タタトル茶の効果3
※<>内の言葉は日本語です。
「確認ですけれども、シオンのお茶会で出されたお茶をちゃんと飲んだ方は居まして?」
「いなかったと思いますよ。シオン様も自分の御高説に夢中でしたし」
「なるほど」
リリス様は少々考えてから、何を思ったのか鞄の中を開けて可愛らしい包みを取り出した。
いや、本当になんで?
「リリス様、それは?」
「クッキーですわ」
「手作りですか」
「ストレス解消方法の一つですわ。ただし作るだけで食べないのですけれどもね」
ストレス解消に料理をする人がいるって前世で聞いた事があるけど、リリス様はそのタイプか。
作る事に満足して実食に関しては使用人の皆さんに振舞っているらしい。
「今日持って来たのはどうしてですか?」
「それは……」
リリス様はちらっとジンジャー様を見る。
ああ、食べて欲しかったのか。
健気っていうか、月の宮に呼び出ししてもてなして、はジルド様側に攻撃材料を与えることになるのか。
「では、一つもらいますね」
「ええもちろんですわ」
一瞬イオリが動きかけたけど視線で止めた。
リリス様がこの時点で私に毒を盛ったとしても何の得にもならないからね。
包みから一枚とって口に入れようとした瞬間、手を引かれて耳元でサクっとクッキーを齧る音がした。
「ヴァンス……」
「……姫様がお口になさるには少々」
「うちの料理人と比べないの」
リリス様の腕前がどれほどのものなのかはわからないけど、魔国の中でも指折りの料理人と比べちゃ駄目でしょ。
それにしても、イオリに毒見の必要はないって視線で言ったからヴァンスたちもちゃんとその意味をくみ取ると思ったけど、この行動はそれを踏まえて敢てのものだよね。
ほら、リリス様達の視線がなんだか可哀想なものを見る目になってるじゃない。
「ごめんなさいねリリス様」
「かまいませんわ。プロに比べればわたくしの手料理など子供のお遊びですもの」
「うちの者は基準がどうにも……」
「愛されているんですわ」
「それを言っておけばいいみたいに思ってません?」
「他に何と言えばよろしいのでしょうか?」
「正直に行きすぎた過保護共でいいですよ」
「わたくしの命の危険を感じるので遠慮しますわ」
ため息を吐きながらそんな会話をしているうちに、ジンジャー様がリリス様の持っている包みからクッキーを一枚とって口に運ぶ。
「……リリス様」
「お口に合いませんかしら?」
「今回は何を入れました?」
「紅茶の茶葉を少々……問題がありまして?」
「問題と言うか、味見はしましたか?」
「ええ、もちろんしましたわ」
「じゃあ、これが外れなんですね」
「え?」
「茶葉の塊がありますので、混ぜ具合が足りないのかと思います」
「……それは、申し訳ありませんわ」
その言葉にちらっとヴァンスを見るとにっこりと微笑みを返された。
ヴァンスも同じ感想っぽいな。
リリス様ってなんでもそつなくこなすイメージがあるんだけど、料理はそこまで上手じゃないのかな?
それとも今回がたまたま失敗なのか、判断に困るなぁ。
でも多分あのクッキーを私が食べるのはヴァンスたちが許可しなさそうなのは分かった。
リリス様がため息を吐き出して鞄にしまおうとした包みを、ジンジャー様がさりげなく奪って自分の鞄にしまった。
「ジンジャー様」
「食べられないことは無いですよ」
「ですが」
「昔よりは上達しています。昔よりは……」
そこでちょっと遠い目をしたジンジャー様に、過去のリリス様の料理がどんなものだったのか気になったけど聞かない方がよさそうな気がする。
前世で料理をしていたとしても、調理器具もだいぶ違うし簡単には上手に出来ないよね。
私はそもそも料理の経験なんて一回もないけど!
