月が導く2 途中からオルクス視点
どうしたのかと私を見てくるヴァンスとの距離を強引に詰めると、グイっとかけていた上着の襟ぐりを広げた。
「血、飲んで!」
「は?」
「月光浴よりも血を飲む方が回復するんでしょ?」
「それはそうですが、何を言っているんですか姫様」
「だって、そういう状態になったのもパパがヴァンスに無茶させたからだよね?」
「いえ、無茶というまででは」
「いいから飲んで!」
本当ならいくらでも逃げられるだろうに、ヴァンスは椅子と私に挟まれる形で困ったように眉を寄せるだけ。
ああもうっ!
まどろっこしくなった私は鎖骨の上の辺りを自分の爪で思いっきりひっかいた。
「姫様!」
「いったぁ……」
「なにをなさっているのですか!」
慌てて私の手を掴んだヴァンスが新しいハンカチを取り出そうとするのを止める。
「吸血鬼族の唾液って治癒効果もあるんでしょ?」
「それは、そうですが」
「舐めて治して」
「姫様……」
咎めるような口ぶりのヴァンスを無視して私は薄く血がにじむ部分を指さした。
その言葉にヴァンスは眉を寄せてしばらく動かずにいたけど、意を決したようにそっと顔を近づけて私が自分で傷つけた部分を舐める。
「っん」
お風呂の時とかマッサージで触られることはあっても、舐められるなんて初めての事で、リンが甘えて舐めてくるのとも違った変な感覚に思わず声が出たけど、ヴァンスは構わずに舐め続ける。
ゾワゾワした感覚を我慢していると、スッとヴァンスの顔が離れて、舐めていた部分をハンカチで拭われた。
「ふぅ」
思わず息を吐き出すと、今度は指先、正確には肌をひっかいた爪を舐められて変な声が出そうになったけど、なんとか我慢した。
うっそりとした顔で指先を丹念に舐めるヴァンスに、顔が赤くなるのを感じる。
舐め終わって、指先も丁寧にハンカチで拭われてから、ヴァンスが小さくため息を吐き出した。
「もうこのような事はおやめください」
「無理」
「姫様……」
困ったような、咎めるような声だけれども、私は首を横に振る。
「最近家でヴァンスに会えないのも、そんな状態になっちゃってるのもパパの命令でしょ? 私はパパの娘だからフォローするのは当たり前だもん」
「しばらく月光浴をしていれば戻る程度のものなんですよ」
「それでも、…………家でヴァンスを見かけることが無いのは、傍に居てくれないのは、なんかいや」
「それは」
ヴァンスが何かを言いかけたところで不意に言葉を切って、私をそっとどけて立ち上がると東屋の出入り口に姿勢よく立った。
いきなりどうしたんだろうと思うと、ゆっくりとオルクスが近づいてくるのが見えて何度も瞬きをしてしまう。
「パパ」
「ライラ、来なさい」
「え、でも」
「ライラ」
有無を言わせない声に、一瞬戸惑ったもののオルクスの傍に速足で近づくと、グッと引き寄せられて一瞬でヴァンスの上着を脱がされてふわりとブランケットをかぶせられた。
「戻るぞ」
「パパっ」
私を抱き上げるとオルクスはそのまま中庭を歩き始めて屋敷に戻っていく。
ヴァンスは、と思ってオルクスに抱っこされたまま身を乗り出してみると、いつも通りの笑みを浮かべて見送っている。
元気になったのかな?
オルクスはそのまま屋敷の中に入ると私やオルクスのある部屋がある階に上り、オルクスの部屋の前で足を止めて、勝手に開いた扉の中に入ってしまった。
「パパ? 私は自分の部屋に戻るけど」
「今日はここで寝ろ」
「なんでよ」
「なんでもだ。ところで、その姿で寝るなら新しいものを準備させるが?」
言われて、年齢操作した外見のままであることを思い出して、小さい姿に戻る。
ふぅ、多少の伸縮性のある布地を使った夜着だけどあっちこっち苦しかったから楽になった。
「ほら」
オルクスが私を抱き上げてベッドに横たわらせると、自分もベッドに上がって横になって布団をかける。
「もう夜も遅いから眠れ」
「ん……あのねパパ」
「なんだ?」
「ヴァンスは私の専属従者だから、いじめちゃだめ」
「善処する」
そう言ってオルクスが昔のように私を寝かしつけるために優しく背中をさすってくれると、自然と眠気が襲ってくる。
触れる部分から流れてくるオルクスの魔力が相変わらず心地よくて、世界中で一番安心できるのはこの腕の中なのかもしれないって自然と思える。
夢の中、私はふわふわと赤い月の光を浴びながら空を漂っている。
何かに呼ばれるような、それでもこのまま漂っていたいような不思議な感覚。
「珍しいな」
ふと、声が聞こえる。
「ここまで強い魂も珍しい」
あなたは誰?
