穴の開いた豪華客船5 メロナ視点
太陽の宮で過ごすようになって数日、私はいつものようにルザイア様の部屋を訪れた。
「国王陛下、今宵も参りました」
「ああ、メロナ。入ってくれ」
招かれた先にはすでに用意された酒と肴。
楽しくあのクソ女の話をするのに必要だと、アルコールに弱いルザイア様を説き伏せて毎回用意させているもの。
「失礼いたします。まだグラスが空ではありませんか」
「お前が来るのを待っていた。話をしながらでないと飲めないからな」
「そうですか。では、僭越ながら注がせていただきますね」
そう言ってグラスに酒を入れ一口飲む。
念のための毒見と言えばルザイア様は疑わないし、口紅の後をぬぐうすきに少量の薬を混ぜても気づかない。
グラスを受け取ったルザイア様がゆっくりとのどを潤していくのを確認して、わざと時間をかけて昔話を始める。
中等学園で初めてルザイア様をお見かけした時には、もう婚約者がいらっしゃった。
それでも初恋を諦めきれずになんとか接触する機会を狙っていた時、生意気にも現れたのがあのクソ女、シロッカだった。
男爵令嬢という貴族マナーもおぼつかない出来損ないのくせに、ルザイア様の心を攫って行ってしまった。
婚約者であったトゥリーシャ様は気にも留めていなかったけれど、彼女の信奉者を始めとした令嬢達があのクソ女に嫌味を言い始めた。
いい気味だと思ってみていたけれど、よりにもよってあのクソ女はルザイア様にいじめを受けていると告げ口をした。
あの程度の嫌味で王子であるルザイア様に泣きつくなんて、これだから教養のない馬鹿はと呆れたけれど、そこで私はひらめいたのよ。
クソ女は自分の行動のせいでどんどんルザイア様共々孤立していった。
だから私はそこに付け込んだのよ。
誰にも見られていない場所で、優しくクソ女に声をかけた。
「シロッカはいつだってメロナに救われたと言っていた」
「私は大したことはしていませんよ」
「いや、男のわたしでは至らないところもあっただろうが、メロナが手を貸してくれていたのだろう?」
「ささやかなものです」
「シロッカにとって、それはとても喜ばしい事だったんだ」
そう言って微笑むルザイア様のグラスにお酒を注ぐ。
既にトロンとした目をし始めたルザイア様に、慎ましやかな笑みを向けた。
「シロッカ様は国王陛下にとって必要な人だったのです。臣下としてお二人の仲をお助けするのは当然です」
「誰もがメロナのように聡明であればよかったのだがな」
そう言ってグラスを傾けて中身を喉に流し込む姿に、内心でそろそろかと笑う。
「私は、シロッカ様が城に上がってからも傍に居るつもりだったのですよ」
「そう、か。メロナがいてくれたらシロッカも喜んだだろうな」
あのクソ女には何度もルザイア様の側妃になる際は、メイドとして私を連れて行って欲しいとお願いしていた。
それなのに、いざ側妃として城に上がったあのクソ女は、それまでの私への恩を忘れて私にメイドとして仕えて欲しいというお願いどころか、お茶会の誘い一つよこさなかった。
所詮執事の妻になった私は王族が参加するような夜会に出る事も出来ず、長年の初恋をずっとくすぶらせる羽目になった。
三杯目をグラスに注ぐと、すっかりと虚ろになったルザイア様の視線が私を捕らえる。
「シロッカは、わたしの事を愛していたのだろうか」
あのクソ女がルザイア様に近づいたのは妃の地位を得るため、そういう噂がいまだに残っている。
「それは……、私の口からは……」
わざと眉を寄せて苦しそうに呟くように吐き出す。
「わたしはシロッカを愛している。だが、シロッカは同じだけの愛をわたしに向けていたのだろうか」
「……シロッカ様は、国王陛下の庇護下にあれば楽に……いえ、なんでもありません」
思わず漏らしてしまったというように、ハッと口を押えて悲し気な笑みを浮かべる。
「全ては意味のない噂ですよ。シロッカ様は国王陛下の側妃になれて幸せだったと思います」
