生誕半年記念祝賀会5
「はあ……アカーシャが講師になれば助かるんだが」
「折角の申し出ですが、命令ならともかく打診ではお断りいたします」
「アカーシャも年だからな、後継者問題はあるだろう。今回は諦めるとするか」
「おほほほ、そのような事をいうなど、久しぶりに教育的指導が必要ですか?」
「アカーシャの教育的指導は遠慮したい」
オルクスに教育的指導が出来るって、まじめに何者なの!?
「残念ですね、今でしたら姫君に陛下の過去の恥を散々吹き込めますのに」
「やめろ」
過去の恥って何!?
オルクスが恥だと思えるような部分を見せられるほどの付き合いなの!?
精霊族は『フルフル』には出てこなかったから、さっぱりわからん。
ニコニコとする精霊族の族長に対して、オルクスは無表情ながらも困っているような?
付き合いが長いとやっぱり色々あるのかなぁ。
「ああ、そうです。今度うちで玄孫を預かるのですが、折角ですし姫君の教育に同行させましょうか?」
「どういう事だ?」
「姫君も共に学ぶものが居ると張り合いもでるのではありませんか?」
「……ライラはまだ共に学べる状態ではない」
「あらあらあらあら、生後半年も経っていながら教育を怠っているという噂は本当でしたか。甘やかすだけが親の仕事ではございませんよ」
「魂の定着に時間がかかったんだ」
「そうでしたか。三ヶ月程で落ち着いたと聞いていますよ」
「今の生活に慣れる事も必要だろう」
「お勉強に慣れていただくことも必要ですよね。姫君がお勉強に集中して構ってもらえないから遅らせたなどとは、まさか言いませんよね?」
「…………ちっ」
「城に特大の雷を落とすほどお心を乱したのですし、親離れされるのが相当嫌なのですね。情けない」
強い、強いぞ精霊族の族長!
あとその私の魂定着についての情報はどこから手に入れたの?
「子供はいずれ親元を離れるのです。恋をすれば父親なんて二の次ですよ」
「ライラに恋愛はまだ早い」
「これはこれは、そのように雁字搦めにしては姫君がお気の毒というものです。嫌われますよ」
なんか、寒くない? 会場の気温下がってない?
「えーっと、パパを嫌うなんて(余程の事がない限り)ありえないよ」
「……そうか」
あ、寒くなくなった。
「おほほほ、魔王陛下ともあろうものが、娘への感情に振り回されるなど、知らぬうちに腑抜けになりましたか?」
「はあ、アカーシャの挑発にいちいち乗っていては時間の無駄だな。ライラへの贈り物は何だ」
「あからさまな話題変更ですね。けれどもあまり陛下を揶揄って、これ以上被害者を出すわけにもまいりませんね」
被害者……。それはさっきからこのやり取りを震えながら見ている人の事を言っているんだろうか?
誰も止めに入らないし、精霊族の族長ってもしかして未だに結構な権力者?
オルクスに名前で呼ばれてるから、信頼されているんだよね。
それだけでも結構な権力はたしかにありそう。
「私から姫君への贈り物は、月の涙です」
その言葉に会場内がざわりとする。
聞いた事ないけど、なんだろう、やっぱり宝石とか?
「先代の魔王に下賜されたものじゃないか」
「はい。姫君に相応しいものだと思い、本日持ってまいりました」
先代の魔王から下賜された物って、家宝とかそういうレベルのものじゃない?
私の生誕半年記念とかわけのわからんものに差し出していいの?
「本当は陛下に一番寵愛を受ける妃に差し上げようと思っていたのですが、この様子ですと絶対に妃など作りそうにありませんからね」
どこから来るの、その謎の自信。
「そうだな」
オルクスもなに同意しちゃってるの!?
