月が導く
あれから数日、変わらない日々の中で妙にヴァンスを意識するようになり、オルクスに訝し気に問われること数度。
誤魔化してはいるけれども、あれから屋敷の中でヴァンスを見かけることが少なくなって、どうしたんだろうって皆に聞くけど、微妙な笑みを返されるだけだった。
それでも学院に行くときは一緒だし、学院の中でもずっと傍に居てくれるんだけど、なんかこう、魔国の城でもこっちの屋敷でもずっと傍にいたヴァンスがいないって変な感じ。
夜、皆が部屋の外に出たところでベッドの上でリンと一緒に横になりながら、眠気が訪れなくて何度も寝返りを打つ。
そのたびにリンが目を開けて私を心配そうに見て来て、大丈夫だよといって撫でるけど、全然大丈夫じゃない!
「はぁ~」
深くため息を吐き出して、眠れないと諦めて起き上がってベッドを抜け出すと窓辺に向かう。
魔国とは違う普通の暗い夜の空に明るい白っぽい満月。
窓から見える庭は美しく整えられていて、魔国の庭とはまた趣の違う風景。
前世を思えばものすごい贅沢な生活なんだよね。
わがままを言っても大抵のことは笑って許してもらえて、むしろもっと言ってもいいといわれる。
健康で倒れる事を気にしないでもいい体。
保証された身分で苦労することは無いと約束された未来。
「贅沢なんだよなぁ」
そう呟いた私の足元にリンがじゃれつくので抱き上げて一緒に外を眺める。
物足りない。
深くため息を吐き出すと、腕の中のリンが飛び出して窓を開けて外に出て行ってしまう。
「リン!?」
ベランダに慌てて出てみるけれども姿はなく、手すりの隙間から下を覗き込むけどよく見えなくて、外見年齢を操作して大きくなって身を乗り出して下を覗き込む。
そうしたら庭を走っていくリンの姿が見えたので、浮遊魔法で手すりを飛び越えると庭に出てリンの後を追いかけて走った。
オルクスは小さい屋敷といったけれども、私からしてみたら十分に広い屋敷で、当然庭も広くて、リンを見失わないように走って行けばどんどん屋敷から離れていってしまう。
走っているうちに東屋と噴水のあるエリアにやってきたようで、そこでやっと走るのをやめたリンに追いついて抱き上げた。
「もうっ、どうしちゃったの」
「キュー」
腕の中でリンが私にスリスリと体を擦りつけてスルン、と地面に降りた。
もう、なんなの?
あー、こんな時間に部屋を抜け出したってバレたら怒られるっていうか、私には四六時中監視が付いているはずだからバレてるよねぇ。
オルクスに怒られるかなぁ。
少しでも怒られる時間を短くしようと早めに帰らなくちゃ、とため息を吐き出してリンから視線を上げて噴水の方を見ると、そこには噴水の縁に座って月を眺めているヴァンスが居た。
え? この距離でヴァンスが私に気づかないってどういうこと?
いつもなら私が視界に入る前にヴァンスが私に気が付いて近づいてくるはずなのに。
もしかして具合が悪いのかな?
