穴の開いた豪華客船2 ジルド視点
顔を赤くして怒りが収まらないと言わんばかりに震える父上に変わって話し始めたのは、同じく怒りに身を震わせる姉上だった。
「お前の穏便な婚約解消と、リリス様陣営につくことで我が家の事業はなんとか維持できる予定でしたのよ。もちろんわたくしとアマンダの婚約も継続の方向で話し合いが行われていましたわ」
「なんで……」
「そこでそんな疑問を持つ時点でお前は駄目なんですわ。リリス様の治めるまだまだ発展の見込みのある北部と、シオン様が治める一部の者が富を貪る崩壊に近い南部。どちらに付くべきかなんて、余程の愚か者か無謀な野心家でなければわかりそうなものですわ」
「南部が貧しいのはそこに住まう平民と管理している領主の怠慢が原因だ!」
「領地運営能力が足りない領主が居る事は確かですわ」
「そうだろう!」
「けれども、何のための南部統括ですか! 足りない部分をフォローすべきでしょう!」
「はあ? シオン様が悪いって言うのかよ!」
「そう言っていますのよ。お前を含めて自分の取り巻きになった男に貢がせて、その犠牲になっている領民や貴族に目を向けない。それでいて領主や領民が悪い? 笑えない冗談ですわね」
馬鹿にしたようにおれを見る姉上を思わず睨みつけてしまう。
無能どもがシオン様の足を引っ張るからシオン様が悪く言われるんだ。
それに継承権争いは始まったばかりなんだぞ。
シオン様が南部統括になってまだ三年しか経っていないのに、結果を出せなんて馬鹿な話があるか。
確かに元々北部は栄えていたし、南部はここ数年で随分と衰退したが、そんなものは偶然に決まっている。
もしくはリリスがシオン様に嫉妬して何かしたに違いない。
「リリス様派と見做されていた事で、我がロマリス公爵領も恩恵を受ける事が出来ていましたのに、お前の行動のせいで台無しですわ!」
「なんでおれのせいなんだよ!」
「穏便な婚約の解消なら、まだ恩恵の継続が見込める可能性がありましたのよ! お前が婚約破棄をしたことで我がロマリス公爵家は多額の慰謝料を支払う事になりましたわ!」
「はあ? なんでだよ!」
「お前が浮気をした挙句、あんな誓約書にサインをしたからに決まっていますわ!」
「はあ?」
「お前が謹慎している間に穏便な婚約解消さえできていれば、こんな事にはなりませんでしたわ!」
「なにいってんだよ。たかが婚約破棄じゃないか」
大げさだと鼻で笑う。
むしろ女王になるシオン様の王配になるときに面倒な手続きをしなくて済むんだから、感謝して欲しいぐらいだ。
「そのお前が言うたかが婚約破棄の慰謝料、その他にも二人の婚約白紙に伴う損失の補填で、ロマリス公爵家は領地の三分の二を手放すことになった」
「はあ? なんでそんなに」
「即金で一括してリリス様たちに慰謝料を支払うという誓約書に、お前がサインをしたんだ! あの誓約書にはその他もろもろの諸経費も一括で即時に支払うと記載してあっただろう!」
「そんなのむちゃくちゃだろう! 大体慰謝料っていうんだったら婚約者として拘束されてたおれが貰うべきですよ!」
父上の言葉に正論をぶつける。
「浮気をしたお前の有責に決まっているだろう!」
「シオン様との関係は浮気なんかじゃないですよ! おれはシオン様に出会って本当の自分の感情を知ったんです!」
「本当の自分の感情だと?」
「そうですよ、政略結婚など下らない。愛に生きるべきだとシオン様はおれに教えてくれました」
「その考えこそが下らないな」
「なっ」
「お前の愛しいシオン様の愛は随分と多いようだな? 多数の子息に平等に愛を振りまいているそうじゃないか」
「当たり前です、シオン様は女神ですから」
「随分と淫乱な女神だな。ああ、そういう女神もいるが、シオン様はその女神を真似しているのか?」
