嵐の図書塔2
「姫様、あれは初々しいと言うのであって淫靡とは言わないと思います」
「そうなの?」
じゃあ淫靡ってもっとイチャイチャしないといけないの?
やっぱりキスか? キスが足りないのか?
「淫靡とはもっとこう、男女が淫らな行為をしたり、官能的な雰囲気を出したりすることを言いますね」
「キスが足りないのね」
「キスが淫らと言うわけではないのですが……。そうですね、例えばここで誘惑するとか」
「誘惑? それなら知ってるわ、悪い事に誘うのよね」
「まあ、間違ってはいないと言うか……」
「だとすると、ヴァンスは淫靡?」
「なぜそうなるんですか」
「だって顔面偏差値お化けの色気大魔神のヴァンスは、色気を常に振りまいて女性を誘惑する悪い人でしょ?」
「それ、誰が言いました?」
「イオリ」
「わかりました、後で絞めておきます」
よくわかんないけど、なんかごめんイオリ、飛び火したかも。
「確かに吸血鬼族や淫魔族の類は他種族より誘惑する事に長けてはいますね」
「やっぱり」
「しかし、誰でも彼でも誘惑したらそれこそ血で血を洗うことになるので、優秀な者ほど調整します。わたしもそうです」
それ、間接的に自分が優秀って言ってる?
いや、ヴァンスが優秀なのは知ってるけどね。
「わたしが誘惑したいのはただ一人ですよ」
耳元でそう囁くヴァンスの声に変な声が出そうになる。
あ~、こっそり覗き見してなかったら思いっきり叫んで暴れたい!
乙女ゲームとかでヒロインに愛を囁く攻略対象のボイスを聞いた後に、身悶えるのと同じ感覚!
前世で聞いた声優さんの誰よりもイケボだから、余計に身悶えたい!
オルクスもよく私の耳元でしゃべるけど、あれは同じイケボでも安心する声。
なによりオルクスは私にこんな風に甘い声をかけない。
いや、ある意味甘いけど違うんだよ!
「姫様がわたしに誘惑されてくださるのなら、いくらでも姫様の望む言葉を捧げましょう。望む空気を作りましょう。どのような事でも致しましょう」
そういって握っていた方の手に力を込めてくるヴァンスに、顔が赤くなる。
耳に触れそうなほどに唇が近づけられているのを感じて、心臓が破裂しそうになって声にならない悲鳴で口をパクパクとさせていると、ヴァンスの頭が動いて髪に口付けられた。
その気配にビクンと体が飛び上がりそうになったけど、ヴァンスと密着して包み込まれているのでそれは防げた。
「全ては姫様の望むままに」
耳にかかる吐息に思わず握られた手に力がこもる。
今振り返ってヴァンスの顔というか、瞳を見ちゃ絶対ダメだって本能が訴えてる気がする。
「い、イベントっ! リリス様たちのイベントを見よう?」
「ふふ、そうですね」
そう言いながらも体勢を変えないヴァンスのばかー!
