穴の開いた豪華客船 ジルド視点
「この愚か者が!」
王城の客室の一つに閉じ込められて数日、おれの元にやってきた父上が、おれを視界に入れるなりそう大声を上げた。
父上の背後には憎しみと蔑みの視線を向けてくる姉上と妹のアマンダ、そして汚物でも見るような視線を向けてくる母上がいる。
「いきなり何を言っているんですか父上っ」
「何を? 何をだと!? お前は自分が何をしでかしたのかわかっているのか!」
「そ、そりゃあ魔王陛下の姫君の事を聞きもらしていたのはおれのミスですけど、それだけじゃないですか!」
「ふざけるな!」
初めて聞くような父上の大声にビクンと体が震える。
「大人しく家で謹慎していればいいものを、メロナを使って抜け出し、勝手に婚約破棄をした挙句に再び魔王陛下の姫君に無礼を働いたそうだな!」
「それだけではありませんわよあなた。そこの愚物は裸同然のシオン様を追いかけまわしたと既に貴族中に噂が広がっておりますわ」
「なっそんなのは誤解です!」
「お黙りなさい! 事実ドレスを引き裂かれてほぼ裸状態のシオン様が叫びながら走っているのと、それを必死に追いかけて取り押さえられたお前の姿が多くの貴族に目撃されているのです!」
「お、おれはシオン様に上着を貸そうとして」
「お黙りなさいと言っています! そんな事実どうでもいいのですよ! そもそも、それが事実なら今までのお前とシオン様の間柄なら悲鳴を上げて逃げられるわけがないでしょう!」
「そ、それはシオン様がパニックになってたから」
おれは悪くないと言おうとした瞬間顔面に扇子が投げつけられた。
「お前のせいでわたくしとアマンダの婚約は白紙になったわ……。解消でも破棄でもなく、白紙よ!」
「な、なんだよ……白紙なら面倒な事をしないで済むからいいじゃないか」
姉上の言葉にそう返せば、今度はアマンダが扇子を投げつけて来た。
「白紙にされたのは、一秒でも早く我が家との関係を切りたいからだそうよ! しかも、婚約していたという事実すらなかったことにしたいと言われたわ!」
その言葉に思わず眉間にしわを寄せてしまう。
公爵家である我が家と縁を切りたいなんて、敵対派閥でもあるまいし……。
姉上もアマンダも婚約者は敵対派閥の家じゃないはずだ。
「相手の家は馬鹿なんですか? 公爵家と縁を切りたいなんて、何様のつもりなんですかね」
「馬鹿はお前だ! どこの世界に魔王の姫君に不敬を働いた息子のいる家と縁を繋ぎたいところがあるものか!」
「なっ、ちょっと名前とか容姿の特徴を忘れていただけじゃないですか」
なんて大げさなんだ。
魔王の娘だからって甘やかされてなんでも自分の思う通りにならないと気がすまないんだな。
リリスとも仲が良さそうだったし、もしかして俺がリリスと婚約破棄したことへの報復なのか?
