栄えある舞台()2
※<>内の言葉は日本語です。
「ジルド様のお心はわかりましたわ。わたくしもそこまで嫌われていてまで婚約を続けようなんて思いませんもの、さあ、こちらにサインしていただけまして?」
「は? なんだこれは」
「もちろん婚約破棄の書類ですわ。ジルド様が婚約破棄をお望みになった際にすぐさま手続きが済むように、ジルド様の為にわたくしが最後に出来る事と思って準備しておきましたの。あとはジルド様と貴族の婚約婚姻を承認する国王陛下のサインがあれば、即時にそこに記載のある内容が効力を発揮しますわ」
その言葉に驚いてリリス様がジルド様に差し出した書類とペン、そしてインクを見ると、魔道具だった。
本気だ、本気で速攻で効力発揮する魔道具だ。
え、まって? チラっと内容見たけど慰謝料以外も相当なものだよ?
ロマリス公爵は息子が脱走して婚約破棄をするなんて馬鹿な真似はしないと思ってサインしたんだろうけど、内容をちゃんと確認したらサインしないよ、普通は。
「お前にしては準備がいい事だ。ふん、いつもそうやっておれに黙って従っていれば可愛げがあったものを」
ジルド様はそういうとペンをひったくって「確かに婚約破棄の誓約書だな」と言ってサインをした。
うっわぁぁぁぁ、馬鹿がいる!
なに意気揚々とペオニアシ国王にサイン求めてんの!?
「ふん、出来の悪い娘でもこのぐらいの事は出来るようだな」
ペオニアシ国王も内容を見もしないでサインすんなよ!
二人のサインが記入されると、誓約書がふわっと光って三枚に複写されて一枚がリリス様の所に戻ってくる。
「ありがとうございます、これでジルド様は今後一切わたくしに話しかける事も接触する事も出来なくなりましたわね。もっとも、嫌いなわたくしにジルド様が進んで接触してきたり話してくることはございませんので問題はありませんわね」
「はあ? おまっぐあっ」
「きゃぁぁっジルド様ぁっ?」
リリス様に文句を言おうとしたジルド様がいきなり胸を押さえてうずくまった。
馬鹿だ……。
「慰謝料に関してもしっかりロマリス公爵家に一括で請求させていただきますわ」
「きさっがはっ」
「でも本当に驚きましたわ、この誓約書はあくまでもジルド様から婚約破棄を言い出して自ら進んでサインをしないと効力が発揮しませんもの」
うん、だからロマリス公爵もその婚約破棄の誓約書にサインしたんだよね、息子を監禁しているからそれは絶対に無理だって思って。
結果はこの通りだけどな!
「そもそも、第一貴族科であるわたくしと、第二貴族科であるジルド様はお会いする機会もありませんし、無用な心配ですわよね」
そうね、ジルド様が突っかかって来なければね。
「お姉様ひどいですぅっジルド様をこんな風に苦しめるなんてぇ! 婚約者なのにどうしてこんな事するんですかぁ?」
「あら、たった今婚約者ではなくなりましたわ。シオンは目の前で今しがたなされたことを理解できませんの?」
「ひどいですぅ! シオンが馬鹿だって言いたいんですかぁ! そうやってぇ、シオンにひどい事を言うからぁ、お姉様はジルド様に愛されないんですぅっ」
「別に愛されたいとも思っておりませんでしたわよ」
「嘘ですぅ。必死にシオンとジルド様の仲を邪魔してましたぁ」
「自分の婚約者が、他の婚約者がいる女性、しかも自分の妹姫と過剰に接するのを咎めるのは常識ですわ」
「それって嫉妬じゃないですかぁ、シオンが愛されてるからってぇ、お姉様のしていることはジルド様を束縛してるだけですぅ」
「シ、シオン様っおれのために泣いてくれるんですか?」
「当たり前じゃないですかぁ、ジルド様はぁシオンの大切な人ですぅ」
「お、おれもシオン様をお慕いしています! いや、愛しています! 一生シオン様についていきます!」
「本当ですかぁ? シオン嬉しいですぅ」
「ああっでもシオン様にはすでに婚約者が……俺がどんなにシオン様を愛していても結ばれないのですね。そう考えるだけでこの胸は張り裂けそうです!」
「ジルド様ぁ、そこまでシオンを愛してくれるんですねぇ」
シオン様が胸の前で手を組んで感動したように言うけど、やっすい芝居だな。
お茶会に参加している私達はそのやっすい芝居を強制的に見させられているんだけど、この精神的苦行の料金は後で請求してもいいわよね?
