いざペオニアシ国へ
「思うんだけど、ペオニアシ国によく魔王が住んでもおかしくない土地と屋敷があったわね」
あれから約三年、想像以上にスパルタな淑女教育に何度ギブアップしようと思ったか。
普段は溺愛してくるオルクスは、教育に関してだけは妥協しなかった。
むしろ私ならもっと出来ると、意味の分からない自信を持っていた。
おかげさまで、ペオニアシ国に留学しても問題ないマナーと教養は身についたけどね。
「本来はペオニアシ国の王城に滞在する予定だったそうです」
「へえ?」
ナムタルの言葉に首を傾げる。
確かにオルクスとの初遭遇イベントは王城だったな。
「しかしながら、魔王として滞在するにあたり、魔国との転移魔法陣を設置する都合上、ちょっと没落した公爵家の土地と屋敷を購入して改築を施しました」
「ちょっと没落……」
公爵家って普通はそんな気軽に没落しないよね?
そこまで考えて、気軽に没落してたな、と思い出した。
攻略対象の一人に元公爵家の男爵子息っていうのが存在していたわ。
なんでも祖父の代で、当時の姫君との婚約破棄事件を起こしたとかなんとか?
どうして没落したのかは、個人のイベントで詳しく語られるのかもしれないんだけど、私はあの攻略対象に興味なかったから、個人イベントこなしてないんだよね。
外見良くても、ステータスが低くて頭の中がお花畑じゃぁね。
中等学園から登場して速攻で味方に出来る攻略対象だけど、役立たゲフンゴフン、早々に控えに回るんだよね。
「あちらの国も魔王陛下自らが赴くと聞き、王城の特等室を用意していたようですが、陛下が姫様を飢えた獣がうろつく王城に住まわせるはずがありませんよね」
「シナリオブレイク……」
オルクスが身分を偽って公爵としていかず、魔王そのものとして乗り込むとか、しかも娘を連れていくとかオルクスシナリオはボロボロだな。
そもそもお勉強をして知ったんだけど、魔国に公爵なんて爵位はない。
各種族の族長がいるし、政務はあるから大臣だの文官だの騎士はいるけどね。
あえて爵位に無理やり当てはめるなら十三将軍かな?
魔国の要所を守る騎士の統括みたいな人だけど、あくまでも将軍で貴族じゃないんだよね。
これは魔国がかなりの実力主義である事に由来している。
親が優秀でも子供も優秀とは限らない。
寿命が長い種族が多いからこそ、後継者は実力も性格も問題ない者が選ばれる。
精霊族の場合は実力に問題はないものの、性格がねぇ……。
教育の一環としてすべての種族の族長の家を回ったけど、紹介されたアレは……無理だわ。
美しい自分に惚れない女は頭がおかしいとか、本気で思ってるからな。
精霊族の族長はアレにとっとと子供を産ませて、その子供に期待しているとかいないとか。
長い間彼女が族長をしているのは、本気で後継者がいないからっていう理由なだけらしい。
どこも後継者問題って大変だよねぇ……。
「ふふ、ご安心ください姫様。あの屋敷はこの城と繋がっておりますので、何かあればすぐに撤収出来ますよ」
何も安心できない。
私の目的は高等学院に留学してイベントを覗き見る事なんだってば。
生憎王城での生活にはならないから、催し物でもない限り王城のイベントは諦めるしかなさそう。
「ところで姫様、陛下がペオニアシ国の高等学院で着用する制服に細工を施し終わったと」
「細工……」
その言葉だけで遠い目をしそうになる。
魔力操作を出来るようになって最初に分かった事は、私にとんでもない保護魔法がかけられているという事。
しかも何重にもね!
私を害そうとする人が接触してくると発動するらしいけど、幸いな事に発動したことはない。
いやぁ、優秀な専属護衛騎士と使用人が傍に居るからね。
そう言うたぐいの人が私に近づこうとする前に排除されるんだよ。
オルクスが私の着用する制服(予備を含む)に細工を施すとなれば、何をするのか想像するだけで怖い。
遠隔監視魔法だけはやめて欲しいと必死に懇願したけど、録画と録音の魔法はかかってそう。
他にも私に危険がせまったら速攻でオルクスに情報が行くとか。
私ってこの三年間でそこそこ強くなったんだけど、過保護なのは変わらないなぁ。
危ないからって武術関連は身のこなし以上は教えてもらえなかったけどね。
その代わりに魔法は大分勉強した。
教えてくれていた先生がちょくちょく入れ替わったのは未だに謎だけど、とにかく一生懸命勉強した。
だって魔法だから!
学ぶ理由なんてそれだけで十分だよね。
内心でニヤニヤ(表では淑女の微笑み)していると、部屋がノックされてノーマが入ってきた。
その腕に大きめの箱を五箱抱えた状態で。
いつも思うんだけど、どうやってノックしてるの?
「姫様、陛下より制服が届きました」
「あ、うん」
予備もあるとはいえ五着もあるのか。
いや日替わりで着まわすって考えたらおかしくないのかも。
前世の制服ってこんなに予備はなかった気がするけど、その分中に着るシャツとかは毎日洗濯していたもんね。
私はほとんど学校なんて行かなかったけど……。
「布も魔絹を使った特製のものになっておりまして」
「まって」
「なにか問題がございますか?」
「そんな制服着たら目立つでしょうが!」
「大丈夫です、見た目は通常の制服と変わらないように細工してございます」
「へえ……」
いらん手間をかけてるな。
「姫様が着用なさる物ですからね。着心地に妥協は一切許されません」
着心地は重要かもしれないけど、許されないのか、そうか……。
その許されないで、私がこの約三年間でどれだけ必死にオルクスが(物理的に)首を飛ばそうとするのを止めたか、考えると気が遠くなるわ。
魔国内で私は素晴らしく慈悲深くて謙虚、尚且つ聡明な姫君という事になっているらしい。
噂って怖いよねぇ。
しかも有力な魔族がそれを否定しないから余計に拍車がかかっているんだよなぁ。
私のしている事って、たまにオルクスが思い出したように聞いて来ることに対して答えているだけなんだけど、聡明って……。
いや、自分の事を馬鹿と言うつもりはないけど、聡明は言いすぎだよね。
「それにしても、中央の王都を中立地帯として、国土の南北を二人の姫に分け与えて王位継承権争いをさせるなど、ペオニアシ国は民を何だと思っているのでしょう」
それが乙女ゲームの設定だからだけど、お勉強した身としてはナムタルの言葉に同意してしまう。
あの国は貴族制だから二分された領地は当然治めている貴族が居るわけで、その貴族が配置された姫を支持しているとは限らない。
現国王としては、配置された場所の領主はすぐに従うと思っているのかも。
でもゲームではそういうイベントはなかったけど、獅子身中の虫になりかねない。
しっかし、事前に調査している資料を見ると妹姫の行動が微妙なんだよね。
あまりにも効率的に動いていて、中等学園で登場する攻略対象を『全員』味方に引き込んでいる。
いや、出来ないことはないんだけど、中には相当苦労しないと中等学園時代じゃ味方に出来ない攻略対象もいるんだよね。
姉姫の婚約者である攻略対象なんだけど、全てにおいて姉姫を凌駕していると認められないと味方に出来ない。
しかしながら、資料によると妹姫が姉姫の実力を凌駕しているとは言えない。
むしろ不出来……。
そのくせ攻略対象を取り込む能力は飛びぬけている。
好感度爆上げアイテムなんかを使っているとしか思えない状況なんだよね。
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