「そうだ、ライラ様はリリスと仲が良さそうだったから、リリスがライラ様に何か言ったんですよ」
「リリス様だ愚か者! 今まではリリス様の婚約者であったから許されていたが、婚約者でなくなった以上そのような態度は許されるものではない!」
「でも、あの悪女はシオン様にひどい事をするような女ですよ!」
「だからなんだ」
「なっ……シオン様がお可哀想ではありませんか!」
そうだ、元々口うるさい女だったけど、シオン様を虐めるような醜い女なんだ、婚約破棄したことを喜ばれるはずだろう。
中等学園で初めてお会いしたシオン様は、まさしく天使のように可憐で朗らかで、愛されるべき姫とはまさにシオン様の事を言うのだと直感した。
悪女のリリスに、姉妹だからという理由で手を差し伸べても無視をされると泣いていたシオン様。
婚約者であったおれにリリスにどうしたら好まれるかと相談をされるうちに、おれとシオン様は誰よりも親しい間柄になった。
誰よりもおれが頼りになると、心を預けることが出来ると言って微笑んでくれるシオン様を支える事が出来るのはおれしかいない。
「自分の婚約者を寝取る妹に優しくする姉がどこにいるというのです!」
「何を言っているんですか母上」
「我が家は中立に近いとはいえ、お前がリリス様の婚約者であったことからリリス様派と見做されていました」
「そんな勝手な! おれはシオン様をお支えすると決めたのです!」
「勝手なのはお前だ!」
父上が手にしていた杖で思いっきりおれを殴りつけた。
「がはっな、にをっ」
「リリス様派と見做されていたおかげで得られていた家同士の繋がりは、お前の行いのせいで完全に絶たれたんだぞ!」
「だ、だからなんですか。リリスに付くような家なんてろくでもないに決まっています」
「お前の勝手な行動のせいで、屋敷の使用人の半数が自主退職をした」
「は?」
「領地で働いていた技術者や商人もほぼ全員が領地から撤退した」
「な、なんで」
「お前がリリス様と婚約を勝手に破棄したからだ!」
「どうしてあの悪女と婚約破棄したらそうなるんですか! むしろ悪女を我が家の血筋に入れずに済んだと喜ぶべきでしょう!」
そう叫んだ瞬間また殴られた。
「お前は我が家の当主にでもなるつもりか! 教育も何もかも不出来なお前が、我が公爵家を背負えるとでも思ったのか!」
「な……でもおれはただ一人の男児で」
「跡取りはカメリアの婿になるはずの者に決定していた」
「はあ!? なんでおれがいるのにそんな勝手な!」
「勝手なわけがないだろう。お前はリリス様の婚約者だったんだぞ。リリス様が女王になればお前は王配として城に上がる。そんなものを嫡子とする家がどこにある」
「女王になるのはシオン様です!」
「万が一シオン様が女王になったとしても、リリス様は女大公となることが決定していた」
「はあ?」
そんな話聞いた事ないぞ。
あの悪女は小言ばかり言って肝心な事を言わないな。
「我が家がお前の愚かな行為を見逃していたのは、万が一シオン様が女王になった際にお前の実家ということで不利な立場にならないよう配慮してもらえるという計算からだったのに、お前は本当に最悪の形で我が家に泥を、いや、火をくべてくれたな!」
「な、なんのことですか」
「魔王の姫君に無礼を働いてくれたおかげで我が家は社交界からはじき出されかかっていた」
「はあ!? 我が家は公爵家ですよ!」
「そんなものが何だと言うんだ! 魔国を前にしてペオニアシ国の公爵家程度になんの意味があると言うんだ!」
「だ、だって」
「そんな状況でも、お前が貴族であるうちにリリス様と穏便に婚約解消ができていればまだ救いはあった」
「婚約破棄したじゃないですか!」
「婚約解消と婚約破棄を一緒にするな愚か者が!」
再び杖で殴られる。
「穏便に婚約解消をした後にお前を廃嫡し、リリス様陣営に忠誠を誓えばまだ我が家は面目を保てたんだ!」
「なっ、このおれを廃嫡!?」
「当たり前だろう。魔王陛下の姫君に不敬を働いたお前を公爵家に置いておく意味はない」
「でもっおれはリリスの婚約者ですよ!」
「お前がその婚約を勝手に破棄したんだろう! 元々再三注意したのに立場も状況もわきまえないお前とは婚約を白紙にしたいと前々から言われていたんだ」
「嘘です! あの悪女はおれを手放したくなくてシオン様に嫌がらせをする醜い女なんですよ! はっもしかして婚約破棄すると父上を脅したんですか?」
「婚約の白紙だと言っただろう! お前の耳は飾りなのか? 婚約白紙の申し込みをなんとか穏便に婚約解消の方向で話を進めていたのに、お前が……、お前が勝手に屋敷を抜け出してやらかしてくれたせいで!」
父上はブルブルと杖を強く握りしめて体を震わせた。
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