生誕半年記念祝賀会4
とりあえず不穏な雰囲気を終わらせたくて、そっと魔狐に手を伸ばす。
躾けてあると言うだけあって、特に攻撃してくるような事はない。
そもそも、従魔の契約を結んだ……はずだから、私に攻撃はしてこないんだろうな。
頭を撫でると、モフモフでありながらもサラサラのトゥルトゥル!
「はぁわ!」
思わず感動のあまり声が出て、両手でワシャワシャと撫でると、体を押し付けるようにしてくるので余計に撫でまくる。
あー、癒される。
前世からの憧れの一つだったペット!
いや、従魔ってペットでいいのか?
……まあいっか。似たような物でしょ、オルクスの従魔とは違うんだし。
うん、いくら魔狐でも子供だしね。
私と一緒にお勉強と訓練していくために、オルクスもあえて子供の魔狐にしたんだよね。
……あれ、魔狐の捕獲をした時って、私はまだペオニアシ国に行きたいとは言ってなかったけど、予想していた……って事はないよね。
そうなると、私の見た目が子供だから合わせたのかな?
成長した魔狐よりも手懐けるのが楽なのかもしれない。
ん? 動物って繁殖期に獰猛になるとか本で読んだ気がするけど、魔物は違うのかな?
人間の場合、妊婦さんは情緒不安定になるとは聞くけど、旦那はどうなんだろう?
流石にそこまでは知らないと言うか、私は子供を産めないって言われてたから興味すらなかったわ。
どっちにしろ、深淵の森に行けるような魔族の人なんだから、魔狐の子供の捕獲は楽なのかなぁ?
わからない事ばかりだと思いつつ、魔狐の子供を撫でていると、オルクスが私を膝の上に抱き上げた。
なんやねん。
「従魔の契約をしたのなら、名前を付けてやれ」
「名前かぁ」
確かに名前は重要だよね。
前世で過ごしていた日本には言霊だの真名だのあるぐらいだし、とにかく重要なんだよ。
とはいえ、名づけなんてしたことないぞ。
私の『ライラ』だってオルクスがつけた名前だし。
名前かぁ……覚えやすいのがいいよね。
かといって、日本名っぽい名前にしすぎると浮く可能性もあるよね。
ハナコだのタロウは、世界観に合わないような気がする。
「……うーん、それじゃあリンはどうかな」
「リンか」
「そう、リンにする。覚えやすいし」
「いいんじゃないか? ライラの従魔なのだし、好きにして構わない」
オルクスの膝の上にいるせいか、リンはオルクスの足元から体一つ分離れて座っている。
うーむ、折角の癒しに触れないとはこれ如何に?
いや、オルクスの魔力も心地がいいんだけど、これとモフモフの癒しは違うよね。
「余興も終わった事だし、ライラの生誕半年記念祝賀会を開始する」
あー、私と学院に行く専属侍従やメイドを選ぶのって余興なんだ。
(死んでないけど)犠牲の多い余興だったな。
オルクスの言葉と共に音楽が流れ始め、会場にどんどんと食事が運び込まれてくる。
銀の食器に盛りつけられて、個人が取り分ける用のお皿も全部銀。
魔族って、毒で死ぬの?
そもそも銀に反応するのは特定の毒物だけで、反応しない毒物だって山のようにあるよね。
偉い人の食事は毒見が必須とか読んだ気もするけど、私の食事に毒見なんてあった?
いつもホカホカな食事なんだけどなぁ。
毒見を挟むと時間が経つから冷めるんだよね?
