局地的極寒嵐2 ネルガル視点
やれやれ、血の誓いとは吸血鬼族のヴァンスにとってはまさしく命がけの行為なのにもかかわらず、よく姫様に提案出来ましたね。
吸血鬼族が自分側が眷属となる契約をするのであれば、主となる者以外の血を摂取出来ないことを意味するのですが、姫様は恐らくそこまでは知らないでしょうね。
そもそも、ヴァンスは先日少量とはいえ姫様の血を飲んでいますので、無理をしなければ十年は他者から血を飲まなくても平気でしょう。
姫様の恋人になったというヴァンスに陛下が何もしないとも思えませんが、姫様からヴァンスを虐めないで欲しいとおねだりをされていますし、微妙な所ですね。
姫様の中の虐めないと、陛下の中の虐めないという基準が違う可能性が高そうです。
まさか俺に本気でヴァンスと戦闘をしろとは言わないと思いますが、もし本気で戦えと言われたら俺もヴァンスも無事と言うわけにはいきません。
陛下はどう出るのでしょうね。
「ライラの部屋は私の部屋と続きの部屋に改築する」
「えーっと、それはいいよ?」
「ベッドは同じとする」
「一緒に寝るっていう事だよね? 最近またずっと一緒に寝てるし、構わないよ?」
部屋やベッドに関してはヴァンスに血を飲ませて以降、姫様は陛下と一緒に寝ていますから問題はないでしょう。
「食事も共にする」
「うん」
そもそも朝食と夕食は一緒に食べているので今までと変わらないのではないでしょうか。
「風呂も」
「それは無理」
即答ですか姫様。
省エネモードの姫様なら一緒にお風呂に入っても見た目は問題ないと思いますよ?
姫様は魂の記憶、前世の影響もあって精神年齢上の理由で拒否なさっていますが、陛下としてはまだまだ愛娘と遊びたい盛りなのでしょう。
陛下は長い人生に随分退屈していますからね。
退屈を紛らわすための人間の国との外交もそろそろ飽きてきたようでしたし、姫様が現れてくれたのは丁度いいタイミングだったのかもしれません。
流石に陛下専属の使用人や護衛騎士の大半を姫様に移したのは驚きましたけどね。
それだけ姫様が大切なのでしょうけれど、あれだけ姫様に防御魔法をかけておきながら専属護衛騎士とか、正直いりませんよね。
今の時点なら姫様に俺は勝てますけど、そのうち勝てなくなりますよ。
陛下の魔力を受け入れてなお記憶を保持しているだけでも異常なのに、独自に魔力を作り出せるようになったら、どうなるんですかね。
というか、ヴァンスと二人きりの空間に居たいと願うのであればこの屋敷の中でも魔国の王城内でも、陛下が干渉出来ない結界を張るしかありませんから、強くなるしかありませんね。
王都にあるヴァンスの屋敷でもいいですが、陛下なら意識すれば魔国の全てを把握できますし、難しいですね。
そもそも姫様が王城を出るのに供を付けないなどありえないでしょう。
ヴァンスが居るから供はいらないなどと言う理屈は陛下には確実に通じませんよ、姫様。
「一緒に寝て隣の部屋になったらヴァンスとの仲を認めてくれるの?」
「隣ではない、続きの部屋だ。二人きりになるのも認めないことを忘れるな」
「むぅ、なんかそれって恋人っぽくない」
確かに恋人らしくはありませんが、姫様は陛下の愛娘なので諦めていただくしかありませんね。
人間の王族もプライベートはないに等しいですし。
「でも、パパがヴァンスとの仲を許してくれるんだったら、私とヴァンスはちゃんとした恋人になれるんだよね」
「……まあ、そうなるな」
陛下、思いっきり気に入らない声ですね。
無表情ですけど。
「恋人だったらお揃いの装飾品を持ってもいいんだよね?」
「それは駄目だ」
「なんで!?」
「ヴァンスが私よりも上質な魔晶石を作ることが出来るようになったら認めよう」
陛下、それは絶対に許さないと言っているような物ではありませんか?
