の件だ。
誉の祖父が亡くなったのだが、すべてを誉に継がせるという遺言があり、しかもWNAも一枚かんでいて、この遺言状通りに、遂行されなければならないのだ。
よって、本来の遺産相続権第一位の山形家が、誉を養女にと高飛車に言ってきた。
もちろん、誉の少々頼りない性格を知っていて、いわば脅しているといってもいい。
しかも、誉の父母は、その代わりと言って、誉が受け取る遺産を半分よこせといっているのだ。
ゆえに、汰華琉が両家をぶっ壊すという意見が出ても、それほど過激ではない。
しかも、誉の味方が親族にいないことが、誉をさらに萎縮させていた。
汰華琉は通信機を手に取って、警察署に連絡して、秋田家と山形家について、事情を説明してから、「児童虐待に当たらないかな?」と言うと、美貴たちが目を見開いて喜び始めた。
「え? そんなことがあったの?
…それは、なにより…」
汰華琉はにやりと笑って言って、機嫌よく通信を切った。
「神は誉を見捨てていなかった。
だが、誉は誉の意思を持って、きちんと生きていって欲しいな」
汰華琉の希望ある言葉に、「はい! お兄ちゃん!」と誉は満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「…実はな…」と汰華琉は声を殺して、山形家の曰くある事情を語り始めると、誰もが目を見開いて口を押さえつけた。
「だから、誉には警護が必要だ。
担当は臨時でバイトといってもケイカンの俺が護衛することに決まって、
秋田家にももう連絡をしたそうだ。
家においてあって持ち出したいものがあるのならこれから行くけど?」
汰華琉の言葉に、誉はすぐさま首を横に振ってから、「あっ」と呟いて、ショルダーバッグから小さな封筒を出した。
中には一センチほどの丸い物体が入っているように見える。
「なるほどな、重要な証拠品だから、誰も手を触れるな」
汰華琉の言葉に、誰もが固唾を呑んだ。
「マンテの球根」と雅が言うと、誰もが目を見開いた。
「…猛毒だし、管理はWNAがやっているから、
外に出るはずがない。
まあ考えられるのは、元理事長のバイトだろうな。
なかなかふざけたやつだったようだ。
美貴は怖くないようだな」
汰華琉の言葉に、美貴は笑みを浮かべて汰華琉を見て、「私は勝ったから」と言った。
すると、誉が美貴に向けて心配そうな目をして見ていた。
「汰華琉と雅ちゃん、それに榊先生が助けてくださったから」
美貴の明るい言葉に、誉は胸を押さえて、ほっと小さな安堵のため息をついた。
「お爺さんが?」と汰華琉が聞くと、「捨ててくれって言われたんだけど、なんだか違うって思って持ってたの」と誉は祖父を思い出したのか少しだけ泣いた。
「なるほどな。
お爺さんは証拠を残したかったが、事情は言えない。
話してしまうと誉の性格上、きっと挙動不審になるからな。
だから誉がきっと持っておくと信じて渡したんだろう。
もっとも捨てても別にかまわなかったはずだ。
どちらにしても、誉の安全は保障されたはずだ。
そうじゃないと、誉に遺産は入らないことになって、
ますますややこしくなったはずだから。
あまりにも人を傷つけすぎるとぼろが出る。
どうやら、お婆さんの死因にも疑いが出てきたそうだ。
山形家の経済状況は火の車だそうだ」
汰華琉の言葉に、誉は汰華琉の右腕を抱きしめて怯えた。
「人の心は醜い。
だが、それはほんの一握りだ。
だから誉が信じられる人だけ信じればいいんだ。
決してすべての人を嫌いになるな」
「うん! お兄ちゃん!」と誉は言って、さらに汰華琉の腕を強く抱きしめた。
そして雅は嫉妬はせずに、汰華琉の左腕を強く抱きしめて、誉に顔を向けて笑みを浮かべあった。
「両手に花」と汰華琉は言って、自慢げな顔をすると、「私のためにもう一本腕を出しなさい!」と美貴は大いに嫉妬して叫んだ。
「さて、誉はこの先、どうなればいいと思う?