<それにしても、売りに出すロマリス公爵領を買い取る資金はあるんですか?>
<慰謝料としていただく金額を仲介を挟んだとしてもおつりが来ますわね>
<安く買いたたきますか>
<ロマリス公爵領では、領主が保身のために領民の事を省みずに領地を売りに出すと噂が広がっていますの>
<へえ?>
<そこで実際に領地を売りに出したなんて話が伝わったら、ロマリス公爵家の面目丸つぶれですわね>
<そりゃそうですけど、本当の狙いはそこじゃないですよね?>
<わたくしってばロマリス公爵領では、どこぞのお馬鹿さんが言いふらした噂のせいで悪女扱いですの>
<……ああ、なるほど>
<マッチポンプ上等ですわ>
悪女である姉姫に愛想が尽きてついに領主の息子が婚約破棄をした。
そこまでは領民も雲の上のゴシップとして受け入れるよね。
でもそこに、領主の息子のせいで自分達が住んでいる土地が勝手に売りに出されたとなれば話は変わってくる。
ただ領主が変わるだけならそこまで問題じゃないけど、今回は領主の息子の不始末のしりぬぐいだから、領地が売られることでそこに住む領民への補償はされない可能性が高い。
新しい領主の元でなにをされても文句を言えないかもしれない。
そこで実際に、領民を全く省みない人間が領地を安値で買い取って、税金を搾り取ろうと画策しているという噂が流れた段階で、新しくリリス様がその土地を購入する。
流すとしたら、自分達の婚約破棄で領民を犠牲にするなんて出来ないから、正当に支払われた慰謝料を使って救い出したっていう噂かな。
この時点で領民はリリス様が悪女だっていう噂を流したジルド様を新しい噂のせいで怨んでいるから、救いの手を伸ばしたリリス様は実は悪女じゃないと思い込む。
しかもリリス様直轄となれば、当然北側の政策が行われるわけで、慣れるまでに混乱はあるものの(特に女性の)生活水準は格段に向上する。
そうなれば、悪女だと言いふらしていたのは実は自分達の悪行を誤魔化すためだったと想像することになる。
想像は膨らんでいって噂に尾びれ背びれがついて、行商人を始めとした人づてに勝手にリリス様の評判が回復&アップするってわけだ。
比例してシオン様の評判は落ちていくけどね。
<悲劇の被害者なのに救いの手を差し伸べる崇高な姫ってところですか>
<お芝居にするのもいいですわね>
<あえての南部興行ですね>
<南部は娯楽が少ないと聞きますもの、広場で上演したら無料でお芝居を見る事もできるのできっと人が集まりますわね>
本気で南部を内部から崩す気なのね。
確かに復興活動を考えれば領地戦争するよりも効率はいいよね。
<内容に気づいたら止めに入られるんじゃないですか>
<良識のある領主でしたらお芝居で何かを察しますわ。愚かにも止めに入った領主はきっと噂は本当だと更なる噂を広げるのに手を貸すような物ですわね、さらに愚かで何もしない領主は地に落ちますわ>
<そのうち血判状とか出来そうですね>
<そんな証拠が残るような真似はしませんわ>
優雅にお茶を飲みながらサラッというリリス様に、やっぱり策士だと実感する。
しっかし、三文芝居はいつまで続くんだろう。
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こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。