「姫君、魔王種というものは感情の起伏がとにかく少ないのです」
「あ、はい」
「執着や欲求というのもほとんどございません」
「そうなんですか」
「ですから、唯一と申しますか、寵愛を向けますとそれはもう執念深くしつこく、向けられた方が憐れに思えるほどでございます」
「……そう、ですか」
嫌な予感がするというか、嫌な予感しかしない。
「陛下の寵愛を一身に受ける姫君は、大変かと思いますがどうぞお気を確かになさってください」
「……はい」
まさか、オルクスに幼女趣味が……。
「娘を愛するのは当然だろう」
「あ、はい」
「おほほほ。……本当に、お気を確かに、強い心を持ってください」
わぁ、なんかすんごいしみじみ言われた。
「では、陛下はご存じでしょうが……こちらが月の涙にございます」
そう言って精霊族の族長がお付きの者から受け取った箱を開ける。
「おぅ……」
中には絶対に人間業じゃ作れないだろうっていうほど精工な首飾り。
見た事あるわ。『フルフル』で見た事あるわぁ。
「美しゅうございますでしょ?」
「ソウデスネ」
オルクスのトゥルーエンドの中でも、最上級と言われる状況で個別エンディングを迎えると、女王になった妹姫が身に着けるやつにそっくり。
複雑な造りだけど、イラストだから不可能を可能にしたんだろうとか思ってたけど、実在してるものだったとは……。
しかも、精霊族の族長が所持しているものとか、『フルフル』の設定資料集にもなかったよ。
確かに、個別エンディングのスチルの解説なんていちいちしないだろうけど。
あれがオルクスからもらった物なら、エンディングイベントに絡めて欲しかったなぁ。
絶対に重要アイテムになったでしょ。
でもさぁ、バランスとかつなぎ目とか、重力とかまるっと無視しているようなこの首飾り、確かに綺麗だけどこの見た目の私には似合わないんじゃないかなぁ。
もっとも、貴重品だから気軽につけるわけじゃないし、持っているだけで価値があるみたいなものかな。
「姫君は魔力のコントロールも学ばれると聞いております。すぐにでもこの首飾りに相応しい姿になることが出来ますよ」
だから、どこからの情報だ。
いや、オルクスが私の講師を探すって言ってたから、精霊族の族長にも別途連絡がいったのかも。
むしろそうであってくれ。
「努力します」
「良い心構えです。贈り物もお気に召していただけたようですし、いつまでも私が二人を独占していては、他の方に申し訳ありませんね」
精霊族の族長はそう言って深々と頭を下げると、音もたてずに私達の前から離れていった。
なんというか、すごい人だったなぁ。
オルクスにあれだけ物を言える人って、初めて見た気がする。
ネルガルやナムタルも、他の人に比べれば言う方だと思ったけど、甘かったわ。
傲慢不遜を絵に描いたようなオルクスにも、苦手(?)な人っているんだ。
その後も続々と挨拶を受けるけど、三割ぐらいの人が贈り物にダメ出しをされた。
毎度思うけど、贈り物に駄目出しってなんだろうね。
好意でくれたものを突き返すって、かなりの蛮行。
いや、中にはあからさまなご機嫌取りとかはあるんだけど、それでも突き返すっていうのは、ありなの?
前世ではあからさまなごますりでよこされた物でも、どっかしらに横流し出来ると思って基本受け取ってたからなぁ。
流石に見舞いと称して、白のシクラメンの鉢植えを持ってこられた時は、客人が帰った後に看護師さんが回収していったけどね。
そういえば、あの親戚って菊を持って来た事もあったな。
常識を知らないのか、私に早く死ねって伝えに来ていたのかわからんが、そもそも親族に遺産を渡すつもりはなかったけど、そんなことする人には余計に遺産を渡すわけないじゃん。
挨拶が終わって、オルクスの合格を貰った贈り物が片付けられると、やっと私も自由時間になる。
でもまあ、主役ですし? オルクスの傍から離れられないんだけどね。
喉が渇けばすぐ飲み物が、お腹が空けばすぐに食べ物が、退屈だと思えばすぐに余興が始まるから、別にいいんだけどさぁ。
自由時間とはなんなのかと考えたくなるよね。
「姫様、陛下。ただ今戻りました」
ナムタルから受け取ったミルクを飲んでいると、服装を変えた新たに私専属になった三人が戻ってきた。