俺がそれを示唆してもいいが、
それだと誉の真実の想いが伝わらないかもしれないから、
誉の言葉で教えて欲しい」
汰華琉は優しく聞いた。
「…まずは、家を出たいですぅー…
…理由は、今回の件と、お父さんとお母さんは喧嘩ばかり…
…よくわからない理由で何度も叱られて…」
誉は悲しそうに言った。
「確実に虐待だな。
今の言葉は証拠になる。
では、その先は?」
「…お兄ちゃんに甘えるぅー…」と誉は言って、かなり恥ずかしかったようで、顔を汰華琉の腕で隠した。
「一日一回、十分」と汰華琉が言うと、「一日三回、二十分」と雅が言ったので、誉とともに愉快そうに笑った。
「一日一回、チューして」と美貴が便乗してきたので、「俺が美貴にプロポーズしてからだ」という汰華琉の言葉に、美貴は顔を真っ赤にして、「…はいぃー…」とかなり控えめに答えた。
汰華琉は全員を抱え込んで、警察署に向かって飛んだ。
警察署での事情説明と証拠品を提出して、改めて秋田誉を汰華琉の責任において護衛することに決まった。
そして晴れて、誉も大和家の一員となった。
すると汰華琉に、『人のいないとこ』とぞんざいな言葉でマリアから念話があった。
汰華琉はすぐさまリビングの人のいない場所に移動して、「いいぞ」と言ったとたんに、マリアが飛び出してきた。
そして、「全宇宙第十位だ!」と機嫌よく叫んだので、汰華琉は察してすぐさま拍手をした。
ほかの者たちは意味がわからなかったが、すぐに汰華琉に追従して拍手をした。
「…強ええはずだ…」と汰華琉は口をゆがめて言った。
そしてあちらの世界での武勇伝を堂々と語り始めた。
もちろん、それ以外にも、汰華琉の知らない事実もあったことで、いろいろとためになる情報だった。
「お? かわいいガキが増えてるじゃあねえかぁー…」とマリアが悪魔の威厳満杯にしてうなると、誉は大いに怯えて、汰華琉の影に隠れた。
体に触れると、貴重な甘える時間が減るからだ。
「手加減してやってくれ。
それに誉は、能力者だぞ」
「…ん?」とマリアは言って誉を見てから、「…試験をしてやろう…」と言ってから、右手の親指と人差し指の爪の間に何かをつかんでいる。
「誉とやら、読んでみな」とマリアが言うと、誉は少し身を乗り出した。
『喜笑星には、意味不明でとんでもねえ強ええやつが大勢いる』
誉が読み上げると、マリアはご満悦の表情で何度もうなづいた。
汰華琉たちは顔を近づけても、かなり小さい白い紙のようにしか見えなかった。
『その中で、俺は、全宇宙第十位となったのだ!
あーはっはっは!
さらには、琵琶という家の織田信長という殿様が、
安土城に仕官すればいい、などと抜かしやがった。
もちろん、俺は断ったさ。
俺は、このケイン星で過ごすとな!
やつは大いに悔しがったが、
ろくな手下がおらんだろ?
などと抜かしやがったから、
娘が魔王だ!
と自慢してやったら、さらに悔しがりやがった!
俺は有頂天になってやったさ!
まあ、織田信長も魔王だったから、馬鹿にはしなかったが、
なかなかの悲壮感を流しやがったから食ってやった。
だがやつは落ち着いて言いやがった。
お前が仕えたいと思う殿様候補は、
ワシ以外にふたりおる。
竜神勇健と酒井寅三郎だ。
お前の星に住む魔王と含めて四人の中から精査して決めろ!
などと吼えやがった。
ほかの二人には会えんかったが、
また近いうちに来てやる!
