生誕半年記念祝賀会3
じーっと魔狐を見ていると、魔狐が尻尾をフリフリと動かす。
うーん、これはかわいい。
『フルフル』に出て来た魔狐は設定では体長三メートルとかあったけど、子供だから小さくてかわいい。
五十センチもなさそうだなぁ。
「パパ、近くに行ってもいい?」
「必要ない。こっちに来るように命令すればいい」
「ええ!? 躾もしていないのに、私の言う事なんて聞かないんじゃないかな?」
「問題ない。基本的な事は躾けるように言ってあるし、あの様子だとどちらが上かはわかっているようだ」
「そうなの? えっと、おいで~」
ちょいちょいっと手招きをすると、ピクンって耳が動いてダッシュで近づいてくる。
速い……。
前世では動物なんて近くに置くなんてもってのほかって言われて、本とか動画でしか見た事ないけど、実際の動物ってこんなに速く動くんだ。
あまりの速さにぶつかるかもって焦ったけど、ちゃんと目の前で急停止して、ちょこんって座って見上げてくる。
やっぱり可愛い。
子供だからか、全体的になんだかまるっこい?
ゲームではもっと精悍ないかにも上位の魔物です! っていう感じのシュっとしたイラストだったから、これは新鮮。
躾けてるって言ったよね?
「お手♪」
意気揚々と右手を出してみる。
「……お、お手」
反応が無いのでもう一度言ってみるけど、やっぱり反応がない。
躾けたんじゃないの!?
おいでは出来るのに、お手は出来ないの!?
「パパ、躾って何を躾けたの?」
「まず、ライラの魔力を教え込ませて」
なんだそれは!
「ライラに従魔として契約する前でもライラに逆らわないようにさせた」
「従魔って契約が必要なのね」
「排泄行為も然るべき場所でのみ行うように躾けさせた」
「床とかベッドとかでしちゃうと大変だよね」
「あとは簡単な指示を教えさせたな」
「お手は出来ないけど?」
「ちなみに聞きたいんだが、お手とはなんだ?」
……なるほど、そもそもお手の習慣が無いのね、理解したわ。
「こうやって、右手を差し出した時に、手(前足)をちょこんって乗せるのがお手」
「ふむ」
私がオルクスの前に手を出すと、オルクスが私の手の上に自分の手を乗せる。
なんでやねん。
「パパにして欲しいとは言ってないよ?」
「だが、わざわざ魔狐に言ったという事は、この行為を気に入っているのだろう?」
「いや? 私も初めてするし」
本とか動画で見て、可愛いからしてみたいと思っただけですがなにか?
そう思いつつ、手をどけないオルクスをじっと見つめる。
「少し早いが、従魔と契約をするか」
「それは構わないけど、どうするの?」
「簡単だ。魔力を込めた血を舐めさせればいい」
「うん?」
今、なんて?
「血って、赤い体液の血?」
「種族によって色は変わるが、ライラの場合は赤いな」
問題はそこじゃねーよ。
魔力はともかく、血ってなに!
「血ってやっぱりあれなの? ガブって噛みつかせるみたいな……」
某有名アニメ映画の姫姉様も初対面時は噛まれてたよね。
従魔じゃなくてペット的なあれになったけど!
「舐めさせればいいと言っただろう。血も一滴ほどでいい」
「あ、そうなんだ」
オルクスの言葉に頷くと、差し出していた手をきゅっと握られる。
何だろうと思うと、手のひらにちょっとだけ血が出てる。
痛くなかったけど何したの?
「まあ、このぐらいでいいな」
そう言うとオルクスは私の手を魔狐の方に差し出す。
私の手の血の匂いを嗅いだ魔狐が、そっと血を一舐めして、その直後ものすごい勢いで私の手を舐めはじめる。
可愛いけどくすぐったい。
「慣らしていただけあって、ライラの魔力が気に入ったようだな」
「魔力に慣らすって何?」
「簡単だ、ライラが過剰に放出している魔力を集め」
知らんが!?
