局地的極寒嵐 ナムタル視点
現場のナムタルです。
この度局地的に極寒地帯となっておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
私は元気です、多分。
「つまり、ヴァンスと恋仲になったと」
「うん」
陛下が改めておっしゃると姫様が頷きましたが、その瞬間室内の床がビシビシと凍り付いていきます。
「挙句の果てに血の誓いをしたいと申し出があったんだな?」
「パパは反対なの?」
「……賛成すると思うのか?」
バリンっと音を立てて部屋のガラス窓が粉々に粉砕して飛び散り、ヴァンスに向かって飛んでいきますが、流石と言いますか当然と言いますか、体に突き刺さる前に全て張られた結界によって落とされているようです。
「私の寿命が縮むわけじゃないよね?」
「ライラは私の魔力を分けられているからな、寿命に関しては私と同じものであることは絶対だ」
「うん、だからヴァンスが私の眷属に」
バキッと部屋の棚が壊れてさっきと同じように破片がヴァンスに向かいますが、結果は同じですね。
と言うか先ほどからこの繰り返しなのでヴァンスの周囲が瓦礫の山になっています。
「従魔ならリンがいるだろう」
「眷属と従魔って違う物なんでしょう?」
「そうだな。だが、そもそもヴァンスはライラの専属従者だろう。改めて血の誓いをする必要はない」
「でも、ヴァンスの特別になりたい」
姫様がそうおっしゃった瞬間、今度はヴァンスの背後の壁がはじけ飛びました。
これは部屋の修繕が大変ですね。
陛下がその気になれば魔道具を使用して一瞬で修繕は終わるでしょうが、掃除が大変そうです。
それにしても、窓ガラスが割れたせいで先ほどから部屋の中に雨や風が吹き込んできて大変なことになっていますね。
カーペットも悲惨なことになっています。
姫様のお気に入りの店のものだと、陛下が選び抜いた物のはずなのですがいいのでしょうか?
いえ、いいのでしょうね。
陛下の中ではまた買えばいいと思っているに決まっています。
それにしても、姫様とヴァンスがこういう関係になるのは時間の問題だったと思いますが、陛下は一秒でもそれを延ばしたかったのでしょうね。
吸血鬼族は花嫁を囲い込む癖がありますから。
それは食料的な問題でもありますが、なによりも花嫁を溺愛するからですね。
血統的にも能力的にもヴァンスは姫様の相手として不足はないと思いますが、陛下は何が気に入らないのでしょうか?
いえ、陛下はどこの誰であっても気に入らないですね。
むしろヴァンスだからこの状況で済んでいるような気がします。
ネルガルと付き合うなどと言いだした日には、陛下がネルガルをなぶり殺しにする未来しか見えません。
ちなみに私は姫様とヴァンスの仲に関しては応援している派です。
仕方がありませんよね。
姫様が誕生なさってから私はお傍でお仕えしていますが、ヴァンスと一緒に居る時の姫様は雰囲気が変わりますから。
陛下だって分かっているでしょうに、認められないのはやはり親バカだからでしょう。
そもそも、ネルガル以外の専属護衛騎士数人かかりでも勝てない実力者なんて、魔国で探してもそういません。
ネルガルが言うにはヴァンスも訓練時に本気を出しているわけではないので、本当の実力は分からないし、まだ伸びしろがあるそうなので、このままでいけばネルガルに並ぶ実力者になるでしょうね。
「ライラに恋愛はまだ早い」
「私は前世の記憶もあるから精神年齢は高いんだよ?」
「自分が思っているよりも低いだろう」
「それは……否定できないけど」
「恋人など作る必要はない」
「でも、ヴァンスに愛してるって言われて、私も好きって答えたから恋人になったよ?」
バキバキっと音を立ててヴァンスの背後だけではなく壁にひびが入っていきます。
外も先ほどからいくつも特大の雷が落ちていますし、この屋敷の敷地内だけとても悲惨な状況になっていますね。
姫様が事前に何があってもこの敷地内以外に被害を出さないでと言わなければ、ペオニアシ国の王都は壊滅していましたね。