姫様が身に着ける装飾品は陛下が作り出した魔晶石が使用された物だけですからね。
それにしたって、ヴァンスが姫様に惹かれるのもわかりますが、なんというか無謀ですね。
もし姫様がお断りしていて気まずい空気になったら、専属侍従の任を解かれたでしょう。
……いえ、ヴァンスがそんな下手な真似はしませんか。
いくら陛下のお達しとはいえ、吸血鬼族が姫様に仕える者を出すことが珍しいのですよね。
能力が高いくせに享楽に使用する事が殆どですから、吸血鬼族は……。
護衛騎士の中にも吸血鬼族の者はいますが、食事などへの享楽よりも戦闘狂と言ってもいいような性格ですからなっているのでしょう。
そう考えると、あの時ヴァンスを連れて来た吸血鬼族の族長はヴァンスが族長になれる実力があると知りつつ、まだ地位を譲らないという意思をヴァンスに示したかったのかもしれませんね。
陛下と姫様が利用されたかもしれないのは腹立たしいですが、その結果有能なものが確保できたので良しとしましょう。
「パパよりも上質な魔晶石なんて私でも作れないのに……」
姫様がそう言って頬を膨らませて凍って使い物にならなくなったカップをつつきます。
あのカップは姫様がお気に入りと言っていたような気がしますが、室温が戻ったらパキパキに割れているでしょうね。
あの工房の物は一点ものなので、同じものは手に入らないのですが、新しく姫様がお気に召す物を作製して取り寄せるしかありませんか。
「……装飾品じゃなければいいのね」
「どういう事だ」
「お揃いの物って装飾品だけだって思ってたけど、そうとも限らないんだよね」
名案を思いついたと言うように姫様がニコニコとカップから手を放して、ヴァンスを上から下までじっくり眺めました。
「飾りじゃない実用品でもいいのよね!」
そう言った姫様は何がいいかと首をひねりました。
なるほど、文房具などだったら魔晶石を使いませんね。
同じようにハンカチにも魔晶石は使いませんから、人間の貴婦人のように刺繍をして渡すなどしたら、陛下はそれこそ嫉妬でこの屋敷の敷地内だけでなく魔国に天変地異を起こすのでは?
主にヴァンスの屋敷に。
王城に住まうにあたってヴァンスは魔国の王都にある自分の屋敷は使用人に任せきりだそうですが、屋敷に居る使用人が無事だと良いですね。
「うーん。ねえ、ネルガル」
「なんでしょうか姫様」
「装飾品以外で普段使いできるものってなんだろう?」
「……私が思いつくのはハンカチや文房具でしょうか?」
「なるほど。ハンカチや文房具は確かに好感度アップアイテムにあったね」
姫様が「そうなると」と考えるように腕を組みます。
省エネモードなので迫力がいまいちないのが残念ですね。
外見年齢操作モードで同じ仕草をすれば、もう少し様になると思うのですが、その姿では可愛らしいという印象が強いです。
「ヴァンスは何が欲しい?」
「わたしですか? 姫様に選んで頂いた物なら何でも嬉しいですよ。望まれるならわたしに用意出来る限りどのような手を使っても入手してみせます」
そんな事を言ったら陛下に全力で阻止されてしまいますよ?
もしくはあえてこう宣言することで牽制しているのでしょうか?
「リリス様にも何がいいか相談してみようかな」
「ライラ」
「どうしたの、パパ? 装飾品じゃないからお揃いで持っても大丈夫でしょう?」
「欲しいと言っていたティーカップがあったな」
「ん? ガラス製のマーガレットの絵のやつ?」
「ああ、ペアのティーカップだったな」
「そういえばそうだね」
「ティースプーンも新しい揃いの物を用意させよう」
「うん?」
陛下、ヴァンスと姫様がお揃いの物を使うのに嫉妬するのはいいですが、さりげなく自分もお揃いの物を用意するんですね。
ですが陛下、使用人や専属護衛騎士は知っていますが、貴方は姫様とお揃いの物はすでに山のように持っているでしょう。
内心で呆れつつも、結局姫様のお願い事には妥協して許してしまう陛下に、やっぱり親バカだと思ってしまいます。
さて、あの店の職人に品物を売ってくれるように交渉しないといけませんね。
いっそ姫様と陛下用に一から作らせるのもいいかもしれません。
そのぐらいしないと陛下は納得しなさそうです。
ネルガルはライラの専属護衛騎士筆頭ですが、ライラよりオルクスに忠誠を誓ってます。
まあ、内心で結構「何この親バカ」とか思ってますが、忠誠を誓っています。
それにしても、この状況に居合わせた使用人とか護衛騎士はなんかもう、ご愁傷様としかいえないですね。
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