「それを魔晶石に入れてその魔狐の傍に常に置いておけばいい」
「いつの間に私の魔力を回収してたの?」
「ライラの過剰魔力を抑えるために、普段の装飾品は魔力を吸収出来るものを最低一つはつけさせている」
「初耳だけど!?」
「言っても状況は変わらないからな」
「ふーん」
過剰魔力とか言われてもさっぱりわからん。
そんなに魔力駄々洩れ状態で生きてるのか、私。
「今まで何も言われなかったのは何で? あと、魔力駄々洩れって、他の人に影響はないの?」
「いくらライラの潜在魔力が強くとも、私が用意した側付きが簡単に影響を受けるわけがないだろう」
「あ、はい」
そういえばナムタルやネルガルたちを専属にする時に、問題がない者を用意したって言ったけど、そういう意味もあったのね。
ネルガル曰く、オルクスは魔国最強だからそもそも護衛騎士はいらないけど、体裁の為につけているらしい。
純粋な魔族は魔王であるオルクスに逆らうなんて基本的に出来ないし、攻撃なんてもってのほか、かといって人間の血が入った魔族がオルクスに勝てるわけもない。
本当に体裁の為にいるんだろうなぁ。
私を通じてオルクスに取り入ろうとしている女の人も、オルクスに睨まれると引き下がるし。
そんなに怖いんだったらそもそも近づかなければよくない?
私の周囲やオルクスの周囲にいるような人ならともかく、いや、そういう人はそもそもオルクスに取り入るとかしないけど。
とにかく眼力に負ける程度じゃ話にならないよね。
私も魔力が強いみたいだから、傍に居ることが出来るのは強い人になるのか。
だからって、あんな大型の魔道具取り出してまで選考する意味あったの?
いや、あるのか。
傍に居るっていうことは、常に私やオルクスの魔力に耐えるってわけで……。
「パパも魔力垂れ流し?」
「そんなわけがないだろう。ちゃんとコントロールしている」
「ほーん?」
つまるところ、私が未熟なのか。
「魔力のコントロール、がんばろう」
「そうだな」
オルクスがそう言って私の頭を撫でる頃、やっと魔狐が私の手を舐める事に満足したらしい。
血が出たはずなのに傷口は全くないし、オルクスは何をどうやったんだろう?
そもそも、魔力を込めた血じゃないとだめなんでしょ?
魔力を込めた覚えがない。
「パパ、さっきの血はどうやったの?」
「ライラの体に流れる血の一部を表面に出した」
「魔力を込める云々は?」
「魔力のコントロールが出来ていないからな。分泌される物にはなんでも魔力たっぷりだ」
言い方ぁ……。
ちょっと顔を引きつらせていると、オルクスが魔狐の子供をじっと見る。
なんか魔狐が怯えてない?
「ふん、まだ弱いな」
「魔狐とはいえ子供だし」
「姫様違います。陛下が姫様の手を必要以上に舐めた魔狐の子供に嫉妬して、あえて視線に殺気を込めたせいで怯えているのです」
「……パパ?」
じとぉっとオルクスを見ると、無表情のまま私に視線を戻す。
私には殺気を向けてはいないんだけど、今日はオルクスの殺気っていう単語をよく聞くわ。
『フルフル』でもオルクスって、遊びで継承権争いに協力するから、殺気とか本気とか、そういうのは一切ないっていうキャラだったしな。
「ちなみに……」
「ひっぁ……ぅ?」
「今のが殺気だ」
なんか今、全身の毛穴がブワって開いた気がしたよ。
よくわからないけど、すごいなオルクスの殺気。
「陛下、姫様だけに殺気を浴びせるのが嫌なのはわかりますが、会場全体に殺気を飛ばさないでください」
「軽いものだ、影響はない」
「そのような問題ではありません」
思わず武器を取り出しそうになりました、とネルガルがため息を吐き出す。
「パパに攻撃なんて出来るの?」
「いえ、自殺用に」
「なんで!?」
「陛下に殺気を向けられたら、死ねと言われているような物ですからね」
ナニソレコワイ。
「本気の殺気でなければ大丈夫ですよ」
いや、にこやかに言われても何の安心も出来ないよ?