と言い放ってから、
俺はここに戻ってきてやったのだ!』
誉が長い文章を読み終えてほっとため息をつくと、「…よく読めたもんだ…」と問題を出したマリアが呆れていたので、誰もが苦笑いを浮かべていた。
そしてマリアは紙を拡大してテーブルの上に置いた。
全員で読んで、なかなかふざけた書だと思って、小声で笑った。
「ま、この能力を足がかりにして、
さらに覚醒か転生を待つばかりだな。
この中では、魔王以外で、汰華琉と雅の次に優秀になりそうだ」
マリアが普段の倍ほど饒舌に機嫌よく言うと、「ありがとうございます、神様ぁー…」と誉は礼を言ってから、満面の笑みを汰華琉に向けた。
「怖そうだけどそれほど怖くねえから。
だが、体は固いから要注意だ。
頭をなでられると確実に痛いから、
我慢せずにはっきりと言った方がいい」
「うん、お兄ちゃん」と誉は機嫌よく答えた。
「…ふーん… 被害を最小限に抑えやがったか…
このガキの悲壮感も食いたかったんだが…」
マリアは誉に不幸があったことを見抜いて言った。
「家を出れば、多少はあるはずだから食ってくればいい」
「おおそういえば、土産をもらったんだ!」とマリアは機嫌よく言って、菓子折りを出してから包みを開けると、『魂饅頭 悪魔用』と書いてある。
そしてマリアが箱を開けると、「…な… なんだこれは…」とうなってから、直径三センチほどの半透明の水菓子のようなものを摘んで口に入れると、マリアは目を見開いた。
そして、「…うめえ…」と涙を流して言ってから、ひと箱をぺろりと平らげた。
「あ、人間用だ、食え」とマリアは言って、箱を汰華琉に渡した。
包みを開けると、『美人村名物 セルラ星漫遊魂饅頭』と書いてある。
汰華琉はマリアに礼を言ってから蓋を開けると、色とりどりの饅頭が並んでいた。
美都子が飲み物を準備して全員で食べると、「…うまいのを突き抜けてる…」と汰華琉が苦笑いを浮かべて言った。
そして誰もが感動していた。
「あ、食事も食ったが、こっちのものの数倍うまかった」
マリアの言葉に、「…この菓子だけでよくわかったよ…」と汰華琉は眉をひそめて答えた。
「だけど、大昔に比べておいしくなってるって、
お年寄りたちは言ってるよ?」
雅の言葉に、誉も賛同するように何度もうなづいた。
「…古代の水のように、調味料もさらに精査してみるか…」と汰華琉が言うと、「ああ、何よりもうまい水だから、水を代えるだけでもいいんじゃないのか?」とマリアが言うと、汰華琉は美都子とともにキッチンに行って、簡単に作れる煮物を作って味見をすると、「…ぜんぜん違う…」と汰華琉は言って満面の笑みを浮かべた。
雅、静磨、誉も仲間に加えて、五人で豪華な昼食を作った。
水洗いをしても問題のないものはすべて古代の水で洗っただけなのだが、いつもとはぜんぜん違ってかなりうまい。
マリアも料理に手を伸ばして、「…これなら食ってやるし、あっちの料理よりもうめえ!」と大いにご機嫌になった。
「…古代の水の作り方はエッちゃんから聞いたんだが…」
汰華琉の言葉に、「きっと、使ってないんだって思うぅー…」と雅は陽気に言って、フライものをうまそうにして食っている。
汰華琉が桜良に念話を入れて、料理の件を話すと、『…こっちもできると思うけどぉー…』と言ってから、礼を言って念話を切った。
すると雅から桜良が飛び出してきて、「あっ! 絶対においしい!」とまだ食べていないのだが陽気に叫んだ。
美都子がすぐに料理を桜良の目の前に並べると、「…ああ、すっごくおいしいぃー…」とご満悦の表情で言ってから食べ始めた。
「ご飯もっともっと!」と桜良が催促すると、「そうだ! この米が一番うめえ!」とマリアも追従した。
やはり、水分含有量が一番多いので大いに言えることだ。
「…ああ、太っちゃうけど、今日は許しちゃうぅー…」と美貴が言うと、「三才若返っただけだが、代謝が雲泥の差だから、それほど太らないはずだ」と汰華琉が言うと、美貴と美都子が競うようにして大飯を食らい始めた。
「水がもうないから汲んでくる」と汰華琉が言って席を立つと、桜良も席を立って、汰華琉に続いて廊下に出た。
ほかの者は食事に夢中で、汰華琉と桜良がいなくなったことに気づいていない。
汰華琉と桜良は大量の水を汲んでリビングに戻ってきて、「じゃ、帰るけど、たぶんまたすぐに来るから!」と桜良は陽気に言って、大きな水槽とともに消えた。