あ、スパルタ教育のおかげでお茶は淹れる事は出来るよ。
「でも不思議なんですよね。タタトル茶ってこの国だと北部ではそこそこ流通していますけど、王都や南部ではほとんど流通してないじゃないですか」
「そうですわね。けれども個人での取引は規制されておりませんわ」
「これは交易にも関わる事なんですけど、一年ほど前にタタトル茶の栽培農家が誘拐されて茶畑も焼かれたという事件があったんですよ」
スタンス様の言葉に私とリリス様が首を傾げる。
それは初めて聞くな。
「誘拐された方々は見つかっていませんの?」
「そう聞いています。幼子もいたそうなんですけど、そんな子供を連れて遠くに行けないはずなのに不思議だと話題になっていたと聞きます」
確かに子連れでしかも誘拐となれば制限が付くよね。
タタトル茶を栽培している国だって出入国に関してはそれなりに厳しくチェックしているはずだし、国外に簡単に出すことは出来ないよなぁ。
「しかも偶然なんでしょうけど、その時期にペオニアシ国が交易を求めてその国に出入りしていたんですよね」
「一応聞きますけれどもそれは個人的な交易ではなく、国としての取引という事でして?」
「そうだって話ですよ」
「……初耳ですわね。交易を含めた外交に関しては元老院が把握していないものはありませんの。特に今は微妙な時期ですので、外交に関する案件は慎重に精査されていますわ」
「話題にも上がらないのに、国として交易の要求があったということですか」
「そうなりますわね」
その言葉に私達は全員深々とため息を吐き出した。
「リリス様、私の父からくぎを刺した方がいいですか?」
「魔国とは今回の事は関係がございませんので難しいと思いますわ」
「うーん、確かに関係ないですけど、私が滞在している国の国王が暴走しているとなれば、動くと思うんですよね」
下手したら私を魔国に連れ帰るという方向で動く可能性もあるけどね。
「動いていただけるのでしたら、南部にタタトル茶葉を生産している場所があるかを調べて頂きたいですわね。わたくしは南部では思うように動けませんもの」
「あぁ、それも確認しないといけませんね」
私とリリス様の会話にジンジャー様がため息を吐き出して、ドルドア様が「戦争をしたいのかな、この国は」と呆れたように呟き、スタンス様が「あの国はうちと条約を結んでるからなぁ」と遠い目をした。
他国から不当に人を攫って、他国の特産品を勝手に栽培しているなんてことになったら、文句だけじゃ済まないんだよなぁ。
継承権争いなんかしている場合じゃない状態に陥る可能性があるって、ここにいる全員が心配してるんだけど、やらかしている可能性のあるシオン様はそこまで考えてなさそう。
いや、シオン様は関与していなくてもその傘下で動いている貴族かもしれない人は考えてるのかな?
内部からシオン様の立場を落とそうとしているんじゃないなら、悪手どころか底なしの泥沼でしかないけど。
<南部を探るのは多分簡単ですけど、実際に見つかったらどうします?>
<ハンムラビ法典ですわね>
<オーケーです>
農家一家を誘拐して茶畑を焼くんですね、わかります。
<第二貴族科の新登場攻略対象はどうします?>
<シオンにたぶらかされるならそれまでですわね。そもそも第二貴族科に所属している方で現時点でわたくしの息のかかっている方以外に味方にしたい方は居ませんわ>
<念のため聞きますけど、根回しは?>
<していますわ。今ごろはシオンと一緒にわたくしの悪口を広めていますわよ>
<証拠の無い妄想で婚約破棄狙いですか>
<手っ取り早い方法ですし、相手の有責にできますわ>
<シオン様との浮気だけで十分じゃないですか?>
<婚約破棄だけならそれでもいいのですが、ジルド様のご実家をこちらにつけるには今一つ材料が足りませんわ>
<便利な所は使い潰しますか>
<有効活用ですわ>
実際問題、ロマリス公爵家の領地って南北の中間地点にあるんだよね。
婚約の関係でリリス様寄りの中立っていう感じみたいだけど、息子のやらかしの責任を問わない代わりに全面協力を取り付けるつもりって事か。
ってか、私の事を知らないっていう時点で、家から放逐されるんじゃないかな。
お茶は正しく淹れましょう(*´▽`*)
でも私は粉末のお茶も大好きですよ♪
タタトル茶も粉末のものがあればよかったかもしれませんねw
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