嵐の図書塔
突然の嵐のせいで閉鎖空間となってしまった図書塔。
雷のせいなのか大気中の魔素が不安定になり、質の悪い魔晶石を使った図書塔の古い照明器具は先ほどから暗く明かりを落としてしまっている。
ヴァンスは小さく「これだから人間の作った質の悪い魔晶石は」などと愚痴ったけれども、私は心の中でイベントチャンス! と歓喜している。
妹姫がとある攻略対象と一緒に図書館で勉強をしているとランダムで発生するイベントで、発生に関しては諦めていたんだけど、今日はリリス様とジンジャー様といつもの私のお付きの六人で調べもの中だった。
各自資料を探すという事で別行動中に発生した嵐に、もしやと思ってこっそりとリリス様たちの気配がするところに行ってみれば、案の定薄暗い明かりの下で身を寄せ合っているリリス様とジンジャー様がいる。
ジンリリで再現されてる!
本棚の隙間からこっそりと覗いていると、ジンジャー様がリリス様の耳元で「戻って来ませんね」なんて言って、リリス様の髪の毛を自分の指に巻き付ける。
リリス様もそんな仕草に照れたように微笑んで「そうですわね」なんて言ってジンジャー様を見つめている。
あ~、乙女の夢見るイベントがまさに目の前で展開されてる!
そのまま勢いでキスしちゃえと思うけど、いつ私達が戻ってくるかわからない状況でジンジャー様がするわけないか。
薄暗いと言っても私達からしてみたらこのぐらいの暗さどうっていう事は無いし、小声のつもりだろうけどしっかりばっちり声は聞こえる。
あー、リリス様の髪ってサラサラのストレートだから、すぐ指から解けちゃうんだ。
ジンジャー様ってば髪の手触りを確認するように梳いた後に、そっとリリス様の手を握っちゃった。
リリス様も握り返してるし、あれって漫画とかで見たやつだよね、恋人繋ぎっていうやつ!
少女漫画の世界が目の前で繰り広げられてる!
あぁ! なんかもう胸いっぱい!
「ジンリリ尊い……」
小声でうっとりと言うと、私の手に誰かの手がそっと重ねられた。
内心で「ひぇっ」っと思ったけど、イオリとノーマが別の場所で資料を探しに行っている以上、私にこんなことが出来るのは一人しかいなくて……。
「ヴァンスっ」
小声で咎めるように言うけど、ヴァンスはそのまま私の手を握り込んでもう片方の手で私を閉じ込めるように本棚に手をつく。
こ、これは壁ドン!? いや、本棚ドン!?
「姫様はあのような子供じみた触れ合いがお好みですか?」
耳元で囁かれて心臓がドクドクと音を立てる。
「こ、子供って十分恋人同士の行動じゃない」
「初々しいとは思いますけどね」
そう言ってヴァンスは私の後ろからリリス様たちを覗き込むようにするので、当たり前だけどよりいっそう私との距離が縮まるというか、密着する。
「ほら、姫様」
促されるように視線を向けると、リリス様とジンジャー様が仲良く小声で話しているのが見えるし聞こえる。
まだ帰ってこないとか、嵐が弱まらないとかそんな会話。
「皆様も暗くなっているからその場から動けずにいるのでしょうか?」
「そうかもしれませんわ。こんな嵐なんて、本当に珍しいですわね」
「被害が出ないといいのですが」
「そうですわね。特に南部は河川の整備も始まったばかりですもの」
「民家などにも被害が及ぶかもしれません。この嵐が王都だけの局地的な物でしたらいいのですが……いえ、こう言ってしまうと王都に住んでいる人に申し訳ないですね」
「天候に関しては季節特有のもの以外は予測が難しいですものね」
「魔国では魔王陛下のお心で天候が変わるとも聞きますよ」
「まあ! やはり魔王陛下は規格外でいらっしゃいますわね」
そう囁き合いながらリリス様とジンジャー様は肩を寄せ合っている。
イベントならここで選択する回答によって好感度が変わるんだけど、ジンリリならそれはないか。
今となっては確定カップルだもんね。
うーん、出歯亀としては物足りない気分もあるけど、ジンリリは美味しい。
なんかこう、乙女ゲームを見ているっていうよりは生で少女漫画を見ている感じ?