汰華琉はペットボトルに水を小分けしていると、リビングで桜良の声が聞こえた。
作業を終えてリビングに行くと、「あ! 汰華琉君! これ、水の代金!」と桜良が陽気に叫んで、指を差している場所には、重そうな金塊を何重にも積んであった。
「…よほどいい水だったようだね…」と汰華琉が眉を下げて言うと、「…分析したんだけどね、あっちでは再現できないって…」と桜良が眉を下げて言った。
「だったら、ありがたくもらっておくから。
たぶんしばらくは問題ないはずだから、
また汲んで帰ってもいいよ。
料金としては十分だから」
汰華琉の言葉に、「信長さんがきっと許さないから、無理にでも払って来いって言うと思うぅー…」と桜良は眉を下げて言った。
「じゃあ、それでいいよ。
ありがたく頂戴するから、
お礼を言っておいて欲しい。
マリアも世話になったと」
汰華琉の明るい言葉に、桜良は満面の笑みを浮かべて、リビングを出て行った。
「…気前いいなぁー…
まあ、貴重な水には変わりないけど…」
すると、なんとか食事の呪縛から開放された家族たちは、金塊を見入って目を見開いていた。
「水を売った代金」と汰華琉が言うと、誰もが無言でうなづいた。
「…ふん! 当然だ!」とマリアは機嫌よく叫んだ。
「…欲しいもの、なんでも手に入るぅー…」と美貴が手を組んで陽気に呟いた。
「必要なものって、もうそれほどないだろ?」
汰華琉の言葉に、「成金の指輪」と美貴が言うと、「…三つほどで買えると思うが…」と汰華琉は言って金塊を持ち上げると、「あ、たぶん一個でいいようだ」と言って笑みを浮かべた。
「金だけが高騰しているからな。
もうそれほど出ないそうだ。
実は、そうでもないんだけどな」
汰華琉が意味ありげに言うと、「WNA、乗っ取ってもいいと思う」と美貴は陽気に言った。
汰華琉は金を掘り出して、WNAに何度か寄付をしている事実がある。
土地はWNAのものなので、落し物扱いだ。
「…その必要… …まあ、近いうちにあるかなぁー…」と汰華琉は比較的確信して言った。
「明日理事会だし、きっと波乱があると思うわ。
だけど、動物たちの楽園を作ることだけは承認させるから。
さらに鍛えないと、それほど安心できないようだし」
美貴が意味ありげに言うと、「心構えはもうできている」と汰華琉が陽気に言うと、「さすが、私のだんな様だわ」と美貴も陽気に言った。
すると、金塊の山の裏に、『雅ちゃんへ!』と妙な丸文字で書かれている包みがある。
紙袋には、『蛇の神の皮 レミー工房』という印刷がある。
「雅、エッちゃんからのプレゼントだ」と汰華琉が言って、雅に紙袋を手渡した。
「…蛇の神の皮…」と雅は呟いてひとつ身震いをしたが、中から別の袋を出した。
その紙袋には、『羊の神の毛糸屋さん』と印刷がある。
「あっちの特産のようだが?」と汰華琉がマリアに聞くと、「羊の方は知っている」とマリアはにやりと笑った。
雅はまずはその羊の方の紙袋を開けて中を取り出し、「うわぁー… ふかふかぁー…」と言って、純白の手袋と帽子を出した。
もちろん、両方とも毛糸で編まれている。
雅は両方とも身につけて鏡を見て、「…あったかぁーい… …かわいいぃー…」と呟いて、ご満悦の表情を浮かべた。
すると女子たちが大集合して、大いに姦しくなり、「汰華琉! 買ってきて!」と美貴が大いに叫んで一番うるさかった。
「何度も迷惑だ。
また次の機会があるまで我慢しろ。
たぶんまた水を買いに来るだろうから、
ニット製品と交換でもいい」
汰華琉の言葉に、女子たちは大いに喜んだ。
するとまた雅から桜良が飛び出して来て、大きな容器を持っていた。
汰華琉は雅への贈り物の礼を言ってから、女性の分のニット製品を注文した。
桜良は心よく引き受けて、そして革製品の説明をした。
「…皮とは思えないね…」と雅が羽織っているジャケットを見て言った。
「レーザービームを通さないから!」と悦子が陽気に言うと、「え?」と誰もが不思議そうに言った。
そしてマリアが口をへの字に曲げてジャケットに触れると、「…猪口才な…」とうなった。
「釉薬で染めてるんだけどね、
いろんな効果があるの。
ちょっとした防具だし、少しだけ暗くすると…」
桜良が言って、部屋を日陰ほどの明るさまで照明を落とすと、「おっ! 強そうだっ!」と汰華琉は陽気に叫んだ。
それはまるで、竜の鱗模様のようで、重厚そうに見える。
「面白い効果だ。
エッちゃん、これを人数分頼めるかい?
