穴の開いた豪華客船6 ルザイア視点
最近、目覚めの際に付きまとっていた体の疲労が抜けているのを感じ、懐かしい思い出話が出来る相手がいるのはこんなにも素晴らしいものなのだとしみじみしてしまう。
わたしの愛するシロッカが唯一学園で友人だと口にした人物であるメロナ。
話してみれば聞き上手で、思わずするすると言葉が出ていった。
もちろん勧められた酒の効果もあるのだろうが、数年ぶりに充実した日々を過ごせている。
もちろんただ一人の愛娘であるシオンと過ごす日々に不満はないが、やはりシロッカの事を語れないのは寂しかったのだろう。
幼い頃から弟と比べられ、わたしの補佐としてあてがわれた婚約者は良くも悪くも貴族の娘だった。
自分の役割を理解し、与えられた役割に文句を言う事もなく、粛々と日々を過ごすだけ。
わたしの補佐というだけあり優秀だったのも気に入らなかった。
王妃の子供であるわたしは存在するだけで正当な王太子になれるのに、父上はなぜかわたしの立太子を問題視し、立太子の絶対条件にあの女を正妃にする事を突き付けて来た。
シロッカと結ばれ、なおかつわたしが国王になるにはあの女との婚姻が絶対条件。
優しいシロッカはわたしの傍に居ることが出来れば側妃であっても構わないと言ってくれ、泣く泣くあの女を正妃に迎えた。
お飾りの正妃にしておけばいいと高をくくっていたが、多くの貴族に忠誠を誓われている父上はわたしとあの女の間に子供が出来なければ立太子も認めないし、退位しないと宣言してしまう。
他国から客人が集まっていた夜会での宣言で、その場にいた貴族も他国の要人も賛成したことから、わたしは一日でも早い即位の為にあの女と寝所を共にする羽目になった。
立太子しなければ側妃を持つ事は出来ない。
シロッカを愛人として日陰の身にさせておくわけにはいかなかった。
実際問題、シロッカは学院を卒業してすぐに身籠ったことが発覚したが、愛人の子供と苦労をさせたくないと言うシロッカの願いで何人も流している。
あの女が身籠り、生まれるまでは立太子させないと言った父上が他国に出ている隙に、強引に立太子の儀式を済ませ、シロッカを側妃に召し上げた。
他国の用事から戻ってきた父上には酷く怒られたが、他国の要人の前で終えた立太子の儀式を何もないのに覆すことも出来ず、わたしはそのまま王太子となり、あの女の娘が生まれたのと同時に国王に就任した。
その頃にはシロッカは再び懐妊していたので、邪魔な女と子供を始末しようと画策したが、月の宮の警備は厳重になっていて簡単にはいかなかった。
だが、わたしの日ごろの行いがいいおかげであの忌々しい女は王妃になって数年で死んだ。
元老院だとかいうわけの分からない組織を創設したが、わたしが国王である事に変わりがないので放置した。
シロッカと愛らしい娘との穏やかな日々は、シロッカの死によって消えてしまったが、その分は娘のシオンに愛情を注いだ。
余りの愛らしさに中等学園に通うまで一切の社交を行わせなかったが、それは正解だった。
中等学園に入ったシオンはあっという間に子息たちを虜にした。
会わせたことがない名ばかりの婚約者はもとより、あの女の娘の婚約者ですらシオンの虜になった。
本当なら中等学園にも通わせたくなかったが、シオンを女王にする正当性を貴族の連中に認めさせるには、邪魔な小娘をみじめに敗北させる必要があったから仕方がない。
シオンを女王にするために、シロッカが死んでからずっと動いて来たのだ。
多額の金もかけた。
裕福な南部をシオンが統括し運営することで、邪魔な小娘の無能さをわからせてやる。
そう考え、すっきりしている体を起こしてメイドに朝の支度をさせて食堂に行けば、いつも通りシオンとジルドが眠そうな顔をして座っている。
まったく、今から仲がいいのはいい事だが、親としては少々複雑な気持ちだな。
しかし、ジルドの養子先か。
廃嫡されたと聞いた時は驚いたが、融通している伯爵家以上のいくつかに打診をすれば簡単だろうと思ったが、どの家からも色よい返事はこなかった。
金を積んで無理に押し通そうとも思ったが、ここ数年で個人資産はあからさまに減ってしまい、公務もない今となっては大きな個人収入を得る事も出来ない。
所有していた個人領も、資金繰りの為に切り売りしていたら気が付けばなくなってしまっていた。
シオンにも少なくない個人領を渡していたはずだが、先日さりげなく聞いた時に、管理が面倒だから売ってしまったと言われた。
売却先は聞いたことがない所だったが、シオンの手に余るような土地だったのなら仕方がないだろう。
そもそも、王族は公務が忙しく個人領は管理人が運営するのが常識なのだ。
悔やむとしたら、優秀な管理人を与えられなかったことだな。
そんな事を考えながら席に着き出された食事に眉を寄せる。
日に日に質素になっていく食事はどうにかならないのかと怒鳴った事もあるが、文句があるのなら太陽の宮に通うのを止めると言われて仕方なく許している。
よくよく考えれば使用人もいつの間にか見知った者は居なくなり、質の悪い者になったように思える。
その代わりに護衛騎士が増えた。
元老院の者共がわたしに残された仕事はあと一つだけだと言っていた。
魔王の娘に不敬を働いた私を国王にしておくことはできないと。
シオンが女王になるのが早まるのならそれで構わないと思ったが、もうすぐ女王になるシオンが暮らすこの太陽の宮でのこの待遇はおかしい。
それに最近太陽の宮の調度品があからさまに減っている。
流石にわたしの部屋のものが大きく変わるという事はないが、試しに適当な部屋に入ってみればそこは空き室同然になっていた。
女王になるシオンの為に模様替えが行われるのかとも思ったが、あまりにも不自然だと今更ながらに思えてくる。
楽しく会話をしているシオンとジルドをほほえましいと思う一方、胸に巣食った不安を抱えて食事を終えると、太陽の宮の侍従長を呼び出した。
「およびですか、国王陛下」
この男も馴染んだ侍従長ではない。
いつ代わったのだろうか。
「ここ最近太陽の宮の様子がおかしい。主であるわたしに何の報告もないのはなぜだ」
「何をおっしゃっているんですか? 次の太陽の宮の主の為にこの宮全体の掃除の許可を出したのは国王陛下ではありませんか」
「は?」
「元老院の方々が持って来た書類の全てにサインをなさったではありませんか」
「あれは、魔王の娘に不敬を働いたわたしをこのままにしておけないと脅されて」
「私のような末端の者にはそのような事情はわかりませんが、この国の存続がかかっているため国王陛下は自らの意志でサインしたと聞いています」
「なっ」
「ちなみに、国王陛下の部屋とシオン王女殿下の部屋以外の掃除が終わりましたので、明日中に国王陛下たちもご退去いただくことになっています」
「そんな事が許されるわけがないだろう!」
バンッとテーブルを叩くが侍従長は涼しい顔のままわたしを見下ろしている。
「とにかく、お伝えすることは以上です」
侍従長はそう言って部屋を出て行ってしまった。
それからどれほど時間がたったのか部屋の中にはいつのまにかメロナが入ってきていてわたしの傍に膝をついていた。
「国王陛下、あなたはこのままではこの国の生贄として処刑されてしまいます。その前に、私と逃げましょう」
甘くささやかれた言葉に、わたしは気が付けば頷いていた。
よろしければ、感想やブックマーク、★の評価をお願いします。m(_ _)m
こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。