「なっ」
「しかもお前はその淫乱な女神にすら逃げられたと」
「それは誤解です!」
「ほぼ裸のシオン様が叫びながら走り、お前がそれを追いかけて護衛騎士に捕縛された。これが逃げられていないならなんなんだ!」
「だからおれはシオン様に上着を渡そうとしただけなんですよっ」
「もうお前のバカげた妄言は聞き飽きた」
「父上!」
「お前のせいでロマリス公爵家はボロボロだ。領地の大半を失い、使用人の半数以上が居なくなり、技術者も商人も離れた。残った領地でやりくりしようにも、リリス様に婚約破棄をされた挙句に、魔王陛下の姫君に不敬を働いた息子がいた家に支援するところなんぞろくでもないものばかりだ」
「そんな……そ、そうだ! シオン様にお願いしましょう! 女王になるシオン様がロマリス公爵家の嫡男を寵愛しているとなればどんな貴族だってひれ伏しますよ!」
「そんな者は我が家には居ない」
「は?」
「ロマリス公爵家に嫡男など存在していない」
父上の言葉に耳を疑った。
このおれが存在しているのに嫡男が居ない?
何を言っているんだ?
「カメリアの婿になる者を嫡子と同等に育てていたのに無意味になった」
乱暴に手にした杖を床にガンガンと叩きつけて父上が唸り声を上げる。
「くそっ、カメリアには公爵夫人としての教育はしていても女公爵としての教育はしていないんだぞ」
「お、おれが居るのに」
「お前の耳は本当に飾りものだな。それとも飾り物は頭か? 家を出るお前になぜ跡継ぎ教育をしなければならないんだ。スペアのアマンダの夫になるはずだった者にした教育も無駄になった」
「あ……いや、おれはシオン女王陛下の王配になるんだから、確かに家は継げない、のか?」
「万が一シオン様が女王になったとしても、もう我が家には関係がない」
「どういう事です、父上」
「すでに我が家のものではないろくでなしの事なぞ、知らんと言ったんだ」
「意味が分かりません!」
「お前はここに来る前に廃嫡にしたという意味だ」
「なぜ!」
「これ以上我が家に被害を出さないために決まっているだろう!」
「俺を廃嫡なんて、シオン様が許しませんよ! 女王になったシオン様の恩恵が受けられなくてもいいんですか!?」
「そんなものどうだっていいに決まっているだろう!」
「なっ」
「今のお前は貴族でもなんでもないただの平民だ。ああ、シオン様の情夫か? とにかく、今後我が家とは一切関りを持つな!」
言うだけ言って父上たちは部屋から出て行ってしまう。
このおれが廃嫡?
優秀でシオン様の愛を誰よりも受けているこの俺を捨てる?
父上は耄碌してしまったのか?
おれが廃嫡されたなんて知ったら、シオン様が心配してしまう。
寵愛しているおれが平民なんて、シオン様には耐えられない屈辱に決まっている。
平民では愛人にはなれても王配にはなれないからな。
最低でも伯爵家以上の家に今すぐにでも養子に入らなければ、既に勝負は決まっているとはいえリリスに付け入る隙を与えてしまうかもしれない。
ああ、シオン様の母君の後ろ盾の伯爵家なら、シオン様の口添えですぐに養子になれるんじゃないか?
今回の下らない継承権争いだって、率先してシオン様の後援についたんだから、シオン様の願いを聞き届けないわけがない。
公爵子息のおれが伯爵子息なんかに身を落とすのはしゃくだが、平民のままでいるわけにはいかないからな。
それに、シオン様が女王に決定すれば父上たちだって間違いに気が付いておれに戻ってきて欲しいと言うに違いない。
とにかくシオン様に会って状況の説明をしなければな。
そう思って部屋のドアを開けると、ドアに寄りかかっていたらしい何かが倒れ込んで来た。
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