俺たち特別小隊の制服にしたい」
汰華琉の言葉に、誰もが賛成して拍手をした。
「じゃっ! エンブレム考えといてっ!」と桜良は陽気に言って、リビングを出て行った。
「…エンブレムかぁー…」と汰華琉は言って、もう思い浮かんだので、紙にすらすらと書き始めた。
「…あー… 魔王様だぁー…」と雅は言って、美貴に満面の笑みを向けた。
そして色付けをすると桜良が戻ってきて、「すっごく上手っ!」と桜良は汰華琉を大いに褒めてから、紙を持って消えた。
するとあっという間に戻ってきて、ニット製品をテーブルに置いてから、また水を汲みに行った。
女性たちは幸せを共有して、さらに姦しくなった。
汰華琉と静磨の分もあったので、ふたりしてつけて、「寒い冬でよかったって感じだ」と汰華琉は機嫌よく言った。
革製品は明日以降ということで、汰華琉と桜良は礼を言いあってから、桜良は消えた。
「今、水のタンク持ってなかったよ?」と雅が不思議そうに聞くと、「面倒になって、異空間ポケットを使ったんだろう」と汰華琉が言うと、誰もが不思議そうな顔をした。
「こういうことだ」とマリアが言って、何もないところから、魂饅頭の箱を出した。
「さっきもそうだったよな」と汰華琉が言うと、「気づかなかったぁー…」と雅は言って、箱を見入っている。
「それなり以上の能力者は使える、便利な空間だ。
魔王も使えるはずだぞ」
汰華琉の言葉に、美貴は目を見開いてから、かなり小さめの人間の女性程度の魔王に変身して、「おっ!」と機嫌よく叫んでから、巨大な金の塊を出して、愉快そうに笑った。
「金はもう要らないほどだ。
床が抜けるからしまってくれ」
汰華琉が呆れたように言うと、魔王は天井に届くほどの金の塊を消した。
「…見直したかぁー…」と魔王がうなって汰華琉に顔を近づけると、「見損なったことはないんだけど?」と汰華琉が言うと、魔王はさも愉快そうに笑ってから、美貴に戻った。
そして、「何でも買えちゃうぅー…」と幸せそうな顔をして言った。
「もらった金塊から換金してくれ。
さっきの塊を出すと、金の価値が一気に下がりそうだ」
それも当然だと美貴は思ったようで、汰華琉の言い分を採用した。
「溶かしてインゴットにした方がいい。
さすがにあの量は、支払えるカネを用意できないと思う」
「…それもそうだわ…」と美貴は言って眉を下げた。
「まずはみんなに金塊をひとつずつ渡すけど、
換金してからでいい?」
美貴の言葉に、誰もが目を見開いて合意した。
「明日の作業の手伝いの前払いだから。
動物保護施設と修練場は、
明日仕上げちゃうから。
WNAからは一切お金を使わせないわ」
「俺たちの第一基地だな」と汰華琉が言うと、美貴は笑みを浮かべて賛同した。
WNA本部の会議に魔王が出現したので、十三人いる理事たちは、大いに戸惑っていた。
「保護施設と修練場については、
美貴に任せる。
だが、なぜ魔王?」
理事長の山城が眉を下げて聞くと、「いろいろと探ることがあってな」と魔王は答えて、第三席と第八席を睨んだ。
「やましい想いがあるヤツは出て行け」
魔王の言葉に、第三席は立ち上がる前に、派手な音を響かせて椅子から転落してうずくまった。
第八席は脂汗を流して、まったく動けなかった。
「ということだ。
新しい席について、いろいろと悪巧みを始めたようだぞ。
出世というものは、人の心を惑わせるものでもある。
残ったやつも気をつけておくことだ。
もっとも、WNAを俺が買い取ってもいい。
全員等しくさらに富豪だが、権力は失う」
魔王の言葉に、「まずは良識者として、席を連ねて欲しい」と山城が言うと、「ああ、名前貸しのようなものだな」と魔王は言ってにやりと笑った。
「さらに監査役も含めてだ。
魔王は俺の娘ではないようだからな」