銀色の瞳がまっすぐに私を見つめ、招くように伸ばされた手に私は自分の手を重ねた。
「強く、美しい魂だ。とどまりたいなら、生きたいのなら力を貸そう」
生きたい?
そうだ、私はもっと生きたかった。
やりたいこともいっぱいあった。
夢があった、普通に生きていたかった。
自由に動きたかった、遊びたかった。
「私がお前の夢を叶えよう」
そう言って導かれた銀色の不思議な宝石に私自身が入り込んでいく。
なんだか怖い。
私が私でなくなりそうなそんな感覚。
「大丈夫だ。たとえすべてを忘れても、お前は私が守ろう」
その言葉に、私の意識はゆっくりと沈んでいった。
◇ ◇ ◇
ライラが眠りに落ちたのを確認して、起こさないようにゆっくりとベッドを出て寝室を後にする。
「ネルガル」
「ここに」
寝室を出てすぐに控えていたネルガルが声にこたえ、物音を立てずに闇の中から現れた。
「ヴァンスへの特別訓練は中止だ」
「よろしいのですか?」
「先ほどのような事をされては困る」
私の言葉にネルガルはクスクスとおかしそうに笑う。
「流石の陛下でも姫様がご自分で傷を作ってまでヴァンスの回復をしようとするとは考えませんでしたか」
「あんなことをすると思うわけがないだろう」
実の所、ライラが部屋から抜け出したところからしっかりと把握していた。
様子は窺っていたし、ヴァンスであれば愚行はしないだろうと思っていれば、ライラの方がとんでもない行動に出た。
よりにもよって自分を傷つけるなど、考えても居なかった。
まったくとんでもないことをするものだな。
ライラの血は純粋な魔力そのもの。
吸血鬼族のヴァンスからしたら甘露でありこの上ない滋養強壮の源だろう。
「それで、ヴァンスの実力はどれほどのものなんだ?」
私の質問にネルガルが苦笑を浮かべた。
「そうですね、流石はいつでも吸血鬼族の族長になってもおかしくないと言われるだけのことはありますよ」
「つまり?」
「姫様の専属護衛騎士でも勝てません」
「お前もか?」
「それは流石に」
そう言って笑うネルガルにため息を吐き出した。
「しかし訓練とはいえ、己の血を使った吸血鬼族の独自魔法を使用し、ダメージを最小限に抑えつつも、しばらく月光浴をすれば回復する程度で護衛騎士数人を戦闘不能にする能力は鍛える価値がありますね」
「訓練だからお前もヴァンスも本気ではないという事か」
個体にもよるが吸血鬼族は魔族の中でも上位に属する存在だ。
その族長にいつでも就任できるほどの実力というのであれば、ネルガルの言うように確かな実力者なのだろう。
だからと言って、ライラに不用意に近づいていいと言うわけではない。
吸血鬼族は花嫁を囲い込んでしまう習性も持ち合わせている。
大切にはするだろう、それでもライラが望む自由に生きるという選択肢が消えてしまうかもしれない。
もっとも、私の娘であるライラをそうたやすく囲う事など出来ないだろうが、ライラは愛情に飢えていて懐に入れた者を信頼しすぎる傾向があるからな。
油断はできないだろう。
「これからもライラを守れ」
「陛下の御心のままに」
ネルガルはそう言って音もなく闇の中に消えていった。
寝室に戻りあどけない顔で眠るライラを見つめる。
「んん……パパぁ」
「ここにいる」
探すように伸ばされた手を掴んで起こさないようにベッドに入ると、しっかりと抱きしめて目を閉じた。
ヴァンスといい感じだと思ったら、いつの間にかオルクスとイチャイチャしてる!?
不思議ですねぇ(;´Д`)
とはいえ、ヴァンスが強いんだぞってことがちらっと出せたのでちょっと満足です!
次はスクールライフに戻りたい(願望
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