「そうか……」
三杯目を空にしたルザイア様はもう半分夢の中に居る。
「国王陛下、そろそろお休みになったほうがよろしいですよ。寝室までご一緒します」
「……ああ」
ふらりと立ち上がったルザイア様を支えて寝室に入り、ベッドに横になったルザイア様の服を脱がせていく。
弱いのに度数の高いお酒を飲んだせいと、こっそり混ぜた薬の効果でルザイア様の肌は触れればしっとりと吸い付いてくる。
「はあっ」
熱い吐息を吐き出すルザイア様の上着を全てはだけさせて、ズボンの前も寛げる。
「今日も私が楽にしてさしあげますね」
そういって私は着ていたドレスを脱いでルザイア様の上に跨った。
何度もルザイア様に愛されて満足した私はドレスを整えると寝室を出て自室に戻る。
ジルド様の乳母として、ルザイア様の話し相手として太陽の宮に招かれている私にあてがわれた部屋は使用人の部屋ではなく客室の一つ。
ここに来てから毎晩ルザイア様に抱いてもらっているのだから、もしかしたら子供が宿っているかもしれないわ。
無意識に子宮を肌の上から撫でてうっとりとする。
ジルド様の脱走に手を貸せば、夫が離縁を言い出すのは分かっていた。
もちろん公爵家を首になる事も。
最後の情けという事でジルド様に会わせて欲しいと城についてきた。
公爵家の方々の後で構わないと言って、帰る時は一人で帰ると言って自分勝手なジルド様が暴走して部屋を出てくるのを待った。
そこからはあまりにも予定通りに事が運んで、笑いだしそうになるのをこらえるのに必死だった。
お酒と薬のせいで前後不覚になったルザイア様は、いとも簡単に私を抱く。
クソ女が居なくなってからずっと女を抱いていなかったというルザイア様は、なんども情熱的に私を求める。
薬の効果もあるだろうけど、男が何年も禁欲なんて無理な話なのよ。
でもまあ、孤立しているルザイア様に抱かれたいと思う女なんて、ルザイア様を心の底から愛している私ぐらいだわ。
跡継ぎには正当な血筋のリリス様がいるし、元老院も多くの貴族もルザイア様とクソ女の娘を厄介払いしたがっているのは有名。
しかも魔王陛下の姫君に不敬を働いてくれたおかげで、クソ女の娘は継承権争いどころじゃなくなって、ルザイア様も王位を追われることになったわ。
知らないのは本人達だけなのが本当におかしいわね。
ジルド様は毎晩クソ女の娘の寝所に潜り込んでいるし、貴族でもないただの平民でしかないジルド様はこれからが大変ね。
私も今ごろ実家から縁を切られて平民になっているだろうけど、そんなことはどうでもいいわ。
生粋のお坊ちゃまたちと違ってメイドの経験がある私は平民になっても生き抜く技術があるもの。
就職先がない? 路地裏で死ぬ?
そんなの貴族の家に雇われることに拘らなければどうにでもなるのよ。
南部はもうボロボロで移民しようと企てている人ばかりだと聞くけど、だからこそ潜り込むチャンスがあるわ。
北部では戸籍管理なんてものがあるから潜り込むのは難しいけど、南部はそんなものないから、私の蓄えで十分にルザイア様との夫婦生活を送ることが出来る。
クソ女の娘とジルド様には悪いけど、私とルザイア様が逃げ出す時間稼ぎをしてもらうわ。
太陽の宮の調度品があらかた運び出されたし、警備に当たっている護衛騎士の人数も増えたから、そろそろ王位継承ね。
うふふ、一緒に逃げましょうね、ルザイア様。
国王がいざという時に使う脱走用の隠し通路、あなたの寝室にあるのは知っているんですよ?
ルザイア様が寝てしまった後にこっそりのぞいたけど、暗い道が続いていた。
クソ女のような打算に満ちた物じゃなく、今度こそ本物の愛を感じさせてあげますね、ルザイア様。
よろしければ、感想やブックマーク、★の評価をお願いします。m(_ _)m
こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。