「そんなもの当たり前だ。
俺はあんたから生まれた覚えはねえ。
手加減なしで、お前も監査してやるが、
まずは二人の息子がそろそろやばいぞ。
お前のその椅子を、息子たちが蹴るようなものだ」
「もう手は打ってある。
背任を犯す前に懲戒免職と勘当だ」
山城の厳しい言葉に、理事たちは大いに焦った。
まさに、わが身にも降りかかることだからだ。
「…ふん、さすが理事長と言っておこうか…
拾ったふたりの子の方が優秀だったようだな。
美々子は相変わらずふらふらしているようだが」
「自由奔放なのが、あいつの仕事のようなものだ。
WNAには定期的に寄付をしてくれている。
食っていければいいようでな」
「汰華琉とどっちが多い?」
「…それはさすがに汰華琉だよ… …わかっていて聞くな…」と山城は苦笑いを浮かべて答えると、「そんなもの当然だぁ―――っ!!!」と機嫌よく叫んでから、魔王は退席した。
理事たちはこの事実を始めて知って目を見開いていた。
「汰華琉の寄付金のほんの一部を、
特別小隊のバイト料に当てているようなものなんだよ」
山城の言葉に、「いい息子を持ったもんだ」と第二席がうらやましそうに言うと、誰もが深くうなづいていた。
「…孤児差別も、何とかしたいものだなぁー…」と第一席が言った。
「その昔に、悪逆非道を犯していたことは、
WNAの資料に残っていたからね。
もっとも、
生存者としては孤児が大多数を占めていたんだけどな。
パンデミックが始まって、二十年後に落ち着いて、
残ったのは全員、孤児だったんじゃないのかなぁー…」
名家という家が残っていないだけに、理事たちもうなづくしかないほどに、正しい見解と言えた。
魔王は会議に出た勢いそのままに、人や動物を移動させて、巨大な空き地に計画書通りの施設を浮かび上がらせた。
よって至ることろに広大な空き地ができたので、あとは汰華琉たちの仕事になる。
そして雅たちが魔王に向けて陽気に手を振っていた。
「汰華琉はまだお勉強だな。
お、来た」
魔王は言ってから、姿を美貴に戻した。
その汰華琉は大荷物を担いでいて、「ほら、制服だ」と言って、全員にユニフォームの蛇の皮のジャケットとパンツを手渡した。
「ビックリハウスの中で着替えればいいわ」と美貴が言うと、誰もがその施設を見て笑みを浮かべた。
外にある修練場とは違い、その建物は肉体よりも精神力を鍛錬するものだ。
今はまだ起動していないので、驚かせることはない。
観光客用にも同じようなものがあって、二つの建物は背中合わせに立っている。
その間に、関係者のみのエリアと観光客用のエリアの境である、高い塀がそびえ立っている。
ジャケットとパンツはまったく汚れないといった素晴らしいもので、泥んこ遊びには最適なものだ。
そして暇だったようで、悪魔マリアも飛んできて、「…おっ すげえな…」と呟いて、さっそく自分勝手に高い塀を登って、修行に勤しみ始めた。
着替えが終わった特別小隊は、早速汰華琉から作業手順を聞いて大いに働き始めたが、ほとんどの作業は植木職人のようなものだ。
空き地には計画的に木の苗を植えて、必要なところには花壇を作って種を撒く。
土地は広大なので、それなり以上に体も鍛え上げられる。
そしてうまい水を使った飲み物などに舌鼓を打つ。
陽が傾きかけて、「今日の作業は終わりだ!」と汰華琉が叫ぶと、全員集合した。
「今日の様子だと、休みの前には完成できそうだ。
みんな、お疲れ様」
汰華琉のねぎらいの言葉に、誰もが満面の笑みを浮かべていた。
「おい、俺にもうまい飲み物」とマリアが言うと、「労働者専用」と汰華琉は堂々と言った。
「…しまったぁー…」とマリアが後悔してうなると、誰もがくすくすと笑い始めた。