魔道具で強化された屋敷がこの状況ですから、人間が魔道具の力も借りずに建てたものなど跡形もないでしょう。
それにしてもヴァンス……この状況で平然とした顔をする胆力は褒めるべきところですね。
イオリなど自分に向けられているわけではないのに、陛下から発せられる殺気で攻撃行動に出ないように必死ですよ。
陛下の許しを受けて姫様に忠誠を誓っている者は、陛下からの殺気を受けても自殺しようとはしませんが、あまりの殺気に咄嗟に攻撃行動に出たくなってしまうのですよね、姫様をお守りしようと思って。
まあ、陛下が姫様を傷つけるなど絶対にありえませんけれど。
ノーマは、表面上は冷静なそぶりを見せていますが、手が暗器を出そうと動きそうなのを必死に抑え込んでいるのでまだ甘いですね。
やはり、姫様の専属の中で頭一つ飛び出ているのはヴァンスでしょう。
私でも専属護衛騎士数人を一度に相手をするとなれば、それが訓練でも姫様に心配をかけない傷を作らないでいる自信はありません。
姫様は自分の影響で誰かが傷つくのを厭う傾向がありますからね。
もちろん、この数年で行われた教育のおかげで、必要な犠牲というものも学んでいらっしゃいますので、取捨選択はなさいますが、それでもお優しいことに変わりはありません。
「それにね、前世で出来なかったスクールライフとか、こっ恋人を作るとか……憧れだし」
頬を染めて嬉しそうにおっしゃる姫様は大変愛らしくていらっしゃいますが、無表情の陛下の足元から凍った床がバキバキとさらに凍り付いていっています。
姫様の周囲だけ被害が無いことから、この状況においても陛下の溺愛ぶりが分かりますね。
「もちろんパパは私にとって特別な人なのよ? でも、ヴァンスに感じるのはそれとは違うドキドキっていうか、傍に居ないとパパとは違う意味で物足りないの」
「物足りない、か……」
陛下、ヴァンスの周囲が大変なことになっています。
掃除するものの身にもなっていただきたいのですが、陛下はそのような事は気になさいませんね。
ええ、分かっております。
「パパと一緒に寝るのだって変わらないし」
あら、少しだけ室温が戻ったような?
「私にとっての一番はどうしたってパパなんだし」
あらあら、無表情ながらも陛下の機嫌が直ってきたような気がしますね。
「で、でも私は前世からの夢を諦めたくないっていうか……我儘かもしれないけど、普通の女の子みたいに恋愛もしてみたいの」
ダメ? と可愛らしく首を傾げる姫様に陛下も悩んでいるようです。
滅多にない我儘ですので、親バカとしては叶えたい一方、内容が恋愛をしたいというものですから難しいのでしょうか?
「パパ……、私とヴァンスは付き合っちゃだめなの?」
僅かに首を傾げて涙目になる姫様に陛下の無表情が僅かに崩れました。
「……二人きりになるのは禁止だ」
「なんで!? 恋人なのに!?」
「だめだ」
二人きりのような空間を作る事は可能でしょうが、この屋敷の敷地内で陛下に認識されないことなどありえません。
登下校では護衛騎士が傍に居ますし、何よりも同じ馬車の中にはイオリとノーマがいますから、二人きりにはなれませんね。
学院内であの二人が把握できない範囲まで離れるとも思えません。
したがって姫様の望む二人きりというのは限りなく不可能ですね。
いえ、姫様が陛下も干渉できないほどの結界を張ることが出来れば可能かもしれません。
今は独自に魔力を練る訓練を行っているとはいえ、現在は大半の魔力が陛下と共有ですから、当面それも難しいですね。
専属メイドとして姫様のご要望に応えて差し上げたいですが、魔国の王城内同様に陛下が無意識に認識してしまえる範囲であるこの敷地内では難しいですね。
ネルガルを脅して、ではなく協力してもらって出来るだけ雰囲気だけでも二人だけの状況を作り出すべきかもしれません。
実の所、小ボスであるナムタルは攻略済みだったヴァンス。
だが、ラスボスの魔王は手ごわいぞ!
でも聖女?の力を借りて勇者になって勝つんだヴァンス!
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