映画とは違うんだよね、なんかこう……うん、少女漫画!
実写の恋愛映画をあんまり見た事がないからよくわかんないっていうのもあるんだけどね。
前世ではしんどかったんだよ、二時間近く画面見続けるのって……。
かといって途中で休憩するのもなんだかなぁっていう感じだったから、映画はちょっと避けてたのは事実。
そもそも、子供向けアニメ系しか見させてもらえませんでしたし!
いくら成人してなかったからって、年頃の女の子にあれはないよね!?
でも三十分から一時間のアニメが私には限界だったのは事実だわ。
学校の授業も休み時間は体力回復に徹さないと無理だったし、午後になったら保健室どころか午前中に早退なんてしょっちゅうだったよ、……純粋に悲しい。
だからこそ、今世ではビバ! スクールライフ!
「ジンジャー様、近いですわ。皆様がお戻りになったらどうしますの?」
「まだ戻って来ませんよ」
ごめん、ばっちり覗き見してる。
「僕はこうしてリリス様と一緒に過ごせる時間が作れるのは嬉しいです。二人きりって、あまり機会がありませんし」
「そんな事言って……なんだかんだと時間を作るじゃないですか」
「学院の中では多少の自由はありますからね。城に戻るとそうもいかないでしょう? リリス様は次期女王、僕もその王配として仕事があります」
「それはそうですけど」
「だから、この時間を大切にしたいんです」
「ジンジャー様」
ひゃー! これが砂糖を食べているような甘い雰囲気ってやつ?
「もっと二人だけの時間を作りたいですが、リリス様が学院を卒業したら一日でも早い懐妊が望まれますから」
「そうですわね」
「父が、子供が手を離れるぐらいまでは仮の王位についていても構わないと」
「そうですの?」
「リリス様の体に負担のかからない人数を産んでいただきたいそうです」
「叔父様ったら」
リリス様が照れたように繋いでいない方の手で頬を押さえて微笑む。
そんなリリス様をまるで宝物を見るように、甘い瞳で見つめるジンジャー様。
あー、何度でも言うけどジンリリ尊い。
お色気路線のある姉姫陣営だけど、こうしてると全年齢対象に見える。
ちょっと淫靡? な雰囲気もある気がするけど。
薄暗い場所で男女が仲良くしているのを淫靡な雰囲気って言うんだって、前世で入院している時にちょっと仲良くなったおじいちゃんが言ってて、お見舞いに来たおばあちゃんに怒られてた。
子供に何を教えてるんだって言ってたなぁ。
あの時の私ってまだ十歳だったから、子供で間違いなかったし。
淫靡ってあれだよね、男女がイチャイチャするっていう意味だってあの後おばあちゃんが訂正してくれた!
だから薄暗い図書塔でイチャイチャしてるジンリリは今まさに淫靡!
あ、でもその後さらに看護師さんが大人になったら辞書で調べなさいって言ってたような?
調べる前に死んじゃったから結局分かんないままだったな。
「ねえねえヴァンス」
「なんでしょう、姫様」
「っ……い、淫靡って詳しくはどういう意味?」
リリス様たちに集中してたせいで背後に密着してるヴァンスの事を忘れてた(意図的に!)。
うぅ、耳元で囁かれるイケボのせいでなんかムズムズする。
なんかこう、背筋がゾワゾワってするというか……嫌な感じじゃなくて、ひたすら慣れない。
どっちかっていうと、照れる? 恥ずかしい?
「淫靡の意味ですか?」
「そう……。リリス様たちみたいにイチャイチャしているのを淫靡って言うんだよね?」
私がそう言うと、ヴァンスが耳元で小さく「はぁ」と息を吐き出して、ゾワッと全身の毛穴が開いたような感覚がした。
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