「ようやく本格的に会員証が日の目を見られるわ」と美貴が陽気に言うと、「使った実績は、各地の小さなイベントだけだったからな」と汰華琉は答えた。
「管理もできてちょうどいい。
会員権剥奪の上、出入り禁止も思いのままだ」
「…大勢出そうだわ… 宇宙の空気は澄んでるのに…」と美貴は悲しそうに言った。
「もし放ってけば、さらにひどくなることはわかっている。
今は大きな戦争がないから、
澄んでいるように見えるだけ。
小さいものはあちこちに澱んでいるはずだ」
「…いくつも食った…」とマリアが自慢げに言うと、「じゃ、褒美だ」と汰華琉は言って、ペットボトルをマリアに二本渡した。
「…一本だったたら殴りかかっていた…」とマリアは物騒なことを言って、一本を飲み干して、幸せそうな顔をしてから、「景色がきれいだった」と笑みを浮かべて言って、高くそびえる壁を見上げた。
「そうか、よかった」と汰華琉は言って、美貴とともに歩き始めた。
もちろん汰華琉は、マリアがまだまともではないことは気づいていた。
夕食の席で、「さて、神ケインのことだが」と汰華琉が言ったとたんに、マリアの様子が一転して、汰華琉をまさに食らわんとばかりの目をして睨んでいる。
「マリアの件は、まだ何にも終わっちゃいない。
落ち着いて考える時間が欲しかっただけだ。
慌てるとろくなことがないと、
神ケインだったら言っていたような気がするが?」
「…うう…」とマリアはうなって、その眼光の鋭さは消えたので、図星だったようだ。
「前に言ったよな、昔返りの件」
汰華琉がマリアに聞くと、「…お、おう… それは理解できている…」とマリアは少しふてくされたように呟いた。
「たぶんな、魔王が神ケインに昔帰りしても、昇天することはないはずだ」
「なにぃ―――っ?!」とマリアは叫んで、美貴を一度は睨んだものの、その裏にいる魔王に怯えたのか眉を下げた。
「まだ続きがある」と汰華琉が言うと、「…お、おう…」とマリアは言って、浮かせていた腰を椅子に落とした。
「昔帰りということは、本体は魔王だ。
よって、神ケインと魔王が混在することになるから、
魔王の意思で、昇天することはない。
だが大問題がここにあって、
純粋な神ケインではないということになる。
これを試したって、まずは神ケインの懺悔の言葉を聴くだけだろうな。
それに、魔王が気に入らないことを神ケインが言えば、
大いに反発するだろう。
神ケインは仮の姿でしかないからだ。
美貴はどう思う?」
汰華琉が美貴に顔を向けて聞くと、「魔王の言葉で話すって」と美貴が答えると、マリアはこれ以上ないほとにうなだれた。
「ここまで、理解できた?」と汰華琉がマリアに聞くと、「…理解できた…」とマリアはうなだれたまま答えた。
「だからここからがまだ未知の領域だが、
術が使えない神ケインを蘇らせることはできるはずだ」
「あら?」と美貴は言って、薄笑みを浮かべた。
マリアは顔を上げて目を見開いている。
「美貴が持っている神ケインの四十億年分の記憶を、
ロボットに移植する」
汰華琉の言葉に、マリアは徐々に目を釣り上げていって、「そんなおもちゃにだまされるかっ!!!」と大いに叫んだが、汰華琉は涼しい顔をしている。
「では聞こう。
最先端のロボットを、マリアは見抜けなかったはずだ。
あっちの世界に行った時、ロボットに出会っていたはずなんだ。
これは確認済みで、お前の記憶にもあるはずだ」
マリアの目は大いに踊り、「…そ… そんなはずは…」とマリアはつぶやき、喜笑星に渡った時のことを具に思い返していた。
「これは驚きの事実だ。
きっと俺たちでも見抜けないはずだ。
だがな、実はひとりだけ見抜ける可能性がある者がいる。
ここからは俺たちの修行のようなものだから覚悟しろ」
汰華琉の言葉に、雅たちは笑みを浮かべていた。