古代宝石精霊は毒なんて効かないとかなのかもしれない。
肉体を得ているとはいえ、元をただせば宝石なわけだし。
食事も本当ならいらないんだよね。
そう言われても食べたいから食べるけど。
食事が運び込まれたとはいえ、いつものパターンでいけばオルクスへの挨拶、というか私へのお祝い? を言いに来ないと自由時間がない。
毎回参加している人とか、暇なのかなぁって思うのは悪くないはず。
いちいち贈り物自慢も始まるし、ぶっちゃけ面倒。
でも、祝賀会を主宰するものとその主役である以上避けて通れないらしい。
私、別に毎月お祝いしてもらわなくていいんだけどなぁ、割と本気で。
これが終わったらオルクスに、毎月お祝いしないでいいって改めて言おう。
「魔王陛下と姫様におかれましてはご機嫌うるわしゅうございます。本日は姫様の生誕半年記念祝賀会の開催、誠にめでたく存じ上げます」
そう言って深々と頭を下げたのは虎人族の族長、と付き添いの娘さん。
相変わらずのわがままボディっすね。
「本日は娘の見立てで爪紅をお持ちいたしました」
「ほう?」
「姫様はお小さくとも女の子でございますもの、おしゃれには敏感でございましょう? 同じ女性としてそのお気持ちを思ってのものでございますわ」
「ふむ」
爪紅ってマニキュアか。
言われて自分の爪をじっと見る。
塗る面積小さすぎて、おしゃれとか言われてもなぁ……。
「下がってよい」
「は?」
「今のライラにはまだ合わない物だ。将来を見据えての贈りものであればまたいずれかの機会に持ってくるように」
「陛下!?」
慌てて頭を上げた虎人族の親子を、オルクスは興味を無くしたように一瞥する。
「そもそも、爪紅など使わずともライラの爪は美しく、磨き上げられた桜貝のように輝いている」
「け、けれども時には違った色も良いのではないかと」
「今のライラには合わないと言ったはずだが?」
「ひっ」
「申し訳ございません陛下っ。す、すぐに違う物を用意して――」
「よい。あとは自由にすごせ。今後も無理をする必要はない」
その言葉で虎人族の親子は護衛騎士に強制的に私達の前から連れていかれた。
これはあれか、私に不似合いな贈り物を与えるとか無礼、みたいな?
付け加えるなら、もう私のお祝いに参加しなくていいよ、むしろふさわしい贈り物も選べないなら参加するなって事かな。
貰えるんだったら貰っておいて、外見年齢が成長したら使えばいいのでは?
いつもオルクスに却下される贈り物があるけど、勿体ないよなぁ。
「必要になれば私が用意しよう」
「あ、はい」
虎人族の族長の娘が選んだっていう爪紅は高いんだろうけど、オルクスが用意するとかどんだけ高級品になるんだろう……。
なんというか、金銭感覚バグりそうだわ。
魔王の娘としては高級品を身に着けるのは当然なんだろうけど、記憶のせいで感覚が一般庶民なんだよなぁ。
前世ではゲームにかなりの金額を課金していたとはいえ、個人資産は主に医療費に使ってたし。
金運だけはよかったよね、前世の私。
健康運が欲しかったけど、無い物ねだりってやつだったよねぇ。
高額な治療を受けたおかげで、予定よりも生き長らえたのがせめてもの救いかな?
残ったお金は寄付するように弁護士さんにお願いしておいたし、大丈夫だと思うけど、がめつい親族が揉めたかもしれない。
まぁ、死んだから知ったこっちゃないけど!
「魔王陛下、ご機嫌うるわしく存じます。姫君におかれましては初めてお目もじいたします。精霊族の族長、アカーシャ=パミリオと申します」
「初めまして、ライラ=ブランシュアです。今日は参加してくれてありがとうございます」
「今までの不参加を咎めないとは、陛下に似ずにお優しいのですね」
それ、オルクスの前で言って平気なの?
「ああ、そうだ。アカーシャなら丁度いいかもしれないな」
「はて? 陛下のおっしゃった者を用意できない痴れ者に何の御用でしょうか?」
「ライラの講師を探している。アカーシャならマナー全般も知識も問題ないだろう」
「これはこれは、このような老齢のものでなくとも優秀な者はいらっしゃるでしょう」
老齢!? 外見年齢二十代前半ですが!?
「本音は?」
「身内の教育に忙しく、こちらに足気く通う暇を作る時間が足りません」
「……ああ、後継者問題か。アカーシャも年だな」
「おほほほ、レディに対しての口の利き方はお教えしたはずですのに、お忘れになるほど陛下はお年でしたかしら」
「アカーシャよりは若いな」
「精霊族であるわたくしに年齢に関する話題を振るなど、無粋ですね」
にこやかに話してるけど、不穏じゃない?
オルクスにこんなにズケズケ言える人って少ないけど、何者なんだろう。
いや、精霊族の族長なのは分かってるけど。
「あの方は、族長に就任するまで陛下の専属メイド筆頭だったんですよ」
「へえ」
「記録を見る限り、陛下が魔王に就任した時にはもう専属メイドだったそうです」
「へぇ……」
「しかも筆頭を陛下直々に言い渡されるほど優秀だったと」
見かけによらねぇな。
オルクスって数千歳だけど、自分でも正確な年齢が分からないほどなんだよね。
魔王種って引継ぎというか、魔王の教育期間が終わるとすぐに魔王交代するらしいから、精霊族の族長も数千歳……。
オルクスより年上っていう時点で数千歳確定だけど、見た目詐欺にもほどがあるのでは!?