そう思ったら居てもたってもいられなくてヴァンスの方に足を進めていた。
「姫様?」
流石に近づいて行けば私に気が付いたのか、ヴァンスがいつも通りの笑みを向けてくる。
「こんな時間にこんなところでどうしました? 部屋を抜け出したなんて、ナムタルさんに叱られてしまいますよ? もちろん陛下にも」
「そうね」
「早く部屋に戻ったほうがよろしいかと」
「そうなんだけどね」
そう言いながらも私の足は止まらない。
だって、いつもならヴァンスの方が私に近づいてくるはずなのに、噴水の縁に座ったままなんだもん。
やっぱりどこか具合が悪いんじゃない? そう思って速足でヴァンスの所に向かおうとすると、流石にヴァンスが立ち上がって私の方に歩いて来た。
「まったく、皆が心配してしまいますよ。もちろんわたしも」
「うん」
いつも通り微笑んでいるはずなのに、どこかヴァンスに違和感があるように思えて一歩近づくと、ヴァンスがすっと一歩下がった。
おかしい。
ヴァンスが私にこんな態度をとるなんてないのに。
「どうかしたの?」
「どうとは?」
「なんか変だよ」
「そうでしょうか? うーん屋敷の中なのに姫様がその姿でいるのが珍しいとは思っていますよ」
「あ、うん……そうかも」
「服も着替えないで……風邪を引いてしまいますよ」
「私が?」
そんなわけないじゃないって笑ったけど、ヴァンスは着ていた上着を脱いで私にかけてくれた。
「大変魅力的な格好ですが、今のわたしには目に毒ですよ」
「へ?」
いやまあ、確かに子供姿のネグリジェを大人になった姿で無理やり着ているようなものだから、あっちこっちパッツンパッツンだけど……。
ヴァンスの上着のおかげで膝まですっぽり肌が隠れた私は、腕を持ち上げて余った袖をプランプランと振ってみる。
「ヴァンスって大きいよね」
「まあ小さくはありませんね」
「上着だけで膝まで隠れちゃうし、腕もこんなに余っちゃう」
「出来れば胸元や首筋も隠して欲しい所です」
「はぁい」
言われて前部分を手繰り寄せて見る。
そこで改めてヴァンスを見て見るけど、いつもよりも動きが緩慢というか、やっぱりなんかおかしい。
……顔色も悪いような?
「ねぇヴァンス、やっぱり具合が悪いんじゃない?」
「大丈夫ですよ」
「もうっ」
怒ったようにグイッと距離を縮めると、その分しっかりとヴァンスが離れた。
なんかやだな。
「ヴァンス、なんで離れるの!」
「おや、登下校や学院内ではわたしが近づくと慌てるのに、今は近づいて欲しいのですか?」
「そっそれとこれとは別問題だから!」
確かに学院の中とか馬車の中ではヴァンスとの距離にドキドキしちゃってるけど……。
だからって今みたいに距離を取られるのは何か嫌!
「ヴァンス、なんか顔色が悪いよ? 具合でも悪いの?」
「月明かりのせいでそう見えるだけですよ」
そう言って月を見上げるヴァンスは、オルクスとは違う意味でゾッとするほど綺麗。
「ヴァンスって月が似合うよね」
「……ふふ、姫様はきっと深い意味は考えずにおっしゃっていますね」
「へ?」
「いいえ」
ヴァンスは一度わたしに向けていた視線を再度月に戻す。
「わたしは吸血鬼族ですからね。別名夜月の一族とも言われていますから」
「そう言えばそうだったね」
「本来なら魔国の月がいいのですが、月は月です。血の回復には月光浴が一番なんですよ」
「血の回復!?」
「っと、いえ、口が滑りました」
「どういうことなの!」
逃げられないようにパシンとヴァンスの手首をつかむ。
通常の行動でヴァンスの血が足りなくなるような事が起きるはずもない。
かといってこの屋敷に侵入者が現れたなんて聞いてもいない。
理由を言うまで離さないと言わんばかりに見つめる私に、ヴァンスは口を滑らせたこともあってか軽くため息を吐き出すと、「いつまでも姫様を立たせているわけにはいきません」と言って東屋にエスコートしてくれた。
椅子のクッションをハンカチで拭った後に私を座らせると、少し離れた位置にヴァンスが座る。
「それで、どういうことなの!」
「少々訓練に力が入ってしまって、血を使った魔法を行使したので血が足りなくなってしまったんですよ」
「……もしかして今までも?」
「訓練自体は厳しいものではありましたが、血を使う魔法を使うようになったのは最近ですね」
「そうなの……。でも吸血鬼族が血を使った魔法を使うのは本気で戦う時よね? 訓練でそんなことをするの?」
「これに関してはわたしの自業自得なので」
ヴァンスの言葉にムッと口を尖らせた。
「自業自得って?」
「勇み足、ですかね」
「なにそれ」
「陛下の許可が下りていないのに、姫様に近づきすぎているので」
そう言ってクスクス笑うヴァンスに、私は胸がムカムカして椅子から立ち上がった。
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