「姫様はこうしてわたしに触れられるのは嫌ですか?」
「……い、嫌じゃないわ。でも心臓に悪いの」
「わたしが他の異性に同じことをしていたら、どう思いますか?」
「それはダメ!」
思わず大声を出してしまう。
自分でもよくわからないけど、とにかくヴァンスが私以外にこんな事をするのはすごくいや。
本棚の隙間から驚いたように周囲を見渡すリリス様たちが見えて、もう出歯亀どころじゃないって思ったけど、こっちはこっちでそれどころじゃない。
「ヴァンスは私の専属従者なんだから、他の人にこういう事をしちゃダメ」
「ふふ、冗談ですよ。姫様以外にしたいとは思いません」
そう言って私の髪に口付ける気配に、今は私以外にと言っているけど、昔は私以外にこういう事をしたのかもしれないと考えるとすごいムカムカとする。
「む、昔は……私以外にもこういう事をした人は居るの?」
「こういう事ですか……ないとは言いませんよ。それなりに生きていますし、わたしは吸血鬼族ですからね」
「……ふーん」
「食事をしないわけにはいかないでしょう?」
「私にこういう事をするのも食事の為?」
「まさか、姫様を今までの食事と同列に扱うなんて絶対にありえませんよ」
「そうなの?」
「ええ、どんなに一時の愛情を注いでも食事は食事。それはあくまでも美味しく食べるために手間をかける行為以外の何物でもありません。けれど……」
ヴァンスがそう言って首筋に唇を近づける気配がする。
「姫様への愛は、わたしが生きる意味そのものです」
「そ、それって生きるための食事と何が違うの?」
「食事を美味しくするための工夫は一時の享楽。姫様への愛は永遠の誓いです」
首筋に唇が振れ、ゾクリと肌が粟立った。
「ふぁっ、なんかゾクゾクする」
「………………嵐が過ぎますね。これ以上は見逃してくれないでしょう」
ヴァンスは本棚に付いていた手と、私の手に重ねていた手を離すと一歩距離を取る。
そのタイミングで図書塔の照明が戻り、窓を叩く雨の音も小さくなってきた。
でも私の心臓はドキドキとしたままで、顔も熱を持ったまま。
自由になった両手で、頬の熱を冷ますように手を当ててゆっくりと深呼吸を繰り返す。
そうしているうちに、カツカツと足音を立ててノーマとイオリが本を抱えて戻ってきた。
「ヴァンス、やりすぎですよ」
「流石にどうかと思う」
「姫様はこの手の事がお好きかと思ったのですけどね」
「見ている分には楽しいのでしょうけど、姫様がその立場になるにはまだ早いのではありませんか?」
「そうそう、陛下にばれたらっていうかばれるだろうけど、今度こそ何されるかわかんないぞ?」
「……流石に殺されるとは思いたくないですね」
「「陛下ならやりかねません(ない)」」
ヴァンスたちの会話に驚いてそちらを向くと、三人とも何とも言えない顔をしている。
「大丈夫よ、ヴァンスは私の専属従者なんだからいじめないでってパパにお願いしたもの」
「え、姫様それって本気でそう言ったんですか?」
「そうよ? ダメだった?」
「いや、ヴァンスへの特別訓練が急になくなった理由は分かりましたけど、ある意味ヘイトを貯めましたね」
「え?」
「陛下は親バカですから、姫様がヴァンスを虐めるなと言えば特別訓練はやめますね」
「でも、姫様にそんな風に特別扱いされているって思ったら嫉妬しますよ?」
「そうなの? で、でも……ヴァンスは私の専属従者だし、いじめはだめだと思うし、イオリでもノーマでも同じことを言ったわよ?」
「あ~、姫様ってばなんて愛らしいんでしょう。私は嬉しさのあまり色々な意味で泣きそうです」
「色々な意味で?」
「姫様、オレやノーマはそもそも姫様にそういう認識はされてないから」
「どういう認識?」
イオリの言葉に首を傾げると、イオリが一気に距離を詰めて私に顔を近づけてくる。
近いよ……。
「オレ、自分で言うのもなんですけど美形ですよね?」
「そうね、うん、かっこいいと思うわ」
「でもそう思うだけですよね」
「ん? えーっと?」
「ヴァンスがこんな事をしたら赤面してしどろもどろになるじゃないですか」
イオリの言葉にせっかく治まっていた顔の熱がまた上がってしまう。
「それは、ヴァンスが顔面偏差値お化けでお色気大魔神だから」
「陛下だって十分顔面偏差値お化けのお色気大魔神じゃないですか。無表情ですけど」
「パパはパパだもん」
私の言葉にヴァンスがクスクス笑い、ノーマがヤレヤレと首を振り、イオリが「それです」と肩に手を置いて来た。
「姫様は、ヴァンスを男として認識してます」
「……ん?」
「具体的に言えば、恋愛対象として認識してます」
「ばっちがっ……」
ロザリナ様にも言われたことをイオリにも言われて上ずった声が出てしまう。
真っ赤になった私を見て、ヴァンスが「わたしは大歓迎です」と嬉しそうに言って、ノーマが「吸血鬼族はこれだから性質が悪いんですよ」と嘆いている。
れ、恋愛対象って……そんな小説とか少女漫画とか乙女ゲームみたいなことが私に起きるなんて、言われていたとはいえ本当にそうなるなんて考えた事ないんだけど!?
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こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。




